寒い日はやっぱ温泉っしょ!

作者:秋月きり

 かぽーん。
 12月を半ばも過ぎると、冬も本格的に寒くなって来る。今年は暖冬になると言われていたが、それでも、一桁台の外気を思うと、暖冬とは何だったのか、と言いたくなってしまう。
 よって、人々が温泉を求めるのは致し方なかった。これはもはや、本能と言っても差し支えなかった。
「ふぅ、極楽極楽~」
 人で賑わう温泉、それも湯船の中、ばしゃばしゃと顔にお湯をかける男は、そんな言葉を口にする。
 雪すら振りそうな外気の露天風呂! その中で40度近いお湯に浸かり温もりを堪能する。ここに熱燗だとか綺麗なおねーちゃんでもいれば……とげへへと笑う男はしかし、いかんいかんと首を振る。
 そう。温もりこそが正義。寒くない事それこそが正義。熱さとは正義なのだ!
「熱い温泉――熱湯こそが正義だッ!!」
 男が声高に叫んだ瞬間、男を中心にボコボコとお湯が沸き立つ。漂っていた湯気の量は一気に増え、そして――。
「どわっちぃ!!」
「あちいっちゃよ! 薄めよーえ!」
 他の温泉客の叫びに、しかし、男は――否、男だったビルシャナは立ち上がり、くわっと両目を見開く。
 そこに慈悲は無い。ただ、強い言葉だけがあった。
「熱さこそが正義なのだ! 温泉から出るな! 薄めるな! 肩まで浸かれぇ!!」

「大分県別府市の市営温泉に熱い温泉が大正義を主張するビルシャナが現れるわ」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉はやや半眼気味で紡がれる。ああ、そんな事でビルシャナ化しちゃうんだ、とは誰の言葉だったか。敢えて聞こえない振りをして、リーシャは自身の見た予知の続きを続ける。
「個人的な趣味趣向による『大正義』を目撃した一般人がその場でビルシャナ化しちゃう事件ね。今回の人は『熱いお湯』に拘り過ぎたようなの」
 ちなみに温泉法による温泉の定義は摂氏25度以上であるが、人間が快適に入浴できる温度は30度半ばから40度程度、いわゆる体温よりちょっと高いぐらいだ。それを踏まえてビルシャナは、
「熱ければ熱い方がいいって教義だから、まぁ、結構な温度になっちゃってるんじゃないかな?」
 それは温泉じゃなくてお湯だよね。熱湯だよね。との抗議の声は「判る」と一言で受け止められてしまう。
 なお、ビルシャナの力で火傷しないギリギリの温度に落ち着いているようだ。何それ狡い。
「このビルシャナを放置しちゃうと、上がらせて貰えない温泉客が同じ大正義に目覚め、次々とビルシャナと化してしまう可能性があるわ。そうならない為にみんなでビルシャナを止めて欲しいの」
 つまり、ビルシャナ化が広まる前にビルシャナを撃破し、温泉に平和を取り戻せ、という事の様だ。
「このビルシャナだけど、自分の教義に対する意見は肯定だろうと否定だろうと、まずは反応するようね。その意見を主張している間に、周りの人々を逃がす事が最初の課題になりそうよ」
 ここには二つ難点がある。一つは本気の論争をぶつける必要がある事。正誤は抜きにして、心から伝えたいと思う本気の意見でない限り、ビルシャナは耳を傾け無いようだ。
 そしてもう一つ。避難誘導が完了するまで、如何なるグラビティをも使用してはいけないと言う事だ。
 グラビティが使用された瞬間、ビルシャナは戦闘が始まったと認識するようだ。もしも逃げ遅れた人間がいれば、その瞬間にビルシャナ化する可能性もあるし、その全員でケルベロス達を排斥しようと、攻撃を仕掛けて来るものと思われる。
「で、そのビルシャナだけど、炎の羽根と熱湯――熱いお湯を模したグラビティを使用するようね。あと、自己回復もするようだから、頭の片隅にでも入れていて欲しい」
 先の説明通り、物事が順調に進めば、ビルシャナは一人だけになる。避難誘導に失敗した場合、複数のビルシャナを相手取る可能性があるから、それは気を付けねばならないようだ。
 そして、肝心要の説得についてだが。
「熱い事が大正義と言っているから、それに対する想いをぶつけてみたり、あと、温泉の楽しさは温度なんかじゃない! という主張も大切だと思うわ」
 なお、ビルシャナに転じた人間が男性である以上、舞台は男湯となり、故に女性が入る事は難しい筈だが、そこは予知の範疇外。水着着用の混浴として入っていても問題ないとの事。
「つまり、ビルシャナ出現まで温泉の中に潜んでいたりも出来るわけ」
 ビルシャナ出現と同時に乱入する方法もあれば、そう言う予め潜むと言う方法もある。どちらかを選択するかは現場であるケルベロス達に一任する、との事だ。
「周りは一般人だらけだから、まずは戦う為の手段を確保して欲しい」
 そしてリーシャはケルベロス達を送り出す。
 それは、いつもの言葉として彼らに向けられていた。
「それじゃ、いってらっしゃい。……いいなぁ、温泉」
 何やら願望が漏れ聞こえた気がしたが、それに気にせず、ケルベロス達はヘリオンへと乗り込んでいくのだった。


