リザレクト・ジェネシス追撃戦~黒の射手

作者:椎名遥


 一つの戦争は終わった。
 デウスエクスの大規模な侵攻はケルベロスの活躍に阻まれて、町には再び日常が訪れる。
 崩れた壁、穴の開いた道、町のいたるところに戦禍の痕は残ってはいるけれど。
 避難のために土地を離れていた者が、しばらくぶりに見る我が家に安堵の表情を浮かべる背後では、せわしなく行きかうトラックが運ぶ資材が道に空いた大穴を埋めてゆく。
 町に残された戦禍の痕は、師走の喧騒の中に飲み込まれて。
 そうして、デウスエクスの去った町で、人々は再び元の営みへと帰ってゆく。
 全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)の影響は決して小さくはないけれど、それでも人々は前を向く。
 多くのものを失いながらも、守り切ったより多くのものを胸に抱いて。

「……ふむ」
 町を見下ろす山の上、ひときわ高い木の上から、復興が進む街の様子を観察する人影があった。
「あの様子なら、ここまで人が来るのは……早くても二日、といったところか」
 黒い鎧に身を包んだその人影――エインヘリアル『魔弓騎士セリエ』は、手にした双眼鏡で町の人や車の動きを確認すると、静かに目を閉じる。
「英雄神ペルセウスもレイラトゥー団長も倒れ、グランドロンは散り、目的は果たせず、か……」
 呟くセリエの声に、苦いものが混じる。
 多くの仲間を失い、それと引き換えに得られたものは何もなく。
 戦争中は周囲にいた部下の姿も今は無く、この場にいるのは彼女一人。
 敗残兵と呼ばれれば、彼女自身も否定はできないだろう。
 だが、
「――まだだ」
 その言葉から、力は失われていない。
「ハール王女はまだ生きている」
 一時とはいえ、オーディンの力に手をかけた第二王女ハールはいまだ健在。
 そして、彼女が体勢を立て直せば、魔空回廊を通じた撤退支援を受けて帰還できる。
 故に……今なすべきは、耐えること。
 配下と別れ、戦力を分散させ、各地に身を潜めて。
 一人でも多く帰還できれば、それだけ次の作戦が有利に行える。
 一時の屈辱など、いくらでも受けよう。
 ――多くのものを失っても、守り切ったものは確かにあるのだから。

