●命を賭した儀式
城ヶ島――そのほぼ中央に位置する城ヶ島海南神社にて、魔竜ヘルムート・レイロードは深く深く息を吐いた。
――その様子は、尋常なものではなかった。
一呼吸ごとに闇色の鱗の間から血が伝い、幾度かの周期を置き、躯のいずこかが爆ぜる。
背に力を籠めるがあまり広げられた翼が、時々強く戦慄く――痛みに耐えるかのように。
「我をもってこの負荷とは――……耐えよ、同胞どもよ」
誰にでも無く放たれたドラゴンの声音は低く、嗄れていた。
足元にはその巨体を超える魔法陣が刻まれており、血はそこへと流れ込んでいた。
――過半の配下を竜十字島に還してなお、魔竜はこの地に留まっていた。
全てはこの儀式のため。
魔竜の血を介し力が注がれると、魔法陣を構成する淡い光は、天を目指し徐々に強く大きくなっていく。
――いずれ三つの光柱が成就すれば、この地に巨大な『固定型魔空回廊』が完成する。
さすれば、再び――。
ドラゴンが悠々と空を舞う遙かなる夢想は、現実の痛みに引き戻される。
「魔竜王顕現その日まで――我は抗う。それこそが、我らが、我の――更なる進化と繋がろう……!」
力の大体を失いながら、魔竜ヘルムート・レイロードの瞳に力強く宿るもの。
其は静かなる野心、進化への渇望であった。
●龍狗相搏つ
「先の『リザレクト・ジェネシス』――見事であった。そして、先触れ通り。これより残勢力の追撃戦を行う」
組んでいた腕を解き、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は、ケルベロス達へ向き合い告げた。
そう――『リザレクト・ジェネシス』は無事ケルベロスの勝利で幕を降ろした。
併し残された戦場は多く、彼が告げた場所もそのひとつであった。
城ヶ島――。
「貴様らに追撃してもらう敵は――魔竜ヘルムート・レイロード」
その一言に、僅かながら緊張が走る。
ケルベロス達の表情を一瞥し、辰砂は説明を続ける。
魔竜ヘルムート・レイロードは現在、堕落の魔王、ジエストルと護衛と共に城ヶ島に残留している。
それ以外、戦場に伴った過半のドラゴンは竜十字島へと帰還させながら、何故その三竜が城ヶ島に留まっているのかといえば――城ヶ島に『固定型魔空回廊』を造り出す儀式を成すためである。
「これが完成すれば、再び城ヶ島と竜十字島が繋がり、ドラゴン勢力の前線として機能しよう。それはなんとしても阻止せねばならぬ」
儀式を阻止するには、三竜のいずれかを討つか、儀式の中心となっている魔法陣を破壊する必要がある。
三竜は城ヶ島の三カ所に分かれ魔法陣を施し――魔竜ヘルムート・レイロードは城ヶ島海南神社で――儀式を行っているのだが、当然、残った護衛達が島を警備しているため、これを正面から襲撃するのは難しい。
「そこで、私が貴様らを奴の頭上まで運ぶ――幸いというべきか、少なくとも魔竜ヘルムート・レイロードに関しては、儀式に集中するために護衛を遠ざけている。中途の戦闘などもなく、直接仕掛けることができるだろう」
事も無げに、辰砂は言う。
儀式において傷付く己を人目にさらす事を憚ったか、或いは別の理由があるか、魔竜は余程の事が起こらぬ限り、場へ近づく事を許可していない。
儀式を行っている魔竜の周囲は神社を残して焼き払われており――皮肉な事だが、とても戦いやすい状態となっている。
逆に、身を隠す場所などはないのだが、状況的には問題ない。
「奴は本来貴様らだけで倒せるような相手ではないが、儀式によってかなり消耗している。その状態で尚、対等以上ではあるが――付け入る隙は充分にある」
むしろ、魔竜ヘルムート・レイロードを倒すならば、この機をおいて無いとも言える。
――そして、儀式の性質上、時間経過での魔竜の消耗も見込める。
だが、あまり時間をかけすぎると、禁を破って護衛達が駆けつけてくる恐れがある――そうなれば、勝利はかなり難しくなるだろう。
場合によっては儀式を挫く事を優先せねばなるまいが――。
その起点となる魔法陣は魔竜と直結した力の回路。容易く砕くことはできぬ。
つまり魔法陣の破壊を優先するという選択をするにせよ、魔竜をそれなりに削る必要があるということだ。
