●凛々しいあなたに憧れを
「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である……か。私はまだまだだなあ……」
剣道の道具を片づけながら、鈴夏は溜息をつく。一応、中学でも剣道を学校の授業で受けてはいたが、高校で部活を始めてから壁に当たっていた。
「ねえ、あなた、悩み事があるの?」
見慣れぬ女学生に話しかけられて、鈴夏は驚くものの、何故か悩みを話し始めていた。
「うん、ちょっと剣道で悩んでいて。強くなりたいっていうのもあるんだけど、剣道って精神も鍛えるものなんだよね。それを両立するのって凄く難しくって……」
「そうなのね……。例えば、身近な人に憧れ……理想の人っているかしら」
「……うーん、凜華先輩かなあ。佇まいも空気も凛としてて、そして凄く強いんだ」
「そう。じゃあ、その理想を奪えば良いのよ」
女学生は、にこりと微笑むと、鈴夏に鍵を刺した。崩れ落ちていく鈴夏の隣りから、剣道着姿のドリームイーターが現れたのだった。
「鍵も借りて来たし、後は体育館の鍵締めをすれば終わりかな?」
体育館に向かう凜華に、剣道着姿のドリームイーターが現れ、襲い掛かったのだった。
●ヘリオライダーより
「みんな、高校では何の部活をしていたかな? これからの人はどんな部活に憧れるかな?」
そう言ってから、デュアル・サーペント(陽だまり猫のヘリオライダー・en0190)は事件のあらましを話し始めた。
「今、各地の高校にドリームイーターが出現しているんだけど、唯織・雅(告死天使・e25132)が予知した事件が起きてしまうようなんだ。みんなには、生れたドリームイーターを倒して欲しいんだ。それから、みんなが来ればドリームイーターはみんなの方に向かってくるから、襲われた人を救出する事は、それ程難しくは無いよ」
デュアルは状況を説明する。
「場所は学校の体育館になりそうだ。ドリームイーターは剣道着姿をしていて、剣道にちなんだ攻撃を主に行ってくる。この高校生の憧れから生まれたドリームイーターはとても強いんだけど、みんなの説得によって弱体化をさせる事が出来るんだ。例えば、今回の場合だと、まだまだ頑張れるとか、理想に向かって頑張って欲しいとか……そういうのも有りかなって思う。ただ、このドリームイーターは被害者である鈴夏と繋がっていてね、彼女の心にも届いてしまう。説得によっては夢見た自分を諦めてしまったり、意欲を失ってしまったりする可能性もあるんだよ。だから、説得の加減も考えて欲しい」
デュアルの話を聞いていたミーミア・リーン(笑顔のお菓子伝道師・en0094)は、難しい顔になる。
「鈴夏ちゃんは、剣道の精神も持っているからこそ、両方を持ち合わせている凜華ちゃんに憧れているのよね? でも、二人共、剣道が好きだから頑張っているんだと思うの。ねえ、みんな、鈴夏ちゃんを一緒に助けて欲しいの!」
参加者 | |
---|---|
楡金・澄華(氷刃・e01056) |
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716) |
草間・影士(焔拳・e05971) |
知井宮・信乃(特別保線係・e23899) |
唯織・雅(告死天使・e25132) |
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290) |
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950) |
●凛々しいあなたに憧れを
体育館の前、剣道着姿のドリームイーターが凛華の目の前に現れる。そこに、草間・影士(焔拳・e05971)と知井宮・信乃(特別保線係・e23899)が両者の間に割って入った。
「こちらは、私達。ケルベロスが……引き受けます。貴方は、ご避難を」
「は……はい!」
唯織・雅(告死天使・e25132)の言葉に、状況を理解した凛華は体育館から離れる。
「何故、邪魔をする? 私はただ鈴夏に、鈴夏の理想を貰い受けようとしているだけだ」
