●デッドエンド
「ケルベロスの大攻勢に備え、我らは準備万端に戦力を整えていた。にも関わらず、先の戦で起きたのは小競り合いのみ。……どうやら、ケルベロス共は我らの事をかなり恐れているようだ! しかし、戦いを避けたケルベロス共はきっと後悔するだろう! 我らにこれ程まで多く、戦力を残してしまった事を!」
白百合騎士団を鼓舞するべく、第四王女レリは声を張り上げた。威風堂々と。高らかに。
先日の戦争――『リザレクト・ジェネシス』に参戦した第四王女レリとその配下達は、戦力を温存しつつ、生き延びる結果を得た。
だが、それは、勇猛なる戦いの結果ではなく――ただ、見捨てられたかのように、何の命令もなく捨て置かれたからゆえに他ならない。
レリの言葉は、嘘である。それを痛い程、『蒼陰のラーレ』は理解していた。恐らくは、他の兵達にも、それを理解しているものも居たかもしれない。
「そう、遂にお姉さまから我らに指令が下ったのだ! 砕け散った宝瓶宮グランドロンの探索――それがお姉さまからの指令だ。お姉さまはこの結末を見通していた! グランドロンの四散に備えるべく、我らをこの地に留めていたのだ! 流石、お姉さま。常に先の先を見ておられる……」
ああ、それも嘘なのだ。自らの配下を傷つけぬための――我々が置かれたこの状況を正当化するための嘘。ラーレは歯噛みする想いだった。だが、自分がその顔をゆがめれば、それはレリの言葉を公然と否定する事に――つまり、レリの想いを無駄にすることにつながる。だからラーレは堂々と、レリの訓示が正しいのであると、その姿勢で示していた。
(「ハール王女は……結局は、我々を使い捨てるつもりなのでしょうね。戦局が変わり、改めて我々に利用価値が生まれたから、使っているに過ぎない……」)
レリの言葉を、騎士達は黙って聞いていた。
(「レリ様は騙されている……いいえ、気づいていたとして、我々はもはや止まるわけにはいかない。ミュゲット、ヴィンデ……散って行った仲間達。あなた達の死を無駄には出来ないのだから」)
「我らの目的はあくまでもグランドロンの探索、ただ一つ! それを忘れるな。可能な限り、戦闘は避けよ!」
命令は下された。騎士達が、鬨の声をあげる。道は開かれた。今進むべき道が。たとえ、この行く末が、行き止まりなのだとしても――。
(「進むしかない……でも、この先何が待ち受けていて、何が敵になろうとも……私達は、レリ様だけは守り切って見せる……!」)
空虚な歓声は響きわたり、そして騎士達は探索の旅路への準備を始める。
●第四王女軍追撃
「集まってくれて感謝する。まずは、先日の『全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)』……『リザレクト・ジェネシス』の戦い、お疲れ様。我々は勝利を勝ち取ることが出来た。君達のおかげだ」
そう言って、アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は、集まったケルベロス達に向かって頭を下げた。
「さて、本題に入ろう。今回の作戦は、『リザレクト・ジェネシス追撃作戦』とでも言うべきものだ」
リザレクト・ジェネシスはケルベロス達の勝利に終わったが、多数のデウスエクスが戦場に残る結果にもなった。そこで、この残されたデウスエクス達を追撃し、息の根を止めるのが、今回の作戦となる。
「ボク達が狙うのは、えーと、『第四王女レリ軍の参謀、蒼陰のラーレ』……だね」
フレア・ベルネット(ヴァルキュリアの刀剣士・en0248)が、資料を確認しつつ、声をあげる。アーサーは頷くと、
「レリ王女達だが、どうやらハール王女から新たな指示を受けたらしいな。その目的は、飛び散ったグランドロンの探索のようだ。レリ王女達が探索に出発しようとしている隙をついて、一気に強襲。レリ王女以下、有力敵を討ち取るのが、大まかな流れだな」
とは言え、相手をするのは『蒼陰のラーレ』だけではない。配下となる一般兵達も多く存在しているため、ラーレに接近するためには、かく乱や陽動など、しっかりとした作戦が必要になるだろう。
「レリ王女は、可能な限り戦闘を避けるように命令している……っていうことは、一般兵を相手にする時間が長すぎて、ラーレに接近できないと、ラーレはグランドロンを探すために戦場を離脱しちゃう……のかな?」
フレアの言葉に、
「そういう事だ。それから、これは『そういう可能性もある』という話だが、第四王女レリが襲撃を受けた場合、ラーレはレリを援護するために、そちらの戦場へ向かうかもしれない。なんにせよ、速やかにラーレに接近し、しっかり足止めを行う必要があるな」
