リザレクト・ジェネシス追撃戦~導きの乙女

作者:そらばる

●雌伏する将
 岩石と岩山連なる荒涼たる大地。
 吹き抜けていく冷たい風を正面から受けながら、強い眼差しで前方を見据える女性が一人。
 光の翼と凛々しい鎧姿の、ヴァルキュリアの面影色濃いエインヘリアル。
 リザレクト・ジェネシスにて新舞子海水浴場に戦陣を張っていた、導魂騎士リレーネである。
 その背後には、数名のフェーミナ騎士団槍騎士が跪き、陰鬱げにこうべを垂れている。
「側妃ハイレイン様、英雄神ペルセウス様は敗北、消滅が確認されております」
「大戦は我々の敗北。儀式は未完成に終わり、グランドロンは五分裂に飛散……」
「第二王女ハール様は無事撤退されました。ですが、本隊が態勢を立て直すまでにいかほどの時がかかるか知れませぬ。やはり、今少し護衛を増やされては……」
 護衛から口々に上がる不安混じりの訴えに、リレーネは一度目を伏せたのち、まっすぐな瞳で配下たちを振り返った。
「汝らの憂慮はしかと受け止めた。しかし今は耐え忍ぶ時。多勢を率いては我らの動向が露見するであろう」
 魂を導く騎士は精悍に微笑み、一介の将として道を示した。
「いずれ必ず、撤退支援がなされるはず。ハール様と雄飛の時を信じ、今は皆、雌伏せよ」
 主を見上げる騎士たちは胸を震わせ、再び深々と頭を下げるのだった。

●導魂騎士リレーネ
「『リザレクト・ジェネシス』は、我々ケルベロスの勝利にて幕を閉じました。皆様、ご尽力ありがとうございました。そして、お疲れ様でございました」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)はにこやかに、重たげな睫毛を伏せて目礼をした。
「こたびの戦は敵勢力が大規模に展開していたこともあり、多数のデウスエクスが戦場に残されました。本作戦は、その追撃戦とあいなります」
 第二王女ハール軍に所属していた将も、七体が敗走している。うち五体の現在の居場所を、ヘリオライダー達は特定することに成功していた。
 彼女らはハールの撤退と同時に戦場から離脱している。魔空回廊を通じてハールの撤退支援が行われるまで、日本各地に潜伏し生き延びようという算段のようだ。
「わたくしが見通しましたるは、導魂騎士リレーネの所在にございます」
 リレーネは己が居所をできうる限り秘匿すべく、少数の護衛のみを引き連れている。もっともその努力も、ヘリオライダーの予知の前には無駄に終わってしまったわけだが。
「敵戦力が手薄の状況にて、強襲を仕掛けられる絶好の好機。全力での追撃をお願い致します」

 敵が潜伏しているのは、北アルプスの岩石地帯。風雨の浸食によって形成された、壮大にして複雑な迷路めいた地形を活用し、身を隠しているようだ。
「リレーネの目的は、自己の生存にございます。当然ながら敵襲への警戒に怠りなく、皆様の強襲を察知すれば、複雑な地形を利用して逃走を図りましょう」
 言いながら鬼灯が卓上に広げたのは、岩石地帯を俯瞰した簡略図だった。
 侵入可能なのは大雑把に西、南、東の三ヶ所。リレーネが陣取る中央部には、赤いバツ印が打たれている。
 三つの侵入口には護衛たちが身を潜めて目を光らせており、隠密で忍び込むのは難しい。
 敵の居場所に直接降下できれば良いのだが、ところどころ天井で閉ざされていたり、岩で影になっていたり、複雑に入り組んだ地形がそれを許さないようだ。敵もその点は考えて、ここを潜伏場所に選んだのだろう。
「外からの侵入口は、すなわち中からの脱出口。当然、三方向全てを抑えねばなりませぬが、一斉同時侵攻では戦力が分散するため、敵による一方向への強行突破を許す可能性がございます」
 そこで鬼灯が提唱するのは、まず西から少数で堂々と侵攻、敵がこっそり別出口から抜け出そうとしたところを、別動隊で南、東と順々に塞いで退路を断つという方法だ。
「西、南からの侵攻は最低二人ずついれば、敵は発見されることを嫌って東へと逃げ出します。そこで東を多勢で迎え撃てば、包囲網が完成するという塩梅です」
 その状況になれば、敵も逃走を諦め、腹を据えて全力で戦いを挑んでくるだろう。
「敵は『導魂騎士リレーネ』と、護衛の『フェーミナ騎士団槍騎士』が五体。リレーネはヴァルキュリアのそれに似たグラビティを用い、槍騎士たちはゲシュタルトグレイブの列攻撃を中心に立ち回ります」

