●輪廻の死神
しん、と。
祈りの間を沈黙が満たす。
ネレイデスパレス。先の戦いで突如その姿を現した、石造の神殿。
その最奥、冷ややかなる伽藍の堂。
祭壇ひとつの至聖所に、額づくは翼の少女。
壮麗なる黄金の翼を今は身に沿わせ、絢爛たる金色の瞳を瞼に隠し。
泉下の神たる鳥乙女、オーピス・ネレイデスはただ祈り続ける。
ああ、そのいと尊き姿。
三大の加護が失われようとも、燦爛と輝く翼よ。
しん、と。
祈りの間を沈黙と、そして蜜のように濃密な気配が満たす。
立ち込めるは死の香り。
それは、周囲に控える異形から発せられるものではなく。
ひとり、何かを伝えんとするかのように祈り続ける少女。
オーピス・ネレイデス――輪廻の死神から漏れ出たものだった。
●ヘリオライダー
リザレクト・ジェネシス。
ダモクレス、エインヘリアル、ドラゴンと死神――複数の陣営の思惑が絡み合った大戦争は、ケルベロスの勝利という結果に終わった。
「決戦の直後で、お疲れのところ申し訳ありません。けれど、多くのデウスエクスを捕捉できているうちに、どうしても動かなければならないんです」
勝利の喜びもほどほどにアリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)が切り出したのは、戦場から逃げ延びた多くのデウスエクスの追討作戦だ。
特に、今回は単独ではなく集団で離脱したデウスエクスが多い。放置すれば身を隠し、いずれまた何かを企むのは明白だ。なるほど、大戦後に残された宿題と言うに相応しい大仕事である。
「皆さんに向かって頂きたいのは、千葉県館山湾。死神集団ネレイデスの本拠地です」
死神の残存戦力は、この地に現出した巨大神殿ネレイデスパレスに集結している。それらを敗残兵と侮る事は出来ない。先の戦いに参加した指揮官格の半数は、未だ健在なのだから。
「皆さんには、パレス最奥に居ると思われるネレイデスの首魁、オーピス・ネレイデスを狙って頂きます」
甘美な成果と裏腹の危険。
作戦を伝達するアリスの声にはいつも以上の硬さが残っている。おそらくは最強クラスの死神を、少人数で討ち取るという作戦。時と場合がもし違えば、それは一顧だにされなかったかもしれない博打にも等しい。
それでも。
「失敗したとはいえ、十二創神をサルベージできたかもしれない集団を取り逃がせば、またどんな危機が生まれるかもしれませんから」
リスクを呑み込んで実行するだけの意味が、そこにはあった。
そして、ケルベロスは、どこかの誰かを傷つけないために命を張って戦える存在だ。
そう知っていて――彼らの眼差しに宿った意志の光を頼りに、彼女は説明を続ける。
「皆さんを含めて二班程度なら、他のチームがオーピス以外の死神と戦っている間に、戦闘を避けてパレスに潜入できそうです」
ネレイデスパレスは巨大だが、内部はそこまで複雑ではない。敵をやり過ごして進めば、やがてオーピスの待つ祈りの間に到達できるだろう。
とはいえ、オーピスは多数の護衛を侍らせており、正面から二班で突入しても到底勝ち目があるとは思えない。
「そこで、もう片方の潜入班がいったんオーピスと戦闘に入り、護衛を引き離すことになりました。皆さんには、その後でオーピスと戦い、陽動の皆さんが耐えている間にオーピスを討っていただきたいのです」
アリスの予知によれば、オーピスは最奥にある祈りの間から離れようとせず、逃げた侵入者の掃討を護衛に命じるようだ。護衛だけをうまく釣り出して隔離出来れば、多少はあるだろう増援を引き付ける陽動にもなる。
無論、その難易度は高く、危険も大きい。一つの集団の首魁と対峙し暗殺すること、多数の強力な護衛を相手取って耐え忍ぶこと。どちらを選んでも、文字通り命懸けだ。
「絶対に、帰ってきてください。オーピスを討ってください。そして、もし」
もし、ネレイデスの次の作戦について何かを掴む事が出来たら。
仮に撤退を余儀なくされ、ネレイデスを追跡できなくなろうとも、新たな被害を最小限に抑える事が出来るかもしれない。そう告げたアリスは、不安を表情の下に押し込めて。
「皆さんなら、大丈夫だと信じていますから」
