ダリア・パープルの独り言

作者:朱凪

●ダリア・パープルの独り言
 ──なあ、高嶺の花だって。
 ──カノジョ、3年生にカレシ居るらしいし。
 そう言って諦めるようにと諭してきた友人の声を、頭を振って追い払う。
 息をひとつ吐いてから開いたのはファッションモデルの雑誌。高校男子が持っているには違和感のあるだろうそれを最初に見たのは、確かに姉の持物として、だった。
 そこに載っていた所謂読者モデルの『彼女』に、恋をした。
 初恋だった。
 そんな『彼女』が同じ学校に居るなんて知ったら、それはもう運命だって。
 そう思ってしまうのは、仕方がないと思う。
「……ぜったい、あきらめたくない……」
 だって、高嶺の花だったとしても。
 ……手の届くところにあるのに。
「こんちはー」
 そんな『彼』の許に、とんっ、とローファーの足音を立てていきなり降り立ったのは鳶色の髪の少女。ロリポップを咥えたままの少女は、にっ、と『彼』の顔を覗き込んで笑った。
「だ、誰、」
「初恋。……いいよね、強くて譲れない、頑なな想い。私の力で、あなたの初恋、実らせてあげよっか」
「え、」
 目を見開いた『彼』のくちびるを、──彼女が奪う。
 更に目をまん丸にして身体を強張らせた『彼』の眼が眩み、初めての感覚に恍惚を覚えてふらついたそのとき、どす、と胸を突き刺した鍵。
「あ……?」
「初恋。恋とか、愛とか。……それは、色欲から? それとも、もっと別のもの? 私には判らない……だから教えて? さあ、あなたの初恋の邪魔者を消して、その恋を実らせて」

●ファーストキス、暗躍す
「新しい種族の解放で大変な時期ではありますが。未だに、高校生を狙うドリームイーターの事件は続いているようです」
 高校生の持つ強い夢の力で更に強力なドリームイーターを生み出そうという目論見。
 暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)はぱらりとメモを繰る。
 今回の被害者──『彼』の名は、篠・みずき。この春に高校に入学したばかりの少年で、ただ憧れの存在だったとある読者モデルの少女が同じ学校に目指していることを知った入試の日から、彼の想いは募り始めたそうだ。
「高嶺の花であることは判っているのですが、諦められず──まあ、そこまでならなんの罪にもなりませんがね。そこに付け込んだドリームイーターの所為で、彼は『彼女』の彼氏と噂されている男子生徒を手に掛けてしまいます」
 Dear達には、それを止めてもらいたいんですと、チロルは小さく笑った。
「だって万が一にも『それ』で彼女が振り向くことは、ないでしょうから」
 彼の言葉に、いつも通りの無表情でユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)が首を傾げる。
「……これまでに報告されてるみたいに、恋心を弱める説得っていうのをすれば『ミズキ』は弱体化するの」
 上がらない語尾も疑問と受け取り、チロルは肯く。
「ええ。恋心が冷めるような声掛けをしてもいいですし、『初恋という言葉への幻想をぶち壊す』のでも良いらしいですよ」
 どうするかは、Dear達にお任せしますけどね、と。
 そう告げて、チロルは舞台となる高等学校の地図を広げた。
「時間帯は放課後。彼は1年生の教室にひとり残っています。『邪魔者』である先輩が部活を終えて廊下を通るのをただ待っているようですね」
 だからその教室に向かえば、他の生徒や教師に被害が及ぶことはほぼないだろう。
 彼の説明に「わかった」ユノも肯く。
 その姿を見て、チロルも首肯をひとつ。
「では、目的輸送地、初恋の燻る場所。以上。結末としては異なりますが、若きウェルテルの悩み──というところなのでしょうか。ウェルテルが最悪の『最期』を迎えてしまわないようにお手伝いを、お願いします」


参加者
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)
ラランジャ・フロル(ビタミンチャージ・e05926)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
星野・夜鷹(夜天光・e67727)

