瞬間にぶつかる張り手と白息

作者:奏音秋里

「ぼくが……負けた?」
 これまで、誰にも負けたことなどなかった。
 自分が誇れるものは、相撲だけだったのだ。
「これからどうしたら……」
 もうなにも、やる気にはなれなかった。
 と同時に、なにからともなく解放された気持ちになった。
「もう相撲なんか辞めて、好きにやるのもいいかもな……」
「ふふふっ。見つけたわよ、不良。私が更生させてあげる」
 不良と呼ばれたことにどきっとして、女子生徒は振り向く。
 見慣れない制服を着た知らない女子が、其処にはいた。
「不良って誰のこと? ぼくはなにも……」
「嘘よ。だってあなた、相撲で身に付けた力や技術を使って好き勝手したいんでしょ?」
「そんなこと……」
「あなたのような不良はきっと、張り手で一般生徒を震え上がらせるのね!」
「っ……そうさ! 俺は、あんたの言うようなすごい不良になってみせる!」
「そういうことなら、私が手伝ってあげる」
 開き直った女子生徒に満足した女子、もといイグザクトリィが、鍵を具現化させる。
 胸を貫かれ倒れる男子生徒から、ドリームイーターを創りだした。

「これからドリームイーターの討伐に迎える方はいらっしゃるっすか?」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、ケルベロス達に呼びかける。
 調査に協力した、燈家・陽葉(光響射て・e02459)もいつもの笑顔で皆を迎えた。
「ご存知だと思うんすけど、日本各地の高校にドリームイーターが出現しているっす」
 ドリームイーターの標的は、強い夢を持つ高校生。
 夢の強さに応じた、強力なドリームイーターを生み出そうとしているようだ。
「狙われた『ブランカ』という生徒は、不良への強い憧れを持っていたらしいっす」
 被害者から生み出されたドリームイーターは、強力な力を持っている。
 だが、夢の源泉である『不良への憧れ』を弱めるような説得ができれば。
 戦闘前に、ドリームイーターを弱体化させることも可能だ。
「不良になるのを諦めさせるような説得か、不良そのものに嫌悪感を抱かせるような説得でもいいんすけど。うまく弱体化させられれば、戦闘を有利に進められるっす」
 生み出されたドリームイーターは、1体のみ。
 ケルベロス達が到着する頃には、辛うじて相撲部の稽古場の外にいるだろう。
「ドリームイーターは、ケルベロスを優先して狙ってくるっす。稽古場へ入るのを遮って校庭で戦うか、なかの生徒達を避難させて稽古場で戦うかはお任せするっす」
 幸いにも冬休みで、相撲部以外の部活動はお休み。
 稽古場にいる者達の安全さえ確保すれば、誰かを傷付ける心配はない。
「戦闘になれば、ドリームイーターはケルベロス以外に興味ないっすからね」
 バッドステータスつきのモザイクを撃ちだしてくる張り手は、恐らくや相当痛い。
 加えて、接近しすぎて衣服の一部でも掴まれたら、高度から叩き落とされてしまう。
 逃亡の危険性はないため、確実にしとめたい。
「高校生の夢を奪ってドリームイーターを生み出すとか、許せないっす。けど不良になられても困るっすから、説得もしっかりして諦めさせてほしいっす」
 ダンテ曰く、被害者は稽古場の裏に倒れているらしい。
 ドリームイーターを倒すまでは、眼を覚まさない。
 彼女に声をかけるか否かはお任せするっすと、ダンテは付け加えた。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)
八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875)