「いずれにせよ、厳しい戦いとなるだろう。だが貴様らならば果たせるだろう――そう、信じている」
そして辰砂は薄く笑んで――説明を終えるのだった。
参加者 | |
---|---|
マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701) |
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986) |
御子神・宵一(御先稲荷・e02829) |
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) |
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343) |
ラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050) |
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443) |
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796) |
●魔竜
天より見た城ヶ島は説明通り――未だ弱き光の柱が三点、ドラゴンの居所を報せるように立ち昇りつつあった。
上空で神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)が敵の分布の確認を可能な限り行い――決まったやや北側に、ケルベロス達は降下していた。
確認時に解ってはいたことだが、神社周辺はかなりの広範囲が焼き払われており、魔竜の姿も、ケルベロス達の姿――降下した、ということ――も隠すものは殆ど無い状態であった。
既に儀式の領域なのだろうか、確かに近くに護衛などの気配は感じない。
「城ヶ島を巡ってドラゴンと再び戦う事になるなんて、ね。因縁めいたものを感じるわね……」
マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)はそっと呟く。
ドラゴン種族の執念深さには呆れます――御子神・宵一(御先稲荷・e02829)は嘆息混じりに同調すると、正面へと視線を向ける。
前髪で隠れた表情はわからぬが、纏う空気はひりりと張り詰めていた。
「せっかく取り戻したこの地を再占領などさせません……」
「ああ――魔空回廊の開通だけは先人たちのためにも阻止しなければならんな」
軽く首肯し、晟も倣って正面を臨む。
魔法陣の前に立ち塞がるように――かのドラゴンがいた。
鋭利な形をした紫の躰は聳えるように巨大であり、複対の翼を広げれば、それの向こう側を覗くことすら叶わぬ。
複数の瞳はいずれも静かに、冷酷にケルベロス達を睥睨していた。
確りと意志をもった視線を向けられているということは、気配を消した先制の失敗を意味する。螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)はぎりと奥歯を噛んだ。
そんな挑戦者達の戦意を受けて、魔竜ヘルムート・レイロードは億劫そうに頚をもたげる。
「来るがよい、ケルベロス――我を、易々と乗り越えられると思わぬ事だ」
而して、その声は厳かに地を震わせたのだった。
●死闘
魔竜の翼に僅かな震えが走ったかと思うと、無数の光がケルベロス達に降り注ぐ。
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)は重装をものともせず、素早くそれを迎え撃つ。
(「疲弊した者を狙い討つのは本意ではない……」)
武人の矜持に爪を立てるものがあるとすれば、それだ。
――だが、彼我の戦力差を鑑みれば元より対等な勝負など出来よう筈もない。
彼の内心は、この一撃を受けて確信へと変わる。共に仲間を庇った晟の表情も同じく。
双方の堅い守りを打ち砕いていく星の礫に、怯まずコロッサスは口にする。
「守るべき人々の命運を慮れば、武人として恥よりもまず勝利に重きを置くのは当然の理」
守護の指輪から自らを守る力を引き出し、堂と立ち、短く息を吐いた晟は弾丸のように飛び出した。
