リザレクト・ジェネシス追撃戦~翳りなき戦い

作者:土師三良

●王女のビジョン
「お兄さま、お姉さま……」
 いつの頃からだろう。兄弟姉妹の仲がすれ違うようになってしまったのは。
 それは彼女にとって望ましいことではなかった。
 だから。
「レリ。貴方にお願いがあるの」
「お姉さま……」
 第二王女ハールの『お願い』に、一も二もなく承諾してしまった。姉が必要としている! その喜びだけで胸が一杯だった。
 だが、今、ハールの声は届かない。否、届けられない。
 それは地球の暦で12月23日の頃。幾多のデウスエクスが入り混じる戦場で、しかし、なぜかハールからは一切の指示がなく、沈黙を保ったままだった。
 焦燥を押し殺し、来るはずの敵に備える。敵対するケルベロスたちを倒す。それこそが姉の望みだと信じていた。だが、その時は遂に訪れず。
『宝瓶宮グランドロン』の四散とともにリザレクト・ジェネシスと呼ばれた戦いは終わりを告げたのだ。

「お姉さま……」
 離脱を叫ぶ部下を制し、レリはそれでも姉の言葉を待つ。ケルベロスたちに敗走を余儀なくされた姉が、更には自身が勝手な離脱をおこなったと知れば、どれほど心を痛めるか。そんな裏切りがレリに出来るはずもなかった。
「レリ……」
 待ち望んだ声が彼女に届いたのは、戦争の終結から一両日が過ぎた頃だった。

「ケルベロスの大攻勢に備え、我らは準備万端に戦力を整えていた。にもかかわらず、先の戦で起きたのは小競り合いのみ……どうやら、ケルベロスどもは我らのことをかなり恐れているようだ!」
 白百合騎士団を鼓舞するため、レリの演説が響く。ハールの伝言そのままの演説は部下たちにどう届くだろうか。
「しかし、戦いを避けたケルベロスどもはきっと後悔するだろう! 我らにこれほどまで多く、戦力を残してしまったことを!」
 事実と異なれど、強く唱えれば皆にとっての真実になる。今はそれが必要な時期だ。
 そして、レリは告げる。自身らが遂げるべき次なる目的を。
「そう、ついにお姉さまから我らに指令が下ったのだ! 砕け散った宝瓶宮グランドロンの探索――それがお姉さまからの指令だ。お姉さまはこの結末を見通していた! グランドロンの四散に備えるべく、我らをこの地に留めていたのだ! 流石、お姉さま。常に先の先を見ておられる……」
 だからこそ、有事の時、ハールはレリに指令を下さなかった。筋は通っている。
 ただ。
(「では、お姉さまはグランドロンの中で何を?」)
 不安の伝播を避けるべく、レリは疑問を飲み込む。
『魔謀のミュゲット』、そして『従騎士・ヴィンデ』。数人の部下が尊い犠牲となっている。それを無下にできるわけがない。
 蛇のように絡みつく暗い感情を振り払うかの如く右手を挙げ、使命を高らかに告げる。部下に、そして自身にすら言い聞かせる様に。
「我らの目的はあくまでもグランドロンの探索、ただ一つ! それを忘れるな。可能な限り、戦闘は避けよ!」

