遊び疲れた二人が気が付くと、雪の丘は夕暮れに包まれていた。
山の稜線から投げかける夕日が、つるべ落としに小さくなっていく。
家路へと元気一杯に駆け出した少年が振り返って、
「じゃあね、また明日」
残された少女が静かに少年を見つめ返すと、念を押すようにもう一度少年が叫んだ。
「絶対だよ、約束!」
やっと少女が小さく頷くと、笑顔の少年が何度も手を振りながら駆けていく。
一人、残された少女。
年頃は少年と同じくらい。10歳になるかならないかだろうか。
スカートにセーター姿。タータンチェックのケープ。
肩で揃えたはしばみ色の髪に青い眼。異種族も増えた現代日本では、珍しくも無い少女。
だが、細い両手首に備えられた鉄錆色の手枷めいた機械と、腕に埋め込まれたインジケーターが、少女が人間では無いことを物語っていた。
ダモクレス──そう、呼ばれるはずだったアンドロイドの少女は、記憶を失っていた。
目覚めた時、何をしたら良いかわからなかった。
ただ、雪の丘で一人、立ちすくんでいた。
少年が「ひとりなの? 一緒に遊ぼうよ!」と笑って声をかけるまで。
日が沈み切り、雪の丘が月明かりに照らされる。
アンドロイドの少女は、ここで待ち続けることに決めていた。
自分にまた会おうという少年。
もう一度会ったら、自分が何をするべきなのか、わかるかもしれない──。
それは、デウスエクスとしての思考ではなかったかもしれない。
その行く先は、もしかしたら、新たな地球人としての道に繋がっていたのかもしれない。
だが、その可能性は永久に失われることとなった。
不意に、少女の背後に現れた異形。黒衣に身を包む女性型のデウスエクス──死神。
少女が気付いて振り返るより早く、死神が右腕を鋭く振りぬいた。
ぞぶりと。
小柄な体へと打ち込まれる──死神の因子。
一瞬、驚きに染まった少女の青い眼が、どろりとした赤い眼に変わる。
死神の女が無感動に口を開いた。
「お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
壊れた人形のようにぎこちなくうなずいた少女に向け、
「……でも、このようなひ弱な体躯では、どこまでできるかしら……って」
死神の嘲るようにな独り言が突然の地響きに遮られた。
次の瞬間。
ゴバァッ!
周囲の地面を割り割いて現れた機械の群れが、次々と少女へと殺到する。
手枷と同色の四つのブロックが華奢な少女の四肢を覆い、同時に背後から生じた分厚い装甲版が少女を覆い包む。
途切れず地下から現れ続ける円筒状、筒状、板状のブロックが、重厚な金属音と共に次々と接続されていく。最後に一際巨大な一対の砲身が左右に接続され、静寂が訪れた。
そうして現れたモノ──。
六脚歩行の甲殻類めいた外観。
本来の腕の延長線上に配置された長大な主砲。
甲羅の各所にはミサイル発射孔が連なる。
死神の眼前にあるソレは、多脚戦車と形容するべきものへと変じていた。
その奥底から、ぎこちない声だけが響く。
「するべきこと……グラビティ・チェイン……奪う……」
満足そうに嗤いながら闇へと消える死神を背に。
多脚戦車ダモクレスが遥かに増大した巨躯で雪ごと大地を踏み抜きながら、丘を下った先の市街地を目指して進みだす。
夜闇に輝く、人々の生活の光を踏みにじる為に、そして。
──ケルベロスに終わらせられる為に。
死神の因子が埋め込まれたダモクレスが、街を襲う予知を視たセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)。
ケルベロスを集め、小さく頷くと話始めた。
「長野県松本市郊外の丘に出現したダモクレスが、死神の因子により暴走し、街を襲います。その前に倒してください」
敵ダモクレスが目覚めた場所が市街地を望む丘であったこともあり、周辺には民家も無く、避難誘導の必要はないようだ。
「丘は雪に覆われていますが、開けています。戦いに支障になることはないでしょう。丘を下る前に捕捉できますので、逃さず撃破してください」
ただ注意して欲しいことが、そう前置きしてセリカが続ける。
「死神の因子の存在と特性については、皆さんも既にご存知のことかと思います」
既に幾度も繰り返され、ケルベロスたちに阻まれ続けられている死神の企みだ。
