冬の徒花

作者:椎名遥


 夜の空に雪が舞う。
 はらり、はらりと、冬の始まりを告げるように、数えるほどの小さな雪は、風に吹かれながら空を舞い――地上に落ちることなく、町のぬくもりの中に溶けて消えてゆく。
「ふむ……」
 その光景を、人気のなくなったビルの屋上から見つめる影があった。
 身の丈3メートルを超える巨体を着流しに包み、その裾から覗かせるのは黒い輝きを放つ星霊甲冑。
 しばしの間、舞い落ちる雪を眺めて、男――デウスエクス『エインヘリアル』は力強く頷く。
「ここで一つ、詩でも詠めれば絵になるんだろうが……俺にその才能は無いな。うむ!」
 転落防止のためのフェンスに背中を預け、手にしたペットボトルをあおるとエインヘリアルは夜空を見上げて軽く笑う。
「才も無ければ学もなく、ついでに言うなら未来も無い、と。無いない尽くしで困ったもんだなぁ!」
 言葉の中身とは裏腹に、その表情にも声にも絶望の色はなく。あるのはどこまでも楽し気な響きだけ。
 最後の一口を飲み切って空になったペットボトルを宙へ投げると、エインヘリアルはわずかに身を沈め、
「――まあ、いいさ」
 瞬間、夜闇を割いて銀光が走る。
「祖に逢うては祖を切りて、鬼に逢うては鬼を切る」
 静かに呟いて抜き放った刀を緩やかに回し、鞘に納めるのを合図とするように、今だ宙にあったペットボトルが中心からずれて二つに別れる。
 それにわずかに遅れ、周囲を囲うフェンスもまた、切られたことを思い出したかのように崩れ落ちて。
「ケルベロスもエインヘリアルも、強者も弱者も同胞も、前に立つもの全員倒して最後に立ってる俺最強!」
 そうして、阻む物のなくなった屋上の縁から、男は散歩にでも行くかのような足取りで地上へと飛び降りてゆく。
「そんな感じで――まずは手近なところから、行ってみようか!」


「各地で送り込まれたエインヘリアルが事件を起こしていることは、ご存知の方もいらっしゃるでしょうか?」
 集まったケルベロス達に一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は説明を始める。
「事件を起こすのは、過去にアスガルドで重罪を犯して永久コギトエルゴスム化の刑罰を受けていたエインヘリアルのようです」
 本来であれば、そのまま封印されていただろう罪人達。
 だが、各地に送り込まれて解放された彼らは、その地で人々を襲う脅威となる。
「彼らに人々を虐殺することを許せば――直接の被害に加えて、その際に生まれる恐怖と憎悪が地球で活動する正規のエインヘリアルの定命化を遅らせて、侵略を後押しすることになるでしょう」
 だから、そうなる前にエインヘリアルを倒してほしいと。
 そう、セリカはケルベロス達に告げる。
「今回予知されたエインヘリアルは、こちらの……富山県のビルの屋上に現れます」
 現れたエインヘリアルは、しばらくの間屋上にとどまり、その後地上へと飛び降りて虐殺を始める。
「ですので、屋上の入り口で待機して、相手が出現後に地上へ降りる前に接触、戦闘へと持ち込むのが良いかと思われます」
 幸い、屋上は十分な広さと強度があり、障害になるような物も無いために、戦闘を行うにあたっての問題は無い。
 また、エインヘリアルは一度戦闘に入ってしまえば途中で逃げ出すこともなく、最後まで戦い続ける。
 逃げたとしても行き先がないこともあるが、それ以上に本人が戦いを好む性分であることが大きいのだろう。
 そのため、逃走に気を向ける必要はないが、それだけに最後まで気を抜いていい相手ではない。
「戦闘になると、エインヘリアルは手にした刀で攻撃を仕掛けてきます」
 居合切り、月光斬、流水斬、そして一振りでも放てるように改良した斬空閃。
 どれもがケルベロスが使うグラビティと同質のものであり――その全てが、長い戦いの中で必殺の技へと磨き上げられている。
「相手は一人だけ。ですが、一人でも皆さん全員を相手どれるだけの力を持っています」
 ここで倒すことができなければ、その刃がどれだけの人々に向けられることになるのか。
 そして、そこで得られた恐怖と憎悪でどれだけエインヘリアルが活動を活発にするのか。
 一瞬、脳裏によぎった想像を首を振って追いやると、セリカはケルベロス達を見つめる。
「決して楽な戦いにはならないでしょうけれど――負けるわけにはいきません。勝ちましょう!」


