ほっとぽっとたいむ

作者:皆川皐月

 呼吸しただけで喉が震えるほど冷える夜のこと。
 こんな日にはどうしたって温かいものが食べたくなる、というものだ。そんな人々がつい足を止めたくなる物が此処にある。香ばしいバターの匂い。ふわりと立ち昇る湯気。サクサクと食欲そそる音――……こうして一人また一人と店に吸い込まれ、下がる気温に比例するように賑わいだした此処は、冬季限定でポットパイの販売を行っているカフェ。
 こんがり狐色に焼けたサクサクのパイを崩せば、胸いっぱいにクリームやチーズの香り。真白い湯気をふうっと一息どかして、さくさく掘り進めた下にはそう色鮮やかなブロッコリーや人参、しっとり柔らかな鶏肉が入ったシチューが顔を……。
『はぁぁぁーーーーーっっっ!!!!嘆かわしい!!なんでもごっちゃにしおって!』
「そうだっ!そうだっ!」
 出さなかった。
 出てくる前に幸せな沈黙を破ったのは喋るタイプの怪鳥だった。
『かーーーーーーっっ!!なぁにがポットシチューだ!アホか!』
「そうだっ!そうだっ!」
 ビルシャナは半分馬鹿にしたような空気を隠す事無く、戸惑う人々へ声を張る。すれば、その後ろをついて歩く5人の人間が声高に同意しながら拳を振り上げて。
『シチューは米で食え!日本人なら米だろうが!!!パイだのパンだのは裏切りだ!』
「そうだっ!そうだっ!こーめっ!こーめっ!」
『そのパイは全て捨てろ!即捨てろ!蓋をするなら米でしろ!! そぉい!!』
 右手に炊飯器。左手にしゃもじ。
 荒ぶる怪鳥がポットパイを襲わんと駆け出した。

●好きと押し付けは違うって何回も言ったでしょ
「万死」
「許せませんわっ!」
 ビルシャナの様子を伝え終わった瞬間、すんっと表情が家出した漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)と、頬を膨らませた輝島・華(夢見花・e11960)の雰囲気は対極であった。
 大丈夫だろうか、と一瞬揺らいだ部屋の空気を一掃するようにけほんこほん。ちょっとワザとらしい咳払いをした潤が改めてファイルを開く。
「今回出現したのはシチューは米で食え明王とでも言うべき何かです」
「寒い時期ですから居るかもと思った不安が、まさか当たってしまうなんて……」
 ほう、と溜息ついた華が瞳を伏せれば、潤は首を横に振ってみせた。曰く、時期的に多発ないしは頻発する可能性のあるビルシャナの早期発見に繋がったことが幸いです、と表情を引き締め。
「ビルシャナには配下が5人。インパクトのある主張で揺さ振りを掛け、無力化を行ってください」
 出現場所は先に説明した状況通りカフェの前。
 周囲と店内に多少の人はいるが、主張をぶつければビルシャナは習性から対抗したくなるため襲撃への意識が逸れる。また、ビルシャナの能力はシチューにはお米と洗脳する米読経、こめーと音の聴こえる鐘の音、凍らせた米withシチュー氷輪です、と潤はさらっと告げた後。
「シチューは米!の一点張りな主張を覆す美味しさをぶつけるのが良策かと思われます」
「なるほど……お米以外の良さ、わたくし達がしっかりと教えて差し上げますわ!」
 ねっ、ブルーム!と意気込む華にウォン!と勢いよく返ってきたエンジン音は華の相棒たるライドキャリバー ブルームのものだ。空気から伝わる絆に頷いた潤がファイルを閉じる直前、一人一人の顔を見た。
「注意は一つだけ。戦闘に発展した際、配下はサーヴァントに近しい存在になることでしょう。ですがあくまで一般人――……戦闘的な行為は死に繋がる可能性があることを、心に留めおいて下さい」
 皆がしっかりを頷いたのを確認して、件の説明が終了する。ふっと表情緩めた潤が微笑んだまま一言。
「外での戦いは体が冷えてしまうでしょうから……」
「ポットパイで休憩を、ですね……!」
 言葉を継いだ華ににこにこと頷いけば、パッと染まった白い頬。
 頑張りやさんには冬の楽しみをご褒美に。


参加者
鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)
真柴・勲(空蝉・e00162)
落内・眠堂(指切り・e01178)
スプーキー・ドリズル(レインドロップ・e01608)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
輝島・華(夢見花・e11960)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)

■リプレイ

●おらおらお米だぁ!
