さらば愛しき死びとよ

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)は夕刻の砂浜を歩いていた。
 傍らには一之瀬・百火がいるが、砂浜には白の足跡しか残されていない。
 百火はビハインドなのだから。
「冬の海というのは、赤い光に照らされていても冷たく見えるものじゃのう」
 今は亡き妹の姿をしたビハインドを聞き手にして、白はとりとめのない話を続けていたが――、
「誰よ、それ?」
 ――突然、横手から声をかけられた。
「……え?」
 白は足を止め、そちらに視線を向けた。
 声の主は、髑髏を手にした和服姿の少女。生気の代わりに狂気を宿した瞳で白をじっと見つめている。
「……百火?」
 白は顔を引き攣らせ、思わず呼びかけた。
 ビハインドの百火ではなく、その少女に向かって。
 そう、その少女の容貌は百火に似ていた。
「誰よ、それ?」
 少女は百火に向かって軽く顎をしゃくり、先程の質問を繰り返したが、白の答えは待たなかった。
「もしかして、私の代用品? ふーん、そんなに寂しかったんだ。でも、大丈夫。これからは百火が一緒にいてあげる。ずっと、ずっと、ずぅーっと、一緒にいてあげる。こういう形でね」
 髑髏を掲げてみせる少女。
「その骨は……まさか……」
 と、声を絞り出す白を無視して、少女は髑髏を自分の顔の横にやり、小さく頷いた。その髑髏になにかを囁かれたかのように。
「うんうん。判ってるよ。油断もしないし、手加減もしない。たとえ――」
 物言わぬ髑髏(少女にとっては饒舌なのだろうが)に言葉を返して、少女は薄く笑った。
「――相手が誰であれね」
「……」
 白は少女を凝視しながら、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
 自分を落ち着かせるために。
 最愛の者との戦いを始めるために。

●音々子かく語りき
「皆さんの力を貸してくださーい!」
 と、ヘリポートで叫んだのはヘリオライダーの根占・音々子。
 もちろん、彼女の言うところの『皆さん』とはケルベロスたちだ。
「私、予知しちゃったんですよ! 鎌倉市の海岸で白くんが死神に襲われちゃうというビジョンを! それを白くんに伝えようとしたのですが、連絡が繋がらないんですぅ! こうなったら、ヘリオンをかっ飛ばして、直に現場に出向くしかありませんよね!?」
 音々子の操縦センスを知る一部のケルベロスは『ヘリオンをかっ飛ばして』の部分に恐怖を覚えたが、なにも言わなかった。恐怖よりも、白の身を案じる思いのほうが遥かに強かったからだ。
「ちなみにその死神は白くんの亡き妹さんと同じ姿をしてます。たぶん、妹さんをサルベージし、器として利用しているのでしょうね。ちなみに白くんのビハインドも妹さんと同じ姿をしていますから、現場には二人の妹さんがいることになります」
 どちらの妹も本当の意味では生きていない存在ではあるが。
「死神は妹さんの精神も模倣しているようでして、白くんのことを強く想っています。ただ、あまりにも強く想いすぎているというか、ヤンデレ化しているというか……『自分のものにするために殺す』みたいな感じの動機で行動しているんですよー」
 音々子は眉を八の字にして、情けない表情を見せた。死神の狂気に戦慄を覚えたのだろう。
 だが、すぐに気を取り直し――、
「では、行きましょう! ヘリオンを思いっきりかっ飛ばしちゃいまーす!」
 ――自らと仲間たちを鼓舞すべく、声を張り上げた。


参加者
立花・恵(翠の流星・e01060)
進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)
アリシア・マクリントック(奇跡の狼少女・e14688)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)
一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)
中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)

■リプレイ

●死ぬしかないと思った
 寄せては返す波の音を聞きながら、一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)は大きく深呼吸した。
 亡き妹である百火の姿をした死神と戦う覚悟を決めるために。
 しかし――、
「どうして、そんなに怖い顔をしてるの?」
 ――無邪気な顔で百火に問いかけられると、その覚悟は溶け去り、別の覚悟が心を支配した。