 地図を見入っていた近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)が顔を上げ、小さく挙手をした。
「東口はかなり広いな……これなら、頭数がおおいほうがより有利だよな?」
「ええ。戦力を集めれば集めるほど、確実な撃破が見込まれます」
 鬼灯は大きく頷き、ケルベロス達へと訴えた。
「戦時に討ちもらした敵を確実に倒す絶好の機会。我こそはと思うケルベロスの作戦参加を歓迎いたします。リザレクト・ジェネシスの勝利をより完璧なものにするために、皆様のお力をお貸しください」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
浅川・恭介(ジザニオン・e01367)
瀬戸・玲子(ヤンデレメイド・e02756)
ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
セデル・ヴァルフリート(解放された束縛メイド・e24407)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)

■リプレイ

●包囲網
 荒涼とした風吹きすさぶ岩石地帯、東側入り口。
 まばらに点在する岩々の中でも、とりわけ巨大な大岩の影に身を潜める者たちの姿があった。
(「北アルプス……寒い……ご来光も拝めないのに冬山登山……」)
 熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)はげんなりと身を縮こめながらもスマホに手早く文字を入力し、仲間たちへと画面を示した。
『今のところ中から気配はしないけど、注意深く観察しておこう』
 画面を覗き込んだ近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は、『わかった』と声なく唇を動かしながら頷いた。他の面々も音を立てることなく各々に了承の意を示す。
(「ハール配下の残党かぁ。ハールは逃がしちゃったし、既にボロボロとはいえ此処で少しでも多くハールの手足をもいでおきたいよね」)
 胸中に呟きつつ、瀬戸・玲子(ヤンデレメイド・e02756)は愛用のオートリボルバーの手入れに怠りない。
(「元ヴァルキュリアのエインヘリアルか……」)
 レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)が覗き込む双眼鏡の視界には、岩石地帯に繋がる岩窟がぽっかりと口を開けていた。

