「ふぐぉぉぉぉ!!!」
彼は怒りに震えていた。
時は正月。正月と言えば餅である。
「餅なぞ、老人や子供を死へ至らしめる悪魔の食い物ではないか!」
何故そんな危ないものをこんな正月というめでたい時に食せばならぬのか。
彼は羽毛を怒髪天に逆立て、手にしたチラシを握りしめて駆けだしていた。
「餅なぞ滅ぼしてくれる! そして私が子供達を救わねば!!」
チラシにはこう書かれていた。
『○○町内会 こども餅つき大会 町内会館にて開催』
――と。
ってことで。そう一言告げてから、ダンテは集まったケルベロス達に伝える。
「餅許さない明王とでもいうべきビルシャナが現れるみたいなんで倒してきてほしいッス」
場所はとある町の町内会館の外で餅つき大会してるところ。テントで目立つところ目がけてビルシャナまっしぐらなのでその手前で待っていれば、数人の配下携えて怒濤の勢いでやってくる見込みである。
「配下になった人達も、まぁ、餅食べたら死ぬとか言ってる過激派ッスけど。例によってビルシャナとの論戦に勝利すれば無力化するんで」
戦いでうっかり攻撃当てて死なせてもまずいので、まずは彼らの対処、即ちビルシャナとの舌戦に勝つことが大事だと思われる。
一般人の数は7人ほど。60~70歳の前期高齢者とでも言うか、これから歳をとって咀嚼力が弱まったら餅食べて喉詰まらせる将来に不安を感じる人達である。
「悪いのは餅そのものじゃないってこと、そして解決方法を提示することで彼らを納得させられる――そう思うッス」
説得して納得してくれれば、戦う相手はビルシャナ一体。
まぁ、あとは安心して全員で袋だたきにすれば良し。
「ビルシャナに負けない、印象を与える説得……期待してるっすよ」
無事にやっつけたら餅つき大会に参加しても良いかも知れないし、とダンテは呟き、ケルベロス達をヘリオンに向けて促すのだった。
参加者 | |
---|---|
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568) |
深月・雨音(小熊猫・e00887) |
君影・リリィ(すずらんの君・e00891) |
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294) |
古海・公子(化学の高校教師・e03253) |
ミルディア・ディスティン(猪突猛進暴走娘・e04328) |
レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273) |
祓戸・桃守(君に幸あれ・e39466) |
●もち
「そろそろ、新学期に向けて切り替えなくちゃいけないときに、何てこと!」
古海・公子(化学の高校教師・e03253)は嘆いた。正月ボケをどうにかする前に、まずどうにかしないといけない相手。それこそ。
「餅が許せないビルシャナ、ですか」
ふむ、と一息ついてカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が呟く。そろそろ彼女たちの後ろに見える町内会館目指してそれは憤怒の奇声を発しながらやってくる事だろう。信者である年配の方々と一緒に。
「私も餅は大好きですので、食べられないのは可哀想だと思いますわ」
信者達の目を覚ましてあげたい。そして餅の美味しさを分かち合いたい。カトレアはそう願い、そして迎撃のこの場に立つ。
「ふぐおぉぉぉぉっっ!! 悪魔の食物は! 餅は滅す!!」
『餅は滅す!!』
ずどどどど。そんな所に怒濤の勢いでやってくる鳥一匹と前期高齢者7名が息を切らせながらやってくる。
「一時停止しやがれクソ鳥とその他大勢!!」
声を張り上げてレグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)が制止をかける――というか宣戦布告。
「ぬぅ、我らの餅殲滅の邪魔だてだと? 貴様は悪魔の手先か!?」
「なーにが悪魔の食いもんだ! アホかこの鳥は!! 正月だしめでたいもんだから食うに決まってんだろこのボケ!!」
「むむ、我を愚弄するかぁ!」
「そのふわふわの羽毛を餅だらけでべったべたにしてくれ――もが」
