白吼

作者:皆川皐月

 一定の波音が三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)の心を凪ぐ。
 愛刀たる國守 波切丸を居合い抜いて、一歩。そのまま引き戻す様に構え直し、上段からの振り下ろしを重ねて二歩。返す様に下段から切り上げを合わせ三歩。
「ふっ、」
 足場の悪い岩場で重心崩さず正面を見据えた武蔵が呼吸整えて刃を揮う。黒い鱗の皮下、ひどく柔らかながらじくじく痛む心を抑えるように。
 こうも心が痛む原因は酷く細やかな、ふとしたこと。
 いつもと変わりなく晩酌をして床に着いた夜――前触れ無く当たり前のような顔をした悪夢を、見たのだ。
 燃え盛る故郷。先程まで言葉交わしていた人が肉塊と化し、ぱちりと火が爆ぜ“何か”が焼ける臭いに、武蔵の眼前で倒れ伏した父の身から流れる、あかい、炎より朱い血の―――……ぶん、と波切丸を振る。
 淀み荒れる思考の波を断ち斬るように、ぶんと。
 振って振るって思い出す父の言葉。今、自身が名乗っている名の音。
 心の乱れは刃に映る。ならば常のように鍛錬のように無心になろうと、武蔵が刃を振り下ろした時だった。
 遠い砂浜へ巨大な何かが飛び込んできた。もうもうと立つ砂煙越し、月光に照った真白い身に黒い鎧のような物を纏った龍。
 遠目にも分かる、顔に刻まれた大きな十字傷。爛々と狂える光宿した赤い瞳。見覚えの……否、忌々しき仇の咆哮は、しっかと武蔵の耳に残っている。
『オォアォオオオオオオンッッッ!!!!』
「―――あいつ、」

 どんと岩を蹴り出した武蔵の瞳もまた、燃えるような色を宿していた。

●唐麦の祈り
 “三笠之さんと連絡が取れない”――そう焦った声で漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)が招集したメンバーは一も二も無くヘリオンヘと招かれた。
 ベルトを締める音が八つ、響き終わった後に潤はメモに視線を落とす。
「既に申し上げた通り、三笠之さんと連絡が取れません。私の……私の予知が、遅くて。一刻の猶予もありません。皆さんには急ぎ、この海岸へ向かっていただきます」
 手早く広げられた地図には赤丸。
 救援を、と告げた瞳はゆらゆらと揺れていた。
「見えたのは、浜辺に飛び込みのたうつ白いドラゴンです。酷く荒れていました」
 顔に十字傷の目立つドラゴンであったこと。名前までは判別できず、ただ砂煙へ飛び込む武蔵の姿が見えたこと。そして、荒れたドラゴンは形振り構わず近付く全てに攻撃的であること。
 簡潔な言葉が潤の口から零れていく。
 最後に、夜と言う時間帯と遊泳区域でないことから人払いは不要と思いますという言葉で締めくくられた。
「急いで、三笠之さんと件のドラゴンが接敵2分後に到着出来ます。どうか、三笠之さんの救出をお願い致します……!」
 浮遊感が、ヘリオンの離陸を知らせている。


参加者
椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)
三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
清水・湖満(氷雨・e25983)
不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)
風疾・紫狼(溜息ベルガモット・e46765)

