薄昏に燈火

作者:皆川皐月

 冬の陽が落ちるのは早く、透き通る夜は美しい反面少し寂しい。
 真冬へ向けて日毎増す寒さに比例し増えるのは、消費電気量。それを少しでも下げよう、ほんの一時環境への配慮をと願われ、電気を落とし蝋燭に火を灯す夜がある。
 “キャンドルナイト”。
 燈火と共に過ごす夜、は灯した蝋燭を囲む一時の団欒や憩いとしても最近話題となっているもの。淡い灯りの中だからこそ語れる言葉に、見える表情。小さくとも煌々と灯った火を見て考えることや気付けることを見つけるのも、この夜の醍醐味だ。
 そんな憩いの夜を体験するイベントが今冬初めて開催されたのは都内の広場。所謂“ビジネス街”、と呼ばれるこの一角はいつもなら夜遅くまでビルに電気が燈っている。
 しかし今日だけは特別。
 小さな燈火と共に広場に並ぶ近隣店舗が運営するあつあつの屋台グルメを楽しむも良し、配布されるカイロとブランケットを手に設置された薪火ストーブ周りでゆっくりと本を読むも良し。
 キリキリ時間に追われる夜から抜けだし、思い思い皆々静かな夜を過ごす日――の、はずであったのに。
『アハ。アハ。ハハハハッハハハ!!!!!殺セ。殺セ殺セ殺セ殺セ!!!』
『全テはドラゴンサマがため!!!』
『怯エヨ逃ゲヨ惑ウガイイ。醜ク這エよ、ニンゲン!!』
 牙が降って、3分。
 人の息遣いも燈火も、何も残ってはいなかった。
 この場を満たすのは噎せ返るような血の匂いと既に事切れた命達。空しく骸の頬滑る涙が、夜の星を映し―――……悍ましい高笑いだけが、高層ビルの間を抜ける。

●燈火集い
「早く上がって良い夜、ですか……!?」
「はい。この夜だけ、キャンドルナイト企画で電気を消すエコデーというもので……」
 驚いた様子で目を見張った幸・公明(廃鐵・e20260)に、膝にハコさんを乗せたままキャンドルナイトの説明をする漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)の指がチラシをなぞった。
 と、丁度集まった面子をドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)の紅茶が迎えた所で、潤がいつものファイルを開く。
「お集まり下さりありがとうございます、それでは説明をはじめましょう」
 資料を――と潤が伸ばした手は空を掴む。きょとんと首傾げた時には、柔らかく微笑んだ公明が配り終えた後。日々の賜物と言うべきか条件反射と呼ぶべきか。仕事人である公明は気を聞かせてくれたのだ。
 ハッとした潤と控えめな公明によるぺこぺこお礼合戦が終わった後、咳払い一つで仕切り直して。
「幸さんが危惧された通り、都内オフィス街一角へ竜牙兵の襲撃が予知されました」
 現場への急行、接敵次第即戦闘への移行をという旨が伝えられる。
 現場は都内オフィス街の広場。
 キャンドルナイトというイベントのため周辺ビル内にほぼ人はおらず、人々は広場に出店した近隣飲食店等が集まるこの場所に集中しているという。
 綺麗なタイル張りの広場に障害物は無く、暗さは周囲の屋台とキャンドルの明かりで十分に解決できると潤は言う。
「避難は警察と警備員に任せるのが最適解、ということでしょうか」
「はい、仰る通りです。竜牙兵は三体、全員が炎のようなバトルオーラを纏っています」
 資料に目を落とした公明の言葉に頷いた潤が説明を足せば、ペンの走る音。
 全ての牙が中心へ落下するため降下後は広場の中心を目指してください――、という言葉で締めくくられた。
 一通りの説明が済んだところで深呼吸。
 ファイルを漁った潤が取り出したのは、先程見ていたキャンドルナイトのチラシ。