●音々子かく語りき
「エスカトロジー、ラグナロク、キュマトレーゲ、キューモドケー、それにペルセウス――並み居る強敵をぶっとばして、『リザレクト・ジェネシス』はケルベロス側の大、大、大勝利でーす! 皆さん、本当にお疲れさまでしたー!」
 ヘリポートに集められたケルベロスたちに労いの言葉をかけたのはヘリオライダーの根占・音々子だ。
「でも、まだいくつかの軍団があちこちに居座ってやがるんですよー。勝利を完璧なものにするためにそいつらもぶっとばしちゃってください。皆さんにぶっとばしていただきたいのは、レインボーブリッジを占拠している第四王女軍です」
 先の『リザレクト・ジェネシス』において激しい攻勢を受けなかったため、第四王女レリが率いる白百合騎士団はかなりの残存戦力を有している。『残存』という言葉を付ける必要もないほどに。
 その戦力を総動員して、レリは『宝瓶宮グランドロン』の探索をおこなおうとしているらしい。
「探索を命じたのは第二王女のハールです。『このような事態に備えて、お姉さまは私たちをレインボーブリッジに留めていた』とかなんとかレリは言ってますけど……そんなわきゃないですよねー! オネーサマにいいように利用されてるだけってのがまぁーだ判ってないんですよ、あのバカ王女は!」
 あるいは判っていない振りを必死に続けているだけか。
「まあ、なんにせよ、グランドロンを敵に回収させるわけにはいきません。探索行に出陣しようとしている白百合騎士団に奇襲を仕掛けてレリたちをやっつけてください。白百合騎士団には沸血のギアツィンス、絶影のラリグラス、蒼陰のラーレ、螺旋忍軍の紫の四片などの幹部がいますが、皆さんのチームの標的はレリただ一人です」
 もっとも、そのただ一人の標的を討つのは容易ではない。敵は軍勢として行動しているのだから。撹乱や陽動、あるいは奇襲や強襲の作戦をしっかりと練る必要がある。
「ハールの件からも判るようにレリは騙されやすいタイプですから、『会談などを仕込んで、その席で暗殺しちゃう』なんて作戦もいけるかもしれませんね。ちょっとダーティーですけど……」
 あるいはレリとなんらかの協定を結ぶことで解決を図ることもできるかもしれない。ただし、レリの打倒を目的とする場合と同様に(もしくはそれ以上に?)容易ではないだろうが。
「どのような方針で臨むにせよ、厳しい戦いになるでしょう。場合によっては、後味が悪いことになっちゃうかもしれません。でも――」
 重い使命を背負った戦士たちの前で音々子は声を張り上げた。
「――皆さんの力を貸してください! 敵地となった場所を完全に取り戻すために!」


参加者
青葉・幽(ロットアウト・e00321)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)
ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)
ライスリ・ワイバーン(墓作り・e61408)

■リプレイ

●暴風のごとく
 レインボーブリッジで二つの大きな波がぶつかった。
 ケルベロスたちと白百合騎士団。
 もっとも、前者にはぶつかる意思などなかったのだが。
「やめろ! どちらも、戦いしたくない、だろう!?」
 押し寄せてくる白百合騎士団に竜派ドラゴニアンのライスリ・ワイバーン(墓作り・e61408)が片言で訴えたが、耳を貸す者はいなかった。敵側からすれば、ケルベロスたちのほうが押し寄せているように見えているのかもしれない。それほどまでにケルベロスの数は多かった。
「こうなったら、仕方がないね」
 スウ・ティー(爆弾魔・e01099)が帽子の鍔に手をやり、目深に被り直した。
「力ずくで突破して、レリちゃんにエッケン賜るしかなさそうだ」
「そのようですね。できれば、この人たちとはいいお友達になりたかったのですが……」
 血気に逸る白百合騎士団の面々を見回しながら、馬の獣人型ウェアライダーであるエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)がバスタードソード『ヒルシュリングスインゼル』を抜いた。
「『いいお友達』になる目が消えたわけじゃないのだぜ!」
 仲間たちのために道を切り開くべく、タクティ・ハーロットが騎士たちと戦い始めた。
「俺たちに代わって、見届けてくれ。レリ王女がどのような決断を下すのか……」
 そう言いながら、フレデリ・アルフォンスがアルベルト・ディートリヒとともに戦いに加わった。
「でれきば、見届けるんじゃなくて見つけてきてよ。オレたちとレリ――その双方が満足できる落としどころってのを!」
 と、一際大きな声を出したのはサイファ・クロード。声だけではなく、動きも激しい。敵の注意を自分に引きつけようとしているのだ。
 彼らばかりでなく、玉榮・陣内、シア・ベクルクス、イグノート・ニーロ、レイニー・インシグニア、オリヴン・ベリル、アイリス・フォウン、天原・俊輝、シデル・ユーイング、小鳥遊・涼香、ピレレ・エルウェーも騎士たちに挑戦し、あるいは応戦した。
 その間にライスリを含む十六人のケルベロスが橋の中央に向かっていく。
「絶対、レリにこちらの言葉を届けてやるわ」
 走りながら、青葉・幽(ロットアウト・e00321)が誰にともなく言った。彼女はレリと戦ったことがあるが、もう敵意は抱いていない。それどころか、敬意にも似た想いを少しばかり寄せていた。
 だからこそ、レリに会わなくてはいけないのだ。
「そうだね!」
 フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)が元気よく頷いた。彼女もまたレリと戦ったことがある。
「こうしてボクたちのために戦ってくれてる皆のためにも!」
 その『戦ってくれてる皆』のうちの一人である阿賀野・櫻がフェルディスたちに釘を刺した。
「くれぐれも相手を怒らせないように。挑発だの侮辱だのはダメよ」
「挑発だなんて、とんでもない」
 と、足を止めずにヴァルキュリアのルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)が呟いた。
「私はレリに礼を言いたいくらいだ……いや、言うつもりでいる」
 その小さな声を耳にしたのは櫟・千梨。
「たぶん、相手は礼なんか受け入れないだろうけどな。でも、まあ――」
 ルイーゼたちを見送りながら、千梨はケルベロスチェインを展開し、騎士団と戦う仲間たちの防御力を上昇させた。
「――願わくば、一瞬でもいいから、心が通う良き時となりますように」