 一方西側侵入口。
 岩々の立体交差の影に身を潜めていたフェーミナ騎士団槍騎士の一人は、荒野の先に人影を認めて警戒を高めた。
 ピー、ガガガッ。拡声器のノイズが高らかに響き渡る。
「これより索敵を開始しますのー。同士討ちを避ける為ー、我々が先鋒として入りますのでー、出てくるものが居ないか見張ってくださいましー。発見し次第合図しますがー、攻撃を受けましたら皆様お助けお願いしますのー」
 ゆるゆるおっとりとしたフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)の音頭が、拡声器越しに広がった。
「強襲作戦なのに大きな音を出したら敵に気付かれちゃいますよ」
 あまりに堂々としたフラッタリーの振る舞いに、浅川・恭介(ジザニオン・e01367)がツッコミを入れながら、足早に岩石地帯へと向かってくる。
「く……ケルベロスが二人か……」
 槍騎士は素早く主の元へと報せに急いだ。
 敵がどれほどの大人数かわからない。あるいはブラフの可能性もある。だが、こうなっては真偽を検める時間は無駄だ。
 ケルベロスが一人きりならば、槍騎士一人で撃破していただろう。しかし二対一では、片方の逃走を許し、情報を持ち帰られてしまう可能性が高い。それ以上の人数ならば言わずもがな。戦力が限られる現在、敵に情報を掴ませぬよう、今は隠密に徹すべきだ。
「――西側より、ケルベロスが二名! 増援の可能性もございます!」
「来たか……」
 中枢部で二人の護衛と共にその報を受けた導魂騎士リレーネは、覚悟を決めたように厳しい眼差しを持ち上げた。
「これより撤退を開始する。屈辱は呑め。今は身命をなげうつ時にあらず」
 リレーネは護衛を集結させ、南側への退避を急いだ。
 後方から追手のかかる気配と、足止め用に配置した岩石が砕かれたらしき轟音、断続的に岩を投げ入れられる音。焦りが護衛たちの歩みを乱す。配下の動揺を視線や仕草でなだめながら、リレーネの心中もまた平静ではいられない。
 それでもようやく南側の脱出口が見えてきた。安堵が広がるリレーネ隊の耳に、とぼけたような老人の声が届く。
「――ここに逃げ隠れているデウスエクスが居るという噂は本当かのう?」
 カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)の声だ。息を呑み物陰に身を潜めるリレーネ隊に、その声音のいかにもわざとらしい響きに気づく余裕はない。
「試してみればいいのです」
 そう断じると、セデル・ヴァルフリート(解放された束縛メイド・e24407)は光の翼を広げて洞穴の前に毅然と立ちふさがった。
「そこにいるのはわかっています! 今救援も呼びました、観念しなさい!」
 カッ! 大量のライトが、洞穴内の薄闇を一斉に照らし出す。
 武器に結んだ糸や、サーヴァントの手を借りた単純な仕掛けだったが、姿を隠すのに必死なリレーネたちはそのカラクリを見抜くことができなかった。
「リレーネ様……!」
「東側へ回りましょう!」
 護衛たちに促され、リレーネは逡巡したのち、致し方なしと頷いた。
 侵入口にばら撒かれる制圧射撃の音や、投げ込まれる発煙筒の光に追い立てられるように、リレーネ隊はより一層足を速めて東側へ急いだ。
「皆の者! いたぞ! いたぞぉおお!」
「発見しましたー。皆さん、追い込みますよー」
 カヘルの大声が、フラッタリーの拡声器が、さらに威圧を乗せてくる。
「見つかった!?」
「くっ……もはや退路は一つ。急げ!」
 警戒しながらの移動も無為に帰した。リレーネ隊は最短距離を選び抜き、ついには最後の出口へと躍り出た――その時。
「追い込み漁の一網打尽なら、これだ」
 樹の呟きと同時、出入り口に埋め込まれていた爆弾が鈍い音を立てて爆発した。
 混乱する配下たちと共に、動きを止めざるを得なかったリレーネは、険しく眼差しを細め前方を睨み据える。
 砂煙が晴れたそこには、準備万端に待ち伏せていたケルベロス達が居並んでいた。
「残念だけどここで行き止まりですよー」
 敵の行く手を塞ぎながら、まりるはハンマーを振りかざして威圧した。
 リレーネは奥歯を食いしばる。
「……罠、か」
「まぁ、ありきたりな戦法ですけれど……」
 ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)は凛とした声音で言葉を紡ぐ。
「罪なき人々に凶刃を向けた者をみすみす逃がす程、私達は甘くありません」
 ……すでに退路などないことを、リレーネの瞳は悟っていた。

