夕闇と狼とチョコレート

作者:秋月諒

●夕暮れ時を狼の時間と彼女は言う
 木々の揺れる音が狼たちの遠吠えに聞こえるとも、これより先は彼らの時間だとも言う。
 小鳥たちは木々に身を寄せ、人々は住まいに帰る。
 門を閉ざした先は、夕暮れ時。狼たちの時間に出歩いてはいけない。
「そんな時間にこそ、ウインターチョコレートフェスタが開かれるっていうのだから。こう背徳的よねぇ」
「くぅん?」
「そう、背徳なの背徳!」
 店番兼相棒の黒犬の頭をくしゃりと撫でて、店主はぐ、と拳を握った。
「冬のこの時期、夕暮れ時にチョコレートがいっぱい出るって言うんだから。勿論、うちのお店だって出るけど……フォルトファリスも顔を出すっていうし、やっぱり買い物にも行きたいのよね……買い食い」
「くぅん……」
「も、勿論。勿論お店もちゃんと出すわ! 君のマークで提供するんだから!」
 ぐっと拳を握った店主の向こう、木々のざわめきに看板犬が鼻先をあげる。伺うようなそれに店主が気がつく様子はないまま、フェスタの準備に忙しい商店街の倉庫で一つの異変が起きようとしていた。伐採した木々を束ねたその場所に、一緒くたに置きっぱなしにされていた家電の中に『何か』が入り込む。割れたオーブントースターの蓋が一瞬光りーー次の瞬間、重ね置かれていた古びた電子レンジが倉庫の中から飛び出したのだ。
「ホットモード!」
 倉庫の扉は弾け、キュイン、と高い音をあげ、三脚のような足を手に入れたオーブントースター型ダモクレスがその自由を謳歌するように熱風を吹き出した。

●夕闇と狼とチョコレート
「そもそも、オーブントースターは温めモードがメインだと思ったのですが……」
 冷たいモードでも出して来たかったのでしょうか、と眉を寄せ、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は顔をあげた。
「都内の雑木林にて、廃棄されていた家電製品のひとつがダモクレスになってしまうことが分かりました」
 商店街で共同で使っているという倉庫にあった家電製品だ。冬のチョコレートフェスタが近づき、カフェや洋菓子店の立ち並ぶ商店街では準備に忙しく長く放置されたままだったという。
「毎年、片付けないと、と話はでるけれど……と言うことだったそうです。幸い、倉庫近くに商店街の方々はいらっしゃらないようです」
 普段は門に施錠がされており、倉庫のある一帯には一般人は近くことはできない。だが、ダモクレスであれば門の破壊など容易いだろう。
「幸い、まだ被害は出ていませんがこのまま放置することはできません」
 商店街にまでたどり着けば、冬のチョコレートフェスタに訪れた人々を巻き込まれることとなるだろう。
「急ぎ現場に向かい、ダモクレスを破壊してください」
 敵はオーブントースター型ダモクレス、1体だ。
 機械的なヒールを受け、手に入れた三脚型の足で器用に移動してくる。足の部分を含め、大人程の大きさに変化し、熱風を吐き出し近距離ではその足で蹴りによる攻撃を繰り出してくるのだ。
「他に、熱せられた鉄の塊を叩きつける攻撃も有しています」
「塊を吐き出す……トースターから?」
 首を傾げた千鷲に、レイリは頷いた。
「はい。出来上がりの音もワンセットで。ただし、攻撃としてはガトリングガンによる攻撃に似ています」
 存外に物騒ですのでお気をつけください、とレイリは言った。
 オーブントースター型ダモクレスの動きは素早い。手に当たる部分は存在せず、オーブントースターの扉はぱかぱかとダモクレスが自在に開け閉めしては攻撃を繰り出してくるのだ。
「戦場となるのはここ、雑木林の中にある商店街の倉庫です」
 空間としては開けているが、倉庫に入りきらなかった木箱などが周辺に置かれたままになっている。陶器の植木鉢などは長く置いてあったのか、草花がそのまま根を張っているのもあるのだという。
「商店街としてはこの後、フェスタの後に皆さんで綺麗にしてちょっとした集会所にも使える場所にしたいという計画があったそうです」
 倉庫に対する被害については、商店街も了承済みだという。
「周辺の避難指示についてはお任せを。皆様には、ダモクレスの撃破をお願いいたします」
 それと、とレイリは集まったケルベロスたちを見た。
「もし良ければ、全てが無事に終わったら冬のチョコレートフェスタなどいかがでしょうか?」
 冬のチョコレートフェスタ。もし良ければ遊びに来てくれないか、と商店街の人々からお誘いがあったのだ。
「ホットドリンクから、持ち帰りの品ではチョコレートケーキまで。色々なチョコレートのお菓子が楽しめるんです」
 クリスマスだけではない、冬のチョコレートを楽しんでほしい、というイベントなのだという。倉庫からは一番近いカフェでは、真っ白な犬の可愛いマークでブラウニーが人気だという。
「もちろん、無事に討伐を終えられたら……という話ではありますが」
 止めることができなければ、その先にあるのは虐殺だ。冬の日、一年の終わりを前に夕暮れ時の至福の時間に悲しいことなど似合わない。
「行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)
火岬・律(迷蝶・e05593)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
アーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469)