威勢良く喧嘩売りまくるレグルスの口を後ろから塞いだのは深月・雨音(小熊猫・e00887)。ビルシャナと口喧嘩する前に信者の説得をしないと進まない。
「とりあえず! 食べ物に罪は無しにゃ! 食を邪魔するのは許せないにゃ!」
つまり餅保護勢力であると敵に告げる雨音。膨らんだ尻尾が食べ物大好き野生児の怒りを主張している。
「でも、餅で喉を詰まらせて毎年死者が出てるだろう! こんな危ない食べ物……!」
信者の一人が声を上げる。そこにズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)が進み出た。
「餅の事故が起こるのは、殆どが嚥下する力の弱い乳幼児やご老人。では何故彼らは好んで餅を食べるのか。それは美味しくて、縁起ものという理由が思いつきます」
冷静に分析をし、提示するズミネ。
「ただ……乳幼児やご老人の時点でお世話をする方がいる筈です。事故はその方の配慮が足りなかっただけではないでしょうか?」
いきなりド正論ぶっ込んできた。困惑する年配者達。
「お餅って美味しいよね?」
ミルディア・ディスティン(猪突猛進暴走娘・e04328)は問いかける。
「危険を冒してまで食べるほど、と思うかも知れないけど。お餅って日本人にはとっても大切なものなんだよ。食べ方も色々あるし、腹持ちもいいからね♪」
「ええ、歯ごたえも食感も良くて、とても美味しい食べ物だと思いますわ」
カトレアは引き継ぐように続ける。
「それが今後一生食べられないのは、本当に人生損している……そう思いますわよ」
「だが、それで人生終わることだって――」
ビルシャナが口出ししかけたその時、君影・リリィ(すずらんの君・e00891)が遮りながら信者達に尋ねる。
「皆さん、本当は……お餅、お好きなんでしょう?」
『……』
否定の声は上がらない。
「ただ、事故が怖くて食べられないでいると言うのなら、対処方を覚えましょう!」
「少しずつ口に入れてゆっくり噛んで食べれば詰まることはないよ」
みんなで一緒に考えて対策しよう。そうミルディアが呼びかける。
「どうする……?」
「餅が安全に食えるっていうのなら……」
迷いを見せる信者達。ビルシャナは拳を振りかざしながらほえる。
「ええぃ、惑わされるでない。滅ぼすべき悪の虚言に耳を傾けるなぞ――」
「みなさま……!」
ちょこん、とピンク色のウサギが彼らの前に立つ。祓戸・桃守(君に幸あれ・e39466)と言う名の愛らしいもふもふ系のお子さまである。
「わたくしから、だいすきなおもちをうばわないでくださいませ……」
うるうる。つぶらな瞳が見上げる。
「まず聞いてあげましょうよ。こんな可愛い子が言うのだし」
「うちにも同じくらいの孫がいるんだが、餅が好きな子から一方的に奪うのもな」
おじさまおばさまが聞く体制に入った。かわいいは正義である。
(「ももちゃんかわいい……!」)
端で見ていたリリィは抱きしめたい衝動を抑えながらビルシャナを睨み付けて言う。
「食べ物に罪悪感を抱かせた上に滅ぼそうとする教義には到底賛同出来ないわ」
「俺達のプレゼンを示した上で、年長者の皆さんに判断して貰おうじゃねーの」
「むぐぐ、我が教義を論破出来るものならやってみるが良い」
レグルスが挑戦的に言うとビルシャナも買って出た。
「おもちはしあわせのあじでございます。うばうなど、わたくしゆるせないのでございます!」
ぷんすこぷん。桃守は負けるものかと怒りを新たにした。
(『かわいい……!』)
誰から見ても迫力は無かった。かわいい。
●もちもち
「餅を喉に詰まらせるのが心配だから、ですか?」
前提として、カトレアが確認する。
「確かに詰まらせたら死んじゃうかもしれないけど、美味しいからみんなやめられないにゃ!」
雨音は拳をぐっと握り力説する。
「禁止じゃなくて美味しくて安全安心に食べる方法を考えるにゃ?」
「考える暇があれば滅ぼした方が早いではないか!」
ビルシャナが反論するも、雨音は首を横に振って人差し指を突き出し声張り上げた。
「それはただの逃避にゃ! 餅と真っ直ぐに戦うことも出来ない、逃げるだけの臆病者にゃ!」
ずびしっ! 彼女の主張にオジサン達のプライドに火が付いた。
「そうだな、餅に負けてたまるか!」
「タヌキの嬢ちゃんの言う通りだな!」
「にゃ!? タヌキ違う! レッサーパンダだにゃ!!」
