リザレクト・ジェネシス追撃戦~陰、陽光を差す

作者:秋月きり

「お兄さま、お姉さま……」
 いつの頃からだろう。兄弟姉妹の仲がすれ違う様になってしまったのは。
 それは彼女にとって望ましい事ではなかった。
 だから。
「レリ。貴方にお願いがあるの」
「お姉さま……」
 第二王女ハールの『お願い』に、一も二もなく承諾してしまった。姉が必要としている! その喜びだけで胸が一杯だった。
 だが、今、ハールの声は届かない。否、届けられない。
 それは地球の暦で12月23日の頃。幾多のデウスエクスが入り混じる戦場で、しかし、何故かハールからは一切の指示がなく、沈黙を保ったままだった。
 焦燥を押し殺し、来る筈の敵に備える。敵対するケルベロス達を倒す。それこそが姉の望みだと信じていた。だが、その時は遂に訪れず――。
 『宝瓶宮グランドロン』の四散と共に、リザレクト・ジェネシスと呼ばれた戦いは終わりを告げたのだ。

「お姉さま……」
 離脱を叫ぶ部下を制し、レリはそれでも姉の言葉を待つ。ケルベロス達に敗走を余儀なくされた姉が、更には自身が勝手な離脱を行ったと知れば、どれ程心を痛めるか。そんな裏切りがレリに出来る筈もなかった。
「レリ……」
 待ち望んだ声が彼女に届いたのは、戦争の終結から一両日の期間が経過していた。

「ケルベロスの大攻勢に備え、我らは準備万端に戦力を整えていた。にも関わらず、先の戦で起きたのは小競り合いのみ。……どうやら、ケルベロス共は我らの事をかなり恐れているようだ!」
 白百合騎士団を鼓舞する為、レリの演説が響く。ハールの伝言そのままの演説は、部下達にどう届くだろうか。
「しかし、戦いを避けたケルベロス共はきっと後悔するだろう! 我らにこれ程まで多く、戦力を残してしまった事を!」
 事実と異なれど、強く唱えれば皆にとっての真実になる。今はそれが必要な時期だ。
 そしてレリは告げる。自身らが遂げるべき次なる目的を。
「そう、遂にお姉さまから我らに指令が下ったのだ! 砕け散った宝瓶宮グランドロンの探索――それがお姉さまからの指令だ。お姉さまはこの結末を見通していた! グランドロンの四散に備えるべく、我らをこの地に留めていたのだ! 流石、お姉さま。常に先の先を見ておられる……」
 だからこそ、有事の時、ハールはレリに指令を下さなかった。筋は通っている。
 ただ。
(「では、お姉さまはグランドロンの中で何を――?」)
 不安の伝播を避けるべく、レリは疑問を飲み込む。
 『魔謀のミュゲット』、そして『従騎士・ヴィンデ』。数人の部下が尊い犠牲となっている。それを無下に出来るわけがない。
 蛇のように絡みつく暗い感情を振り払うかの如く右手を挙げ、使命を高らかに告げる。部下に、そして自身にすら言い聞かせる様に。
「我らの目的はあくまでもグランドロンの探索、ただ一つ! それを忘れるな。可能な限り、戦闘は避けよ!」

