●命、天秤の向こう側
潮騒の渡るその場所に、竜は居た。
城ケ島。
先の戦争で魔竜ヘルムート・レイロードが陣を布き、そして地獄の番犬達が踏み入ることができなかった場所。
「まだだ。まだ終わるわけにはいかぬ」
そう呻くのは黒の身体に青白い光を宿した竜──ジエストル。
見下ろす足許に光る陣の紋様は竜の身体に似た淡い光を帯びて、そしてその光量は徐々に増していく。それは徐々に光の柱を成していく。
「『固定型魔空回廊』。これさえあれば、われわれは自由に竜十字島よりこの場へと現れることができる。この島を拠点とし、新たにその牙を……!」
紡ぐ言葉の途中で、その巨体から血が噴き出した。
攻撃を受けたわけではない。竜の身体が内側から膨れ上がり、そして破裂したのだ。
滴るその血を吸い上げるようにして、更に陣は光を増す。同じような傷が既にジエストルの身体にいくつも存在することが見て取れる。
消耗が激しいのは火を見るよりも明らか。
しかしその眼には揺るがない決意が宿る。
「退くわけにはいかぬ。同胞のために散っていった者たちのためにも。その死を無駄にせぬために、なんとしてもやり遂げる。……そうであろう?」
うっそりとジエストルが顔を上げる。
この城ケ島において他にも二頭の仲間が、同じ苦しみの中で儀式を行っているはずだ。
「……『獄混死龍ノゥテウーム』よ」
ゆえに、此処を落とされるわけにはいかない。
ジエストルの顔を向けた先に控えていた『存在』が、混沌の液体と獄炎纏うその『存在』が、骸の奥で唸りのような音を零す。それは声だったのかもしれない。
「同胞のために自我を棄てた誇り高き者たちよ。もう一度お前たちと共に往く。必ず、ケルベロスたちの侵入を阻止せよ。儀式を完遂させ、固定型魔空回廊を完成させるのだ……!」
死龍が、吼える。
●死路の礎
厳しい表情でヘリオンと向き合っていた暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)は、ケルベロス達の到着にようやく少し口角を上げた。
「まずは、お疲れさまでした、Dear」
リザレクト・ジェネシスと呼ばれる戦争が勝利に終ったのは、まだつい先日のことだ。
それは確かに勝利だった。
けれどまだ、気は抜けない。
「今回の戦争では、多くの有力敵が落ち延びる結果となりましたので、追撃戦を、組むことになりました」
共に剣を持つことのできない身である彼は、その宵色の三白眼に憂いを覗かせる。
「今回、Dear達に向かっていただくのは、城ケ島。その東端に近い、洲乃御前神社です」
神社、と言っても鬱蒼と茂った草木に囲まれたそこは、小さな社などがあるのみなのだと言う。
「……そこに居るのは、ジエストル。そして彼を護るように、『獄混死龍ノゥテウーム』が……3体」
その戦力の大きさに、言い淀む。
チロルは唇を引き結んでから、地獄の番犬達へと視線を巡らせた。
「東にジエストル。中央には魔竜ヘルムート・レイロード。西に堕落の魔王。その三竜が、儀式を行うことが予知されたんです」
それは、『固定型魔空回廊』を生み出すための儀式。
この魔空回廊が完成してしまえばドラゴン達の巨体を以てしても移動が可能となりゲートのある竜十字島の戦力がいつでも呼び寄せられることになってしまうのだ。
「固定型魔空回廊が奪われると、本星──ドラゴニア──へのゲートの場所が特定される、というデメリットがあるので、おいそれと作り出そうとすることはないはずのものなんですが、……ドラゴン達のゲートの場所は既に露見していますから」
惜しむ気はないのでしょう、と彼は小さく肩を竦めた。
当然、城ケ島全体の警戒度は底無しに上がっている。戦力の多くを竜十字島へ帰還させたとは言えども、残った護衛達が島を警備しているため、正面から乗り込むのは無謀だ。
「そのため、俺達がそれぞれの竜の頭上までヘリオンで移送します。Dear達は直接、儀式を行う三竜達の目の前に躍り出ていただけます。……が」
ここからが本題だと、チロルはまた表情を曇らせた。
ジエストルはその命を削りながら儀式を行っている。それはいいのだ。それは──チロルは紅い翼のヘリオライダーを思い浮かべる──、同じでありながら、別の話なのだ。
「ハガネと俺がDear達に依頼したいのは、そのジエストルを護る『獄混死龍ノゥテウーム』との戦いなんです」
獄混死龍ノゥテウーム。
