悪鬼疾走

作者:東公彦

 フロッシュ・フロローセル(五冠達成のドミノクラッシャー・e66331)は地表を遥か彼方に捉えながら曲芸じみた走りをみせていた。眼下に広がる放棄されたビル群。たった一度のデウスエクスの襲撃で一体どれだけの被害が出たのだろう。人が消えてしまえば街は死んだも同然である。街の心臓部へ絶えず人々を送り続けてきたはずのこの道路には、いまや人影どころか車の姿すらない。
 だが巨大な、それでいて無人の高架道路は『瞬走駆輪炉』の慣らしに最適だ。慮外の速度で移動する故、戦闘訓練にももってこい。ヒールで幻想化した街を高くから眺めるのも気分よく、思うまま感じるままにフロッシュはギアをあげ速度を高めた。
 高架道路を数周するうち、はたと気づく。柵に腰かける女の姿を。珍しいことがあるものだと、フロッシュが思ったのも束の間、女は柵から降りたつと猛スピードでフロッシュに迫った。
「久しいな」
 一瞬、その言葉が自分に向けられたものとは思えず、フロッシュは体を回転させ距離をとりつつ旋回した。そして正面から女を見据える。
「お前のことだフロッシュ・フロローセル。超克した品」
「……どこかで会ったかな?」
「ああ。以前は後れをとったが……今度こそお前を破壊して見せる」
 デウスエクス。直感してフロッシュは身構えた。そして思い立つ、女の話の内容からして私を狙ってきている? しかし女に戦うような気配はない。ただ延々と伸びる道路の先、その地平線を見やっているようだった。
「到達目標点はお前のよく知る場所『あの孤児院』だ」
「孤児院って……」
 フロッシュの中でその言葉が指し示す場所は一つしかない。以前、自分がいた場所。女が指を向けるとフロッシュのゴーグルにマップデータとコースが表示される。
「私が先に着けば孤児院を破壊し人々を殺す。だから」
 せいぜい遅れるな。女、シャリオ・ムーヴが言葉と共に視界から消えた。


「フロッシュさんが高架道路で女性人型のダモクレスに襲われるようです。個体名は『シャリオ・ムーヴ』。どうやらフロッシュさんを狙っていたようです」
 しかし解せませんね。セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は顎に手をやって考え込むように口にした。
「敵の目的はフロッシュさんを殺すことではないように感じられます。だってレースで速さを競うなんて……。いえ、デウスエクスの行動原理は理解出来ないものの方が多いですが、それにしても奇特と言えますね。フロッシュさんが狙われ、敵がゴール地点にいる人々を殺すと明言している以上、皆さんには火急速やかに現場へ向かって頂きます」
 そこで、と言葉を区切ってセリカは指を立ててみせる。
「敵の特徴を。敵は速度に特化しており、故に絶対的な速度に対して装甲は脆いかと思われます。なので一撃でも攻撃が直撃すれば、大きなアドバンテージになると思われます。あくまで当たれば……なのですが」
 セリカは一時表情を曇らせたが、すぐに眦をきつとなおした。
「予知が違ってしまう可能性があるので孤児院の避難は出来ません。道中の封鎖、避難は出来る限り進めますので皆さんに一般人の避難誘導は不必要です。どうか全力でシャリオ・ムーヴにあたってください」
 ファイルを閉じてセリカは口を開いた。私見ですが、
「今回の敵の目当てはあくまでフロッシュさん只一人と思われます。『孤児院』の云々はフロッシュさんを逃がさない方便じみたところもある気がしますから……。もちろん油断は禁物ですが、どうか皆さんは戦いに集中を」


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)
クロウ・リトルラウンド(ストレイキャリバー・e37937)
薬袋・あすか(彩の魔法使い・e56663)
穂村・花園(アンダーカバー・e56672)
フロッシュ・フロローセル(疾走スピードホリック・e66331)
ディッセンバー・クレイ(カレンデュラ家の戦闘執事・e66436)