■リプレイ

●だってチョコが待っている
 倉庫の前には、木箱が置かれたままだった。成る程、開けた空間とはいえああして物が置かれたままだと目立つ。
「片づけなきゃ、っていって後回しになる事、あるなあ……。でもまさかダモクレスになるとは思ってなかったよね」
 小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)の言葉に、泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)は小さく苦笑して頷いた。
「えぇ」
 さすがに、と思ったのは目の前、敵とーーオーブントースター型ダモクレスと目があったからだろう。機械的にヒールを施されたオーブントースター型ダモクレスは、壬蔭と視線が合う程の大きさまで巨大化していた。
「キ、キキ」
「まるで、カウントダウンでもするようね」
 ほう、とアーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469)は息をつく。氷水の双眸を細め、やれやれとアーデルハイトは息をつく。
「忘れ去られた家電がダモクレスになる、というのは、やはりどこでも起こりうるものなのね」
 けれど、と薄く口を開き、風に揺れる髪をそのままに視線を上げる。
「あまり熱風を吹き散らされたらチョコレートも溶けてしまうし、そもそもフェスタどころではないわね」
「チチ」
 時間を刻むような小さな音が耳に届く。三脚型の足が、荒れた地面を突き刺しその身をこちらに向ける。
「来る、か」
 叩きつけられたのは分かりやすいまでの殺意。レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)は薄く口を開き、武器を構えた。差し込む日差しに炎の文様が露わになる。チリ、と周囲の空気がーー変わった。
「さっくりと終わらせて、あとは各々であるな」
「ああ」
 応じた御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)が息を吸う。熱だ。戦場が僅かに熱を帯びていた。
「さて、一先ず年末の大掃除でもするか……。ここから先へは行かせるわけにはいかんのでな」
「しっかりご退場願うとしましょう」
 アーデルハイトが頷く。次の瞬間、こちらを見据えていたトースターが小気味良い音を立てた。
「チーン♪」
「……」
 焼き上がりの音だなぁ、とか。いやどこから聞こえてきてるんだとか。言いたいことも突っ込みたいことも山のようにあった。だが、事実としてひとつ分かっていることは。
「ホットモード!」
 敵の、攻撃だ。