「ああ――王女も、私も、エインヘリアルも、まだ終わってはいない!」


「皆さん、リザレクト・ジェネシスの戦い、本当にお疲れさまでした」
 集まったケルベロスたちに深々とお辞儀をすると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は心からの笑顔で労いの言葉をかける。
 東京六芒星決戦、終末機巧大戦からつながり、ダモクレス、エインヘリアル、ドラゴン、死神の四勢力の思惑が絡み合った一大決戦は、ケルベロス達の勝利に終わった。
 東京湾のマキナクロス化、関東平野の水没は阻止され、エインヘリアル第二王女ハールも目的を果たすことなく撤退して。
「これでひとまずは安心……と、言うにはまだ早いようでして」
 そう言って、セリカは小さく息をつくと表情を改める。
「リザレクト・ジェネシスに参戦し、そのまま撤退した有力なデウスエクスが多数存在しています」
 第四王女レリを始めとするエインヘリアル、アースイーター・ブロークンや機工城アトラース等のダモクレス、ドラゴンや死神も複数名が討たれることなく終戦を迎えている。
「その全てを補足することはできませんでしたが、何体かは潜伏場所を予知することができました」
 戦争中は時間などの理由から後回しにせざるを得なかった相手だが、それらを放置しておけば新たな災厄を呼ぶことにもつながりかねない。
 だから、
「これより、リザレクト・ジェネシス追撃戦を行います」
 そうしてセリカは地図を取り出すと、ケルベロス達に作戦の説明を始める。
「皆さんにお願いするのは、エインヘリアル『魔弓騎士セリエ』の撃破です」
 第二王女ハール配下のエインヘリアル部隊フェーミナ騎士団の一員であり、戦争では富津岬の指揮を執っていた有力者でもある『魔弓騎士セリエ』。
「戦場を離れた彼女は、現在は東京湾付近から少し離れて、町の様子をうかがえる山の中に潜んでいます」
 そういって地図の一転を指さして……セリカは小さく表情を曇らせる。
「エインヘリアルの有力者である彼女を確実に倒すためには、より多くの戦力で挑みたいところなのですが……今以上の戦力で向かおうとすれば、確実に気付かれてしまいます」
 元シャドウエルフで弓の名手である彼女は、狙撃による暗殺や偵察などを得意としている。
 そのため、相手に先に気づかれてしまった場合は、味方に甚大な被害を出したうえで逃げられる可能性が非常に高くなるのだ。
「今の戦力であれば、彼女の警戒をすり抜けて接敵することができますので……そのまま、逃がすことなく倒してください」
 予知に従って進めば、セリエとは森の中で遭遇することになる。
 セリエの武器は、二つ名の由来にもなっている弓と、腰に下げたナイフ。
 突出した火力こそ無いが、周囲の木々を目くらましにして立ち回る彼女の攻撃を避けることは難しく、逆に反撃に捉えることも難しい。
 第二王女配下の騎士団で実力を認められているだけあって、セリエ自身の戦力は間違いなく高い。
 それでも、とセリカはケルベロスたちを見つめる。
「彼女を逃がせば、エインヘリアルの活動がより活発になるでしょう」
 実力があり、それ以上に偵察面の経験も積んでいる彼女が帰還すれば、エインヘリアルに取れる行動は大きく広がることになるだろう。
 だから、
「東京六芒星決戦から続いてきた、これまでの戦いの最終戦――皆さんの力で、勝利を勝ち取りましょう!」


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
ルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
アトリ・セトリ(エアリーレイダー・e21602)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)
九部・玲(鳥獣戯画・e50413)

■リプレイ


 森の中を、一組の集団が進む。
 皆が森林迷彩コートに身を包み、足音を殺し、息を潜めて。
 その集団の先頭で、アトリ・セトリ(エアリーレイダー・e21602)は皆を先導しながら森の奥へと進んでいく。
 隠密気流を纏って草の陰から木陰へ、カサとも音をたてぬ足取りで。
「――」
 ふと、アトリが足を止めると、す、と手を挙げる。
 事前に決めていた『止まれ』のハンドサインに応じて後ろに続く仲間たちも足を止めて。
(「鳴子、ですか」)
 指さす先に簡易型の鳴子を見つけて、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は表情を厳しくする。
 見えにくく隠された、草木を組み合わせて作った簡易型の鳴子。
 予知がなければ、気を抜いていれば、気づかれていた可能性は高い。
 その結果が、奇襲になるか逃走になるかはわからないが……。
(「……単独とは言え相手は精鋭、森の中のエルフだもんね。注意しすぎてし足りないって事は無いか」)
(「敗残兵といえど、油断はせずに参るでござるよ」)
 どちらにせよ油断できない相手だと、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)と玲は警戒心を深める。
 その後ろをついていきながら、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)はわずかに表情を曇らせる。
 相手は戦争の敗残兵。
 それを狩るのはかわいそうにも思えるけれど……。
 そこまで考えて、一度息をつくと岳は意識を引き締める。
 仕掛けられていたトラップは、相手の意思がいまだ健在なことの証。
 相手はまだ諦めていない。『次』のために動いている。
(「セリカさんの言う通りです。逃がしたら沢山の方々が苦しみ、命を失うことになるかもしれません」)
 ふと隣に視線を向ければ、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)と視線が合って。
(「魔弓騎士セリエ…話を聞く限りだと後々厄介になりそうだ…この機会で確実に倒そうぜ!」)
(「セリエさんを倒しましょう」)
 言葉を発さず、視線を交わして。
 緊張感を漂わせながら、言葉を発することなく彼らは進む。
 ――そうして進むことしばし。
(「そろそろ、セリカちゃんから聞いていた場所かな?」)
 先を進む仲間の踏んだ場所を注意深くなぞりながら、そっと息を吸って緊張感をほぐすルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)の視線の先で、アトリが足を止める。
 直後、
「ケルベロスだと!?」
 『敵発見』の合図をアトリがすると同時に、驚愕の声が上がる。
 その声の主は、黒い星霊甲冑に身を包んだ巨大な人影――エインヘリアル『魔弓騎士セリエ』。
 自身の警戒を潜り抜けてきたケルベロス達の姿に、セリエは動揺したような表情を浮かべ――そして、一瞬後には、表情を切り替えて弓を構える。
 だが、その一瞬があれば十分。
「いくでござる!」
「おう!」
 九部・玲(鳥獣戯画・e50413)の声に応えて散会したケルベロス達が、セリエの退路を断つように包囲陣形をくみ上げて。
 その陣の中で、人首・ツグミ(絶対正義・e37943)は得物を構えてセリエの正面に立つ。
「見つけましたよーぅ」