■リプレイ

●灯火を胸に
 冷たい海風を切り、走る。
 引き攣るように上がった口角に、三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)は気付かない。
 燃え盛るような心の中で何かが叫び続ける。何年待ったと思うのだ。何日、何時間、何分―――ああ、この一時を!!!
 冷静なれと諭す心中の己を知りながら、忌み名を叫んだ。
「――探したぜっ、鎧纏竜ディーノ!!」
 踏み込んだ勢いを殺さず、砂浜を踏みしめた武蔵は勢いよく跳ぶ。
 己を睥睨する鎧纏竜ディーノの視線が刺さるが、それを何だという。この一時こそ、今こそ。頭上に迫った白顎を鋭く蹴り上げれば、ミシリと軋む音。踏み込んだ肉の感触に怯むことなく蹴り出し、姿勢低く間合いを取る。
 既に狂乱したこの竜は、潰した武蔵の故郷も奪った父のことも覚えてはいないだろう。
 しかし、武蔵は忘れていない。
『オォオオオオオオアォォオオオッッッ!!!』
「親父の、故郷の皆の仇っ……!」
 負けじと撓った血塗れの白顎が防御に徹した武蔵の左腕を折らんと食む。
 黒鱗を突き抜け肉に刺さる牙。神経を越え骨さえ砕かんとするそれに、意地でも悲鳴など上げてやるものかと武蔵が歯を食いしばった時、ぎょろりと蠢く赤目と視線がぶつかった。恐ろしいと、以前の自身なら思ったことだろう。だが今は、今は。
「このチャンスを逃がす訳にはいかねぇんだよ!」
『ガアアアアアアァァァァァアッッ!!』
 空気さえ斬る武蔵の一太刀が白鱗を断つ。
 並の生き物なら吹き飛ばされる咆哮が鼓膜を打つ。

 次の瞬間、空気が揺らいだ。
 武蔵の腕から離された鎧纏竜ディーノの口元に、遠目にも冷気感じる白焔の気配。
 あぁ凍る――、引き攣る腕で武蔵が國守【波切丸】と呪刀【黒業】を引き戻そうとした瞬間、奔る白。だが、再び開いた視界には眩い金とインキ汚れの目立つジャージの二人が並んでいた。
「よぉ、騎兵隊の到着だぜ」
「うわー……結構寒いですねっ。あ、武蔵さん腕大丈夫ですか!」
 黄金竜の甲冑で鎧纏竜ディーノの視線を一身に受けながら、ひらりと手を振ったのは燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)。
 身に付いた霜を払い落しながら緩い笑顔で振り返った風疾・紫狼(溜息ベルガモット・e46765)が、武蔵の腕から滴る血に慌てた様子で止血を、と言う。
 武蔵は無意識に詰めていた息を吐き、周りを見た。
 いつの間にか隣に立っていた清水・湖満(氷雨・e25983)が、黒曜の瞳細めて笑う。
「どうも、助けに来たしがないケルベロスよ。その怪我――……」
「武蔵お兄さん!今、治すからっ……!」
 早う治した方がいいよねえ?と微笑んだ湖満の言葉は、駆け寄った不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)がヒールで継いだ。
 小さな掌から舞った白睡蓮の花弁が前衛陣の頭上から降れば、ゆっくりと武蔵の傷を癒すと同時に盾の加護が施された。
「それじゃ、私はお先に」
 襷で結った湖満の小袖は柔らかな羽のように。
 軽やかに砂と岩場を蹴り飛び、細身から考えられぬような膂力で振り下ろされたスカルブレイカーを、鎧纏竜ディーノは反射で避ける。が、僅かばかり掠めた首から勢いよく赤が吹く。
 不快さを隠す事無く湖満を睨む赤目。しかし湖満はどこ吹く風と言わんばかりに軽やかに降り立って、細い指で唇を撫でた。
「なるほど、そうね」
「嗚呼、仇討でござうんすね……さあて、ちぃとは大人しく」
 月明りに白く踊る湖満の横を抜ける、鮮やかな影。
 降下の直前に見た、武蔵の戦いから荒ぶる竜と武蔵の関係を察した椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)が踏み込む。白銀の髪も艶やかに、微笑み崩さず笙月が揮う双龍棍はしっかりと鎧纏竜ディーノを打ち据え、鋭利な爪牙を戒めた。
 続々現れるケルベロスと、鎧纏竜ディーノへ向けられる刃。小さな葵の手で丁寧に癒えてゆく自身の傷。突然現れた同胞に呆然としていた武蔵の背へ掛かる声が二つ。
 黒い猫耳をふるりと揺らし、深く突撃姿勢を取ったミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が困った様に微笑んだまま。
「全く、ドラゴンに一人で立ち向かうなんて三笠之さんも無茶するもんですよね」
「むさっしー……一人で突っ込むとか、ずるいだろ」
 あんな強そうなのに、と言外に言い含めたナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)のジト目も、武蔵が心配だからに他ならない。
 ミリムとナザクの言葉に肩を揺らして笑った武蔵が、葵に塞いでもらった傷口を確かめるように手を握って開いて動作確認。亞狼と紫狼、紫狼の相棒 ボクスドラゴンのヴァーチェが押し留める鎧纏竜ディーノをしっかりと見据え、笑った。
「……皆来る前から、俺は冷静だったぜ?」
「はい嘘」
「武蔵お兄さんは無茶するでしょ!」
 かつりと爪先を鳴らしてエアシューズ TREASON REASONを起動したナザクが走り際に残した一言は、頬膨らませた葵がより分かりやすい言葉にして突く。
 軽やかに空中を舞ったナザクの炎纏う一蹴が、鎧纏竜ディーノを蹴り飛ばす。
 鮮やかな様を眺めた武蔵が、深く息を吸い自身の両頬を勢いよく打てば酷い音がした。しかしそれで良い。気合いを入れ直すには十分。
 喧騒を潮騒に、心を空に、納刀していた両腰の愛刀に手を掛け姿勢低く。
「来てくれたからには、背中は任せるけどなっ!」