●焼いてみせる
「熱風、きます」
 アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)の声が響く。ぶわり、とトースターから吐き出された熱風が前衛を襲っていた。吸い込む空気が一瞬、ひどく熱を帯びていた。ぐん、と接近を狙うトースターが見えた。
「接近してきます!」
「迎え撃つとしましょう」
 応じたのは火岬・律(迷蝶・e05593)だ。踏み出した一歩から、一気に加速した男が宙を舞う。落下の勢いそのままに、叩き落とした蹴りがガウン、と重くトースターに沈んだ。
「……」
 ふわり、と瞬間、パンの焼けた匂いがするのは先の一撃が由来か。
「ギ!」
 詰めた距離を嫌うように、振り上げられた三脚の脚に身を逸らし律は腰の剣に手を添える。一閃の間合いの内に、脚を一度止めたのは踏み込む足音を聞いたからだ。
「!」
 ダモクレスの真横、律へと向けられていた脚を視界に飛ぶように踏み込んだ壬蔭の周囲が一気に熱を持つ。
「チチ!」
 だが一撃となる前より先に、壬蔭の鋭い蹴りが入った。
「カウントダウン音も……攻撃予告だな……」
 熱せられた地面に叩きつけるようにして、落ちた蹴りに鈍い音が響く。鋼のそれ。足に返った硬い感触に小さく苦笑した男の横をレーグルがいく。ぶわり、と地獄化した炎の腕が、重い拳の一撃を叩き込む。
「キィイ!?」
「三芝殿」
「仰せのままに」
 三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が一撃を選ぶ。銃口を引く背を視界に、涼香は回復を告げた。
「前衛、回復するね。ねーさんもメディックでよろしく」
 引き寄せ踊らせるのは猟犬の鎖。頷いたウイングキャットのねーさんが癒しと共に加護を紡ぎ上げていく。
「それでは、わたくしは後衛へ」
 アイヴォリーの宣言と同時に、カラフルな爆発が戦場に生まれる。トースターの放つ熱とは違う、癒しと加護を紡ぐ爆風にアベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は小さく口の端を上げる。
「長い時を頑張ってきた奴には労りを持って、終わりを告げてやらねぇとだな」
 踏み込む二歩目を、加速させる。体は空に。流星の煌めきを纏い、落ちる。落下の勢いさえ利用して叩き込んだ蹴りに、ガイン、と重い音が弾けた。目の端、飛び散って見えたのは火花か。
「続くわ」
 今はまだ、回復の必要はない。攻撃の一手としてアーデルハイトが選んだのは霊弾。圧縮したエクトプラズムが、彼女の指先から戦場へと解き放たれた。
「キィイ!?」
 驚きを零すような声がひとつ。一撃に、ぐらり、身を揺らしたトースターが跳ねるようにその身を起こした。ぶおん、とトースターの内部に熱がーー篭った。