竜頭が蒼炎を纏う――真っ直ぐ振り上げた青龍戟。衝突の瞬間、鋒に全てを載せた。
鱗一つ、掠めて弾かれる。全力で叩きつけた一撃であったが。目を細め、彼は飛び退いた。
本来であれば更に踏み込み押し込むところだが、稲妻がそれに移るように伝わったのを、まずは良しとする。
魔竜の前では巨躯を誇る二人も実に小さく見え――桁違いの存在に、遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)は青い瞳を大きく瞬かせる。
「なんだか怖そうなドラゴンだけど、気にせず呪っていくわよ! 呪いパワーこそ最強であるって証明しなくちゃね!」
彼女の声音は何処までも明るい。
静かに敵を見つめ、八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)はふっと息を零す。それは籠もった熱を逃がすかのような吐息。
二人が広げたオウガ粒子が、戦場に煌めく。
「この機会を活かすのはどちらか、勝負ね」
銀髪を払って、マキナが凜然と魔竜を見据える。
「Code A.I.M…,start up.」
視線はそれに固定した儘、青い粒子状の光をセイヤへと向ける。
銀の粒子と青の粒子を纏った彼は、相手を見極めるよう弧を描くように駆っていたが、ラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050)と視線を合わせると、距離を詰めるべく、踏み込んだ。
「貴様等の企み……必ず叩き潰してみせる……!!」
ドラゴンへの強い負の感情を隠さず、セイヤが流星の輝きを振り払うように、重力を乗せた蹴撃を仕掛ければ、ラズリアもブルーサファイアの髪を靡かせ、蒼く輝く大鎚を組み替える。
「好き勝手にはさせません! ここで散って頂きます」
矢弾のように飛び込んだ青年と、竜砲弾は魔竜の足元を捉えた――が、それが轟と哮ると吹き飛ばされた。
近づく事すら許さぬ圧。これで力が落ちているというのだから、苦笑も滲む。
「浅小竹原 腰なづむ 虚空は行かず 足よ行くな」
宵一が朗と謳いて、手の甲で柏手打てば。
魔竜の魂そのものをグラビティ・チェインで拘束する呪歌。
「……じっくりと確実に。追い詰めていきましょう」
厚い前髪に覆われた表情は一切見えないが――穏やかな一言は、紛れもなく魔竜への挑発でもあった。
光を束ねた一閃が、戦場を舐める。逃げ場などないと思わせる魔竜の気吹を、コロッサスと晟の双璧で阻む。
一瞬で皮膚が焦げ付き、灼けるような痛みが走る。
「守りを固めるありがたい呪いよ!」
ケルベロスチェインで怪しげな魔法陣を敷き、篠葉が癒やす。
更にマキナが再度青い粒子状の光を差し向け、紫々彦は大地に守護星座を刻み、彼らを支える。
雄叫びを上げながら、セイヤが二対の降魔刀で円を描くように、二段に重ねた剣戟を送る。が、彼の胴を魔竜の尾が打つのが先だった。
守りを固めたコロッサスが割り込んで庇うも、二人揃って数メートル吹き飛ばされた。
無防備な顔を狙う竜砲弾が次々着弾する――遠方から仕掛けたラズリアと宵一は、既にその場を退いて、相手の様子を窺う。
衝撃と、僅かに煙った事で、一時的に視界を奪われた隙を見出し、力強い羽ばたきで軽く高さをとった晟が、宙で潘を解き放つ。
大きく顎を開いたそれが、魔竜の足に食らいつく。
浅くはあるが、届き始めた――その事実に彼は目を鋭く細めた。
魔竜の防禦は堅く――殊、序盤において、宵一とラズリアの他は命中させることも難しかった。本来であれば彼らの攻撃を主体に、マキナと紫々彦が更なる呪いを重ねる狙いであったが、魔竜の苛烈な攻撃がそれを許さなかった。
盾役二人の体力の四分の一近くをもっていく一撃へ、守りを固めることが優先された。
だが、苦戦も元より覚悟の上。
「……金剛を破るには至らない」
身を起こしたコロッサスは口腔に溜まった血を吐いて、魔竜を見据える。
「有象無象の御霊よ、此処に在れ」
篠葉が神籬を振る。周囲に潜む有象無象の御霊を彼へと降ろし、傷を癒やす。
魔竜も敢えてその時間を見逃し――躰を休めた。
(「誰か一人が倒れれば、均衡は崩れる……」)
此処までの応酬で、紫々彦はそう考えた。