『シチューは米で食え!日本人なら米だろうが!!!パイだのパンだのは裏切りだ!』
『そうだっ!そうだっ!こーめっ!こーめっ!』
 騒々しいコールに騒然とするお客達。
 白米色の体を揺らしたビルシャナが意気揚々としゃもじを振り上げた、その時。
「おいしくってしあわせなものにはねぇ、正解なんてないんだから!」
『そうとも!美味い物、即ち米の――……何奴!?』
 むん、と胸を張った空野・紀美(ソラノキミ・e35685)の一喝に、半歩遅れてビルシャナと信者達がざわついた。
 だが、ビルシャナが店の襲撃のために振り上げたしゃもじを割り入った紀美達へ向ければ、信者達も倣うように思い思いのポーズでしゃもじを構えて威嚇する。そんな一見間抜けな姿に輝島・華(夢見花・e11960)は相棒のライドキャリバー ブルームからふんわりと降り立つや溜息を一つ。
「どんな食べ方でも、美味しい物は美味しいのに……」
「食へのこだわりは誰しもあって当然だけど……こだわりの域を超えるのは、流石になあ」
 眉を下げた華と似たような顔で頭を掻いた鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)も、送る視線は駄々っ子へのそれだ。
『貴様ら、米の良さを知らんな……?』
『ビルシャナ様、もしかして奴らは小麦の遣いなのでは』
『なん、だと……?!奴らは危険ですっ!小麦なんて危険ですっ、ビルシャナ様!』
 ひそひそこそこそ話しているビルシャナと信者の会話は落内・眠堂(指切り・e01178)は勿論のこと、隣に立つ真柴・勲(空蝉・e00162)にも丸聞こえだ。
 小麦の遣いって何だとか、小麦の危険な理由って一体何だろうとか、眠堂も勲も大人だからそっと飲み込む。テレパシーなんて無いけれど、突っ込んだら負けだと二人の本能は言っていたのだから。
 仕切り直す様に眠堂が咳ばらいを一つ。
「まあ……押し付けられても相手は気乗りしねえし、他の具材の良さを知る方が得だろ」
「んー、俺はどっちかっつーと和食派だからよ、白米美味いって気持ちは分かるわ」
『他より米だろって、ほんとか!!』
『話の分かるイケメンがいますビルシャナ様!』
 きゃあきゃあきゃいきゃい。
 ビルシャナと女性信者が、勲の一言に頬を上気させとってもはしゃいでいる。
 各々の様子を見ていた隠・キカ(輝る翳・e03014)がご機嫌に喜ぶ信者のところへ、跳ねるように一歩。小柄ゆえに下から覗き込むような形だけれど、くりくり丸い瞳で囁くように。
「シチューにお米、おいしいよね。でもね、きぃパスタにかけるのもすきなの」
『ええっ!パスタに?!』
「うんっ。スープパスタよりね、とろっとしてて……」
『……スープよりとろっと』
 とろっと。何とも良い魔性の響き。
 内心そう思いながら、信者の一人はキカの言葉をぼんやり想像する。
 目の前の美少女と、お洒落パスタと、美味しいシチュー。可愛い形の人参が浮かぶシチューがとろんと絡むパスタ……そう、パスタ。たぶんこの美少女なら可愛い形のパスタを食べるのではないかと一人納得しながら信者が思うのは、幸せそうにスプーンで掬った可愛い形のパスタとシチューを楽しむ美少女の笑顔。
 ―――めっちゃいい。
 そう言いそうになった時、脳裏に過るしゃもじを振り回しお米コールをするお米色の鳥。ハッとした女性信者が勢いよく首を振れば、心の揺らぎを感じ取ったキカが信者の耳元へ背伸びして、そうっと。
「麺ごとちゅるんって食べられるの。……クリームでも、ビーフでも、おいしいよ?」
