キミの身体は温かいのかねッ!

作者:秋月きり

 冬は寒い。
 それは四季がある日本に於いて大原則である。
 故に人は暖を求める。――すなわち、冬とは温泉の季節である!

 山奥の秘湯は温泉を求める人々にとって穴場であった。
 特に彼女達にとってみても同じこと。
「景色サイコー。お湯も気持ちいいし、ホント、来て良かったなぁ。温泉サイコー!」
「人の目を気にしなくていいしねーっ」
 年の頃20代半ばと言った処か。山間の景色の中、白い裸身の彼女達は色々な意味で輝いていた。
「幾ら温泉町だからって、旅館の温泉は狭いし、温水プール……温泉プール? まぁ、いいや、は変な目で見られるし。ちょっと遠征して良かった!」
「ねー」
 女性が集う秘湯であれば妙な下心を持った男性が近寄りそうなものだが、どうやらここはまだそんな状況ではなさそうだ。見渡せば、10名ばかりお湯に浸かっている同好の士は全て同性である。
 身体を洗い、湯船に身体を委ねる。極楽~との言葉が零れようとした、まさにその時であった。
 白く染まった空が割れた。
 正確には、穴が開いたのだ。
 彼女達は知る由もなかったが、それは魔空回廊と呼ばれる穴で、そこから10を超す異形達が零れ落ちる。
 豚面の異形達――オークであった。
「ぶひひひ。温泉サイコー! 入れ食い状態でブヒよ!」
「さーて、連れて帰るでブヒ! つまみ食いも構わんでブヒよ!」
「ああ、あったかいナリでブヒよ……」
 オーク達の歓喜の中、女性達の悲鳴が木霊する。
 阿鼻叫喚の宴の始まりであった。

 寒さ故に人は暖を求めた。だが、それは人外にあっても同様。そして、オークにとっては何よりの狩場であったのだ。

「ま、まさか、行こうと思っていた温泉にオークが出るなんて……」
 ヘリオライダーの予知を聞いた蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)はわなわなと戦慄していた。
 温泉地・別府に行ったら温泉に入る暇が無かったのでえ、リベンジの温泉旅行を計画していた。オークなんて出ないですよね? と確認したらそー言う予知を見てしまった。
「いやそれ、なんてフラグ?」
 とは、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)談である。いやはや。まさしくそれ。
「しかし、見過ごす訳に行きません」
 予知では十数人の女性が犠牲になっていた。そんなことは許せない、とグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は憤りを露わにする。
「話を戻すけど、襲撃個所は大分県別府市の明礬温泉より西の山奥にあるいわゆる『秘湯』と言う奴ね。火山性の為、泉質は酸性寄りだから、殺菌・消毒、皮膚の油脂を洗い流す効能があるわ」
 いわゆる傷治しの隠れ湯とか、そう言う類らしい。
「……えっと、それでオークについては?」
「あ。……こほん」
 温泉マニアのヘリオライダーは凛子の突っ込みに空咳を一つすると、言葉を続ける。
「例によってオーク出現の前に避難誘導とかしちゃうと、別の場所にオークが出現する危険性があるわ。だから、避難誘導を行うならばオークが出現した後じゃないと困った事になるわね」
 女性がオークに襲われている隙にオークを各個撃破と言う手もあるが、それは地球人とケルベロスとの関係性の悪化につながるし、やらない方が良いだろう、との事。
「少し進めば彼女達が駐車場に使っている広場があるから、其処まで避難誘導できれば安心かな? 勿論、みんなが温泉でオークを倒す事が前提だけど」
 なお、予知は「男性が温泉に浸かっていない」程度であった為、女性のケルベロスがオーク出現前に湯船に潜り込む事は可能だし、男性ケルベロスもその広場で待機する事が出来るだろう。管理者が常駐していない系の秘湯なので、水着で入っても問題なさそうだ。
「出現するオークは10体ほど。触手による殴打を得意しているわ」
 温泉客も10名ほどなので、ケルベロス達を除く20名が温泉の中にいる事になる。塀の無い露天風呂と言え、結構狭く感じそうだ。
「避難誘導をしつつ、オークを引き付ける囮役も大切になりそうですね」
 ケルベロス達が『逃げる女の人より自分達の方が魅力的だ』と示す事が出来れば、オークの興味は皆に向かうだろう。ただしそれで避難誘導役がいなくなっても本末転倒なので、役割分担はしっかりとした方が良さそうだ。
「まぁ、グリゼルダもいるし、そこは大丈夫かな?」
「任せて下さい!」
 リーシャの微苦笑にグリゼルダは胸を張って応じる。
「私からのアドバイスは、場所が温泉である事は忘れないでって事かな? お湯に足を取られて転ぶって事は無いにせよ、被害者の女性達はみんな裸だから、相応の準備は必要と考えて欲しいの」
 オークに襲われてしまえば精神的なケアも必要だろう。そうならないようにして欲しいとリーシャは己の願いを口にする。
「オーク達の略奪を許す訳にいかない。まして、温泉地での好き勝手なんて以ての外。だから、お願いね」
 リーシャの言葉に凛子とグリゼルダの返事が重なる。
「大層な温泉旅行になりそうですが……ヒールで治した温泉に入るのも楽しみに、頑張りましょう」
 凛子の言葉は頼もしく響くのだった。


