暁の光

作者:小鳥遊彩羽

 日付が変わり、年が明け、間もなく朝を迎えようとしている頃。
 太平洋側の海沿いにある小さな港町。その海岸沿いには、毎年初日の出を見るために多くの人々がやってくる。
 砂浜では巨大な焚き火が篝火のように焚かれ、その火を囲みながら、あるいは大切な人と寄り添いながら――人々は新しい年の最初の光を見るために夜明けの時を待つ。
 そして、今年も例年通り人々が集まり始めていたのだが――。
 その時、突如として空から降ってきた巨大な牙が砂浜に突き刺さった。
 突然の出来事に、夜明けを待っていた人々は一瞬にして騒然となる。
 だが、人々の混乱を更に増長するかのように、牙は鎧兜を纏った竜牙兵へと姿を変えた。
「――ヨコセ、オマエたちの、グラビティ・チェインを!」
「ソシテ、ワレラに、ゾウオとキョゼツをムケヨ!」
 竜牙兵は笑い声を上げながら、逃げ惑う人々へ牙を剥いた。

●暁の光
「年の瀬の慌ただしい時期だけど、皆、風邪とか引いたりしてない?」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はケルベロス達へそう呼び掛けてから、実は、と切り出した。
 元日の未明、太平洋側の海沿いにある港町の海岸に、竜牙兵が現れることが予知された。
 そこには毎年初日の出を見に多くの人が集まるらしく、今年も例年通り人の数は多い。
 このままでは惨劇は免れないため、急いで現場に向かってほしいとトキサは続ける。
 竜牙兵が現れる前に避難勧告を行うと、竜牙兵は他の場所に出現してしまうため、事件を阻止することが出来なくなってしまう。そのため、このまま現場に向かい、竜牙兵の出現を待ってから対処に当たることになるだろう。
「避難誘導については警察の人達にお願いしてあるから、皆は竜牙兵を倒すことに集中して欲しい」
 出現する竜牙兵の数は三体で、いずれもゾディアックソードを持っている。高い攻撃力で攻め込んでくるが、ケルベロス達が力を合わせればそれほど苦戦する相手ではない。
 戦いの舞台は深夜の砂浜だが、巨大な焚き火の炎が煌々と燃えているため、明かりの類は必要ないだろう。
 新たな年の始まりという大切な節目の一時が、デウスエクスに脅かされていいはずはない。そこで、とトキサは続ける。
「人々が少しでも憂いなく新しい年を迎えられるよう、力を貸してくれたら嬉しいな」
「つまり、今回のお仕事は……竜牙兵達の討伐、と」
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)の期待に満ちた眼差しに、トキサはうん、といつになく真剣な顔で頷いた。
「もちろん、せっかくだから初日の出を見ておいで」
 竜牙兵が現れてから、日の出までは一時間ほどだろうか。砂浜では大きな焚き火が焚かれて暖を取れる他、砂浜に設けられたテントでは甘酒や豚汁が無料で振る舞われている。小腹が空いたのなら、道路沿いに屋台が並んでいるので、軽く腹ごしらえをするのも悪くないだろう。
 そして、時間が来れば。広大な海の向こうの水平線から、新しい年が明けてからの最初の光が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
「皆で無事に新しい年を迎えられるよう、頑張ろうね。……あ、外はすごく寒いから、防寒対策は忘れずにね」
 そう言って、トキサは柔らかく目を細めて笑った。

 ――新たな一年の始まりは、すぐそこまで来ている。


参加者
リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンエンド・e15685)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
楪・熾月(想柩・e17223)
智咲・御影(月夜の星隣・e61353)
エトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)