 接敵はできた。
 包囲して逃げ道もふさいだ。
 故に、ここからは――戦いの時間。
 ルアと泰地が放出するメタリックバーストの光の中に、玲が描く守護星座の星々が浮かび上がり、その輝きがケルベロス達を包んで加護を与え、
「いきます!」
 その中を突っ切って、岳が駆ける。
 手に握るのは小ぶりな槌『トポ』。
 振りかぶり、振り下ろし。繰り出されるのは大地を穿つ強烈な一撃。
 しかし、
「遅い!」
 その一撃が届くよりも早く、大きく跳躍したセリエを捉えることができず、岳の一撃はその先にある木々を打ち倒すだけにとどまり。
 続くアトリの轟竜砲も飛び上がった先の木の枝を蹴って回避され、反撃とばかりに矢の雨が降り注ぐ。
「くっ」
 降り注ぐ矢は呪縛を帯びて、受けた泰地や悠乃へと動きを鈍らせる呪いを流し込む。
「同族と言えど敵は敵……か」
 もとは同じエルフで、戦い方も素早さを活かした射撃型。
 自分と重なる部分がいくつもある――敵。
 撃ち込まれる矢を抜き放った銃『S=Tristia』で撃ち落とし、アトリは小さく呟く。
 直後、森の中に歌声が響き渡る。
 それは、リリーが歌い上げる希望の為に走り続ける者達の歌。
 紡がれ、共鳴する歌声が仲間たちを包み込み、傷を癒し、その身に刻まれた呪縛を浄化して。
 そうして、動きを取り戻した悠乃は御業を呼び出す。
 放つのは禁縄禁縛呪。
「捕まえます」
 悠乃の気迫を込めて空へと伸びた御業の腕は、回避しようとしたセリエの足を掴んで地上へと引き下ろし。
 着地し、一瞬動きが止まったセリエにツグミが撃ち込むホーミングアローが突き刺さる。
「……ちっ」
「アンタも大概だけどアタシ達だって歴戦を潜り抜けた者よ」
 舌打ちしつつも、素早く立ち上がり身構えるセリエを、リリーは真正面から見据える。
 相手は意思も実力も強い。
 二撃撃ち込んだとは言えど、倒すにはまだ遠い。
 ――それでも、決して届かない相手ではない。
「ここで終わらせる……東京の借りを返すわよ、英雄崩れ!」