参加者
捩木・朱砂(医食同源・e00839)
落内・眠堂(指切り・e01178)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)

■リプレイ

 クリスマスも過ぎ去って、新しい年に向けた準備に追われて師ならずとも走り回るくらいに忙しい師走の末。
(「よくもまあこんな年の暮れに、街も賑わう時期だってところで来たもんだ」)
 地球側の事情を考慮してくれる相手ではないと知りつつも、恨み言の一つもこぼしたくなる。
 エインヘリアルってのは本当に趣味が悪いな、と落内・眠堂(指切り・e01178)は胸の内でため息をつく。
 その視線の先では、
「才も無ければ学もなく、ついでに言うなら未来も無い、と――」
「確かに貴方には才能も教養も無さそうに見えます。ですが、未来なんてものは自分の手で作り出すものではありませんか?」
 空を仰いで笑うエインヘリアルに、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)が問いかける。
「貴方は自棄になっているだけではありませんか。全てを時間や他人のせいにして」
「そいつは違うぜ、少年よ」
 視線を鋭くして真正面から見つめるカロンの言葉に、エインヘリアルは肩をすくめて軽く刀を叩く。
「俺がこの道を選んだんだ。結果がどうだろうが後悔なんかありゃしねぇよ」
 そう軽く笑って、手にしていたペットボトルを宙へと放り投ると、わずかにその身を沈めて、
「ここ、ごみ箱じゃないよ」
「おっと、そいつはすまんな。後でちゃんと捨てとくから勘弁してくれや」
 エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)の声に、エインヘリアルは苦笑しつつ落ちてきたペットボトルを受け止めて壁際に置く。
 無論、その『後』とは、この場にいるケルベロス達を切り捨てた『後』なのだろう。
 言葉を交わしている間も、四方に明かりを設置していくケルベロス達を観察している今も、自然体で立つ姿に油断や隙は見えてこない。
 そのまま自然な動きで刀を構えれば、一陣の風が雪を連れて吹き抜けて、
(「雪景色に着流しのお侍さん……なかなか絵になるなぁ」)
 その光景に、虎丸・勇(ノラビト・e09789)はわずかに見惚れ、
「ここでひとつ、気の利いた口上でも言えればいいんだがね……ま、浅学非才の身故、勘弁してくれや」
「ない才能に見切りをつける、その賢明さは褒めてもいいかな」
「とっても前向きなエインヘリアルさんだね」
 苦笑するエインヘリアルに、ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)とエリヤは感心したように頷きあう。
 だけど、感心してばかりではいられない。
「すごいなって思うけれど、やろうとしている事はあぶないから。しっかり止めるよ」
「ぶらり虐殺旅日記は勘弁してもらいたいね」
 続くエリヤの言葉に、勇も頷きを返す。
 地球人もエインヘリアルも、強者も弱者も一切問わない虐殺旅。
 どこかで止まるのか、それとも最後まで突き進んで最強を歌い上げるのかは神のみぞ知ることではあるけれど……そこまでの被害は看過できるものではない。
「……全員倒すのなら、同士討ちから始めて頂きたいものだが」
「弱者を倒して喜んでたらおまえさんの強さの証にゃならんだろ」
 せめて地球とは無関係の場所でやってほしいというビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)と捩木・朱砂(医食同源・e00839)に、
「ああ、そいつはもうやった」
「……そして今に至る、と」
「そういうこった」
 恥ずかしげに笑って頬をかくエインヘリアルに、呆れたように和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)が息をつく。
「考えてねぇなあ……」
 紫睡とのやり取りに、朱砂は深々とため息をついて――そうして、一度息を大きく吐くと表情を改める。
 いずれにしても、この相手を放置するわけにはいかず、言葉で止められるものでもない。
 ならば、
「此方側に害を為す輩には、早急にご退場いただこうか」
「さあ、せっかく寒い中来たのですから楽しませてくださいね。強いんだろ?」
 気を引き締めて、意識を集中し、得物を構えるカロンとビーツー。
 対するエインヘリアルもまた、笑みを深めて刀を構える。
「おうよ! 祖に逢うては祖を切りて、鬼に逢うては鬼を切る!」
 直後、向けられる闘志が暴風のごとく叩きつけられる。
 だが、それに怯むケルベロス達ではない。
「前向きなのは結構だけれど、番犬を甘く見たのが運の尽き。きみこそ切られる鬼と知れ」
 白手袋をしたロストークが、勇が得物を構え。
 ――そして、同時に地面を蹴る。
「最強の座をかけて、いざ尋常に勝負……ってね」