「無事全てが済みましたら、是非キャンドルナイトで羽を伸ばしてください」
「……はい!ありがとうございます」
 ぴょんと潤の膝から飛び降りたハコさんと共に、公明の足がヘリオンへ向く。


参加者
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
燈・シズネ(耿々・e01386)
スプーキー・ドリズル(レインドロップ・e01608)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
幸・公明(廃鐵・e20260)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)

■リプレイ

●風の声
 びゅうっ、と頬切るような寒風。
 ビルの間から吹く時折強い風に真柴・隼(アッパーチューン・e01296)はコートの襟に顔を埋め、咄嗟に両手をポケットに入れたまま身を固くしながらも、相棒のテレビウム 地デジと一緒に石畳に並ぶキャンドルを飛び越える。
「ウワ寒っ!地デジ、風邪ひかないようにちゃんとマフラー巻いてな」
「今夜も冷えますね。たしか、年末年始は寒波が到来すると――」
 ニュースで聞きました、と話す幸・公明(廃鐵・e20260)は一見周囲のサラリーマンを遜色ない見た目ではあるものの、抱えたミミックのハコさんの存在が彼はケルベロスだと周囲に知らしめた。
 と、ヒインと響いた空気裂く音。どうと割った石畳散らす音。そして落下から一拍の間を置き展開した牙が人に近い形へ組み上がったと思えば、ソレが叫ぶ。
『アハ。アハ。ハハハハッハハハ!!!!!殺セ。殺セ殺セ殺セ殺セ!!!』
『全テはドラゴンサマがため!!!』
『怯エヨ逃ゲヨ惑ウガイイ。醜ク這エよ、ニンゲン!!』
 顎の骨をカラカラ揺らし笑う姿に顔を顰めたのは紗神・炯介(白き獣・e09948)だ。白い溜息を零し、不快さを隠す事無くぽつりと。
「ああ…、どうして竜牙兵はこうも、下品で、――美しくない」
「この街の火を、命の燈火を消させるわけにはいかない。ぜったい、させない」
 冬の星より透き通った瞳は爛々と。姿勢低く構えた燈・シズネ(耿々・e01386)が呼吸揃えた時、視界掠めたのは抜けるような空色。
「そうですネ……今宵の風情に、騒ぎは無粋デス」
 穏やかな髪色に反す鋼の瞳で瞬き一つ。エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が自身―前衛―の足下に細いチェーンで盾の方陣を描き出せば、エトヴァの横を最小の駆動音で駆け抜けたのはスプーキー・ドリズル(レインドロップ・e01608)。
 夜より黒ブーツを振り上げ冷たい目で、朗らかに言う。
「……君達の相手は僕らが務めよう。お互いに仕事納めといこうじゃないか」
 ドン、とビル間を反響した落星音が呆気に取られた竜牙の肩を砕く。
 破砕音は幕開けだ。騒めきながらも警備員の手で避難させられて行く人々を横目に、炯介の視線は肩砕かれ呻く竜牙兵を追う。かちりと音立てたガントレット 蒼炎に血管の如く張り巡らされた青白い地獄がとくりと息衝くのに合わせ、振り抜く。
『ア゛、アァァアアアアッッ!!』
「それは、今夜に合わないからやめてもらおうか」
 ぱりんと割れたのは空気だったはず。
 降魔の手甲が炯介の達人域の呼気に合わせて放った重力震動波が三体立ち並ぶ竜牙兵の身を鋭く打ち据えた。
『ガッ』
『ウ゛ッ……!』
『小癪ナ!』
 悲鳴を上げた者達の手は震えが治まらない。
 直接殴られたのではなく、グラビティチェインを通し殴りつけられたがゆえ残る、淡く乱れた平衡感覚に視覚聴覚感覚器官のズレが精神的な圧力として骨の身を揺らすのだ。
