舞い踊るシクラメンの

作者:遠藤にんし


 大阪市の市街地に、『それ』は花開いた。
 攻性植物――サキュレント・エンブリオ。巨大化されたシクラメンの姿を持つそれは、浮遊しながらゆっくりと動き出す。
 鉢もなく、そのせいで根はむき出しになっている。ゆっくりとした動きにつられて根は揺れて、撫でるような動きにビルの外壁が砕け散る。
 ゆらり、ゆらりと――優美に花弁を舞わせながら、静かなる破壊は終わらない。


「大阪市内で攻性植物が動き出したようだ」
 集まったケルベロスたちへと、高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は告げる。
 攻性植物の狙いはおそらく、大阪市内で事件を多数発生させること――それによって、大阪市内を中心に拠点を拡大させることだろう。
「規模としては大きくないが、見過ごすわけにはいかない。今のうちに、反撃しておきたいところだね」
 魔空回廊を通じて姿を見せるサキュレント・エンブリオは一体。出現位置も分かっているため、現場へ到着し次第戦闘に移ることが可能だろう。
「市民の避難については、現地の警察・消防の協力がある。市街の建物への影響も多少は考えなければいけないが、みんなにはなるべく短期での決戦をお願いしたい」
 建物については戦闘後のヒールで修復が可能だが、人命についてはそうもいかない。
 被害を防ぐ上では、短期決戦で臨んだ方が好ましいだろう、と冴は言う。
「幸いにも、敵の動きは早くはない。電柱や建物などを使って戦うことで、有利に進めることもできるかもしれないね」


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
草間・影士(焔拳・e05971)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)
草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ


 サキュレント・エンブリオ――シクラメンの攻性植物の赤い花弁が燃えるように輝いたかと思えば、その輝きは一帯を焼こうと猛る。
(「シクラメンはいい花だと思うのですよね」)
 東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)は思いながら、その輝きを受け止める。
 ――いい花だと思うことはあっても、それが攻性植物だというのなら話は別。菜々乃がオウガメタルを纏った手で花弁を打ち据えると、攻撃の余波を受けたかのように黒猫の尻尾がゆらりと揺れる。
 ウイングキャットのプリンは清浄なる風で菜々乃のダメージを軽くしていった。
 源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が腕を伸ばすと、攻性植物めがけて半透明の御業が飛ぶ。
 御業は空中でほどけて縄となり、半透明のまま攻性植物の巨体を締め上げる。鷲掴みにされて暗い色の茎が歪み、八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)はその茎めがけて惨殺ナイフ『鳶之一尺』を一閃する。
 斬り落とすには至らないが、シクラメンの動きが鈍くなった。紫々彦は茎に刻んだ傷痕を見上げて、思わず独りごちる。
「こうも大きいと愛嬌なんて感じないな」
「全く、相変わらずはた迷惑な奴らだ」
 紫々彦の言葉に応えるように言ったのは、草間・影士(焔拳・e05971)。
 近くのアパートの屋上に立つ影士は気儘に浮遊する花びらを眺める。
「普通のシクラメンなら見て楽しんでも良いが。こいつ相手じゃそんなのんきな事も言っていられないか」
 ならば斬るのみ。
 影士のマインドリングから溢れる光は剣の形を取り、輝ける軌跡を残して斬撃を生む。
 平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)はヘリオンから電柱の上へ降下、御業の炎弾を吐き出させる。
「うにゃー! 燃えてしまえー!」
 発射の直後、和の小さな体には過ぎるほどの反動が来るがそれを活かして後ろへ跳びのき、後方にあった民家の屋根へと飛び移る。
(「うにゅー、まさかヒーロー映画みたいに飛び回るなんてことをやる日が来るとは……」)
 見事着地を決めながら、そんなことを思う和。
 ひょろりと伸びた根を緩慢に伸ばし、ガードレールを踏みつけにしてシクラメンは進もうとする。
 シクラメンの進軍を阻むべく、草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)は跳躍してから蹴りつけた。
 纏う虹が辺りに散って消える。惑わすような輝きにシクラメンはしばし動きを止め、かと思えば翠華を睥睨するかのように動きを変える。
(「早く避難してもらわないと」)
 死者が出たらメディアから叩かれる、今後の給金が――そんな思いもあり、翠華はこちらへ向かって動き出すシクラメンを力強く見つめる。
 白翼を大きく広げた如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)はドラゴニックハンマーの砲撃を放ち、高所から周囲を見回した。
 サキュレント・エンブリオの出現地点は予知されていたから、そこから周囲の建物の状況等を予測することは容易だった。だからこそ沙耶は迷いなく飛翔し、比較的周囲の被害が少なくて済む地点までシクラメンを誘い込む。
「街と人にさらなる被害が出る前にオシオキといこうかのう」
 カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)は目を細めて爆破スイッチに載せていた指に力を籠める。
 途端に発生する爆発――仲間を取り巻く爆風の中を飛び、ボクスドラゴンはブレスを吐いた。
 爆風に帽子が飛ばないように片手で押さえながら、カヘルは呟く。
「シクラメンならお手頃サイズの赤色がいいのう……」


