おこた防衛戦線!!

作者:藍鳶カナン

●魅惑の暖炉たん
 雪景色が広がっていた。
 春夏には美しい水田の風景を、秋には黄金の稲穂の光景を見せていただろう平野は真白な雪に埋もれ、和の彩も何もかもを覆い隠している。一面の銀世界の片隅で半ば雪に埋もれているものも、見る者がいれば和の彩を忘れさせるのに一役買っただろう。
 雪の世界にこよなく良く似合うものだった。
 但し、雪山の山荘、あるいは誰かが冬の休暇をすごす別荘にでもあったなら。
 寒空のもと、雪が音さえも吸い込んでしまいそうな雪原に何故か放置されていたそれは、アンティーク調の暖炉――もとい、暖炉型ファンヒーター(電熱式)だった。
 本物でこそないものの、美しく揺らめく炎をライトで映し出して、炎にも劣らぬ暖かさで皆に安らぎを与えてくれていただろう暖炉型ファンヒーター。その高級感と重厚感もきっと美しい疑似炎と相俟って、薪が爆ぜる音さえも聴こえてきそうな『本物らしい』演出に一役買っていたに違いない。
 だが、雪の合間のある晴れた日。『彼』は本物の炎を燈す機能を得た。
 それは薪ではなくグラビティの魔法が燈す炎。
 機械脚でさくさく雪をふみふみやってきた宝石、コギトエルゴスムに融合され、彼は燃え盛る炎を、暖炉の炎で炙った魔法のマシュマロを放ち、あまつさえ暖炉でコトコト煮込んだシチューの幻すらも投影可能なダモクレスに生まれ変わったのだ。
 ふわり、と少しだけ宙に浮かんだ彼は、グラビティ・チェインを求めて雪原をふよふよと進む。そして雪の里に佇む古民家を見つけた途端。
 きゅぴーん!!
 と、何かを察して眼(疑似炎用だったライト)を光らせ、猛然と襲いかかった。
 襲われたのは――。

●おこた防衛戦線!!
「古民家を改装した、おこたカフェです。まさかほんとにここが狙われる、なんて」
 ほう、と切なげな溜息を洩らした八柳・蜂(械蜂・e00563)の掌の上にネットの波間からアイズフォンが掬いあげた映像が燈った。さりげなく解説を加える蜂。
 雪の里に佇む趣深い古民家。その居心地良さそうな畳の間にはこたつが置かれ、カフェを訪れた客は暖かなこたつに入って、ひんやりアイスを楽しむのだ。ただのアイスではなく、抹茶や柚子に桜といった和のアイスをまぁるく掬って、薄く透ける求肥に包んで。
 雪見障子から望める雪景色を眺めつつ、温かで香ばしい黒豆茶と一緒に楽しめるそれは、
「絶品なのでカフェも大人気なんです! そんなわけで、みんなの出番になりましたっ!」
 予知を告げた笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が、みんなにこのダモクレスの撃破をお願いしますと続け、
「元々は電熱式の暖炉型ファンヒーターだったんですが、ダモクレス本人は自分を暖炉だと思っているみたいです! なので『暖炉たん』って呼んであげてくださいっ!!」
「暖炉たん」
 元気いっぱいそう語れば、ねむたんパワーで蜂もつい頷いた。
 暖炉たんの目的はひとびとを殺してグラビティ・チェインを奪うこと。
「蜂ちゃんのおかげで避難勧告がばっちり間に合いましたので、そこは大丈夫です! でも暖炉たんはこたつにライバル意識があるらしいので、放っておけば無人でもこたつカフェが破壊されちゃいますっ! ねむがみんなを急いで現場にお届けしますので、まだ暖炉たんがこたつの気配に気づく前、雪原を移動中に戦いを開始できます。そこで倒してください!」
 勝利できればそれで良し。
 だが、敗北すればあったかおこたにひんやりアイスの楽園が破壊される。
 尻尾ぴこぴこしつつヘリオンの陰に隠れた真白・桃花(めざめ・en0142)が作り声で何か言い出した。
「わたしはこたつの妖精なの、今みんなの心にこっそり呼びかけておりますなの。みんなの力でおこたの楽園を護ってくださいなの~♪」
「はっ! ええ、わかりました桃花ちゃ……こほん、こたつの妖精さん。皆で必ずおこたの楽園を護ってみせますとも。力を貸してくださいね、皆さん」
