太陽は冬も輝く

作者:土師三良

●真冬のビジョン
「ビーチバレー、最高ぉーっ!」
 ビルシャナが力の限りに叫ぶ。
 その身に纏うはオレンジのタンクトップとショートパンツ。
 足元には白い砂。
 背後は青い海。
 頭上には太陽。
 時、まさに夏……ではなく、一月一日。
「こんなに素晴らしいスポーツを夏だけにプレーするなんてもったいなーい! てゆーか、むしろ、寒い冬にこそプレーすべきじゃね! 君らもそう思うっしょ?」
「はい!」
 と、声を揃えて答えたのは八人の男女。男たちはビルシャナと同じいでたち、女たちは無駄に切れ込みが深いビキニ姿(おそらく、ビルシャナの趣味であろう)。鳥肌が立ち、体を震わせ、唇は青くなっているにもかかわらず、全員がいい笑顔をしている。やせ我慢をしているわけではない。ビルシャナに洗脳されて信者と化し、寒さを感じなくなっているのだ。
「では、我ら『冬こそビーチバレー団』の結成を祝して、第一回ウィンター・ビーチバレー大会を開催しちゃおっかな! 明日は第二回、明後日は第三回! 正月三箇日はビーチバレー漬けだぁーっ!」
「YEAHHHHH!」
 低体温症に陥りかけている自覚もないまま、歓声をあげる信者たち。
 彼らと彼女らの楽しげな笑顔をビルシャナもまた楽しげな笑顔で見ていたが、大事な点を見落としていたことに気付き、笑みを強張らせた。
 信者は一人。信者は八人。ビーチバレーのチームは二人一組。
「これ、一人だけあぶれるやつじゃん……」

●クロウ&音々子かく語りき
「皆さぁーん! あけましておめでとうございまぁーす!」
 元気な声でケルベロスたちに挨拶したのは、振袖仕様のフライトジャケットを着たヘリオライダー。
 根占・音々子(群馬出身/二十五歳/花の独身)である。
「本日は私から皆さんにお年玉がありまーす。それは――」
 皆の期待を高めるべく、思わせぶりな間を置く音々子。誰一人として期待などしていなかったが。
「――ビルシャナの情報でーす! 新年早々、ビルシャナの出現を予知しちゃいましたので」
「正直、そんなお年玉は欲しくなかったよ……」
 と、全員の気持ちを代弁するかのようにクロウ・リトルラウンド(ストレイキャリバー・e37937)が呟いた。
「だけど、予知しちゃったものはしょうがないよね。で、それはどんなビルシャナなの?」
「『冬こそビーチバレー』と主張するビルシャナです」
「うわー。聞いてるだけで寒くなってきた……」
「でも、本人ならぬ本鳥は熱い主張をしているつもりらしいです。しかも、八人の一般人がその熱意に感化というか洗脳されちゃって、信者になっちゃってるんです」
 ビルシャナと八人の信者たちがいる場所は鳥取砂丘の一角。放っておけば、『冬こそビーチバレー』という思想がその地から徐々に日本中に広がっていくだろう。広がり尽くした頃には初期の信者たちは凍死しているかもしれないが。
「毎度のことですが、皆さんがビルシャナをいきなり攻撃すれば、信者たちは自分の身を盾にして庇おうとするでしょう。ですから、戦う前に信者たちを説得して洗脳を解くべきですね」
「説得か。外でビチーバレーするよりも、屋内でぬくぬくぽかぽかするほうが幸せ……みたいなことを知らしめればいいのかな? 『鍋』だの『炬燵』だのといって冬の幸せ的パワーワードを投げかけたり、目の前で実際にぬくぬくぽかぽかなシチュエーションを実況したりとか」
「それも有効だと思いますが、逆のアプローチもありますね」
「出たぁーっ! 逆のアプローチ!」
 クロウが体を退き気味にして叫んだが、音々子はなに食わぬ顔をして『逆のアプローチ』なるものについて語った。
「洗脳による高揚感のせいで信者たちは寒さに鈍感になっていますが、それはあくまでも自分自身の寒さだけなんですよ。だから、『他者が寒さや冷たさに苦しんでいる様』を目の当たりにすれば、本来の感覚を取り戻すかもしれません」
「つまり、信者の前で冬の我慢大会じみたことをやってみせればいいってこと?」
「ぶっちゃけ、そんな感じです」
「それって、ケルベロスというよりもリアクション芸人の領分だよね……」
 意気消沈するクロウ。
 一方、音々子は意気軒高。離陸準備が整ったヘリオンに向かって歩き出しながら、大きな声を張り上げた。
「では、しゅっぱーつ! 今年も張り切ってまいりましょー!」


