乙女は少年に望んだ死を与える

作者:青葉桂都

●誰も知らない死
 住宅地の外れに建つマンションは、最後の入居者が死んでから数年が経過していた。
 不幸にも相次いで数人の住人が自殺して以来、付近では自殺の名所として知られている。
 その日の夕暮れ時、屋上に1人の少年の姿が現れて、やがてマンションの裏手にある駐車場……だった場所から鈍い音が周囲に響いた。
 小さなうめき声が誰もいないスペースから漏れる。
 近くにある中学校の制服を着た少年は、体中から血を流しながらも、まだ息を引き取ってはいないようだ。
 そこへ、薄汚れたアスファルトを叩く小さな足音が聞こえてきた。
 建物の表側から駐車場へつながる道からだ。
 苦しむ少年がその誰かへ目を向けることはない。
 ただ、足音のほうは迷いなく彼へと近づいていった。
 足音の主は1人の女性。少年の隣へたどりついた彼女は手にしていた斧を振り上げる。
 今度響いたのは、分厚い刃が肉と骨を断ち切る音だった。
 少年はおびただしい血を吐き出すと、妙に穏やかな目で彼女を見上げる。
「君は死神……? 僕を連れにきてくれたんだね……ありがとう……」
 最期の言葉に応じる様子も見せず、彼女は静かに少年が息絶える様を見つめていた。

●ヘリオライダーの依頼
 学校の教室ほどの部屋には数人が集まっていて、中心には1人の青年がいた。
 黒い肌に銀色の髪。二十歳過ぎの青年で、名前は黒瀬・ダンテという。
「ケルベロスの皆さん、いきなり集まってもらってスンマセンっす」
 ダンテはケルベロスに協力する予知能力者、ヘリオライダーだ。
 彼はデウスエクスが起こす事件を予知したと告げる。
「槍の乙女ヴァルキュリアが自殺した男の子の前に現れて、止めを刺すんすよ」
 ダンテは言った。
「現場は自殺が多発して無人になったマンションっす。住人がいないってんで今も自殺の場所に選ぶ連中がいるわけっすよ」
 飛び降りて、瀕死の重傷を負った少年の『死の気配』を感じ取り、敵が現れる。
「ヴァルキュリアは死の気配が濃くなった人間を殺すことで、新たなエインヘリアルを生む力があるっぽいんで、放っておくわけにはいかないっす」
 それに、自殺したとしても、まだ生きている者を見捨てるわけにはいかないだろう。重体だがヒールがあれば救うこともできる。
 少年が倒れているのは裏手にある駐車場跡だという。
 ヴァルキュリアはマンション表側の路上に出現し、建物横にある通路を歩いてくる。
 現場の近くまでヘリオンで移動した後、余計な寄り道をせずに向かえば、ヴァルキュリアの出現より早く到着することができる。
 残念ながら少年が飛び降りるより早く到着することはできないが……。
「できれば敵が駐車場に着く前に戦ったほうがいいっすね」
 駐車場へ入るための通路は、大型の乗用車よりちょっと広い程度の幅がある。
 槍の乙女と言いつつ装備している武器はルーンアックスのようだ。使用する技はケルベロスと変わらないと考えてよさそうだとダンテは言った。
 ダンテの話が終わったところで、シャドウエルフの少女が静かに口を開いた。
「自ら死を求める気持ちは理解できんな。当人には当人なりの理由があるのだろうが」
 セルベリア・ブランシュと名乗った彼女も無論ケルベロスだ。
「だが、その死を利用するデウスエクスのやり方は認めるわけにはいかない。たとえ望んだ死であってもだ」
 アームドフォートを手にセルベリアは立ち上がる。
 よろしく頼むと彼女は言った。


参加者
神代・カガリ(禍狩・e00537)
アマネ・カナタ(サキュバスの鎧装騎兵・e01039)
アリスティア・セラフィール(白天の蒼剣・e01318)
皇・十六夜(断罪を執行する者・e04076)
井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)
飯綱・御言(お稲荷さんの探求者・e04695)
久遠・薫(睡眠至上主義・e04925)
桂摩・しず(シャドウエルフの魔法使い・e07020)