今年の秋頃から、ジエストルと『先見の死神』プロノエーによって生み出された、『定命化に侵された肉体を無理やりサルベージすること』によって定命化を逃れるのと引き換えに『知性』と『自我』を喪いながらも戦い続けることを選んだ『存在』。
生ける屍でありながら、死龍。
「秋に現れていたのはまだ『未完成』でした。8分程度しか肉体を維持できず、自壊する、……それでも強敵であった彼らが、今回の3体は完成形に近付いている、との情報です」
自壊に至るまでの時間は延びているというのに、相手は3体。
「他班と連携してノゥテウームと戦う──そんな作戦ではジエストルの儀式が成ってしまうでしょう。なので、Dear達の班にはノゥテウームとの戦いに専念してもらいます」
完成形に近付いた彼らが、どれだけで自壊に至るのかは判らない。
かと言って、回復に専念していてはノゥテウーム達は当然、ジエストルへと向かう班への攻撃に切り替えてしまう。
「儀式の三竜と直接あいまみえるわけではありません。それでもDear達の戦いの成果如何で大きく状況は変わるでしょう」
そこまで告げてチロルは視線を落とし、幻想を帯びた拡声器へと手を添える。
「……耐え抜いてくれ、と。俺には、それしか言えません。けど」
彼は視線を上げて、ひとつ肯く。
「それでも良いと言ってくれるのなら。共に往きましょう。目的輸送地、──死地。以上。どうか、」
ご無事で。と続く言葉は紡げなかった。
参加者 | |
---|---|
鉋原・ヒノト(焔廻・e00023) |
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651) |
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301) |
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659) |
紗神・炯介(白き獣・e09948) |
輝島・華(夢見花・e11960) |
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610) |
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641) |
●死地、その上空
落下に伴う風を裂く音をやり過ごし、眼下に見据えた、骸の竜。
そして黒と青の竜と──光の陣。
「お前らドラゴンに……っ、好き勝手なんざさせるか……!」
花咲く箒の意匠のライドキャリバーが内蔵のガトリング砲を展開しながら急降下するのを横目に、少年は叫ぶ。
「オレ達にも護りたいもんがあるんだよ!!」
花火のような閃光と轟音が弾けた。
三体の骸の竜達が窪んだ眼窩を向ける。
ぎょろり。と。
その眸が捉えて。
がぱり。と。
その咢が開いて。
絶叫と。
混沌の渦が。
────迸った。
●死龍とダンスを
「……っ!」
身を捻り鮮やかな赤のフード付ケープに風孕ませて、降り立ったその脚に絡みつく混沌に微か目を眇め、フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)は次々に着地する仲間達へ視線を走らせた。
己を含んだ後列の仲間へ左右から重ねるように浴びせられた混沌は足取りを鈍らせ、耳をつんざく悲鳴にも似た咆哮は前列の仲間達へと強い圧を与えたようだ。
「華さん!」
「はい、フィー姉様、私は手筈通りに……!」
視線を交わすが早いか、流動の銀を纏いオウガ粒子を後列の仲間へ向けて放つ彼女の隣で素早く立ち上がった輝島・華(夢見花・e11960)も杖を振るって前列の仲間達の前へと雷の壁を築き、状態異常への耐性を高めた。
「やれやれ……とんだ歓迎だね」
「ああ。だが、これでわざわざ調べる必要はなくなった」
与えられた癒しの力ではもちろん、全快には至らない。それでも小さな笑みさえ浮かべて軽く首を振る紗神・炯介(白き獣・e09948)に、同じくオウガ粒子を前列の仲間達へと降り注いだジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)はハットを軽く引き下げつつ肯く。
咆哮を上げた一体。あれが、ジャマーであるはずだ。
静かに、地獄の番犬達は狙いを定める。
低い地鳴りの如き唸りを上げていた死龍達はけれど、ゆらと向きを転換した。地獄の番犬達の肌にもひりつくように伝わる、確かな『もうひとつの戦闘』の気配。