参加者
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
サイファ・クロード(零・e06460)
夜宵・頼斗(日溜まりに微睡む金盾・e20050)
加藤・光廣(焔色・e34936)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)

■リプレイ

●泣くまでやめない
「俺は寒いのが嫌いだ」
 竜派ドラゴニアンのアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が言った。
 時は一月一日。所は鳥取砂丘。ケルベロスたるアジサイの横や後方には七人の同僚たちがいる。
 そして、彼らの前には『冬こそビーチバレー団』と名乗るビルシャナと八人の男女が並んでいた。男たちはタンクトップとショートパンツ、女たちはビキニという季節外れの格好。見るからに変人だ。
 だが、その変人たちのほうが気圧されていた。
 アジサイが放つ異様な迫力に。
「俺は寒いのが嫌いだ――それを踏まえた上で、今から俺がやることを見ろ」
 アジサイはいきなり服を脱ぎ始めた。
「な、なにやってんの!?」
 ビルシャナが驚愕の叫びを発したが、アジサイは無言。海水パンツだけの姿になると、脱ぎ捨てた服の横に後ろ足の長いウサギのぬいぐるみだの銀の笄だのルーンアックスだのといった装備品を置いた。
「なにやってんの!?」
 ビルシャナは問い続けたが、アジサイもまた無視を続けた。並べた装備品のうちの一つである盥を手に取り、波打ち際に歩いていく。
「なにやってんの!?」
 ビルシャナの声を背中で聞き流し、アジサイは盥で海水をすくった。
 そして――、
「なにやってんのぉぉぉーっ!?」
 ――ビルシャナが絶叫した。
 信者たちも悲鳴をあげた。
 アジサイが盥の中の海水を頭からかぶったのだ。見ているほうが心臓麻痺を起こしそうな光景である。
「寒いのは嫌いだ……嫌いだ……」
 ぶつぶつと呟きながら、アジサイは波打ち際から戻ってきた。白いバトルオーラのごとき湯気を全身から立ちのぼらせて。
「なにやってんのぉ!?」
「どけ」
 パニックに陥りかけているビルシャナを押しのけて、アジサイは足で地面に小さな横線を引いた。
 そして、また波打ち際に戻り、海水を浴びた。
「だから、なにやってんのって!?」
「お百度参りだ」
 ようやく、アジサイはビルシャナの問いに答えた。
「おまえの信者たちが転向することを願って、俺は海水を浴びる。百回、浴びる」
「それ、お百度参りというよりも嫌がらせだろ!」
「どけ」
 再びビルシャナを押しのけて、先程の横線に下に縦線を加えるアジサイ。
 その後も彼は波打ち際に行き、海水をかぶり、砂浜に戻り、『どけ』とビルシャナを押しのけて、なにかを地面に書き続けた。
 そのサイクルが五回繰り返された時、地面の文字は『正』になっていた。そう、海水を浴びた回数をカウントしているのだ。『正』を書き連ねることで。狂気の反復行動。
「おまえら、このイカれ野郎の仲間だろ! 黙って見てないで止めろよぉー!」
「んー?」
 と、ビルシャナの訴えに億劫そうに反応したのは加藤・光廣(焔色・e34936)。御歳、六十二。
「止めたくても、動けねえよぉ。寒さのせいで肩は上がらねえし、背中は張るし……けほっ! けほっ!」
 腰を曲げて杖代わりの鉄塊剣にすがりながら、光廣は大袈裟に咳き込んでみせた。六十二歳程度ではお年寄り扱いされないことも少なくない今の時代において、天然記念物的存在とも言える『六十代の疲れ切った老人』だ。
 実は演技に過ぎないのだが。
「いや、まともに動けないなら、最初から来んなよ!」
 ふるふると体を震わせる光廣を怒鳴りつけたビルシャナであったが、すぐに糾弾の矛先を別の者たちに変えた。
「おまえらもおまえらだ! イカれ野郎や老いぼれをほっぽらかして、ぬくぬくと暖まってんじゃねえ!」
 ビルシャナの視線の先では焚き火が燃えていた。
 それを取り囲んでいるのは三人のケルベロスと二体のウイングキャット。シャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)と黒豹の獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は身を寄せ合って語り合い、レプリカントの夜宵・頼斗(日溜まりに微睡む金盾・e20050)は焚き火にかけた鍋の中身をおたまでかき回し、ウイングキャットたちは体を丸めて眠っている。
 その中でビルシャナに視線を返したのは頼斗のみ。ウイングキャットたちは眠り続け、陣内とあかりは二人だけの世界に浸り切っていた。
「沖縄で撮った写真を持ってきたのか?」
「うん。沖縄の海、楽しかったよね。こういう冬のキャンプも楽しいけど」
「へぶしっ!」
「あらあら。はい、これでチーンして」
 盛大にくしゃみをする陣内と、その鼻先にティッシュをあてがうあかり。
「おまえら、仕事しろやぁーっ!」
 と、二人だけの世界にビルシャナが割り込んできた。この場合の『仕事』というのが自分を討伐することなのは判っているのだろうが、どうしても怒鳴らずにいられなかったらしい。
 それでもあかりと陣内は反応を示さなかったが、代わりに頼斗が口を開いた。
「俺、お汁粉をつくってるんすよー」
「どーでもいいわ! それより、この老いぼれをさっさと連れて帰れ!」
 と、ビルシャナが指さした先で光廣がまたもや咳き込んだ。
「けほっ! ……あぁ、辛い」
「だから、そんなに辛けりゃ、最初から来んなって話だよ!」
「どけ」
「まだやってたのか、このドラゴニアン!? いつの間にか『正』が三つになってんじゃねーか!」
「本当は小豆から作りたかったけど、それだと時間がかかりすぎるから、今回はあんこから作ってるっす」
「お汁粉はどーでもいいって言ってんだろ!」
「けほっ! 腰痛、リュウマチ、肋間神経痛……体の節々が痛い」
「黙れ、ジジイ!」
「どけ」
「こいつ、四つ目の『正』に入りやがった!」
「ところで、皆さんはこしあん派っすか? つぶあん派っすか?」
「この状況で新しい話題を振ってくんなぁーっ!」
 空気を読まぬ雛壇芸人たちに翻弄されるMC張りに忙しなくツッコミを入れ続けるビルシャナであった。