 銀色のケルベロスコート『Silver Fortune』をはためかせ、影士はドラゴニックハンマーから力を噴出させる。
「植物ってのは、地に根付くものだろう?」
 高所からの振り下ろしたハンマーがシクラメンを捕らえる確かな手ごたえがあった。
 叩き潰すような一撃の後、影士はすぐさまガードレールに飛び乗ってから電柱、屋根へと飛び移って和に並ぶ。
 和はシクラメンの行く先に先回りするかのように駆け、二階建の民家から四階建のアパートへと跳躍。さすがに息が切れて、うにゅ、と肩を上下させてからシクラメンへ目を向ける。
「植物のくせに浮いてるからいけないの! 植物なら地に根を生やせー!」
 そんなことを言っても、シクラメンには聞こえているのか聞こえていないのか。
「うー……ええい、ボクもケルベロス、やってやるにゃー!」
 おっきめの簒奪者の鎌をぶんっと振って投擲すれば、鎌はくるくる回って突き刺さる。
 鎌が和の元へ戻っていくのとは反対にシクラメンへと向かって行くのは那岐。那岐は竜の金模様が煌めく青の棍棒で猛る根をいなし、奥深くへと棍棒の先を突き立てる。
 深く棍棒の先が沈むと、乏しいはずの香りを感じた気がした――こんな異形になっても、植物は植物。大切な植物が人々の暮らしを脅かすデウスエクスとなっているのだと思うと、那岐の胸の奥がチクリと痛んだ。
「出来るだけ被害を少なくしたいですね」
 そんな那岐の気持ちを察してか沙耶は言い、魔法のステッキ(遠距離狙撃型)から凍てつくビームを放射した。
 沙耶の放った凍結光線を浴びてもお構いなしにシクラメンは葉の一枚が指の一本かのように広げ、捕食しようとばかりに翠華へ襲い掛かる。
 翠華がゲシュタルトグレイブを振るえば二枚の葉が半分に切断されるが、それでもシクラメンは止まらない。食らうかのごときシクラメンの攻撃を浴びながらも、翠華は果敢にも槍で突き刺していた。
「難易度高いわね……」
 槍先を地面に突き刺して跳び、シクラメンとの距離を取る翠華。
 短期決戦のためにと攻撃に重点を置いて動いているが、先ほどの攻撃はさすがに堪えた……そう思っている翠華へと、菜々乃はすかさず癒しを与える。
「栄養剤で眠気を取るのですよ」
 プリンも菜々乃と一緒になってヒールをしたお陰で、翠華のダメージはみるみるうちに回復していく。
「おもいっきりどーんといって一気に倒してしまいましょう」
「うむ、では行くとしようかの」
 カヘルはうなずくと電柱から飛び降り、花弁の内側にまで這入り込む。
 シクラメンの内側で鳴り響く発砲音――ボクスドラゴンが突撃をしかけたことで、花に開いた穴は大きな亀裂へと変わった。
「当たる所が先っちょでは微妙じゃろう。大本を狙うんじゃ」
 シクラメンの中にいつまでも留まるのは危険なのだろう。カヘルは花弁伝いに地面へ降りると、腰をさすりながら再び屋根へと上がって行く。
「なるほど、ならば……」
 カヘルの言葉に紫々彦は頷いて、狙いを根や葉から花弁の奥の構造部へと変える。
 ルーンアックス『玄帝』が呪力によって光り輝く。輝く刃が雄しべを両断し、紫々彦は更に踏み込んでもう一度玄帝を振るうのだった。