■リプレイ

「サア、ゾウオとキョゼツを、ワレラに!」
 夜明け前の清冽な空気を汚す、竜牙兵達の哄笑が響く。
 新たな一年の始まりの陽を待っていた人々の間を、一瞬にして混乱が駆け巡った。
 その直後、遙か上空の高みから、幾つもの影が砂浜へと落ちた。
「――それ以上の狼藉は許しませんわ!」
 凛と高らかに声を上げたのは、ダイナマイトモードへと変じた彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)だ。紫はすぐ近くに居た人々を励まし、この場から逃れるよう促す。
 夜空を照らす赤い光は、待機していた警察のパトカーのランプの色。その光の導を目指し駆けていく人々を守る壁の如くに、ケルベロス達は布陣する。
 ――じきに夜明けが訪れる。けれど、
「新しい年を連れ来る陽の彩をお前達が目に映す事は叶わない。決して」
 薄縹の双眸に確りと敵の姿を捉え、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は月彩の花綻ぶ銃の引き金を引いた。
 放たれた銃弾は砂に埋もれた貝殻を掠めて跳ね返り、死角から竜牙兵を貫く。その一体を最初の標的と定め、ケルベロス達は一気に攻め込んでいく。
 初日の出は正月の醍醐味。けれど、そのような中でも竜牙兵の脅威は絶えない。
「人々を守るのがケルベロスの仕事、頑張りますわ。――ラベンダーの芳香よ、」
 紡がれた紫の声に応え溢れたラベンダーの優しい香りが、竜牙兵達を心地良い微睡みの――精神を崩壊させる惑いの世界へと誘う。
「みんなも、ボクたちも、日の出を見に来たんだ。物騒な流星は願い下げなんだよ」
 七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンエンド・e15685)はそう言って、すっと息を吸い込んだ。
「術を借りるよ、メリー。ボクが望み、君が忌む未来の片鱗……。無現地獄(ムゲン・インフェルノ)!!」
 力ある言葉が解き放たれると同時、瑪璃瑠の金色の瞳が一瞬だけ緋色を宿す。
 確かな力となって後衛へ届けられる、夢と現の祈り。それを得た智咲・御影(月夜の星隣・e61353)とエトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)は、互いに視線を交わし頷き合ってから、竜牙兵達へ向き直った。
「憎悪と拒絶か、おれので良ければくれてやる。冥土の土産に連れていけ」
「さぁ、お星さま鬼ごっこの時間だよっ」
 黒兎の獣人の姿を取る御影が放った一閃は幻惑の桜吹雪を共に竜牙兵達を斬り伏せて、その内の一体へ向けてエトワールが翡翠の杖をしゃらりと鳴らす。
「お星さまとの鬼ごっこ。キミは逃げ切れるかな?」
 竜牙兵を追いかける、様々な大きさの無邪気な星屑達。その動きが妙に張り切っているように見えるのは、エトワールの隣に『お隣さん』――御影の姿があるからだ。
 だから、気分は無敵。少しでも格好良い所を見せたくて、エトワールのやる気は十分だ。
 すると、反撃に転じた竜牙兵達がそれぞれの得物を手に襲い掛かってきた。剣に宿る星座のオーラが、そして二つの星座の重力を宿した天地揺るがす超重力の十字斬りが放たれる。
「――空木!」
 御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)の呼ぶ声に応え、オルトロスの空木が小さな体を張って十字斬りを受け止め、お返しにと地獄の瘴気を解き放つ。星座のオーラの幾つかを引き受けた蓮もまた、同時に白砂を蹴って流星の煌めきと重力を纏う蹴りを刻んでいた。
「年末年始も休みなくご苦労な事だ。血染めの夜明けなど御免だな」
 とっとと消えてもらおうか、と蓮は竜牙兵へ吐き捨てる。
「新年そうそう暴れる悪い子はメッだよ! しっかり倒して新しい年の初日の出楽しも~!」
 白砂を踏み締め、リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)はオーちゃんと呼び可愛がっているオウガメタルに秘められた力を引き出した。
 具現化したのは、惑星レギオンレイドを照らす『黒太陽』。そこから溢れた絶望の黒き光が、竜牙兵達を覆い汚染する。
「ミンちゃんもみんなを守ってね!」
 リィンハルトの元気な声ににゃあと鳴き、翼猫のミントが翼を羽ばたかせて穢れを祓う。その姿へ微笑ましげな視線を向けた楪・熾月(想柩・e17223)は、すぐに表情を真剣なものへと変えて、ロティ、と魂の片割れを呼んだ。
 熾月がロティへ託すのは満月に似た光と、それに秘められた破壊の力。想いを受け取ったロティは竜牙兵へと飛び掛かり、非物質化した爪で霊魂を穿った。