雨音のプライドにも火が付いた。尻尾がぼわって膨らみまくり。
「そこで、ですけど」
宥めるようにカトレアが焼いた切餅を見せ、つまんで千切って見せた。
「お年寄りや子供は、餅をこうして小さめに千切って食べれば喉に詰まらせることはありませんわ」
皆様もどうぞ、と配られる餅。
「子供や年寄りさんが食べる時は見守るのが大事にゃ」
小さく分けるのを見つめながら雨音は言う。
「ぶっちゃけ……睡眠中に死ぬ人はもっと多いけど、それで寝るのやめちゃうにゃ?」
「そんなの極論であろう!」
ビルシャナが自分を棚に上げて言うが、信者達は餅を試食中。
「例えば口の中に餅が張り付くというなら、餅を小さく切り分けたうえで水分と一緒に食べれば解決する事です」
ズミネが言うと、桃守がお鍋を出してきて続ける。
「わたくし調べました。小さく切って良く噛んで、更にお汁物に入れれば対処は万全だそうなのです」
用意されたのは熱々お出汁。公子がそこにと取り出したるは。
「この『しゃぶしゃぶ用スライス餅』の出番でしょ! これなら事故は減らせられるはず!」
お雑煮にも良いと、出汁に入れてしゃぶしゃぶするとしんなり柔らかく美味しそうな薄餅に、オバサマ方も興味津々。
「まぁ、出汁がお餅の表面覆ってしっとりして飲み込みやすいわね」
「お嬢さん、これスーパーで売ってるの? 知らなかったわ」
美味しいと言って食べる年配の方々。そこにレグルス呼びかける。
「いいかーご老人ども。おねーさん達の言うように、こうして食えば比較的安全だし、餅は怖いもんじゃない」
「ええい、食うな食うな。危険だと申して――うぐぐっ!?」
「餅を喉に詰まらせて死ぬって言うのはこの鳥さんのような奴の事を言うんだぞー」
突きたて餅を鳥の口に突っ込みながらレグルスは言う。
「え? 喉に詰まる? 口に入れすぎだよ」
そそくさとミルディアがやってきて口の中を覗き込む。心配そうに見つめる信者達。
そこにリリィはスポーツマットを敷いた先に患鳥を誘導しつつ、次に話を続ける。
「それでも詰まる時はこうして詰まる……ならば詰まったものを取り除けば良いですよ。公子先生、お願いします」
リリィが目配せした先、公子が一枚の紙を広げてみせる。
「私、高校教師でして。万が一生徒が事故に遭った時に備えてこんなのも取ってまして」
『救命法修了者証』と書かれたそれに信者達は目を見張った。資格は強い。
「もし詰まったら、無理に飲み込もうとしないでね? 吐き出さないと余計にまずいことになるからね?」
「うぐぐぐぐ」
苦しそうなビルシャナにミルディアが皆に聞こえるように言う。実演は大事。
「治療は腹を押すとか背中を叩くとかして咳を促すのが正解だよ」
「背部叩打法と側胸下部圧迫法ですね。実演でご覧に入れましょう」
リリィがビルシャナの背中を軽く叩く。餅は出てこない。
そこにレグルスが掃除機のホースを鳥の口にわざとらしく突っ込み。
「コイツだったら掃除機で十分なんじゃねぇ?」
「あ、掃除機で吸い出す方法はNGね? 却って危険なの、ばっちいし!」
とリリィが大袈裟にホースを引っこ抜く。
「次は側胸下部圧迫法。少し強めなくらいでいいから――」
そう言ってミルディアは鋼の拳で一撃。
「吐き出せやオラァ!」
「ごっはぁ!?」
餅が出てきた。信者達は喜び拍手喝采。ビルシャナは鶏冠立てて抗議の声。
「汝ら、雑すぎやせぬか!?」
「鳥に人権は、無・い」
一蹴するレグルス。そもそもデウスエクスだし。
「年齢種族関係なく、そして詰まるのはお餅だけじゃないわ。人生百歳、危険だからと数十年を流動食だけで過ごすおつもり?」
「食べ方さえ工夫すれば何とかなる、という食材ですし。お餅は。いざという時の対処も覚えたならバッチリですよね?」
リリィと公子のまとめに、信者達の餅に対する恐怖は消えつつあった。
「よし、そうとなれば此処に居る、ふわもこ祓戸クンがぺったんぺったんと美味い餅をついてくれるそうだ」
「うさぎが丹精込めてお餅つきする姿、みたくないかいおじいちゃんおばあちゃん」
レグルスが指さす先、もふもふウサギの桃守がよいしょと杵を持って臼の前でスタンバイ。
「わたくし、せいいっぱいおもちをつきます! みなさまのために!」
そーれ、ぺったんもちもち、ぺったんもふもふ。