アーサーがヒゲを撫でつつ、答えた。
「リザレクト・ジェネシスの総仕上げ、と言った所だな。勝利をより完全なものとするためにも、皆の力を貸してほしい。君達の無事と、作戦の成功を、祈っている」
アーサーの言葉に、
「おっけー。頑張ろうね、皆!」
フレアは頷き、ケルベロス達へと笑いかけるのだった。
参加者 | |
---|---|
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032) |
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557) |
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887) |
霧島・絶奈(暗き獣・e04612) |
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166) |
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423) |
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558) |
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412) |
●意図せぬ衝突
レインボーブリッジへと到着したケルベロス達は、白百合騎士団と対峙していた。
目的は、戦闘ではない。対話である。
可能な限りの無抵抗の態度で臨んだケルベロス達であったが、不意に響く剣戟が、そのムードを一変させた。
「……交渉が決裂した……!?」
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)が驚愕の表情を見せた。眼前に迫る白百合騎士団兵士達の表情も剣呑な物へと変わっていき、明確な敵意へと彩られていく。
「いえ……仲間からの合図はありません。恐らく、交渉はスタートしていないか、あるいは継続中であるか、だと思います」
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)が答える。セレナの言う通りだろう。交渉失敗を告げる合図は、もたらされてはいない。
「そうですね。と、なれば――交渉のテーブルにつく前に、まずは力を見せろ、という事なのでしょう。あくまで我々は敵同士であり、今回の目的は『対等なる立場での交渉』なのですから」
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)が微笑を浮かべつつ、言った。今回のケルベロス達による対話は、敗残者による命乞いや亡命の嘆願ではない、言ってしまえば軍事同盟の締結のような物である。よって、レリ王女側からすれば、ケルベロス達は有用な戦力であるという事が必須の条件であるのだ。いずれ平和的な関係性を構築できると仮定しても、今は敵味方の関係であり、信頼の条件の一つに、力を示さなければならないのも、或いは仕方がない事なのかもしれない。
「まぁ……こう言った方が分かりやすいのは事実です」
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)が武器を構える。こうなっては、無抵抗の意を示す必要もないだろう。
「仕方ありません……今は、傷つけあわなければならないのだとしても……!」
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)は刀を抜き放ち、静かに構えた。その表情には、些か沈痛な物が見て取れた。戦いなど起こらず、話し合いで終わらせられれば――それが最良であったのに、結局、ある程度の衝突は避けられない……。
「……信じましょう。この戦いの彼方に、よい結末があるのだという事を」
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)は澄んだ声で、そう言った。祈りにも近い、想いの込められた言葉。
「――じゃあ、予定通りに行くっすよ」
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)が静かに声をあげる。途端、突如出現した巨大な銀色のシャベルが地に突き刺さり、空間が『歪んだ』。巻き込まれた兵士が歪みの中へと取り込まれ、炎に焙られる。