「みんな。リザレクト・ジェネシスお疲れ様。みんなのおかげで東京湾一帯がマキナクロスと化す事態を避ける事が出来たわ」
 労いを告げるリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声は明るい。
「で、その上でなんだけど、多数のデウスエクスが戦場に取り残されている話は聞いているかな?」
 戦争の終結と共に、戦場に残されたデウスエクス達の大半は撤退を行った。
 だが、何か理由があるのか、撤退を選択しなかったデウスエクス達もいたのだ。
 エインヘリアルの第四王女、レリ率いる白百合騎士団もその一員らしい。
「レリ王女が?!」
 グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の驚愕に、リーシャはええと頷く。
「そして、此度、皆の勝利を盤石なものにすべく、追撃戦を行う事が決定したの」
 消耗したデウスエクスを撃つ勝機は限られている。そして、戦争明けの今はその最たるものだ。
「ま、残念ながらレリ王女含む白百合騎士団はあまり消耗していないんだけどね」
 彼女達が布陣を敷いていたレインボーブリッジが戦場と化さなかった事は、ケルベロス達が知っての通りだ。
 とは言え、これが千載一遇のチャンスである事は疑う余地もない。
「ここで問題なのは、レリ王女達は軍隊で行動しているから、真正面から喧嘩を売るのは得策じゃないって事ね」
 ならばかく乱や陽動、或いは、奇襲・強襲を考える必要があるだろう。
「……武人としても高潔であり、何よりも特筆すべきはその強さ、と聞いております」
 上手く軍団からレリ王女だけを引き離したとしても、個としての強さは抜きん出ているようだ。一筋縄な相手ではないだろう。
「ただ、ねぇ」
 微妙に言い淀んだ後、「ええい」とリーシャは言葉を紡ぐ。
「人がいいって言うか、単純と言うか、レリ王女は『騙されやすそう』なのよね」
 これを利用すれば、会談と称しておびき寄せ、その席で暗殺、という手段も取れそうなのだ。
「それは……」
「是非とかやるやらないはともかく、そう言う手段もあるって覚えていて」
 言葉を失うグリゼルダに、リーシャは苦笑で告げる。
「戦う、戦わないに限らず、レリ王女の事を知るのは大切だと思う。騙……じゃなかった、交渉するにせよ、人となりを考え、どう言う風に接するか。そう言うところね」
 今までケルベロス達が接してきたレリ王女がどう言う人物だったか。それを踏まえて作戦を練って欲しいとの事だった。
「ともあれ、みんなでリザレクト・ジェネシスの勝利を、より完璧なものしようね!」
 その為に、どのような方法を選ぶのかは皆の自由。だからこそ、悔いのない方法を選んで欲しい。
 結果はともかく、自分たちで考え、選択する。それこそが大事だとリーシャは言う。
「それじゃ、いってらっしゃい」
 送り出す言葉は、いつもの通りだった。


参加者
烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
湊弐・響(真鍮の戦闘支援妖精・e37129)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)
霊ヶ峰・ソーニャ(コンセントレイト・e61788)

■リプレイ

●レリ王女は挫けない
「敵襲! 敵襲!」
(「やはり来たか」)
 駆け抜ける伝令の言葉を、レリは自分でも意外な程、冷静に受け止めていた。
 ケルベロスの到来。砕け散った宝瓶宮グランドロンの発見は、ハールや自身のみの悲願ではない事は承知していたが、ここまで動きが速いとは。
 何らかの手段で自身らの動きを悟ったか、或いは……。
(「ハールお姉様……」)
 今、ここにはいない第二王女を思い、レリは自身の呼吸を整える。部下に告げた通り、ケルベロスの襲撃は予期の範囲内だ。ならば、自身が下す命はただ一つ。
「皆。剣を取れ。一人二人ならば見逃し、戦闘を避ける道もあったが今はそれも潰えた。ケルベロス達を迎撃せよ!」
 可能な限り戦闘を避ける。その指針はやはり『可能な限り』だったな、と自嘲気味に笑う。
 伝令が告げたケルベロス達の総数は、おおよそ100名前後。一中隊に勝る人数を退けるには、戦う他、無かった。

「――っ」
 眼前で始まってしまった戦いに、烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)は大きく嘆息する。
「うー。始まってしまったですか」
 思いを吐露するヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)も同じ気持なのだろう。戦いの前に交渉のテーブルに着きたかった。その思いは変わらない。だが。
「始まってしまったもんは仕方ねーな」
 紳士然した口調から無頼な物へ。アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)が口調を転じた事で、切迫度合いは伝わってしまう。
 確かにヘリオライダーの予知では、レリ王女は可能な限り戦闘を避けるとなっていた。だが。
「この人数になってしまいましたから、ね」
 一中隊にも匹敵する人数の仲間達を見回したアリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)が形成した表情は微苦笑だった。彼らがそれだけ、レリ王女の動向を気にしていた事は嬉しいと捉えるべきか否か。
「みんな、優しいよね」
 悪い気はしないと相棒、ぶーちゃんと共に大弓・言葉(花冠に棘・e00431)が天真爛漫な微笑を浮かべる。
「私たちはそれに応えなければならない。そして、可能ならば、彼女を救いたいものだ」
 芝居がかった台詞はステラ・フラグメント(天の光・e44779)から。
「レリ王女と、接触、交渉の場を、用意する」
 霊ヶ峰・ソーニャ(コンセントレイト・e61788)がぽつりと紡いだ台詞が、今の彼らの目標だ。その為には――。
「白百合騎士団を突破し、レリ王女を補足する」
 それが最短ルートだと宣言する湊弐・響(真鍮の戦闘支援妖精・e37129)の声が響き渡る。