■リプレイ

●夕影の学び舎
「あれー? ナクラちゃんそのひと達だれぇー?」
 短いスカートを揺らす少女達がキープアウトテープで廊下を塞ぐイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)の向こう側のナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)へと笑いかけた。
「ちょっと見学させてんの、ほーら散った散った」
「えー、ララちゃん先輩はそっちに居るのにナニソレー」
 きゃらきゃらと笑いながら少女達が廊下の向こう側に消えていく姿を見送り、蓮水・志苑(六出花・e14436)は細く息を吐いた。
「ベリスペレンニスさんのことは実習生かなにかのように思っていただけたようですね」
「俺は卒業生かなにかッスかね」
 上背を活かして教師に扮したつもりだったのに、と少しくすぐったそうに着てきたスーツのタイを引っ張るのはラランジャ・フロル(ビタミンチャージ・e05926)。
 ララちゃん先輩、なんて呼ばれていたかもしれない『もしも』の世界を味わわせてくれたのはプラチナチケットの効果だ。
「不思議な感じがするっすよねぇ。ユノは高校生になったら何がしたいっす?」
「……中学生とは、違うのかな」
 逆側の廊下も同じく封鎖したベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)の隣でこの春、中学生になったばかりのユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)は首を傾げる。ね。彼女の声に、校舎へ視線を走らせていた星野・夜鷹(夜天光・e67727)はふいと顔を背けた。
「まあ高校って言っても、取り立てて面白くもないな」
 そんな彼の様子に「俺にとっちゃ学校ってヤツはいつでも物珍しいけどな」とグレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)が口角を上げて見せる傍ら、イズナが手をはたきながらすっくと立ち上がって笑った。
「さ、準備完了! ミズキを倒して、みずきを助けるよ!」
「そうだな」
 ハットを少し持ち上げて、ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)も肯き、夕焼けの差し込む教室へと視線を遣った。
「……ま、馬に蹴られて死なぬよう、精々気を付けるとしようか」

●運命の初恋
 地獄の番犬達が見たのは、整然と並ぶ机の傍でゆらりと立つ白い髪にねじれた角の少年。詰襟から伸びる腕の先の爪は大きく鋭く、太く長く逞しい尾が揺れる。闖入者達にくるりと向けられた顔の目は、モザイク。
 音を立てて翼をひとつ羽ばたいた彼の向こう側で、ロリポップを咥えたままの鳶色の髪の少女がちょうど窓から飛び出したところだった。
「……アナタ達モ、僕ヲ邪魔スルノ?」
「やれやれ。恋は盲目というのは、よく言ったものだ」
 ジゼルが軽く肩を竦めつつ、細身の槍斧でひょうと風を斬って『ミズキ』を見据える。
 それと同時、万一にも部外者に見られることのないようグレインがバイオガスを教室内に生み出した。
 教室の後ろ、ロッカーの前に崩れているみずきを確認し、ほんの少し顔を歪めるベーゼも武器を構える前で、ミズキはその鋭い爪をもたげた。
「邪魔、シナイデ。コノ気持チハ運命ダカラ。ダカラ叶ウベキナンダ」
 ダッテコレガ僕ノ初恋ダカラ。
「! 危ないッ!」
 物憂げな態度からは目を見張るほどの瞬足で志苑へと間合いを詰めたミズキの爪をベーゼの如意棒が受け止めた。びりびりと腕に痺れが走るほどの衝撃に思わず歯を食い縛る。
 「ありがとうございます」ベーゼへ志苑の桔梗色の瞳が向けられたのが見えたのは一瞬。しゃん、と鞘鳴りが聴こえたと思ったときには、青白い刀身が奔りミズキの腕から紅の華を散らした。
「ッ、」
 跳び退り距離を取ったミズキの背後にはけれどジゼルが踏み込んでいて、ルーンを浮かび上がらせた白銀の刃を振り下ろす。
「──ッ!」
 それは硬い鱗に覆われたその腕の機能を大きく削り取る。とんっ、とブーツが教室の床を叩いて、まるでなんでもないみたいな変わらぬ表情で彼女は告げる。
「キミが抱いたその想いを否定する気など私にはない」
 元より、紛いモノの私にはそんな資格も無いがね。静かに凪いだ胡桃色の瞳に宿る光は、彼女自身には見えないから。獲物を振るって血を払い、ただジゼルは言葉を紡いだ。
「だが運命という言葉に胡坐をかくのであれば、それは堕落だ」
「堕落……?」
 モザイクの目でケルベロス達を見遣り心底純粋な声音を零すミズキに、グレインは思わず苦い笑みを浮かべつつ愛用の星辰の剣を床へ突き立てた。
 切っ先が描いた守護星座から浮かび上がる光は、共に並び立つベーゼを始めとした前衛の仲間達を包んだ。淡い光の中で彼の蒼穹色の双眸は困ったような、柔らかいいろを帯びる。
「ミズキ。お前の恋心ってヤツは否定されるもんじゃないんだろうぜ。けど、絶対諦めたくないだとか、しかもその選択がライバルを排除なんてのはちーとズレちゃいねえか」
「ドウシテ? 運命ノ邪魔スルヤツハ、要ラナイデショ?」
 僕ハ、要ラナイヨ。
 続けようとした言葉の先は「ユノさん!」ラランジャの声に応じて飛び出したユノの斧が叩っ斬る。紙兵を後衛の仲間達へと散らしながらも、ラランジャは強くミズキをその柳色の瞳で睨めつけた。
「運命ってそんな便利なモンじゃねッスよ。思い込み甚だしいッス」
「思イ込ミ……? ドウシテ?」
 ──インプレッション……またはインパクト。ファーストってのは強力だ。
 理解ができないと全身で表すミズキの姿にナクラは口角を上げ、愛娘なナノナノ・ニーカへ攻撃を指示する。彼の笑みはグレインのものとは違う、楽し気なそれで。
 ──しかもLOVEだろう? 雷落ちるじゃん?
 ──そりゃあ夢中だしぐるぐるのぐっちゃぐちゃだわー。
「エモいねぇ」

