リザレクト・ジェネシス追撃戦~主君のために

作者:坂本ピエロギ

 ヤキが回ったかしらね。
 仕える主君の訓話を聞きながら、螺旋忍軍の少女は内心で舌打ちした。
「ケルベロスの大攻勢に備え、我らは準備万端に戦力を整えていた。にも関わらず、先の戦で起きたのは小競り合いのみ。……どうやら、ケルベロス共は我らの事をかなり恐れているようだ!」
 エインヘリアル、第四王女レリ――。
 先の戦いにおいてケルベロスと盛大な戦をする機会を逃した王女の訓話を、忍軍の少女は白百合騎士団の仲間と共に聞いている。
「しかし、戦いを避けたケルベロス共はきっと後悔するだろう! 我らにこれ程まで多く、戦力を残してしまった事を!」
(「レリは本当に、隠し事が下手な主君だわ」)
 そんな思いを、少女はおくびにも出さない。
 エインヘリアルという種族が生粋の戦士ならば、螺旋忍軍は生粋の諜報員といえる。故に少女――『紫の四片』は、謀の気配にはそれなりに敏感だという自負があった。
 そんな彼女の経験が、勘が、いまこう告げている。
(「王女レリは利用されている。黒幕はたぶん、私をレリに遣わした人。そう――」)
「そう、遂にお姉さまから我らに指令が下ったのだ! 砕け散った宝瓶宮グランドロンの探索――それがお姉さまからの指令だ。お姉さまはこの結末を見通していた! グランドロンの四散に備えるべく、我らをこの地に留めていたのだ! 流石、お姉さま。常に先の先を見ておられる……」
 訓話を聞きながら、『紫の四片』は配下として任された騎士団の面々を見やる。彼女達が何を考えているか、その表情からは窺い知れないが、違和感を感じている兵士も多そうだと少女は勝手に結論付けた。
 レリの言葉はいつも真っすぐで熱い。求めてやまない闘争の機会をくれる。だからこそ『紫の四片』はレリを主君に抱き、彼女の軍門に下ったのだ。
 だが今の主君が話す言葉は、少女の耳にはひどく寒々しいものに聞こえた。それを言わせたであろう相手のことが、彼女には憎らしい。
(「エインヘリアルも螺旋忍軍も、最大の敵は同胞の者達ということかしらね……」)
 ふと『紫の四片』は、先に逝った団員達の顔を思い浮かべる。自分も死んだら、彼女達の元へ行くのだろうか、それとも――。
「我らの目的はあくまでもグランドロンの探索、ただ一つ! それを忘れるな。可能な限り、戦闘は避けよ!」
 まあいい。自分は今の役割を全うするだけだ。
(「私の主君、レリのために」)
 訓話を聞き終えた『紫の四片』は、配下の兵士を率いて出陣の支度を整えるのだった。

「お待ちしていました。皆さん、先の戦いではお疲れさまでした」
 リザレクト・ジェネシスに勝利したケルベロスたちにムッカ・フェローチェ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0293)は一礼すると、微笑みを浮かべて彼らを労った。
「皆さんのおかげでデウスエクス勢力の野望を挫く事ができました。これから皆さんには、この戦いの仕上げとして、残る敵勢力の追撃をお願いします」
 戦場となったエリアの周辺には、撃破を免れた多数のデウスエクスが今も残存している。この機を逃さず、彼らを1体でも多く追討することが本作戦の目的だとムッカは言った。
 今回、ムッカのチームが担当するのはエインヘリアル第四王女レリの軍勢だ。軍勢は王女とその幹部級の敵が複数名、そして彼女らに率いられた兵士達が集団で行動を取っている。残存戦力の中でも、かなりの激戦が予想される相手だ。
「真正面からぶつかれば、こちら側にも多数の被害が出るでしょう。従ってこの作戦では、かく乱や陽動、或いは、奇襲・強襲作戦などを用意して臨む必要があります」