●夏まで待てない
 その間に何人かのケルベロスが信者たちに近付いていた。
「うぇーい!」
 と、陽気にハイタッチを求めたのはサキュバスのサイファ・クロード(零・e06460)。
「俺たちとビーチバレーしようぜ!」
 と、ハイタッチに反射的に応じた信者たちに声をかけたのはアカキヅネの人型ウェアライダーのステラ・フラグメント(天の光・e44779)。ちなみに焚き火の傍で眠っていたウイングキャットのうちの一体は、彼のサーヴァントのノッテだ。
「海に砂浜、雲一つない青空の下、最高の仲間たちとビーチバレー! これ、絶対に楽しいやつだ! 『いいね』の通知が止まんないやつだ! 『いいね』の一つ上をいく『良すぎるね』ってのが欲しくなるやつだ!」
「ほら、なにやってんだよ! ボサっとしてると、楽しい冬を満喫する前に鬱陶しい春が来ちまうぜ!」
 いい笑顔を見せて、信者たちをビーチバレーに誘うサイファとステラ。
 二人が放つ熱気(実は当人たちは寒気に苛まされていたが)に導かれて数人の信者が即席のコートに足を踏み入れ、ビーチバレーを始めた。
「見て、見て! 俺の超高速サーブ!」
「うぇーい!」
 ステラが『超高速サーブ』なるものを決めて、サイファが『パリピの雄叫び』とでも呼ぶべき奇声を発して意味もなくコートを走り回る。
 最初のうちは戸惑い気味だった信者たちであるが、徐々に気分が乗ってきたらしく(そもそも『冬こそビーチバーレー』という思想をビルシャナ植え付けられていることもあって)、楽しそうに『うぇーい!』を連呼しながら、バレーに興じ始めた。
「君たち、凄く素敵だ! いいね、健康的な女性は! インスタ映え! もう超インスタ映え! 映えまくってる!」
 ステラは女性信者たちを称賛した。あながち、演技というわけでもない。
 サイファのはしゃぎ振りも演技ではなくなってきた。
 とはいえ、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。このままでは凍死者が出る。
 サイファは気持ちを切り替えると――、
「……」
 ――いきなり真顔になって黙り込んだ。
 ステラも棒立ちになり、自分の前に飛んできたボールを無視して、冷め切った声で呟いた。
『うぇーい!』の魔法を解いてしまう呪いの言葉を。
「……寒い」
 その瞬間、バレーをしていた信者やコートの脇で観戦した信者から笑顔が消え、周囲は静まり返った。
「寒い」
 だめ押しするかのようにステラは呪いの言葉を繰り返した。
「うん、寒いよね。物理的にも心理的にも」
 真顔のまま、サイファが頷いた。心理的な寒さについてはケルベロスたちの責任が大きいような気がしないでもないが。
「いやいや! 寒くない! ぜっんぜん、寒くないよー!」
 と、何者かが『うぇーい!』の魔法を呼び戻そうとした。
 ハープパンツとラッシュパーカーとビーチサンダルという三種の神器を身に着けたピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)だ。
