マリーゴールドの娘

作者:件夏生

●失意に咲く
 木枯らしに乗って飛ぶ物は土埃ばかりではない。
 風の気まぐれで公園にたどり着いた花粉様の粉末が、鮮やかな橙のマリーゴールドに取りついた。それは攻性植物の発生源だ。
 固く乾いた花壇の土からもごもごと這い出し、巨大化するマリーゴールドに哀れな被害者の女性は気付かぬ様子だ。
 無理もない。公園に一人立ち尽くし、化粧が崩れるのも忘れてなりふり構わず泣いていたのだから。鼻が詰まってマリーゴールド独特の匂いも感じなかった。
「君に捨てられたら、私……もう、生きてたって仕方ないじゃない!」
 応じるように、びっしりと咲いた花が女性を包んだ。

●こっちこっち
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)がケルベロスの面々をヘリオンの中に招く。
「神奈川県の公園で攻性植物の発生が予知されました。今回は花壇のマリーゴールド一株に何らかの胞子が付いたみたいです。襲われて宿主にされるのは、一人ぼっちで公園で泣いている女の人ですよ。みんなが到着する頃にはもう取り込まれているはず……。ケルベロスのみんなに、この攻性植物を倒して欲しいんです」
 ねむが白い紙に簡単な見取り図を描く。
「住宅街の中にある遊具すらない小さな公園です。あるのはベンチと街灯だけ。八人が戦える程度の広さはあるから心配ありません」
 そこに可愛らしい花の絵が加わる。
「攻性植物は一体だけです。女の人は一体化するまで取り込まれていて、普通に攻撃したら死んじゃうから注意! 攻性植物にヒールをかけながら戦えば、倒した後に女の人を救出できるかもしれないけれど……長い戦いになるかもしれません」
 ヘリオライダーは悲し気にケルベロス達を見上げる。
「生きていてもしょうがない、って被害者の女の人は言っていたけれど、ねむは本心だと思えません。みんなは失恋した事ありますか? それでも、生きていて良かったって思いますか?」


参加者
朝倉・ほのか(フォーリングレイン・e01107)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
水無月・一華(華冽・e11665)
暁・万里(アイロニカルローズ・e15680)
歌枕・めろ(アニュスデイ・e28166)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)