 ここで死ぬ覚悟だ。
(「いつかこんな日が来ると思っていた……」)
 白は項垂れ、すぐにまた顔を上げた。
「もう逃げも隠れもしない。君や父上を守れずに死なせてしまった罪滅ぼしができるのであれば、僕は……」
 涙で滲む視界の中で百火が優しく微笑み、頭蓋骨を差し出した。
 父の頭蓋骨。
 白は涙を拭い、目を閉じた。
「勘違いしないでね、兄様」
 暗闇の中で百火の声がした。
「私は兄様が憎いから命を奪うわけじゃないのよ。兄様を『生』の牢獄から解放して、『死』という自由を与えたいだけなの」
(「自由か……」)
 白は声に出さずに呟いた。
 そして、『自由』になる瞬間を待ったが――、
「なにやってるんですか、一之瀬さん!」
 ――何者かの叫びを聞いて、思わず目を開けた。
 光が戻った世界。
 そこに百火の姿はなかった。
 いや、視線が遮られているのだ。
『何者か』であるところの竜派ドラゴニアンの中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)の背中に。
 目を閉じてる間にやってきたのは彼だけではない。
 白の周囲には二十人以上のケルベロスが立っていた。
「死ぬつもりなんですか!? そんなの絶対に許しませんからね!」
 竜矢が振り返り、白に怒鳴った。
「過去になにがあったか知らんが――」
 竜矢に続いて口を開いたのは同じく竜派ドラゴニアンの進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)。
「――ここで抗わなければ、きっと後悔するぞ」
 隆治のオウガメタルから黄金の粒子が放出されていく。
 その輝きに目が刺激され、拭ったはずの涙がまた溢れてきた。

●死なせないと誓った
「いや、後悔すらできないだろう。ここで抗わなけりゃあ、死んじまうんだから」
 隆治の横で立花・恵(翠の流星・e01060)が足踏みを始めた。隆治に語りかける態で、その実、白に語りかけている。
「いくぜ!」
 足踏みからのダッシュで百火に突進する恵。
 その勢いのまま、スターゲイザーを食らわせようとしたが、グラインドファイアに変更した。変更さぜさるをえなかったのだ。
「あちゃー! しくじった!」
 白の危機と聞いて焦ったのか、用意してくるグラビティを間違えたのである。
「なんなの、あなたたち?」
 エアシューズが生み出した炎に焼かれながら、百火はケルベロスたちを見回した。
「GRRRR!」
 と、四つん這いの姿勢で獣じみた唸り声を発したのはアリシア・マクリントック(奇跡の狼少女・e14688)。
「アリシア、おねえちゃん! だから、つくも、まもる!」
 アリシアは跳躍し、空中で一回転した後に体ごとぶつかるようにして百火に斬りつけた。得物は、回転の動きに合わせて抜いた惨殺ナイフ。だが、手は使っていない。口にくわえている。
「こんな野蛮人までもが兄様の友達を気取ってるなんて……」
 ナイフによる達人の一撃に顔をしかめつつ、百火は素早く後退した。
 それを追いかけようとしたアリシアの横を一つの影が追い越していく。
 人派ドラゴニアンの餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)だ。
「気取ってるのではなく、本当に友人なんです。よって、一之瀬様を連れて行かせるわけにはいきません。とはいえ、あなたも一人で寂しく帰るのはお辛いでしょうから――」
 にこやかに笑いながら、ラギッドはスターゲイザーを百火に見舞った。
「――この場で料理してさしあげますよ」
 面白半分に挑発しているわけではない。白への意識を少しでも逸らそうとしているのだ。
 その白は戦いに加わることなく、立ち尽くしている。
「もう、一之瀬さんってば!」
 猫の人型ウェアライダーである朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)が白を叱咤した。少しばかり顔色が悪いが(ヘリオンに激しく揺られていたからだ)、声は力強い。
「そうやって一人でぜーんぶ背負い込もうとするのは一之瀬さんの悪い癖ですよ!」
「兄様について知ったふうな口を利かないで。兄様のことを理解しているのは私だけよ」
 嫉妬に燃える目で百火が睨みつけたが、環は動じなかった。
 いや、環だけでなく、そこにいる全員が動じなかった。
「確かに私はあなたほど部長さんのことを理解していないかもしれません。あんまりお話ししたこともありませんから」
 と、葉沼・空子が言った。もちろん、『部長』とは白のことである。
