誰がために除夜の鐘は鳴る

作者:砂浦俊一


 大晦日。その寺には除夜の鐘を鳴らすために参拝客の行列ができていた。
 参道には甘酒、焼きそば、タコ焼きといった夜店も出ており、凍える空気の深夜にも関わらず賑わいを見せている。
 除夜の鐘を撞いて清らかな気持ちで新年を迎えよう――だが、そんな人々の願いは裏切られる。
 夜空を引き裂いて巨大な塊が落下してきた。
 それは轟音とともに着地、周囲に粉塵と砂礫を撒き散らす。
「くーっ、寒ぃい! 地球人どもをぶっ殺せとは言われたが、こんなに寒いとは聞いてねえぞぉ!」
 寒さに身震いし、白い息を口から吐き出したのは、赤銅色の甲冑に身を包んだエインヘリアル。参拝客や寺の坊主たちは呆然とこの巨体を見上げ、父親と一緒に鐘を撞こうとしていた少年も驚愕のあまり声すら出せない。
「うん? バカでけえ鐘だなぁ……? へへっ、体ぁ温めるついでに鐘の鳴らし方を教えてやるぜ地球人どもぉ!」
 鐘に近づくエインヘリアルに参拝客たちは我先にと逃げ出し、腰を抜かした坊主はその場で念仏を唱え始める。
「うぉおおおらぁ!」
 直後にエインヘリアルは鐘楼を巨大な斧でで叩き壊すと、両手で鐘を持ち上げ、逃げ惑う参拝客めがけて投げつけた。
 境内には巨大な鐘に潰された人々の絶叫と悲鳴が響き渡り、肉片と血飛沫が飛び散る。
「へっ。イイ音色じゃねえか。そんじゃ、もっと泣き喚けやぁ!」
 そしてエインヘリアルは斧を振り上げ、逃げる参拝客へと襲いかかった。


「大晦日に大変な事件が起きるのです、罪人エインヘリアルが除夜の鐘を撞きに来た人たちを襲撃するのです!」
 ウェアライダーのヘリオライダーである笹島・ねむが、緊迫した顔で話を切り出した。
 アスガルドが罪人を捨て駒扱いの戦力とする作戦を展開しているが、よりにもよって大晦日。
「ひょっとして、年末の大掃除のついでに自分たちのところの厄介者も掃除してくれ、というアスガルドからのメッセージか?」
「……そのまま送り返してやりたい気分だ」
 と、集まったケルベロスたちが呟き合う。
 アスガルド側の思惑はさておき、罪のない人々が虐殺されるのは見過ごせない。
 そして新年を前にした人々を、死と絶望から救わねばならない。
「現れるのは罪人エインヘリアル1体、大晦日の午後11時50分なのです。出現ポイントのお寺はこちらなのです」
 ねむの背後の液晶パネルに、出現ポイントの寺の写真が映し出される。
 境内は広く、戦闘には充分。ただ除夜の鐘を撞きに来た参拝客や、寺の関係者などで人は多い。まずは一般人の避難を念頭に置くべきだろう。避難が完了するまでの間、敵の注意も引きつけておかねばならない。
「敵の武器はルーンアックスで、ルーンディバイドを好んで使うのです。挑発には簡単に引っかかる、脳筋思考なので撤退はしないという特徴があるのです。あと寒がりっぽいのです。氷や冷気を用いた攻撃が有効かもしれません」
 予知ではエインヘリアルも震えていたが、当日は寒そうだ。
 戦闘後に体を冷やさないように着替えや防寒具などを用意しておけば万全か。
「今年最後の大仕事、皆さんよろしくお願いします。新年を笑顔で迎えるためにも、がんばれがんばれ、えいえいおー! なのです!」
 ねむからのエールを受け取り、ケルベロスたちは罪人エインヘリアル討伐に向かう。


参加者
相良・鳴海(アンダードッグ・e00465)
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
武田・克己(雷凰・e02613)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)
長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485)
香月・渚(群青聖女・e35380)
フレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)