 そして、十六人はレリの前にたどり着いた。
「ようやく、お目通りがかなった……」
 塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)がボクスドラゴンのシロとともに深く息をついた。ここに来るまでの間に何度か騎士の攻撃を受けたものの、翔子も他の者たちも大きなダメージは受けていない。
「しかし、ここからがまた正念場でござるよ」
 ニホンザルの獣人型ウェアライダーの岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164)が『無量光大螺旋阿弥陀棍』と名付けた如意棒を地面に深く突き刺し、その場所から離れた。戦う意思がないことを示したのだ。
「なんのようだ!? ケルベロス!」
 大剣を手にして、レリが問いかける。
 それに応じて幽とルイーゼと灰色の髪をしたヴァルキュリアが前に出た。
 そして、レリに語りかけた。
 千梨が言うところの『良き時』を得るために。
 ケルベロスを代表して幽たちがレリに提示した提案事項は三つ。
 両陣営ともに宝瓶宮グランドロンの探索を保留すること。
 対レプリゼンタ戦において共闘すること。
 後日、改めて会談すること。ザイフリートを交えて。
「ザイフリートお兄様が!?」
 ザイフリートの名を聞いた瞬間、レリの顔に動揺の色が浮かんだ。いや、『動揺』という言葉で表せるほど単純な感情ではないかもしれない。
 空咳をして凛然たる態度を取り繕った後(お世辞にも上手く取り繕れているとは言えなかったが)、誇り高き第四王女はケルベロスたちに訊いた。
「兄は……ザイフリート王子は……息災か?」
「……元気に楽しくやっていますよ」
「王子は、元気。賑やかに、やってる」
 と、即答したのは距離を置いて交渉を見守っていたヴァルキュリアの少年と少女。
 そして、あの灰色の髪の少女が言った。
「それ以上のことは再会の暁に……たぶん、王子も喜びます」

