流行の最先端を行くのが正義!

作者:質種剰


 アパートの一室。
「流行の最先端を行く事こそ正義である!」
 翼や嘴の生えたビルシャナが、自らの異様さに一切気づかず、寝言をほざいていた。
 人間や動物をダメにするという謳い文句のビーズクッション型ソファーに身を沈めて。
「そうだそうだー!」
 同調する信者達も、ある者は仮想現実を体験できるゲーム機に夢中になり、ある者はスマホさえあれば簡単に撮れて公開できるという動画アプリを開いている。
「教祖様! 来年の流行色を使った最新型のコートが届きました!」
 すると、1人の信者が大手通販サイトの段ボール箱を抱えて部屋に入ってきた。
「うむ、でかした。『流行最先端捕捉教』の教祖としては、ファッションにも気を遣っておかねばな」
 ビルシャナは何やら悦に入りながら、刺繍入りのパーカーへ袖を無理やり通している。
 ファッションの流行色は人為的に決められているので毎年例外なく変化するのだが、このビルシャナは毎年ワードローブを全てごっそり買い換えるのだろうか。
 他にも流行りの物を次々買っていたら、到底財布の中身は続かないに違いない。
 とんでもない浪費家である。


「最先端の流行をひたすら信奉するビルシャナが、その偏った思想を広めるべく集会しているでありますよ……」
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が、困惑した様子で話し出す。
 チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)の入念な調査の甲斐あって、今回『流行最先端捕捉ビルシャナ』の発見に至った。
「流行最先端捕捉ビルシャナの言葉には強い説得力がある為、放っておくと信者が完全な配下と化してしまうのであります」
 そこで、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の信者達が配下になるのを防げるらしい。
「ビルシャナの配下となった人達は、ビルシャナが倒れるまでの間、皆さんを敵とみなして襲いかかってきましょうが、ビルシャナさえ討伐すれば元に戻るのであります」
 それ故救出も不可能ではないが、万が一ビルシャナより先に配下を倒してしまうと命を奪う事になる上、幾ら配下といえども数が多ければ戦闘も不利になる。
「流行最先端捕捉ビルシャナは、孔雀炎と八寒氷輪で攻撃してくるであります」
 氷の輪を飛ばして敵を凍りつかせる八寒氷輪は、理力に満ちて射程が長く、複数の相手に当たる魔法攻撃だ。
 一方、孔雀の形の炎を放って相手を焼き払う孔雀炎は、近くにいる1人にしか当たらない。
「15人の配下は手にした最新型スマホ連動腕時計でぶっ叩いてくるであります。近くにいる相手複数人に命中するでありますが、皆さんなら配下の攻撃程度ではびくともなさらないでありましょう」
 それよりも、問題はいかにして信者達をビルシャナの教義から解き放つかである。
「流行に則った最新人気商品に魅力があるように、流行遅れの品々にだって様々な魅力や楽しみがある筈です!」
 ぐっと拳を握り締めるかけら。
「ここは是非とも、『流行遅れや昔から受け継がれているものならではの味わいや魅力』についてがっつり語って、信者達へその素晴らしさを骨の髄まで解らせて差し上げてくださいませ!」
 例えば、今なら幾らでも性能の良い遠赤外線ロースターがあるけれど、敢えて七輪で魚を焼くメリットは何か。
 炊飯器で炊くより土鍋で炊くご飯の美味しさなど、説得材料は随所にあるはずだ。
 とにかく『流行最先端よりも昔ながらの定番やレトロ商品が良い』との意見を貫くのが大切である。
「ビルシャナになってしまった当人はもう救えませんが、一般人の信者達の命を守るため、流行最先端捕捉ビルシャナの討伐、宜しくお願いします」
 かけらはぺこりと頭を下げた。


参加者
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)
月白・鈴菜(月見草・e37082)
朱桜院・梢子(葉桜・e56552)