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル月・e00327)
パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
サロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)
金剛・吹雪(シスコンスマホ少年・e26762)

■リプレイ

●秘湯よ、こんにちは
 鼻孔を硫黄の臭気が、視界を湯気が覆う。
 それが明礬温泉から数キロほど山に登った先にある隠れ湯――秘湯の全てだった。
「はふぅ」
 水着姿で肩まで浸かった神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)はゆるりと溜め息を吐く。とても気持ちよい。厭な事も何もかもが湯の中に溶け、消えていくようだった。
「女3人寄れば姦しい、とは言った物だけど」
 くすりとサロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)が笑う。その中性的な微笑みは、同性であってもクラッとしてしまう。その癖、湯船に浮かぶ膨らみは大きく、凄く女性的なのだ。恨めし……いや、羨ましい。
 湯船に浸かる女性客は自分らを含め、10人と言ったところか。それだけで湯船は一杯だ。その中で油断無く周囲を見渡すグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は終始無言。ただ、冬に染まる空を見上げている。
 故に彼女たちの周囲は静かだった。鈴もサロメも言葉を交わす事無く、視線を周囲に巡らせている。
「来なければいいのに」
 鈴の発言は本心からで、しかし、それが叶わない事を知っていた。
「そうだね。来なければいいのにね」
 だからこそ、サロメも苦笑いで同意する。自分達はこの場で起きる事件を防ぎに来た。裏を返せば、この場での事件発生を望んでいると言う事。そもそも、ここで事件が起きなければ何処で事件が起きるか判った物ではない。事件の発生――デウスエクスの出現は、自分たちの望みと言っても決して間違いではない。
 とは言え、愚痴の一つが零れても仕方ないとも思う。平和が一番なのは同意するし、こんな穏やかな時間が続けばと思うのも事実だ。
 そして、一陣の風が彼女たちの髪を撫で。
「来ました」
 グリゼルダの短い言葉が、全てを否定していた。