■リプレイ

●壱
 ヘリオンを降りたケルベロス達は、件の稽古場へと急ぐ。
 ドリームイーターが、稽古場の扉に手をかけたときだった。
「私たちはケルベロスですわ。貴方の相手は、私たちが引き受けてさしあげますわよ!」
 背後から、カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が名乗りあげる。
 その凛とした高音に、ドリームイーターは振り向いた。
「さぁおいでなさい!」
 だからカトレアも仲間達も踵を返して、グラウンドの中心へと駆けていく。
「この辺りでいいでしょう」
 八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875)の言葉に、全員が足を止めた。
 得物を構えながら、ドリームイーターに向き直る。
「不良となったところで、ヒトの根幹はそうそう変わりません。むしろ、無理に其の道に踏み入ったところでただの余分」
 まっすぐに相手の眼を見て、鎮紅は告げた。
「ねぇ、ドリームイーターちゃん」
 続いて、春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)が口を開く。
 ドリームイーターの視線を、アイドルスマイルで受けとめた。
「不良になって一般生徒を襲うのに、なぜあえて相撲の稽古場を狙ったの?」
 ハイテンションな笑顔のままで、不思議そうに首を傾げる。
「さっすがはるはる。それなんだよ。相撲を辞めるって言ったのに、なんで相撲の技を使おうとするの?」
 燈家・陽葉(光響射て・e02459)が、春撫の問いに深く同意した。
「相撲の技を使っているかぎり、君は相撲に囚われ続けているっていうことだよ。本当に不良になりたいなら、相撲の技以外で相手を脅すべきだよ」
 落ち着いてゆっくりとした口調で、自身の認識を伝える。
「……でも、君はそうせず、相撲の技を使おうとした。君が本当に望んでいるものはなにか、分かっているんじゃない?」
 そうして陽葉は、問いを重ねた。
 ドリームイーターの感情を、根っこから揺さぶるために。
「不良に憧れつつも、本当は大好きな相撲で勝ちたいだけなんじゃないの? 相撲を続けたいんじゃないかな?」
「憧れ、羨むのはわかります。けれど、一時の感情で踏み外したところで、得られるものはありません。もう一度、自分の心と向き合ってみませんか?」
 そこへ更に、春撫と鎮紅が畳みかける。
 自分のなかの真実の気持ちに気付くよう、語気を強めて。
「不良。それは、真面目に生きるのが馬鹿らしくなって堕落してしまった末路にすぎませんわ。それのどこがカッコいいのでしょうか? 一所懸命、相撲の練習に取り組むストイックな姿の方が、よっぽどカッコいいと思いますけどね」
 カトレアの言葉が、否、全員の言葉が、どれも核心を突いていたのだろう。
 ドリームイーターは、唸るような、頭を抱えてもがき苦しむような仕草を見せた。

●弐
 斯くして先手をとったのは、ケルベロス達である。
 誰もが連携を重視し、見切りを発生させないよう注意も怠らない。
「はるはる、カトレア、やがみん。始めよう!」
 ひとりひとりへの信頼の証である名を呼び、陽葉は高く跳んだ。
 エアシューズで流星と重力に煌めきを蹴りこめば、まばゆい軌跡が空へ残る。
「その想い、ぶつけてきてください。わたしが受け止めます! 相撲で勝負です!」
 腰を低くして、ドリームイーターの眼前にどっしりと構える春撫。
 まるで張り手を打つように、降魔の一撃を放った。
 たいしてドリームイーターも、張り手で応戦してくる。
「貴方の好きにはさせません。その身に刻め、葬送の薔薇! バーテクルローズ!」
 だが次の瞬間、ドリームイーターの腹部に繊細な薔薇の模様が刻まれた。
 カトレアがチェーンソー剣の振動を止めたタイミングで、爆発が起こる。
「煌めく星々の加護を、此処に」
 この隙に鎮紅は、ゾディアックソードを地面に突き立てて魔法陣を展開。
 翠と金の二刀から流星の如く翔ける煌きが、仲間達に耐性をもたらした。
「其の歪み、断ち切ります」
 そのまま攻撃態勢を整えて、鎮紅は左腕から紅い地獄の炎と蒼い混沌の水を解き放つ。
 反発することなく混ざり合い紫炎へ転ずる魔力の刃を、振り下ろした。
「鎮紅ちゃん、ありがとうです!」
 いつもの笑顔で礼を言い、春撫はエアシューズで大地を蹴る。
 身体ごと落ちるような跳び蹴りが、左脚に炸裂した。
 反射的に、ドリームイーターは平手からモザイクを放出する。
「ドローンたちよ、仲間を警護してくださいませ!」
 小型治療無人機を操り、味方の防御力を高めるカトレア。
 皆、ポジションに関係なくこまめな回復を心がけていた。
「ありがとね、カトレア。さて。僕達は、キミに負けるわけにはいかないんだよね。キミの笑顔、とり戻してみせるから」
 陽葉の抜いた日本刀は、仄かな輝きとともに、空中に緩やかな弧を描く。
 斬撃は急所のみを的確に斬り裂き、ドリームイーター動きを鈍らせた。