突然の攻撃に兵士達が浮足立つ中へ、浮遊砲台から放たれた無数の砲撃が撃ち込まれる。爆発と閃光。兵士達の驚愕の声がこだまする。
詰まる所、ケルベロス達による奇襲である。敵の数は決して少なくはなく、かつ部隊の指揮官――『蒼陰のラーレ』を抑えなければならない以上、何らかの方法で兵士たちを足止めし、主力部隊がラーレへと接近するしかない。
ラーレを抑えられなければ、レリへの援護へと向かうか、戦場を離脱してしまうだろう。レリとの交渉が成功するのならばそれを放置していても問題はないのだが、交渉決裂の上で戦闘状態となってしまった場合、ラーレの動きは邪魔となる。レリと合流されて戦力が増強されてしまうのはもちろん、戦場を離脱され、グランドロンの探索を行われてしまうのもよろしくはない。最悪の場合を想定するならば、その備えを怠る事は出来ないのだ。
サポートチームによる攻撃が続く。巨大な角を持つ、鹿のエネルギー体が、その全身を以て兵士たちを吹き飛ばす。甲高い鹿の雄たけびが、聞く者の身をすくませる一方で、激しいギターの音色と『白銀の旗手』の歌が、『世界を織り成す生命の歌』が、戦場に高らかと響く。
「こっちは大丈夫です、行ってください!」
サポートチームの七海が声をあげつつ、手近に居た兵士の顎へ、思いっきりアッパーを食らわせた。
「なるべく、命を奪うような事は避けてください!」
レオナルドの言葉に、
「大丈夫、分かっているよ」
穏やかに異紡が頷き、放つ光が、仲間の存在を強調するように、温かく輝いた。
ケルベロス達の奇襲により、兵士達の隊列に穴が生まれた。その間隙を縫って、ラーレへと接近する――道は開かれた。
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)はコインを高く、高く弾いた。宙に舞うコインは泰孝の手の甲へと吸い込まれ、泰孝はその結果を見て、ニヤリと笑った。
「好調だ。さぁて、行くか。オレ達にドロップはない。勝たせてもらうぜ」
その言葉を合図に、ケルベロス達は戦場を駆け抜けた。
●breakthrough
「……攻撃!? レリ様は……!?」
突如開かれた戦端に、ラーレは歯噛みする思いで呟いた。グランドロン探索、その出発の隙をつかれた格好だ。すぐさまレリの下に戻るには、距離が離れている。
さらに言えば、レリから下された命令もあった。グランドロン探索の優先――命令と、レリの安全。二つの間で板挟みとなったラーレは、しばし逡巡する。
「私の部隊への攻撃も行われている……おそらく、敵が狙うのは私達の各個撃破。ならば、戦力を集中させることで相手の作戦を挫けるはず……!」
合理的な判断――本人はそう思っているのだが、そこにレリの安全確保という、些かウェットな事情が絡んでいる故の結論である事に、ラーレは気づいてはいなかった。
「各員、この場で敵を足止めしなさい! 足の速い者は私と共にレリ様の下へ参じます! 命に代えてもレリ様を守りなさい!」
ラーレの檄に、兵士達の了解の声が上がる。だが、兵士達の間隙を縫い、八つの影がラーレの下へと駆けるのであった。
「――見つけました!」
レオナルドが声をあげる。その瞳にラーレをとらえ。
「ケルベロス……!?」
ラーレは驚愕に目を見開きながら、手にした杖を振るった。瞬間、炎がさく裂し、ケルベロス達を飲み込む。だが、その炎を切り裂いて、ケルベロス達は戦場へと降り立った。
「白百合騎士団、蒼陰のラーレさん……ですね?」
と、鞠緒。ウイングキャット『ヴェクサシオン』は、主を守るように足下に立ち、ぱたぱたとその翼をはばたかせる。
「――いかにも、その通りです」
ラーレは静かに答えると、しかし再び杖を構えた。
「あなた達の狙いはわかっています。時間稼ぎ――この問答も、そうなのでしょう?」
ラーレの言葉に、鞠緒は静かに頷くと、
「その答えは『はい』であり、『いいえ』です。レリ王女にわたし達の仲間が話し合いの席を用意しております」
「説得――いいえ、丸め込むつもりですか」
「誰かを利用して自分だけ利益を得るような、そんな情けない真似を、私達はしない」
エステルが睨みつつ言うのへ、ラーレは苦虫を噛み潰したような顔をした。自分達を利用するだけ利用している誰かの事を思い出したのだろう。
「レリ王女殿が他の王子を押さえ、覇権をとるためにも、話合いは決して無駄にはならない。参謀であるあなたなら、ご理解いただけるかと思います」
レオナルドの言葉に、
「でしょうね。あなた達が、戦力として期待できるなら、ですが」