●胸底の絶望
「やはり逃げ隠れは性に合わないものだな」
 『ありきたりな戦法に引っかかってくれた簡単な敵』と揶揄されたに等しいリレーネは、どこか肩の荷を下ろしたように苦笑した。代わりに護衛の一人が怒りをあらわにする。
「なんと卑怯な……!」
「騎士ならば正々堂々とした戦いを望むのだろうが、生憎、私は騎士ではなく戦士。勝利の為、使えるものは全て使わせて貰おう」
 きっぱりと断じて、レイリアは名乗りを上げる。
「我が名はレイリア・スカーレット。兵站と看取りを司る者として、貴様達の命を貰い受ける」
 その背に広がる光の翼を一瞥し、リレーネはなるほど、と少し物思わしげに呟いた。
 そうしている間に、西と南から追い込みをかけた二班が合流する。
「貴女は……ああ、作戦が失敗して捨て置かれた残党ですか」
 恭介は駆けこむや否や、友人が「ただならぬ」「バイオレンス」と評するいつもの調子で、敵の背後から辛辣な言葉を投げつけた。リレーネは剣呑に目を細める。
 サークレットを展開し、金色瞳を開眼したフラッタリーは、おっとした姿から豹変、額に隠していた弾痕から地獄を迸らせながら狂笑を浮かべる。
「サa、此処ガ鬼遊戯ノ終乃処。逃ゲル事最早能ワズ」
 封を解いた縛霊手の掌には、グラビティ・チェイン漲る巨大光弾が浮かんだ。
「一応聞いておきますが、武器を捨てて投降する意志は? ――いえ、忠義の厚い貴女方には愚問でしたね、失礼」
 鋭い殺気を返され、問いかけを撤回するミスラ。
「義に殉ずるその姿勢に敬意を評し、此方も全力を以てお相手致します」
 喰霊刀が、まっすぐにリレーネへと突きつけられた。
 リレーネは大きく一呼吸つくと、飾り気のない直剣を鋭く抜き放った。
 凛とした声が戦場を貫く。
「……我らの活路は定まった。皆の者、こやつらを討ち果たすぞッ!」
「「「「「承知!」」」」」
 主の導きに応える五人の声が、高らかに戦いの始まりを告げた。
 即座に敵前衛に打ち付けられるフラッタリーの巨大光弾。続けざままりるが黒太陽を具現化させ、絶望の黒光を照射した。
「個人的な因縁や恨みは無いけど、平和で平凡な日常のため、全力で討ち取らせてもらいますよー」
「ならば我らは、我らの命脈を繋ぐが為に戦うのみ!」
 水平に構えた剣に冥府深層の冷気を纏わせ振り抜くリレーネ。
 凍える前衛を護衛たちの槍技が追い打ちし、辺りは分裂した槍が幾重にも飛び交う修羅場と化した。眩暈を訴える者が多数。
「さっそく催眠か……すぐに祓うわ」
 玲子は脳裏にかかるもやを振り払うようにステップを踏んだ。美しく舞い踊るほどに散っていく花びらのオーラが、仲間にとりついた迷妄を和らげていく。
「報復には許しを。裏切りには信頼を。絶望には希望を。闇のものには光を。許しは此処に、受肉した私が誓う。“この魂に憐れみを”」
 ミスラの紡ぐ祈りの言葉が、祝福を込めた力の加護を仲間に振りまく。セデルの紙兵の加護、カヘルの爆発による鼓舞も重なり、前衛はすぐさま立て直した。
「戦争後の追撃戦をできるのはまたとない機会だ、オレも手を貸すぜ! 逃がす理由はねえ、ここで仕留めるぜ!」
 これまでの鬱憤を爆発させるように、目にも止まらぬ流星一直線蹴りを見舞う泰地。
 双方の陣営の攻撃は、定石通り、双方の前衛に集中していく。
 リレーネは冷静な眼差しで彼我の状況と戦力を見極めながら、空中にルーンを描き出した。護衛たちは加護を得た槍の力で、ケルベロスの加護を破砕していく。すかさずルーンの力を物理で殴り砕かんと、まりるのスマホが猛威を揮う。
 最も消耗の激しい前衛の槍騎士を執拗に追い詰めながら、ずいぶんと慎重なことだ、と恭介はリレーネを嗤う。
「……いちいち不快な男だな。何が可笑しい」
「いや、無駄なことをしているな、と。……貴女が真に有用ならば、とうの昔にハールに呼び戻されていたでしょうからねぇ」
 明らかな揶揄に、リレーネの目が据わる。
「団長に副団長二人、そして側妃に英雄神。これだけハール配下の上位者が討ち取られたら騎士団としては半壊どころじゃないでしょ?」
 桃色の霧を放出しながら、玲子もまた挑発するように言葉を重ねた。
「名のある騎士は幾らか残ってても、残った上位者が副団長一人だと、殆ど騎士団の体を成さないよね」
 だから、逃亡に意味はない。この抵抗さえ無駄なのだ、と。
 絶え間ない攻勢のさなかにも、敵の空気が徐々に不穏さを増すのがわかった。
 恭介はさらなる駄目押しの一言を加え、リレーネの不安を抉り出す。
「それにつけても、エインヘリアル勢は敗残者ハールにどこまで寛容なんでしょうかねぇ?」
「……黙れ……!」
 絞り出すように激情を叩き返し、リレーネは光の翼を広げた。