死神の因子を埋め込まれたデウスエクスが倒されると、その死体から彼岸花のような花が咲き、どこかへ消えてしまうのだという。
それまでに溜め込んだグラビティ・チェインと強力な死体という手駒を、死神へと供給した上で、だ。
それを許す訳にはいかない。
デウスエクスの残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させれば、体内の死神の因子が一緒に破壊されるため、死体を回収することができなくなる。
可能な限り、留意して戦う必要があるだろう。
そこまで話したセリカ、
「彼女はデウスエクスです。ずっとそうだったか、それはもう、今となってはわかりません。何もかもが手遅れなのですから」
僅かに俯き、何かに耐えるかのような呟き。そうして、
「お願いします。悲しみがこれ以上、増えないように」
頭を下げるのだった。
参加者 | |
---|---|
砂川・純香(砂龍憑き・e01948) |
莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236) |
水無月・一華(華冽・e11665) |
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997) |
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンエンド・e15685) |
八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875) |
ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399) |
フレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627) |
●月下
降り立ったケルベロスたちを、冴え冴えとした夜気が包む。
銀色の鏡が濃藍色の夜空に浮かび、薄灰の影ににじんでいる。又、雪になるのだろう。
山に囲まれた雪の丘。背後に連なる針葉樹林を越えればすぐに市街地の明かり。
そして正面。丘の向こうからは、雪を踏み抜く重々しい機械音が響く。
避けられぬ戦いを前に、それぞれの思いが揺れる。
常には明るすぎるほど明るく元気なレプリカントの少女、莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)の紫水晶の瞳に影が差す。
(「貴女様の中に生まれつつある光。きっと、あなたの中に芽吹いているのに。だのにそれごと殺さなきゃいけない」)
傍らの和装の剣士、水無月・一華(華冽・e11665)も己を奮い立たせる術を探すように、
「罪科無き者を斬る刃は、持ち合わせておりませぬ。しかし、誰も傷付けなかった貴女のままであって欲しいから──」
「あの子が待った少年の住む街で破壊行動をさせたくはないのでね」
一華の言葉を、ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)が継ぐ。精悍な体躯に黄金の髪のドラゴニアンも又、もっと早ければ、という己の思いを抑えきれずにいる。
こちらへと着実に近づく機械音。
逃すことはありえない。逃げるという思考さえ奪われているのだから。
緋紅の髪のドラゴニアン、ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)が新緑の瞳を歪めた。吐き捨てる様に、
「ああ、本当に死神ってイヤな存在ね」
それは彼女が追い、追われ続けた因縁が故か。
グラビティチェインを奪わせ、ケルベロスに殺させることで己への力と変える死神の企み──。
薄く入れた紅茶色の髪のオラトリオ、フレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627)、
「そうなる前に止めるよ。クソッタレな死神の思惑通りにはさせない」
騎士の青年が思いつめた表情で断言する。
そんな彼らへ向ける八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875)の眼差しに、案ずる色が加わる。
努めて明るい口調に乗せて、
「随分と物騒な蟹もいたものです。正に煮ても焼いても食えぬ、と――あれ、以前にも似た様な事を言った記憶が」
