幻想神楽

作者:藍鳶カナン

●奉納神楽
 式年遷宮――。
 最も有名なのは伊勢神宮の遷宮だろう。
 式年、つまり定められた年に新たな宮や社殿を造営、神様にお移りいただくこの祭礼は、伊勢神宮と同じく二十年ごとに『遷宮』でなく『造替』を行う春日大社や、二十一年ごとに大規模な社殿の修繕を行う上賀茂神社に下鴨神社、そして六十年から七十年に一度の遷宮を行う出雲大社をはじめ、規模の大小こそあれ、数多くの神社で行われているものだ。
 冬の青空にも映える常盤緑に彩られた山々の懐、冷たく澄みきった清流に護られるように鎮座する神社もそのひとつ。前回、二十一年前には社殿の修繕であったが、今回は本殿から幣殿や拝殿、神楽殿や鳥居を新たに造営し、昨秋の落成をもって遷宮が斎行された。
 折しも秋祭りの時季。新しい檜の香りも清々しい神楽殿での奉納神楽はひときわ美しく、多くの参拝客の心を打ったが、新たな年を迎える元旦には、いっそう素晴らしい奉納神楽を観ることが叶うだろうと、誰もが疑うことなく信じていた。
 新たな年の初めに、清浄な神域の大気を、胸に、心に満たして。
 新たな拝殿で神様に参拝したなら、授与所でおみくじを引くのも、破魔矢やお守りなどを授けてもらうもよし、神様のおさがりである振舞い酒や甘く温かな葛湯をいただきながら、神楽殿での奉納神楽を観るのもよし。
 例年は清酒だった振舞い酒も、この新年は水の代わりに酒で仕込んだ貴醸酒に。
 真白だった葛湯も、漉し餡を使い、紅白のぶぶあられに彩られたお汁粉風の葛湯に。
 初詣はいつの年だって心持ちを新たにしてくれるもの。だが今回この神社へ詣でる初詣はきっと、心の曇りも翳りも雪いで磨き上げたような、とびきり澄みきった心地にしてくれる――と、皆が楽しみにしていたのだけれど。
 年の瀬に、デウスエクスという名の破壊の災厄が訪れた。

●幻想神楽
 神事と言えど、資金繰りという俗事からは逃れられぬもの。
 祭礼を支えたのは勿論、氏子や参拝客に、地元企業などからの寄付だ。数多のひとびとの心が寄せられ、無事に遷宮が成ったのが昨秋のこと。
 その年の瀬に件の災厄である。
「幸い本殿は無事だったんだけどね、鳥居から参道、神楽殿や拝殿、幣殿がかなりの被害に遭ったって話でさ」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)が小さな呼気を挟み、
「宮司さんが『斯くなる上は腹を切って詫びるしか!!』って思いつめちゃっててね、他の神職さんや氏子さん達が『ケルベロスさん達にお願いしよう』って必死で宥めて」
「ああん宮司さん、切腹しちゃダメー!!」
「だよね? この神社での初詣を楽しみにしてるひとも大勢いるしさ、あなた達にヒールで修復をお願いしたいんだ」
「合点承知! みんなと一緒にはりきっていきますなのー!!」
 続けた言葉に真白・桃花(めざめ・en0142)の竜尻尾がぴこーん! と跳ねた。
 幻想が混じっても、折れた柱が再び社殿を支えられるのなら、割れた石灯籠が再び燈火を燈せるのなら、寄せられたひとびとの心は無にはならない。
 神社仏閣を幻想混じりにするのは気が進まない、という者もいるだろう。
「だけど、式年遷宮があるからね。早ければ二十年後、遅くても四十年後には新しい社殿が造営される。今回の幻想は、それまで神様を楽しませるものって考えてみて」
 式年遷宮の由縁には諸説あるが、この神社では『神様が古い社に飽きてしまわないよう』という祈願も籠められたものだと遥夏は語る。幻想も大いに歓迎されるはず。
 夜明けから始めれば朝のうちに修復を終えられる。