 傷付いた腕から散る血華がミズキの傷を癒す。モザイクの瞳はなにも映さず、ただ番犬達から与えられる言葉に困惑を浮かべた。
「ダッテ、運命ナンダヨ? 判ラナイノ?」
 愚かしく、どこか悲痛すらある言葉に、ぎりっ、とベーゼは奥歯を噛み締めた。
「誰かを傷つけて手に入れるなんて、そんなの……絶対に間違ってる!」
 振り下ろした棍の先から走り伝わる打撃の感覚にさえ、彼は『いたみ』を覚える。こわい。己の手にある鋭い爪と近しいミズキのそれが、誰かを傷付けることを進んで選ぶことが。
 相棒を助けるようにミズキの脚へと喰らいついたミクリさんを振り払う少年と馳せ違ったのは、夜空の外套。
 きん、と刃が鞘に収まると同時に遅れて煌めいた月光の残滓が渡り、ミズキの身体に斬撃が刻まれた。
「お前の問いには判らない、と答えておくけど。お前の運命の相手が『彼女』だとして、『彼女』の運命がお前だとは限らないよ」
「ガ……!」
「それでも自分の手で守って幸せにしてやりたいんだって、悩んで、覚悟して……ようやくアイだのコイだの言うんだろ」
 溢れる血を押さえつけるミズキへと蒼い地獄の灯る左目を眇めるのは夜鷹。
 そういうものを、彼はまだ知らない。けれど、大切なものを失う痛みは今なお生々しく胸の中に在り続けている。
「お前が守りたいのはお前の独り善がりな夢じゃないか。年上のくせに、俺でも分かるようなこと見ない振りして、情けない」
「ソンナ……ソンナコト、無イ……!」
 かぶりを振るミズキの顔をひょこ、と覗き込むようにして「えへへ」イズナは笑った。
 静かに開いたその掌から、緋色の蝶が幾多と浮かび上がる。緋蝶──シャルラハロート。舞い踊る翅の中で彼女は同じ色合いの瞳を人懐っこく和らげた。
「恋って素敵だね! ……でも、初恋は特別じゃないよね?」
「エ……?」
 己の想いの根本を真っ向から否定されて、ミズキの動きが停止した。
 もちろん、初めて、という意味では特別。それはイズナだって判っている。でも、『恋』というものそれ自体がどれもが特別で──運命的だと言えるのではないか。
 彼女がそんな想いで告げたかどうかは判らないが、イズナはうたうように問いを重ねた。
「みずきは『彼女』のことよく知ってるの? 好きなこととか嫌いなこととか……」
「ソレ、ハ」
 ──好きな、もの? 嫌いなもの?
「ね。じゃあミズキは、釣り合う自分になってる? 選んで貰えるって思ってる?」
 踊るみたいに軽い足取りでイズナはミズキから離れて、くるり、スカートを泳がせて振り返った。運命だから叶うべきっていうのは間違ってるよね。運命だったらなにもしなくても叶っちゃうはずだし。と。
「運命はね、自分で掴まないといけないんだよ。力づくで彼女を手に入れたって『彼女』の愛は手に入らないんだからね」
 そうじゃないんだったら、それは運命じゃないんだよ。屈託なく言い渡すイズナの言葉は優しいけれど真っ直ぐで、だからこそ突き刺さったようだ。
「そんな風に手に入れた『彼女』はお前に笑ってくれるのか」
「……悲しませて叶うキモチなんて、運命なワケ、ないっす」
 目を見開いて言葉を失うミズキに、夜鷹は呆れを隠さず告げ、ベーゼは眉尻を下げる。
「……ケド! ジャア、ドウシタライインダ……! アイツガ、邪魔ナノニ!」
「っ、」
 勢い乗せて振り払われた尾をグレインやベーゼ、前衛の仲間達が受けて、──吹き飛ぶ。「あらら、逆ギレ?」机や椅子をひっくり返した仲間へと癒しのオーラを送りながらナクラが肩を竦め、イズナは細い人差し指を口許に添えた。
「えー? わたしだったら、邪魔だからって他の人を排除して、そんな風に迫ってくる人は嫌かなぁ」
 ユノはどお? なんて訊かれて、ぽわわ、とハート型のバリアを張るニーカと共に仲間達を癒すのを手伝っていたユノは「え」咄嗟になにも返せなかったがイズナはそれに構わず、「ちゃんと自分自身を磨いてきて欲しいよね」と自己完結する。
 仲間達の様子を一瞥すると、相手のポジションがクラッシャーであるということを踏まえればさほど深い傷ではないことが見てとれた。