「弱ったな」
そう零した彼の声音は極めて冷静であったが、緑瞳は強い戦意を湛えていた。それを御そうという理性と、身を委ねようという本能が鬩ぎ合っているかのような表情だ。
「この機会を活かすのはどちらか、勝負ね」
泥臭い戦場に、輝く銀髪を軽く振るい、マキナは微笑む。
そして、堂と揺るがぬ魔竜目掛け、ウイルスカプセルを投じれば――僅かに凪いでいた戦場の時が、怒濤と進む。
「皆様、全員一緒に帰還致しましょう!」
ラズリアが声をあげる。
彼女の槍より放たれた時空凍結弾を追いかけ、篠葉の敷いた鎖の魔法陣の上、セイヤが躍動する。
相手の身体を足場に、氷の一矢によって頚を僅かに逸らした魔竜の鼻先へ――魂を喰らう降魔の一撃を見舞う。
衝突の瞬間、魔竜は複数ある眼で彼を見やる。
怒りに満ちたその視線が交差した――同時、セイヤは魔竜の頭に振り落とされる。
土埃が高く、其れの腰程まで立った。
その中でも鮮やかに、宵一の愛刀が雷電を帯びる。大太刀を軽々片手で構え、地を蹴り。
距離を詰めるのに、二足。速度を乗せた突きは、接触の瞬間、片手を添えて、更に加速する。回避を許さぬ、深い一刀。
「雪しまき、影は遠く音も失せ」
畳み掛け、紫々彦が滔々と唱う。
激しい吹雪が荒び、積もる雪がそれの五感を奪っていく――それが消えるよりも早く追撃するは、晟。
鎖鋸剣を振り上げた姿勢の儘、四対ある翼へと振り下ろす。
火花散り、跳ね上がりそうな灘を力任せに押さえ込み、晟はそこに浅からぬ傷を残し――刃と呼ぶには凶悪な形をした尾で、強か打ち払われた。
だが、その大振りでがら空きになった背へ、
「我、神魂気魄の斬撃を以て獣心を断つ――」
顕現した闇を纏う雷の神剣を、コロッサスはするりと抜き払う。
破邪の神雷と八雷の輝きを宿せし刀身――終末の再現が如きその瞬間。彼はゆっくりと構えて、全身の力を使い、振り下ろす。
隙なく振るわれた剛刀は、尾へとその身を半ばまで埋めた。
それでもコロッサスは気を緩めず――厳しい表情の儘、衝撃に備える。
そして彼の予想通り、暴虐な力は、まだまだ彼らを襲うのだ。
●命を捧げる儀式の果て
宵一は魔竜の躰を駆け上がり、肩口を打撃用のナックルガードで強か殴る。
進化の可能性を奪い、凍結を加速させる一撃が作り出した間に。
「終焉の刻は来たり、星よ導け。あまねく戦禍を消し去り、安らぎを。我は再生を願う者なり!」
星を宿す蒼晶の瞳で力強く魔竜を射貫き――ラズリアが体内の魔力を解き放つ。
撃ち込まれた蒼き氷晶は、紫紺の鱗の隙間を抉り、更にうっすらと白く輝かせる。血潮すら凍らせるほどに、その一撃は深かった。
魔竜の身体はいくつか削ぎ落とされ、儀式の効果もあって、あちこちから血を流している。翼もひとつ失った。尾も歪な形になった。
同時にケルベロスも――殊に前衛は酷く疲弊している。後一撃でもまともに喰らえば耐えられまい。
唐突に、地が揺れる――ドラゴンが、嗤った。
「よくぞ、よくぞ此処まで耐えた……褒めてやろう。我はこれ以上無く追い込まれた!」
魔竜の率直な告白に、不穏なものを感じ取った晟が獰猛に牙を剥く。
「どういう意味だ」
「――我が命、此処で遣い果たす覚悟ができた」
この問答の解を、更に問う要はあらじ。
「させるものか!」
コロッサスが地を蹴る。その頭上へ、星が降る。
降り注ぐ流星雨はかつて無い程の熱で、彼らの躰を貫く。朱が弾け、身体が力を失う。それを、気力で踏みと止まり――晟が雄叫びをあげた。
「打ち込めッ!」
砲戟龍の激成――砲戟龍の力を纏ったセイヤが飛び込んだ。踏み込んだ瞬間に、夥しい血が傷口から流れたが、構わず拳を振り上げる。
「打ち貫け!!魔龍の双牙ッッ!!」
右腕に顕現された黒龍と、砲戟龍が重なり、魔竜を打つ。
守りを捨てた彼の一撃はより破壊力を増し、全身を揺るがす。更に体内を破壊せんと、黒龍はそれの喉元へ深く食らいつく。
更に、跳躍したコロッサスが終焉砕きを叩きつけるように振り下ろす。唸りを上げる刃は強靱な魔竜の鱗を弾き飛ばし、傷を広げた。
そして、彼らはそのまま受け身も儘ならぬ状態で地に臥した。
此処で決めねば――紫々彦は視線だけ動かし、皆の状態を確認すると、凍空を纏う。