「冬だ! 海だ! ビーチバレーだぁーっ!」
 ピジョンはコートに踊り込むと、足を回転させて走るカートゥーンのキャラさながらに激しく動き回った。
 そして――、
「いざ、勝負! ひゃっほぉー! ……って、寒いわぁぁぁーっ!」
 ――渾身のセルフ・ノリツッコミを披露した。
「でも、防具特徴の『寒冷適応』を使えば……って、これの防具特徴は『アイテムポケット』だった! いや、待てよ。その中にカイロかなにか入ってるかも……って、バレーボールが入ってた! しかも、二つ! 何故に二つぅ!?」
 砂浜に倒れて、じたばたと手足を動かしながら、ピジョンは叫び続けた。魂を燃やしつくすかのような力強い咆哮。これがミッション破壊作戦だったなら、グラディウスの威力は凄まじいものになっているだろう。
 そんな主人をテレビウムのマギーがじっと見つめていたが、さすがにいたたまれなくなったのか、液晶の顔を背けた。
 しかし、背けた先では――、
「どけ」
 ――アジサイがビルシャナを押しのけて、八つ目の『正』を書いていた。この世界は狂っている。確実に狂っている。
「やっぱり、冬は……こっちがいい……」
 ピジョンはセルフツッコミ劇場をやめて、焚き火に這い寄った。
「はい、どうぞ!」
 と、汁粉の入った椀を差し出す頼斗。
 ピジョンはそれを受け取り、餓えた獣のように貪り始めた。
「皆さんもいかがっすか?」
 頼斗は信者たちにも汁粉を勧めた。
「体の中から暖かくしないと、冬の寒さには太刀打ちできないっすよ……って、人に勧めてばかりいないで、俺も食べようっと」
 椀を顔の前にやり、たっぷりと香りを楽しんだ後に汁粉を口に含む頼斗。
「うん。ほっとする感じの甘さで良さげっす。やっぱり、冬は温かい物を食べてぬくぬくするのが一番っすねー」
 信者たちの耳には『一番っすねー』の部分にエコーがかかっているように聞こえたかもしれない。
「あー、生き返った!」
 汁粉を貪り終えたピジョンが感慨深げな声をあげた。冬の寒さと汁粉の温かさを信者にアピールするため、大袈裟に振る舞っている……というわけではない。先程までは本気で寒がり、今は本気で『生き返った』と思っているのだ。
 サイファとステラも信者たちの籠絡にかかった。
「ほら、これ」
 と、女性信者の一人にカイロを握らせるサイファ。
「ハイタッチした時、手がすごく冷たかったから……あ、あんま、心配させんなよな」
 頬を少しばかり紅潮させて、ぷいと横を向く。そのオーソドックスなツンデレ系のアクションに対して、女性信者もまた頬を紅潮させた。『じゃあ、ハイタッチした時点で渡せや』というツッコミを入れることもなく。
「君も体が冷えてんじゃないの?」
 ステラが普段から愛用しているマントをどこからともなく取り出し、別の女性信者の肩にかけた。
 そして、汁粉が待つ焚き火へとエスコート……するかと思いきや、傍にいた男性信者の前に女性を優しく押しやり、エスコート役を譲った。
「寒さの中であったまる愛もあるかもしれないぜ!」
 ステラはキラリと歯を光らせた。