 新たな年の初めにもういちど、幻想で生まれ変わった神社での初詣はきっと、より特別なものになるだろう。幻想に彩られた鳥居を潜って、参道を歩み、幻想纏う拝殿で参拝して、幻想に飾られた神楽殿で、奉納神楽を――。
「観るのも絶対素敵だけど、巫術士さんとかだと神楽を舞えるってひともいるよね? もし自分の神楽舞を奉納したいってひとがいれば是非どうぞ、って話だよ」
 遥夏はそう続け、狼耳をぴんと立てた。
 この神社では『神様が飽きてしまわないよう』、既存の演目の神楽は奉納しない。
 奉納されるのは創作や即興の神楽舞。一族に伝わる世には知られていない神楽舞を舞えるという者ならそれも良いだろう。幻想を帯びた社殿で神楽を舞う機会もそうないはずだ。
 桃花の尻尾もぴこぴこ弾む。
「神楽ってね、神様を楽しませて元気づけて、そうして力を得た神様から御利益を享けて、その感謝を籠めてまた奉納して――って、めぐりの環だって聴いたことあるの。舞だけじゃなくて、今回のヒールもそんな『神楽』の環の一部になれるんじゃないかしら~」
 だから、惜しみなく与えて、遠慮なく享けて。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


■リプレイ

●白花
 曙光が穢れを薙ぎ払うような朝が来た。
 神域を穢した災厄の痕も皆の癒しに雪がれ潤され、ひときわ清浄な気に満たされる。
 凛冽なそれは神域を抱く清流に身を浸したかと思えるほどに冷たく、けれど自然と背筋の伸びる心地がする身にはその清冽さが心地好い。輝く光の如く咲き誇る福寿草、元日草たる名も持つ花の幻想にいざなわれ、甦った神楽殿へと千梨が昇殿すれば、一足ごとに白雪とも白花とも飛沫とも見ゆる幻想が舞う。舞台を覆うのは幻想の落水、白く煙る滝の幕がふわり消えれば、真白な足袋を滑らせた。
 ――俺は、見えずともひとの傍らに在ってくれる神様が、割と好きだ。
 彼の意を汲み、響くは大和笛ではなく龍笛の音。
 清らな光躍る湖水を翔ける龍神を見た気がして眼を瞠り、舞い手が友であるとエトヴァが気づいたのは一拍後のこと。白衣の袖に風を孕ませ袴の裾を自在に捌き、跳ぶ。床を鳴らす足音に太鼓の音が追随する、国土を護る猛き舞。
 修復の折、ここは国の守護神たる側面も持つ大物主神の分霊を勧請して開かれた神社だとエトヴァは聴いたけれど、神楽を舞う千梨は知らず肌身でそれを感じているのだと思えて、眼を奪われる。心を掴まれる。刃の如く揮われていた黒骨の扇が開かれれば、眩い金の光が咲いたよう。零れた光が、花にも見えて。
 胸中で惜しみない拍手を送り、舞い終えた友を微笑みで迎えれば。
「来ていたのか……いや、見ていたのか……」
「ハイ、本当にお見事でシタ。お疲れ様デス」
 貴醸酒を掲げ、新年の寿ぎを。
 淡い金色に透きとおる貴醸酒が、盃ならぬ檜の一合桝に揺れる。
 遠目の人垣越し、けれど確かに眼が合った二人と桝を掲げ合ったなら、グレッグの笑みはひときわ深まり、ほんと贅沢だねとノルの笑みもいっそう蕩けた。はぐれないようにと青の花咲く着物と臙脂の羽織に包まれた彼を抱き寄せれば、雪の羽織の裡、冬空に白花咲く胸に手が添えられる。
 甘く蕩けて、涼やかな酸味さえ華やかな酒よりも、誰より傍で感じるぬくもりが陶然たる心地をくれるから、拝殿に詣でた折の願いから、更に踏み込んで。
「おれ、去年よりずっとよくばりになったけど、叶えてもらえるかな」
「俺も同じ気持ちだから……神が叶えきれない分は俺が叶えたい、な」
 空と陽の瞳を見交わし、微笑み合う。一緒に健康で幸せに過ごせるよう、神に願った。
 けれど、神ならぬ身が叶える互いの願いは。
 ――愛するひとの、すべてが欲しい。