■リプレイ

●倒れている少年
 付近までヘリオンで移動したケルベロスたちは、急ぎ現場へと向かった。
 ポニーテールを振り乱して真っ先に現場に走りこんだのは、飯綱・御言(お稲荷さんの探求者・e04695)だった。
 できうるならば自殺するという少年を受け止めたい。
 けれど、その想いが果たされることはなかった。
「……やはり、間に合いませんでしたか」
 駐車場にはすでに中学生ごろと思しき少年が血を流して倒れていた。
 もっとも、少年が死にかけなければヴァルキュリアが現れない可能性もあるので、間に合うならヘリオライダーから注意があっただろう。
 間に合わないと知っていたとしても、御言や、他の者たちが仕方ないと割り切れたかどうかはわからないが。
 他のケルベロスたちも、マンションと隣の建物の間にある通路へと入り込む。
 情報によれば、敵もまたその通路を通ってくるはずだ。
 手当てに向かう数人だけが駐車場へ向かい、残りは通路で迎え撃つ。
「セルベリアさん、あの子を手当てして、それから付き添ってあげていてください」
 アリスティア・セラフィール(白天の蒼剣・e01318)はセルベリア・ブランシュ(シャドウエルフの鎧装騎兵・en0017)に声をかけた。
「戦闘に巻き込まれたりまた自殺したりするかもしれません。それに、あの子には、きっと手をつないでくれる人が必要だと思います」
「……了解だ」
 頷いて、シャドウエルフの少女は少年の下へと足早に向かっていく。
「頼みましたよ。みんなと一緒に、ここを通さないようにしてくださいね」
 桂摩・しず(シャドウエルフの魔法使い・e07020)は自らのサーヴァントであるオーストラリアン・ケルピー種のオルトロスに声をかける。
 一声吼えて応じたオルトロスを残し、しずも御言を追っていった。
 ヴァルキュリアを迎え撃つケルベロスたちは6人。
「失われていく命を見るのは、辛いことだね」
 井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)は、彼の前で失われた誰かを思い出しているようだった。
 同じく大切な人を亡くしたことのある皇・十六夜(断罪を執行する者・e04076)には、なんとなくそれがわかった。
「……うん……そうだ……ね……」
 戦いの前に語り合うようなことではない。ただ、相槌だけ打って、十六夜は小さなドラゴンへ語りかける。
 異紡はゾディアックソードを抜き、戦闘植物に生命エネルギーを食わせていた。
「……初任務だよ……ヴォル……………頑張ろうね………♪」
 ボクスドラゴンのヴォルケールに語りかけて、十六夜も自分の武器を抜く。
「さて、では頑張っていく、ですよ」
 久遠・薫(睡眠至上主義・e04925)は防刃グローブをしっかりと締めなおしていた。
 建物の表側から足音が聞こえてきた。
「おでましだ。さあ、迎え撃つとしようか」
 アマネ・カナタ(サキュバスの鎧装騎兵・e01039)が足音の主を見据える。
 斧を手に、若い女性の姿をしたデウスエクスがケルベロスたちの前に姿を見せた。
 戸惑う様子もなく、ヴァルキュリアは斧を無造作に構えた。
 神代・カガリ(禍狩・e00537)が一歩前に出た。
 修道服に入ったやたらに深いスリットから黒い下着がのぞくが、無論この場でそれに注目する者などいない。
 妙に長い鎖で柄とつながった棘付き鉄球をカガリは突き出す。
「支配された事情があるにせよ神の叛逆者に加担する存在である事に違いはないわよね。来なさい。カガリが狩ってあげるわ」
 大人びた態度で告げる。
 本来カガリが狩るべき『本命』ではないが、その配下をまず狩る。
「……ケルベロス。お前たちに用はないが、邪魔をするなら叩き斬る」
 冷たい声音でヴァルキュリアは告げ、飛ぶように一歩で間合いまで踏み込んだ。