●あくまでブレない
「君らも無理しちゃいかんぞ。なにかあったら、親御さんも心配するでな。ほれ、焚き火にあたらせてもらうといい。けほっ! けほっ!」
 今にも死にそうな(演技だが)光廣に促され、サイファやステラとビーチバレーをしていなかった信者たちも焚き火の周りに集まってきた。
「あったかいでしょ?」
 あかりが信者たちに微笑みかけた。二人だけの世界から現実の世界へと戻ってきたらしい。まだ陣内に密着したままだが。
「身も心もあったかくなるとね、他の人にも優しくなれるんだよ。だから、好きなだけ焚火に当たって温まっていってね。でも――」
 あかりは笑顔を真顔に切り替えた。
「――タマちゃんの横の特等席は絶対に譲らないから」
『別に譲ってほしくねえよ』と誰かが応じるよりも早く、『タマちゃん』こと陣内が言った。
「まあ、寒いほうがいいのなら、無理に止めはしない。だが、このロケーションは中途半端じゃないか? もっと『ザ・冬の日本海』ってな感じの場所があるだろうが。中途半端に攻めるくらいなら、開き直って暖かい土地でやれってんだ。たとえば、沖縄とか沖縄とか。あと、沖縄な」
 陣内は(あかりがへばついた状態のまま)立ち上がり、信者たちにチラシを配り始めた。沖縄で彼の父が営んでいるダイビングショップのチラシだ。
「いや、『仕事しろ』とは言ったけど、そういう仕事じゃねえから!」
 と、完全に忘れ去られていたビルシャナが久方ぶりにツッコミを入れた。
 そんな彼をサイファがなだめた。なぜか恥ずかしそうな顔をして。
「まあまあ、落ち着けよ。バ、バ、バレエ君」
「誰が『バレエ君』だ!? てゆーか、なんで吃ってんだよ」
「だって、ちょっと恥ずかしいから。我ながら安直すぎるネーミングだし……」
「恥ずかしがるなよ! 『ボケる時は全力で』って某大御所漫才師も言ってんだろ! ちなみに『全力』というのは大声とかハイテンションとかじゃなくて、心構えの……」
「どけ。邪魔だ、ぎる雄」
 お笑い講座を始めたビルシャナを押しのけて、アジサイが二十個目の『正』を完成させた。
「おまえまで変な名前で呼ぶんじゃねえ! なんだよ、『ぎる雄』って?」
「フルネームは『寒す・ぎる雄』だ」
「『バレエくん』より安直じゃねえか!」
「『タンクトッパー』という候補もあった」
「それは誰に向けての情報!? いや、そんなことより――」
『正』が並ぶ地面をビルシャナは指さした。
「――百回やっただんだから、もうお百度参りは終わりだ。でも、残念だったな、イカれ野郎。『冬こそビーチバレー団』のメンバーたちは誰一人として信仰を捨てなかったぞ!」
 と、得意げに胸を張るビルシャナの後方では、信者たちが汁粉を食べていた。
 とても美味そうに。

 そして、南極の氷が解けてもおかしくないほどの激しい戦いの末、ビルシャナは死んだ。
 その死に顔を見下ろして、サイファが静かに別れを告げた。
「さよなら……バ、バ、バレエ君」
 ボケる時は全力で!

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。