面越しに話すドリームイーター。元々、精神的な強さや凛々しさを求めた事から生まれたドリームイーターだからなのか、その口調は凛としている。だが、その口調は潔さと共に、『殺す』という概念が消えている様に感じられる。ドリームイーターは理想を奪い殺す為に生れているが、大元の鈴夏にとってそれは『理想』であり『憧れ』である為、そこに殺意は無い。その鈴夏と繋がっているこのドリームイーターにも『殺意』の有無による矛盾が生じているのだろう。だからこそ、説得の余地があるのだ。
「……俺にも目標にしていた人がいる。だから気持ちが分かるとは言わんが、想像はできる。俺の目標とした人も剣の道を修めていた」
そうドリームイーターに語りかけるのは、宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)。今の双牙は己を武器にする道を選んだ。例え選んだ道が違っても、目標としたその人の心を忘れる事など無い。
「……そうか。想像がついてくれるだけでもありがたい。しかし、それを理由に私を止める事等出来ぬぞ?」
ケルベロス達に竹刀を向けてくるドリームイーターに対して、氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)は、柔らかく言葉を投げかける。
「憧れの人がいるって素敵ね。しかもすぐ近くにいるなんてね。でも、近くにいるからこそ、どうしたらそうなれるのかって考えちゃうのかな?」
「……そうだな。確かに凛華先輩が近くにいるから、いや、近くにいるからこそ私は願ってしまう。どうすれば、あのような人になれるのか、と」
ドリームイーターの言葉には憧れの色が混じっていた。面で見えないが、恐らくその表情は憧れを浮かべているのだろう。面さえなければその表情の変化を感じられるのに、それが見えないのは少々歯痒い。
「剣道に限らず、『壁』はあるよな。越えるのには結構しんどい思いをした。私が入っていた部活は同じ剣道部だ。自分で言うのもなんだが、こう見えて腕利きだぞ?」
楡金・澄華(氷刃・e01056)の佇まいは凛としていて美しい。それは、鈴夏が凛華に憧れたものに似ている。
「……貴女にも先輩の様な技術の高さと心の強さを感じる。……同じ剣道部か。私には無い物を持っている。……憧れる」
澄華は間違いなく凛華以上のものを持っているのがドリームイーターにも分かる。凛華より上の存在もいるのだと。……もしかしたら、凛華もいつかはそうなるのだろうか、と。
「お前は先輩の技術だけじゃなく、精神的な強さにも憧れてるんだろ? だったら尚更、安直に理想を奪ったって決して自分のものにはならない」
そう言葉をかけるのは、アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)。ぽつりと、剣の道なら俺も覚えはあるし、と添えて。
「……そうだ。技術は……努力を続ければ近づけるかもしれない。しかし、精神は……努力で身につくものなのか? だからこそ余計に憧れるのだ」
ドリームイーターはかなり揺れている様だ。
剣道の理念に『剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である』という言葉がある。人間形成というものには身体と精神が共に成熟する事を意味する。鈴夏は、まだそれに至らない。どちらも中途半端になっている。だから、それを持つ人に憧れるし、そうなりたいと感じる。……つまり。
「……理想を奪っても……自分の物にはならない?」
それは、鈴夏以上にドリームイーターにとっても大問題だ。何故なら、ドリームイーターはその為だけに生れたのだから。
「鈴夏さん、貴方はもう精神を鍛えられていますよ。まだまだだということを自覚できること、真面目に練習に取り組めること。精神が鍛えられているなら、強くなるという目標に向かってがんばることもできるはずです」
信乃はそう声をかける。
「……私は……鈴夏は精神を鍛えられている? 自覚、そこに至る道筋、強くなるという目標……。いや、でも、私にはそれが見えない。分からない」
戸惑う声を上げるドリームイーター。そもそも、精神的な強さに憧れが強いから、自らが強いと言われると分からなくなってしまうのだ。