 互いに声を掛け合い、時に後方からの援護も受けながら、ケルベロス達は着実に竜牙兵達を追い詰めてゆく。
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)も避雷の杖を振るい、戦線を支えて。
 白砂に描かれた守護星座が光り、竜牙兵達は自らを守護する力を得た。
 それを見たリィンハルトがすぐさま星座の重力を宿した重い斬撃を叩き込み、エトワールが暴風を伴う強烈な回し蹴りで薙ぎ払った。
 にゃあと威嚇するように鳴き、ミントが鋭く伸ばした爪で竜牙兵の骨を裂く。
 ラウルが放ったオーラの弾丸が白き光の花弁を散らしながら竜牙兵へと牙を剥き、蓮が音速を超える拳を叩き込むのに合わせて、空木が口に咥えた神器の剣で斬り掛かった。
 瑪璃瑠が響かせるのは魔力を籠めた咆哮。竜牙兵達が動きを強張らせたその隙を逃さず、熾月がファミリアの雛鳥に呼びかけた。
「ぴよ、ゆめを見せてあげて」
 ぱちり、弾ける小さな静電気が、竜牙兵達の間を伝い広がってささやかな痛みを疾走らせ、ロティが放った炎が敵群の只中で激しく燃え上がる。
「奪ってしまおう、……なにもかも」
 御影が振るう刀から溢れた流水の如き霊群が、竜牙兵達が纏った力の総てを雪ぎ集めて奪う。
 守りを早々に砕かれた竜牙兵達は憤慨したように喉の奥で唸って。
「――雷光よ、迸れ!」
 すると、紫が掲げた杖の先から、綻ぶ花めいた火花を散らし雷光が迸った。
 星座の重力を宿した重い斬撃を蓮が真正面から受け止めた、その直後。
「――存分に哭け」
 刃のように鋭い一声と共にラウルが自らの魔力を媒介に放った無数の弾丸が、毀れ落ちる星の驟雨となって竜牙兵へと注がれた。
 頭蓋を、心の臓を、四肢を砕かれ、一体目が崩れ落ちる。
「オノレ、ケルベロス共!」
 残る二体が声を上げ、同時に星座のオーラでケルベロス達を薙ぎ払わんとする。
「ミンちゃんっ!」
 翼猫と共に身を挺したリィンハルトの体が、星の衝撃に凍りついてゆく――が、
「――大丈夫、」
 小さな診療所の医者としての矜持、誰も倒れさせまいとする誓いを胸に、熾月が振るう木杖に結ばれた薄青の飾り紐の藍玉と花水木が揺れる。巻き起こった風が、守り手達を蝕むものを解き、その傷を優しく癒してゆく。
「しーちゃん、ありがとっ!」
 リィンハルトがぱあっと笑み咲かせ、けれどもすぐに表情をきりりと引き締め残る竜牙兵へと向き直る。繰り出すのは影の如き視認困難な斬撃。急所を密やかに掻き切るその一撃に合わせてミントが尾を飾る輪を勢いよく飛ばせば、更にロティも『原始の炎』を解き放つ。
 その時、近い所に居た一体へ、瑪璃瑠が迫った。
「虎ならぬ獅子の牙なれど。故に、並び立つどころか凌駕すると知れ!」
 獣化した手足に重力を集中させ、瑪璃瑠は高速かつ重量のある一撃を放つ。衝撃に大きく状態を揺らがしたその一体を新たな標的とし、紫は雷華の杖を差し向けた。
「貴方の時間ごと、凍結して差し上げますわ!」
 そう告げると、紫は杖の先から精製した弾丸を撃ち出した。竜牙兵を貫いた三発の弾丸が凍結させるのは物質の時間。忽ちの内に全身を凍りつかせたまま二体目の竜牙兵も動きを止め、残る一体を一瞥した蓮が古書を紐解いた。
「……来い、くれてやる。代わりに刃となれ」
 自身の霊力を媒体に、蓮は古き書に宿る思念を己の身に降ろす。具現化するは赤黒い影の鬼。振るわれた豪腕が巻き起こした雷を伴う風に引き裂かれた最後の一体を、御影とエトワールは真っ直ぐに見据えて。
「――いこ、ミカお兄さんっ」
 隣りにいる『夜空さん』にエトワールがにっこりと笑いかければ、その笑みを眩しげに受け止めた夜空さん――御影も確りと頷いて応える。
「ああ行こう、エト嬢――……一緒に」
 御影がエクトプラズムを圧縮させて創り出したのは、大きな霊弾。
 狙いを定め、エトワールも翡翠の星宿す旧きガジェットの引き金を引く。
「キミたちの星の加護も、何もかも、ボクたちがぜんぶ砕いてあげる!」
 二人の手から放たれた二つの弾丸は、寸分の狂いもなく最後の竜牙兵に命中し、貫いて――。
 そして、白砂に埋もれるように崩れ落ちた最後の竜牙兵もまた、跡形もなくこの世界から消え去った。