よろしくお願いします、と一礼し、彼女はケルベロス達をヘリオンへと誘うのだった。
参加者 | |
---|---|
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121) |
目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011) |
天矢・恵(武装花屋・e01330) |
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795) |
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129) |
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788) |
雪城・バニラ(氷絶華・e33425) |
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949) |
●
オーピスを炎の吐息が包んだのは、二つの集団が音を立てて遠ざかるのを見送った彼女が祭壇へと向き直った、まさにその瞬間であった。
「……出でよ、竜種の記憶。そして爆ぜるがいい、我らの敵よ」
紅い紋章、真っすぐに伸べた掌、かたち為す竜のまぼろし。なれどその吐息だけは、ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)の意を受けて祈りの間を炎獄へと変える。
「――新手か」
「応ともよ。漸く出番というわけだ」
ちらり、床に散った血痕へと視線を投げる。僚友達が傷と引き換えに与えた一撃。それを癒す間すら与えず、振り向いた鳥乙女へと迫るオニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)。ぎらぎらと光る紅玉の瞳が、心の臓に突き刺さる殺気を放つ。
だが、今それよりも強く燃え滾るのは、小脇に抱えた竜槌の砲門から迸るエネルギーだ。
「不足はあるまい。吾こそが汝を狩る猟犬よ!」
轟、と放つ砲がオーピスへと殺到する。直撃。死神を護る力場がかろうじて勢いを殺すものの、その衝撃がもたらす痛みに彼女は表情を歪めて。
「なるほど、確かに不足はない。ならば――存分に楽しもうではないか!」
見開かれる黄金の瞳。大きく振るわれる翼の腕。そして、円を描くように出現した何本もの光剣が、ケルベロスへと降り注ぐ。
そのいくつかは目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)が放ったドローンによって狙いを逸らされていた。もっとも、その代償としてドローン自体は破壊されている。
「くっ、しもべ達が……だが!」
ドローンを振り切り、ディディエを狙う剣。その前に、真は身を晒した。貫く刃。けれど、にぃ、と彼女は笑ってみせて。
「皆を護る――そう、決めたんだ」
「なら、お前を支えるのが俺の役割だ」
呼応するは朱の色。髪と同色の制服に身を包む天矢・恵(武装花屋・e01330)が、全身をうっすらと輝かせ、光の粒子を解き放った。
オウガメタルの精髄と言うべきそれは、いまや盟友たるケルベロスの痛みを取り除き、意識を研ぎ澄まさせる。
「あいつらも完璧に役目を果たした。これで役割を果たせなきゃ、ちと格好悪ぃ」
オーピスを討つ八人を送り出すため、多くのケルベロスが力を貸した。
護衛を釣り出したチームだけではない。四体の幹部を仕留めるべく戦う仲間もまた、敢えて目立ち、また体を張って彼らを通したのだ。
恵の表情が緩む事はない。ただ、強い意志がそこに宿っている。
「足技よりは剣術と魔術が本分でね――邪魔してるぜ、死神サン」
天井からの蹴り降ろしで急襲をかけた鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)が、ふわり、とその姿をぶれさせた。
刹那、音もなくオーピスの背後に滲み出た影が、その背に刃を振るう。
紛れもなき死角からの刃。確かな手応え。
「――オヤスミ、その祈りは認めない」
「速い! いや、半ばは魔術か」