参加者
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
秦野・清嗣(白金之翼・e41590)

■リプレイ

●温泉にまつわるエトセトラ
 大分県別府市。
 言わずと知れた温泉町である。
 年末を迎えつつある平凡な田舎町は、しかし、デウスエクスの脅威に晒されていた。
 その名も『熱さ大正義明王』、ビルシャナであった。
 だが、人々は忘れない。デウスエクスと戦い、地球の平和を約束する番犬――地獄の番犬、ケルベロスの名を。

「うう。こう寒いと温泉が染みるわぁ」
 露天風呂に浸かり、うーんと伸びを行うのは草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)その人である。豊満な肢体は星条旗柄の水着に包まれている。だが、温泉に似つかわしくない水着姿は、彼女だけではない。
「寒い日はやっぱ温泉っしょ!」
「寒い日はやっぱ温泉っしょ! なの!」
 共に湯船を堪能する七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)とフィアールカ・ツヴェターエヴァ(赫星拳姫・e15338)もまた水着姿なのだ。脇に置かれたタオルと風呂桶から、彼女達がプールと温泉を誤っていない事は明白。
 では、何故彼女達が水着姿なのかと言うと。
「避難誘導の際に邪魔になりそうな障害は排除したわ。後は……ビルシャナの出現を待つだけね」
 ばっちこーい、と気合い十分な稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)の姿は、黒いレースが際立つ下着姿と見間違う物だった。無論、彼女が身に纏うセクシーなそれも、水着である。
 そう。彼女達は、ヘリオライダーの未来予知に従い、このお湯の中でデウスエクスの出現に備えているのだ。
 そして水着姿な理由は一つである。
「いやぁ、しかし、本当に水着デーとか通る物なのですね!」
「ヘリオライダーが是と言っていた。ならば問題あるまい」
 物部・帳(お騒がせ警官・e02957)が空を仰げば、肩まで湯船に浸かったヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)が静かに頷く。湯浴み客に交じる彼ら二人――当然、男性だ――もまた水着。
「寒い日の温泉は最高ですなぁ……」
 役得役得と喜びを隠しきれない瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)も、静かに周囲を伺う秦野・清嗣(白金之翼・e41590)も、そして、周囲で湯を楽しむ男女入り交じった客の全てが水着姿であった。
 念の為に言えば、これは、ケルベロス達が事前に準備した『策』の一つである。
 ヘリオライダーの未来予知の結果、市営温泉が襲撃される事となった。ならば、運営する別府市そのものに掛け合い、その日だけ『男女混浴オッケー、その名も水着デー!』なるイベントの開催を訴える。対デウスエクスと言う名目がある以上、承認は早かった。無論、そこに晴香やひかりによる隣人力が発揮した事は言うまでもないだろう。
 斯くして、舞台は整った。
 後は侵略者、ビルシャナの到来を待つだけである。
「熱い温泉――熱湯こそが正義だッ!!」
 そして、時は来た。来てしまった。
 湯船を堪能していた男性客が教義と共に立ち上がり、きしゃーと吠える。瞬く内に男は金色の羽毛に包まれるも、それは温泉の中。濡れ羽根と化すが、男は気にせず教義の普及を始める。
「――む。熱ぅない?」
 清嗣が眉尻を上げると共に、ケルベロス達は身構える。
 ビルシャナ化と言う変異と共にお湯の温度が上がる。それもヘリオライダーの予知。ならば、ここから先は――。
「熱さこそが正義なのだ! 温泉から出るな! 薄めるな! 肩まで浸かれぇ!!」
 ビルシャナが吠える中、ケルベロス達はざばざばとお湯をかき分け、ビルシャナの元へと向かう。
 ここからは、地球防衛の時間だ。