■リプレイ

 高架道路を二つの影が駆け抜ける。旋回、加速、跳躍、時には転回すらも織り混ぜてフロッシュ・フロローセル(疾走スピードホリック・e66331)とシャリオ・ムーヴは高架道路を走った。機銃掃射が地面に鋲ほどの穴をあけると、対してフロッシュはベアリング弾を弾き飛ばす。S字カーブを外壁に沿って走り抜ける、その刹那の減速を狙いフロッシュは強い圧力を加えた空気を噴出し急加速、間合いを詰め蹴撃を見舞った。
 シャリオは地を這うように姿勢を低く蹴りをかわすと、応酬に拳の雨を降らせる。いなしてフロッシュは再び距離をとる。両者はそんな戦闘を高速の世界でやってのける。
 シャリオが加速して高架を下る。追いすがろうとしてフロッシュはハッとした。おぼろげな記憶、靄のかかった光景の一部がさっと晴れた。こいつ……孤児院を襲ってきた奴だ!
「なら猶更、絶対に負けてたまるか!」
 最初から全力全速! フロッシュはギアをあげ更なる速度の世界へと身を晒し、地面を滑翔して高架道路から飛び降りた。フロッシュは駆輪炉の出力、方向性、己の重心を極めて微細に調整し、速力を失わぬまま着地し流れるように再び走り出した。
 二人はほとんど差異なく街へ入ったが、シャリオはすぐさま熱烈な歓迎をうけた。轟竜砲が火を噴き地面へ炸裂するたび粉塵をあげる。馬力のみで地面を蹴り、半ば跳躍するようにクロウ・リトルラウンド(ストレイキャリバー・e37937)は二人に追随した。
「スピードに命を懸けることは悪くないよ……だけど、他の人の命を懸けるのは間違ってる!」
 クロウの声にシャリオが答えることはなかったが、また別の声がそれに返した。
「ああ、全くだ。人質で脅迫するような卑劣な事をせず勝負を挑んでいれば、私が介入する案件ではなかったのだがな……」
 私の称号は伊達ではないぞ。空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)はひとりごち、風に身を任せた。モカの移動方法は不可思議で、単純に力で突き進むでもなく、推進剤があるわけでもない。風と合一しているような、決して速くは見えぬ足運びでも純然たる速力があった。交通標識を足場にモカはシャリオを強襲する。その掌底を正面から受け、滑るように後方へ移動し力をいなす。とはいえ螺旋の力が込められた一撃は受けても内部から敵を害した。
 フロッシュも指先にベアリング玉を挟み、シャリオを狙って弾きだす。敵の目的が一つでもフロッシュには二つの勝利が必要だった。一個人としての勝利と、ケルベロスとしてのそれだ。
 大きく旋回してシャリオは弾丸を避ける。そのまま崩れ傾いたビルの壁を伝い、中空へ身を投げ小銃を乱射した。後手を避けるため、むしろ急加速をかけてフロッシュは弾丸の雨をやり過ごす。直後、即座に出力を上げて旋風をシャリオへ吹きつけた。風は生き物のようにしなり襲いかかったが、シャリオも回転して旋風を巻き起こすと両者が激突しあえなく霧散する。
 銃声が廃墟の街にこだますると応酬に礫が飛び交い、砲火が狂騒する。刹那の交差に起こる肉弾戦はもろい外壁を崩壊させ、急降下の蹴撃は地に窪みをつくる。四人は集中状態を保ったまま廃墟の街を駆け抜け、棄てられた街は文句の一つもなく客人を送り出した。

 次なるルートへ入ると厳しい障害が数多立ち塞がる。フロッシュは山肌を滑り下りると共に姿勢を極端に低くし枝葉を避けた。一つでも間違えばバランスを失って転倒する。そして一度でも転倒してしまえば相手に追いつくことは出来ない。速度、技術共にフロッシュとシャリオは拮抗していると言えた。唯一の相違はフロッシュには仲間がおり、シャリオにはいない点か。
 ならば単純、仲間をつくればいい。シャリオは体からブレードフィンを射出する。それぞれが自律して動き、高い速力を以てフロッシュに襲いかかった。一擲目を旋回しつつ交わし、回し蹴りで二撃目をおとす。三つめの刃でバランスを崩しかけ、四投目が迫る。あわやフロッシュが刺し貫かれるその寸前で、
「~~っ!?」
 刃を真正面から受け止めクロウが鮮血を散らした。自身に突き刺さったブレードを両手で引き抜き、手中で潰す。
「クロウさんっ!」
「やはりお前らは邪魔だ」
 フロッシュの叫び声、シャリオの冷たい声。ブレードは矛先を変え、道中に茂る木々や巨大な岩石へと攻撃を仕掛けた。巨木がドミノ倒しに切断されフロッシュ達の眼前に倒れかかる。巻き込まれれば致命的だ、だがモカは誰よりも先んじて巨木の前に躍り出た。
「友の前に立ち塞がるならば、何であっても全力で斬り刻む!」
 手刀を作り、高速で移動を繰り返しながら巨木に打ちかかる。手の側面から刃を展開させ幾重にも刃を振るい、木々を両断する。巨木の隙間を縫ってフロッシュとクロウが走り抜ける。暴風のように通り過ぎてゆく二人を後目にして、モカは残留したブレードフィンに刃をきらめかせた。