『はいよろこんでぇ!!!』
 まずは一名、お米会から脱退。

●パンと刺客
『お、おのれ……!あの女、裏切ったというのか?!』
『くっ、あれほどお米ですよねとか言っていたじゃないかあの女……!』
 先程まで米派ケルベロスの言葉に喜んでいた一人の女性信者が脱落したことに、ビルシャナの陣営は動揺隠さずしゃもじをかみかみ、きいきい怒る。
 一方、キカのパスタとシチューの話にフィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)と輝島・華(夢見花・e11960)は感慨深く頷いていた。パスタにシチューというのも、実際中々良いものだからだ。だがまだ、シチューを楽しむ方法はある。そう、それこそ天下の――。
「お米で食べるのも、おいしいけど……でもね、サクサクのパンもおいしいよ」
「お米も美味しいですが、柔らかいパンにシチューを染み込ませるのも美味しいですよ」
 パンと一口に言っても色々ある。種類とか食べ方とか好みとか。
 一つの物で二極する二人に、あわやとビルシャナと信者は固唾を呑んだ。
 が。
「やわらかいのにひたしても、おいしいよね」
「カリカリに焼いたパンに染みこませるのも、お米では出来ない良さがありますわ……!」
 杞憂である。
 瞳を輝かせるフィーラも華も、焼いたパンもふわふわなパンも大好きだ。と、二人に振り向いた紀美が手を上げてぴょこぴょこ。上気した頬で元気よく。
「わたしもそれ、いっちばんすきー!」
 元気の良い紀美の声を皮切りに、お米信者へのプレゼンのはずが女三人寄れば何とやら、話が弾み弾んでころころり。
 はしゃぐ紀美に瞳輝かせるフィーラと頷く華の会話はテンポが良い。
「ふわふわもカリカリも、あったかいシチューにしみじゅわーって!」
「しみじゅわ、わかる」
「ええ、ええ、分かりますわ……!」
 パンをスプーンの形に型抜いてもおしゃれだし、すくって食べるの!と紀美が言えば、かりっかりの狐色に焼いたパンも良いがチーズトーストに付けても良いと言ったフィーラがとんと手を打つ。シチューにチーズを乗せて表面をカリっと焼くのも良いと瞳を輝かせれば、その言葉に閃いた顔の華が胡麻やケシの実と食感楽しむパンを添えるのも美味しいですし食事が楽しくなります、と相槌を打つ。
 ごくりと二人の信者の喉が鳴った。
『カリカリ……サクサク……ふわふわ……しみじゅわ……』
『やばいって……やばいってそれ……』
「お米とは違った楽しさも、あると思いませんか?」
「うん……いろんな食べ方あって、いいとおもうんだけど。華のも、おいしそう」
「そーそー!こーんなにおいしいの食べないなんて、もったいないよ!」
 揺らいでいた信者にあと一押し。
 小首傾げて微笑んだ華へ続くように頷いたフィーラが米を否定せず受け止め、ラストパンチは紀美の一声で押してやれば、あっさりと信者は落ちた。
『うっ、う、あると思います!美味しそうです!やりたいです!』
『絶対いっぱい食べちゃうよお!』
 お米会からの脱退者が二人。

『はぁん!?あいつもか!あいつもあいつも裏切りかっ!』
『お、おのれケルベロス……とんでもない話術ですっ、ビルシャナ様!』
 ガタガタ恐れ慄くビルシャナ達。
 残る二人の信者はビルシャナの背に隠れながら、目を吊り上げてケルベロスを窺っている。しかしどうしてか、スプーキー・ドリズル(レインドロップ・e01608)にはその吊り上げられた瞳に好奇心の色が見えた。