 先手を取ったのはケルベロス達。
「行くぞ!」
 朱砂とビーツーの操る鎖が地面に守護の陣を描き出し。
 同時に、エリヤが走らせる鎖とカロンの放つエネルギー光弾がエインヘリアルへと襲い掛かる。
 タイミングを合わせた二連撃。
 否、
「プラーミァ、合わせて!」
「――!」
 一瞬遅れながらも、ロストークの声に応えて彼のボクスドラゴン『プラーミァ』がブレスを撃ち込む三連撃。
 そして、
「ふっ!」
 その全てを居合の刃が切り払う。
 同時に銀閃が走ったようにすら見える三連撃。
 続けて、回り込んだロストークが放つ流星の煌めきを宿す蹴りも、逆手に持った鞘に受け止められる。
 ――だが、
「言っただろう。番犬を甘く見るなと」
 受け止められながらも蹴りの威力はそこで止まることはなく。押し込む足は、鞘を越えてエインヘリアルの体へと衝撃を叩きこむ。
「はっ、やるな!」
 浅いながらも打ち込まれた打撃にエインヘリアルは笑みを深くして、距離を取ろうとするロストークに一瞬で追いつき、刃を振るう――その直前で、弾かれたように横へと飛びのき。
 一瞬前までいた空間を、紫の刃が通り抜ける。
「その剣筋…さぞ名のあるお方だとお見受けします。是非、名前を聞いてもよろしいですか?」
 倒さなければいけない相手の事は、出来るだけ多く覚えておきたい。
 その信条と共に問いかける刃の主――紫睡に、エインヘリアルは面白そうに笑ってわずかに思案して。
「『墨雪』だ。今決めて今名乗る、そいつが俺の名だ」
「私は紫晶竜の紫睡です。先程の鬼に逢うては……は、きっと私の事かもですね」
「鬼ってーか、竜だな」
「まぁ、そうなんですけどね」
(「……ちょっとやり難いですね」)
 軽い口調で交わされる言葉と、それとは裏腹に隙が見えない物腰。
 それらがどうにも、紫睡に知り合いを思い出させる一方で――ケルベロスとサーヴァントの連携した四連撃を軽傷で切り抜けた実力は、間違いなく本物。
 胸中に渦巻くやりづらさと恐怖心を、大きく吸った息で抑え込んで。
「では――行きます!」
「ああ――行くぜ!」
 紫睡が生み出し投擲する金眼緑刃と、エインヘリアル――『墨雪』の放つ斬空閃がぶつかり合い、衝撃を巻き起こし。
 その衝撃を、眠堂のサイコフォースが後押しして墨雪へと向かわせる。
「ちっ」
「逃がさないよ」
 後ろへ飛んで衝撃を殺す墨雪に、爆発の余波を突っ切って、勇が刃を振るう。
 右の逆手で握るのは、混沌で覆った愛用の惨殺ナイフ【業】。
 首を狙って振るう刃は墨雪の刀に受け止められるも、
「ふっ!」
 押し返そうとする相手の力を体を回転させて受け流し。
 相手の脇をすり抜けながら、勇が左手に作り出したナイフ状のワイルドウェポンが墨雪の脇を切り裂く。
 そのまま動きを止めることなく、距離を取りながら勇が放つのは逆徒の刃(リベリオン)。
 紅き混沌から放たれる無数の刃の雨が、墨雪の身と影を貫き、動きを封じ。
「まだです」
「まだ、逃さない」
 その機を逃すことなく、紫睡が竜砲弾を撃ち込み。
 同時に、眠堂の喚び出す雷獣が、稲妻を纏った鋭き爪を突き立てて、
「――舐めるな」
 体を引き裂かれながらも、墨雪の振るう刃が雷獣を切り裂いて消滅させる。
 その刃は止まることなく、流水の如き動きで振るわれる白刃が前衛に立つ者全てに襲い掛かる。
「くっ」
 紫睡をかばって刃を受け止めて、ビーツーは小さく声を漏らす。
 カロンが、朱砂が、仲間達が張り巡らせる鎖の守りを越えてなお、刃には十分な重さと鋭さがある。
 わずかでも気をそらせば、武器ごと切り裂かれそうな予感を抱きながらも――、
(「力とは曲がらないこと、護るためにある」)
 仲間を守ることこそ、今の自分の役割。
 武器を弾かれ体勢を崩しながらも、さらに振るわれる刃に拳を握り、
「おぉ!」
 叩きつける拳の鱗が、刃をそらして捌ききる。
 そして、
「ローシャくん!」
「ああ!」
 刀を弾かれ体勢を崩した墨雪に、息の合った連携で撃ち込まれるロストークのスカルブレイカーとエリヤのマインドソード。
 続けて、朱砂のエレキブーストの後押しを受けたビーツーが斉天截拳撃を打ち込めば、巨体がわずかながらも後ろへと弾かれる。
 少しずつ、確実に、戦況はケルベロス達へと向いていく。