■リプレイ


 大晦日。午後11時50分。
 除夜の鐘を撞きに来た参拝客で賑わっていた寺は、突如出現した罪人エインヘリアルによって静まり返っていた。
「くーっ、寒ぃい! 地球人どもをぶっ殺せとは言われたが、こんなに寒いとは聞いてねえぞぉ!」
 恐怖と驚愕で声すら出せない人々が見上げる中、エインヘリアルは寒さに巨体を震わせる。
「うん? バカでけえ鐘だなぁ……? へへっ、体ぁ温めるついでに鐘の鳴らし方を教えてやるぜゴミどもぉ!」
 エインヘリアルが巨大な斧を肩に担ぎ、鐘楼へ近づこうとした、その時。
「そこの能無し。日本には四季ってものがあるんだよ。今は冬。寒くて寒くてしょうがない季節だ。ま、これから死ぬおまえに説明したって無駄な事だろうがな」
 挑発しつつ参拝客の中から姿を現したのは武田・克己(雷凰・e02613)。
 脳無しと言われ、鐘楼へ向かうエインヘリアルの脚が止まった。立ち止まってはいるが、その肩は小刻みに震えている。
「おい、おまえの武器は飾りか? 向かってくる人間に背を向けたままか? 流石だね。そんな気概も誇りもないから罪人になったわけだ。納得だよ。腰抜け」
「脳無しだの腰抜けだの言いやがった野郎は……どいつだァ!」
 更なる克己の煽りに、エインヘリアルは眦を吊り上げて振り返った。
「新年を迎えようってめでたい時にまぁ余計なことしてくれやがって……このクソが」
 続けて姿を見せたのは、どんよりとした瞳をエインヘリアルに向ける相良・鳴海(アンダードッグ・e00465)。彼は寒さ対策に、以前ビルシャナから毟って作った羽毛のダウンジャケットを着込んでいた。
「寒がりのエインヘリアルさん、どうせお正月も暇に過ごすのでしょう。私たちケルベロスが相手をしてあげますよ」
「彼女の言う通りだね。寒いならボクたちと戦って、体を温めてみない?」
 ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)と香月・渚(群青聖女・e35380)が、敵の注意をケルベロス側へ引きつけるべく挑発と煽りを重ねる。
「力自慢の野郎らしいがオウガほどじゃあねぇだろう……避難誘導、任せたわ」
「任されたよっ。さあ皆さん、こっちです! 急いで!」
 参拝客や寺の関係者を庇うように立つ長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485)は肩越しに声をかけ、ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)は仲間と協力して避難誘導を開始する。
「警備の方は手を貸してください! 皆さんは警備員の誘導に従い、落ち着いて避難してください。安全は私達ケルベロスが保証します!」
 境内の一般人は多い。除夜の鐘を撞き、夜店を巡りながらここで新年を迎えよう、という考えの者も多かったのだろう。クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)は避難誘導を円滑に進めるべく凛とした風を用いて、一般人の混乱を抑える。
「場合によってはここへ避難させないとな……その時は敵の攻撃がこちらへ来ないようにしなければ」
 寺の本堂から出てきたのはフレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)。彼女は事前に寺へ話を通し、参拝客が土足のまま避難できるよう本堂の中へブルーシートを敷いていた。彼女の視線の先では、挑発と煽りに寒さも忘れたエインヘリアルが、真っ赤な顔で猛っている。
「イイ覚悟だケルベロスども。まずはテメェらを血祭りだ!」
 肩に担いでいたルーンアックスを一振りし、エインヘリアルが戦闘態勢に入った。