 戦いが終わり、ヒールの幻想的な光が砂浜に満ちる。
 避難していた人々も戻り、篝火は再び木を焚べられ煌々と燃え盛って――夜明けまでの残された時を、皆で待ち受ける。

 やがて、その時は訪れた。
 次第に明るくなってゆく空と海の境界線から浮かび上がる、力強い光。人々が次々に砂浜へと降り、波打ち際へと駆けてゆくのが見える。
「今年も良い一年となりますことを、皆で祈りましょう」
 紫が微笑んで両手を組み、新たな一年の始まりの光に祈りを寄り添わせる。傍らに立つフィエルテも頷き、新しき年の安寧を願った。
 リィンハルトが持参した魔法瓶に、あたたかい甘酒を貰い。
 どんなにもこもこに着込んでも吹きつける海風は刺すように冷たいけれど、家族みんなでぬくもりを分かち合えば、それ以上に心までもがほかほかとあたたまるようで。
「ミント、いらっしゃい」
 熾月がおいでと手を伸ばせば、翼猫のミントがにゃあと応えて身を寄せて、その光景にリィンハルトがくすぐったそうに肩揺らし。
 ロティとぴよと、そして新しい家族であるミントと、『家族』で迎える新しい一年。
 光を携える暁の空を皆で一緒に見られる幸せを、熾月もリィンハルトも噛み締める。
 皆で一緒に見た光は、とても眩しくてあたたかくて。
「すっごく寒いけど、でもでも初日の出すーっごくきれい!」
 それから、今年もよろしくねとリィンハルトがへにゃりと笑えば、応えるように熾月も笑みを深めて頷いた。
 黎明の空。薄群青を切り裂いて、黄金の光が水平線に注ぐ。
 今、誰よりも傍にいるのは、どうしようもなく欲しいと願った、この世界にたったひとりのひと。
 ありがとうと紡いだ声は潮騒に紛れて届かなくても、抱き締めて、抱き締められて、そうして優しく燈る熱が想いを伝えてくれるから。
「あけましておめでとう。これからも、側に居て」
 初めての恋を教えてくれたアイヴォリーへ夜が贈るのは、沢山の祝福を乗せたとびきりの笑顔。
 溢れる愛しさと紡がれた言葉にアイヴォリーは頷くのが精一杯で、答える代わりに万感の想いを籠めて始まりの口づけを贈る。
 例え景色が変わり果てても、ふたり、手を繋いでいられるのなら。――ただ、それだけで。
 ――今年一番最初の光は、手向けの花になるだろうか。
 あかりの胸に灯った思考は、昇る光と傍らの声に遮られる。
「あけもどろの花が咲いたよ。今年一番の花だ」
「ああ、本当に綺麗な花だ……」
 言い終わる前に身を包む暖かさは、陣内が寒さを凌ぐために首に巻いていた翼猫のそれで。
 見上げれば、星を宿す翠の瞳があかりの姿を映して瞬く。
「俺のあけもどろは、君だ」
 夜が来ても、いつか必ず朝日が昇るように。
 晴れの日も雨の日も、例え目に見えなくても、違わずそこにあるように。
 いつだって、想うのは唯一人。
 昏い道のりもあったけれど、振り返ればいつも二人で歩いて、導いてくれていた――、
「ありがとう……」
 ――僕の、僕だけのはいむるぶし。
「手を繋ごうか、私がそうしたいんだ」
 差し伸べられたその大きな手に瑪璃瑠が思い出すのは、いつかの出逢いの夜。微笑み彷徨わせていた手を重ねれば、あの日と同じぬくもりが伝わってくる。
「兄様、ボクたちは強くなったんだよ。自分も、兄様も癒せるくらいに強くなったよ」
「私も君たちが誇らしい。誰にでも誇れる妹だ。でもほんの少しだけ、兄様は心配だよ」
 自分の知らないところで、大事な彼女達が大きな怪我をしたりしないかと。
 けれど、分かったこともあるのだと、イサギは言う。
「兄様を待つ君たちは、きっとこんな心地で待ってくれていたのだと。……ひとつ、願い事をしてもいいかな」
 海と空の境界から、始まりの陽が昇る。それを見つめながら、イサギは静かに想いを紡ぐ。
「兄様の側にいておくれ。私はどうやら寂しがりらしいんだ。ともに過ごすようになって初めて、気づいたよ」
 沈み続ける太陽でありたいと願うけれど、昇る太陽はとても綺麗で。
 兄の願いは、瑪璃瑠にはとても眩しく、尊いものに映って。
「ああ……。目と、心に、とっても染みるんだよ……」