「皆さん、お願いします!」
 グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の先導の元、彼女と共に歩むケルベロス達からグラビティが飛ぶ。
 青髪の電脳魔術師は聖女の御霊を、小柄なドラゴニアンの少女は百を超える鶏を召喚する。
 地獄を刃に纏わせ、切り開く銀狼は炎纏う箱竜と共に。月魄の旋律を歌う黒天使は月光の刃を振るい。
「まずは、道ヲ、開きマス!」
「……です、ね」
 鋼鉄の貴婦人の声に、一対の刀を抱く影エルフの少年が是と頷く。
「怪我したらごめんね。……出来る限り、避けるから」
 敵味方とも被害を抑えたい。それはケルベロス達共通の望みだった。
 その為には一刻も早くレリ王女に到着する必要があり、それ故、取り巻きとなる白百合騎士団の露払いを、グリゼルダ含む8人のケルベロス達が買って出てくれた。
「その心意気を絶対、無駄にしないのです!」
 ヒマラヤンが送る声援は、彼らに届いただろうか。
 自身もまた、投擲された槍をもふもふとした九尾扇で叩き落としながら、戦場を駆け抜ける。
 紡がれる無数のグラビティは白百合騎士団を吹き飛ばし、白百合騎士団もそうさせまいと、槍衾を以てケルベロス達を押し返す。
 一進一退の攻防はしかし、じわりじわりとケルベロス達に軍配が上がっていく。
 そして。
(「――あと少しッ」)
 可能ならば血を流させたくない。流したくない。
 故にアリスは視線の先の存在へ呼び掛ける。サポートの皆のお陰で距離を詰める事が出来た。今ならば、声が届く筈!
「「レリ王女!!」」
 声は8人、否、この場に集った16人同時だった。
「何の用だ?! ケルベロス!!」
 抜刀そのまま、白き星霊甲冑に身を包んだエインヘリアル――レリは声に応じる。