●参
 人数が少ない分の時間は要したが、それでも終わりはやってくる。
 ドリームイーターの攻撃にも、最初ほどの力強さは感じられない。
「あと少し。気合い入れていきましょう!!」
 裂帛の叫びとともに、春撫は自分自身に活を入れた。
「春撫の言うとおりですわね。まだまだいけますわよ!」
 ローラーダッシュの摩擦熱が、カトレアの想いに呼応するように熱い炎を生む。
 薔薇の装飾の華やかさとは裏腹、激しい蹴り技が繰り出された。
「陽葉さん、受けとってください」
 今回の作戦では、鎮紅は陽葉と春撫を攻撃の要だと考えている。
 故に、最後までこの場に立っていてもらわなければならないのだ。
「おぉやがみん、感謝だよ」
 言い終わるより早く、陽葉は目にも止まらぬ速さで礫を放ち、全身を撃った。
「どういたしましてです。さぁ、このターンで終わりにしましょう」
 鎮紅が二本一組のダガーナイフを構えれば、紅の刃がジグザグに変形する。
 攻撃を喰らわせてそのまま、モザイク落としを受けとめた。
「大丈夫ですか、鎮紅。すぐにオーラで回復しますわね!」
 溜めたバトルオーラを、カトレアは鎮紅に注ぎこむ。
「凍てつけ!」
 間髪入れず陽葉が、和弓の弦を引いた。
 雪の霊力を籠めた矢が、ドリームイーターを凍結させる。
「はるはる、いっけー!」
「トドメはファイナルメテオはるはるスープレックス!!!!!!!!」
 動きを止めたドリームイーターを背後から掴み、跳躍と更に翼飛行。
 超高高度で反転し、重力を最大限に乗せて一気に脳天から叩き落とす。
「ジャスティス!」
 決めポーズを決める春撫のうしろで、ドリームイーターはこときれた。

●肆
 純白のワンピースの裾についた土埃を、ぱんぱんと払う鎮紅。
「怪我はありませんか、みなさん」
 バトルオーラを惜しみなく放出して、傷を癒していく。
 そうして全員で、稽古場の裏へと足を運んだ。
「ブランカさん、ですわね? 私達はケルベロスですわ」
 眼を覚ました生徒に、隣人力も発揮して、カトレアが声をかける。
 立ち上がろうとするのは制止して、壁にもたれかけさせた。
「敵は倒したから安心してね」
「よかったら、話を聴かせてくれませんか?」
 陽葉と春撫も、安心してもらいたくて、笑顔で接する。
 状況を理解して、ブランカも口を開いた。
 大切な試合に負けたこと、そのときに感じたこと、いまの気持ち。
「まずは、思いっきり泣いてみるとかどうかな。負けて、悔しかったんでしょ? なら、泣いて発散するのもいいと思うよ。胸は貸すから」
 陽光の瞳を細めて、ふわっと、両腕でブランカを包み込む陽葉。
 真っ白な髪のなかから、細い泣き声が漏れてくる。
 ブランカの涙が枯れるまで、陽葉は背中をさすり続けた。
「相撲ですか。最近は真剣に取り組む方も少なくなってきていると聴きますわ。そんななかをがんばっている姿は、尊敬に値すると思いますの」
 カトレアのルビーのような赤い瞳が、ブランカに微笑む。
 その言葉に、驚いたようにブランカは顔をあげる。
「苦しさを乗り越えたときこそ、もっと強くなれるはずです。不良なんてやめて、相撲を続けましょうよ。付け替えるんです、さらしをまわしに」
 アイドルである春撫は、ひとつの道を極めるたいへんさに理解を示した。
 そして、一緒に極めよう、とブランカを勇気づける。
「あなたが諦めなければ、こうして応援してくれる方も現れるのです。勿論、私もそのなかのひとりです。応援しています」
 ブランカの手をとり、鎮紅がぎゅっと握手。
 皆の激励に大きく頷いたブランカは、ありがとう、と涙ぐむのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月1日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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