 それだけ、説得が響いているのだろう。
 ひとつ肯いて、ラランジャは教室の床を蹴った。勢いを乗せて繰り出す、縛霊手。今度はミズキの身体が教壇まで吹き飛んだ。
「結局あんた、『彼女』に好かれようとする行動は何ひとつしてないじゃねッスか。初恋・運命って言葉に酔ってるだけに見えるッス」
 軽く手を振りつつ、ラランジャは詰襟の姿を見下ろす。
「誰かを殺せば恋が実る、だなんて嘘っぱちッス。ロリポップ女に騙されて弄ばれてるんスよ」
 ふつふつと湧き上がる怒りはミズキにではなく、ファーストキスに対して彼は元よりひとの優しさやともすれば弱さにもなるような心の動きを、とても大切にしている。
 だからこそ、それを踏みにじる行為が、許せない。
 しかしそれと同時に──一歩を踏み出すことができないミズキが己に重なって、言いようのないむかつきが湧き起こっているのも、事実だ。
 切った口許を拭いながら軽く頭を振ってグレインが立ち上がり、ふぅと小さく息を吐く。そして繰り出した切っ先から迸る、降魔の一撃がミズキを喰らう。
「なあ、ミズキ。それじゃお前、『彼女』じゃなくて『運命の恋』に恋してるみたいだぜ。イズナの言う『彼女』の好きなもの、少なくともひとつは知ってるはずだろ。噂が本当ならなおさら、『彼女』の好きなものを否定してどうすんだ」
「! 好キナ、モノ……」
「『彼女』を運命から奪ってやりたい? 自分の望みを叶えたい? 大賛成だ、応援する」
 誰にだって、誰の指図も受けずに気儘に振る舞う権利がある、と。夜鷹が振るった地獄と混沌の混じり合った半身から繰り出す、──弔詞廃忘。
「くだらない外野に茶化されただけだって自分で分かってんだろ」
「ああ。キミが彼女を想うことで何を得、何を学び、何を成したのか。先ずは其処からでは無いのかな」
 身を軽く払って立ち上がったジゼルは掌を差し出す。その二指の先へ灯った光は雷の双子となって一閃する雷枝の灯──セントエルモ・リム。
「ガッ……!」
「同じ峰で咲く努力もせず、花を手折り自らの庭に植えたところで……その花は同じように咲き続けることなど出来ないだろうさ」
 例えばあの白い薔薇の横に並び立つことに恥じぬ己でありたいと、そう、紛いモノなりに感じるくらいはできる。
「そうっすね。それに……ねえ、高嶺の花なんすよね、その子。ひょっとしたら、さみしい想いをしてるかもっすよう。見守ってるだけじゃ、……憧れのままじゃ、なんも変わらないままだから」
 ジゼルの瞳のいろの変化を、ミズキに語りかけつつベーゼが思わず口角を緩めて見遣るのにも、気付かぬまま。
「恋はいいもんだよな。まさに人生の花! 運命ともなれば特上だ」
 教壇の凹みに手を添わせ、微動だにしないミズキの傍にしゃがみ込んでナクラが鮮やかに笑う。
 そして手を差し出す。モザイクの目が揺れるのが、不思議と判った。
「でも花を咲かすには、見つめてるだけじゃ駄目だろ? 土に水をやって、陽に当てて……優しい風を通してやる。積み重ねて健やかな苗を育むのがコツだ」
 ミズキを助け起こして、彼は真摯な言葉を軽い口調で続ける。
「恋敵を取り除いたとこで苗ごと踏み潰すんじゃ、どんな運命も咲かない。咲かない恋は、実りようもないんだぜ」
「……咲カナイ……」
 「そうですね」とひとつ肯き、志苑も恋を知らぬ己を振り返りつつ、けれどそれが大切な想いであることを決して蔑ろにはしたくないと心を籠めて、少年の顔を見据えた。
「大切な人には笑っていて欲しいと思うのは恋でも同じかと。だからこそ、篠さん。最後に聞いてください」
 貴方のしようとしている事は彼女を笑顔にしますか。
 貴方のその想いの先に幸せな彼女は居ますか。
「想いが叶う事は恋をしている人なら願う事でしょう。けれど、叶うべきというのは違うのではないでしょうか。……どんな結果でも向き合う事が大切だと思います」
 そして彼女は愛刀を非物質化して、そっとミズキに向けた。
「ご清聴ありがとうございます。……では、あなたの答えをお待ちしていますね」