「もし、壁にぶつかっているのなら。それを乗り越える事ができるチャンスだ。成長できない人間は壁を壁とは思えないからな」
影士の言葉に、ドリームイーターは悩んでいる様子だ。
「……これは『壁』なのだろうか。……いや、『壁』なのかもしれない。鈴夏はどうしていいのか分からないからこそ、『憧れ』を尊く感じるのかもしれない。ならば、それは前に進めなくなっている証なのではないだろうか……」
「目指す目標と、理想があるのは……良い事です。ただ……そこへ至る道筋にも。成長の、糧となる物は……沢山在ります」
雅は、ドリームイーターにそう声をかける。それに双牙も言葉を重ねていった。
「……君なりに懸命にやっているなら、それで良いと俺は思う。その人ならどうするか、そして自分はどうするか。焦りも悩みもするだろうが……一つずつ近づけていけばいい」
別の提案を持って来るのは澄華、アルベルト、影士だ。
「疑問を持ちつつも部活に出ている時点で修練に取り組んでる。今は分からんかもしれないが、今の疑問が解消され始めたときは既に峠を越えておる。憧れの先輩がいるのなら、相談してみるのも方法の一つ」
「本人に直接教わればいい。人間が出来てて優しい者なら、親身になって教えてくれる筈だ。そうして少しずつ強くなっていけばいいさ」
「一途に道を進めば進むほど、遭遇する困難も多くなる。しかし、近くに目標となる人物がいるなら。必ずそれを乗り越える助けになる筈だ」
三人が提案した事は、凛華先輩に直接指導を仰ぐ事だった。
「……確かに、凛華先輩は教えて欲しいと頼んだら、悩みを聞いて欲しいと頼んだら……断る様な人ではない。……そうか、凛華先輩にならなくとも、そういう近づき方もあるのか。正直な所、少々恥ずかしいのは確かだが……憧れる先輩に近づく、それは『憧れ』への一歩なのかもしれない」
「一歩一歩、しっかりと。道を踏みしめて……進むのも大事な事……ですよ」
「先ずは、あなたらしく道を歩んでいきましょ。そうすれば、歩んだ先で回りを見回した時に憧れの人の横に立ってるはずよ」
雅とかぐらの言葉に、ドリームイーターは優しく答える。
「……そうだな。そういう未来が鈴夏には待っているかもしれないな。だったら、私は存在してはいけないのかもしれない。しかし、私は生れてしまった。……それならば、鈴夏や凛華先輩が愛する剣道で決着をつけよう」
ドリームイーターのその言葉で、ケルベロス達は構える。戦闘開始だ。
●剣道着姿のドリームイーター
ドリームイーターは竹刀を構える。見据えた先は、もっとも憧れを感じた澄華だ。勢いよく面打ちを叩き込む。それを受けながら澄華は絶対零度の連続斬撃を繰り出すが、ドリームイーターは、太刀筋を見極めながら、それを避けていく。
「……流石、剣道の精神を持っているだけある。良いセンスだ」
繰り出す剣技をかわされながらも、澄華は、このドリームイーターの剣道に対する思いを感じた。
「治療は、お任せを。皆さんは、攻勢を……お願いします」
雅はカラフルな爆発により、双牙達の力を上げていく。その力を受けた双牙はドリームイーターの気脈を断つ一撃を放った。その一方で、ウイングキャットのセクメトも清らかなる風を送りこんで護りを高めていく。
「それでも止まれないのなら、その剣。必ず止めてやる。お前が前に進むためにもな」
影士が放つ一撃は闘気を炎に変えた強烈な飛び蹴り。それをドリームイーターは受け止める。その攻防の間に、かぐらはドローンを展開してアルベルト達の守りを高めていった。
信乃は凍結の一撃をドリームイーターに撃ち込む。その間にアルベルトは紙兵を影士達に放ち、ミーミア・リーン(笑顔のお菓子伝道師・en0094)は、今までの様子を見つつ、澄華達にオウガ粒子を放って集中力を高め、ウイングキャットのシフォンは信乃に清らかなる風を送り、護りを高めていった。
ドリームイーターも動く。次に狙うのは、もう一人の火力、双牙。腕に向かって竹刀でしたたかに打つ。
雅は華やかなる爆発で影士達の力の底上げを行い、セクメトは双牙達へ重ねるように清らかなる風を送っていった。
「次はそうはいかないぞ?」