 シクラメンが幾度目かの爆発を受けたのは、翠華がシクラメンの攻撃を引き受けながらも何度もダメージを与え続けているからだ。
 体力はまだ余裕がある。翠華は屋根から屋根へ飛び移りながら、並走するサキュレント・エンブリオを油断なく見つめていた。
 走り続けて体は火照り、冬の空気の冷たさが心地よい――と思っていたら、急に空気が尖る。
「白魔よ、吹き荒れろ」
 紫々彦の命令に従って寒風が吹き荒れ、霰が落ちる。
 渦巻く風は霰を誘ってぐるぐる回り、やがて獣の形を成した。
 呻きは、吠えは風の音なのか獣の咆哮なのか区別がつかない。嵐のごとき獰猛さでシクラメンを荒らす白魔の去った後にはズタズタの切り傷だけが残り、その痕跡を見た紫々彦は僅かな時間、目を閉じた。
 葉も、花も、茎も。斬り裂かれ無残な様相を呈するシクラメンの動きは目に見えて鈍い。
「貴方の運命は……皇帝の権限にて、命じます!!」
 深海のごとき冷気を宿すオーブに触れて、沙耶は告げる。
「『止まれ』」
 沙耶によって示された運命に、体力を奪われたシクラメンに抗う術などはない。
 それでも止まるわけにはいかないとばかりにシクラメンは灼けるような光を発し、カヘルを害そうと暴れる。
「う……アッツッ!」
 思わず声を上げるカヘルへ、すかさず菜々乃が満月を思わせる輝きを贈る。
「大丈夫なのですか?」
「つつつ、なーにこれ位の火傷まだまだ軽いもんじゃ」
 対処が早かったことも幸いしたのか、カヘルの負った傷はそう深いものではないようだ。カヘル自身も攻撃を受けた腕を振ると、すぐにボクスドラゴンと同時にシクラメンへと足技で攻撃を仕掛ける。
「プリンは攻撃をお願いするのです」
 その様子に、これ以上のヒールは不要と判断して菜々乃はプリンへそう声をかける。
 プリンはふわりと空を掛け、リングをぶつけてシクラメンへ攻撃。
「知恵を崇めよ。知識を崇めよ」
 そんな中、和はそう口を開く。
「知恵なきは敗れ、知識なきは排される。知を鍛えよ。知に勝るものなど何もない。我が知の全てをここに示す」
 シクラメンの頭上、巨大な書物が現れる。
「地に、堕ちろー!」
 和の叫びと共に書物の角がシクラメンにめり込んだ――ずしん、と重たい響きと共にシクラメンの花がひしゃげる。
「後は」
 呟く影士の周囲の大気が歪み、かと思えば炎が生み出されている。
 剣の姿を取る炎を力任せに振り回すと、サキュレント・エンブリオの巨体が炎に呑まれる。
「焼いて仕舞だ」
 紅牙剣の痛烈な一撃に、炎に包まれたシクラメン。
 それでもまだ動いていた――完全に動きを止めるには、あと一手。
「さて披露するは我が戦舞の一つ。風よ、斬り裂け!!」
 声を張り上げる那岐の舞が藍色の風を呼び起こす。
 風は幾重にも重なり合って刃へと変貌し、数多の斬撃となってシクラメンに襲い掛かる。
 ――切り刻まれた葉や花が、あたりへ舞い落ちる。
 それは、大阪の街に降る雪のようにも見えた。


「いえーい! ヴィークトリー!」
 無事、攻性植物を撃破出来たことで和はご満悦。
 しかし、いつまでも浮かれていられるわけではない。避難している人々の安否も確かめたいし、何より戦いの中で傷ついた街も癒さなくてはならないからだ。
「ヒールするまでが依頼ですよー、なんてねー」
「片付けておきましょうか」
「ああ、そうだな」
 那岐の言葉に影士は頷いて、ケルベロス達はヒールを始める。
「大阪を攻性植物にいいようにされているのも長くなりましたね」
 修復をしながら、菜々乃はそんなことを呟く。
 そろそろ打開策を見つけたいところだ……そんなことを考えながら、菜々乃はプリンと共にヒールを重ねていく。
「これ終わるの何時まで掛かるの?」
 敵を倒すより疲れる、と翠華は疲労を滲ませる。
「まあまあ、死者や怪我人が出ずに済んだだけ幸いじゃろう」
 カヘルの言葉に、それもそうだけど、とぼやく翠華。
「大阪の名物料理を食べる時間はなさそう」
 紫々彦も同じようにヒールをし、仕上げに沙耶も回復していく。
 ――幻想を少し含んで取り戻された大阪の街。
 無事に戦いが済んだことの安堵に、ケルベロスたちは頬を緩めるのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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