 しかし元より退路の無い己らに退く選択肢などないのだから。
『殺セェェェエエエッッ!!』
「ふうん……こんな日にわざわざ出張仕事とか、ドラゴン界隈は随分とブラックなんだな」
 竜牙兵の耳をうつ現代的な言葉。
 なにを、と反論しようとした時には三体纏めて九重の尾に頭蓋を殴りつけられていた。
 小首傾げて囁いた当のナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)と言えば特段気にした風もなく、手中の九尾扇 黒揚羽を揮えば微かな鱗粉が舞い散って。
『ッ、ッ……!』
『オ゛ノレェ……』
「そういえば日本では寿命を蝋燭に見立てるのだっけ」
 憐みの次に竜牙兵へ向けられたのは問いかけだった。
 薄暗いこの場でも美しさ感じる紅玉の瞳を瞬かせたルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)が、僅かに嘲笑を含みながら蹴り上げた石畳が乾いた音を立て。
「さて――この煩い竜牙兵の寿命は如何程、かなぁ?」
『ア゛』
 流星携えたルーチェの鋭い一蹴が、肩は砕け手足は震え氷に塗れた哀れな牙一つを圧し折った。
「地ーデジっ、伏せて!」
 間髪入れず下段から掬い上げるように殴りつけられた竜牙兵が見たのは閃光。
 地デジの小さな背の向こう、射線ずらさぬように腰を落とした隼のバスターライフルが放ったビームが竜牙兵の頭蓋を掠め、空洞に等しい左眼孔を破壊する。
『小僧ッッ!キサマヲ――!!』
 並ぶ歯列を食いしばり、忌々しいと言わんばかりに隼へ吼えようとした時だった。隼の背、もう一つの銃口が己の額に向けられていると悟ったのは――。
「どうぞ、最後まで仰っていただいても良かったのですが……もう仕事納めですから」
 早々にお引き取り下さいと笑った公明の目は、折角の早上がりを潰した竜牙兵への怒りに燃えていたけれど、狙い正しく機械のように公明の撃ったグラビティ中和弾が目の欠けた竜牙兵額を貫き、燃え盛っていたバトルオーラの火力ごと弱めてみせた。
 しかしそれでも竜牙兵は踏み止まる。
 そして仰け反った体を戻し飛び出し命喰らわんとした――、が。
 起き上がった視界で待っていたのは黄金だった。
 目の眩むほど。無意識に唾滴るほどの黄金。人為らざる者の命を惑わす――偽物の香り。
 柔らかな身に宝石のような牙生やしたハコさんの生み出した黄金は、死のように芳醇な甘い香りで竜牙兵の精神を貪り喰らう。
 静かに戦況を見ていたシズネが、駆けた。
 乱戦等しい中求める最適は全員共通各個撃破の早期仕事納め。何しろ仕事納めの今日は待ち合わせをしているのだから、寒い中大切な人を一分一秒でも待たせたくないのが人の性である。
 黄金に惑う竜牙兵の超至近距離へ踏み込んで。
「その牙、折らせてもらうぜ」
『――、』
 空気さえ切る電光石火のシズネの旋脚は声すら斬った。
 弾け飛び散る頸椎の骨。飛んだ頭蓋は瞬く間に灰へと帰し、鈍い音立て倒れた体もまた追うように霞と消えて。
 残るは煌々と燃える燈火一つ。

●吹き消して
 三体だった竜牙兵が決して弱かったわけではない。
 しかし、呼吸するように足並み揃える番犬は猟犬に等しく一つ逃れた所で二つ三つと波のように追い立て縋るのだ。
 控えめながらもドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)の散らすメタリックバーストが徐々に攻撃の制度を上げ、吼え暴れた所で公明を中心にエトヴァとルーチェが補うように展開する輝きの盾が跡形もなく傷を癒す。