「でも、だからこそ、助けたいんです。これからもっとお話ししたいから! 部長と! それに部長さんの傍にいる百火さんとも!」
 わざわざ『部長さんの傍にいる』と付けたのは、その『百火』が死神ではなく、白のビハインドのことだからだ。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんはアタシたちが守る」
 と、ベルベット・フローがビハインドの百火に声をかけた。
「だから、一緒に戦おう!」
「……」
 ビハインドである故に百火は無言。だが、無反応ではない。俯き気味だった顔が上がっている。
 彼女と死神の百火に交互に目をやりながら、仁江・かりんが白に言った。
「ぼくが悪いことをした時には兄様が叱ってくれました。きっと、あの百火を止められるのも、彼女の『兄様』である白しかいないと思います」
「……」
 白もまた無言。
 その肩を環が叩いた。
「背負い込んだものに押し潰されてないで、しっかりと前を向いてください! 私たちはただデウスエクスを倒しに来たんじゃなくて――」
 叫びとともに九尾扇が振り下ろされた。グラビティは百戦百識陣。対象は後衛陣。
「――一之瀬さんを助けに来たんですよ!」
「だけど……」
 後衛の一人であるオラトリオのルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)が呟きかけて、すぐに押し黙った。
(「白が自身の死を望んでいるなら……俺たちにそれを止める権利はない」)
 飲み込んだ言葉を心の内にぶちまけながらも、ルトはその言葉を行動で否定した。
 百火めがけて轟竜砲を発射したのだ。
「なあ、白。『過去を振り返るな』なんてことは言わない」
 恵が地を蹴り、『スターダスト・コメットスパーク』を披露した。空中で拳銃を連射するグラビティ。百火を包み込んだ砲煙の内外(対複攻撃なので、砲煙『内』に集中することはなかった)に弾丸が次々と撃ち込まれていく。
「でもな、過去ってのはこれからを生きるためにあるべきなんだ! ……おっと!?」
 御業に似た半透明のなにかが砲煙から飛び出し、恵に攻撃を加えようとした。
 だが、両者の間にアリシアが素早く割り込んだ。
「がうー!」
 吠え猛るアリシアにダメージを与えて隠形モドキは後退し、あるべき場所に戻った。
 百火が手にしている頭蓋骨の中だ。
 隠形モドキより少し遅れて、彼女は砲煙の奥から姿を現していた。
「あれ、ももか、かんじる、ない!」
 百火を指し示して、アリシアは白に叫んだ。
「からだ、より、きもち、だいじ。アリシア、にんげん、だけど、おおかみ。おかあさん、むれ、なかま、みんな、いない、だけど、みんな、いっしょ。つくも、ももか、いつも、いっしょ!」
「ええ、これからもずっと一緒にいるわ。あなたの言う『ももか』ではなく、私がね」
 愛らしくも凶悪な笑みを浮かべ、百火が兄を見た。
「兄様も私とともに行くことを望んでいるはず。だって、それが兄様の贖罪だから」
「おまえは間違ってるぞ、白」
 と、アリシアをスチームバリアを癒しながら、隆治が白に言った。
「贖罪というのは、生きていなければおこなえない。死んで償うなんて、ただの自己満足だ」
「しかも、償う相手は偽者かもしれないんだぜ」
 比良坂・陸也が吐き捨てた。
「おい、白よ。おまえ、本物か偽物かはたまた一部を抜き出したでっち上げかもわかんねーよな自称『百火』なんかに命をくれてやっていいのか?」
「よくないでーす!」
 と、即答したのは当人ではなく、夜歩・燈火だ。
「白さんには恋人がいるんです。生きて帰らないと、彼女が可哀想です!」
「残されて悲しい思いをするのはカノジョだけじゃねえ」
 と、差深月・紫音が静かな声で言った。
「白、おまえは一人でここまで来れたわけじゃねえだろ。ここにいる奴らのことも少しは考えてみろ」
「そうだ、そうだ! 考えろ、この野郎!」
 ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が白の頭を小突いた。
「おまえになんかあったら、俺は泣いちゃうかんな! 皆がドン退きするくらい泣き散らすかんな!」
 言ってる傍から号泣し、涙と鼻水を撒き散らすヴァオ。
 そんな彼から距離を取りつつ、神崎・晟が落ち着いた声で意見を述べた。
「まあ、どうするかは本人次第だろう」
「そうですね」
 エルム・ウィスタリアが頷いた。
「隆治さんが仰ったように、罪を償いたいのなら、生きるべきだと思います。でも、決めるのは部長さんご自身です」
「そう、決めるのは白だ。聞かせて。君はどうしたい?」
 そう言って、クローネ・ラヴクラフトが白の横顔を覗き込む。
「聞かせて。君はどうしたい?