「デウスエクスは働き者だねぇ。冬だってのに」
 御神・白陽(死ヲ語ル月・e00327)の独白に、マロン・ビネガー(六花流転・e17169)が「ですです」と頷いて同意を示す。
 デウスエクス、オークの出現に、二人で準備した10枚以上のバスタオルは必ず役に立つだろう。
「大変なのは囮だろうけどよ」
 遙か彼方――とは言え、おそらく100メートルも離れていない温泉を睨むのは、神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)であった。湯気が包むその場所は、ケルベロスの視覚を以てしても、数人の人影が揺らめく様しか見えない。
「あんまり見てると、覗きと間違われるっすよ」
 金剛・吹雪(シスコンスマホ少年・e26762)が心配そうな声を上げる。流石に望遠鏡やら双眼鏡やらを携えていない以上、通報されても言い逃れ出来るだろうが、気分が良い物ではない。
 同意を示すように短く鳴いたのは、鈴から預かったリュガだ。予知の中、サーヴァントの姿は無かった。故に彼女と同行させる訳に行かなかったのだ。
 同じ理由でサロメのテレビウム、ステイも共にいる。うんうんと頷くジェスチャーは、主人を慮っての物か。
「まぁまぁ。ですが、柵とか無いと女性としては安心出来ないですよね。風情あっても評価下がるなぁ」
 ソールロッド・エギル(々・e45970)が零した言葉に「?」の表情を浮かべる仲間達。その疑問も次の言葉で氷解する。
 彼の所属する組織が懇意にしている運営会社から、宿泊予約サイトの宣伝を頼まれた、との事。宣伝用のティッシュも準備してきた辺り、喧伝に掛ける彼の本気度が窺える。
「どのみち、オーク出現の温泉なんて薦められませんですよ」
 温泉卵や温泉まんじゅうならともかく、温泉オークや茹で豚の類いは要らない。
 マロンが頬を膨らませば、吹雪が彼女を宥める。オークは勝手に湧き出した災厄みたいなものだ。観光地に責任はあるまい。
「さて、そろそろの様だな」
 白陽の視線の先で。
 空が割れていた。

 空が割れる。
 雪を孕むのか、空は白い雲に覆われていた。
 そこに突如染み出した黒は、まるでその白を浸食するかのように拡がっていく。その速度はまさしく、『空が割れる』の表現に相応しい。
 身構える3人のケルベロスは、穴の奥の闇に光を見る。
 20を超える妖しい光。
 それは、汚らわしい侵略者の眼光であった。

●温泉有。故にオーク有。
 絹を裂くような悲鳴が木霊する。
「まだ、だよ」
 反射的に駆け出しそうになる煉を制したのは、手を伸ばしたソールロッドだ。まだ、予知の範囲内。ケルベロス達が勝手に乱入する訳にいかない。
「鈴達が避難勧告する筈だ。男どもはそれまで待機!」
 冬の寒空の下、水着の上にバスタオルを羽織っただけのパトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)が鋭い声を上げる。
 中性的な美貌を誇るオラトリオの言葉に、残された彼らはしずしずと従う。今はまだ、我慢の時なのだ。
「バスタオル、準備しておくよ」
 グリゼルダの補佐に来たユルの一声の元、ケルベロス達は準備万端と、待機を選択するのだった。