 驚いたように胸を押さえてみつつ、蜂は静かな決意を湛えた瞳で仲間達を見回した。
 暖炉たんの攻撃は魔法の炎に魔法のマシュマロ、魔法によるシチューの幻。クラッシャーゆえに攻撃力は高いが、すべて魔法攻撃なので対策も取りやすい。マシュマロとシチューが催眠を齎す範囲攻撃である点により注意すべきだろうとねむが語る。
「でもみんなが全力で臨めば勝てると思いますっ! それでですね、避難勧告で団体さんのキャンセルが出ちゃったそうなので、無事に終わったらそのおこたカフェで一番いい感じな畳の間でゆっくりさせてもらえるそうですよ!」
「……と、いうことは……?」
「はい! おこたの楽園を満喫しちゃってください!!」
 大きく、ゆるりと瞬いた紫の双眸に、柔らかな煌きが燈る。
 絶対に、勝ちましょうね――と、蜂は揺るぎない決意とともに皆へ微笑んだ。


参加者
八柳・蜂(械蜂・e00563)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
連城・最中(隠逸花・e01567)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
メドラウテ・マッカーサー(雷鳴の憤怒・e13102)
織原・蜜(ハニードロップ・e21056)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)

■リプレイ

●雪原
 天は青く、地は白く澄み渡る。
 冬空を翔ける透徹な風を胸に満たせば心まで綺麗に雪がれたよう。魂までも透明になった心地で一気にヘリオンから跳んだなら、
 ――いざ抹茶アイス!
「もとい、いざ勝負よ! 暖炉たん!!」
 欲望を雪ぎきれなかった織原・蜜(ハニードロップ・e21056)が降り立つ先は辺り一面が雪に覆われた銀世界。足元から雪を踊らす浚風に身を震わせれば此方へ向かってくる相手が限りなく魅力的に見えたけれど、
「暖炉たん、これ以上は行かせない。あなたには此処で、此処で果ててもらうのだわ!」
 ――私達の楽園のために!!
 正統派ヒロイン宜しくアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が真っ向から挑めば途端に暖炉たんの芯が赤熱、凄まじい紅蓮に燃え盛る炎が襲いかかるが、迷わず躍り込んだ八柳・蜂(械蜂・e00563)が左腕で灼熱を受けとめた刹那、殲滅の魔女の物語がアリシスフェイルの右腕に甦った。
 飛散する炎を突き抜けたのは、黒と灰の紋章を奔らせ霜に覆われた右腕から解き放たれた氷霧の狼、冬の獣が凍てる咬み痕を残して物語へ還れば、
「暖めて頂きたいのはやまやまですが、その炎は直接的すぎませんか、暖炉……たん!」
 眼鏡を懐に仕舞って呼び名への迷いも振りきったらしい連城・最中(隠逸花・e01567)が如意棒を双節棍に変えて氷片ごと叩き込み、幾重にも暖炉たんの火力を削いで、
「流石の炎だけど……蜂ちゃん、治療はもう少し待ってもらえるかしら!」
「ええ、まだ大丈夫です。さあ、行ってらっしゃい、つづらちゃん」
 雪上に輝かせた星の聖域で催眠へ備える蜜へ応えた蜂がヒールの踵を踊らすと同時、黒き大蛇が猛然と暖炉たんへ牙を剥く。
「ああん、つづらちゃんってば今日もとっても、お・と・こ・ま・え! なの~!」
「そうか、あの黒蛇、男の子なのか。確かに勇ましいな」
 真に自由なる光で援護する真白・桃花(めざめ・en0142)の声と『ぼく頑張ったよ!!』的な顔で消えゆく黒蛇に笑んだアベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)が夜色の刃を揮えば、描かれた双子座の聖域が前衛陣に幾重もの加護を燈した。
 星の輝き越しに見る暖炉たんは天然石を組み上げたように見せた重厚なマントルピースに流麗な錬鉄細工の柵を備えた高級感ばっちりな姿で、
「暖炉たんVSおこたたんの仁義なき戦いも見守ってみたかったけど……」
 ――おこたアイスの楽園が俺達を待ってるんで!!