 積み重ねられる呪縛は墨雪の動きを縛り、届かなかった刃を届くまでに至らせる。
「《我が邪眼、彩光の蝶》《集え、集え》《其等の光で傷を癒せ》」
 歌うようにエリヤが紡ぐ詠唱に合わせて、無数の蝶が舞う。
 その眼には蝶の姿をした式が浮かび上がり、蝶を指揮するようにフードの魔術回路は明滅して。
 傷を癒し幸せを運ぶ『ユリシス蝶』の一群がビーツーを包み舞い踊る中、
「「はっ!」」
 呼吸を合わせ、同時に踏み込む勇と紫睡が刃を振るう。
 前後から挟み込むように振るわれる紅と紫の二色の刃。その連携を、墨雪は舞うような動きで受け流す。
 脚を狙う勇の刃を一歩引いて回避して、退く先を狙う紫睡の刃を刀の背で受け流し。
 その動きのままに紫睡の胴を狙って振るわれる墨雪の刃を、踏み込んだロストークがナイフで受け止め、勢いを利用して体を回転させたスターゲイザーが側頭部をとらえ。
 たたらを踏んだ墨雪に、カロンのペトリフィケイションと眠堂のサイコフォースが撃ち込まれる。
 だが、
「ははっ、まだまだぁ!」
「くっ!」
 崩れた体制のままに、急所を狙って振るわれた刃を受けて、眠堂が声を漏らす。
 動きを縛られ、傷を受け、戦力が覆り劣勢に陥るほどに、墨雪の笑みは深まりその身に闘志を滾らせてゆく。
(「……本当に、似ていますね」)
 その武器が、言葉が、紫睡に『その人』の姿を思い出させる。
 幾度となく模擬戦で剣を交えた、よく知る相手。
 だからこそ、
「最後まで、油断は出来ませんね」
「おう。気を抜くなよ。でないと――勝っちまうぞ?」
 どこまでも楽しそうに笑う墨雪に、紫睡も小さく笑みを返して、
「千靭散る葉刃さざめき、刃影を透かす金緑の歌声。六方の光、緑黄の輝石。我が瞳、我が爪刃に先見の加護を授け賜え」
「貴方の全てを拒絶する」
 紫睡の金眼緑刃に合わせて勇の放つ刃の雨。
 それが降り注ぐよりも早くその場を飛びのいた墨雪が、エリヤの撃ち込む時空凍結弾を切り裂きながら前に出る。
 閃く刃が勇のライドキャリバー『エリィ』を切り伏せ、続けてロストークを、紫睡をも薙ぎ払う。
 そのまま、動きを止めることなく首を狙って振るわれる刃を、眠堂はナイフでそらしながら身を沈めて回避する。
(「……」)
 手にしたナイフはこの戦いで初めて握る得物でありながらも、狙いを過つことなく振るうことができている。
 今まで使うことができないでいた、父親から受け継いだ殺しのための刃。
 眠堂の胸中に複雑な思いが渦巻くも、その腕は止まることなく刃を操り、低い体勢ですり抜けざまに振るったナイフが深々と墨雪の脚を切り裂く。
「ここでケリをつけるぞ」
「ええ――ледников」
 予備のライトを投げて戦闘の余波で消えた光源を補いながらの朱砂の声に頷いて、ロストークが愛用の槍斧の名を呼べば、それに応えるように槍斧は苛烈な凍気を身に纏う。
「やらせねえよ!」
「いいや、やらせてもらう」
 それを完成させまいと、墨雪が斬空閃を放ち。
 その一刀を、ビーツーの武器が受け止める。
「!」
 同時に、ビーツーからのアイコンタクトを受けて、後ろに回り込んだビーツーのボクスドラゴン『ボクス』がブレスを吹きかける。
 吐き出される炎は、飛びのいた墨雪をとらえることなく空を切り――その先でビーツーが構えるトルメルクスティックへと纏いつく。
「――あまり俺達に、近づかないほうが良い」
 降りぬく得物から放たれるのは、受け止めたボクスの白橙色の炎にビーツー自身の臙脂の炎も交えた、二種の熱波――鋭双熱波(ダブルスラッシュ)が墨雪を包み込み、その身に刻んだ呪縛を倍加させて。
 倍加した呪縛に動きが鈍った墨雪へと、カロンのミミック『フォーマルハウト』が飛び掛かる。
 その姿は、送り込まれるカロンの魔力を受けて巨大化し、
「暴食の宝箱よ。我が命に従い、敵を喰らいつくせ!」
 幻想を纏い、巨大な鬼のようにすら見える形へと変じたフォーマルハウトの咢が、墨雪の腕をとらえて動きを封じ。
「終わりだ――謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 ルーンを開放し、氷霧を纏って叩きつけられるロストークの一撃。
 息すら凍る冷気に、空をきしませて氷塵が鳴り。
 そして――吹き抜ける夜風が冷気を運び去った後には、既にエインヘリアルの姿は残っていなかった。