「そんな質問、無意味でしょ」
 白火がクローネに頭蓋骨を突きつけた。
「もし、兄様が『死にたい』と言っても、あなたたちは止めるに決まってるんだから」
「もちろん、止めるさ」
 ルトがクローネの前に立ち、頭蓋骨から放たれるであろう攻撃の射線を遮った。
「白の意志なんて知ったことじゃない。これは俺の――」
 足を蹴り上げ、グラインドファイヤを放つルト。
「――エゴだ! かけがえのない友人を守りたいというエゴだ!」
「その通り。ボクらの行動原理はただのエゴだ」
 百火に語りかけながら、アンセルム・ビドーが『変容:妄執の大蛇』で追撃した。
「でも、このエゴで止めてみせよう。一之瀬を殺したいという君のエゴをね」
「私は兄様を殺したいわけじゃない! 自由にしたいのよ!」
「はいはい。そーですか」
 百火の狂的な主張をラギットが薄笑いで受け流す。
 だが、すぐにその顔を少しばかり真剣なものにして、白を見た。
「まだ死を受けれいれるつもりですか、一之瀬様? どうしてもと仰るのなら止めませんが、最後の一線を越える前によく考えてみて下さい。あなたのために駆けつけてくれた仲間がこんなにいることを」
「きっと、彼女は――」
 竜矢が百火に指を突きつけた。怒りによって、黒い瞳が赤に変わっている。
「――あなたを殺した後、ここにいる仲間たちを傷つけることでしょう。それでいいんですか!」
「……」
 体を震わせている白。
 突然、その震えが激しくなった。
「このバカ之瀬ぇーっ!」
 環が肩を揺さぶり始めたのだ。
「百火ちゃんが! あの優しい百火ちゃんが! あなたが死ぬことを望んでるとでも思ってるんですか!?」
「いいかげんにして! これ以上、兄様を惑わせないで!」
『優しい百火ちゃん』ではないほうの百火が環に負けぬほどの大声で怒鳴り、頭蓋骨からまた御業モドキを放った。
 それは環に向かって一直線に飛び……しかし、防がれた。
 自分の身を盾にした白によって。
「兄様、どいて! そいつ、殺せない!」
「……いや、どけない」
 悲しみに満ちた目で白は百火を見据えた。少しでも気を抜くとまた消えてしまいそうな覚悟を心の手で必死に掴みながら。
「百火、ごめん。本当にごめん……仲間たちを傷つけるなら、たとえ君が相手だとしても……僕は戦う。それが僕の贖罪だ……」
「そういうことならば――」
 晟がブレイブマインを発動させた。
「――手を貸そう」
 クローネが後を引き取り、『母なる大地の協奏曲』で白を癒した。

●死ねないと判った
 新たな助っ人たちがまた戦場に現れた。
「おまえさんと縁のある者に頼まれてな。代理で助太刀に参じた」
 と、白に声をかけながら、そのうちの一人であるヴィクトル・ヴェルマンが戦車のような形状のガジェットともに百火に突撃した。
「白と一緒に強襲型魔空回廊の破壊作戦に参加したことがあるが――」
 ヴィクトルに続いて、スターゲイザーを見舞ったのはアルベルト・ディートリヒ。
「――その時、肩を並べて戦ったのはビハインドのほうの百火だ」
「はぁ? 私の代用品と一緒に戦ったから、なんだっていうの?」
 猛攻を受けながらも、口元を嘲笑に歪める死神の百火。
 だが、水瀬・和奏にフォートレスキャノンを浴びせられると、歪みの原因が嘲りに苛立ちに変わった。
「あー、もう! 次から次へと……うっとうしいったら、ありゃしない!」
「黙れ」
 静かな怒りの言葉を吐きながら、霧山・和希がバスターライフルのトリガーを引いた。
「これ以上、一之瀬団長を苦しめることは許さん」
 ゼログラビトンの光弾を受ける百火。その衝撃で体をよろめかせて、涙に潤んだ目を兄へと向けた。
「兄様! こいつらを止めて! みんなで私をいじめるのよ! 兄様を私に取られたくないもんだから!」
「ああ、取られたくないね」
 白が反応するよりみ先にルトが答え、短剣を突き刺した。
 百火ではなく、目の前の空間に。
「死神なんかに!」
 鍵を回すかのように短剣を捻ると、空間に扉が開き、その奥の暗闇から百火めがけて稲妻が走った。