●出来上がり
 戦場には、鉄の熱された香りとーーパンの香りがしていた。
「ホットモード!」
 小気味よく響いた音と共に、放たれる熱風に散開を告げる声が響く。落ちた破片を飛び越え、蓮は招ぶ。
「……来い、くれてやる」
 古書に宿る思念を。己の霊力を媒体としてその身に降ろす。ピン、と張り詰めた空気と共に『それ』は具現化する。世界に足をつき、影を落とした力は赤黒い影の鬼。
「代わりに刃となれ」
 蓮のその言葉に、雷を伴う風が戦場に巻き起こった。
「キィィイイ!?」
 ぐらり、トースターが身を揺らす。地面に突き刺さっていた三脚の脚に派手に罅が入ったのが見える。欠け落ちた破片は地に落ちる前に焼き消え、ばふ、と火を零したトースターが身を起こす。その動きが、一瞬、鈍った。
「かかったか」
 制約だ。
 バチ、と爆ぜた蓮の雷。いくら高い命中力があっても、そうと分かっていれば対応はできる。
 香ばしい香りと共に、戦場は加速する。敵の命中率は確実に落ちてきていた。その分、回復にも随分と余裕が出てきた、と涼香は思う。盾も十分機能している。
「これなら……」
「えぇ。あと少しね」
 アーデルハイトが、たん、と身を前に飛ばす。踏み込めば舞い上がる砂は、敵の熱風にか。木葉も残らず、暴れる脚を時に受け、吐き出される熱風を避けながらケルベロス達はトースターへと踏み込んでいく。
「デッキアガリー!」
 メロディーと共に吐き出された鉄塊が弾丸のように前衛へと打ち出された。痛みより先に、重く熱を感じたのは見目通りの攻撃ということか。は、と息だけを吐き、落ちた血をそのままにレーグルは踏み込む。一刀が、鋼に沈んだ。トースターの分厚い壁面に罅が入り、炎が溢れる。
「キキ!?」
「ベルヌーイ……質量保存法則は無視か。出鱈目だが見過ごす事は出来ない」
「確かに、あれって無茶苦茶だよねぇ」
 律の言葉に、笑い告げた千鷲が一刀を抜き放つ。斬撃は爆ぜた鋼をなぞるように。落ちた火花を視界に、律は構える。研ぎ澄ました精神を刀と見立て、憑依の如き鋭さで突き刺す。
「斬らせてもらう」
 それは無手にて、白刃の冴え。
 チ、と溢れたタイマー音さえ切り捨てるように一撃が、鋼に沈んだ。
「ギ、キイ、ィイ」
「させはしません」
 暴れるように距離を取ろうとしたトースターを、アーデルハイトは捉える。炎を纏う拳を叩きつければ、アイヴォリーは高く紡ぎ上げる。
「終りなきを終えましょう、御身だけの其の為に!」
 顕現した力に、トースターが惑う。キン、と熱せられていた空気を塗り替えるように冷気が敵を包み込む。
「チ、チチ。ホット、モ……」
「――わたくし、今はパンの気分じゃないんです。オランジェットが! 食べたい!」
 宣言と共に力強く、一撃が落ちた。ぐらり、とトースターが身を揺らしたのは一撃にかその言葉にか。
「終わりだな」
 その隙を、壬蔭は逃さない。大気との摩擦により、炎を纏った拳を叩きつける。ぶわり、と上がる熱の向こう、は、とトースターがこちらを向いた。
「お疲れさん」
 それは、アベルが仕事を終えた瞬間。物音ひとつ立てずに、静かに、速やかに黒き針は影を縫う。
「チ、チチ、デキ、アガ……」
 火花が飛ぶ。三脚の脚が砕ける。吐き出す筈だった熱はぶわり、と空に抜けトースター型ダモクレスは崩れ落ちた。

●チョコレートフェスタにようこそ
 淡い光が戦場をヒールしていく。無事の終わりを告げれば、始まるのはチョコレートフェスタだ。
「涼香さんはどっちがいい?」
「じゃぁ、こっちで」
 ビターとスイートの二種と聞けば、選ぶのはひとつだ。
 手の中、受け取ったカップには花の文様が見える。フォルトファリスのホットチョコレートだ。
「ホットチョコレート…うう、これは背徳の香り……。でもアツアツだからもう少し待たないと」
 ふぅ、と涼香が息を吹きかければ、甘い湯気の向こうからねーさんがひょい、と鼻先を見せる。目があう。それはもうとてもとても目があって。
「ねーさんは……うーん、これはチョコレートだからね……今日は我慢かな?」
「これを。ねーさんの分」
 温めのホットミルク、と壬蔭に差し出された浅めのカップから甘いミルクの香りが登る。
「ミルクがあるの? これならねーさんも大丈夫だね、良かった」
 なぁん、とご機嫌なねーさんの尻尾がするり、と触れていく。
「次はどこに行こう?」
 ブラウニー屋さんがあるって聞いてたな、と零せば壬蔭は小さく笑った。
「次はブラウニー屋さんに行こうか?」
 そう言って、ふと足を止める。
「手繋ぐか……?」
「……うん、繋ごう?」
 差し出した手に、握り返す指先にぎゅ、と触れて。さぁ次の店に。