●熱問答
 露天風呂の中に突如沸いたビルシャナ!
 しかし、それは熱いお湯が大正義と言う教義に目覚めてしまった悲しき地球人の成れの果てなのだ。
 これぞ恐るべきビルシャナの概念的侵略行為!
 それに対する手段は――皆無に等しいかった。今は、まだ。

(「故に、僕は……」)
 熱湯に関する教義を熱弁するビルシャナを前にし、清嗣は苦悩する。身体に浮かぶ玉のような汗は、均整の取れた肉体にして宝玉の如く輝いている。
 それは長時間の入浴による火照りだけが原因ではない。
「こんな熱いお湯、長湯が出来ないでありますよ!」
 人間の限界体温――それは蛋白質の凝固する43度未満と言われている。ならば、ビルシャナに温められたこのお湯は40度を超えたあたりか。ぶくぶくと沸騰を示す泡は途切れないのに、それ以上の水温になっていないのは、ビルシャナが発する何らかの魔力が影響している様に思えた。
 確かに熱い。だが、生物的に無理な温度ではない。そのせめぎ合いを心地良いと感じるか、無理と感じるかは人それぞれだろう。
「そんなに熱湯がいいの?!」
 フィアールカの呼びかけに、ビルシャナの目がキラリと輝く。
「当然だ。熱いのは正義! 熱湯が正しいのだ!」
 だが、入浴不可の湯に意味は無い。だからこその分水嶺がこの温度だと、ビルシャナが胸を張る。凄くどや顔だった。
「しかし、温度が高過ぎれば血圧は上がり、健康を損なう。子供や老人にとっては酷だろうに」
 ヴァルカンの言葉にビルシャナは「む」と呻く。
「そうだな。ヒートショックの危険性もある」
 右院の言葉はビルシャナにとっても看過し難い様であった。温度変化に伴う急激な血圧の変化は、冬場のお風呂であっても害であった。そう、掛かり湯は大事なのだ。
「否っ。断じて否っ。それこそ掛かり湯を行い、ゆるりとお湯に成れ、そして熱湯に浸かるべきなのだ!」
「是だ。お前の主張が分からない訳ではない。だが、そうした場合、高度な専門知識が必要となる。全てのお湯にお前が赴く訳に行かぬだろうよ」
 趣味を押しつけるマゾ茹鶏がっ。言外の罵倒を飲み込みつつ、叩き付けた清嗣の言葉に、ビルシャナが言葉を失う。
 何かを考えるそぶりは数秒ほど。
「全ての人間が適切な温度管理を学べば良いのだ!」
 自己矛盾の塊のような反論は、ビルシャナの教義からは正なのだろう。多分。

「こっちよ。こっち」
 お湯の中に取り残されたのはケルベロス達だけではない。お湯を楽しんでいた人々はしかし、肌を赤く染めながらもビルシャナとケルベロスの討論に聞き入っている。
 と言うよりも、逃げられなかったのだ。彼らがお湯から肩を出した瞬間、ビルシャナの叱責によって再びお湯に戻されてしまう。
 だが、それも終わりが来る。ケルベロス達との討論に熱くなったビルシャナは周囲を見る余裕を忘れ、その隙をついて動く3つの影があった。
 晴香、さくら、ひかりの美女三人組である。
 彼女達は茹で上がった人々を湯外へと導いていく。
 なお、途中、彼女達が使おうとした防具特徴はしかし。
「避難中はグラビティ禁止、だよ」
 右院の助言に従い、使用される事はなかった。
 防具特徴も種族特徴も――特殊な、と但し書きがつくが――『グラビティ』と言う枠組みである以上、使用すればビルシャナは戦闘を開始するだろう。戦闘が始まれば、彼女達が守ろうとした人々は強制的にビルシャナへと転じさせられ、襲い来る光の国の使徒と化す。ヘリオライダーの予知した最悪の事態を迎える可能性もあるのだ。
 だから、声だけで人々を誘導する。ビルシャナへ5人が論戦を仕掛けている今が、その好機。そう、今しかなかった。
「大丈夫。ここは私達に任せて」
 ケルベロスに任せておけば、デウスエクスなど恐るるに足らず。
 度重なる戦いで、人々はその意識を芽生えさせている。ならば、今は絶やさなければ良いのだ。