紫の髪のこめかみを押さえて見せる鎮紅。思いを察したのかムジカが緋紅の髪を揺らして小さく笑った。
砂川・純香(砂龍憑き・e01948)が静かに続ける。
「どうして、と嘆くのは私達の役目ではないから」
夜色の髪を押さえながら、柔和な表情で。
向き合いましょう、私達の為すべきことに。そう、締めくくる言葉に皆が強く頷き、フレデリが眼差しだけで鎮紅に礼を言い、照れたように鎮紅がそっぽを向いて。
(「為すべきこと」)
バンリが小さく呟いた──その時。
無骨な影が丘を超えて現れた。
鉄錆色の本体を、前足めいた脚部で支える多脚戦車型ダモクレス。
二門の主砲を左右に張り出した3mを超える鋼鉄の蟹がケルベロスたちへと向き直る。
「敵……排除」
空ろな幼い声。長大な砲身が動き始めるのと、
「散って!」
鎮紅の叫びが同時だった。
ケルベロスが散開。直後、轟音と共に射出された砲弾が雪原へ直撃し、爆発した。
白い瀑布が周囲を覆いつくす。
目標を瞬時見失ったデウスエクスが、戸惑うように止まった。
その眼前。
細雪が舞う中、七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンエンド・e15685)が立つ。
月光に細氷がきらめく。ライオンラビットの雪白の髪が揺れ、黄金の瞳に決意が輝く。
違う未来もありえた、その思いを振り払うようにアニミズム・アンク──二律背反矛盾螺旋・夢を掲げ、
「彼岸花は咲かさせないんだよ。君に花を手向けていいのは死神なんかじゃないから!」
それは世界と同調共鳴し、己を高める『鋼の意思』
同時に。
バンリが与える気の護りが展開、巻き上がる雪煙を切り裂いて突進する一華、純香を先頭に、続くウリル、ムジカが一陣の風と化して駆ける。
戦いが始まる。
『死』という。
ただ一つの、救いの為に。
●激突
ダモクレスの背部、VLS発射孔が一斉に開き、ミサイルの群れが放たれる。
鋭いアーチを描いて前衛陣へと降り注ぐも、フレデリの詠唱が僅かに早い。
「唸れ雷っ、障壁と化せ!」
構える風雷剣サンティアーグから稲妻が閃き、雷壁の展開と同時にミサイルが直撃、ナパームめいた爆炎が燃え上がるも障壁に阻まれ炎が振り払われる。
勢いを減じないまま左から一華、右から純香が流星を纏う飛び蹴りを放った。
左右同時の蹴りがダモクレスの両前脚部、比較的脆弱な関節部を貫いた。蛇腹が割け駆動部から異音が響く。
直後、ウリルのゲシュタルトグレイブが前面装甲の継ぎ目へと叩き込まれた。
貫くと同時に槍身に稲妻が走る。
(「一手を封じられるなら」)
電撃がダモクレスの本体を走リ抜けた。電装系に損傷を与えたのか動きが僅かに鈍る。
すかさず離脱する三人を支援するべく、続くムジカの電光石火の蹴りが、前面センサーレンズの一つを狙い破壊するも、
「するべきこと……邪魔、しないで!」
振り降ろされた砲身がムジカを上から襲いかかる。
「貴女がするべきことは、グラビティ・チェインを奪うことではないワ!」
咄嗟に雪上を転がって避けざま、多脚戦車の直下へと潜り込んだムジカの眼前。
ダモクレスの下部装甲に沿って列を成す黄金の針に一斉に青白い電光が走る。
スパークする電撃が放たれる直前。バンリが光剣を顕現させざま飛び込んだ。同時に一閃。
落雷の如き轟音と唸る雷撃の中、頭上で切断された放電針が舞うムジカの周囲だけが僅かに空隙と化す。
傍らに着地したバンリ。無傷ではない。防ぎ切れなかった雷撃により焼け焦げたバンリの左足が引きずられ、僅かに口元が苦痛で歪む。
懐に飛び込んだ二人を、逃がさぬとばかりに再び放電針が稲妻を帯び始める。
そこへ鎮紅の放つ弧を描く斬撃が、左主砲と本体との接続部を切り裂いた。
ダモクレスが、主砲を狙う敵へと狙いを代えたのを確認ざま、鎮紅が叫ぶ。
「今です、早くっ!」
すかさず瑪璃瑠に不可視の力が収束、
「雪よ、月よ、大地よ、癒しに力を!」
大自然の護り──その強力な癒しに続き、駄目押しとばかりにフレデリが続く。
「聖王女よ、彼の者に加護を!」
一族へ降りていた護りの力──『清浄なる灯』
瞬時に全快したバンリ、ムジカが死地から脱出し、デウスエクスの背後に抜けて振り返る。
尚歩みを止めないデウスエクスを睨むムジカの視線が険しさを増す。