白き鋼の鬼は躊躇わず、魔竜の懐へと飛び込んだ。傷ができたことで歪になった鱗を、その拳は容赦なく砕く。
「これが、呪いの力よ!」
篠葉が高く掲げたネクロオーブが、妖しく輝き、美しい軌跡を描く呪いを放った。
畳み掛けるような呪力の一撃が、魔竜の胸に走っていた傷を伝い、更に深く食らいついていく。
そして、その傷から心臓へと至る道筋を、マキナは視た。
(「――皆のお陰で……多くの仲間の力があってこの場へと立っている」)
全身に力が漲るのを感じ、ハンマーを構える。
「なれば心を賭して――勝ち取るわ」
自信に満ちた言葉と共に打ち込まれた竜砲弾が、魔竜の心臓を捉えた。
魔竜は大きく仰け反り、戦慄いた。今度こそ、苦痛を飛ばす咆哮が空を振るわせ――。
ぴたりと、止まった。
「……ふ……我、成せり」
――それが、魔竜ヘルムート・レイロードの最期だった。
ケルベロス達が吃驚している間に、魔竜の肉体は四散した。辺り一面に死肉が弾け、鮮血が飛び散り、足元に敷かれた魔法陣を埋め尽くす。
「……ッ!?」
ケルベロスは皆息を呑んだ――魔法陣から放たれた、眩い光。それは城ヶ島の西から東を一直線に横断するように光が降り注ぎ、繋がったのだ。
するとどうだろう、彼らの頭上に魔竜が現れた。それも一体ではない――続々と、曾て熊本で戦ったドラゴン達がぞろぞろと顔を揃える。
「繋がっちゃった!?」
耳と尻尾の毛を逆立てた篠葉が思わず叫ぶ。誰かの否定を望んだ一言であったが、皆、無言を貫いた。
それどころか、絶望や悲観も、怒りすらこぼせなかった――何故ならば。
ドラゴンの吐息すら感じるこの距離より、撤退せねばならぬのだ。
●死地
「まったく……心底ドラゴン種族の執念深さには呆れます……」
嘆息したのは宵一。何とは無く笑みを含んだように響いた一声に『覚悟』を悟った晟が、制止の意を以て、その肩を掴んだ。
傷付き疲弊していながら。その手に込められた力は強かった。
自分が、と思うものは他にもある。戦う体力を残しておらずとも、今すぐ食ってかかりそうな状態のセイヤ。静かに集中を高めているマキナ――。
そしてラズリアも、同じ覚悟だった。
「俺が時間を稼ぐ間に、撤退してください」
だが、宵一はきっぱりとその意志を示した。
撤退の為、ラズリアは負傷者を担がねばならぬ――言われてしまえば、確かにそうだ。
「悪いが、議論している時間は……」
無さそうだ、という紫々彦の言葉は轟音を伴う羽ばたきに中断された。ケルベロス達は己の意志で飛び退いたつもりだったが、実際は皆、吹き飛ばされた。
残る力を殆ど奪われながら、身を起こせたケルベロス達が見上げたのは、雷纏う黒きドラゴン――。
万全の魔竜と渡り合う力は彼らには無く。頭上には更なる魔竜が控えている混沌とした空。篠葉が咄嗟にオウガ粒子を撒いたが、ささやかなものだ。
手遅れになる前に――身動きが取れる宵一が彼らを庇うように、立ち上がる。
「……わかった。此処は任せる……だが」
必ず、戻ってこい――コロッサスがその後ろ姿に声をかける。
「では……いってきます」
彼は振り返らず告げ、自らの軛を解き放つ。
その躰が金色に輝き、形が歪んでいく。人から、大きな獣へ――。
然しそれを見下ろす魔竜は遥かに巨大。
神気纏う金眼の獣は、それをものともせず魔竜へ果敢に食らいついた――ケルベロス達が知るのは、そこまでだ。
始まった新たな戦いで生じた混乱の最中を、元々調べを付けておいた径を最短で駆け抜ける。それすら、無傷では済まぬ死地行路。
ひとつの憂いを払い、大きな悔いをふたつ。
――其処に残して、彼らは帰還する。
作者:黒塚婁 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:御子神・宵一(御先稲荷・e02829) |
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種類:
公開:2019年1月11日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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