 熱い意気込み満点で真柴・隼(アッパーチューン・e01296)が黄金の果実の輝きを中衛へ贈った途端、『彼』は眼(疑似炎用だったライト)をきゅぴーんと光らせる!
「どうやら俺達がこたつの味方だと気づかれたようだな」
 あるいは隼のテレビウムに殴られてこたつに居場所を奪われたトラウマでも甦ったのか。
 猫耳をぴくり反応させつつそう呟いたゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)の袖口から奔るのは鎖状の輝き、蛇のごとく敵を締め上げたそれが麻痺毒を注げば、
「何にせよ、こたつの妖精さんにお願いされた私達は、こたつの勇者ってところかしら?」
 楽しげな笑みを咲かせたメドラウテ・マッカーサー(雷鳴の憤怒・e13102)が揮った竜の槌が咆哮、撃ち込まれた竜砲弾が確実に暖炉たんの底部を砕いた、直後。
「これは……マシュマロが来ます!」
「ええ、前衛狙いだわ!!」
 甘い気配を察した最中と蜜の声が響くと同時、暖炉で炙られたマシュマロが放たれた!
 真白な表面に魅惑的な焼き目を纏ったマシュマロ弾幕! 仲間のために身体を張った隼の口にそれが飛び込んだなら、
「!! 焼き目がカリッとしてて、中がとろっと甘くて……ヤバい、これ美味い!!」
「何だって!? そのマシュマロ、やっぱり食えるのか!!」
「……っ! いけない、避けなきゃ良かったって思ってしまったのだわ……!」
 俄然食欲を刺激されたらしいアベルが雪を蹴って跳ぶ。暖炉たんに見舞うは俺にもくれと言わんばかりの電光石火の蹴り、胸元にリボン踊る深霞の衣の護りをありがたく思いつつ、ちょっぴり複雑な心地でアリシスフェイルも雪上を翔けた。
 彼女の蹴撃はきっちり暖炉たんに炎の軌跡を描いたが、掌上に地獄の炎弾を燈した蜂が、もう少し炙ります? なんて、マシュマロを抱えたテレビウムに微笑みかけていて。
 ああなんて、
「暖炉たん、恐ろしい子……!!」
 戦慄しながら蜜は癒し手の浄化をぎゅうっと込める心地で、流体金属の銀の吹雪で前衛を抱擁する――!!
 壮絶な戦いになった。
 猛然と雪上を翔けて襲いくる炎に甘いマシュマロ乱舞、魅惑的な匂いでこちらの胃の腑を鷲掴みにしてくる幻のシチュー。最中とアベルのジャマー二人がかりの斉天截拳撃、そしてアリシスフェイルのバスタービームが暖炉たんの火力も攻勢も確実に鈍らせているが、
「マシュマロも魅力的だけど、雪原にシチューが罪な組み合わせすぎる……!」
「所詮は幻――と言いたいが、匂いが殺人的に美味そうすぎるからな」
 冬空は晴れているものの、風や戦闘の余波で足元から絶えず雪が舞う銀世界、そこで突如暖炉でコトコト煮込んだシチューを見せつけられ、こっくりクリームに鶏肉と冬野菜の旨味たっぷりな匂いをふわあっとあったかく浴びせられては堪らない!!