 クロウにとって次なる敵の一手は想像できた。ブレードが横たわる岩石の根に突撃をしかけている。相対的な速度からしてフロッシュの上に降りかかるだろう。フロッシュはいまシャリオ含めブレードと交戦中で余裕がない。なら、自分がどうにかするしかない。
「ワカクサ・アクセラーッ!」
 クロウはワカクサを変形、自らに装甲して時限的に加速度を得る。併走するブレードを振り切り、いまにも大地へ腰をおとそうとしている巨石へ拳を振り上げた。数度、数十度。息もつかせぬ連打を叩きこむ。やがて岩石の表層に亀裂がはいり、そこへ渾身の一撃を打ち込むと、岩は千々に砕けた。
「フロッシュ、フルスロットルだよー!!」
 くらりとしてクロウは倒れた。血が止まらない。その体を、蒼炎を散らしながらやってきた北條・計都が受け止める。
「ったく。無茶しやがって……」
 遅れてモカがやってくると計都は彼女へクロウを渡し、ライドキャリバーとの変形を解いて単騎とした。モカはクロウを抱き上げ単騎へと乗せる。ブレードの始末に手間がかかり彼女も傷を負っていたが、自身のことにあまり頓着はしなかった。
 クロウが意識も朦朧につぶやく。お腹減ったぁ。
「これなら、大丈夫そうだな」
 モカが優しい眼差しのまま笑った。