身を捩って刃を払ったオーピスの背には、早くもべっとりと流れる血。剣と魔術の両方で速さを削ぐ雅貴の狙いを看破し、彼女は内心舌打ちする。
「ならば!」
叫ぶ死神の翼が、急速に光を帯びていく。眩い程の黄金の輝きが視界を染め――そして爆ぜた。
「させない……!」
翼より無数に放たれる光線が、比較的距離を取って戦う射手達を襲う。だが、立ち塞がる雪城・バニラ(氷絶華・e33425)の背後にそれが届くことはない。無論、彼女も無傷ではいられないが――。
「誰一人として欠ける事なく、生きて帰るの。だから、これくらいで負けられないわね」
雪の様に繊細な姿と、落ち着いた口調。戦場にそぐわぬその雰囲気とは裏腹の、両手に構えた槌と矛。
光の矢を受け止め切った氷華の騎士は、お返しとばかりに槌に彫られた竜口をオーピスへと向ける。
ずん、と響く音。
炎。
吹き荒れる爆風の中、床から伸びる光が煙を斬り裂いて紋様を為す。
それは、ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)の描いた守護星座。世界を灼くかの様な光の中、射手達を包む結界。
「ええ、ええ、いずれにせよ――私達は勝つのでしょう?」
琥珀に染まった視界の向こうに、強大なる死神を捉え。
人を食った様な物言いで、バニラの決意をダリルは軽やかに肯定した。
「では、死神如きを畏れる訳には参りません」
「よく言った」
そして、結界の中から飛び出す深緋。
いや、それは四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)の瞳。滾る様に鮮やかなる闘気の結晶。自らを鬼と成した、哀れなる少女の精髄。
「お前達死神には、死の安寧すら生温い――」
彼女の小さな手が握りしめるのは、身長ほどもある日本刀。魂を啜らんと欲する妖刀もまた、使い手と同じ緋色の闘気を纏って。
昂りのままに虚空を薙いだ。無論彼女は知っている。千鬼の奥義は空間すらも斬り裂くと。
赤い斬撃は刀を離れて疾り、そして。
「――滅して償え!」
オーピスの翼へと食らいつき、赤く染まった羽を散らした。
●
「ははははっ、聖王女よご照覧あれ! 三大権能が失われようとも、ここが私の舞台だ!」
輝ける剣が、貫く光矢が戦場を乱舞する。
ケルベロス達の猛攻はオーピスを少なからず傷つけていた。だが、それはこの死神の弱体化を意味しない。むしろ、バニラが早くも昏倒寸前まで追い込まれる一幕すらあったのだ。
(「ザルバルクにカラミティ、それにレクイエムだっけか」)
オーピスの口走った三大権能という言葉に記憶を呼び起こす雅貴。それが失われた、というのはせめてもの朗報ではあるが。
「次は何を利用して、何を企てる気――だかなっ!」
靴に備えた鋭い爪で、石の床を大きく抉った。反動でカタパルトの様に飛び出した雅貴、その摩擦で炎に包まれた脚が、死神の頭を強かに撃つ。
「……強い敵であればこそなお燃える性質でな」
低く呟いて、ディディエは真っすぐオーピスへと駆ける。術士ではあるが、彼は近接戦闘を厭わない。その手には、長い棒が一本。
「……舞台なれば相方も必要だろう。お相手つかまつる」
「歓迎しよう。わたくしについて来れるのならば!」
ぶん、と打ち込んだ。それを受け止める、オーピスがただ一本操る実剣。しかし、棒は突如ヌンチャクの様に踊り、剣を避けて強かに敵を打ち据える。
「……資格は、示したつもりだ」
違いない、と獰猛に唇を歪めるオーピス。
「何、企みだの資格だのと、理屈は要らぬ」
ディディエと組み合い動きを止めた翼の乙女に、痩身の少女が牙を剥く。オニキスの得物は槌とチェーンソー、なれどこの時彼女はそれらを手放して。
「要は、吾らが汝を捻じ伏せればよい。それだけの事だ――さあ、汝も染まれ」
傲慢なる発露、荒々しき敵意とは裏腹に、す、と青白き炎を伸べ指をさす。放たれるは彼女自身の血を源とした呪詛。
ああ。竜よ。未だ雪げぬこの血の呪いよ。
「祟れ、捕喰竜呪!」
「魂の一辺まで喰らい尽くす――」
次いで疾るは千里。鮮やかなる衣を翻し、たん、と跳んだ。技術の粋を集めた靴に助けられ、一足の内にオーピスの懐へと転がり込む。