●疾風のごとく
「そうか。喜ばれるか……」
 静かに呟いて、レリは目を閉じた。
 ほんの数瞬だけ。
 目を開くと同時に彼女は大剣を空に掲げ、大音声を轟かせた。
「ケルベロスたちの進言は我らとの和平であった。次の会談、それまでの協力体制が彼らの望み。故によく聞け、我が白百合騎士団よ! 第四王女レリの名の下に、皆に命を下そう。戦場は各々の判断で離脱せよ! 和平を受け入れるも由。和平を受け入れぬと言う選択もまた、私は咎めない!」
 それは割り込みヴォイスもかくやの勢いで戦場へと広がっていった。
 その残響を追うようにして、喜色を含んだ声が響く。灰色の髪の少女の声だ。
「レリ王女!」
 しかし、レリは――、
「勘違いするな。私自身もまた和平を受け入れぬという選択を下すことができるのだ」
 ――剣を振り下ろし、切っ先をケルベロスたちに突きつけた。
「貴様らの提案は検討に値するが、貴様らが信じるに値するかどうかはまだ判らんのだからな」
「じゃあ、オレたち、どうすれば、いい?」
 ライスリが例によって片言で問いかけると、レリは改めてケルベロスたちを見回した。
「剣を以て証明してみせよ! 王族と同じ席につく資格があることを!」
「ごめん。ちょっとなに言ってるか判らない……」
 と、呆れ顔を見せたのは翔子。
 その横で同じく呆れ顔をしながら、幽が確認した。
「つまり、アンタとガチで戦えってこと?」
「そうだ。その『がち』とやらを示さぬ限り、貴様らを受け入れることはできん」
 そう言うなり、レリは可憐な容姿に似合わぬ巨躯を半回転させて、剣で虚空を薙いだ。刀身から放たれたオーラが氷の刃に変わり、ケルベロスの前衛陣を斬り刻む。
「王族にして一軍を率いる将でもある私が、力も信念も矜持も持ち合わせていない輩の口車に乗ってしまったら、他の兄弟姉妹のみならず部下たちにまで嗤われるからな!」
(「……などと仰いながら、ハールの口車には乗せられていますよね。あるいは、ハールには力も信念も矜持もあると認めてらっしゃるのかしら?」)
 氷の刃に与えられたダメージに屈することなく、エニーケが心中でレリを揶揄した。声に出さないのは、まとまりかけた交渉を御破算にしないためだ。
 代わりに相手が望んでいるであろう言葉を声に出した。『ヒルシュリングスインゼル』を振るいながら。
「では、私たちの力と信念と矜持をお見せしましょう!」
 放たれたグラビティは、ドレインを有する『血を吸う剣(ブラッドソード)』。しかし、レリはサイドステップを踏み、それを躱した。
 その動きを真似るかのように横に飛んだのは風太郎。着地した先であの長い名を持つ如意棒を抜き、今度はレリの懐に飛び込んでいく。
「刃を交えねば、なにも納得できぬとは……いやはや、実にめんどくさい御仁でござるな」
 傍らに出現した最愛の女の残霊とともに風太郎はワイルドグラビティ『三千世界を貫く七色の無量光大螺旋(ニルヴァーナ・アミダ・スパイラル)』を繰り出した。如意棒が虹色に輝き、ドリルのようにレリの腹部を抉り抜く……と、見えたが、如意棒の餌食となったのは残像のみ。本体は素早く後退している。
「めんどくさい上に古くさいと来たもんだ」
 スウがバレットタイムを発動し、自らに破剣の力を付与した。