●灯火は大火へ
 白銀の大地と化した砂浜。
『オォオオオオオオンンンッ―――!!!!』
「叩っ斬る!」
 居合の勢いそのままに奔る剣閃は白鱗の狭間、黒鎧が弾く。
 それでも武蔵は歯噛みしない。ケルベロスには、ケルベロスの戦い方というものがあることを、よく知っているからだ。
 武蔵が居合い抜く直前、隣を抜けた小柄なミリムは既に鎧纏竜ディーノの顔の横。体くねらせ武蔵の剣閃を避けた位置が鬼門等と、誰が思おうものか。
 ぐるりと蠢いた赤目がミリムを捕えた時には、その横っ面が躊躇い無く殴り飛ばされる。更に、鎧纏竜ディーノが傾いた方で立ち昇る無数の花弁に、武蔵は見覚えがあった。
「その顎門に備わる凶器一本、いただきますよ!」
「……逃がさない」
 惨殺ナイフの一閃は迷い断ち切る目覚めの白銀色。
 ナザクが“或るカンビオンの独白―Torn soul―”と名付けた夢のように美しい剣技に、武蔵の口角は無意識に上がる。自身が一日も修行を欠かさなかったのと同じく、ナザクもまた、日々の戦いの中で技を磨いているのだと実感したのだ。
 立ち昇る白き花弁の中、涼やかな声。
「じゃあ、次は私と踊ってな?あぁ……――骸と成って、」
 悲鳴上げる竜を意に介した風も無く、小首傾げて微笑んだ湖満の右手に悍ましい鋼刃。
 巨竜からすれば、湖満とて小柄な女に過ぎない、はず。だが、微笑みのまま怯え一つ無く躊躇い無くルーン輝く斧 磔壊を振り回し、一歩毎に己が身を斬る者を小柄な女などと評するには余りある。
 うたごえは死ほど甘く。
「沈め」
『ッ、グォオオオオオッ!!』
「――汝、契約に従いはるか時の歪『カルマ・カルラ』より招来せし給え」
 間髪入れず月夜に走った雷獣の一閃。
 朗々と御業織り上げた笙月の召喚した雷は一角の白虎の軌跡を残して鎧纏竜ディーノを貫いた。
「三笠之、微力ながら力を貸しなんしょ」
「おう」
 ありがとよ笙月、と礼をするにはまだ早い。
 狂乱の色に怒りを宿す鎧纏竜ディーノが素早く首を伸ばすや、亞狼の黒い日輪に惑わされるまま金色の鎧に牙を突き立てる。ぎしりと軋む悍ましい音。飛び散る血。激痛と疲労にぶるりと震えながら、亞狼は表情伺えぬアイシールド越しに嗤った。
 叩き下ろす拳から発した吸生の炎弾が疲労にブレた視界の所為でズレる。
 気丈に振舞う亞狼に白い頬を更に白くした葵が叫ぶように編んだ護殻装殻術で癒すも、足りず。
「亞狼さんっ」
「ぁ?まだ足りねぇって、か……!」
『グガオォオオオオオッッ……!』
「はぁい、無理とか無茶とか――諸々そういうの、駄目ですよ!ねっヴァーチェ!」
 咥えたままの亞狼と睨み合う鎧纏竜ディーノが唸れば、一瞬軋んだ空気を払拭するように響く紫狼の明るい声。
 僅かに不安見せた葵の細い肩を叩いて、ヴァーチェと手を取り合った紫狼が軽やかなステップ。
 前衛陣へ七色のフローレスフラワーズを降らせると同時、主人たる紫狼の意図を汲んだヴァーチェが硝子擦れる様な甲高い音で鳴くや七色の薔薇を舞わせて亞狼へ属性をインストールし葵のヒールを後押しした。
 吐き出す様に捨てられた亞狼は息荒くも立ち上がる。
「Wooo...」