 元より弱きを蹂躙することに特化していた竜牙兵は守りを固める術を持たず、一人になってしまえばそれはひどく浮き彫りになった。畳み掛ける八つの牙は恐ろしく、一つの箱と機械小人さえ今の己では相手が出来ない。まして多少の傷癒えなど焼け石に水どころか無駄な悪手に感じるほど、切羽詰まっていた。
 だが、隼は逃がさない。踏み込んでフルスイングするのは風切り音が咆哮に似た竜槌一本。追加は地デジの眩いフラッシュ。
「あ~駄目駄目、定時だからって帰らせないよ。おたくらは今晩ここで全員クビだ」
『フザケルナッ、死ネェ!!』
「ああ、丁度いいところに……ついてきてもらうよ 恨み言ならあの世で聞こう」
 ひらりと捲れた炯介の皮下に蒼き地獄の顔。
 悍ましいほど美しい紋様が視認出来た時には、竜牙兵の片腕はいのちを吸い喰われ砂塵と散っていた。
 あの世など竜牙兵は知らない。還るべきは彼の偉大なる龍の、その膝元。
 ゆえに、もがく。
『オノレッ……オノレオノレオノレッ、犬どもメ!!!!』
「それは褒め言葉かい?」
 身を翻した足をスプーキーが二拍前に放った跳弾が掠めた。
 だが、未だ。
「ようこそ。深潭へ堕ちてお出で……」
『ハ、』
 被ったのはルーチェの、伸びた影。
 より暗くなった竜牙兵の視界貫いた鋼の明星。掻くように裂かれた三日月に似た裂傷。散った骨集めて織り成された一本のナイフが返す様に身に突き立てられて。
「Sei pronto……?」
『オオオォォオオッ、フザケルナ!!』
 感慨も無く微笑んだルーチェに竜牙兵は叫び走る。
 なりふり構わず腕を振り回し、目の前の青目掛けて拳を揮う。
「俺で済むのナラ、構いまセン……ですガ、」
「エトヴァ、」
 竜牙兵はそう、立ち塞がったエトヴァを殴りつけたはずだった。白い頬に滴る赤が拳を現実だったと告げている。本当は、そう本当はそうしてこの男を、エトヴァを殴り飛ばした後に避難した人々へ向けこの炎の気功を撃ち殺すはずだったのに。
『、ァ……?』
 吹けば飛ぶと踏んだ細身のエトヴァは竜牙兵の想定以上に頑丈で、彼の影から覗いた友人ナザクの声は心配気ながら冷たい視線で竜牙兵を見ていて。
 竜牙兵の中身の無い腹が、ずくりと痛む。
 ひゅうと器官の無い喉を空気が抜けた。
 かりから音を立てて落ちた肋骨に襤褸布。エトヴァの手中で煌々と光る光の剣。ナザクが抜き打つように刻んだ弧月の一太刀。傷口から竜牙兵の身を蝕む悪霊の、毒々しい声が囁く。
 おぉしまいだぁよぉ。
『、ォァアアアアアアア!!!オノレッオノレオノレなるものか!ナルモノか!!』
「ええ、ですがそういう訳にはいかないんです」
「じゃあな」
 弱く乱れた燈火を消すには、公明の銃声とシズネの剣閃で事足りた。
 散り散りゆく白骨を蜂の羽音が淡掠め。

●柔らかな明かりをもう一度
 割れた石畳を極力元通りになるように組んでヒール。
 そっと綺麗な石片を口にしまおうとしたハコさんには、公明が綺麗な柄入り蝋燭との交換で手を打った貰った箇所を直せば全部お終い。
 お疲れ様と笑いあって、それぞれ足を向けたのは待ち合わせ場所や空いた椅子。

 エトヴァとナザクを待っていたのは、ジェミ。二人の姿を見ればパッと手を振って。
「お疲れ様、エトヴァ、ナザクさん」
「ジェミ、お待たせ致しまシタ」
「ありがとう、ジェミ」
 と、微笑んだのも束の間。笑顔のままジェミは二人の手を掴むとチーズが目印の北欧カフェ屋台へ一直線。
「チーズ山盛りでお願いします!」
「はぁい!エベレスト一枚!」