 作戦の内容によっては相応の人手が必要になるだろう事を踏まえ、この戦いではサポートの同行が認められている。状況に応じてご利用下さいとムッカは付け加えた。
「リザレクト・ジェネシスでは目立った動きを見せなかったレリ王女ですが、ここに来て新たな動きを見せています。敗走した第二王女の命に従い、飛散した『宝瓶宮グランドロン』の探索を行うべく、配下の幹部達を出陣させるようです」
 幹部達は兵士達を連れ、今まさに出発しようとしている。今回の依頼では幹部を襲撃し、撃破することが達成目標となる。
「皆さんが戦う幹部は『紫の四片』と呼ばれる螺旋忍軍の少女です。戦闘スタイルはかく乱を得意とするタイプで、グラビティで生成した花びらや毒蛾を扇で操って戦うようですが、それ以外の詳しい情報は殆ど分かっていません」
 王女の幹部ともなれば相応の実力者である事は間違いない。彼女とその軍勢を同時に相手に戦う事は、かなりの危険を伴うだろう。故にこの戦いは、作戦と連携が成否を大きく左右する――そう言ってムッカは説明を終えると、ヘリオンの発進準備に取り掛かった。
「第四王女レリと決着をつけ、私達の勝利をより完璧なものにするため……どうか皆さんの力を貸して下さい。よろしくお願いします」


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
赤星・緋色(中学生ご当地ヒーロー・e03584)
皇・絶華(影月・e04491)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)
エドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)

■リプレイ

●一
 潮風が吹き抜ける冬の空を、鬨の声が揺るがした。
 東京湾を横断するレインボーブリッジ、その橋上はいま戦場と化している。奇襲をかけた百名近いケルベロスの集団と、それに応戦する王女レリの軍勢で、正面衝突する形で戦闘が始まったからだ。
「見えたわ。あそこが私たちの戦場よ」
 降り注ぐ敵の刃をかい潜りながら橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)が指さした先、橋の一角にシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)は目を留める。
 突撃してくる白百合騎士団兵たちの後方で、ひらりと戦場を舞う群青の扇の持ち主に。
(「いた……!」)
 3mという巨躯を誇る兵士たちの中にあって、人間と変わらない背丈を持つ紫髪の少女。螺旋忍軍『紫の四片』に間違いない。
「四片さん聞いて! ボクたちは話があって――」
 シルディは声を振り絞り、四片と兵士たちに呼びかける。
 しかし……。
「敵襲! ケルベロスが来たぞ!!」
「レリ様を守れ、敵襲だ!!」
 対話を望むシルディの言葉は、怒号飛び交う戦場の空気にあっけなく溶けた。
 無視されたのか、あるいは聞こえていないのか。
 今それを確かめている時間はない。すでに四片は配下の兵を前線へ送り込んで、戦の舞を踊り始めている。ケルベロスをレリの元へ行かせぬよう、足止めを図る気なのだろう。
「デュッフフフフフ、向こうは完全に戦闘モードでござるね」
 エドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136)は怪しげな含み笑いを漏らしつつ、コートの下から巨大自走爆雷の爆破スイッチを取り出した。
「かくなる上は応戦一択。ただし決裂まで敵の命は取らない……でござろうね」