「体を温めたいんだろう? だったら俺の体も熱くしてもらおうかっ」
「まずは、その動きから封じさせて頂きますよ」
 克己が愛刀を手にエインヘリアルを突きにいき、跳躍したミントはスターゲイザーで蹴りかかる。
 だがエインヘリアルは直撃にたじろぎもしない。逆に不敵な笑みを見せて斧を振りかぶる。そこへ鳴海のサイコフォース、理力で攻撃を封じるべく試みる。
「避難にはまだ時間がかかりそうだな……みんなっ、避難する時は押さずぶつからず、女子供老人に手ぇ貸してやってくれよなっ」
 避難の進行具合を目で追う彼は、隣人力を用いて一般人に声をかける。
「おまえから死ぬかヒゲ面ァ!」
 鳴海へとエインヘリアルが突っ込んでくるが、斧の一撃は盾役のゴロベエが防具で受け止める。
「……思ったよりたいしたことねえなぁ」
 あえて攻撃を受けてからの魔人降臨、敵の攻撃を何発までなら耐えられるか彼は計算する。オウガほどではないにしろ、それでも腕力に秀でたエインヘリアルの攻撃を何発も喰らいたくはない。
「そのままぶっ潰れろォ!」
 押し潰そうとエインヘリアルが体重を乗せ、ゴロベエの履くブーツが石畳にめり込む。ここでフレイアがカバーに入り、降魔真拳で殴りかかる。
「ゴルトザインは皆の護衛をしろっ。エインヘリアルよ、罪なき人々を殺めようとは許せん。私が相手になる!」
「うっとおしい番犬どもめ! まとわりついてくんじゃねえ!」
 挑発と攻撃担当のケルベロスたちを追い払うべく、猛るエインヘリアルは巨大な斧を振り回す。
 暴風のようなそれは寺の石畳を削り、敷き詰められた砂利を飛散させ、石つぶての如く周囲に撒き散らした。勢い余った一撃は鐘楼の柱を寸断、吊られていた鐘も落ちて轟音を立てる。ほんの少し前まで平穏そのものだった大晦日の寺が、今では戦場そのものだ。
「どうしたァ! 俺の体を熱くしてくれんじゃなかったのかァ?」
 逆にケルベロスを挑発するエインヘリアル、この時、その頬を何かが掠めた。赤い線が走り、一筋の血が流れ出す。ミスティアンの投擲した毒手裏剣である。
「やーいやーいバーカバーカ、こっちに来な!」
 避難誘導を終えた彼女はエインヘリアルに舌を見せつつ、避難した一般人や寺の関係者たちとは反対側へ駆けていく。
「行くよドラちゃん、サポートは任せたからね――さぁ、皆。元気を出すんだよ!」
 相棒に指示を出した渚が高らかに謳い上げる躍動の歌、それは仲間を鼓舞し、状態異常への耐性を齎す。
 戦いは、まだまだここからだ。
「皆さんはここを一歩も出ないでください。外の様子を見ようと顔を出すのもダメですからね。大丈夫、私たちがあいつを倒します!」
 寺の敷地外へ逃がすには時間を要すると判断し、一部の一般人は本堂の中へ避難させるしかなかった。クリムは不安に慄く一般人を勇気づけてから戸を閉じると、境内で暴れる敵へ斬りかかっていく。


 避難誘導班の合流でケルベロス側の戦力は増した。だがエインヘリアルも一歩も引かず、憤怒の形相で暴れ回る。ダメージは与えているはずだが、それはケルベロスたちも同じ。敵の攻撃の余波が一般人の避難にした本堂にまで及ぶのは、体を張ってでも阻止せねばならない。戦局は一進一退の様相を呈していた。
「……くっそやりづれぇ!」
 エインヘリアルには氷や冷気が効くという事前情報だが、それらは銃や地獄の炎での攻撃を主体とする鳴海とはまるで正反対。せめて敵を暖めないようにと、如意棒代わりの鉄パイプ直突きで甲冑の隙間を狙う。
「寒がりなら、こういう攻撃には弱いでしょうね?」
 後方、ミントのバスターライフルからフロストレーザーが発射される。エインヘリアルは避けずに甲冑で防いだが、レーザーの直撃した部位に氷が広がっていく。
「チッ! ようやく体があったまってきたってのに!」
 甲冑から伝わる冷気にエインヘリアルが体を大きく震わせた。
「やはり寒がりですか。だったら丸裸に剥いて氷漬けにして差し上げますよ」
 毒づくエインヘリアルを挟撃するべく右からクリム、左からはフレイア。エインヘリアルは前者の破鎧衝は喰らったが後者のスターゲイザーは回避、そして更なる追撃を嫌って後退する。
「どうした、私が怖いのか? チキンでヘタレな臆病者め」
 自分たちと距離を取った敵へと、フレイアは冷笑とともに剣の切っ先を向けて挑発、その傍らではサーヴァントのゴルトザインが威嚇するように唸り声を上げた。
「誰がチキンだァ!」
 こめかみに青筋を浮かび上がらせたエインヘリアルが斧を両手で構えて突進してくる。まるで巨大な壁か岩石が迫ってくる圧力、これに克己は真っ向から挑み、エインヘリアルとすれ違いざまの斬り合いになった。直後、彼は倒れ込むように地面を転がってしまう。
 しかし、その口元には笑み。
「……クソがァ!」
 エインヘリアルの甲冑にはジグザグの亀裂が走り、口からは血を溢れさせる。
「私の攻撃は痛いよ!」
 敵を休ませはしない。ミスティアンの螺旋氷縛波が敵を襲い、横合いからゴロベアが達人の一撃で斬りつける。
「よお、随分と寒そうだな。ちなみに俺は耐寒仕様のコートでまったく寒くねえ」
 ゴロベエがニッと笑う。エインヘリアルの甲冑には更に氷が広がり、ケルベロスたちの耳にも届くほど上下の歯をガチガチと鳴らしていた。
「両手がかじかんできやがった……上の連中も、どうせならあったけえ時期に送りこんでくれりゃあいいものをよォ!」
 寒さに震えるエインヘリアルの肌は血の気を失い、唇は紫に変色しつつある。吐く息すら氷結しそうなほど凍えているが、その二本の脚はまだ巨体を支えて佇立している。
「さすがに体力も並外れているね。オーロラの光よ、皆に力を!」
 ここが正念場、渚は仲間たちを癒やしの光で包み込む。