 森の中を影が走る。
 地を蹴り、木々を足場に空を駆け。
 エインヘリアルとしては小柄ながら、三メートル近い巨体が嘘のように、セリエは森の中を縦横に駆け巡る。
 だが、それを追うケルベロス達も、決して劣りはしない。
「自分から逃げられるとお思いですかーぁ?」
「さて……な!」
 枝を渡って樹上を走り、追いかけながらツグミの放つ気咬弾。
 それをセリエは振り返りざまの矢で相殺し、続く二の矢、三の矢がツグミに突き刺さり。
 さらに追撃をかけようとナイフを引き抜くも、横合いから飛び込むアトリのスターゲイザーが動きを阻む。
 その一撃はナイフで受けられ、避けられるものの――そのまま別の木の幹を足場に、アトリは追撃を続ける。
(「どこまででも、食らいつくよ!」)
 自分と同じく、俊敏な動きを得意としている格上の相手。
 だからこそ、手を止めるわけにはいかない。
 幾度となく繰り出されるアトリの銃撃と蹴撃がセリエをかすめ、叩き落そうと弓を構えるセリエにルアがストラグルヴァインの蔦を叩きつける。
「ちっ!」
 とっさに頭上の枝を掴み、体を引き上げることでその連携を回避するセリエ。
 だが、それもまた狙いの内。
 連携に意識を奪われ、無理な回避で速度も落ちた。
 ならば、
「捕まえました!」
「通せんぼです!」
 作り出された好機を逃すことなく、悠乃のグラインドファイアと岳のスターゲイザーがセリエを捉えて打ち落とす。
 足場の不安定な樹上ではその衝撃から体勢を立て直すことができず、
「とりあえずじっとしてろ!」
 体勢を崩しながら着地したセリエに、泰地の『足止め蹴り』が突き刺さる。
 彼女の曲芸じみた動きを支える足に打ち込まれた、動きを鈍らせる強烈な蹴り。
「まだだ!」
 衝撃にセリエの表情が歪むも――直後、跳ね起きざまに放つ矢がリリーへと突き刺さる。
 振り返る泰地の視線の先で、リリーの視線が不安定に揺らぐ。
「幻惑の矢か!」
 セリエ自身に呪縛を解く手段がなくても、持っている相手に催眠をかければ回復はできる。
 そして、刻まれた呪縛を解いて元の動きを取り戻したなら、戦況は大きくセリエへと傾くだろう。
 そうでなくとも、癒し手の動きが鈍れば、それだけで優位になる。
「そうはさせないでござるよ」
 ――だからこそ、油断はしない。
 一瞬視線は揺らいだものの――玲が放った癒しの拳の拳圧が、リリーが動くよりも早く彼女の傷と呪縛を吹き飛ばし。
 解放されたリリーが、頭を振りながらもツグミの傷を癒して戦線を立て直す。
「後ろは任せて、絶対に抜かせない!」
「……ち、対応が早い」
 舌打ちするセリエに、左右から泰地と悠乃が踏み込み得物を振るう。
 両手の手甲から泰地の繰り出すジグザグスラッシュと、黒曜石のナイフから悠乃が繰り出すジグザグスラッシュ。
 それぞれの形で繰り出すジグザグスラッシュとセリエのナイフがぶつかり合い、火花を散らし。
 そのまま幾度か打ち合い、押し返す動きに合わせて二人が飛びのいた直後、
「動きを止めるでござる!」
 追撃として放たれた矢を切り払いながら玲が放つ怒號雷撃と、アトリのクイックドロウが撃ち込まれる。
 激しい雷と銃弾の連撃に、セリエの動きが一瞬止まり、
「失礼します!」
 下がる泰地の肩を借りて大きく跳躍した岳が、回転落下攻撃を叩きこむ。
 頭上からの一撃を受け止めてセリエはたたらを踏むも、続く足を狙うルアの蹴りは後ろに飛んで回避を――しようとした瞬間。
「ヘッズ・アップ!」
「なに!?」
 至近距離から衝撃波――グラビティを乗せたルアの声を受けて、大きく体制を崩す。
 後ろに飛ぼうとした瞬間に、体勢を崩すことで生じた大きな隙。
 それを逃すことなく、
「位置はそのまま、追い込んで!」
「いきますよーぅ!」
 リリーの声に応じて、踏み込んだツグミがアイスエイジインパクト打ち込んでセリエを後ろへと吹き飛ばす。
 そこは、岳が戦闘しながら樹木を巻き込んで倒すことで作っていた、簡易的な広場。
「もう、逃がしませんよーぅ」