「ブルーム!」
華の声に一輪のタイヤが土を蹴立て、その刹那。
ノゥテウームの禍々しい角へと、直下降で蹴撃を叩き込んだ炯介とラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)が歪なしゃれこうべごと強く蹴りつけ眼前へ着地した。その瞬足を追ってふた筋の虹が軌跡を描く。
「言っただろ。好き勝手なんざさせるか、ってな!」
「ゴオォオォオオ……!」
完全な不意打ちに、竜の眼球に怒りのいろが宿り「、」ラルバは息を呑む。
かつて相対したことのある『未完成』の個体でさえ、彼らは自壊に至る8分を全て費やし勝利をもぎ取った。その記憶もまだ新しいからこそ、完成体に近付いたという『それ』に、僅かの予断も許されない。
『未完成』ノゥテウームとの戦闘は、此度の戦いに挑む8名の内6名もが経験済だ。
──そう、あのときと同じ……ですが。
彼女の命に応じて竜の前へと立ち塞がるライドキャリバーを見つめる華の隣で、フィーも小さく息を吐く。
「……生きてるのと死んでないのって、全く別物だと思うんだけどなぁ……。これじゃ最早どんな竜だったかも解らないよ」
きっとこれで望み通りなんだろうけど。理解はできない。それでもある種の納得はできる気がした。そんな彼女の傍。
空気を凪ぐように薙ぐように届けたウタは無数の花弁を纏い、ふたりの仲間への怒りに眦を吊り上げる竜のその視界を塞いだ。それは、或る嘘吐きの詩 -Merry Bad End-。
「悪いな。そんな姿に堕ちてまで成し遂げたかったことを、今から『俺達』が全力で潰しにかかる。──……覚悟は、いいな」
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)の紡ぐその音はそう、『嘘』であり真実だ。
悟られてはいけない。
この戦いが彼らの全身全霊を掛けた、足止めであることを。
『獄混死龍ノゥテウーム』。煉獄の翼を持ち混沌でその肉体を補う、屍の竜。
かつて湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)がまみえた個体と煉獄と混沌の位置は違えど、見目はほとんど変わらない。
それでも美緒は微かな驚きを禁じ得ない。『未完成』達が現れ始めたのは秋。そしてこの3体が現れるまでの期間の短さを思えば、
──死神はこの技術を、思ったより早く完成させることができるのかもしれない……。
「オォオオオオオオオオオオォ!!」
怒りに目を眩ませた竜が混沌の体液をまき散らして大きく口を開いた──対象は忌々しいこのふたりであると言わんばかりの、前列を呑み込む超大な業火。
「っ……!」
皮膚を焼き喉を灼く熱。文字通り燃えるような痛みに歯を食い縛り美緒は仲間へと視線を走らせた。
──まだまだ、ですっ……!
炯介とラルバからの力強い首肯を視界に捉えると同時、彼女は桜色の髪に弧を描かせ大きく腕を振るった。竜の爛れたような混沌の皮膚に突き刺さったピックが雪だるまのマークを浮かび上がらせ、びきびきびきッ、と途端にその皮膚と骨を氷が覆った。
「ガァアアアアア──!」
「けほっ! ……効きましたか? お父さん直伝のピック投げ!」
更に勢いを増す炎に巻かれながらも彼女は笑って見せる。
彼女の攻撃を受けていない2体の竜が翼を大きく広げ、そして攻撃、
「──じゃ、ないよな! させないぜ!」
見せ掛けてジエストルの許へ飛翔しようとした巨体を、鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)とナザクの放った竜気纏う白銀の砲弾がそれぞれ射ち墜とした。
ノゥテウームの強さは知っている。厳しい戦いになるのは承知の上だ。
けれどヒノトとナザクはもうひとつ知っている。『彼ら』は時に敵を欺く行動を取ることができる。彼らに知性はなく、自我もない。だから他者を蹂躙するためのその術は、彼らがそれらを捨てる前に培い身に染みついた戦い方であることを。
つまり自我を失ってからの行動理念も、同じだ。
──……ドラゴンというのは何処までも強大で粗暴で傲慢で、……仲間想いだ。
足掻き体勢を立て直そうとする竜の姿に、ナザクは竜胆色の瞳を細めた。
──ああ、なんというか……、