「砕け、竜の一撃!」
 雷鳴に咆哮を重ねて竜矢が走り、稲妻に打ち据えられた百火を追撃した。禍々しい爪の形に変わったガントレットの先端部で。竜爪撃ではなく、『浸食の牙(シンショクスルリュウノインシ)』というグラビティである。
「兄様、助けてぇー!」
 異形の爪に肩を斬り裂かれ、百火が泣き叫ぶ。
 だが、ケルベロスたちは攻撃の手を緩めなかった。
「今更、情に訴える作戦に切り替えるなんて、虫が良すぎる! 一之瀬さんの情を――」
 環がエクスカリバールをスイングした。
「――踏みにじっておきながらぁーっ!」
 側頭部に凶器を叩き込まれ、くるりと回転する百火。
 回転を終えた時、彼女の顔面は血に染まっていた。
「見て、兄様。私、こんなになっちゃった。兄様の友達気取りの連中にいじめられて、傷だらけになっちゃった。これでも、私を助けてくれないの? また見捨てるの? 見捨てるの? 見捨てるの?」
 血塗れの顔を白に向けて、死神は何度も同じ言葉を繰り返した。
「ねえ、見捨てるの?」
「……」
 百火の視線を真正面から受け止めて、白は無言で身構えた。
 その途端、百火の表情が変わった。
「ちっ……」
 小さく舌打ちして、なにごともなかったかのように顔の血を拭う。
「あ、そう。私よりもこいつらのほうを選ぶのね」
「ごめん。さっきも言ったけど、これが僕の贖……」
「ふざけないで!」
 白の悲痛な述懐を百火が怒声で断ち切った。
「贖罪が聞いて呆れるわ! あんたがなにをしたって、消えやしない! たった一人の妹である私を見殺しにしたという罪はね!」
「これ、ももか、の、ことば、ちがう!」
 今度のアリシアが怒声を発した。
「アリシア、いきてたころ、の、ももか、しらない。でも、ももか、ぜったいに、こんなこと、いわない、は、わかる!」
「まったくもって、その通り」
 料理人たるラギッドが百火に肉迫し、芸術的な包丁さばきならぬジグザグスラッシュで攻撃した。
「どうやら、ヤンデレキャラを装う余裕がなくなったようですねぇ」
 百火を揶揄するかのように振る舞いつつ、彼は白にも語りかけていた。『惑わされてはいけません』と。
 もっとも、仲間たちに諭されるまでもなく、白には判っていた。自分を罵ったのは百火ではない。あくまでも死神だ。
 しかし、だからこそ、辛かった。
 白の罪を責める権利があるのは本物の百火だけであり、許す資格があるのも百火だけだろう。
 だが、彼女はもういない。
 その心を知ることは永遠にできない。
 ずっと責められているのか、最初から許されていたのか――それが判らないまま、白は生きていくしかないのだ。
「百火……」
 白は静かに呼びかけた。
 死神ではなく、ビハインドに。
「決めろ、白!」
 百火にグラインドファイアを食らわせながら、恵が叫んだ。
「決着をつけるんだ!」
「はい」
 頷く白の背後で隆治が『竜の灯火』を発動させた。手元に灯った小さな灯りが白の攻撃力を上昇させていく。
「導きはきっとある……」
 隆治の呟きを背中で聞きながら、白はビハインドの百火の力を借りて白流八卦符術の奥義『融心縛鎖【影龍】(ユウシンバクサ・エイリュウ)』を用いた。武器に絡みついていた鎖が解け、うねりながら伸び、今度は死神の百火に絡みついていく。
 この奥義が敵に与えるのはダメージだけではない。術者が思い描いた幻影を見せることもできる。
(「せめて、最後は幸せな夢の中で……」)
 そう願いながら、白は美しい幻影を見せようとした。
 しかし――、
「くげっ!?」
 ――百火は顔を引き攣らせ、苦鳴を発した。『融心縛鎖【影龍】』に伴う状態異常はトラウマ。術者がどれだけ『幸せな夢』を思い描こうと、対象は恐怖の幻影を見てしまうのだ。
 顔を引き攣らせたまま、百火は倒れ伏した。
 そして、その体は無数の白い砂に変わり、波に洗われ、あるいは風に飛ばされて、呆然と立ち尽くす白の前に父の頭蓋骨だけが残された。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。