「喧嘩で相手の価値を量るなんて、まるで昭和の番長漫画じゃないか。平成ももう終わりだっていうのにさ。まあ、そういうノリは嫌いじゃないけどねぇ」
「そのノリにつき合わされるほうは――」
 フェルデスが跳躍した。スウと同様、彼女も破剣の力を得ている。翔子の祝福の矢を受けたのだ。
「――たまったもんじゃない!」
 叫びととともに放ったグラビティはスターゲイザー。スナイパーのポジション効果もあり、今回は命中した。
「それはそれとして、謝っておかなくてはいけないですよね」
 フェルデスはトンボを切って着地すると、口調を改めてレリに頭を下げた。
「この前は失礼なことを言って、申し訳ありませんでした!」
「この前?」
 訝しげな顔をするレリに対して、フェルデスは更に深く頭を下げた。
「ほら、ここで最初に戦った時です。私、とても失礼なことを言って王女を煽ろうとしたじゃないですか。本当に申し訳ありませんでした」
「ああ。そういえば、そんなこともあったな」
 東京六芒星決戦の折り、フェルディスはレリを『鎧を纏ったゴリラ』呼ばわりして挑発したのだ。あくまでもレリの注意を引きつけるためであり、本気で愚弄したわけではないが。
「あの時も言ったが、稚拙な挑発など私は気にしていない。『ゴリラ』なるもののことはよく知らんが……」
「知っていたら、そんなに余裕のある態度、取ってられないかもな」
 笑いを噛み殺しながら、ライスリがオウガ粒子の散布を始めた。
『黙ってろ』とばかりに彼の脇腹を肘で突くフェルディス。
「あのですね、ゴリラはものすごく強くて賢くて勇気があって、おまけに優しい生きも……」
「どうでもいい」
 ゴリラを持ち上げ始めたフェルディスをすげなく遮り、レリは戦いを再開すべく身構えた。
 同時にルイーゼも青硝子の万年筆を構えた。だが、攻撃のためではない。
「貴方だけでなく、今は亡きミュゲットのことを侮辱したケルベロスもいたと聞いた。それについても謝罪しておきたい。本当にすまなかった。それと――」
 万年筆が走り、幽の体にゴッドグラフィティの文様が描かれていく。
「――ギガマザークィーンを始末してくれたことに感謝する」
 ルイーゼが言いたかった『礼』とはこのことだったのだ。
 千梨が予期した通り、レリはそれを受け入れなかったが。
「感謝される覚えはない。貴様らのためにやったわけではないからな」
「ええ、そうでしょうとも」
 幽が会話に割り込んだ。その手に構えられたバスターライフルからフロストレーザーが迸る。
 だが、青白い光の直線は別の光に跳ね上げられて直角に折れ、中天に伸びて消えた。『別の光』の正体はレリの剣の閃き。斬撃で光線を相殺したのだ。
「さすがでござるな」
 と、思わず感嘆の声を漏らした風太郎にレリが迫った。
「貴様らが舌を巻いてどうする? 私に『さすが』と言わせてみろ! 王族と同じ席につく資格があることを証明してみせろ!」
 風太郎めがけて剣が振り下ろされ、鋼と鋼のぶつかる音が皆の耳朶を打った。前者の鋼は剣のそれだが、後者の鋼は風太郎が身に着けている物ではない。
 エニーケの甲冑『タイタニア』だ。
「証明してさしあげますわ」
 身を挺して風太郎を庇ったエニーケはすぐに自らの役割を盾から剣に変えた。
 いや、鎚に。
「舌も尻尾も巻きません!」
 ドラゴニックハンマーが唸りをあげて振り上げられた。