 戦いは、苛烈。
 狙いすましたまま攻め立てるミリムとナザク。
 火力抑えず力を揮う湖満と、武蔵の為に盾として身を挺す紫狼達にディーノへ絡め手を放つ笙月はタイミングを違えない。
 だがそれでも、鎧纏竜ディーノはドラゴンだった。有り余るその凶暴さは力。
 癒し手たる葵は盾役を支える要として神経を張り詰めさせながら、ヒールの力を揮い続ける。叩き付けるように奔る酷く冷たい白焔に、深々と前衛陣―特に盾役―の傷を抉り開く牙。
 常に動き続けるこの場で紫狼やヴァーチェと共に最善の手を取り続けることは、酷。
 ギリギリを歩き続ければ、限界が来ると言うもので。
「っ、ヴァーチェ!」
『オォォオオオオオオオオオオ―――!!!!』
 最初に白焔の下に吹き消されたのは硝子の小竜。
 ギラギラと黒鎧輝かせる鎧纏竜ディーノの牙に、怒りで気を惹き時に身を挺した亞狼が膝をつきかけた時だった。
 前衛として立ち回っていたからこそ、紫狼には気が付いた。
 鎧纏竜ディーノの黒い鎧の下が、酷く傷だらけであること。今までの全ては、無駄ではなかったこと。
 指先に留めていた気力溜めを振り消して、指先で呼び直したのは凍て風の精。
「ヒヤッと来ますよ。覚悟してくださいね?」
 反撃の風はペパーミントの香りと共に。
 爪先の感覚さえ失う程の凍て風に、鎧纏竜ディーノは吼えた。
 小竜一匹潰してやったと喜びの一吼えを上げた赤い瞳の瞳孔を絞って、悔しさを伴ったまま。そうして見落とした、己が足元。
「そろそろ脆くなってしまったんかな?」
 ドズンと鈍痛響く。胸打つ衝撃が盾の加護越しに鎧纏竜ディーノの全身を抜ける。
 背筋泡立つ生命抜かれる冷えた感覚に、鎧纏竜ディーノは地団駄を踏む。もし、この鎧纏竜ディーノが湖満の微笑みの深みを見抜ける冷静さがあったのならば。鎧纏竜ディーノは躊躇い無く全力を以て此処から逃れ命を繋いだことだろう。しかし惜しくも、持ち合わせていたのは狂乱と焦燥と、怒りのみ。
 怒りの侭、吼えた。
 沿うようにとろかすような、笙月の声。
「ふうむ、まだその加護が生きておるのは……困るざんしな?」
 鎧纏竜ディーノの、矜持。
 名に冠した鎧纏の名は、矜持だ。
 苛烈な戦いの中で幾度も輝かせ、小さきケルベロスの脅威として立ちはだかった黒き鎧。傷だらけのその勲章が今、艶やかに伸ばされた笙月の爪撃に崩壊した。
 しかしそれでは終わらない。未だ“鎧纏竜ディーノ”は立っている。
「おやまだ足りない?もう一押しいる?いいでしょう、行きますよ!武蔵さん!」
「武蔵、後は……外すなよ」
 ニッと笑ったミリムが指を鳴らした瞬間、弾け飛んだ満月色のエネルギーが傷だらけの武蔵の背を押す。
 滑るように鎧纏竜ディーノの白鱗を蹴り据えたナザクの足は、宿していた重力でもがく巨躯を締め上げた。