●殉じる者達
 リレーネの全身が、光り輝く粒子と化した。
 ケルベロス達が息を呑んだ次の瞬間、まばゆい光輝が道を引くが如く戦場を一閃した。
 正確極まる軌道を描いたその切っ先を全身で受け止め、セデルは奥歯を食いしばる。
「その光……っ、ヴァルキュリアの力は健在ですか……ですが!」
 光輝と化したリレーネを渾身の力で押し戻すや、セデルの全身は天高く舞い上がった。美しい虹をまとう急降下蹴りが、リレーネの鎧に強烈な一撃を叩き込む。
「ぐぅ……っ、貴様……!」
 後方に退くリレーネの瞳に、明確な『怒り』が灯った。
 呪病治癒型のドローンを展開しながら、セデルは静かに見つめ返す。
「定命化した後にエインヘリアルに……同じヴァルキュリアとして、それを批判するつもりはありません」
 ヴァルキュリアの定命化はケルベロスの尽力によるもの。だが、定命化後に進む道に自由を与えないのでは、デウスエクスと同じになってしまう。
「ですからもう、ぶつけ合うしかないでしょう。あなたと私が、それぞれ自分で選んだ道を。互いの意志を」
「――その通りだ」
 氷雪を思わせる涼やかな声音が耳をうった。と同時に全身を光の粒子と化したレイリアが飛び出し、消耗していた盾役の護衛を一撃のもと討ち果たした。
「リ、リレーネ様ああああっ――」
 無念の絶叫を上げながら、護衛の姿が瞬く間に掻き消えた。
「――貴様らァッ!!」
 殺気だつリレーネの怒気をさらりと受け流し、レイリアは冷静な眼差しを返す。
「言っているだろう、我々とて我々の使命を果たすのみだ。かつての同胞であろうと、敵ならば容赦はしない」
「……ああ! 当然だ……当然だとも!!」
 血を吐くように言い放つや、リレーネは再び冷気を呼び込んだ。
 リレーネの怒りが冷気となり、光となり、ケルベロスを蹂躙する。護衛の槍が絶え間なく乱舞し、双方の陣営に治癒が瞬く。
 洞穴の入り口付近に陣取るカヘルは、六連射の発砲音と、惜しみなくばら撒かれる薬莢が地面を叩く涼やかな音を楽しんでいた。
「おうおう、ドンパチの音がよく響くのう。――おっと、痛みはあるが我慢じゃ」
 癒しの力を込めた弾丸を弾倉に押し込めるや、カヘルは味方に向けて引き金を引いた。治癒にあるまじき痛みに、着弾点からは苦情混じりの悲鳴が上がるが、しでかした張本人は「良薬口に苦しよ!」と呵々大笑してとぼけ倒してみせる。
 戦うことを決めたリレーネに逃走の意図はないようだったが、『怒り』と激情を掻き立てられた今となっては、もはやその選択肢自体を忘却しているに違いなかった。
「フェーミナ騎士団の誇りを見せよ! こやつらを討ち取り、ハール様に首級を捧げるのだ! たとえ最後の一兵になろうとも――!」
 言い放つそばから、後衛の回復役がレイリアの鎖に巻かれてついに沈んだ。絶え間なく攻撃にさらされ続けた盾役たちも限界が近い。ケルベロスの連携が包囲を狭め、彼女の心身を追い詰めていく。
 槍騎士たちは献身的に戦った。ここを死地と悟りながら、リレーネの導きに従い続けた。前衛の壁が一人、二人と崩れ、中衛の最後の一人となってなお、その膨大な不浄の力でケルベロスの陣営を乱し続ける。
「……全てはハール様のため――否、リレーネ様のために!!」
 追い詰められた中衛の槍騎士は、渾身の力で宙に槍を投げつけた。無数に分裂し、ケルベロスへと降り注ぐ雨となった愛槍を見つめながら、最後の一人はどこか満足そうに、ミスラの刃の露と消えた。