ウサギが丹精込めてお餅つき。
(『かわいい……!!』)
小さい子ってだけでも反則なのに。リアルなウサギの餅つき。かわいい。
「であああああ!!! ほだされおって! 可愛さは認めるが餅は認めんぞぉぉ!!」
叫ぶビルシャナ。年配の方々が臼の周りに張り付いて邪魔も出来ない。
「餅は沢山ありますわ」
カトレアはつきあがった餅にきな粉餅にしたり、大根おろし餅にして信者達に振る舞う。
「皆さんの分もありますので、良かったらお召し上がりくださいませ」
もぐもぐもぐ。皆でいただくお餅は最高に美味しい。
「特につきたてはたまらないわね」
ズミネは至福の表情。つきたて餅至上主義だけある。
「やっぱり餅は美味いな」
「これ食べないと新年迎えた気にならないわよね」
「さぁさ、向こうにお茶の用意もありますにゃ」
お腹いっぱいで満足そうな元・信者達は雨音の誘導で町内会館向かってゆっくり歩いて行った。
「貴様等、ご年配の方々に餅を食わせた挙げ句、籠絡するとは……!!」
一匹になったビルシャナが吼えるも、もはや成敗するにあたって邪魔者はいない。
「ああー、とても美味しいですわね、こんな餅が食べられないなんてなんて可哀そうな」
「たべるきかいをうばうよりも、たいしょをおぼえるほうがよいとおもうのです」
カトレアが、桃守がビルシャナに対して言う。その言葉で彼が考えを改める気は微塵も無いにしても、一般人にその考えを押しつけるのは許せない。
みんなのお餅を守るために!
――いっつ・あ・袋叩きたーいむ!!
「さっくり手早く殺るぞ」
そう呟いてから、時間にして僅か30秒でケリが着いた。そうレグルスは述懐する。
「鶏をぼっこぼこするのぼっこ」
雨音のもふもふ尻尾がビルシャナの両頬を滅多打ちにしたかと思ったら、公子の投げつけた試験官が爆発する。
「一人一人の正月の夢を喜び、好きな異性との語らいや家族との団欒に水を差すのがそうまで至福ですか。それを奪うことがあなたの教義ですか!?」
攻撃するズミネの問いかけに答える暇も反撃する暇も無いまま、ビルシャナは一方的に攻撃を受け、そして最後にカトレアのグラビティが炸裂した。
「その身に刻め、葬送の薔薇! バーテクルローズ!」
「ぼじいぃぃぃっっっ!!??」
刻まれる薔薇。その花弁が散るかの如く、餅許さない明王は爆発四散、消滅したのだった。
●もっちもっち
「まだ餅は余っているでしょうか? もう少し食べたいので、皆で食べませんか?」
カトレアが尋ねると、丁度向こうの会館から活気のある声が聞こえてきた気がした。
ケルベロス達が町内会館に顔を出すと、外のテントで餅つき大会が滞りなく始まっていた。
さっき作った餅も分けつつ、更に餅作りに参加して美味しくいただくのも良いだろう。
「皆さんも、餅つきしてみません?」
元信者の人達にリリィは声をかけた。子供達と共に楽しさを教えあい分かち合いしてくれればと願う。
「それに、応急処置は独りで出来ることじゃない……孤食に陥らずに皆の輪の中で食を楽しんで欲しいのよ」
年配者の将来の不安を完全に拭い去るには、地域の協力も必要だから。
「もちもち……もふもふ……」
雨音は桃守のもふもふほっぺにそっと手をのばす。と、目が合って見つめ合うこと刹那。
「もふりたい……」
「ええ、どうぞどうぞ!」
あっさり許可。もふもふ尻尾がもふもふウサギを全力でもふる図。
「何これマジかわいい」
ミルディアの作ったぜんざいをすすりながら、レグルスは平和な光景に目を覆う。
公子が持ってきたレトルトカレーを使ったレシピも意外と美味しく、皆で舌鼓を打ち。
みんなでお餅を目一杯ついて、目一杯食べて。
「みなさま、みなさま! わたくしがんばりました! どうぞおたべください!」
幸せを運ぶウサギの幸せそうな笑顔に、老人も子供も元信者もケルベロス達も、ほっこり幸せな気持ちになって新年の一時を過ごしたのだった。
作者:天宮朱那 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年1月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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