●星辰の煌
「冥途の土産に――三笠之流剣術、受けてみな」
『―――カッ』
 伸ばされた白鱗の首を、今まで幾重にも掛けた行動鈍らせるチェインが引く。
 巨躯に蓄積した痺れが、鱗下で脈打つ心臓を、脳を、神経を狂わせ足を止める。
 じゃらりじゃらりと鎖の音は万雷の喝采か声か。どうと地を蹴り低く飛んだ武蔵がギリギリの角度で舞い上がる。
 その様を、鎧纏竜ディーノはただ見ることしかできない。ただ一歩。あと一歩。
 鎧纏竜ディーノは黒き竜人―――三笠之・武蔵を喰らい壊すに至らない。
『ッ、  ガァァァアアアアアア!!!!』
「俺の名は武蔵―タケゾウ―!てめぇの顔に十字を刻んだ男、大和の息子だっ!!」
 國守【波切丸】、呪刀【黒業】が空気ごと竜の頭蓋に牙を剥く。
 本来一刀の下に断つこの技を、今日だけは二刀一刃の地龍天昇へ。軋む限界を超えて二刀は主と共に。
 一刀両断、飛竜を断った。

 白い呼気が立ち上り、八つの呼吸音と潮騒が木霊する。
 もう、風は吹いていない。
 武蔵の握る二刀から滴った血と、自身の体から零れた血が砂浜に染みていく。
 断たれた鎧纏竜ディーノだったものは、ただ粛々と朽ち灰へと帰して。
「――勝ったぞ、」
 武蔵の口を突いて出た言葉は、誰が為か。
 振り返れば、大小様々な傷をこさえた皆が居た。袖すり合うのも多生の縁と来てくれた者。武蔵の為に来た者。武蔵の無事を喜ぶ者と、様々。
 駆け寄ってきた葵を抱き上げれば驚くほど軽い。そう武蔵が笑えば、笑顔が伝搬するのは早かった。
 と、袖を引かれる感触。
「むさっしー、俺の窮地を救ってもらった時は、“俺が”飯を奢りましたよね」
 この呼び方をする者はこの場に一人しかいないと知りながら、武蔵は横を見た。すれば、驚くほど期待に満ちた目をしたナザクがそわそわしている。
 ぐるるとどこからともなく鳴る腹の音。酸いも甘いも苦いも辛いも分け隔てなくよく食べるナザクを、武蔵はよくよく知っていた。
「………さて、帰るか!」
 こういうときは回れ右。
「あー、私も三笠之さんの助太刀に来たのは今回で何度目でしょうか。偶にはー……」
 駄目だ右にも黒い猫耳をぴこつかせたミリムから強請りの気配有り。
 ねぇねぇと両側からせっつかれながら帰る道の賑やかなこと。

 夜道に伸びた影すら笑っている。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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