●光輝、散る
 催眠の蔓延した前衛を、治癒の光が満ち満ちる。仲間を庇ったがゆえにとりわけフラフラと怪しげな動作が目立ってきたボクスドラゴンには、派手な光を発するテレビウムの動画が視覚を賑やかし、すぐさま正気を取り戻させた。
「さすが安田さん! さあ、残るは貴女一人ですよ」
 サーヴァントの男前っぷりを称賛すると、恭介は髪の花を毟って射出した。オラトリオの力を込められた花弁が、リレーネの時間を緩やかに遅らせる。
「ほっほ。あっちのおチビに助けられてしまったのう」
 慌てて戦線に復帰する小竜の背中を、愉快げに、どこか微笑ましげに見送りながら、カヘルはリボルバー銃の照準をリレーネではなく周囲の岩々へと絞った。
「こんな障害物ばかりじゃ射撃も苦労するが、コレだけは別じゃ」
 周囲に点在する障害物を弾丸が跳ね回り、無作為にリレーネを襲う。死角から迫りくる弾丸は辛かろう? 老人の意地のよろしくない笑い声。
 護衛を失ったリレーネが追い詰められていくのは瞬く間。冷気はぬるみ、光輝は翳る。
「……ずいぶんと力が弱ってきましたね?」
「く……っ」
 何度目かの光輝の突撃をセデルにやすやすと受け止められ、リレーネは呻く。セデルはビハインドのイヤーサイレントと共に反撃を繰り出し、リレーネを後方へと押し戻した。
 絶え間ないヒールで仲間の不浄をあらかた取り去った玲子も攻勢に加わる。
「全術式解放、圧縮開始、銃弾形成。神から奪いし叡智、混沌と化して、神を撃て!」
 魔導書に記された全魔術が解き放たれる。圧縮された魔術は一発の銃弾となって、リレーネを鋭く、激しく貫く。
 レイリアの光の翼が氷の結晶状に変化し、より鮮やかに紅く輝く。
「――貴様を、冥府へ送ってやろう。護衛どもが貴様に殉じ堕ちた冥府へと」
 急速に形成されたのは、冥府深層の冷気を纏った一振りの氷槍。全力で投擲され、無慈悲に敵を貫き、鮮血に塗れる。
「騎士を名乗るからには何らかの信念に基づいてるんでしょ? でも我々は、そちらさんのソレとは相容れないから……さようなら」
 天命すらも味方につけて、まりるは己の意志で拳を突き出す。登り坂をも逆転させる、理屈を突破した十年選手の底力。
「今度は逃がさない。その首級、貰い受ける」
 ミスラの二振りの喰霊刀が存分に暴れ回る。究極奥義の重い衝撃に打ちのめされ、リレーネの体は地面に沈められた。
 ケルベロスに投げられた言葉がその胸をどろどろと渦巻いていた。敗残の悔しさ、虚しさ、先の見えぬ悲哀。
「――だが、このままでは死ねぬ!」
 なおも光の翼を広げ、果敢に全身を投じるリレーネ。
「遍クヲ包mU静穏之如ク、終Enヨリ来タレRi颶風之滅ビヲ告ゲ真セウ。流転輪廻ガ囁クヤフニ」
 獣じみた動作で戦場を駆け回るフラッタリーは、狂乱に猛りながら、その手に姿無き刃を錬成した。
 振るわれた刃は太刀風に乗って、リレーネの腹部を真一文字に切り裂いた。噴き出る鮮血。
「……無、念――」
 ケルベロスへ斬りかからんとした姿勢のまま、リレーネの全身は光の粒子となって、荒涼たる風に掻き消えていった。
 ――かくしてリザレクト・ジェネシスの将は、また一人消えた。
 しかし動向知れぬデウスエクスは未だ多数。戦場となった地を癒したのち、ケルベロス達は新たな戦いに備え、日常へと帰っていくのだった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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