「ひゃぁぁ。何処触ってんの!」
「ぶひひひ!!」
 温泉の中、逃げ惑う女性達にセクハラの鬼と化して追い回すオーク達。
 これほどまで判りやすいデウスエクス痴態――ではなかった、デウスエクス被害に、鈴は「はぁ」と溜め息を吐いてしまう。
 いや、判っていた。判っていたのだ。
 例えば、街一つを息吹一つで壊滅させる巨大なドラゴン。その戦いには恐怖、義務感、そして人々の命を守る使命感やら高揚感があった。
 例えば、死神。自身らが抱く因縁もあれば、夜の闇に潜む怪魚の不気味さも想起される。魂を弄ぶ悪鬼を撃破する時、昏い喜びを感じる事もある。
 だが、これは――。
「……恥ずかしがってたら被害者を救えないよね」
 立ち上がったサロメはパチリとウインク。続けて発せられた凜とした声は、まるで歌劇団の男役の如く響き渡る。
「おいで、オーク達! 私が相手しよう!」
「ぶひぃー。女だっ!」
 だがその佇まいも、オークにとっては欲望の対象でしか無いようだ。
 確かに王子然とした佇まいも、中性的な表情も、零れ出る優しい声も、女性のハートを掴まんばかりに神々しい。
 しかし、それでも、彼女は女性そのもの。
 湯が這う肢体は桃色に染まり、己を主張する二つの膨らみ、そして細い腰から脚までの曲線は、オークの嗜虐性をそそるに十分な色香を発していた。
(「私たちも頑張らないと――!」)
 羞恥を堪え、鈴も立ち上がる。凹凸のはっきりしたサロメの曲線美が隣にある為、何処まで悪鬼に通じるかは不明だが、やれる筈だ。
「ひゃっはー。こっちも芳醇なグラビティ・チェインを感じるでブヒよ!」
「……それはちょっと」
 少しだけむかついた。
 確かにサロメに比べれば、オークの好みからは見劣りするかもしれないが、その判断基準は如何物か。
「予想より少ないです!」
 そして、サロメに向かうオークは3体、対して、鈴、グリゼルダへはそれぞれ1体ずつだった。残りの5体は着る物を持たず、広場へと逃げていく女性客を追っている。本気になれば直ぐに追いつく筈の彼らが、それでも追いかけているだけに留まるのは、獲物である彼女たちを嬲っているからか。
 だが、彼らから伸びる触手は彼女達をつつき、けしからん悪戯を続けている。今はまだ肩や背、脇腹に触れるだけに留まっているが、それがいつ、エスカレートするか判った物ではない。
「くっ」
 現にサロメに伸びる触手は彼女の秘部を責めるべく、白い肌を這っているではないか!
「サロメ様っ?!」
「ここは私に任せてっ。君たちはっ。ぁんっ」
 グリゼルダの悲鳴に、気丈な一言が返ってくる。ああ、気高き薔薇は穢されても堕ちる事は無い。ただ、咲き誇るだけなのだ。
 彼女を援護したい。だが、自分の技量ではオーク一体を相手取るのが精一杯だ。自分より遙かに力量高い鈴にしても、2体が精々だろう。その上、そもそも、自身らには矛先が――。
「グリちゃん!」
 このままオーク達を放置出来ないと、鈴が悲鳴を上げる。その瞳に感じる強い意志は、彼女なりの策がある事を告げていた。
「判りました!」
 目の前のオークを蹴り飛ばし、鈴の元へと跳躍。
 今は彼女の策に頼るしか無かった。

「――ッ!」
 一呼吸の元、オークの一体が切り伏せられる。
 それを為したのは夜に溶ける黒き刃。白陽の振るう影色の月は、冷たい死を孕み、オークを袈裟懸けに切り裂いていた。
「俺たちはケルベロスだ。とりあえず落ち着いてバスタオルを巻け。なっ。なっ」
 バイオガスの目くらましの中、木霊するパトリックの声は、被害者女性達を宥めようとした物か。
 まずは戦場の確保と、マロンや吹雪、ソールロッドやユルも被害者女性の介抱を優先し、その補佐に回っている筈だ。
「うぉぉぉぉっ!」
 暖を取るためだろう。起こした焚き火を飛び越え、煉の狼牙棒がオークを強襲する。炎の闘気に包まれた一撃は、彼が跳躍した焚き火と同じ紅の色を放っていた。
「被害者確保完了です! また、こちら来たオークは2体。残りは――」
「8体っすね」
 マロンの言葉に吹雪が頷く。
 白陽が切り捨てた一体。煉が斃した一体。それが広場まで駆けてきたオークの全てだった。
 ならば、残りは露天風呂に留まっていると言う事。
 だが、如何にケルベロスと言えど、3人でオーク8体を相手取る事は無謀そのものだった。
「無事だと良いのですが」
 最悪の事態だけは避けて欲しい。ソールロッドの願いは果たして叶うのか。
 ヘリオライダーならぬ彼らにそれ以上を知る方法は無かった。