 星の聖域で誘惑を振りきった隼が鋼の鬼纏う拳で暖炉たんを穿ち、彼に護られたゼノアも革のブーツにサイドジップを煌かせ、炎の蹴撃で続いたが、
「……! 誘惑されちゃダメ、って、解って、いるんですけど……!」
「あまりにも美味しそうで、少し、いえかなり抗い難いのだわ……!」
 素敵な匂いで胸いっぱいにされた蜂とアリシスフェイルが必死に踏みとどまる様に、
「確実にキュアした方が良さそうですね、手伝います」
「ありがと最中ちゃん、確り匂いを払わなきゃ……!」
 ――導け、星影。
 瞬時に最中が星屑めいた光に三重の浄化を乗せてアリシスフェイルへと降らせ、誰よりも深手を負う蜂に緊急手術を施す蜜が共鳴を呼ぶショック打撃で魅惑の香りを吹き飛ばした。誘惑から解き放たれた娘達はそれぞれの刃を暖炉たんへ揮ったけれど、
「長引くとそのうち激しい同士討ちになりそうね……!!」
「ああ、正直俺も直撃くらったら誘惑されない自信がねぇ」
 術の効果そのものは届いていないはずの後衛のメドラウテや中衛のアベルも、シチューの魅惑的な見た目と匂いに心揺れてしまいそう。誘惑される前にしてやるわとばかりに彼女が射ち込むハートクエイクアローに続いて、意識の九割が食欲と自認する男が面白がるように口の端を擡げた刹那、彼だけが揮える黒き針が暖炉たんの影と動きを三重に縫いとめた。
 戦いの天秤は確実に此方へ傾いているのに一時も気が抜けない。
 だが、ひときわ凄絶な炎が眩く爆ぜた――と思えばそれは、防具耐性を活かしたゼノアが暖炉たんの炎をドラゴニックミラージュで相殺した光景。目も眩むほど鮮烈な紅蓮と余波で肌を炙る熱に蜜は強気な笑みを咲かせ、
「折角暖炉型に作られたのだもの、燃えてみたかったのね?」
 ――熱い意気、私達が受けとめて昇華するわ!
 華やかな爆風も咲かせて仲間達を送り出した。
 好機を逃さぬ一気呵成の猛攻勢、刃のごとく閃き天然石っぽい外装を貫くアベルの蹴撃が三重の痺れを刻んで、業物の刀に空の霊力を幾重にも凝らせた最中の一閃が数多の災禍ごとそれを跳ね上げたなら、反撃せんとした暖炉たんが顕現させた幻のシチューが、きらきら、きらきらと、一瞬で光になって消えていく。
「……パラライズが効いたのはありがたいんだが」
「匂いが来なかったのが残念、って思っちゃうのが悔しいわよね!」
 いい匂いだったしな、と呟いた瞬間ゼノアが流星の蹴撃で暖炉たんを雪上に叩き落とし、白銀の巨大鋏を模す刃に空の霊力を重ねたアリシスフェイルが深々とその軌跡を刻み込む。続け様に隼が奔らす蔓草が暖炉たんを絡めとったなら、漆黒の刃を手にした蜂が暖炉たんの許へ躍り込んだ。
 暖かさにも甘いものにも弱くて、何故か催眠にも弱い身にはとっても強敵だったけれど、
「ごめんね、暖炉たん。生まれ変わったら私のお家においで、なんて」
 あなたに恨みはないけどと少し寂しげに囁いて、波打つ刃を揮えば、応えるようにぽうと柔らかにライトを光らせて、暖炉たんのすべてが光に変わる。
 光の最後の一粒までもが世界へ還る様を見届けて、最中は眼鏡を掛けなおした。
 温もりと癒しをくれる炬燵にも暖炉にも等しく感謝を。
 ――お疲れ様。

●楽園
 雪の里に佇む古民家に辿りつけば、それだけで胸の奥がほっこり暖まる心地。
 黒い鉄瓶が囲炉裏でしゅんしゅんと湯を沸かす様にも心惹かれたけれど、奥へ案内されて畳の間に足を踏み入れたなら、雪の冷たさも戦いの疲れもふうわり柔くほどけた気がして、皆がほっとついた吐息が自然と笑みになった。大きなおこたに出逢えたならなおのこと。
 艶やかな木目が美しい欅の天板を撫で、優しい茜色のふかふかこたつ布団に潜り込めば、氷霧の狼を幾度も操っていたアリシスフェイルの芯までじんわり温もりが染みて、
「ああ、天国なのだわ……!」
「同感です……ああ、アイスも美味しそうですが、求肥もとても良い品ですね」
「ふふ。店主さんの御実家が和菓子屋さんなんですって」
 ひときわ柔らかな笑みを咲かせる彼女に頷く老舗和菓子屋次男坊こと最中が運ばれてきたアイスと求肥に目許を和ませれば、招待の礼を伝えた際に聴いたという蜜が音頭をとって、香ばしいあったか黒豆茶で――乾杯!!