■リプレイ


「流行の最先端を追い続けてこそ生きる喜びがある!!」
 流行最先端捕捉ビルシャナは、自室に集めた信者達を前に、大して実のないご高説を垂れていた。
「こういう人間が経済を回すのには必要なんだけどね」
 千歳緑・豊(喜懼・e09097)は、その様子を玄関から見やって、客観的かつ広い視点からの感想を洩らした。
「……初期不良の実験台としても、ね」
 要は新製品を売りたい企業の良いカモだと言っているのだ。
 真面目そうな見た目に似合わず、時には茶目っ気のある毒も吐くようだ。
「最先端の物は素晴らしいよね。私も最新のゲームとか大好きだ」
 そんな素直な本音はさておき、口先だけでビルシャナの教義へ理解を示しつつ、部屋へ入っていく豊。
「おぉっ、新たな入信者だ!!」
「やりましたね教祖様!!」
「ばんざーい、流行を追う同志が増えた!」
 同胞の出現に湧き返るビルシャナ達へ、豊は物腰柔らかな態度こそ崩さぬまま、淡々と冷や水を浴びせる。
「だがね、博物館の品、美術館の品、各企業の代名詞たる商品は其の殆どがアンティーク……最先端として光り輝いた後に現れる燻し銀の光を持ったものだ」
「え……?」
 突然のアンティーク礼賛に、信者達がざわついた。
 豊の主張はまったくもって正しい。
 世の大企業の看板商品や、博物館や美術館の目玉たり得る展示品は、それだけ世間に浸透して価値を認められる程の長期間を経て、不動の地位を築けたに相違ない。
「『世に出た時以上の価値』は、最先端である内は決して生まれない、特別な資産なのだよ」
 最先端と呼ばれているような間は、真の資産価値など誰にも認められない——と豊は断言する。
「そんな……!」
 最先端で無くなった事物による普遍的かつ絶対的な差を思い知らされて、狼狽える信者達。
「君の持っているその最先端も、大切に使い続ければ、最先端の光が消えた頃に、思い出という落ちない価値がつくかもしれないよ?」
 豊はそんな事を言って彼らを励ましたが、いかんせん、理論に穴はなくとも実際に燻し銀の魅力讃えた商品を持って来なかっただけ、一度歓喜に湧いた信者達から共感を得るのは難しかった。


「……流行の最先端……? ……明日の時代遅れの事かしら……?」
「何ィ!!?」
 月白・鈴菜(月見草・e37082)は、簡潔な言葉ながら的確に信者たちの神経を逆撫でしてみせた。
「……最新のデザインだというだけで服を選んだりするのなら……自分に何が似合うのかも分からないのかしら……?」
 アパートの外でいつも通り小檻に蹴り落とされてきた蒼眞の存在感が霞むぐらい、その舌鋒は鋭い。
「そ、そんな事は……」
「なぁ?」
 信者たちの目が泳ぐ。
「……それは本当に自分で着たい服なの……?」
「も、もちろん!」
 この日も蒼眞の台本を頭に叩き込んでいる鈴菜は、狼狽える信者たちに比べたら余程自然な物言いで、明らかに冷めた口調を取り繕って問いかけている。
「……着るものには……どうしても合うものとそうでないものがあるわ……」
 そして鈴菜の意見には説得力があった。
 パフスリーブのクラシカルなライン、真っ白なベレー帽とフリル控えめのエプロンドレス、翡翠色のカメオにワイン色のリボンタイ。
 蒼眞が見立てただけあって、彼女のメイド服姿は実によく似合っていたから。
「……私は……流行の服よりも……自分で気に入ったものや……蒼眞が可愛いって言ってくれた服の方を着たいわ……」
 この辺りは台本を忠実になぞっている反面、鈴菜の本音が滲んでいる気もする。
「……流行の最先端を行くというけれど……それは好きなものがないのと同じじゃないかしら……?」
 これも尤もな指摘であり、咄嗟に反論できない信者たち。
 流行最先端捕捉教などと言っても、実質は何の中身もない大衆迎合に過ぎないからだ。
「……たとえば……メイド服が好きな方は多いし……そういう趣味なら定番中の定番だけど……」
 鈴菜がエプロンドレスの裾を摘んで、ひらひらとはためかせながら言う。
「……そういう方々にメイド服のなにがどう好きなのかを語らせれば……絶対領域がどうのとか……どのデザインのメイド服が良いとか……」
 クラシカルなロングスカートの下には、真っ白な網タイツとガーターベルトが隠れていて、信者たちの興味を煽った。
「あっ、意外とマニアック」
「ギャップ萌えってやつ? 最初からスリットやミニスカで見せてないところが良いよな」
 思わず鈴菜のメイド服について感想を洩らし、彼女の言を証明してしまった信者たちが気まずそうに黙り込む。
「……好きだからこそ人によって意見が分かれるでしょうね……」
 鈴菜はしたり顔で頷いて、トドメの一言を放つ。
「……流行に乗るだけの方々に……何かを自分の言葉で語れるのかしら……?」
「うっ……」
 鈴菜の詰問が心に深く突き刺さって、もはや信者たちは呻くしかできない。
 自分たちが着ている最新ファッションについて、さっきのメイド服ぐらいに熱く語れる自信など、到底無かった。
「いいか……これが落ちる男の生き様だ」
 さて、信者たちが黙り込んだのを良い事に、何やらほさぎ始めたのは蒼眞。
「たとえ何度酷い目に遭おうが関係ない。俺は何度でもおっぱいダイブを敢行する」
「は、はぁ」
 困惑する信者たちへ構わず蒼眞は続ける。
「それこそが俺が進む見果てぬ道だ。すなわち……俺の道はおっぱいダイブ、そして落下と共にある!」
 主題がおっぱいダイブでさえなければ、一つの道を極めんと脇目も振らず突き進む蒼眞は、確かにカッコいいかもしれない。
「敢えて問おう。流行を追うとして、そこに自分の道はあるのか?」
「自分の道……」
 信者たちも、蒼眞の含蓄のある人生論に感銘を受けたのか、いつのまにか話に引き込まれていた。
「本当の最先端というものは、己で切り開く求道の果てにこそあるものだ」
 おっぱいダイブを上手く説得に繋げられたとあって、自信に満ちた声音で決めゼリフを言い放つ蒼眞だ。
(「……蒼眞の道……よく分からないわ……女の人の胸が好きなら先に抵抗出来なくするとか……他に幾らでもやりようはあるでしょうに……」)
 一方、鈴菜は蒼眞の生き様を理解できず、微かに眉根を寄せていた。
(「……それに……いつも蹴り落されているのも……本気で防ぐつもりならどうとでもなる筈だけど……わざとやっているようにも見えないのよね……」)
 それでいて、蒼眞の行動の意図は読めなくとも感情の機微は読めるようで、
(「……でも……楽しそうにも見えるからこれで良いのかしら……?」)
 結局は蒼眞本人が満足しているのなら、と自らを納得させる鈴菜だった。