●レリ王女は欺かない
(「届きましたッ」)
 華檻の安堵は如何程だっただろう。ようやく届いた。ようやくレリ王女の前に立てた。
 これは交渉の第一歩に過ぎない。だが、その一歩がなければ、それ以上の望みを叶える事は出来ないのだ。
 一瞬、黒色の瞳が妖艶な輝きを抱いたが、幸い、それを見咎める者はいなかった。
「貴方に伝えたい事があるの!」
「ふん。ここに来て交渉の真似事か」
 言葉の呼び掛けに、返答は不敵な笑み。それを肯定と捉え、ケルベロスは矢次に言葉を紡ごうとする。
 だが。
「――よもや、ハールお姉様を裏切れと、世迷い言を望む訳ではないだろうな?」
 最初の牽制はレリ王女からだった。
 しかし、それ以上の言葉は紡がれない。そして、彼女の振るう剣は、流れ弾を弾くのみに留まっている。つまり、これは。
(「全く聞く耳持たず、じゃなさそうだな」)
 アルシエルの抱く感想は、レリ王女の思いそのものだろう。レリ王女はケルベロス達との交渉を忌避していない。とは言え、虎の尾を踏む発言をしなければ、だろうが。
(「その意味では、先の宣言は、助かった」)
 レリ王女にしてみればちょっとした冗談のつもりだったのだろう。しかし、ケルベロス達にとっては彼女自身を図る指針にもなる。
(「私達の、切れるカードは、4つ。内、一つは潰れた、けど」)
 指折り数えたソーニャの視線は周囲へ。
 今はこの戦闘――交渉へ、邪魔者が現れないかを見張る事が彼女の使命だった。
 ソーニャの思案の通り、ケルベロス達がレリ王女への交渉に持参したカードは4つ。うち一つはハール王女が宝瓶宮グランドロンの内部で何を行っていたか、だった。
 だが、本来であれば、ケルベロス達は星霊甲冑オーディンの事を知る由もない。その名を裏付けるグラビティ――オーディンの槍、グングニルが行使された事は事実だが、言ってしまえばそれだけの話。情報源であるヘリオライダーの予知や予兆を開示せずにそれを告げた処で、信用に足る情報としてレリ王女を納得させる事は不可能だろう。
(「ハール王女がレリ王女に、星霊甲冑オーディンの事を秘匿しているのは間違いないだろうが」)
 おそらくそのカードは、両者の中に決定的な一撃を放つワイルドカードになるとステラは思う。だが、切り処を誤れば、ケルベロス達へ対する諸刃の剣へとなりかねない。
「私達はレリ王女。貴方達に、宝瓶宮グランドロンの探索の保留を望みます」
「ほぅ」
 響の提案にレリ王女は目を細める。二枚目のカード。その思いは上手く彼女に伝わるだろうか。
「ならば、我々がそれを飲む事で、どの様なメリットがあるかを聞かせて貰おうか」
「まず、一つは私達ケルベロス側もまた、次回の会談まで宝瓶宮グランドロンの探索を保留する事を約束しましょう。当然、貴方達の妨害も行わない。貴方達が約束を反故し、探索を再開しなければ、との但し書きがつきますが」
 一歩前に出たのは彼女と、そして葉・幽とルイーゼ・トマスの三者のみ。残りの13人はサーヴァント共々、周囲の警戒に当たっている。つまり、交渉は彼女らに託されたと見て間違いないだろう。
 レリ王女もまた、自身を取り巻く白百合騎士団を片手で制し、一歩、前に出る。
(「迂闊な事を言えば、一刀で斬り伏せられそうだけど」)
 その際は飛び出す覚悟を決め、言葉はぶーちゃん共々、身構える。ぶーちゃんはぶーちゃんで不満げな表情をしていたが、今はごめんと謝っておく。
「次の会談、ね」
(「それこそがケルベロス達の目的か」)
 言葉を反芻したレリ王女はククッと押し殺した笑みを浮かべる。よもや、ただ戦いを長引かせるだけの為に来た訳ではないだろう。
 顎で続きを促すレリ王女に、響は次のカードを切る。
「また、以降、対レプリゼンタ戦には協力を約束します。私達が貴方達――いえ、レリ王女、貴方と友好的、或いは同盟者であろうとするならば、攻性植物は共通の敵ではなくて?」
「それは確かに双方、メリットがある提案だな」
 ユグドラシルを舞台に、エインヘリアルは攻性植物と戦いを繰り広げており、対して地球側もまた、侵略者である攻性植物との戦いを余儀なくされている。
 更に言うならば、ケルベロスの牙は不死であるデウスエクスに死を刻む、定命者達の切り札だ。彼らがこれ迄に得てきた情報は元より、その特性を得る事が出来れば非常に大きなアドバンテージとなる。
「もっとも、貴様らが我々に牙を剥かぬ事が前提となるがな」
 一時の同盟は許容出来よう。だが、無期限な信頼は出来ない。
 レリ王女の言葉は至極当然で、だが、そこに強がりが見て取れる。
(「騙されやすい性格、でしたよね」)
 アリスは揺れる瞳でレリ王女を見つめる。無限の時間を生きる彼女は幾多、このような権謀術数に巻き込まれ、そして利用されていたのだろう。それでも尚、今の性格を継続していると言う事はすなわち。
(「根っからのお人好しなのでしょうね」)
 そんな性格、嫌いじゃないけれど、と華檻は再度嘆息。敵でなければ可愛がって上げたい……との思いは、偽らざる本心だ。
「そして、次の会談ですが」
 従って、響は残りのカードを切る事にした。
 それは彼女達にとっては不透明な切り札。逆鱗に触れるか、それともレリ王女の胸に突き刺さるか。それでも切らざる得ない。
 この札はレリ王女にとっておそらく、効果的なモノになる。そう信じての発言だった。
「会談の場にはザイフリート王子も出席して頂きます」
「ザイフリートお兄様が?!」
 まさしくそれは豹変だった。喜色、驚愕、怪訝、不安、困惑。一瞬で様々な表情を浮かべた彼女はしかし、コホンと空咳一つで将の表情を纏う。
「……裏切った、或いは虜囚の身だと聞いているが。そもそも、彼は生存しているのか?」
「それはお約束します」
 響の言葉に、レリ王女の視線は彼女からアルシエル、そしてソーニャを経由し、後ろに控えるグリゼルダに向けられる。
 成る程、と発せられたのは短い言葉。
「貴様らヴァルキュリアが言うならばそうなのであろう。特にあの小柄はザイフリートお兄様――いえ、ザイフリート王子の直属の部下だったと記憶している。ここで虚偽を告げる事は承諾せんだろうよ」
「その意味もありません」
 ザイフリート王子は存命であり、虜囚の辱めを受けている訳でもない。その言葉が意味する事に、レリ王女は眉を顰める。それを理解出来ない彼女ではあるまい。
「……兄は。ザイフリート王子は」
 レリ王女の言葉が淡々と紡がれたのは、そこに泡立つ気持ちを覚えたが為だろうか。一言一言が緩やかに、だが、しっかりとした言葉で紡がれるのは、将としての自覚故か。
 我慢強いな、と思う。彼女の心情を慮れば、嘆き、泣き喚いても不思議はない現実を告げていると言うのに。
「息災か?」
「……元気に楽しくやっていますよ」
「王子は、元気。賑やかに、やってる」
 アルシエルとソーニャの返答に、一言、「そうか」と頷き、押し黙る。
「それ以上の事は再会の暁に。……多分、王子も喜びます」
 それはヴァルキュリアとして嘘偽り無い響の本心だ。ザイフリート王子の人柄ならば、レリ王女とも再会を忌避したりしないだろう。
 これで切れなかった一枚を除き、3枚のカードを切った。後はレリ王女の出方次第だと、響はレリに視線を向ける。
 両者に流れる沈黙は、レリ王女の思案、或いは迷いなのだろうか。