 あんな美味しそうだったり、楽しげなプレゼンを聞けば分かるとも――なんて内心頷きながら、緩む頬を隠すこと無くスプーキーは微笑んで。
「皆のも実に美味しそうだけれど……僕のお薦めは、パンケーキとシチューかな」
 “パンケーキ!”と女性陣の嬉しそうな声が聞こえた。
 ぴくりと反応する年若い少女信者が一人いたことも重々知りながら、スプーキーは自分らしくお米以上に美味しさを伝えようと心を込めて。
「シチューをソース代りにパンケーキにかけると、生地が旨味を吸い込んで甘みと絶妙なハーモニーを奏でる」
『はーもにー……てか、パンケーキとかやば。米より映えじゃん』
 ごしごし。
 視界の端、ふわふわのお米色ビルシャナ羽毛で少女信者が口元を拭う姿にハンカチを貸したい父性を今は押し込めて、言葉奏でる様なスプーキーの演奏まだ終わらない。
「そう、パンケーキ。薄く焼いて縦に切って……そうだな、花弁のように並べてシチューを盛ると可愛いかな?」
『ちょーおしゃれカフェのやつじゃん』
 少女信者のスプーキーを見つめる瞳はぴかぴか。
 好奇心と見て見たいという気持ちに溢れ、美味しそうと小さく零れた声を聞き逃さない。と、くいくいと下方からスプーキーの袖を引く力。
「おはなのパンケーキシチュー……きぃの分は、ある?」
『ちょ、ちょっと!それあたしも食べたい!』
「勿論。隠の分も君の分も、ぜひ作ろう」
 パッと緩やかに笑ったスプーキーは女性の憧れるお父さん像に溢れていた。
 やったー!と喜んだキカと信者の少女が手を取り笑えば、お米会から脱退者がまた一人。

 お米色のぽっちゃりしたビルシャナが震えた。
『なんという……なんという、ことだっっ!!皆、世に米をと誓ったではないか!!』
「ビルシャナ様!奴らなど所詮はにわか!にわかだったのです!僕は裏切りません!」
 カッ!と目を見開いたビルシャナと似たようなわがままボディの男が叫ぶ。
 するとそうっと距離を詰めていたヒノトが、しれっと話しを振った。
「でも、毎回米だと飽きないか?」
『あははまぁ……って何言わせるんだお前!』
「なあ、俺はさっき挙がったがパンに合わせるのが好きなんだが……」
『はーーーなんだお前小麦派かぁ?俺はなぁ、米だよ米ぇ!』
 眠堂も似たようなさり気無さで近付き声を掛ければ、返ってきたのは想像通りの返答ながら、以外にも男信者は律儀ながら力強く米!と主張する。
 だが、二人には策があった。
「でな……バゲットとテーブルロールの食べ比べ、いいと思わねえか」
『なっ、食べ比べ……だと?』
「俺のイチオシは生春巻き。あんたの好きな米で出来たライスペーパーで野菜をたっぷり包むんだ!」
『米の紙?!ライスペーパー!しかも野菜が取れる……?』
『そうそう米こそ至高……って、あっこら馬鹿者!そんなものに釣られるんじゃない!』
 米を主張する男に安心した様子で頷いていたビルシャナが、眠堂の食べ比べに反応しヒノトの提案に揺らいだ男信者を叱り飛ばしたが、もう遅い。
 既に脳裏にパンも生春巻きも思い描いているであろう男信者へ、勲が更なる揺さぶりを。
「野菜も取れて一石二鳥も良いが、海老入りなら洋酒を合わせるのも悪くないよな」
『えっ好き』
「だろ?グラスでちょいと豪華に……そうだな、ビーフシチューには濃厚な赤か」
『見えるっ見えるぞ!鶏肉を入れたホワイトシチューには白。そして辛口だ!』
 良い酒はオトナの特権と笑った勲に、とうに成人も越えた男信者が頷いて。