「脚を止めないと。今度は周囲からもう一度。行ける?」
問われて僅かに戸惑いの表情を浮かべたバンリ、だがムジカの両裾からブラックスライムがどろりと覗き、その意図を察すると頷き合い、再びデウスエクスへと挑む。
再び展開したミサイルの群れが、今度は純香、ウリル、瑪璃瑠へと襲いかかった。
突進で避けるべくウリル、
「ここから先へは行かせないよ」
同時に純香、
「花は、咲かせない」
オウガメタルで全身を覆われ、突進する二人の背後で無誘導のミサイルが次々と誘爆し、次の瞬間。デウスエクスの最も強力な正面装甲を、二つの拳がまともに捕らえた。
同時至近位置へ鬼の拳で打ち抜かれ、さしもの装甲板も砕かれ、機械部が大きく覗く──だが。
即座に間合いを取り直すウリルが、回避行動を取ろうともしなかったデウスエクスに、僅かに疑念の表情を浮かべ、
「……っ!」
気付いて振り返る。
逆方向にミサイルを避けた瑪璃瑠も気付いた。健在の右主砲が既に彼女を照準済みであることを。
──火力偏重のデウスエクスとの戦い。
バランスを保てているのは、強力な癒し手の存在あればこそだ。
ただ一人の癒し手を無力化すれば──。
「消えて」
少女の視野、マーカーが瑪璃瑠に重なり、発射シークエンスが最終段階へ。
反応した鎮紅。瞬時に思考し、判断し、決断した。
射線上へと飛び込む。
感覚が研ぎ澄まされ、精神が加速する。
デウスエクス右主砲の発火炎が閃いた。
砲身のスリットから白煙が噴出。爆音さえも置き去りに。
円錐の薄雲を連なって飛ぶ砲弾が、音速をはるかに超える速度で迫る。
刹那、右に体を流すと同時に僅かに角度を付けて構えた右手のダガーナイフを、もう一振りで支えて受け流す。
ギィ……ッン!
主観上で引き伸ばされた感覚。
切り結ぶ紅い刀身──二本一組のダガーナイフ、ユーフォリア──から粒子が舞う。
次の瞬間。
僅かに逸らされた砲弾が、瑪璃瑠の左数センチ、雪白の髪一房だけを貫いて抜けた。
背後の巨木を吹飛ばし、轟音が響き渡る。
●炎
癒し手を即時排除できなかった時点で、勝敗は決していた。
バンリ、鎮紅が崩れず、フレデリの戒めと護りが完成すれば、後は時間の問題である。
いつしか、損傷を与える手を緩めさえした戦いの末。
ダモクレスの分厚い装甲も多くが破壊され、隙間から機械部が覗き、ミサイル発射孔もその半ば以上を無力化されている。
関節部から溢れる潤滑油が斑に染めた脚部の半数は動きを止め、今だ健在の脚部もブラックスライムが深く食い込んでいる。
最早歩行も不可能となり、アクチュエータが耳障りな機械音を上げ続けるばかり。
勝つだけなら、倒すだけなら、ずっと早かっただろう。
だが、そうはしなかった。
彼岸花を咲かせない為に。
何度目かの純香のメタリックバーストが発動した。
常に戦況を制御し続けた瑪璃瑠、オウガメタルの光る粒子が一華に集中するのを確認し、ムジカと小さく頷き合うや、一華への付与の集中を指示する。
そうして、叫んだ。
「悪夢に、終焉を!」
ウリルの喰霊刀から魂の力が放たれ、フレデリのエレキブーストが閃き、一華の刀に力が収束していく。
(「太刀筋を読ませず、この一太刀で必ず。ならば──」)
一華が鞘へと刀を納めた。封印された力に鞘が僅かに震え、
「ここで終いといたしましょう」
言い放つや、デウスエクスへと突撃する。
「こないで!」
悲鳴と共に迎え撃つダモクレス。主砲で迎撃しようとするも、
「無駄です」
鎮紅の『斬華・千紫万紅』によって既に稼動部を完全に破壊されていた主砲は、片刃で抑えられ力なく震えるのみ。
回避行動を取ろうとするも、残された脚部に食い込むブラックスライムで押さえ込むムジカ、語りかけるように。
「この手足は違う。貴女が逢いたいと願ったコと過ごした時間の姿に還りましょう?」
残るミサイルもバンリが展開したオーラシールドに阻まれ、空しく爆散していくばかり。
一華が爆発と炎の中を、しかし、何ら遮られることなくダモクレスの懐に飛び込む。
煌く刃──封印が解かれた。
形はあれども、戦いにおいて変わり続ける剣技。
綻ぶ前の、瞬き巡るは伽藍の如く──『伽藍巡り』
ただ、一閃。
下段から抜き打った一華の刃が、ダモクレスの中心を貫き、身体ごと上空へ抜けた。
軽い音と共に、ダモクレスの背後に一華が着地。
残心──和装と藍の髪が遅れてなびいた、次の瞬間。
ゴバァ!