 開けた場所に追い込まれ、逃げ道を封じるように包囲するのは歴戦のケルベロス。
 周囲を見回し、セリカはわずかに歯噛みすると、
「逃げ場は無しか――いいだろう」
 覚悟を決めたように、正面に立つルアをにらんで弓を引き絞る。
「フェーミナ騎士団の実力、見せてやろう!」
「やってみな!」
 放たれる矢を手に纏わせたオウガメタルで弾きつつ、ルアは全力で踏み込んで。
 それに一歩遅れて、泰地が続く。
 タイミングをわずかにずらして打ち込まれる連携攻撃。
 胴を狙うルアの絶空斬を弓の背で受け流し、至近距離から反撃の矢を放とうとするセリエの足を、泰地の絶空斬が切り裂いて。
 撃ち込まれる空の霊力に、セリエに刻まれた呪縛が増幅される。
「せめて一人は!」
 倍加した呪縛に身を縛られながらも、セリエは続けざまに矢を放つ。
 リリーを狙い、撃ち放たれる無数の矢。
 その前に、墨絵で書かれた獣たちが立ちふさがる。
「いざいざご賢覧あれ! 我が渾身の一筆にて描き上げるは黒塗りの獣たち!!」
 それは、玲が筆と墨で巻物へ描いた獣たちを実体化させる、画獣天生の術。
 無数の矢は無数の獣に突き刺さり、受け止められ、共に実態を失って消滅する。
 その寸前、消滅する獣たちを飛び越えて、岳が『トポ』を地面に打ち付ける。
「『想い』の力、受け取って下さい!」
 瞬間、打ち付けた得物は透明な青の輝きを放つ。
 それはジルコンの持つやすらぎの光。
 大地を砕きながらも、やすらぎを与える光の奔流が周囲を満たしていき――。
 光が収まった後には、その場で膝をつくセリエの姿。
「ぐ――まだ、まだだ!」
「残念、少なくとも貴女はここで終了ですねーぇ」
 なおも立ち上がろうとするセリエの前で、ツグミは手を広げて宣誓する。
「自分は貴方を救いません。願いもしないし祈らない。ええ、ええ。神の手など払いのけましょう。それが貴方の結末ですよーぅ♪」
 懲罰執行技術『毒麦と見做せば』。
 相手に悪の種子を見出し、その抹消を全くの正義と成す自己暗示術。
 そうして手の中に生み出した大鎌を降りぬけば、一撃を受けてセリエは大きく後ろへと吹き飛ぶ。
 ――ツグミの予想よりもずっと大きく。
「おやー?」
 その手ごたえの軽さに、目を瞬かせて――気付く。
 セリエの狙いは、あくまで、逃げること。
 覚悟を決めた表情も、正面戦闘も、全部そのための演技だったのだろう。
 だけど、
「――でも、同じことですねーぇ」
 と、笑みを浮かべる視線の先で、
「そうすると思っていました」
「な!?」
 吹き飛んだセリエを、翼を広げた悠乃が受け止める。
 同時に、ルアやリリーもフォローに入れる位置へと移動している。
 個々の力ではデウスエクスに及ばないケルベロス達にとって情報は生命線。
 情報があるからこそ皆はまとまれて、デウスエクスをも倒せる。
 だからこそ、偵察に特化した敵は逃がせない。
 戦いが始まってから今まで、常にセリエが逃げを打つことを想定して、誰かが逃げ道を塞ぎ続けてきた。
 このタイミングでなくても、このやり方でなかったとしても。セリエが逃げようとしたならば、必ず誰かが阻止していただろう。
「唸れ、氷鱗纏う気高き龍の魂……冥き刃に載せて命脈の刻を絶つ」
「開く傷口、重なる痛み、あなたから、癒しの時を奪います」
 アトリの手の中で氷鱗の首飾りが氷のオーラを纏い、影の刃となってセリエの胴を深々と切り裂き、凍り付かせ。
 その傷を、悠乃が癒しの力を反転させることでより深く、より広域へと切り開く。
 そうして、全身を凍り付かせ、砕け散ったセリエへと悠乃は胸の奥で言葉を贈る。
(「この殺意が貴女の価値に対する私達の評価です」)

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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