 お前結構イケる口か!、そっちこそ!と盛り上がる二人に、ビルシャナは愕然としながら悟る。もうあの男は完全に己の門下ではないと、心底。
 そしてとうとう誰一人信者がいなくなった現実に零されたのは嘆き。
『そんな……おま、おまえ、さっき裏切りはにわかとか、裏切らないとか言ったのに……』
 漂う悲壮感。
 一人というか一羽、炊飯器を抱えしゃもじを持つビルシャナは浮いていた。
 ポットパイの旗が夜風にはためき、パンや洋酒との合わせ、生春巻きの新境地で塵も米の話題が出ない空間で酷く、浮いていた。
『ほんっと、許さんからなーー!!!』
 涙声。
 どんなに一瞬可哀想かなとか思ったとしても、ビルシャナになってしまったからには討つ以外の選択肢は無い。
 きい!と怒ったビルシャナの腹に突き刺さった一番槍は勲の斉天截拳撃。さり気無く空中を漂ったドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)のオウガメタルの銀粒子が、勲に続いた眠堂と華、ブルームに宿っていく。
 が、ビルシャナは一矢報いんと炊飯器から呼び出した氷米シチュー輪を飛ばせば、眠堂が溜息を付きながら首を傾けて避けるや、ブレイブマインのスイッチを押して一言。
「氷米だか何だか知らねえが、食いもんを粗末に扱うなよ」
『うっ、うるさいうるさーい!』
 ド正論にビルシャナはぐうの音も出ないまま、カラフルな煙の向こうからウォン!とエンジンの咆哮発したブルームに引き潰され、残りの氷輪は何とか前衛陣を襲うも華のライトニングウォールの前に掠り傷は露と散る。
 フィーラの細い指が禁縄禁縛呪の文言をなぞり終えた時、スプーキーもまた愛銃clepsydraの撃鉄を下ろし罪深いと歌われた林檎色の弾丸を撃つ準備が整っていた。
「おなかすいてきた」
「米粉で作るポットパイ、という選択肢もあったのだけれどね」
『かーっ!そこの娘はお握り食え!そして米粉パイなど言語道断だー!』
 白い体を締め上げる黒縄。正確に撃ち抜かれた肩は赤く染まり、炊飯器が地面を滑る。
 怒りに震えたビルシャナがぶつぶつと唱え始めた精神揺らがす米経文は、杖に戻した相棒アカを掲げたヒノトが呼び起こした光の雨に流された。
 悔し気に嘴噛んだビルシャナに突き刺さった、艶やかな白米色の絵の具道。
 描いた紀美がキカを共にその道を走り迫る。下段から掬い上げるように振り上げられる紀美のネイル筆と、正面から突き出す様に揮われたキカの鋼の拳。
「もー退場っ!わがままはだめなんだよ!」
「決めつけは、もったいないよ」
 米に執着した一羽の鳥が、ぱちんと弾けて散っていく。

●かふぇ「ほっぽ」
 どれを選ぼうかと悩んだ時、丁度メニューの数だけ人が集まったのは奇跡か。
 いただきます、と声を揃えたのはスプーキーとキカと華、そしてドルデンザ。パイを割る音は何とも心地良いもので。と、パイ山を見つめていたドルデンザの袖をキカが引く。
「ドルデンザ、はじめて?」
「……はい。折角丸いこれは、その、」
 さくさくってするんだよ、と自身のパイを崩しお手本を見せるキカはお姉さん顔。その姿に笑みを零したスプーキーが一つ注意を添えた。
「初めてなら、宝物の熱いスープで舌を火傷しないようにね。あと、隠は零してないかい?」
「こ、こぼしてないよ!」
 キカが頬膨らませば、笑ったスプーキーが“でもほっぺに付いてるよ”とキカの頬を拭う。和やかな中、恐る恐るパイ山を崩したドルデンザがやっと一口口にしたのを見計らい華が微笑みかけた。