「ふぉっふぉっふぉ……! 世の中は最先端のモノだけがいいモノとは限らんぞい?」
 一方。カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)は自慢の髭を撫で摩りながら、余裕の笑みを浮かべてみせた。
「ぶいあーる? そんなのより此方のボードゲームじゃ!」
 そう豪語するカヘルが手にした風呂敷包みを広げると、有名メーカーのボードゲームが出てきた。
「あっ、懐かし……」
 信者の半数以上が思わず歓声を上げて、ビルシャナからジロリと睨まれている。
「熾烈な駆け引きで友人を蹴落とせる楽しいゲームじゃ」
 カラフルなルーレットを回して、出た目の数だけマスを進んだり所持金を増減させるゲームだと、カヘルが説明する。
「さらにコレは絶版、面白いが数は限られ超高価な物じゃぞ? 宝石並みの価値じゃ」
 次に出てきたのは、かなり昔のバージョンかつ生産個数限定品。
 カヘルの言う通り、好事家には相当な高額で取り引きされている。
「うわ、何あれ、見たことない!」
「俺の家にあったわ」
 信者たちのテンションがますます上がる。実物を持参した効果はそれだけ大きい。
「ふむ、そちらの髭もなかなかのもんじゃのう?」
 何故か突然、ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)へ話を振るカヘル。
「お褒めに与り光栄じゃ。本物の髭の持ち主に言われると殊更嬉しいものじゃ」
「ガイバーンや、わしのボードゲームに一度付き合ってみるかのう?」
 信者たちの興味を散々煽り立てたところで、実際にプレミア物のボードゲームをプレイしてみようと言うのだ。
「やるならわしは手加減なしでやるがのう」
「ふむ、承った。こちらも全力でお相手いたそう」
 ガイバーンもニィッと笑って承諾し、ムサいおっさん同士のボードゲーム対決が始まった。
「頑張れのっぽのおっさん!」
「ちっこいおっさんも頑張れ!」
 勝負は白熱し、おっさんら当人よりも周りで見守る信者たちの方が、手に汗握って応援している始末だ。
「あとはそうじゃな……江戸時代の小判とかどうかのう?」
 古い物への拒否反応が薄れてきたのを見計らって、カヘルは懐から鈍く光る板を取り出し、これみよがしに見せびらかした。
「コレ一枚だけで価値は数十万から数百万じゃ」
「嘘ォオ!!?」
 信者たちが絶叫するのも無理はない。
「新しいモノではこれほどの高級なモノはなかなか無いじゃろう?」
 骨董品の価値は最先端製品の定価よりも上回る——カヘルの演説には説得力がある。
「ホレホレ……この小判は札束数百枚分じゃぞう?」
 何より、実際に本物の小判で信者の頬をぺちぺちはたく絵面は、インパクト抜群だ。
「最先端には無い高価なコレが欲しいなんて者はおらんのかのう? んー?」
 嫌味を言ってせせら笑うカヘルに対して、信者らは金銭欲と教義との狭間で葛藤し、頭を抱える。
「うぐぐ……あの小判さえあれば、最先端の機器や衣類が買い放題……」
「しかし、あの小判の価値を認めるのは、教義への背信行為、どうすれば……!」
 苦悩する信者らを眺めて、カヘルは内心ほくそ笑んだ。
(「欲しいかどうかは訊くがあげるとは言っておらんのう」)