 仲睦まじい二人の様子に知らず笑みを綻ばせた次の瞬間、淡く透きとおった幻想の白雉の羽ばたきがスバルの眼差しを奪う。癒しを神様に見てもらえた心地になって、傍らの少女と微笑み合った。幻想の羽吹雪越しに二人で観る神楽も、壮麗で。
 ふと気づけば、神様に何をお願いしましたか、と覗き込んでくる紅の瞳。
「私は……内緒です。でも、スバルならきっと分かりますよ」
「訊いといて内緒って狡くない?」
 悪戯な煌きをヒナキが瞳に燈せば、狡いと言いつつ彼は、ヒナキの隣にいられるくらい、強くありたい、と神に託した願いを明かして破顔した。早速御利益があった気がして少女に笑みが咲く。何故なら、彼女の願いは。
 ――彼が、ずっと笑っていてくれますように。
 神楽殿で奉納されるのは神楽舞。
 ゆえに一足早く、絢爛の歌声は癒しの音色として奉納を。
 拝殿に詣でれば、社殿の奥に垂らされた幻想の白妙の紗が清らな風に煽られ舞いあがる。あえかに虹孕む紗が開いた先に見えるのは、参詣者が幣帛を捧げる幣殿だ。雅やかな綾錦と幽玄なる光を思わす月白の芍薬が花咲く幻想に彩られたそこは、
「ほら、輝夜姫の神楽が神様に届いた証だ!」
「わあ……! 神様だけでなく、皆にも楽しんでもらえたでしょうか……!」
「曲だけじゃなくて、生まれた幻想も長く楽しんでもらえますとも~♪」
 年初めに薔薇の歌姫に逢えた歓びに華やぐ季由の三味線の音に合わせ、ロゼが歌いあげた『今宵、神楽輝夜姫』の癒しに潤された処。神楽殿に昇らずとも、清めと赦しと癒しの散華恋歌が傷ついた幣殿を甦らせる様も花開いた幻想も、観た者に笑みを咲かせ、胸裡に幸福の花を残すから。
 桃花にロゼがほっぺちゅーされる様も、今日の季由は穏やかに見守った。
 ――いつだって君が、笑っていられるように。
 幻想の紫水晶が混じる玉砂利の路に導かれ、拝殿の本坪鈴を鳴らせば舞い降る煌きは儚く消える幻想の氷餅のかけら。ルムアとクーは誰かの悪戯を見つけた心地で笑み交わし、見様見真似で二礼二拍一礼。
「貴女との一瞬一瞬が、僕にとってかけがえのないお年玉です」
「私も初めての経験を共有できるのは、いつになっても嬉しい……って、わ!?」
 振り返れば神代の女神の舞の幻想がよぎったけれど、クーが躓いたのは着慣れぬ振袖と、思わず顔を見合わせた拍子に、紋付羽織袴姿のルムアに見惚れてしまったせい。笑顔で手を取られれば、どこまでが幻想か解らぬ夢心地。
 導かれたのは緋毛氈が掛かる床几台。
 振舞い酒を手に並んで腰かけ、初めての酒をそっと含んでみれば、芳醇な甘味とひやりと華やぐ酸味がクーの口中に咲き誇る。ゆっくりと乾せば身の芯に柔い熱が燈り――こてりと肩に預けられた愛しいぬくもりに、ルムアはそっと目許を和ませた。
 遠くに聴く神楽。
 けれど和琴や笏拍子の調べに合わせるよう、幻想の紅梅の花が舞う様に口許を綻ばす。
 ――成程、『神様が飽きてしまわないよう』ね。
 聴いた言葉がふとキソラの胸の裡に萌せば、小さな社を護っていたひとの面影も甦った。老いた背を追い、師と呼んだひと。振り返った師も悪戯にそう笑う気がして、笑みを深めた口許に貴醸酒を傾けたなら、芳醇な甘味は濃いのに華やかな酸味が何処か清らかで、ずっと留めておきたいと思ってしまうほど心地好い、天の美禄。
 あの子供がこんな風に酒を嗜めるようになったと識れば。
 ――喜んで、くれただろうか。

●白群
 幻想の落水。清冽な水の紗幕の裡から現れた紗羅沙は白と浅葱の巫女舞装束も相俟って、凛とした聖性を纏って見えた。大和笛の調べに乗せ、袖を廻らすたび幽世へ近づくようで、一斉に舞いあがる白雪とも白花とも飛沫とも見ゆる幻想に包まれる様は――。
「とびきり美しかったぞ! 僕がそう思うのだから、神はもっとそう思うはずだ」
「ああ、神様も新年早々大喜びだっただろうなあ。お疲れ様!」