「ドルデンザおじ様、お味はいかがですか?とても、温まりますね」
「そうですね、とても美味しいですし温まりますね」
 温かいのはスープか時間か。ほっとぽっと心が燈る。
 悩んだ末に選んだのは、ホワイトシチューとビーフシチューと双方ともに人気者。
 空腹を抱えて待つこと暫し。運ばれてきたそれは、ティノの期待通りの狐色に芳醇なバターと焼き立ての香ばしさが堪らない。口腔満たす唾液が決壊するその前に“いただきます!”と言ったのはどちらか。
「やべえ……完全に楽園……」
「なんだここは。ただの楽園か」
 ポットシチューを味わってやっと一息。
 無意識に二人の口から零れた言葉はほぼ同じ。冷えた体に染みわたる旨さは格別で、ヒノトのホワイトシチューに隠れていたジャガイモはほっくり優しく、ティノのビーフシチューは香る赤ワインと唇で崩れる牛肉がひどく心を満たす。
「ティノー、俺のと一口交換しないか?」
「む、よいぞ……そうだ、それと今日の活躍も聞かせてくれ。ビルシャナも唸らせた美味しい食べ方に、興味があるぞ」
 恩に着るぜ!と笑ったヒノトが口角を上げ語る今日。
 隣でも、さくっと良い音が二つ。
 パイに絡む優しいミルク感の余韻に眠堂が息つく向かいでは、湯気で曇った眼鏡も気にせず景臣がほろほろ牛肉に舌鼓。
 ふと視線がぶつかれば、無言で景臣と眠堂は皿を入れ替える。
「……良ければ眠堂さんも一口如何です?」
「いいのか?それなら是非とも頂こう。こっちのシチューも、どうぞ」
 交換したシチューは至高の味。
 こちらもまた、気分よく丸いパイ山を崩す男が一人。
「はー……っ、美味い!」
 噛み締めれば層の崩れるパイから鼻に抜けるバターの香りが心地良い。
 濃厚なフォンドヴォー、ほろほろの牛脛肉と冷えた赤ワインを楽しむまでが一巡り。
 この旨さを誰かと――と首巡らせた時、目に付いたのは友人達の姿と空いた一席。通りがかった店員に尋ねれば、OKと。グラスとポットパイの皿を手にするりと席へ着けば、勲だー!と歓迎の声が上がる。
「よ。美味そうな話、俺も混ぜてくれよ」
 賑やかな向かいでは、のんびりとした空気が流れていた。
 紀美と熾月の二人も分け合った二種のシチューに舌鼓。
「えへへ、寒かったけどがんばったからあったかぁい」
「……ふふ、俺はきっと全部好き。春は花が綺麗で夏は遊びが沢山。秋は美味しい物がいっぱい。冬はあったかさのしあわせが倍だよね」
 頑張って偉いねと瞳細めた熾月が撫でれば、照れた紀美がふふりと笑う。先程まで好きな季節の話で盛り上がっていたが、シチューに癒された今は温かさに頬が緩んだまま。
 今宵は紀美を甘やかす日。ほら、あーんと聞こえた声に抗わず緩やかな一時が過ぎる。
 フィーラの前で湯気立つパイは黄金色。アベルの前で湯気立つパイも黄金色。
 二つを前に輝いたフィーラの瞳に、アベルの瞳が柔らかく弧を描く。
「アベル。アベルのも、……ひとくち、ほしいな」
「な、半分こにしちまおうぜ。どっちの味も贅沢にってな?」
 目は口程に物を言う。
 アベルの言葉に煌めいたフィーラの瞳は宝石のよう。と、崩したパイとシチューを掬ったスプーンを差し出したフィーラが微笑む。
「フィーラのも、あげる」
 分け合いじんわり浸る温もりは幸せの味。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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