●戦乙女を阻む壁
 アリスティアは、踏み込んできたヴァルキュリアの前に立ちはだかる。
「あの子の命は差し上げられません」
 敵であろうと、決して礼を失せぬように。
 心優しきオラトリオの剣士は、片手で静かに斬霊刀を構える様はあたかも一枚の絵画の如く。
「やれるものならばなっ!」
 跳躍したヴァルキュリアは斧を思い切り振り下ろした。
 とはいえその攻撃はアリスティアまで届かない。前進した異紡が攻撃を体で受け止める。
 血を流す仲間の姿に心を痛めながらも、決して激昂するようなことはせず。
 ただ静かに、指輪をはめた手をアリスティアは握った。
 手の中に生まれた光の剣。
「申し訳ありませんが、止めさせていただきます」
 異紡の横をすり抜けて、光の剣を振り抜く。
 あくまで優雅なその剣技に、気おされたようにヴァルキュリアが一歩下がった。
 仲間たちも攻撃をしかけ、あるいは道をふさいだままみずからを強化する。
 菫の周囲には、この季節には不似合いなものが舞っていた。
 無数の木の葉が眠たげな少女の周囲を取り囲んでいる。それは、シャドウエルフの魔法によって生み出したものだ。
 十六夜のナイフに映る幻影からヴァルキュリアが素早く視線をそらすが、そこにアマネの左目から生み出された魔力弾が命中する。
 悪夢に捕らわれた敵へとカガリの鉄球も襲いかかった。
 反撃しようとしたヴァルキュリアに向かって、木の葉の影から菫の糸が伸びる。
 鋼の糸は体に絡みつき、縛り上げる。
 光り輝く戦乙女の斧が空を切った。
「どうしました? まだまだ、ですよ?」
 菫の言葉に、敵が舌打ちをした。
 ケルベロスたちが敵を防いでいる間に、しずたちは少年を癒していた。
 周囲に浮かぶのはセルベリアのドローンだ。
 御言が改造スマートフォンでネットに心温まるエピソードを投稿していた。
 しずは木の葉を倒れている彼の周囲に舞わせる。
 苦しげにうめいていた少年の息が、和らいだ。
「とりあえずは、無事のようだな」
「ええ。お任せしていいですか、セルベリアさん」
「問題ない。余計なことをしないよう、手を握って捕まえておけばいいのだろう」
 言葉を交わしている間に、少年が目を開く。
「生きていれば、希望はあります、あきらめちゃあかんぜよっ」
 真面目そうに見える表情を作って声をかけると、御言は戦場へと戻る。
 とまどったように御言と、セルベリアやしずを見てから少年は深い息を吐く。
「……助けてくれたんですね。どうも、ありがとうございます」
 礼を述べる彼は、感謝しているようにはとても見えなかった。
「私ね、息子がいるの」
 そんな少年に、しずは声をかける。
「たとえ世界中から憎まれるような極悪人になったとしても、死んだ方がマシだと思える状況になったとしても。あの子が死んだら、私は哀しむわ。私は、あの子の母親だから」
「あなたの子供は……幸せなんでしょうね」
 自分は違う、と言いたげな彼の言葉がしずは気になった。
 けれど、さらに話を聞く時間はない。
 セルベリアに後のことを任せて、しずは通路に向かう。
「静寂の谷に住む、優しき眠りへの誘い手達よ。我が眼前の者たちに、永久の眠りを」
 しずの周囲に妖精界に生息する青い蝶が現れる。
 蝶を連れて走っていく。戦いはまだまだ終わる気配さえもなかった。
「静かな眠りと美しい夢は、いかが?」
 仲間たちと戦っているヴァルキュリアへと蝶を差し向ける。
 ガラス細工のように繊細な翅から鱗粉が舞い振り、戦乙女を眠りへと誘っていく。
 ヴォルケールのブレスを敵がかわした。
 十六夜の攻撃も、なかなか当たっていない。
 デウスエクスは強敵だ。改めて、十六夜はそれを痛感していた。
 だからといって諦めるわけにはいかない。
 彼女が螺旋忍者になった理由……憎むべき敵にいつか到達するために。
「………死んだら……だめです……絶対だめです……………。けど……トドメを刺す貴女はもっと……だめです……」
 薔薇の描かれたナイフを握りなおす。
 周囲に真っ赤な薔薇が無数に出現する。
 薔薇に埋もれながら刃を繰り出す。
 ヴァルキュリアはそれをまたかわそうとした。
 けれども、巻きついたままの鋼の糸が逃れようとする動きをわずかに遅らせる。
「……貴女の罪は……………私が……裁きます…………!」
 ナイフがヴァルキュリアへ届く。
 一撃が白い肌をとらえ、薔薇に埋もれたまま十六夜はさらに刃を振るう。
 切り刻まれた戦乙女が舌打ちをした。