「仕方ないわね。けど――」
 芍薬はフェアリーブーツ『ナイチンゲール』の舞でエインヘリアルの剣を翻弄し、
「うん。レリさんたちと手を取り合うこと、まだ諦めないよ!」
 シルディは攻性植物の果実が放つ光で仲間を回復しながら、レリ王女との和解への望みを未だ捨てていない。交渉決裂を示す赤色の信号弾、それが打ち上げられる時までは。
「皆、ぐずぐずしてる暇はないのにゃ! 急ぐのにゃ!」
 アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)は仲間に発破をかけると、先陣を切って駆けだした。
 今は四片の元まで辿り着くのが最優先だ。こんなところで足止めをくっていては、説得も戦闘もままならない。ライドキャリバーを従えたアイクルは、邪魔な兵士を手当たり次第に弾き飛ばしながら戦列の真っただ中へと突っ込んでいく。
「ダッシュだにゃ、インプレッサターボ! 四片のところまで一直線だにゃ!!」
 オーラを込めた拳を振り回して荒れ狂うアイクル。炎をまとった突進で邪魔する兵士たちを転倒させて吹き飛ばすインプレッサターボ。ケルベロスたちの矢の如き疾駆は、しかし、増援の兵にたちまち遮られる。
「うるさいねー! 相手してるヒマなんかないのに!」
「やれやれ……何とも難しい状況だな」
 赤星・緋色(中学生ご当地ヒーロー・e03584)と皇・絶華(影月・e04491)は敵の追撃をエアシューズで振り払うも、敵兵の執念深い妨害が止む気配はない。
 1分1秒が惜しい状況だというのに――。絶華が手加減攻撃の構えを取ったその時。
「兵隊さんたち、面倒だから動かないで欲しいねぇ?」
 緋色の背後から発射されたナナツミ・グリードのミサイルを浴びた兵士が、パラライズで次々に倒れ込んだ。ナナツミはミサイルを換装しながらニヤリと笑い、
「さぁ、ここはわしらに任せるといいねぇ?」
「すまない、助かる」
 目礼を送って駆けだす絶華。騎士団の兵士たちはなおも食い下がるが、応援で駆けつけたケルベロスの連携は、それを彼女たちに許さない。
「キヌサヤ、清浄の翼を頼んだよ」
 アトリ・セトリはフェアリーブーツを踏みしめて、仲間を狙うエインヘリアルを背中から蹴り飛ばした。怒りに囚われた兵士の刃によって受けた傷は、ウイングキャットが送る風とホゥ・グラップバーンの癒しの拳でたちまち塞がっていく。
「さあ行って。こっちは自分たちが引き受けるから!」
「我が刃に宿るは光を喰らいし魔狼の牙! その牙が齎すは光亡き夜の訪れなり!」
 容赦なく降り注ぐ刃の雨を、鉄塊剣で豪快にさばくのはコクマ・シヴァルスだ。
 剣をまとう青白い一振りは津波のように兵士の群れを押し流し、四片への道を切り開く。そこを走る水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)の背を、ヴィヴィアン・ローゼットが虹色の光と共にそっと押した。
「鬼人、気をつけて……!」
「ありがとう。また後でな、ヴィヴィアン」
 鬼人は愛しい婚約者にウインクを送ると、背中を任せて駆けだした。インディゴブルーのハットを深く被り、相棒の日本刀『越後守国儔』を抜き放ち、視界に映る四片の姿を静かに見据えて彼は呟く。
「ままならねぇもんだ」
 話し合いで戦いが終わるならそれが最上、鬼人とてそれは分かっている。しかし――。
 本当のことを言えば、彼はこの交渉が失敗する前提で動いていた。
(「仲良くしようで収まるなら、向こうだって戦争なんて手段は選ばないだろうしな」)
 レリとの交渉に臨むメンバーも、もう接触した頃だろう。
 彼らの言葉はレリに届いただろうか? この争いに一時でも終止符を打てるだろうか?