●レリ王女は面倒臭い
「そうか。喜ばれるか……」
 静かに呟き、レリ王女は目を閉じる。
(「迷っている、ですよね」)
 ヒマラヤンの視線はレリ王女のみならず、その周囲にも。突如の強襲は無いにせよ、膠着状態となってしまった今、下手に身動きが取れなかった。
(「さて。レリ王女は如何に出るか」)
 迷っているのは自身の行き道を模索している証し、とステラは嘆息する。でなければ、今直ぐ手にした剣を振り下ろすだろう。
「レリ王女様ッ」
 緊張に耐え兼ねた為か。アリスの言葉が漏れると同時に。
「判った」
 レリ王女は自身の得物であるゾディアックソードを高く掲げ、声を張り上げる。
 それは割り込みヴォイス斯くやの勢いで、戦場へと広がっていった。
「ケルベロス達の進言は我らとの和平であった。次の会談、それまでの協力体制が彼らの望み。故によく聞け、我が白百合騎士団よ! 第四王女レリの名の下に、皆に命を下そう。戦場は各々の判断で離脱せよ! 和平を受け入れるも由。和平を受け入れぬと言う選択もまた、私は咎めない!」
「レリ王女――!」
 ケルベロス達の言葉に喜色が宿る。
 戦いの継続を命じないそれは、すなわち休せ――。
「さて。それでは剣を取れ、ケルベロス諸君。戦いを続けよう」
「……え?」
 ゾディアックソードを構えるレリ王女に、ケルベロス達は一様に言葉を漏らす。ずいぶん間の抜けた声だ、と言葉は目を見張ってしまう。
「何を……え? ど、どう言う事ですの?」
 華檻の戸惑いは本心からだった。今の宣言は仮初めとは言え、和平を飲むという事ではないのか?
「知れた事よ。貴様らの意図は分かった。会談の席にも着こう。ただし――それは、貴様らが王族と同じ席に着く資格があればの事だ!」
「――ッ?!」
 何処か楽しげなレリ王女の台詞に響は息を飲む。
「勘違いするな。私自身もまた和平を受け入れぬという選択を下す事が出来るのだ」
 確かに先程、彼女は和平を受け入れぬと言う選択肢も肯定すると言った。つまりそれは部下だけであらず、自身も含むと言う事だろう。それは判る。判るのだが。
「貴様らの提案は検討に値するが、貴様らが信じるに値するかどうかはまだ判らんのだからな」
(「この女、面倒臭ぇ!」)
 白銀の銃を構えるアルシエルは、うわっと表情を歪めた。むしろ、彼女の態度が鏡写しの様に判ってしまうだけ、何処かこそばゆい。
「大人しく退く、と言う選択肢はない、のね」
 ハンマーを構えるソーニャの嘆息は、嘆き半分、呆れ半分だった。
「まったく、それが貴方の美徳かも知れませんが」
 ガジェットを取り出すステラはふふりと笑い、サーヴァントのノッテは黒翼を拡げて主に従う。
「――絶対、会談の席に座るって言わせてやるですよ!」
 ヴィー・エフトと共に身構えるヒマラヤンの台詞に、レリ王女はふっと笑みを浮かべた。百戦錬磨の王女であっても、その膝を屈させてみせる。金色の瞳に浮かぶ炎に、エインヘリアルの王女は何を思うのだろうか。
「はい! 正々堂々勝負です!!」
 望まない戦いの筈なのに。
 アリスの声は嬉しそうに響いていた。