「所詮は罪人、弱者にしか力を振るえないか。違うと言うなら、かかって来い!」
「ほざきやがれェ!」
 フレイアとエインヘリアルが至近距離でぶつかりあう。両者の持つオウガメタルとルーンアックスが激突、火花を散らす。
「身体に巡るオーラよ、仲間を癒やしてあげて!」
 渚は味方の回復役に徹し、ミスティアンとミントが敵へ更なる氷を叩きこむ。
「チィ! 指が、動かねェ……」
 かじかむ両手では巨大な斧も持てないか、エインヘリアルは武器を地面に落としてしまう。なおも右手で掴もうとするも、疾風の如く踏み込んだ克己の抜刀が腕の付け根から斬り落とした。
「ギィヤァアアアア!」
「風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだよ」
 真冬の凍えた空気を切り裂くような悲鳴が轟く中、克己は刃の血糊を振り落とした。
「やりゃあがったなァ! ……だがな、こうすりゃあったまるんだぜェ!」
 エインヘリアルは傷口から撒き散らされる鮮血へと左手を晒す。流れる血液でかじかむ左手を温めるこの行動に、ケルベロスたちは鬼気迫るものを感じ、背筋に寒気を覚えた。
「へへっ……てめえらにこういう真似ができるか? あァ?」
 そしてエインヘリアルは真っ赤に濡れた左手でルーンアックスを掴む。隻腕となってなお、その戦意は衰えない。
「脳筋のやることは斜め上だな……いっそ血液ごと凍りつけ。氷と共に砕けろ……氷結粉砕……!」
 千年氷獄崩壊衝。氷塊に閉じ込めた敵を外からブン殴り、まとめて粉砕するゴロベエの大技が炸裂する。衝撃に甲冑も砕かれ、吹っ飛ばされたエインヘリアルの先にあるのは鐘楼から落ちた寺の鐘。
 どごおおおおおおおおおおおおおん。
 歪な除夜の鐘の音が境内に響き渡る。
 その音は寺の周囲の民家だけでなく、遠く離れた住宅街にまで届いただろう。
 鐘に叩きつけられたエインヘリアルは、もはや動くこともできなくなっていた。汗も血も凍りつき、今はただか細い呼吸を繰り返すのみ。
「参拝客の為にも、今年最後の厄を討ち払うとしましょう」
 クリムからのエレキブースト。これを受け取った鳴海はエインヘリアルへと近づき、地獄の炎を纏った右手で顔面を鷲掴みにする。
「これで仕舞いだ。念仏でも唱えろ」
 相手の魂ごと生命力を吸い上げる冒涜の聖者が、エインヘリアルの体を灰になるまで焼き尽くす――。

 戦闘が終わっても、ケルベロスたちの仕事は残っていた。
 負傷者の治療、荒れた境内や倒壊した鐘楼へのヒール、本堂へ避難した人々へ温かい飲み物を配るなど、大忙しだ。
 一段落ついたところで、思い出したようにミントは腕時計を見た。
「おや、とっくに新年ですね。皆さん、あけましておめでとうございます。今年も良き年となりますように」
 微笑む彼女は、仲間たちと新年の挨拶を交わす。
 ハッピー、ニューイヤー。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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