 このまま赤い信号弾が上がらないことを密かに祈り、鬼人は戦場を駆けていく。

●二
「全員、気をつけろ」
 天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)がゾディアックソード『main gauche』を構えると、先行する前衛のメンバーに注意を呼び掛けた。
「殺気が濃くなった。じきに四片の間合いに入る」
 その時――。
 水凪の言葉を待っていたように、咲き乱れる紫の花弁がケルベロスの周りを包み込んだ。
「来たわね、ケルベロス。精々ゆっくりしていって頂戴」
 螺旋忍軍『紫の四片』は悠然と舞いながら、刃のような視線でケルベロスを睨み据えた。催眠をもたらす花弁のグラビティはジャマーのそれとは思えないほどの威力を伴い、前衛のケルベロスを絡め取っていく。
「おいおい問答無用かよ。ま、予想はしてたけどな」
「まずは話を……と言っても無理そうね。九十九、回復を手伝って」
 シャウトでパラライズを吹き飛ばす鬼人。芍薬は羽のように軽やかな舞いを踊りながら、テレビウム『九十九』の応援動画に乗って、花のオーラで戦場を包み込む。
 妨害に優れる四片のグラビティはパラライズに催眠と厄介な能力が揃っている。BSを少しでも放置することは命取りに繋がりかねない。
「デュフフフ、なかなか気の強そうな女子でござるな。これはprprしなきゃ……ですぞ」
 このまま防戦一方では埒が明かぬと、エドワードは『Haunt and Stalk』で四片の妨害を開始した。マインドリングをかざして威嚇し、爆破スイッチの爆破で周囲を牽制し、隙ありとばかり四片のうなじに吐息を吹きかける。
 四片の顔はなおも涼しいままだが、嫌が応にもエドワードの妨害は意識せざるを得ない。さらに絶華と緋色の繰り出すスターゲイザーが四片の足を捉え、回避力を封じていく。
「少しばかり足止めさせて貰う。このまま殺し合いになるかは貴様らの王女次第だろう」
「大人しくしててね。抵抗するなら手加減しないよ」
 絶華と緋色はエアシューズで戦場を縦横無尽に滑り、動きと言葉で四片を翻弄していく。アイクルは合間に青空をちらりと見上げるも、信号弾が上がる気配はない。
(「……交渉中ってことかにゃ」)
 レリ王女の姿は、目を凝らせばアイクルたちのいる場所からでも見ることが出来た。やり取りには割って入れずとも、剣を抜いた王女がケルベロスと何かを話しているらしいことは遠目に見て取れた。
 どうやら最初から聞く耳持たずという事態は避けられたようだ。
 だが、ここからどう転ぶかは誰にも分からない。ケルベロスにも、四片たちにも。
(「迂闊に動けないのは、向こうも一緒……って事かにゃ」)
(「ああ。わたしたちも出来ることをやろう、最悪の状況に備えてな」)
 アイクルはじりじりと煮詰まっていく戦場の重圧を跳ねのけるように、ブラッドスターの旋律で鬼人たちを包み込んだ。水凪はそこへ合わせて守護星座を描き、BS耐性の保護で前衛を強化。毒蛾のバッドステータスを完全に取り除く。
「四片さん、お願いだから剣を引いて! せめて兵士の人たちだけでも――」
「あなた達は敵よ。今更なにを言っているの?」
 シルディは攻性植物の照射する光で中衛を照らしつつ必死に和解を持ち掛けるも、四片はどこか鼻白んだ表情を浮かべ、その申し出を即座に拒否する。
 主君に仕える幹部が独断で剣を引き、兵を退かせる。それがどういう意味をもつ行為か、そんなことも分からないのか――。
 四片の冷たい眼差しからは、そんな言葉が聞こえてくるようだった。
「私は王女レリの兵を預かり、彼女のために戦う身よ。私が剣を引いて、兵を下がらせて、あなた達が彼女に危害を加えない保証がどこにあるの?」
 四片が手首をくるりと返すと、群青の扇から毒蛾の群れが次々と宙に舞い上がった。麻痺をもたらす蛾をケルベロスの後衛へと吹き付けながら彼女は微笑む。
「王女や兵を、こんなつまらない戦いで死なせるわけには……いえ、喋りすぎたわね」