●熱風のごとく
「行くぞ!」
 ライスリが翼を広げて空に舞い上がり、レリめがけて急降下した。
「ゼロ距離の全力ファイヤー!」
 咆哮とともに炎のブレスを吐き出し、それによって生じた爆風を利用して飛び退るライスリ。
 だが、標的となったレリもまた瞬時に飛び退り、炎を躱していた。ライスリは見切られることを警戒せずに頑健性のグラビティを三度も繰り返しているので、レリならずとも回避できたかもしれない。
 とはいえ、彼女も無傷というわけではなかった。長時間にわたる激闘によって、ダメージと状態異常が累積している。
「並の敵なら、このまま一気に押し切る流れになるところなんだけどね」
 冷静な目でレリを見据えつつ、翔子が風太郎にウィッチオペレーションを施した。
 傷だらけになってなお、『並の敵』ならざるレリに倒れる気配はない。そもそも、疲労の色さえ窺えない。十六人ものケルベロスと数体のサーヴァントを相手にしているにもかかわらず。
「呆れるほどにタフでござるな!」
 風太郎の叫びに併せて、彼の御業が熾炎業炎砲を発射した。
(「レリ殿には言わないほうがいいでござるな。先の戦において、ハールの母たるハイレインを討ったのが拙者であることは……」)
「ちょっと確認させて」
 心中で独白する風太郎の後方から、翔子がレリに問いかけた。
「アンタ、最低な男に酷い目に遭わされていた女たちをエインヘリアルに転生させようとしてたよね。アレは救いの手を差し伸べたつもりだったの?」
「当然だ」
 風太郎の炎弾を食らいながらも、レリは剣を薙ぎ払い、氷のオーラをケルベロスたちに浴びせた。
「もっとも、救いの手の大半は貴様らに断ち切られたがな。私のことを『めんどくさい』などと言ったが、貴様らのほうがよほど面倒で、しかも不可解だ。不幸な女たち、元凶である下衆な男ども、その両方を救おうとするとは……」
「悪人を問答無用で斬り伏せることが許されるほど、この世界はシンプルじゃありませんのよ」
 エニーケが全身防御の姿勢を取り、ダメージを癒すと同時に防御力を上昇させた。
 その背中の陰からスウが飛び出した。得物は『Laurenz』。アグリム軍団の鎧を模した惨殺ナイフだ。
「レリちゃんの目には世界が限りなくシンプルに見えてんだろうな。ちょっと、うらやましいかも。でも、やっぱり――」
『Laurenz』の刃が凶悪な形状に変わり、レリの甲冑の一部をジグザグスラッシュで斬り刻む。
「――無駄な戦闘は避けるように指示しておきながら、こうやって戦ってるレリちゃんのほうが相当めんどくさいよね」
「いえ、レリにとって、この戦いはきっと無駄じゃないのよ。たぶん、アタシたちにとってもね」
 と、敵に代わって反駁したのは幽。
 スウがレリの前から離脱したタイミングに合わせて、彼女は轟竜砲を発射した。
「この戦いに限ったことではない。ここに至るまでの戦いすべてをわたしは無駄だと思いたくないな」
 と、淡々と語りながら、ルイーゼが何度目かのゴッドグラフィティを使用した。
「それらを否定することは、散った者たちへの侮辱になりかねないから」
「とはいえ、私たちがここで踏ん張らないと、無駄になってしまうかもしれません!」
 ゴッドグラフィティの恩恵を受けたフェルディスが瓶を投擲した。もちろん、ただの瓶ではない。『モロトフ・パーガトリー』なる火炎瓶だ。
 それはレリの頭部に命中し、粉々に砕け散った。同時に炎が巻き起こり、轟竜砲が残した砲煙を呑み込んで盛大に燃え上がる。
「すみませんね! 剣を以てお相手したいところなのですが、生憎とその道は素人なもので!」
 と、フェルディスが言ってる間に炎は消え去り、レリの姿がまた現れた。
 大きなダメージは受けていないようだが、鉢金に亀裂が走り、傾いている。
「……」
 無言で鉢金を剥ぎ取り、投げ捨てるレリ。
 その顔に微笑が浮かんだ。少なくとも、ケルベロスたちにはそう見えた。『王族にして一軍を率いる将』を自称する者らしからぬ笑み。仲間たちと戦争ごっこに興じるガキ大将のような笑み。
 それが見間違えかどうかを確かめる暇を与えることなく、レリは剣を構え直し、怒濤の勢いで前衛陣に斬り込んだ。
 標的はルイーゼ。
 しかし――、
「これが貴様らの『がち』なのだな!」
 ――レリは叫びを発して、急停止した。
 振り下ろされた剣の刃もルイーゼの頭頂の数センチ前で止まっている。
「認めよう! 貴様らに資格があることを!」
 やりきった顔をして、めんどくさい王女は剣を退いた。

「ザイフリート王子には母島で待つと伝えてくれ」
 そう言い残し、レリは配下たちとともにレインボーブッリジから撤退した。行き先は小笠原諸島の母島。海上を移動するため、進路上で一般人が被害を被ることはないだろう。
「やれやれ。いろいろと想定外のことはあったが、なんとか上手くいったねぇ」
 レリたちが水平線の彼方に消えると、スウは帽子の鍔を少しだけ押し上げて――、
「二人ともお疲れちゃん」
 ――レリとの交渉を担当した幽とルイーゼに両手を向けてハイタッチを求めた。
「……」
 なにも言わず、軽く手を合わせるルイーゼ。
 一方、幽は得意げな顔をして、勢いよく手を叩きつけた。
「言ったでしょ? この戦いは無駄じゃないって!」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。