●寒い日はやっぱ温泉っしょ
「熱過ぎる温泉は身体に毒なの!」
 タブレットを持ち込み、いわゆる押すな押すなの動画を見せるフィアールカの説得はしかし。
「熱さの果てに自身の望みが叶う。なんて素晴らしい」
 ビルシャナは堂々と曲解していく。
「熱いお湯を作るには凄く沢山の燃料が必要ですよね!」
 ひかりの言葉はエコの観点からは正しい主張。だが。
「この町の歴史は如何にお湯を冷ますかから始まった! ならば熱いお湯に皆が入ればもっと栄えた筈だ! その苦悩が何故分からん!」
 歴史的観点からの屁理屈で叩かれてしまう。
「熱いお風呂よりも熱いサウナ、そしてその後の水風呂! これならどうですか!」
 晴香の主張はスポーツマンらしく響き、これにはビルシャナも目を細め、同意を示す。
「判る! 熱ければ湯船に限らん。蒸し風呂も是なり!」
「いや、そう言う意味ではないのですが……」
 そう、彼らの議論は白熱していた。
 ケルベロス達が唱える主張は悉く、ビルシャナに却下されているが、正当な理屈もあれば、ただの屁理屈もある。それら全てお構いなしなのは、ビルシャナの教義が如何に歪曲した物であるか、示すようでもあった。
「そもそも、熱さだけを求める事に良い事はありません! お酒だって冷酒が良ければぬる燗も熱燗もあります。それぞれに適した温度があるんです!」
 それは温泉も一緒、とのさくらの主張に、おそらくは元温泉マニアなのだろう。ビルシャナはぐぬぅと喉を鳴らす。
 例えば炭酸泉。熱ければ二酸化炭素は全て逃げてしまうが、適度な温度であれば、ラムネ風呂とも呼ばれる気泡湯と化すではないか。
「だが!」
 ビルシャナが嘴を開き、泡塗れで行おうとした反論はしかし。
「もうそろそろ良いでありますよ」
 周囲に立入禁止テープを張り巡らせた帳によって遮られる。
「ぐぬぬ」
 ビルシャナが唸るのも当然だった。もはや露天風呂の中に、一般人は残されていないのだ。8人のケルベロスと2体のサーヴァント、そして、自分自身だけである。
「そろそろ観念して貰おうか。――壊れてしまえ」
 泡吹くビルシャナへ、もはや後顧の憂いはなしと投擲されたのは右院からの魔法の槍だった。
 脚関節を貫かれ、脚そのものを絡め取られたビルシャナは無様にも湯船の中でひっくり返る。派手な水音が響き渡った。
「理解るでしょう? 這いずる闇が。聞こえるでしょう? 怨嗟の声が。見えるでしょう? 貴方が踏み躙ってきた者の姿、水底に烟るその魂が!」
 ぶべべと顔を出すべく藻掻くビルシャナへ向けられたさらなる追い打ちは、帳による巫術だった。根の国から到来した無数の手は、湯底から伸び、ビルシャナの身体を湯の中に引きずり込む。底なし沼の亡霊斯くやのその光景は。
「エグっ」
 真っ暗な温泉では夢に見そう、とさくら談。
 なお、そんな彼女も小指から伸ばした赤い糸で、ビルシャナの身体を束縛しているのだから、エグさはどっちもどっちである。
「ぶふぁ」
 ようやく水面から顔を脱したビルシャナはしかし、3つの光を見る事となる。
「これなるは女神の舞、流れし脚はヴォルガの激流! ――サラスヴァティー・サーンクツィイ!」
 一つは女神の名を持つ蹴撃。フィアールカの蹴りは再びビルシャナを温泉へと叩き付ける。
「天から降りた女神の『断罪の斧』に、断ち切れない物、打ち砕けない物なんて、存在しないよっ!!」
 跳躍したひかりから降り注ぐラリアットは、肘打ちと見まごうフォルムでビルシャナの喉に食い込む。
「どんな巨体でも、非実体でも知った事じゃないわ! 私の投げから逃げられると思ったら、大間違いよ!」
 なんとか立ち上がったビルシャナを迎えたのは、晴香のバックドロップだった。ようやく空気を得た彼はしかし、次の瞬間、脳天からお湯の中に叩き込まれる。
 ぶくぶくと湯船が泡立つのは、ビルシャナの能力による沸騰だけではあるまい。
「これで決める、行くぞさくら!」
「オッケー! 出し惜しみなしで行くわよ!」
 何かの推理ドラマよろしく下半身を水面に出し、ばたばた藻掻くビルシャナへ向けられたのは、雷纏う紅蓮の刃だ。ヴァルカンの繰り出す剣技は舞踏の如く。散乱する羽毛を、そして血肉をさくらの放つ雷撃が焼き、焼失させていく。
「熱いお湯は、素晴……」
「助けてやれんでごめんなぁ。見送る事しか出来へんけど……そのまま逝ってや」
 最期に教義を口にするビルシャナの身体を、水中に潜んでいた清嗣が抱き留める。
 細められたその瞳に悔悟と慈しみが広がり、傍らに佇むサーヴァント、響銅が悲しげな泣き声を響かせた。
 それが終わりだった。熱さを求めたビルシャナは最期、熱き涙を流すオラトリオに見送られ、儚く消えていくのだった。