値踏みするように、ラーレが言う。
「誤った主を忠言にて諫めるのも忠臣の役目ではありませんか?」
絶奈の言葉に、絶奈のテレビウムがふむふむと頷いて相槌を見せる。ラーレは眉根をひそめた。
「過ち……?」
「気づいておられるのでしょう? 踏み出す一歩、その道が悪意で舗装されていることに。主が真に願う通りの事を成す、その為には武力で押し通る以外の道もある筈」
「その路を示すのがあなた達だとでも?」
ラーレの言葉に、
「我々は絶対に正しい……などと傲慢な事は言いません。ですが少なくとも、我々はあなた達を利用しようという気はありませんよ」
「俺達だって別に、見境なく戦い続けたいわけじゃないんです」
と、佐久弥。
「あなたも、レリ王女の事を深く思っているはず。そして、その幸せも……ならば、勇気を以て王女に想いを伝える事も必要ではありませんか」
鞠緒が続け、
「レリ王女がとても姉妹思い、そして部下思いの方だというのは私達にも分かります。ですけど、無理をして嘘を付いているのならば……それは貴女やレリ王女にとっても、真の幸せにはならないと思うんです」
イリスが言った。
「部下の命を軽んじないレリ王女は、主君として、命を懸けて忠誠を誓うに値するでしょう。私も騎士として、彼女の性質は好ましく思います……もしかしたら、手を取り合えるのではと思う程に」
と、セレナ。
「軍門に下れ、というわけではありません。ただ、可能性が少しでもあるのならば――話し合うチャンスをいただきたい。私達の今の願いは、それだけなのです。そしてラーレ殿。本当に彼女を想うのならば、彼女が間違った時は間違いを正す。それが真の忠誠と言えるのではないですか? そしてそれが出来るのはラーレ殿、あなた達だけです」
「……っ。私にレリ様を……惑わせろと言うのですか」
「……違う。全然違うぜ」
泰孝は、少しの怒気を含んだ声で、そう言った。その怒りは、ラーレの忠誠が、破滅へと向かう事への怒りであった。
「大将の様子が変なのに、命賭けるのかよ? 変な方向に走ってるのに、テメェの命賭けるのかよ? それで皆で苦しんで……何の意味があるってんだ!」
泰孝は叫んだ。
「大将を守るなら、ぶん殴ってでもよぉ……大将の進む道、まともな方向に向けるのに命賭けるのが、仲間だろうが! 破滅が分かってる方向に仲間走らせてるんじゃねぇよ!」
「――黙りなさい!」
ラーレは叫んだ。頭を振る。ケルベロス達の言葉は理解できる。できるのだろう。だが、それでもどうしようもない袋小路に居たのが、レリ達だ。
「口だけなら何とでも言えます。あなた達の言う絵空事、それが真実であるというのなら――その路、示してみなさい!」
ラーレは戦闘態勢をとる。交渉は決裂――いやこれ以上は、戦い、ケルベロス達の力を示すしか――現状を打破できるという証明を示すしか、無いのだろう。
より良き未来を示すため――ケルベロス達の挑戦が始まった。
閃光と衝撃、刃が飛び交う。
ケルベロス達とラーレ、両者の攻撃は、どちらも決め手には欠けていた。ケルベロス達の目的は足止めであり、トドメをささないことが重要であったし、ラーレはその心を激しくかき乱されていたからだ。とは言え、そのグラビティの威力は驚異的ではある。
「みんな頑張ってるんだ……ここで俺が泣き言言ってたら、合わせる顔がないんですよ!」
ラーレの放つ衝撃波の一撃を、佐久弥はその身を挺して受け止め仲間を庇う。全てを守り抜く。仲間も、未来も。勝ち取るまで、前線に立ち続ける。その意思を以て。
「心静かに――今は、斬る!」
レオナルドが手にした刃を振るう。居合い抜きから放たれる刃は、その速度故に視認できない。斬撃はラーレの魔法障壁を切り裂いて、その肌に赤い筋を描く。
「光よ、かの敵を束縛する鎖と為れ!」
間髪入れず、イリスが斬り込んだ。光を纏う刃の一閃。ラーレは慌てて杖でそれを受け止めるが、光は鎖へと変化し、ラーレの足へと絡みつく。
「足止めを……!?」
舌打ちしつつ、ラーレは杖を振るい、イリスを振り払った。
「これは、あなたの歌。懐い、覚えよ……」
鞠緒が静かに、ラーレの胸へと手を差し出す。すると、手の中に一冊の本が生み出された。それは、対象の『生きる意味』、その根源を記すとされる書物。鞠緒の『レチタティーヴォ「淵源の書」』により生み出されたそれを開けば、鞠緒の口から、静かな旋律がこぼれだした。
「これは……? 暖かい……でも……っ!」
旋律を聞いたラーレが、苦し気に顔をゆがめた。そのメロディに、何かを思い起こさせるものがあったのだろうか?