「三芝殿、共にまわらないか?」
「いいよ。何処から行く?」
 好みのとか? と向けられた視線に、ならばとレーグルは通りを見る。ふわり、甘い香りはホットチョコか、クッキーか。
「フォルトファリスは以前行った事がある。あそこが出しているのなら行ってみたいな」
「はい、フォルトファリスは私も以前限定品を頂きに伺った事があります。とても美味しかったので私も後で持ち帰り用のお品を購入したく」
「ああ、分かった。何処でも好きな場所へ付き合ってやる」
 花と星の彩るアーチを二人くぐり抜けていけば、甘い香りに香ばしい香りに出迎えられる。ケーキにクッキー、ヒーターの効いたカフェスペースを万全に準備したチョコアイスの店を通り過ぎれば、ビターチョコの香りが志苑の前で踊った。
「あ、彼方見ても構いませんか」
 見つけ手にしたのはブラウニー、真っ白な可愛いお犬様付き。思わず、口元が綻んでしまう。美味しい物可愛い物との出会いは何とも楽しい。
「犬、か成る程」
 じっと向けられた視線ひとつ。同意を求めて見上げた先、ぽすりと志苑の頭の上に置かれたのは蓮の手で。
「あの……」
「ああ…なんかあんたが犬みたいで、つい」
「犬とは、私は空木さんではありません。揶揄ってらっしゃるのですか?」
 じぃ、と見据えた先、一拍の間の後に落ちたのは空木の事はそんな風に撫でたりしないという彼の呟きで。
「蓮さん?」
「悪かった、詫びに奢ってやるから」
「そんな、何だか悪いですけれどありがとうございます」
 ぽすり手は乗せられたまま。蓮が何故かとても楽しそうに志苑には見えた。けど楽しいのはーー自分もだ。

「これが、フォルトファリスのホットチョコ」
 ほう、とアーデルハイトは息を零す。甘い香りの向こう、ふわりと届くのはグランマニエール。花の模様が入ったカップを片手に、ふらりと歩き出す。こういう催し事を肌で感じるのが好きなのだ。
「何処行きました? おススメあったら教えてね」
 ひょいと通りを曲がれば見知った姿に出会う。涼香の言葉に、アーデルハイトは少し悩んだ後にさっき出会った店をあげる。
「レースのチョコのお店かしら。可愛らしくて綺麗で」
「成る程。ホットのチョコのドリンクは……既に試されているようですね」
 頷いた壬蔭の耳に、レース、と涼香の声が届く。繋いだ手をつい、と少しだけ引いて、行こうか。と告げる二人を見送って歩いていれば、甘い香りの向こう、果実の香りにアーデルハイトは足を止めた。
「これは……ボンボンショコラ?」
「えぇ、そうなの! お酒が大丈夫だったらこちらも試してみてくださいな!」
 嬉しそうに手招きする店主に誘われて、アーデルハイトは宝石柄の店に立ち寄る。