 さて、氷上を踊るように山道をゆくフロッシュとシャリオ。その後を一つの炎が追う。緋色の尾を引く炎塊は不意に声をあげた。
「待たせたな、フロッシュ!」
「花園さんっ!?」
 豪炎を背に穂村・花園(アンダーカバー・e56672)は洋弓を引き絞る。弦がしなり、矢が空気を切って先へ。花園は加減容赦なく幾多も矢を番えては存分に引きしぼり放った。地獄の炎は力の代償に何かを求める。そう容易く、延々と使ってはいられない。いまここで少しでも敵に傷を与えられれば!
 さながら水先案内人だ、出し惜しみはしねぇ! それに、
「目的はよくわからんが、人の家族に手を出すようなマネは気に食わねぇなァ、おい!」
 新たな敵に舌打ちをひとつ、シャリオは体内の小銃を後方の二人へと間断なく撃ち続けた。唸り飛び交う弾丸のなかフロッシュは自在に走行、時に木々を盾とし銃弾をかわす。だが、炎のみを推進剤とし移動する花園にとって銃弾を避けることは能わなかった。むしろ枝葉が縦横に伸び、上空に影をつくるほどの山道のなか止まらず進むのは見事である。銃弾を浴びながらも花園は弓を構えた。痛みに歯を食いしばり、狙い澄ました一矢を放った。
 空気を貫き矢がシャリオの肩に突き立つ。ぴくり、眉がつりあがる。途端、辺りが闇に包まれた。鉄道トンネルだ。
「フロッシュ、ここであいつを止めるぜ!」
「うんっ、絶対に!」
 声を残しフロッシュは先行した。速度が増すほど空気抵抗は大きく、無視できなくなる。細く、小さく呼吸をし、フロッシュはトンネルの外壁へとりつき螺旋軌道を描いた。銃弾を散らして突き進む。向かうフロッシュに対し、シャリオは後方ばかりに構ってはいられない。
「フロッシュさんの大切な場所、なんとしても守ります……!」
 まずノアル・アコナイトが跳び掛かりシャリオへ三爪を立てる。赤い瞳が妖しく光る様は闇夜の肉食獣を思わせた。壁をせりあがり三爪をかわすと、今度は闇が隆起した。天井も線路も蠢く闇が身をもたげる。
 自身の影から闇を解き放ち意のままに操る術『月喰らう咆哮』。ディッセンバー・クレイ(カレンデュラ家の戦闘執事・e66436)の白手袋が闇のなかひらめく度に、闇は勢いをつけ四方八方からシャリオへと襲い掛かった。元来ならば自身の影を使う術だが、閉塞され意図的に灯を消した暗闇の世界では限定的に強化された一手となる。
 暗闇の世界で闇はどこまでも執拗にシャリオを追う。これにはシャリオも減速せざるをえない。即ちケルベロス達の速度に合わせた戦いを強いられる。自らも跳び、ディッセンバーは『セブンアームズ』を振るった。七つの顔を持つガジェット、今は槍斧として唸りをあげる。だが僅かに遅い。槌頭は身を挺して間に入ったブレードのみを粉砕して逸れる。他のブレードは露払いとばかりに先行し、闇に潜む他の外敵を襲った。
「ちょっとっ!」
 平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)は咄嗟、頭を下げて刃をやり過ごした。だが二の矢、三の矢も続けて飛来してくる。
「僕は肉体系じゃないんだよ~」
 致命傷だけは避ける和、阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)は動き回るブレードを捕えようと蜘蛛の糸を伸ばすが、あえなく抜けられ、逆に突撃してくる刃によって腕を斬られた。黒衣に血が滴り、闇の中に落ちる。
「……素早いですわね」
 絡奈は飛来するブレードの動きを把握するため、更に大量の糸を全域へ伸ばす。すると薬袋・あすか(彩の魔法使い・e56663)は糸へ足を掛け、サーカスよろしく天井へ跳び、高空から敵を襲った。
 あまりに直線的な動きに戸惑いつつも、シャリオは飛び込んでくるあすかへ速度をのせた貫手を放つ。あすかの拳は空を切り、貫手が体を貫いた。容易い。思ったシャリオだったが、刹那の後に驚愕する。それを飛び越えて、もう一人のあすかがシャリオに肉薄したからだ。
「驚いたろ? そっちは偽物だ!」
 あすかが拳を振り抜く。衝撃を殺しきれずシャリオはたたらを踏み、大きく下がった。描いた分身はインクに戻り、敵に付着し暗闇の中に淡く光りを発する。トンネルの中では何よりの目印だ。
 追い打ちをかけるフロッシュ、迎えうつシャリオ。互いの蹴りが交差し相殺、双方とも押し返される。だが続けざま飛び込んできた絡奈とあすかまではどうにもならない。
「お行きなさい」
 息の触れるような至近距離で、絡奈は流体の蜘蛛を袖口から解き放った。腹を空かせた蟲の群れは蠢きひしめき、我先に腹を満たさんとシャリオに襲いかかる。
 間髪入れずあすかが機敏に動き、脳天目掛けて踵をおとす。パーカーフードをばさりばさり、音を立てて揺れた。
 この二つの攻撃を尋常の方法で避けることは出来ない。シャリオは決断し、自らの外部装甲の大部分をパージさせる。装甲片がつくった瞬きほどの間隙に、シャリオは加速をかけ、一気に光の差す方へ走った。焦り、追走するフロッシュ。だが、
「大丈夫、このトンネルに出口はありません。ここで終着です」
 闇がディッセンバーの声を届けると、不意に花園の言葉も思い出す。もしかして皆はトンネルでカタを付ける為の策を練ってる?
 だとしたら……。フロッシュはシャリオの背後へぴたりとついた。絶対に、一瞬の隙も見逃さない。
 そしてその時は訪れた。闇を振り切りトンネルを抜ける手前で、不意にシャリオの体が不自然に止まったのである。ここしかない! フロッシュは疾走形態の瞬走駆輪炉を変形させ【穿天形態】として展開、両脚を武装する。
 応えて瞬走駆輪炉! 応えて……新たなる『穿天』! 音を……光を越えて……!
「届けっ――――」


「これなら絶対通せんぼできるね」
 トンネルでの戦闘が始まるより前。罠の出来を確かめるように鎖を引っ張る和が自信満々に言った。いくつかのケルベロスチェインを編み蜘蛛の巣のごとく張り巡らせて敵を捉える。和の遅滞策に仲間が協力すると、見るも逞しい網が完成した。
「あとどれくらいで来るだろ」
 天井へ鎖を固定していたあすかが飛び降りて声にする。和が返した。
「あと……数分かな」
「じゃ、そろそろだね」
 ぐっと体を伸ばす。気概は十分、戦う気力も充実していた。孤児院には行かせない、友達も友達の大切なものも、何一つ壊されてたまるか!
 絡奈はひとり網に手を伸ばし『蜘蛛の糸』で網目の不足を埋める。平様の策、素晴らしいですわ。絡奈はひとりごちた。ここは直線、スピードは出せても複雑な軌道は出来ない。罠を仕掛けるならば絶好の場所である。
「さぁ、絡めとられてくださいね」
 その速さ、自慢の体。動けなくなるまで縛って差し上げましょう。毒婦のように艶やかな笑みをうかべ、絡奈は獲物を狙う蜘蛛のごとく闇に隠れた。