「ありがとうございます~。思い出に残ってくれたなら本当に嬉しいですね~」
 手放しの絶賛と労いでティノとヒノトが迎えたなら、神楽殿から降りた紗羅沙はふんわり笑んで、現世へ舞い戻る。幻想の紅水晶混じりの玉砂利を歩めば自然と語らうのは神前での願い事。父の編んでいた術を会得できるよう、昨年の自分よりも良かったと思える一年に、そんな二人の言葉に、皆、己を磨くことを願っているようだなとティノも志を新たにした。
 神域の澄みきった清浄な気。凍てる風を輝かせる朝の光。
 幻想の神代の女神にいざなわれるよう、真新しい拝殿に昇れば身も引き締まる思い。
 精進の誓いを捧ぐティノ、何かを胸に秘めた面持ちで願う紗羅沙。
 二人と並んだヒノトは、心で伝える願いにもうひとつ付け足した。
 ――ティノと紗羅沙が笑って過ごせる、いい一年になりますように。
 深山の湧水、清流の飛沫。
 凛と冷たく澄んだ朝の空気は限りなくそれらに近くて、呼吸のたびに眠堂の裡を清々しく雪いでくれた。水盤に紫陽花に似た幻想の甘茶の花浮かぶ手水舎で己を浄めて、行き合った知己達に片手をあげ、切腹を免れた宮司に目礼して昇った拝殿で二拝二拍手したなら。
 去る年への礼を紡ぎ、縁繋ぐひと達の幸い願う眠堂に、拝殿の先から風が寄せる。
 幻想の白妙の紗を舞いあげる清らな風に撫でられれば、巫覡を授かる神とは異なるここの神に歓迎してもらえたよう。擽ったい心地で笑みを零し、最後の一拝を。
 ――どうか見届けてください。
 神域を潤す癒しの雨があがれば、玉砂利に幻想の紫水晶が残った。
 黒の訪問着の裾に苦戦しつつ急ぎ足で春色の友を捕まえれば足元で涼やかに鳴る紫水晶や紅水晶、一緒に御神籤筒へ向かえば、筒を護っていた幻想の水晶蛇が歓迎を示して消える。
「ふふ、今年一年の運試し、ね」
「ああん、わたしが前に他所で引いた時は凶だったの~!」
 何が出ても私は、新年から桃花ちゃんの顔を見られたからいい年になると思うの、なんて紡いだ蜂は彼女から受けたほっぺちゅーに微笑んで、筒から出た番号の御神籤を授かれば、華やかな千代紙で作られた小さな舞扇。開いて覗けばお揃いの中吉で、
「はっちー! 桃花りーん! ひゃあああ、すっごい可愛い御神籤ですねえ!!」
 今年もよろしくと笑みを交わした二人は、元気溌剌と駆けてきたリティアの声が咲く様に破顔した。早速挑んだリティアが『見て見て~!』と大吉の舞扇御神籤を振れば、突如姿を消した彼女を探していたらしいクィルとルリも笑顔で駆けてくる。
「大吉ですか、いいなぁ、おめでとうティア」
「見てください! 私も大吉でしたよ♪」
 新年もティアは自由だなぁ、なんてクィルが思っている間にひっそりと授かった御神籤を満面の笑みでルリが開いてみせれば、それなら僕もと挑んだ少年の手に中吉の舞扇が開く。皆の幸先の良さに笑い合ったなら、胸に満たす冷たい空気がひときわ清らで、爽やかで。
 祝の一文字が焼印で捺された桝に葛湯を享ければ、甘くあたたかにくゆる香りにいっそう笑みが綻んだ。とろり蕩ける漉し餡の彩に小雪めいた紅白のぶぶあられが降り、何処からか幻想の紅梅も舞い込んだなら、あらためて。
 ――新年、おめでとう。
 壮麗な千鳥破風の屋根が甦った拝殿で待ち合せたなら、人垣の奥からやってきた愛楽礼は艶やかな晴れ着姿。羽織袴で来れば良かったとスーツに身を包んだ正彦は痛切に思いつつ、お参りって三三九度でしたっけ、なんて冗談を交えながら初詣。
 幻想の水晶蛇に迎えられて御神籤筒を振り、授かった舞扇の御神籤の華やかさに破顔し、愛楽礼たんにお似合いですおと正彦は声を弾ませたけれど、
「末吉ですね……末吉って、どのくらいの順番でしたっけ?」