●狩り手の終焉
 諦める様子もなく、ヴァルキュリアは斧を振るい続けていた。
 実際、実力で言えば敵のほうがケルベロスたちよりも明らかに高い。
 後衛から狙い撃つしずの攻撃はほぼ確実に当たっているものの、他の仲間たちは手数でどうにか敵の体力を削っている状態だ。
 少しずつでも受けていく傷を癒す手段は敵にはなかった。
 アマネは目の前で振り上げられた斧に向けて、剣を振るおうとした。
 だが、青い蝶に取り巻かれた敵は手元を狂わせ、自らを斧で傷つけてしまう。
「どうした? 疲れてきたんじゃねえか?」
 不敵に笑って、語りかける。
「……気を入れなおしただけだ。心配される言われはない」
「物は言いようだな。なあ、お前らはエインヘリアルに滅ぼされ使われてるのを、どう思ってんだ?」
 わずかにできた余裕で、アマネは問いかけていた。
「どう?」
 ヴァルキュリアが不思議そうな顔をする。
「我々はエインヘリアルとなるべき魂を探して、導く。かつても今も、為すべきことはなにも変わっていない。それなのに、なにを思う必要がある?」
 無論それは、目の前にいるヴァルキュリア個人の考えなのだろう。中には、なにか現状について思うところがある者もいるかもしれない。
「けど、お前のことは遠慮なくぶちのめしていいってことだな。よくわかったよ!」
 ヴァルキュリアの鎧の脆い部分へ向けて、鉄塊剣を薙ぐ。
「この程度の威力ではとてもできそうもないな!」
 鎧を砕かれながらも、敵はそう応じる。
 けれど、その鎧が砕けた部分に、次いで十六夜と菫の螺旋が命中し、剥き出しになった肌を凍りつかせていた。
 氷に苛まれて、あるいはアリスティアの刀による霊体の汚染によって、少しずつではあるが時間とともにヴァルキュリアは弱っていく。
 もちろん、敵の攻撃をしのげている場面ばかりではない。
 凶悪なヴァルキュリアの斧が仲間を断ち切る場面のほうがむしろ多い。
 前線が崩れるのを防いでいるのは、盾になっている異紡やしずのオルトロスだ。
 そして、傷ついた彼らを御言が癒す。
「たた吉さん、いらっしゃいっ」
 素朴な顔をした、鬼のようなものが異紡の肩を叩いてその疲れを癒していた。
 異紡は弱ってきたヴァルキュリアへ手を伸ばした。
「85cm、君にも手を伸ばして掴んでもらいたい。ほんの少しの距離なんだ」
 握り返してくれれば、受け入れてくれれば、彼の手は彼女を傷つけない。
「何を言っている?」
「君が受け入れてくれたなら、85cmは君を傷つけず君を癒す。手を伸ばし、手を取ってくれるなら僕らにはもう傷つけあう理由がない」
 訴えかけるように言葉をかける。
「85cmは、僕の願い。ねぇ、手を握り返して」
「……そうして、私も配下に取り込もうというわけか? そこにいるエルフのように」
 けれど、想いは届かなかった。
 シャドウエルフである菫やしずはヴァルキュリアの言葉を否定するが、それを敵が信じることはなかった。
 優しい言葉を拒絶した敵の前に、今度は狩り手が立つ。
 神に仇名す災禍を狩る者を自認するカガリだ。
「カガリは最初からあなたを救う気はないわ。もう止める人もいないわよね」
 故に、デウスエクスの中でも神を滅ぼしたエインヘリアルは最初に狩るべき敵だ。
 その尖兵であるヴァルキュリアも容赦なく狩るのみ。
「ところで槍の乙女のくせに斧ってふざけてるわね」
「……お前の武器はふざけていないとでも?」
 カガリは棘つき鉄球を持っているが、武器となるのは主に鉄球と柄をつなぐ鎖だ。
 とはいえ、鉄球も武器にならないわけではない。
「別にカガリはカガリだからいいのよ。神の名のもとに、カガリが断罪してあげるわ。とっとと砕けて滅びなさい!」
 鉄球を飛ばす。
 ヴァルキュリアは飛びのくが、ケルベロスチェインが伸びて敵を追う。
 鎧の砕けた部分を覆っていた氷を砕き、鉄球の棘がヴァルキュリアへと刺さり……そのまま細身の体を貫いていた。