「お疲れ様、二人とも楽しんでそうだね」
「アラタはミルクチョコレートだが三芝はどれにした?」
 すいっと見せた花柄のカップには、ミルクの甘い香りと削りたてのミルクチョコが雪のように添えられていた。
「クリスマス限定があるみたいだからそれに。オレンジピールのコンフィが乗ってるやつでね」
「甘さ控えめの物もありますか?」
「ダークブレンドのがあったよ。チョコチップを足していくやつでね」
 千鷲の言葉に成る程、と頷いて律は甘さ控えめの一品を選ぶ。程よく冷めるのを待って口をつければ、寒さと戦いで飢えた体に温かい甘さがしみた。
 ホットチョコレートはチョコレートやココアは勿論合わせるミルク、クリーム、水の配分でも味が異なる。温めれば香りも際立ち、作り手の拘りが明瞭になる分きっとどれも譲れない拘りが形になったものだ。
(「際限なく拘り妥協はしない」)
 それは同行者の姿に通じる。条件に制限をかけても制限内で拘りだす。それに何度言葉を失ったことか。
「どれも華やかな香りと甘さが滑らかに蕩けてウマウマほっこりだぞ♪」
 顔を綻ばせ、ちょこんと乗ったマシュマロの雪だるまに笑みをこぼしたアラタに小さく息をつき、律は千鷲を見やる。
「これからカフェに行くんですが、三芝さんはどうですか?」
「いいね。レイリちゃんにお土産買ってくるように言われてたんだよねー」
「アラタはフォルトファリスのボンボンにしよう♪」
 レイリもチョコレート好きだから、と笑みを零してアラタは「いこう」と甘い通りに向けて歩き出した。客足が少し増えてきたのか。無事に賑わって良かったよ、という馴染みの店主の言葉に夜は頷いて笑った。
「それにしてもお客さんが来るんだったらちょっと変わりものも用意しておくべきだったよ」
 顔なじみなのだろう。楽しげな様子でホットチョコを注文した夜を見上げる。
「ね、どのチョコが貴方のおすすめ? 一番美味しいのを、わたくしに食べさせて」
「お薦めか」
 狼の如く小さく唸ったひとをじ、と見上げる。悩んだ末に「ならば」と夜は店主を見た。
「今日の自慢の一品は?」
「そうだなぁ。今日だったら……このガナッシュか」
 じゃぁそれを、と受け取ったガナッシュを二つ。口元に差し出されたひとつを、はくり、と口に含めばガナッシュは甘く蕩ける。甘い馨蕩ける夕暮れ。紛れぬように指先絡めて辿り着いたフォルトファリス。
(「このお店を見つけた時、貴方の世界にわたくしは居なくて。今はこうして隣に在る不思議」)
 夢じゃないって、確かめさせて。
 指先ごと食むガナッシュは泣きたくなる程甘い。
「、……美味しいです」
「美味しいね」
 零れ出るのは偽りない真実の笑顔。夜にとって特別な店へ、大切なひとを連れることが出来た喜び。さぁ、土産の戦利品は山程。今夜は寝落ちるまでチョコレートフェスタだ。
 漂う甘い香りに足がふわふわり。人波潜って揺蕩う姿にやれやれとアベルは息をつく。軽い足取りがどっか行かねぇ様に、雪のお嬢さんと見張ろうかとざかざかと歩き出す。チョコレートフェスタの客も随分と増えてきていた。夕暮れ時に甘い香り。カップを持った客人たちが楽しげに行く姿を目の端に、ふいに聞こえてきた声にアベルは視線をあげた。
「あ、こういうの好きだろう、お嬢」
「♪」
 宝石めいたひと口チョコを手に、ボクスドラゴンのお嬢と話すラカにアベルは小さく苦笑した。
「ホントお前さんは他人の物ばっかだねぇ」
 焼き林檎含めたミルクチョコ、オランジェット。トリュフにプラリネ。
「こっちはお土産に。ボンボンは……ウィスキー、ワインに日本酒、色々ある。アベルが好きそう」
「酒の入ったチョコも好きだがお前さんが選んでたのはどれも好みだったぞ」
 水を向けられた先、アベルは小さく笑う。
「噫、焼き林檎のミルクチョコが一番気になった」
「……ん、林檎の? じゃあ此れはお前さんにあげる」
「ーー」
 言葉にすればさらり、と渡されるのだから。一瞬、ほんの一瞬言葉を失ってしまう。
「ありがとさん」
 目を細めて、そう言って、なら、とアベルはラカにチョコを手渡す。
 ラカには花模様が鏤められたミルクのジャンドゥーヤを。雪のお嬢さんに六花の一口ホワイトチョコを。
「似合いそうだから」
「……? わしにくれるの? きれい、美味しそう。お嬢も良かったな」
 緩く笑い、買い渡された甘い宝石にラカは眦下げて微笑んだ。
「……ありがとう」
 〆はフォルトファリスのホットチョコを。誘いを口にしたアベルにラカは喜んで、と小さく笑った。なにせ、ここに来るまでの間出会った夜とアイヴォリーにもおすすめされていたのだから。
「だって美味しいに決まってる」
 練り歩いた後にはのんびりした時間。それもまた。
 甘いチョコの香りの中を歩き出す。とびっきりのチョコレート達に彩られたフェスタは一番星が輝くまで続いた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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