●温泉狂騒曲
 デウスエクスも倒れ、そして、戦場となった温泉はヒールで癒やされた。
 ならば、ケルベロス達が行う事はただ一つ。それは火を見るより明らかで、そして、誰もが望む事であった。
 そう。
 再入浴である!

「いやはや。日頃の疲れが取れるようであります。と言うか効くー」
 湯船に頭を乗せ、首から上以外をお湯に抱かれた帳が目を細める。シュノーケルを準備している事から、周りの目がなければ頭の先から爪先まで全てを湯の中に浸らせてしまいそうだった。それで疲れが取れるのかは不明だったがもの凄くやりたそうであった。
「温泉ー♪ 温泉なのー」
 スムーカと一緒にお湯を楽しむフィアールカは、上機嫌で鼻歌を口ずさむ。流石に一日水着デーにしてしまった為、ここでの女湯確保は難しそうだったが、そこは温泉都市ならではの解決策がある。別の温泉に行けば良いだけなのだ。
「あったけー」
 右院もまた、ご満悦であった。身体全体を投げ出し、お湯を全力で楽しんでいる。色々な泉質を堪能するのも観光っぽくていいなぁ、と呟きながら。
(「年末年始ぐらい、デウスエクスも地球侵略をお休みしてくれればいいのにな」)
 彼の願いが叶うかは判らなかったけれども。
 その傍らで、文字通り清嗣が羽根を伸ばしていた。結局、ビルシャナ化と言う被害者を生んでしまった事だけは残念だが、それ以外の被害はない。満足出来る結果に終わってくれて良かったとほっと胸をなで下ろす。
「やっぱ温泉はいいねぇ……あちこち軽くなるし……」
「それは社長が重……いいんです! 私は上背の割に出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるのですから!」
 お湯よりも浮力を楽しむひかりに、何故か突如、体型に言及し出す晴香。この二人のペアはいつもと変わらず、賑やかしくもあり、華やかであった。周囲の男性客の熱い視線が、それを物語っていた。
 そして、ペアは彼女達だけでもない。
 温泉を救った見返りにと黙認された徳利を傾けながら、ヴァルカンは赤い瞳を細める。紅玉の瞳に映るのは、白さ映える愛しの妻だけだ。
「まあ……皆で騒ぐのも楽しいが、また来よう……今度は、二人でな?」
「その時はお泊まりで、ですよ」
 お湯は熱く。だが、それ以上に、心が熱く。
 火照りそうな身体はしかし、帳を端と発した喧噪によって沈められるのであった。
「よーし。それでは温泉から出たら卓球で勝負しませんか? 一番負けた人がコーヒー牛乳奢りで!」
「ふむ、乗った!」
「任せるの!」
 熱きお湯の後は熱き戦いへ。
 ケルベロス達による温泉地の安らぎは、まだまだ終わりそうになかった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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