●始まりの恋
「お、起きたな」
 ナクラの声に、教室の片付けやヒールをしていた仲間達が集まっていく。ベーゼが敢えてユノの傍へと寄ればペリドットの瞳が向けられるのに「へへ、」彼は頬を掻いた。
「だっておれ、アドバイスとか出来ないっすもん」
 それにと見遣るみずきはどうやら迷惑をかけたと謝っているようだった。続く言葉は呑み込んで、
「初恋、あまずっぱいってホントかなあ。……おれは甘いのがいいな。それか、う~ん……笑ってほしいなあとか、困ってたらチカラになりたいとか、ぽかぽかの陽だまりみたいな、そんなのがいいなあ」
 独り言みたいにそう零して。そして隣の小さな姿を見る。
「ユノはどんなものだと思うっす?」
「……焼き立てのパンを一緒に食べて笑う、みたいなのがいい」
「はちみつ掛けて、っすね」

 そんなふたりの向こう側。項垂れる少年に、彼らは一様に首を振ってみせた。
「色々言ってしまったが、キミのその想いは、キミだけのものだ。どんな結果でも、抱いた想いをどうか忘れないで」
「ええ。私達はあなたに大切なものを見誤らずに居て欲しかった、ただそれだけなんです」
 ジゼルと志苑の言葉にみずきが顔を上げれば、夜鷹とナクラもひとつ肯いて見せる。
「ああ。まだ手の届く大事なものを自分の手で壊すなよ、ってことだ。どんな形でも自分の手で始末つけろよ、きっと一生後悔する。目が開いたら、次は間違えずに終わらせに行け」
「始末……」
 戸惑うみずきに、に、と笑って見せて「考えの違う人対人だし、初めてとなりゃなおさらややこしい話ではあるよな」とグレインは言葉を紡ぐ。
「方向を見誤らなければ、意思の強さや熱ってやつが強いのは修行も恋も同じじゃねえか。方向が明後日なら逆効果だったりするのも含めて」
 ──ま、戦いと恋愛を一緒に並べて語るのも、我ながらどうかと思うけどな。
 苦笑に隠した本音はあるけれど、やはりこちらも恋愛には疎い男なりの真摯な言葉だ。
「から回るのも初恋の内かもしれねえが、大事なもんは間違えないようにしとけよ」
 うんうんと肯くイズナも、みずきを応援する気持ちは同じだ。ナクラもみずきの肩を軽く叩いてからりと笑って見せた。
「みずきが『彼女』を好きなら諦めることねーよ。人生、これから先のが長いんだぜ? 今は叶わなくても運命なら、好きな限りチャンスはある」
 でも、と視線を合わせるのは、モザイクなんかじゃない、ひとりの少年の瞳。
 ラランジャも膝を折り視線を合わせて、立てた人差し指を突きつける。
「本当にその恋を実らせたいなら、まず彼女に会うこと。彼女のことを知って、どうしたら仲良くなれるか考えるッス」
 いざ会ってみたら、思ってた人とは違うかもしれねッスけど。続く言葉は胸に仕舞って、
 ──って俺が言えるコトじゃあねンすよね……。
 同時にその胸を刺す痛みは、行方知れぬ初恋の幼馴染への、己の不甲斐なさ。
 ──……なんで俺こそ、もっと傍にいて彼女のことを知ろうとしなかったんスかね。
 歪みそうになる顔は、立ち上がって隠して。
 そんな彼の苦悩は知られることもなく、だからとナクラが続ける。
「それにはみずきがタフにならないとな。焦がれるって事は時々死ぬ程苦しいって感覚、今はもう解るだろう? 耐えれる位タフな男になりな」
「……はい、」
 どこか困ったみたいに、けれどそれでも、そう少年は笑って応えたのだった。

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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