「えっと、末吉は……凶より良い感じですお!!」
 彼女が開いた末吉と、己が開いた凶を覗けば震え声。
 けれど御御籤はひとつの指針に過ぎないって言いますから、と気を取り直した愛楽礼は、焦りは禁物と書かれた恋愛の項をなぞり、運命のひとへ想いを馳せた。
 浴衣姿は堪能したけれど、振袖姿は別腹だから。
 真顔でそう語るアラドファルにくすくす笑って、赤と緑が華やぐ振袖を纏った春乃は彼の眼前でくるり。彼女の晴れ姿と髪に咲く花菖蒲の傍で三日月の簪が煌く様に眼を細め、彼は転ばないようにと手を繋いだけれど、
「しかし、初転びは福が転がりこんで、縁起が良いとも言うからな」
「アルさん、受験生に転ぶとか言っちゃダメよ」
 思わぬ失言に蒼褪め、でもアルさんと一緒ならそれも楽しそうと咲いた笑みに救われる。
 幻想の水晶蛇に迎えられての運試し。
 自身が開いた吉を黒の羽織の裡、着物の懐へ仕舞ったアラドファルがそわそわと見つめて来る様に笑みを零して、春乃は中吉の御神籤を開いてみせた。転居も学問も前途洋々、毎日笑顔でおはようとおやすみを言い合える春を、きっと迎えられるから。
 合格祈願の御守りを買って帰ろうと彼が笑う。
 今年もよろしく、春乃。
 ――今年も、よろしくね、アルさん、だいすきよ。

●白藤
 明けの光に満ちた祝月の空を、蒼鷹が渡る。
 蒼鷹はきっと現の鳥で、けれど晴れ空からひらり舞う風花は現か幻想か。
 神楽殿から光の如く、福音の如く響く笙の調べを耳にしつつ、風花へ伸べた指先が火焔の装飾纏う楽太鼓の響きで無意識に舞の一指しを辿る。片翼の鳥並ぶ演舞、明け色の鏡映しが脳裏をよぎるも、
 ――夜、
 彼の透徹な眼差し、不意に畏怖に背筋を撫でられたアイヴォリーの声にならぬ呼びかけを夜は緒の如く掴みとった。向ける微笑みは優しく、けれど絡め合う指は強く。
「君も巫術士たれば、舞も楽も心得たもの?」
「ふふ、わたくしの神さまは花より団子派の食いしん坊。ゆえに此の身は舞ではなく」
 安堵に咲き綻ぶ唇からつい零れた姫巫女の言の葉が、
 ――しゃらん。
 ひときわ涼やかに響き渡った神楽鈴の音に遮られた。
 口を噤んだアイヴォリーの指が、いっそう深く絡められる。雅な調べに乗せて夜が祝詞を奏ずれば、そっと緊張を解くよう彼女も耳を澄ます。清風に揺れる袖に煌く、白鶴の翼。
 春を言祝ぐ、寿ぐ舞いを。
 汝、華めく季(とき)であれ。
 拝殿で神様に御挨拶したなら、次は幻想の水晶蛇に御挨拶。
 御神籤筒を振るエヴァンジェリンの指先を彩る甘い杏色に白妙のダチュラが咲くチップ、嬉しくてつい見惚れてしまったからか、御神籤筒から引いた番号を告げて授かった御神籤を開くシィラの眼前に現れたのは凶の一文字で、けれども吉を授かったエヴァンジェリンと、一文字なのはお揃いだものと弾む笑みを咲かせ合う。凶は不運の印でなく、慎重になるのが良いという啓示だと受けとって。
 最も気になる待ちびとの項に記されていた文言は、当人だけの秘密。
 神々しく満ちる光めいた笙の音色に惹かれて、神楽殿で二人足をとめる。幽玄な大和笛の響きと神楽舞が憂いを澄み渡らせてくれる心地で、知らず柔らかな笑みが綻んで。
「……ねぇ、シィラ。今年も、どうぞよろしくね」
「……うん、今年もよろしくお願いしますね」
 語り合いたいことも、昨年より仲良くなりたい気持ちも募るばかり。
 更に願わくば、シィラの待ちびとが来たらんことを。
 ――これは、自己欺瞞の力。
 咲き降りて消える刹那の癒しの花、自らフェイクと名付けた夢想の花の雨。けれど神様を飽きさせないようにというのなら、とアリシスフェイルが降らせた花々は、神域の玉砂利に幻想の紅水晶を鏤めた。