●レリ王女は疑わない
 そして日も陰りを見せた頃合い。
「――ザイフリート王子には母島で待つと伝えてくれ」
 もの凄くやりきった、と言う表情のレリ王女は伝言を残し、空へと飛び去っていく。それに従う配下の騎士団らを見送りながら、ケルベロス達は各々の武器を収めていった。
「流石に追い掛ける戦力は残されていませんわね……」
「体力も、だよ」
 身体に纏わり付く氷片を拭い落としながらの華檻の溜め息に、言葉が追随する。エインヘリアルが陣取る小笠原諸島第二の島、母島まで広がるのは言わずとしれた東京湾だ。見逃してもこれ以上の被害が出ようもない。それが、彼女達を手放しで見送る理由だった。
「場所を指定されるのは難ですが……」
「罠を仕掛ける様な人じゃないしね」
 今は次に繋ぐ事が出来た。それを喜ぶ事にする。
「……次は会談で」
 アリスの言葉に、ヒマラヤンが「ですよ」と苦笑いを浮かべる。彼女の表情は、レリ王女に匹敵するぐらい、充実感を醸す物であった。
「おそらく、正面から戦えば犠牲者は出ずとも暴走者くらいは必至だった」
「それを撥ね除け、会談の約束も取り付けた。勝利と言っても、いいと、思う」
 微笑するステラに、憮然と言葉を紡ぐのはソーニャだ。確かに成果だけ見れば、ケルベロス側の勝利と言える。それは判るのだが。
「……面倒臭いのは王族の証しなのかねぇ」
 ある意味、面倒臭かった第一王子やとことん面倒臭い趣向持ちだった第十一王子の顔を思い出し、アルシエルは表情を曇らせる。ああ、そう言えば今は亡き筈の第五王子も面倒臭い奴だっけか。多分、アレはずっと面倒臭そうだ。
「さて。私達も帰りましょう。やる事は沢山あります」
 己に、そして仲間に。言い聞かせるように紡ぐ響の独白は、夕焼けに染まる空に消えていく。
 見渡せばともに戦った別班や白百合騎士団の幹部を相手取った4班、そしてグリゼルダ達含む別働隊も帰り支度を始めている。それぞれが浮かべる笑顔が良き物であるのは、ケルベロス達に取って最良を掴む事が出来たからだろうか。
「……それに見合う成果はあった、でしょうか?」
 治癒に勤しんだ自身すらもボロボロにしたレリ王女の剣捌きを思い出し、浮かぶ表情は笑い――微苦笑であった。
 ああ、やっぱりあの王女。面倒臭い。
 それは何処か、柔らかい喜びにも似て――。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 3
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