続く想いは、言葉にならない。ヒノトの視線に強く肯きを返すと、彼も肯いて白銀の槌を赤水晶の杖に持ち替えて、笑った。
──父さん、母さん。アカ。力を貸してくれ。
「ここを俺達の死地にはしない。務めを果たして、8人全員で帰るぞ!」
「ええ、耐え抜いてみせますとも。ドラゴン達の好きにはさせません」
応じたのは、華だけではない。雷壁の内側で前衛の仲間達もめいめいに首肯を返した。
●崩壊のメロディ
最初に崩れたのは、ブルームだった。
炎揺らめく戦場の中、華はそっと眉根を寄せる。
──ごめんね……お疲れさま、ブルーム。
綿密な話し合いを経て選んだ作戦は見事であったと言わざるを得ない。
格上の存在を3体同時に相手取りながらも、彼等は奮戦していた。
牙に大きくえぐられたヒノトの傷へ回復を施しつつ、ちらりとフィーは茂みの向こうへと視線を遣る。
──ドラゴン……固定型魔空回廊……。
およそ3年前、ふたりの戦友を永遠に喪った白龍神社は目と鼻の先だ。あのときの目的も、勝つことじゃなかった。
どれだけ時間が経ったのか、6分を越えた辺りからもはや判らない。けれど確かに、彼らは目的を果たし続けていた。つまり、ノゥテウームの足止めに成功していた。
ヒノトを始め多くの仲間の首に下げたホイッスルの出番は、今のところ無さそうだ。
ただ──相手はやはり、格上だった。
2体の竜が広範囲に吐く炎が想像以上に厄介で、内1体はジャマーの位置に居座っていたからこそ、なおのこと。
更に後衛の竜の鋭い爪は防御を崩してジゼルの左腕を細枝のようにひしゃげさせ、吐く火球の範囲は狭くとも超大なダメージを与えた。
「ラルバさん」
「っ助かる! ──宿れ神風、轟き吹き抜け切り刻め!」
美緒の放つ桃色の霧を纏ったまま駆け抜けたラルバの両の掌から生み出された突風は的確に再びジエストルの許へと向かおうとした竜の傷を穿つ。
「ギァアアアアア!!」
後列の竜にディフェンダーがそれぞれ抑えにつく作戦。炯介は上がりそうになる息を数度の呼吸で整える。
「……必死で、仲間想いな君達の事。嫌いじゃないよ。……でもね」
血に濡れた髪はそれでもしなやかに波打ち、獣の迅さで跳ぶ。竜の大きな瞳を見下ろしてどこか憐憫を含んだ眼差しで、彼は言う。
「僕達も譲れないから」
放つ五月雨。蒼い地獄を纏う鋭い蹴撃叩き込むのは同じく、敵の傷口だ。
「ゴオォオォ……!!」
「ガァア──!!」
悲鳴を上げる竜へと向き合う炯介、その背後に迫った怒りに我を忘れた獰猛な眼。巨大な牙が彼の肩口へと深々と突き刺さり──、
「っ……、ようやく、この程度か。嫌になるね」
引き抜かれた箇所から鮮血が散る。けれど積み重ねた攻撃の効果が表れて、耐えることも可能なほどにその牙は鈍っていた。
素早くフィーが翡翠色の薬液を撒いた。七色秘薬『翠』──オーバードーズ・グリーン。浮かび上がる癒しと守護の魔方陣は肩を抑えつつ苦々しさ滲ませて呟く炯介を取り囲んで、その様を見届けることなくジゼルは竜の眼前に躍り出た。
「残念だが、私はキミ達の事情や決意になど興味はない。侵すのならば、阻むまでだ」
胡桃色の瞳が見据えるのはただ、『人』を害なす存在でしかない。
「ガ、ァア……!」
きり、と歯を噛み締めて。流動の銀を纏い動かない左の腕を固定しながらも、鬼と化して突き出した右の拳は硬い鱗を断ち割り、竜の命を終らせた。
「し、ねない」
崩れ落ちたノゥテウームの姿を目にして、炯介の前に佇む竜が発した。
ノゥテウームに、自我も知性もない。それでも。
「死なない」
「死ねない」
「死ねない」「死なない」「死なない」「死なない」「死ねない」「同胞の」「死なない」「死ねない」「同胞の」「死ねない」「死なない」「死なない」「死ねない」──。
思わず振り仰いだ炯介など目に入らない様子で竜は骸の口から『言葉』を落とし続ける。
それは彼が縋り続けている願いのような──呪いのような。
──理解、
できないと、思っていたのに。
「っ、」
その一瞬の隙に竜は飛翔し、開いた咢から超大な灼熱の火球を吐いた。
「ッさせねえ!!」
目を見開いた華の前へ咄嗟に飛び出したのは、ラルバ。
「──っ……!」
業火が容赦なくその翼をその身を灼き尽くす。後列のノゥテウームの抑えに尽力しながらも、仲間を庇い続けた彼の体力は、限界だった。
ノゥテウームに比べるといかにもかそけき音を立てて、ラルバの身体が地に頽れた。
「ラルバ!」
ヒノトの悲痛な声。