「八柳は桃花と隣同士がいいかな?」
「ええ、それだと嬉しいかも。……ね、桃花ちゃん、私の抹茶と一口交換しません?」
「ああん勿論しちゃうに決まってますなの~♪」
 お疲れ様と皆を迎えたスプーキーの気遣いと、桃花がいそいそと隣に潜り込んでくる様に微笑んで、ほんのり白く透けるやわやわもちもちな求肥に触れたなら、蜂の頬も心までもがやわやわになってしまいそう。
 桃花がはい、あーんと差し出す春色を頬張れば、柔い求肥の甘さの裡から冷たくも優しい桜の香りと桜花の塩漬けが引き立てるアイスの甘さが咲き誇る。溢れる春の、甘さ。
 濃い抹茶の彩湛えたアイスを求肥に包めば、こちらもほんのりと春緑。
 一口齧れば蕩けるような求肥の裡から冷たく濃厚な抹茶の風味が、
「……はっ! 風味なんかじゃないわ、ちゃんと本物の抹茶を使った輝きの一品よ!」
「甘さ控えめで、舌触りも良い……悪くないな」
「ええ。雅で上品で……なのにほっこり和みますね」
 もとい、抹茶の香りが豊かに溢れ、典雅な甘味と苦さが蜜の舌の上で蕩け、古い傷が奔るゼノアの頬を緩め、最中の双眸を細めさせた、そのとき。
 突如カッと輝くテレビウムの顔画面!
「どしたの地デジ……って! きなこアイス、だと……!?」
 文字が読めたのかは謎だけど、御品書きに『本日の特選アイス』と綴られた特別感っぽい雰囲気に目をつけたらしい。これは食べねばと意気込む隼に、
「カフェのサイトには載ってないのね。来店してみてのお楽しみってところかしら?」
 アイズフォンで覗いてみたらしいメドラウテ。なお暖炉たんとおこたがごっちゃになってここでマシュマロやシチューが楽しめると思い込んでいたのは彼女だけの秘密だ。
 きなこも素敵だねと眦を緩めつつスプーキーが味わうのは柚子アイス。
「どうも、こたつに入ると柑橘類が欲しくなるみたいでね」
「言われてみれば私もそんな気がしてきたのだわ……!!」
 抹茶と悩んで柚子を選んだのはこたつゆえ、大納得の心地でアリシスフェイルも柔い白に包まれた柚子色を口へ運ぶ。蕩けて綻ぶ求肥、その柔さが残る舌に口内にふんわりひんやり満ちていく、柚子の香りと甘酸っぱさを含んだ、幸せな甘味。
 冷えた口を香ばしい黒豆茶で温めたなら、ほっこり零れる吐息も幸せ色。
 雪見障子を見遣ればその彼方に広がる光景は、変わらず美しい銀世界。はらり、はらりと細雪もちらつき始めたけれど、畳の間もこたつも優しい暖かさに満ちていて。
「……猫が丸まるという気持ち、少しは分かるものだな」
「物凄く良く分かるわ、私も丸くなろうかしら……っていうか、ここ猫いないのかしら?」
 いっそう深くゼノアがこたつに身を寄せれば、横になろうとメドラウテがちらりと布団を捲ってみて。カフェの飼い猫はいないみたいだけどと応えた蜜が、
「こんなこともあろうかと、私が雨の日に拾った猫みたいな子を呼んでおいたわ」
 地球人だけど、と悪戯っぽく続けて振り返った瞬間、タイミング良く襖が開いて、
「……コンニチハ、雨の日に蜜に拾われた子デス」
「い、今はわたくしのものですからね!」
 話の流れ的に猫を否定しにくくなったらしい夜と、確かに何かふわふわな毛がついている彼の袖をはっしと掴んだアイヴォリーが御入室。面子が増えたなら改めて黒豆茶で、
 ――乾杯!!