「輪廻など許さない!」
居合の如き蹴りが、死神の胴を薙いだ。咄嗟に後方へと飛んで勢いを殺したオーピスだが、明らかにケルベロス達の攻勢は『効いている』。
「やるかやられるか。ワカリヤスイね」
そう笑みを浮かべてみせる真。耐え抜く役目を負った彼女は、そう振る舞わなければならないと知っていた。
此れなるは鎧装騎兵。盾役など、見栄を張ってなんぼの商売だ。
「白き光よ、此の身を包みて癒したまえ!」
自らに光を纏う。幻の様に消えていく傷。未だ健在なるボクスドラゴンの翔之助がバニラのカバーに向かうのを横目に、彼女は二対の翼を広げ、強敵へと向き直る。
「征くぞ諸君――勇気を奮え」
煩い程に噛み合って廻る歯車。
共に戦う金属生命がかき鳴らすのは、凱歌か、それとも警鐘か。そんな疑問を、どちらであってもやる事は変わらない、とダリルは脳裏から追い払った。
位置取りの妙か、未だ一度たりとも被弾していない身。一番高い売りつけ方を考える。陣やドローンによる援護が悉く潰されている以上は、死角から殴りつけるのが賢明か。
「なら――光を以て、白く咲き誇れ」
ああ、それは光の翼持つ死神への弔辞。ふわりと過ぎる白百合の芳香。輝ける羽根、その金色を糧として、汚れ無き花弁は生を謳歌する。
純白に染まれ、と黒衣は告げた。それが呪いにも等しいと知って――。
「……ここで立ち止まる訳にはいかないのよ」
はぁ、はぁと肩で息をするバニラ。可憐な少女の姿はそこにはなく、ただ血と汗に塗れた戦士の姿が在った。
オーピスの剣は斬り結ぶ前衛だけでなく、距離を取る者達にも向けられている。その悉くに割って入らんとした彼女の体力は、もはや限界に近い。
それでも。
思い出す。自分がケルベロスとして此処にいる理由を。
苦しむ人々を助ける為に。立ち上がる。何度でも。何度でも。
「柄じゃないのは、判っているわ……」
じわりと。
そんな彼女を中心として、冷たい風が吹く。いや、凍える程の冷気を感じさせる、彼女の闘気。疲労も苦痛も、全て無表情の下に呑み込んでみせる覚悟。
「よくも立ち上がるものだ。姉妹達が敗れたのも無理はないか」
凍てついた空間の中、オーピスの翼もまた氷に覆われていく。だが彼女は動じない。その全ての痛みを意志の力だけで殺し、大きく翼を広げた。
ぐん、と浮かび上がる、ただ一本の実体剣。
「だが、これは受け切れまい!」
「受けてみせるわ。必ず、皆で生きて帰るんだから!」
敢えてバニラを――彼女だけを狙った剣。真っすぐに飛来するそれを彼女は雪の矛槍で受け止め、しかし受け切れずに吹き飛ばされて。
壁に叩きつけられ、ずる、と崩れ落ちる。動かない少女。
(「間に合わなかったか……!」)
一手遅れた事を知り、恵は拳を握りしめる。食い込んだ爪に滲む赤。だが、もはや彼女に対して打つ手は無いと、彼は気づいていた。
取り戻せない時間を嘆くような贅沢は、今の彼には許されていないという事も。
だから。
「舞い踊ろうか――尽きるまで」
絢爛と舞う、死地の薔薇よりなお紅い炎。小指に刻む約束が齎した大鳳。広げた翼より広がる紅蓮が、再生の活力を未だ立ち続ける護り手へと注ぐ。
「俺達が、お前の輪廻を断ってみせる」
「……輪廻を断つか。成程」
く、とディディエは喉を鳴らした。それは蒼薔薇の少女に向ける笑みともまた違う、彼にしては珍しい仕草ではあったが――そんな彼とて、愉快を知らぬわけではない。
「……我らが魂を、とくと見よ」
諳んじるは神代の物語。紡ぐ音は喰らいつく牙。ああ、現し世へと至れ妖精王よ――典雅なる韻律と裏腹の暴力的な魔力が、ディディエの周囲を乱舞して。
「――汝の軌跡を、此処へ」
最後の一節が閉じると同時に、敵を引き裂かんと殺到した。
●
「良い報せを掴んで、皆揃って帰ってみせる」
血を吐く様に、自分に言い聞かせる様に、雅貴はそう呟いた。持ち味の緩さは今や影を潜め、その眼光はひたすらに鋭い。
既に、翔之助がその姿を消し、ディディエも乱舞する剣の渦に沈んでいた。悪い事に、そうして倒れていった者達をも、死神の攻撃は容赦なく蹂躙するのだ。
限界であった。それでも。
「譲りやしない。命も勝利も」
ばちり、と。