●響く艶声、響く豚声
「んっ。くっ。んぁぁ」
 鈴の声が響く。それは普段の声よりも高く、そして艶めしかった。
「あっ。んぁ。うんっ」
 声は、彼女を後ろから抱きとめたグリゼルダが、指を動かす度、発せられていた。緩やかな膨らみに沿って動く指は強弱を奏で、反対の手は肩から脇、そして腿までを柔らかく撫でている。
 咲き誇る百合の花々を思わせる光景に、到着したケルベロス達は思わず、立ち尽くすのだった。
「ぐ、グリちゃん」
「大丈夫です。その、医療行為です」
 リンパを刺激し、血行を改善する。グリゼルダの手の動きはその為の物だ。
(「まだ、こう言うの、抵抗無いの……?」)
 潤んだ瞳で見上げる鈴ににこりと微笑む。
「内緒、ですよ」
 と悪戯っぽい微笑みは、全てを知り尽くし、その上でも包み込んでくれている様にも見えるのに。
(「うーん」)
 いつぞやと同じ光景に、しかし、ユルは零れそうになった言葉を飲み込みながら、二人を見守る。
 確かにそれはオークの足止めに役に立った。サロメを嬲る3体の他、5体が呆然と百合まがいの光景を見守ってしまっているのは、まぁ、そう言う需要もあるだろう。
 だが、それでも、グリゼルダが鈴に施しているそれは如何かと思う。
(「どう見ても豊胸マッサージだよね?」)
 グリゼルダも小柄だが、鈴も小さい。身長の話だ。他意は無い。
 だから、先の微笑みの意味は、コンプレックスを刺激しないような、つまり、そう言う事だろう。
 うん。黙っておこう。鈴くんに悪いし。
 それがユルの出した結論。
 そして。
「ともあれ、今がチャンスだ! ボコるぞ!」
「見て無いっす! 見て無いっすよ!」
 パトリックの勇ましい声と、言い訳じみた吹雪の声に反応し、オーク達が振り向く。ある者達は前屈みながらも立ち上がり、また、サロメを嬲っていた者達は、液体滴る触手の尖端を、ケルベロス達に突きつける。
 だが、それも。
「一手遅いですよ。――今ここにいる英雄、戦う意思を見せる勇士に、奇跡を」
 ソールロッドの歌声が、鬨の声となった。
 温かみのある歌声は守護の奇跡に。力強き旋律は奮闘の奇跡に。
 歌に包み込まれたケルベロス達はお湯に着水。各々の得物と共に駆け抜ける。
「真昼の月と夜の月、どちらを見ていても、人は絡め取られ立ち止まるものだ」
 右に握る闇刃は死を運ぶ影色の月。左に握る銀刃は死へ誘う淡色の影。影と月。双方の刃を振るう白陽の斬撃はオークが抱く世界との繋がりを断ち、生そのものを切り裂いていく。悲鳴は残らず。痕跡も残さず。世界から切り離されたオークは無数の光となり、消失していく。
 これがこの世ならざる侵略者の末路。白陽が刻む世界からの断絶であった。
「ぶひぃぃぃ!」
「おっと。私も負けてられないね」
 サロメの攻撃は慈悲の心を以て。黒手袋に包まれた指が弾かれるその瞬間、巻き上がる爆発がオークの身体を吹き飛ばす。
「――ステイ!」
 追い打ちはステイの凶器攻撃だった。バールのようなものの殴打は浮かび上がったオークの顎を捉え、ロケットよろしく更に上空へと誘って行く。
「カチコチでヒエヒエのつむりさんです!」
 そしてそれを見逃すマロンではなかった。
 詠唱と共に召喚した蝸牛は無数の氷塊となり、オークを切り刻む。氷嵐の強風は吹き飛ばされたオークのみならず、恐慌する全てのオークに等しく、降り注がれていた。
「姉ちゃん!」
「うん!」
 オークの群れに飛び込む神白姉弟のグラビティもまた、地獄の番犬の爪牙として敵を薙いでいく。
「これが俺達のっ」
「私たちっ!」
「「絆っ!」」
 鈴の巫術が白き狼の軌跡を描けば、煉の拳が青狼の顎を描く。2者に放たれた爆炎と閃光の衝撃はオークを喰らい、魂の一片までも飲み込んでいく。
 追随はリュガの体当たりだ。二人が取り漏らしたオークの腹へ、小さな砲弾と化したリュガの一撃は吸い込まていく。
「Live and Let Die!!」
 氷嵐と青白の炎に蹈鞴踏むオークたちの中を駆け巡るのは無数の残華残す剣撃だ。嵐の乱撃を繰り広げるパトリックは、相棒であるティターニアの息吹と共にオークを切り裂き、膾斬りにしていく。
 悲鳴が迸った。豚のような悲鳴だった。醜悪だとパトリックは鼻白み、眉をひそめる。
「凍えて潰れろっす!」
 そして吹雪の詠唱は、彼の名を表すが如く、豪雪となってオークたちに降り注ぐ。
 吹雪に凍え、温もりを求めて湯船に潜るオークたちはしかし、そこが自身の終点だと知る。
「――」
 口元だけで笑った少女――ビハインドのハルナが無言で朱色の大鎌を振るう。その様は百花繚乱。美しい華に囲まれる中、汚らわしい豚の血が華となって湯船に咲いた。
「うわぁー」
 覗きどころか痴漢以上の事を為した狼藉者の最期に、敵ながら哀れと、吹雪が両手を合わせ冥福を祈るのだった。