 戦いが終わり、屋上に静寂が戻る。
 だけど、戦いの痕はそこかしこに残っていて、
「よし、フェンスはこれでいいな」
「あ、こっちの床も大丈夫です」
 ビーツーとカロンがかけるヒールが、建物につけられた傷を修復していく。
 その後ろでは、朱砂が眠堂のファミリアロッドのオコジョ『白夏』から距離を取りつつ、あたりを見回し。
 同じように周囲を見ながら歩いていた紫睡の足に、墨に転がっていたペットボトルがぶつかる。
「あ……」
 それを、少し寂し気に受け取るとエリヤは空へと視線を向けて、
「……代わりに捨てておこう」
「ごみはしっかり片付けるものだよねえ」
 彼と並んで、ロストークも空へと視線を向ける。
 見上げた先にあるのは、ちらつく雪と白い息。
(「満足のいく勝負はできたかな」)
 それを見上げながら、勇はふと思いをはせる。
 降っては消える雪のように、何も残さずに消え去った墨雪。
 彼が満足できていたかは、
(「――考えるまでもないか」)
 消え去る瞬間まで、彼は楽しそうに笑っていたのだから。
 その笑顔を思い出して、勇もまた笑みを浮かべながら空を見上げる。
「うん。雪が綺麗だ」

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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