 殲滅の魔女の物語を息づかせた身には『神』への好意は抱きがたくて、それでも概念的な『カミサマ』なら嫌いじゃないと言える気がして。唯、善き『めぐりの環』であれたならと渦巻きはじめる想いを柔らかな光めいた笙の音色に融かす。
 忍ばせた大吉の御神籤にそっと触れ。
 神楽のめぐりを、楽しんで。
 例年の振舞い葛湯はきっと、霞の如き色合いをしていたのだろう。
 けれどこの新年は漉し餡と紅白のぶぶあられで甘やかに彩られ、その様が少し己と重なる気がして、そうして迷った末に葛湯を手にしたのは。
「酔初めは貴醸酒より先に、君でと想って」
「ああん待って、そんな風に言われると!」
 照れるから、と小声で明かした桃花の目許に彼女の花の色が燈る。だが求めた手をそっと重ねられれば、己の耳にまで燈った熱の色もスプーキーは見えた心地。神楽殿に和琴の音が響くたびに、四方の柱を護るよう煌く瑠璃の勾玉飾りの幻想は、彼の奏でたヴァイオリンの癒しが燈したもの。あの幻想も次の遷宮まできっとここを護り、神様を楽しませるから。
 結ぶ約束は、次の遷宮の、先の。
 神域を潤すのは露払いならぬ花払い。
 災厄を祓う癒しの花を舞い散らせたなら神域に燈った幻想は愛らしく舞う紅雀達。神楽に合わせるよう舞う愛嬌たっぷりな彼らに笑みを綻ばせて、幻想の神代の女神にいざなわれ、拝殿に昇れば新たな年の始まりを肌身で感じて、市邨は背筋が伸びる心地。
「袴でも着てこれば良かったかな」
「袴って日本の服デショ? 市邨ちゃん似合いそう、今度着てみせてネ」
 初めての初詣に瞳を輝かせるムジカに笑みで応え、彼が神様に願うのは無病息災。
 ――これからも君と、日々を一緒にすごしていけますように。
 愛しいひととも互いに新年の挨拶を交わしたなら、振舞い酒をいただいていきマショ、とひときわムジカの足取りが軽くなる。ムゥらしいねと笑う市邨の腕を取れば頭を撫でられ、歓びいっぱいに笑みを咲かせて拝殿を後にした。
 彼女が神様に伝えたのは御挨拶だけ。
 ――彼と一緒に在れるよう。願いは自分自身の努力で、叶えていくから。
 拝殿で神様に礼節を尽くし、幻想の白雉に招かれるまま授与所を訪れた。
 授かったのは淡い藤色を白とも見ゆる銀糸が彩る錦の御守り、己よりも相手の幸いを願う二人だから、自然に籠めた願いごと、景臣とゼレフは授かった御守りを手渡し合う。
 見渡せば神域の其処彼処に踊る数多の幻想、紫水晶と紅水晶が散る玉砂利を歩み、神代の女神に会釈し、荘厳な神楽舞とそれに合わせる紅雀達の愛嬌に噴き出して、これなら神様は退屈するどころか御利益を増やしてくれるかもと二人で笑い合い、参道へ踏み出して。
 幻想の光を燈す石灯籠の合間に音も無く駆ける幻想の白鹿、麗しきその姿を追い越し追い越され、朝風に棚引く五色の絹に誘われるようゼレフが振り仰げば、
「あ――あそこ、僕等が直したところだよ」
 彼の声と指先に誘われた景臣の双眸が瞠られた。
「これが、僕達の生み出した幻想……?」
 真新しい丹塗りの朱もそのまま鮮やかに甦った鳥居、その頂で優美に反る笠木に、美しい虹に輝きを孕ませたような幻想の彩雲がかかる。花の如く柔らかに零れる光も幻想で。
 振り返れば二人で歩み来た足跡が残っていた、そんな心地で擽ったく笑い合う。
 今年もよろしくと相棒に伝え合ったなら。
 ――新たなる、はじまりへ。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月16日
難度:易しい
参加:36人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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