 他愛ない話の種を幾つも芽吹かせながら待つ夜明け。
 篝火が消えれば一気に増す寒さに、蓮はこれを被ってろと持参した厚手の毛布を志苑に差し出した。
「蓮さんは?」
「俺は大丈夫だ」
 厚着はしているが、冬の寒空は体に良くはない。互いに受験を控えている身なれば風邪を引いてはいけないと志苑も食い下がる。
「では、御一緒に如何ですか」
「は……? いや、し、しかし」
 双子の兄がいるから特に気にせず提案した志苑とは対照的に、あからさまに狼狽える蓮。
 返答に困り悩んだ末、蓮は縋るように語気を強くして、空木、とオルトロスの名を呼んだ。
「……此処に来い」
 空木を挟んでそのまま再び、今度は三人で朝を待つ。
「今年も宜しくお願いします、蓮さん。貴方との思い出を今年も沢山作れたら嬉しく思います」
「ああ、おめでとう。今年もよろしく」
 白んだ空と共に交わす新年の挨拶。
 微妙な距離に感じる熱は、空木のものだと無理矢理誤魔化して。
 ――今は未だ、この距離が丁度良い。
 エトワールの小さな体はいつものように、獣人型から人型へ戻った御影の片袖抜いたコートの内側。
『お隣さん』のぬくもりと甘酒で冷えた体を温めながら過ごす二人だけの時間に、自然と笑みが綻んで。
「初日の出って、願い事をするんだったっけ。それとも、意志表明だったかな」
「……なんか、流れ星みたいだね?」
 太陽も流れ動く星だと思えば確かにと、ふたり、瞼を伏せて願いを灯す。
 ――これからも夜空が星の隣に居られるように。
 ――今年もだいすきな夜空さんの隣にいられますように。
 心に映した願いは口にせず秘めたまま。でも何となく『おんなじ』気がするから、また一つ宝物を見つけたような笑みが互いの顔に咲く。
 同じ気持ちで年を終え、同じ気持ちで年を迎える今日もまた、互いにとって何よりの幸せで。
(「……ああ、」)
 ふと、昇る朝陽がまるで彼女の髪のようなあたたかな色に見えたから。
 御影はエトワールの髪をひと房掬って、そっと唇を寄せた。
「……どうしたの、ミカお兄さん?」
「……ん、――何でも、ない」
 触れたぬくもりに灯る想いを、少女は未だ――知らぬまま。
 ふたつの色が交わる境界線は青く、朝陽が昏い夜を溶かしているよう。
 コートに手袋、それからお揃いのもこもこマフラーを巻いて、――君と迎える、新しい始まりの瞬間。
「……ねえ、シズネ」
 白い吐息に想いを混ぜて、ラウルは傍らの青年の名を紡ぐ。
 煌めいて、温かくて、力強い彩り。
 朝を連れる暁は、彼の命の色。
「この朝陽の様に、君が。俺の長く永く続いた昏い宵闇を、夜明けに導いてくれたんだよ」
「でも、朝陽は沈んじまうだろ?」
 どうしたらずっと夜を照らせるだろう。ラウルのことを笑顔にできるだろう。
 そんな想いから零れたシズネの言葉に、ラウルは伏せた瞳に切なげな色を滲ませ吐き出した。
 これは我が儘だと、シズネは知っている。けれど、そんな我が儘にさえラウルが応えてくれることも、また。
「太陽は沈んでもまた夜を照らしてくれるよ。何度でも。何度だって……君が、傍にいてくれる限り」
「――それなら、何度でも、何度だって照らしてみせる」
 星が缺けるほどの道をひとり歩んできた彼の、今この瞬間と、これから先の未来を。
 傍らにある確かなぬくもりに、繋いだ手に籠められた力に、願いを託さずにはいられない。
 何度でも、共に。こうして始まりの光を見ることを。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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