澄華は呪詛を乗せた斬撃でドリームイーターに斬りつける。続き、双牙は狼の腕で高速かつ重い一撃をドリームイーターに叩き込んだ。更に影士のルーンを乗せた斧で思いっきり頭上目掛けて叩き込む。その姿は面打ちを思い起こさせた。
続いてかぐらは変形させたドラゴニックハンマーで砲弾をドリームイーターに向かって撃ち放つ。
「アルベルトさん」
「ああ、任せろ」
信乃とアルベルトによる空の霊気を乗せた斬撃がクロスするようにドリームイーターを一閃した。
「双牙ちゃんの力を高めるの!」
ミーミアは雷の力で双牙の力の底上げをしていく。シフォンは澄華達に護りの風を送りこんだ。
ドリームイーターは、竹刀を振り上げる。今度の狙いは守りの要である雅。だが、それをかぐらが防いだ。
「ありがとう、ございます。直ぐ、回復します、ね」
「うん、ありがとう」
かぐらにお礼を伝えると、雅は直ぐに回復に入る。
「生きる力は、魂の力。それぞれの、存在の形。今、共々に鳴り響き。いざ、生を奏でよ……」
月の光と夜とが司る『安らぎ』と『休息』をもたらす『生命の場』で、かぐらの傷を癒してく。セクメトも同様に清らかなる風を送りこんで行った。
「この斬撃、耐えられるか?」
再び澄華は絶対零度の冷気を纏った高速の斬撃をドリームイーターに斬りつけていく。今度は確実に斬撃が入っていった。
「閃く手刀に紅炎灯し、肉斬り骨断つ牙と成す! ……受けろ! 閃・紅・断・牙―Violent Fang―!」
双牙の地獄化した炎の手刀がしなやか、かつ灼熱と鋭さを備えてドリームイーターに叩き込まれる。
その攻撃を受けて、ドリームイーターは消えていく。その見えない面の向こうに笑顔がある様な、そんな雰囲気を残して――。
●剣術を目指す者
体育館や校庭など、壊れた部分をヒールして修復していく。そして、体育館の中で倒れている鈴夏を見つけ、雅やアルベルト、かぐら、信乃を中心に回復させ目を覚まさせた。
どこかで戦いの様子を見ていたらしい凛華も体育館に戻ってきて、ケルベロス達に事情を聞き、鈴夏の心配をしていた。それに、ドリームイーターとして聞いた言葉を知っている鈴夏は、ケルベロス達や凛華にひたすら謝っていたが、無事を喜ぶ彼等に救われた気持ちになった様だ。
ミーミアが持参したホットサンドやフルーツサンドでお腹を満たしながら、剣道や武術の心得を持っている人達の会話に花が咲く。
「アルベルトちゃん、にゃんこが好きなの?」
猫好きのアルベルトがシフォンやセクメトを愛しそうに見ていたので、ミーミアが近づき、シフォンをアルベルトに手渡す。
「良いのか? じゃあ、シフォン、宜しくな」
その言葉に、シフォンは優しく、にゃーんと返した。
「た、確か……剣道部にいらしたとか……」
ぼんやりした記憶の中に、澄華の言葉が残っている鈴夏は声をかける。それに澄華は微笑む。
「覚えていたのか。そう、私も剣道部だった。……私も、初勝利まで24連敗して投げ出そうとしたこともあったな」
「そ、そうなんですか!?」
「今のお姿を拝見すると想像がつきませんが……もっともっと修行をせねばなりませんね」
澄華の言葉に驚く鈴夏と凛華。
「私、鈴夏さんを見て、剣道を始めた頃を思い出しました。これからも剣道を続けて欲しいです」
「はい! 頑張ります!」
信乃の言葉に、しっかりした言葉を返す鈴夏。
「……あの、もし宜しかったら、剣道の稽古等を指導して戴けませんか?」
凛華がそう澄華に提案する。それに澄華はにっこりと笑った。
「ああ、喜んで」
鈴夏達の稽古を見ながら雅は呟く。
「私達の、戦いは……勝利の方が、優先ですが。心を磨く、手段としての。剣というのも……学ぶ所、ありますね」
戦いは強さだけではない。心の強さも必要だ。それを鈴夏や凛華は持っていると雅は思う。少し離れた所で、稽古を見守る双牙も同じ気持ちだ。
戦いは技術だけではない。精神の強さも求められる。稽古をしている鈴夏や凛華を見ながら思う。
自分達も、より高みを目指す為に、強い心を持つ事を改めて心に刻む。そんな時間だった――。
作者:白鳥美鳥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2019年1月20日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|