「あー……これアレだな、ホント、ひとをダメにするヤツだわ」
「ダメでいいだろ……もう一緒にダメになろうぜ」
 潜り込んだこたつの温もりも、雪見障子の外ではらり、はらり、と舞う細雪の緩やかさも蕩けるような微睡みへアベルと染を誘う。掌に乗せただけでこちらも蕩けそうな柔い求肥に柚子と桜のアイスを包み、お裾分けしあえば、ぽかぽかと熱の燈った身体にやんわり染みる優しい冷たさ。贅沢だと笑い合えばいっそう夢に誘われる。欅の天板に頬をくっつけるのも心地よさそうで、座布団も素敵な枕になってくれそうで。
 眠りの波間へ漂いだす寸前、染はアベルの服の裾を引いて。
 ――お疲れ様。
 ――ありがとさん。
 雪見障子の傍に骨董ものの火鉢が置かれて、いつでも黒豆茶を淹れられるよう、たっぷり湯を湛えた鉄瓶が乗せられる。
「実家は掘りごたつでね。寝る時は対岸に脚を渡して、落ちないよう腹に力を込めて……」
「何その修行状態! 怖い! 掘りごたつ怖い!!」
「修行か……今もいる処には昔ながらのサムライやニンジャがいるのだな」
「いえそれは――ああ、ええ、地方によってはそうかもしれマセンネ……」
 旧家育ちの夜が真顔で語る冗談に慄く隼、この国の秘密を知ってしまった顔のゼノアに、一旦否定しかけたもののイタリア出身な彼の抱いた幻想をそっとしておくことにした最中はおこたの魔力で意識もまったりしてきた感じ。
 一方、
「ね、夜がくっつけてる動物の抜け毛みたいなの、私の彼氏もくっつけてたのだけど……」
「きっと愛らしいふわもふといちゃこらしたに違いありません。浮気なら制裁しなければ」
「ふふ。お相手はきっと、白い冬毛のボクスドラゴンさんですね」
「ああん、それはもうとってもふわふわだったに違いないの~♪」
 真顔で固く頷き合うアリシスフェイルとアイヴォリー、いちゃこら相手を特定しにかかる蜂と桃花。アリシスもアイヴォリーもほんとは解ってるよね、と苦笑しながら、夜は天使の柔い雪色に包まれた桜を求め、口許に運ばれた春に頬を緩めれば、貴方のほっぺも桜色、とアイヴォリーにも笑みが咲く。
 ――夜、楽園のこたつむりとして、一緒に生きてくれますか?
 恋人達の様子に微笑めば、そのままスプーキーの目蓋も落ちてしまいそう。
「こたつむりか……いいね、僕もこたつを背負う亀さんになろうかな……」
「ふふふ~。亀さんはそのうち膝枕とかいるかしら~?」
 これが楽園か。ふんわり頭を撫でられ、亀さんは心の底から理解した。
 香ばしい黒豆茶の香りが新たに部屋に満ちる頃、本日の特選アイスが御登場。
 睡魔にまだ捕まりきっていない皆でそっと求肥に包めば、まるで陽の光を手にしたよう。頬張れば濃厚なきなこの甘味がひんやり溢れて、その美味と、もきゃっとほっぺを押さえる弟分の愛らしさに、ここマジ楽園、と隼が至福の吐息を洩らす。
「確かに可愛いのだわ……! 何かこう、ほっぺつつきたい感じよね」
「本当、可愛いですものね。……つんつん……させてもらい、ます?」
 見れば『ほっぺかもん!』と言いたげな顔でつんつん待ちのテレビウム。瞳を見交わしたアリシスフェイルと蜂に左右からつんつんされてきゃっきゃする様に、
 ――可愛い……。
 微睡みに誘われながらそう思った最中も目敏く蜜に気づかれて、
「ほら、最中ちゃんもつんつんしてあげて」
「あ、はい。……こう、ですか?」
 彼の姉御肌な押しに流され、一緒にテレビウムのほっぺをつんつん。
「……モテモテだな」
「そうなんだよ、地デジってば空前のモテ期で! くっ、俺もモテたい……!」
 心底悔しそうな隼を慰めるべきかとゼノアは一瞬思ったが、彼が『いや俺、本命彼女とはらぶらぶなんだけどね!』とか惚気だしたので、ゆっくり黒豆茶を味わうことにした。
 ほんと、皆がほっこりできる処よね。
 自身もカフェを営んでいるという蜜の言葉に、こころもからだもほっこりやわやわですと微笑み返せば、蜂の肩に角の消えた桃花の頭がこてり。幸せそうに微睡む様に笑みを深めたなら、雪見障子越しに見る雪も、少しだけ、優しく感じられた。
 心がめざめた時も、腕を失った時も、雪が降っていたから。
 雪が降るたび胸の奥がつきりと痛んでいたけれど、今日は何だか特別な心地。
 こうして、雪の日に皆で暖まれるのは。
 ――とても、とてもしあわせね。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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