 四片の声には自嘲の色があった。それを聞いてシルディは、彼女もこの戦いを歓迎してはいないのだと感じた。
「……だったら。ボクたちが敵じゃなくなったら剣を引くんだね」
 攻性植物の果実を水凪たちへ向けながら、シルディはなおも四片へ呼びかけを続ける。
「王女様と話がついて、王女様が『やめろ』って言ったら、剣を引くんだね?」
「愚問ね、私は王女に仕える身よ。だからこそ――」
 蝶のように繰る扇を、四片はさっと翻した。
「だからこそ、あなたたちを彼女の元へは行かせないわ!」
 四片の具現化した毒蛾の群れがケルベロスの後衛を包み込んだ。シルディと芍薬はとっさに盾となり、意思を持つかのようにまとわりつく蛾から水凪とアイクルを庇う。
「……っ! 大丈夫!?」
「ありがとにゃ、助かったにゃ」
 アイクルは気力溜めで緋色のパラライズを解除しながら、芍薬に礼を言った。
 幸いにも芍薬とシルディは、BS耐性の効果によって既にパラライズから立ち直っている。
 いっぽうの四片へと目をやれば、鬼人と絶華の手加減攻撃に業を煮やしたのか、その表情には苛立ちを見せ始めていた。
「……あなたたち、何のつもり? 情けでもかけている気なの?」
「ほほう、意外と気が短いでござるな。怒った顔もまた良いでござる」
「ほら、これで凍っちゃえ!」
 エドワードの精神集中がもたらす爆発が四片の周りを包み込み、毒蛾たちを吹き飛ばす。緋色も小さな体と戦場を駆けながら、凍結光線で加勢した。
「く……っ!」
 いずれも本気でないことを悟ったのか、次第に眉を吊り上げる四片に、芍薬は気力溜めで自分の傷を癒しながら言う。
「真っ直ぐで駆け引きが不得手なレリ王女を思うなら、話にのっておいた方が得策よ。他の王子を押さえレリ王女が覇権をとる。そのために私達との会談は――」
 無駄にならない。そう彼女が言おうとした時だった。
 レリの告げる報せが、あまねく戦場に響き渡ったのは。

●三
『ケルベロスたちの進言は我らとの和平であった』
 それは力と威厳に満ちた声だった。
 剣を掲げたレリの言葉に、ケルベロスも、四片も、白百合騎士団の兵士も、その場にいた全員がレリに耳を傾ける。その言葉を一言一句聞き漏らすまいと。
『次の会談、それまでの協力体制が彼らの望み。故によく聞け、我が白百合騎士団よ!』
「会談……協力……」
 それを聞いた鬼人は、胸の奥から何か熱いものがこみあげてくるのを感じた。
 そして悟る。
 レリは――和平に応じたのだと。
『第四王女レリの名の下に、皆に命を下そう。戦場は各々の判断で離脱せよ!』
「これって……もう戦わなくていいってこと!?」
(「だと良いのだがな」)
 喜びに沸くシルディから黄金果実の光を浴びながらも、水凪は警戒を解かなかった。何が起こってもすぐに対応できるように、味方への支援は怠らない。
『和平を受け入れるも由。和平を受け入れぬと言う選択もまた、私は咎めない!』
(「……なるほど。継戦の意思はそれぞれの幹部に委ねるということか」)
 水凪は寂寞の調べを奏でながら思考を巡らせた。
 レリは策士の類には見えないから、罠の可能性はないだろう。全面衝突が回避されたのも間違いなさそうだ。となれば――。
(「最終的な交渉は次にお預け。それまではお互い刃を交えず、必要に応じて協力する……といったところか」)
 宝瓶宮グランドロン探索のために軍勢を動かそうとした王女レリが手を引くというのだ。協定にグランドロンに関わる事項が盛り込まれたのは、ほぼ確実だろう。戦場の熱気は引きはじめ、撤退準備を始めるエインヘリアルの姿もちらほらと見えた。
「ふふっ、そう。……面白いわね」
「四片。あなたはどうする気?」
 ふいに笑い出す四片に、芍薬が問いかける。
「これ以上お互いが傷つけ合うことは無益よ。それでも続ける気?」
「いいえ、戦いはお終いよ。私たちは撤退するわ」
 四片はあっさりそう答えて、兵士たちに命令を飛ばした。たちまち剣戟の音は鳴り止み、戦いを終えた兵士とケルベロスがお互いの陣営へと戻ってくる。