●居場所
 ヴァルキュリアの死体が消えていく。
 それを見届け、菫は息を吐いた。
「ふぅ、疲れましたね……甘いもの食べたいです」
 戦いが終わったことを察し、セルベリアが少年に問題がないことを告げてくる。
 仲間たちが、駐車場へ向かうのを見届けてから、バームクーヘンを取り出した。
 甘味を補充しながら、菫はその場を立ち去った。
 駐車場ではカガリが座り込んだままの少年を見下ろしていた。
「神と肉親に授かった命を放棄する行為はこの世界で最大級の大罪。その罪を犯した代償はしっかりと払ってもらうわ」
 カガリが言い放つ。
「貴方はどれほど凄惨な目に遭おうとも自然死か病死でもするまで生き続けるのよ。生きることが苦痛というのだから罰には丁度良いわよね?」
 今日のカガリは優しい教会のシスターではない。優しい自分に会いたければ教会に来いと告げて、去っていく。
「つまりは、死ぬ前に相談に来い、ってことじゃないかな」
 しずは、少年の前にかがんで話しかける。
「貴方の抱える事情はわからない。でも、ここにいる人達は貴方の死を悼み、貴方の命を救いたくてやってきたの。自殺も失敗したことだし、もう少しだけ、せっかくだから死ぬのを延期してみない?」
 視線を合わせて、そして、笑いかけた。
「君にとっては迷惑かもしれないけど、言わせて欲しい。良かった。君が生きていてくれて」
「綺麗事かもしれ………ない……けど…………生きてれば………希望はあるよ………? ……だから………生きて欲しい………な………?」
「そうだとも。困ったことや、相談事があったら、ここに連絡したまへ」
 異紡や十六夜、御言の言葉を聞いて、彼はケルベロスたちをじっと見つめた。
「あなた方は……。……いい人なんですね。ありがとうございます」
 空虚に笑う彼は、皮肉ではなく、彼は感謝しているようだった。
 けれど、彼は死ぬのをやめるとは、言わなかった。
「オレの認識じゃ……加害者はすぐ忘れて、好意的な方にだけ傷が残るもんだ」
「忘れて欲しいんです」
 アマネの言葉に即座に答えた言葉には、これまでの言葉より少し力がこもっていた。
「僕はあの人たちが好きだから、僕のことを嫌いなあの人たちに忘れて欲しいんですよ」
「そうか。押し付ける気もないし何が何でも死ぬってならもう止めないが、いっそ他所で新生活ってのは? 援助くらいはできるぜ、カード用の資産をいくらか回せば」
「困っている事があるなら、私達が力になりますから」
 アリスティアも優しく微笑みながら男の子に自分のケルベロスカードを差し出します。
「私とお友達になりましょ」
 しばらく迷ってから、彼はカードを受けとる。
「わかりました。せっかくだから、しばらく延期してみます。これがあれば、どこかには行けるでしょうから」
 立ち上がろうとした少年の前に、アマネはもう一度手を伸ばす。
「何だったらしばらくウチに泊まるか?」
 今度の少年の沈黙は、カードを渡した時よりもっと長かった。
 だからこそ、それが少年がかけて欲しかった言葉なのだと、ケルベロスたちにはわかった。
 彼は連れていって欲しかったのだ。死神にでも、他の誰かにでも。
「遠慮すんな。けど、色気のある展開はないからな?」
 長い時間をかけて考えてから、彼はアマネの手を取った。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 8
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