貫いた剣閃を中心に内部から爆発するように吹き飛ぶ。
ひとたまりも無かった。
空隙にスパークと誘爆が連鎖し、ダモクレスが遂に崩れ落る。
爆発する。その事実に、痛みに耐えるような表情のバンリがその場を離れようとして、気付いた。
息を呑み、立ちすくむ。
砕かれた装甲と機械の向こう。閃くスパークと燃え上がる炎の中に、少女がいた。
青い眼の。
──少女が、いた。
機械類と融合した下半身は半ば以上が吹き飛び、炎の赤と白い雪が覗く。
死神の因子は跡形も無かった、恐らくはコギトエルゴスムさえも。
激しい誘爆が始まり、炎に呑まれる瞬間、少女が何かを言おうと口を開いた。
一歩、思わず手を伸ばしかけたバンリを、
「爆発する、離れるんだ!」
叫びざま、フレデリがバンリを庇うように抱えて跳ぶ。
(「ごめん……」)
背後に視線を投げたフレデリの小さな呟き、そして。
爆光が、閃く。
最後にバンリが見たのは。
全てを悟った、悲しげな瞳だった──。
●言葉
残ったのは、無残に焼け焦げた爆発跡。
欠片も、残りはしなかった。
木々は焼け落ち、丘は抉られて黒々とした地面を晒している。
爆発跡に、そっと手を合わせ黙祷を捧げる一華とフレデリ。
その傍らでウリルが小さく呟く。
「……間に合わなくて申し訳なかったね」
たった一度の出会いという奇跡を紡げなかった少女。
純香の鎮魂歌が静かに聞こえる中、祈る。
そうしてウリルが周囲に促すと、鎮紅も頷き、周囲に癒しを施していく。
夜半が過ぎ、雪が降り始めた。
焼け焦げた地面も、幻想を得た木々も、全てが白一色に染められて。
何も無かったように。
あの子が少年と過ごした丘の姿に。
日が昇り。
少年がやって来て。そして──。
何度も振り返り、どこか落胆した様子の少年が手を振り、帰っていく。
少女から頼まれたと、フレデリが渡した雪兎を手にして。
手を振り返すフレデリ、何かに耐えるかのように口を引き結ぶ。
傍らの瑪璃瑠から抑えきれない言葉が漏れる。
「なんて、なんて、なんで……」
(「運命になり得る出会いだったかもしれないのに」)
去り行く少年を遠くに、純香、
「嘘を、ついてしまいましたね……」
少年を前に、どうしても話せず俯いてしまったバンリを見ていられなくなって、
「あの子は別の街に行かなくてはならなくなった。もし自分を探している人が来たらごめんなさい」と。
そう、少女が言っていたと嘘をついたのだった。
(「……こんな形でなくたって良かったはず」)
目を伏せる純香。傍らのバンリがポツリと呟いた言葉にはっとした。
「……嘘じゃないでありますよ」
「えっ?」
純香へ、では無かった。それはレプリカントの少女の中からあふれ出てくるように。
「ごめんね、って」
もう、止まらなかった。
「それと、ありがとう、って……」
ずっと昔になくしたものを。もう、ひとつも無くしたくない、というように。
「あのこは、するべきことが知りたかったのじゃない。ほんとうは」
溢れだしたのは言葉だけでは無かった。瞳から一筋の雫があふれて、落ちる。
「ほんと……うは……」
そっと、ムジカがバンリを抱きしめた。
小さく肩を震わせたバンリが、ムジカの胸の中で声を押し殺して泣き続ける。
レプリカント。
自分で自分の心を見つけた人たち。
彼らが誰よりも純粋な事を、ムジカは知っていた。
雪はいつまでも、降り続いていた。
『──ごめんね、ありがとう──』
作者:かのみち一斗 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年3月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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