 他方。
「新しい物がそんなにいいのかしらねぇ……私なんて今の時代のものはさっぱりだわ」
 朱桜院・梢子(葉桜・e56552)は首を傾げたが、あながち教義を否定する為の演技だけでなく、スマホどころか携帯すら持っていない彼女の本音だったりする。
 今時珍しい三十——もとい若者である。
「ぶぇーくしょっ!」
 ちなみに現在、彼女は花粉症に悩まされているようで、盛大なくしゃみは残念ながらおっさん臭かったが。
「はぁ……ほら、このはいからな装いをご覧になって!」
 ともあれ、着物に袴とブーツを合わせたモダンルックをアピールすべく、くるりとターンしてみせる梢子。
「どう、ぐっとこない? へぷしゅっ!」
 いかにも最先端流行主義へ対抗すべく、日本の伝統的な衣装を誂えてきたように思えるが、実はそんな事もなく、梢子の普段着であるらしい。
「今の時代、着物すら普段着に着る人は少ないからねぇ……へくしっへっくし……! 下手に最先端の洋服着てるよりも断然目立って注目の的よ?」
 現に、桜色の着物と臙脂色の袴が、若々しい梢子をより華やかに見せている。
「外国の方なんて着物が珍しいみたいで、観光地なんていったら間違いなく写真撮らせてくれ、ってねだられるわね。着物貸してくれるところもあるし……はぷしっ!」
「なるほど、確かに流行を追わなくても着物なら目立てる……!」
「あれか、いつまで経っても流行に乗っていられるのか」
 信者たちは、梢子の演説に心を揺さぶられたらしく、ビルシャナに聞こえないようブツブツ呟いている。
「それに着物って元が平面の布だから、体型や身長に合わせた仕立て直しも容易だし、好みや時代に合わせて色を染め直すこともできるの」
「へぇ。それ良いな!」
 終いには、梢子のリメイク術を聞いて、膝を打って喜ぶ者まで出る始末。
「へぷしゃ……うー……着られなくなれば布から小物を作ることもできるわ」
 ティッシュ箱とゴミ箱を抱えている葉介に助けられ、しきりに鼻をかんでいる梢子だが、
「最先端の洋服は……次が出ればもう着られないじゃない?」
「そうだなぁ、着物の方が経済的かも」
「流行り廃りに囚われず人気があるって最強ね……!」
 いかに花粉症へ気力体力を奪われていようとも、念入りに準備してきた演説の内容は、見事、信者たちへ大きな影響を与えた。
「……俺、薄っぺらい流行追うのはやめる!」
「俺もボドゲやりたくなったし、流行に乗るよりただのゲームオタクに戻るかな」
「私も上質な着物を着る事にするわ」
「もっと心底好きになれて、胸を張って語れる趣味を探すよ!」
 ケルベロスたちの努力が実を結んで、信者たちは皆無事に正気に戻ってくれた。
 すかさず彼らへ外に出るよう促すのはガイバーン。
「ま、待て! 裏切り者どもめ、どこへ行くのだ!」
 孤立したビルシャナが見苦しく喚き散らすも、元一般人の配下を1人も持たぬ奴など、熟練のケルベロスたちの敵ではない。
「ターゲット」
 地獄の炎で形作られた獣を1頭、ビルシャナへけしかけるのは豊。
「昔ながらのモノも良いモノがあると! この鳥には体で直に教えてやらんとのう?」
 カヘルが卓越した技量による一撃を見舞う。
「この体調悪い時によくもまあ出動させてくれたわねぇ!」
 ——ドカン!!
 皆による集中攻撃の末、ビルシャナへ引導を渡したのは、梢子が八つ当たり気味に繰り出したサイコフォースの爆発であった。
「久しぶりに遊んでみたくなったなぁ。今月配信の復刻ソフトでもダウンロードするか」
 豊は、果たして最新ゲームハードを楽しむのかそれともアンティークレベルに昔のソフトを楽しむのか、判断つかない事をわざと言って笑った。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月11日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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