「落ちて行け。夜の中に」
隙をついて、エステルが肉薄する。ラーレの首を掴むや、同時に跳躍。円錐のような軌道を描き上昇したエステルは、頂点に達した所でラーレを投げ、地へと叩きつけた。
「さて、ここが分水嶺ですね。私達にとっても、彼女にとっても」
絶奈は魔術切開による緊急治療を、佐久弥に施す。治療を受けた佐久弥は頭を下げて礼を言うと、
「正念場、ですね」
そう言って、ラーレへと向かって駆けだした。『鉄塊剣“餓者髑髏”』に地獄の炎を乗せ、ラーレへと斬りかかる。
「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
『星月夜』を携え、セレナが放つ奥義が、ラーレを捉える。全身に魔力を巡らせ、強化された身体能力から放たれる斬撃は、三日月の如き軌跡を描き、ラーレの張った魔力障壁を破壊。その衝撃をラーレへと叩きつける。
「ったく……ちったぁ頭ひやせ!」
言葉とともに放たれたクイック・ドロウの一撃が、ラーレの杖を狙い撃ち、その手を強く痺れさせた。
顔をしかめたラーレが、杖を強く握り直し、ケルベロス達へと対峙した時――。
『――!』
声が響いた。それは、ケルベロス達の使う割り込みヴォイスもかくや、とばかりに、戦場へと響き渡った。
それは、第四王女レリによる、停戦命令だった。
「レリ様……停戦を……?」
その声を、ラーレは呆然とした様子で。
しかし、すぐにどこか、憑き物が落ちたような顔で、静かに頷いた。
「そう。お試しになるのですね……行く道を……」
ラーレは静かに、そういうと、
「各員、戦闘を停止なさい!」
今度は、ラーレが命令する番だった。
「そちらも、戦闘を停止してくださいますね?」
ラーレの問いに、
「ええ。すぐにでも」
佐久弥は頷く。サポートチームのケルベロス達も状況を把握し、両者はその矛を収めた。だが、ラーレはその杖を再度構え、ケルベロス達へと向き直る。
「――おっと、どういうつもりだ?」
尋ねる泰孝に、ラーレは微笑んだ。
「私をこれ以上の恥知らずにしないでください。レリ様がまだ戦っておられるのに、私が先に立ち去るわけにはいかないでしょう? 申し訳ありませんが、もう少し、付き合ってもらいます」
その表情は、ある種の清々しさすら感じさせた。敵意も殺意もない。
「――なるほど。レリ王女は『めんどくさい』と聞きましたが、配下の方たちも相当なようですね」
絶奈が肩をすくめる。
「ええ。そんな人たちに話を持ち掛けたのは、あなた達です。最後まで付き合う義務と言う物がありましょう?」
「う、ううん……そう、なんでしょうか?」
レオナルドが首をかしげる。
「分かりました」
セレナは苦笑しつつ、星月夜を構えた。
「我が名はセレナ・アデュラリア!」
凛とした声で、高らかに名乗りをあげる。
「では、私も……」
こほん、と咳ばらいを一つ、イリスもまた刃を抜き放ち、
「銀天剣、イリス・フルーリア」
静かに名乗りを上げた。
「白百合騎士団、蒼陰のラーレ。いざ、尋常に――」
●Over the Rainbow
ケルベロス達とラーレの最後の戦いは、決着のつかぬまま時間切れとなった。
「別に、私は本気ではありませんでしたし。これは言っておきますが、我々は負けたわけではありませんからね」
とはラーレの言い訳である。戦局自体は、ケルベロス達の優勢であったから、待ったがかからなければケルベロス達の勝利だっただろう。
レリが離脱するのを待ってから、ラーレも離脱を始めた。別れ際に、ラーレは静かに頭を下げた。
「……まったく、本当に面倒くさい奴だったな」
泰孝が苦笑しつつ、言った。視線の先には、小笠原諸島方面へと立ち去る、白百合騎士団の姿がある。騎士たちのルートには、人が住んでいる場所などはない。トラブルなどもなく、騎士達は撤退できるだろう。
エステルは、騎士たちの背中を複雑そうな表情で見送る。そのまま静かに目を閉じて、思考にふけった。
「なんとか、上手く行ったみたいですね」
レオナルドが、胸をなでおろした。ケルベロス達の目的は、ひとまずの対話であったのだから、結果は上々と言えるだろう。作戦に臨んだケルベロス達の不断の努力、それが実を結んだことは間違いなかった。
「彼女たちも、短くとも幸せな一生に、価値を見出してくれればよいのですが……」
鞠緒の言葉に、ヴェクサシオンは相槌を打つように、一鳴き、鳴いた。ひとまず対話の場は持たれたが、地球への帰属を選択したわけではない。今後の対話如何によっては、再び敵対する事もあるかもしれない。
「でも……そうなったら、素敵です」
イリスの言葉に、
「そうですね。肩を並べ、共に笑い合える……そんな未来が来るのなら、きっと素晴らしいです」
セレナが答えた。
「しかし――虹の橋を越えて行く騎士達、というと、少し寓話的なエピソードっすね。虹の彼方には何がある……って感じっす」
佐久弥がそう言うのへ、
「もちろん、より良き未来、でしょう?」
絶奈は肩をすくめて、そう答えるのであった。
作者:洗井落雲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年1月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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