 エベレストって何ですカとエトヴァが口を挟む暇も無く、大紙皿一杯の蒸し野菜へ左右から注がれる。エベレストっていうか寧ろナイアガラ、なんて突っ込むのは野暮なのだ。王道の人参、じゃが芋、しめじにブロッコリーにベーコンは勿論、冬限定の南瓜と焼き大根が入った賑やかな蒸し野菜にたっぷりラクレットは見ているだけで喉が鳴る。
 と、よく見れば隣の出店はホットサンドの店。
 エトヴァが選んだのはアボガドにハムにサルサソースと、チェダーとモツァレラのチーズ二種。
「エトヴァ、それ……!」
「ハイ、もちろん皆で分けっこデス。すみまセン、三つに切って頂くことハ……」
 プラスでマフィン三個かピタ三枚に出来ますよ!の声にエトヴァは二つ返事で頷いた。一方、ナザクは円らな瞳のインド人が凄く手招きしてくるカレーパン屋に釘付け。
 揚げたてと本場の字が心を擽るのだ。聞き耳を立てれば大盛りラクレットは三人で分けるという。が、カレーパンはどうだ。脳内で三分割したら生まれたのは火傷しそうな真ん中の人と損したような両端二人。いやいやと頭を振ったナザクだが、スッとインド人が掲げたプラカードに刮目する。
 “サンコ センエン”。買いだなと心の中で声がした時には、ナザクの財布からお札が一枚旅立った。
 乾杯のサングリアはジュース一杯とアルコールが二杯。
 カップの中で踊る和果実の芳醇さが三人の食用を引き立てる。
 寒い中揺れる蝋燭の火は街の明かりのように。
 合流したルーチェとネーロがほうっと白い吐息を零したのは同時であった。
「何だかこういう灯りを見ているとカナル・グランデの夜景を思い出すねぇ」
「あー、なんか既視感があると思ったら。確かにそうだね」
 まるで鏡写しの様ながら、ルーチェは香り深い珈琲を傾けネーロは心落ち着く紅茶で両手を温める。
「年末年始は僕らの小さな星を連れて故郷に戻ろうか、ネーロ?」
「年末年始か。もう今年が終わっちゃうんだね。うん、折角戻るなら可愛い星を連れて……」
 いろんな思い出を巡りたいね、とネーロが瞳を細めればルーチェもまた楽し気に目を細めて笑い合う。
 と、そっと身を寄せたネーロがルーチェの脇腹を突き。
「……ねえルーチェ、買ったやつ、ちょっとずつ分けて?」
「ふふ、いいよ分け合おう。ネーロのお腹、僕について来られるかな?」
 片割れの幸せはまた片割れの幸せである。
 無意識に揃う足並みが目指すのは一番端の店舗から。
 ホットサングリアで上気した頬が熱く、寒さを忘れてしまう程。
「……!らうる、これ美味い」
「良かった。あ、シズネほっぺに付いてるよ」
 ラウルお勧めのホットサンドは半熟卵にアボガドとチーズ絡みあう一品。噛り付いてすぐ目を輝かせたシズネに、ラウルも続くように一口齧って美味しいねと頷き合う。
 穏やかでとても幸福な時間というのは、こうして当たり前の顔で転がっていて、また一つ知った“同じ”に笑いあう。
 指摘された頬拭いながらシズネがそんなことを考えていた時だった。ふと、唇動かしたラウルがぽつりと。
「……なんだか、今日のシズネ格好良いね」
「おいおい、オレは毎日かっこいいだろ?」
 ニッとシズネが笑ってやれば、ハッと目を見開いたラウルもまた赤い頬でニッと笑って。
「確かに毎日格好良いけど、今の君は可愛いよ」
 はいはい、と笑いあう軽口さえスパイス。
 定時上がりのシレンが到着した時、丁度スプーキーが入り口へ向かう途中であった。
 仕事お疲れ様、とお互いを労わりあいながら買ったのはホットサングリアと赤ワイン。
「……僕、この和果実入りが気になってたんだ。これは柿、かな?」
「梨も入ってるみたいでしたよ、あと蜜柑も」
 添えられた串で果物を食みながら、スプーキーはシレンの言葉に頷いた。他には林檎と金柑の甘煮に巨峰も入っているらしく、蕩ける様な甘さが心地良い。気分良い足取りでスプーキーが空いた椅子を探した時だった。隣のシレンの足がぴたりと止まる。