 目の前に何かが存在する! 衝突の寸前でシャリオはそれを断ち切ろうとした。だが度重なる戦闘で損傷し、数も減ったブレードでは叶わない。鎖の罠にしたたかに体を打ちつける。高速から急静止。体が千切れんばかりの衝撃。グラビティが通る故、罠は遅滞のみならず攻撃ともなった。
 鎖に溶け込んでいた蜘蛛の糸が、シャリオの体を拘束しようと絡みつく。故意に落とされていた照明が点灯すると、
「人は弱くても、知恵は何よりも強大なんだよ。敵が大きいほど知恵は役に立つ……。やっぱり罠はシンプルなのが一番だね!」
 花園の治療を進める和が愛らしく微笑んだ。
 フロッシュは瞬走駆輪炉【穿天形態】の牙を研ぎ澄まし、己の体を一本の槍のようにして疾く々駆け抜ける。
 もはや蒼い雷槍からは逃れる術はない。
「貫けえええええええぇ!!」
 穿天の一撃はシャリオの胸を貫き、大穴を開けた。あまりの余波に鎖が引きちぎれる。修復不可能なまでの損壊、シャリオは力なく地面に倒れた。
 もう勝ち目はない、機械故にシャリオは悟る。だが……それは戦闘の話だ。全てのブレードを天井へ向かわせ、シャリオは立ち上がった。
「せめてお前を……目覚めさせてやる。超克した品ァァ!」
 ブレードが一斉に自壊する。ぐらり、足元が頼りなく揺れる。途端にシャリオの頭上が崩落する。シャリオは踵を返し、爆発的な加速を見せ光の向こうへ消えてゆく。
 間に合えっ!! フロッシュが追うと、無窮の闇が一帯を包み込んだ。

 フロッシュはシャリオの背を追いかける。元々薄い装甲を更に切り離し、剥きだしの肢体で穿天を受けた。機能は停止してもおかしくない。それなのに、この慮外の速さはなんだろう。フロッシュも出来うる限りの加速をかけるが、それでも足りない。
 不意に機械片が視界を横切る。見ればシャリオの体は崩壊を始めていた。自らの命を燃やして走るシャリオがどれだけ保つか。待っていればすぐに死に絶えるはず、それが賢いやり方である。しかしフロッシュはシャリオに己の背中を見せつけてやりたかった。
 二人が着水すると、あまりの速度にひとりでに湖が割れた。湖上を一息に駆け抜けるその間も、フロッシュは加速をかけていた。もう一分もしないうちに孤児院についてしまう。一か八か、瞬走駆輪炉の理論値限界までの速度を出すしかない。フロッシュは考え、決断すると即座にリミッターを外し更に出力をあげた。轟々と耳をつんざく風の悲鳴。そこに瞬走駆輪炉の轟音も重なって頭が割れんばかりに痛い。しかし確実に距離は詰まっている。
 近づいた! もう少し、あと少しっ……。
 瞬走駆輪炉の出力を上げる。諦めてたまるか……スピードで、負けるもんか! シャリオの背中が迫る、もう手がかかる!
 そして遂にフロッシュの体がシャリオに並んだ、その瞬間。急に風の音が消えた。景色は歪み、煙のように実体なく後方へ消えてゆく。なにかがそっと意識に触れ、ぐいと引き込まれる。背筋が総毛立つ、視界が暗くなり、意識が遠のく。
「ああ、そんな顔をしていた。それがお前の本当の姿だ」
 シャリオの声がした。
 瞬走駆輪炉が抵抗するように煙をあげたのはそんな折のことだった。速度が急減する。意識は快復したが急転する視界のなかにシャリオはいない。フロッシュは転倒しないよう体を制御するが上手くゆかない。もう孤児院は目の前だ。
「止まれぇぇぇ!!」
 逆噴射をかけ、勢いを殺すそうと足を地面に突き立てる。と、不意にフロッシュの前に人影が立ち塞がった。イッパイアッテナ・ルドルフは高速でやってくるフロッシュへ組み付き、懸命に四肢を踏ん張って歯止めをかける。砂煙が立ち、靴底から火が起こる。それでもイッパイアッテナは全力で大地に体を沈め、フロッシュは出力の限り逆噴射をかけた。
 孤児院の扉を破り、もつれ転げるように二人が入ってきたのは子供達が聖歌を歌っていた時のことである。ゴロゴロと絨毯の上を転がり、フロッシュは孤児院の奥のオルガンにぶつかって動きを止めた。
「た……ただいま」
 目を見開くシスターにフロッシュは苦笑した。不意に感慨が込み上げてきて、フロッシュは目頭をこする。
 アタシ、勝てたんだよね? この孤児院を、今度はちゃんと守れたよね?
 首を傾げ、子供達は涙づくヒーローを見ていた。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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