雅貴の靴、その先端より突き出た鋭い爪に青い火花が散った。次いで、彼の全身を這う稲光。腰までもある長い髪が、ふわり、浮き上がる。
「この星は、人の――生者のもんだ」
雷の霊気を纏いし脚が、撃ち抜く様にオーピスを捉えた。閃光。弾き飛ばされる二人。そして、反撃とばかりにまき散らされた光線が、雅貴を床に縫い付ける。
「帰るまでが依頼ですから」
気を付けましょうね、と。
飄々とした振る舞いを崩さないダリルが棍を振るう度、輝ける剣が粒子へと還っていく。そしてそれら光の粒は、彼が翻す黒いコートの裾に呑み込まれて消えていった。
「無傷という気はありませんでしたが……」
予想以上に苦しい戦況。その内心は口程には軽くはない。
「覚悟の決め時、でしょうかね」
身の内に滾る衝動を、意志の力で押し込める。そうだ。敵も大きく傷ついていた。激情に身を任せては、チャンスを取り逃してしまうだけだ。
だからまずは。光剣を掃った勢いそのままに、ぐん、と棍を叩き付ける。
そして、胆を括ったケルベロスがもう一人。
「幾度でもオレを癒せ、銀光よ!」
真が胸に当てた手が眩く輝く。全身を包む銀光。溶けていく刀傷。
既に、死神に食らいつく盾役は彼女一人。相性がいいのか、バニラを屠った実体剣の斬撃をも耐え抜いた真だが、やはり疲労の色は濃い。
それでも。
(「……やれるか」)
ダリルやオニキスが、負傷者を入り口に動かしているのが見えた。撤退、という言葉が現実味を帯びて圧し掛かってくる。
その時には。その時には、自分が――。
やがて。
ついに真が倒れ、誰かが退くぞと言った。
だが、ただ一つの入口には白き翼の影。
「簡単に逃がすと思ったか?」
満身創痍なれども凛として、オーピスは彼らの退路を塞ぐ。
「多くの姉妹達が散った。今更無様は晒せんよ、ケルベロス!」」
「良いぞ! くく、滾るではないか!」
爛々と瞳を輝かせるオニキス。全身を朱に染め、鬼神童子は竜鱗のチェーンソーを唸らせる。ぐん、と踏み込んだ。一閃。得物に染み付いた血と魂の呪詛が、刃を追って紫の尾を流す。
「汝が狙うは聖王女の蘇生か」
チェーンソーが、死神の左翼を半ばまで裂く。にぃ、と笑みを浮かべた。その腹には、オーピスの実体剣が突き刺さっていて。
「……それとも聖王女の遺産とでも呼ぶべきだったか」
「いや、仮に聖王女をサルベージした所で、所詮は動く死体だ」
倒れるオニキスと入れ替わる様に千里が迫る。その手には斬鬼の妖刀。乱れ飛ぶ光の剣をするりと抜けて、死神とは最早指呼の距離。
「違うな。その程度、依り代さえ置けばどうにでもなる」
斬りかかる千里をいなしながら、オーピスはふ、と唇を曲げた。
「そして、オラトリオの全てが定命化している今、聖王女が蘇れば――それは、デウスエクス・オラトリオ最後の一人だ」
「それが、どうした!」
激発した少女に、オーピスは告げる。聖王女の力を十全に発揮する方法があるでは無いか、と。
「そういうことかよ。それだけの事が出来れば、死神が滅びる事はねぇ」
描くは文様。生み出すは竜の幻影。癒し手たる恵もまた、今は攻め手に加わっている。のそり、と現れたドラゴンが、意思なく大きな口を開いて。
「……レプリゼンタ、とはな」
「――! ならば、聖王女の依り代は、お前では無く……!」
哄笑するオーピスを呑み込む炎。そして、炎すら恐れずその中を駆け抜けた千里の刃が、遂に死神へと届き。
「言っただろう。死の安寧すら生温い、と」
緋色の剣閃となって、輪廻の輪を断ち斬った。
作者:弓月可染 |
重傷:ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121) 目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011) 鳥羽・雅貴(ノラ・e01795) 雪城・バニラ(氷絶華・e33425) 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2019年1月11日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|