「シレン?」
「あの……少し屋台を見て回っても?」
 勿論、と頷いて一回り終わる頃には手一杯。良い肴が揃った所で席に着いて一息、机上の台に行燈帽子を被せた蝋燭を置けば語り合うには十分な程。
 脈絡なく穏やかな話をいくつも重ねて語り合って、来年もどうかと笑い合えることを幸福と呼ぶ。
 薄明りに艶やかな白金が、一人。
「お疲れ様」
「お疲れ」
 いつもと変わらず無愛敬なジョゼ。でも、この寒い中待っていてくれたことが愛おしい、なんて言葉を隼は飲み込んで。
「JD1年目の生活には慣れたかい」
「……集団生活にはまだ慣れないけど、早起きには随分と慣れた、かな」
 歩きながら訪ね合う近況。ジョゼのどこか楽し気な様子に頬緩めた隼だったが、尋ね返された己の近況を述べれば、直ぐにジョゼの眉が顰められた。
 ジョゼとて分かってはいる、けれど。――本当は、隼が一緒ならそれでいいのに。
「……働き過ぎじゃない?」
 と、彼女らしい言葉が聞こえたのは薪ストーブ前で屋台飯を楽しみ終わった暫くまで。
 舟漕ぐ恋人に肩を貸した隼は幸福を噛み締めていた。マフラーをジョゼにとぴょこぴょこ跳ねた地デジを反対側に、三人並んだベンチはどうしてこうも満たされるのか。
 ふと肩の愛しい重みが軽くなる。見れば、目元を擦ったジョゼがぽつり。
「ね、寝てないし」
「そ。ほら、俺寒いからもっと寄らない?」
 寄って寄せて温もりと共に。
 “はやと”と小さく甘えた囁きへの答えは、爆ぜた薪火が隠してく。
 俊が炯介を見つけるのは慣れたもの。
 燈火を柔く変える和紙帽子被せた蝋燭を手に歩幅の同じ足取りで二人は歩く。
「こうしてると3年前を思い出すね――ほら、ヘンテコなダモクレスの事件。覚えてる?」
「3年前?ああ、あれね……」
 道のように並ぶ蝋燭の間を歩きながら炯介が呟けば、瞳瞬かせた俊が少しげんなりする。一昨年のクリスマスに起きたカップルのみを狙うダモクレス事件。その折、二人は囮として恋人を装ったのだ。
 俊にとって、思い出すとほんの少し恥ずかしくて僅かに苦いあの日のこと。無意識に、寒さで赤い指が唇を撫でた時だった。
「綺麗なもは、綺麗だと解る。でもそれだけだった……けど、今は――」
 ふ、と炯介の足が止まり手を引かれる。
「……今は?」
 俊の問いに、ほんの少し瞳を伏せて炯介は頷いた。そうして一歩、近付いて。
 いくつもの小さな灯りがあんまり目に沁みるから。燈る光に照らされた俊の指先が、彼女の唇を撫でたから。見つめるほど温かな茶の瞳は炯介の心を捉えるには十分。
 重なった唇と無意識に甘い視線が全ての答え。
「――内緒」
 炯介はずるい大人だから。
 音にせずとも、愛し君へ伝わるように。
 ストーブ前は特等席。仕事も収めた男が座るに値する席である。
「……ああ、目に優しい」
 瞳を閉じてしみじみ和紙越しの小さな灯りを楽しむ公明が息をつく。
 機械の身の上ながらこの疲労感に嘘はない。自身がぽんこつだからか、なんて望洋と暗い思いは奥に押し込めて、誰も彼もが穏やかに過ごす中が酷く心地良いと、肩を下ろした。
 肉の無い身だ。
 だがこの手の明かりは公明が此処に居る事を良しとしている――、ように見えて。
「……ところでハコさん、あの、そろそろ重いんですが」
 返ってきたのはさくさくの咀嚼音。
 変わらない日常に、公明の困り笑顔も変わらずあった。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 4
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