 シルディは傷ついた仲間を回復しながら、安堵と喜びに沸いていた。
(「良かった。これからは、レリさんや四片さんとも――」)
 だがそこで、シルディは妙なことに気づく。
 四片が、武器である扇を閉じていないことに。
「四片さん? もうボクたち、敵じゃないんじゃ……?」
「ええ、少なくとも今はね。けれど――」
 恐る恐る尋ねるシルディに、四片は謎めいた笑みを浮かべると、群青色の扇でレリ王女のいる方角を指し示した。
「あれを見てご覧なさい」
「……え!?」
 その光景にシルディと仲間たちは思わず絶句した。
 レリ王女が、ケルベロスと、戦っているのだ。
「うわ凄い……なにあの強さ、まるっきりバケモノだね」
「ど、どういうことにゃ? どうして戦ってるのにゃ?」
「あれが王女レリというひとだからよ」
 呆然とする緋色とアイクルに答えを返して、忍軍の少女は舞い踊る。群青色の扇を手に、紫の四片を紙吹雪のように散らしながら。
「王女レリは、貴方たちケルベロスに興味が湧いたようね。『私との会談に臨むに相応しい相手かどうか試してやる。さあ、その力を見せてみろ!』とか言ってるわよ、きっと」
「……面倒くさいってレベルじゃないだろ、それ」
 嘆息する鬼人に、四片は誇らしそうに胸を張る。
「そう。それが王女レリ。私の主君よ」
 尊敬する親か姉を自慢する子供のような顔。きっと四片にとってレリはそういう存在なのだろう。太陽の沈み始めた空を花弁で埋め尽くし、少女は「だから」と言葉を継いだ。
「私たちも、ほんの少し遊びましょう。お互いのことを分かり合うために。リミットは――この四片たちが残らず消えるまでよ」
「それは『力』で、ということだな?」
「あら、私は口喧嘩でも構わないけど?」
「……ああ、そっちは遠慮しておこう」
 絶華は肩を竦めて苦笑する。
 ふと気づけば兵士と戦っていたケルベロスも集まってきていた。彼らもレリや四片の話は聞いていたことだろう。なかなか賑やかな遊びになりそうだった。
「四片さんたちとの停戦を祝って」
 シルディがドラゴニックハンマーを担いだ。
「そして、会談の成功を祈って」
 芍薬が熱を帯びた拳を握り固める。
「デュッフフフ。では」
 不敵に笑い、爆破スイッチに指をかけるエドワード。
「いざ尋常に……」
 扇を手に舞う四片。
 そして――。
『いざ尋常に、勝負!』

●四
 夕空が再び茜色に染まったころ、戦いはお開きとなった。
「……行ってしまったわね」
「うん」
 芍薬と緋色は、南を目指して去って行く四片たちを眺めている。
 レリを追い掛けて飛んでいった少女の姿は、もうゴマ粒のように小さくなっていた。
(「小笠原諸島の母島、でござるか」)
 ふとエドワードは、四片が残していった言葉を思い出す。
 ――王女レリとの会談は、そこで行われるそうよ。
 ――ザイフリート王子も同席のうえでね。あなたたちも、すぐ知るでしょうけど。
「母島……エインヘリアルの強襲型魔空回廊がある場所だな」
 東京湾から島までの進路は完全な海路だ。一般人とぶつかることのないよう、王女なりの配慮なのかもしれないと絶華は思った。
「ふう、最悪の結末が避けられて万々歳だ。よかったぜ本当に」
「うんうん!」
 ロザリオに手を当てる鬼人に、シルディは何度も頷く。これから良い未来が待っている。そう思えた。
「四片さんもレリ王女様も、みんな死ななくて良かったよ!」
「うむ……戦い以外の道を見出すという事はきっと尊いのだろう」
 どこか遠くを眺める眼で呟く絶華に、シルディは何度も首を振って頷く。
「会談か。ねえ橘さん、夢を叶える為の大きな一歩にしたいよね!」
「そうね。まずは皆で、この成功を喜びましょう」
 こうしてケルベロスたちは帰還の途に就いた。
 未来への礎に繋がるであろう、大きな吉報を携えながら――。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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