 それは既に掃討戦であった。
 被害者達の避難が完了した今、8体のオークなど、集ったケルベロス達の敵ではない。一体一体を確実に屠り、その都度、哀れな豚の悲鳴が木霊する。
「最後、ですね」
 退廃と虚飾に騒ぐ者達の歌で止めを刺したソールロッドがふぅっと荒い息を吐く。
 騒々しい音は既に途切れている。侵略者の影は何処にも残っていなかった。

●この素晴らしい温泉に乾杯を
「だーかーらー。お、オレはヤロウだぜ!? ナリはこんなんだけどさ……」
 山間の秘湯でパトリックの悲鳴が木霊する。男女区別も無い混浴の中で、だが、流石に女性陣に囲まれるよりは……と向かった先で胡乱げな目を向けられた挙げ句の台詞だった。
「って、グリくん知ってた?」
「肌の質感と骨付きの感じから、それは、まぁ」
 その判断もどーなのか、と思いながらユルは「うん。成る程ね」と頷く。逃げ惑う女性にショックを与えないよう、性別を誤られても立ち回った彼に同情しつつ、まぁ、仕方ないよねと空を仰ぐ。
 山間の秘湯に、湯船は一つ。薄い白色が色付いているが、ほぼ透明な為、彼らはともに水着を着込んで入浴している。それでも距離が出来てしまっているのは、気恥ずかしさ故だろう。
「いいもん見れたっす。帰りたいっす。ああ、でもやっぱり」
「気持ちは同じく。でもまぁ、温泉がー。お湯は5つ星なのに」
 とは吹雪とソールロッドの呻き。
 お湯に身体を預け「溶けそう-」だとか「休養は大事だー」とか呻く彼らの視線は女性陣に向かったり空に向かったり。
 まぁ、目の保養と身体の保養は大事だろう。多分。
「……ふぅ」
 何故か共に温泉に浸かる羽目になった白陽もまた、女性の肌に目を奪われないよう、空と山肌へ視線を行ったり来たりしていた。仲間を見るとそのまま女性の方に目を奪われそうで怖い。何よりいくら主張されても、パトリックを女性と見間違いそうで、もっと怖かった。
「しかしちゃんとヒールで直って良かったね」
 岩風呂を見渡すサロメの声に、「です」とマロンの同意が重なる。そこに戦闘の痕跡はない。全てヒールで完治していた。
(「ふぅ。幸せなのです……」)
 お湯は幸せの形。皆で一つのお湯を楽しむのも幸せの形。喜ぶマロンの視線はしかし、サロメと自身の格差社会に向けられている。ああ、何故人に差は出てしまうのか。そんな命題が頭に浮かんでは消えていく。
「と、ところでグリちゃん」
 さて、そんな折。
 グリゼルダに何かを話しかけようとした鈴はしかし。
「姉ちゃん。そー言えば、戦闘中、変な声を出していたけども」
 すーっと近づいてきた弟によって問いかけは中断されてしまう。そして。
「彼氏出来なさ過ぎてそっちの道に目覚めたりは……してねぇよな?」
 それが、煉の遺言となった。

 大分県別府市。山奥の秘湯。
 2018年の年末に、一筋の青い流れ星が地上から天に飛んだ事を知るものは、そう多くなかった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。