以前にも共に戦った仲間が倒れる姿が、ナザクの目には嫌にゆっくりと映った。
ざわり。と。
翼が、目の奥が、左の胸が──制御が、箍が、壊れ、
「!」
「オォオオオオオオオオオオォ!!」
しかし。
「っ行かせない!」
敵の目的はあくまでも、ジエストルの援護。儀式の完遂だ。
だからケルベロス達の命を狙うことはなかった。彼らにとっては『邪魔』がなくなれば、それで良い。──そうだ。判っていた、ことだった。
迅速にラルバの居た場所へと駆けつけた勢いのままヒノトが高く跳躍して、星のオーラを蹴り込むのに続いて、ジゼルも静かに喚ぶ。
「来たれ魔霧の怪。逃げ行く敵に戒めを」
跳び回り銀のナイフを竜の傷へと突き立てていく幾多の小人は、跳足の刃──スプリングホッパー。小人達に翻弄される竜へ、美緒の決死の歌が届く。それは「殲剣の理」。
──行かせません、……例えなにがあろうとも。
絶望を知らないその歌声に、竜達の眼の色が変わる。怒りが、すべてを塗り潰す。
その、とき。
「──ジエストル……!」
大きな地響きが轟いて、彼らは『彼ら』の勝利を知った。
横たわる、首を失った黒と青の竜の姿。
「オォ、オオオ……」
それがきっかけだったのか。それとも時間が経過したのかは判らない。
ぼたり、ぼたりとノゥテウーム達の身体も崩れ始めた。蓄積した傷から鱗のような混沌が剥がれ落ちて煉獄の炎は勢いを急速に失っていく。
──……耐え抜いた……。
そう誰かが全身の脱力感に見舞われた、そのとき。
「っ?! あれは──?!」
ヒノトが指を差したのは、輝き続けていた光の柱。
それが天まで貫かんばかりに伸び──そして弾けた。続いて降り注いだ光の雨が島を横断するように繋がる方向は、同じく城ケ島のドラゴン達へと挑んだ仲間達がいる場所ではないだろうか。
「ォ、ォオオ……」
最期にノゥテウームが零したのは歓喜の声であったのか。それとも悲嘆の声であったのか。煉獄の炎は絶え混沌は泥のようにわだかまり、残る骨も砂のように崩れ落ちて、真相と共に消え去った。
「……どう、なった……?」
足を引きずる炯介へと肩を貸すナザクは、光の雨が止んだ空を覆った『影』にその答えを知る。
「竜、だ……」
島の中央から現れたかつてない魔竜の群れが、空を覆っているのだと。
「そんな──」
「アリエータ姉様、萌花姉様っ、ご無事ですかっ?」
「華さん?!」
美緒が絶句する横を、慕う姿を見付けた華が駆け抜けた。
けれどジエストルと死闘を繰り広げた仲間と合流した彼らは新たに知った。
竜達の執念により儀式が完遂してしまったことを。
そうこうしている間にこの東端に近い場所にも新手の竜が来て、城ケ島全体がドラゴンの支配下に落ちることは明白だった。
だが。
「……中央が落ちるのは、より早いだろうな」
「そうだな。だが……」
フィーによる腕の治療を受けながら、普段と変わらない感情の灯り切らない胡桃色の瞳でジゼルがぽつり告げ、ランドルフからも首肯が返る。
「助けに……行けないかな。少しでも足止めできたら……」
「で、でも、」
萌香の言葉にフィーは意識を失いヒノトに抱えられているラルバを振り返る。全員の傷も決して浅くはない。回復を施しても新たな敵に立ち向かえるほどの気力は保てないだろう。
死力を尽くして戦ったのだ。余力があるとはとてもではないが言える状態ではない。
そう思うと同時にフィーの脳裏にはかつて味わった白龍神社での記憶が過ぎる。もう誰も置いて行きたくもない気持ちも、確かにある。
「では、何人かが負傷者を連れて撤退して、残りは援護にいく、でどうでしょう。勿論、危なくなったらすぐに引き返して」
カルナからの提案。それが最善であるように思えた。
誰からともなく肯き合うと、萌花を始めとした仲間から可能な限りの回復を受け、地獄の番犬達は構成を変えてふた組に分かれて、洲乃御前神社を後にする。
彼らは戦い抜き、確かに勝利した。
しかし新たな戦いの始まりに、そして改めて痛感する地球を襲う脅威の大きさに、奥歯を噛み締める者も、確かに居たのだった。
作者:朱凪 |
重傷:ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年1月11日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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