■リプレイ

●木枯らしに抗い
 朝倉・ほのか(フォーリングレイン・e01107)の黒髪が風に広がり、夕日を弾いて輝いた。悲しみにくれる女性の心中を思えば胸が痛む。だが同情も労りも今は無用だ。彼女を利用する攻性植物を倒し、願いを伝えるために今は心を殺そう。
 ゆっくりと一度瞬けば、紅の瞳は気弱な少女の物から戦士のそれへと変わる。
「戦いを始めます」
 静かながら強い意志を秘めた朝倉の宣言の後に、ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)が全員を見回して頷く。
「負けることはないと思っているが、長丁場になる。気を抜くな」
 構えは柔軟に、しかし狩ると決めたら獣のしなやかさでゼノアがざわめく茎の中に飛び込む。闘気を拳に纏わせて迫るゼノアに朝倉が続く。
「合わせます」
「やり過ぎるなよ」
 鬼咬掌が攻性植物の繊維に沿って叩き込まれ、主要な茎の一つを潰す。
 いくつかの花と葉がぶるぶると震えている所を、朝倉の一陣の穂先が捉えて完全に切り落とす。茎の裂け目から稲光が伝い、他の茎にも痺れが走った。
「……っ! ヒール入れるよ!」
 神速の連携に瞬く暇もない暁・万里(アイロニカルローズ・e15680)が慎重に杖を使う。茎の断面に適切なショックを与えて傷を塞ぎ、一体となっている女性の命を繋ぐ。
 びっしりと生えた葉の向こうに、僅かに見えた女性の腕が力なく伸びていると胸がざわつく。
「少し痛いけれど、お許し下さい……」
 女性の身を案じる気持ちは皆同じだ。水無月・一華(華冽・e11665)も例外ではない。
 夕日に照らされる橙の花より眩い蹴りの一撃で巨大な花を散らす。暁の治療を信じて放つ攻撃は、女性を傷つけぬよう細心の注意を払うからこそ緻密で無駄が無く、着地の際に揺れる裾すら上品に翻る。
 敵は倒す。女性は助ける。その上更なる犠牲者を出さない為に羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)は一度殺気を漲らせ、公園全体に人払いを施した。ふう、と息を吐いて緊張感に満ちた場に華やかな声を響かせる。
「背中は任せてよ! 頑張ってメディメディします……なんちゃって♪」
 その声にある者は肩の力を抜き、ある者は小さく微笑んだ。振り返らずとも彼女の笑顔のエールが目に浮かぶ。
 羽丘の支援は言葉だけではない。ふわりと花の香と共に噴き出たエクトプラズムが疑似の表皮として最前線に立つ者たちを覆う。予想されている攻性植物の妨害から守るためだ。
 ディフェンダーを任されたシャーマンズゴーストのまんごうちゃんにとっても心強いだろう。心なしかきりりとした眼差しで攻性植物を爪で引っかく。
 ミミックのタカラバコが暴れる根に食らいつく間に、火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)のSanctusが渦巻くキャンディめいた魔法陣を描き終える。長い戦いに備え、発する魔法が味方の守りを固めた。
 仲間たちの力が体を包むのを感じ、歌枕・めろ(アニュスデイ・e28166)はゆるりと瞼を開き、金糸雀の夢想曲を歌う。
「これは愚かな鳥が見た夢、いつか忘れられる物語……」
 甘い歌は戦場にも、寂しい公園にも似つかわしくない。当たり前だ。これは恋歌。儚く消えるひと時の愛の歌だ。捕らわれた女性にも届いただろうか。攻性植物の動きが鈍る。
 歌を妨げずに放たれる、ボクスドラゴンのパンドラのブレスは潮のさざめきだ。密生する葉の一部がへし折れて萎れていく。
「花言葉は『失意』と『絶望』と……。ああ、お嬢さん、貴女にそんな言葉は似合いません。怪盗ステラ、今宵盗み出すのは失意に沈んだ乙女……!」
 恋歌の終わりを告げるのは流星の輝きだ。ステラ・フラグメント(天の光・e44779)は怪盗の装いで敵を翻弄する。
 上空から振り下ろす踵から、間髪入れずに蕾を蹴って攻性植物の上を飛び越し、回し蹴って茎を一つ刈り取る。
 怪盗の背中にちゃっかりしがみついていたウイングキャットのノッテが尾を振って、ノッテに気を取られた花々を輝く輪で括る。

 一息に倒してはならない敵を相手にケルベロス達は慎重を期した。
 次々に敵に妨害を畳みかけていけば冷静に状況を確認する隙も声を掛け合うタイミングもできる。攻撃手どうしで調節し、女性を死なせてしまわぬよう自己回復する時間を作る。敵から絡みつく新芽や刺激臭のする毒も受けるが、ケルベロス達はよく連携して回復を回し合った。じれったく時の過ぎる戦況を、忍耐強くコントロールしていく。

 地上部の花や葉の動きがびたりと止まった。何かがねじくれるような異音がミシミシギシギシと足元から響く。
 ゼノアが叫ぶ。
「……下だ!」
 間一髪、身軽に大きく飛び退るゼノアの尾を追いすがり、先ほどまで立っていた場所から細かい根がずるずると持ち上がる。
「きゃ……!」
「く……ぅっ!?」
 暁と火倶利が、攻性植物と一体化し生きる流砂と化した地面の渦中に残ったままだ。
 そこへ飛び出したまんごうちゃんが、近くの暁に手を伸ばして引き上げる。引き換えに半身を飲み込まれかけるが、どうにか消滅を免れて這い出してきた。
 残る火倶利がもがくが、盛り上がった土に肩まで飲まれかける。考えるよりも先にゼノアが動く。
「図に乗るな……。俺から仲間を奪えると思ったか!」
 底冷えするような咆哮で一喝する。周囲の空気を震わせる殺気に、じわじわと攻性植物の根が退いていった。歩み寄ったゼノアが火倶利を助け起こし、翼の泥を払う。
「……お前が直撃を喰らったら致命傷になる。回復を重視し、続けられるか」
 冷静な響きの中に優しさが滲む。少しふらついていた火倶利は、大きく頷いて顔を上げる。
「できるよ! みんなも、タカラバコちゃんもいるもん」
「では、共に」
 抉れた地面に駆け寄り、傍らから肩を支えるのは朝倉だった。温かな掌に自然と頬が緩んでしまう。
 火倶利は四つの翼を広げ、一枚ずつ取った羽根にグラビティを籠める。その間に朝倉が攻性植物を見つめた。畏れを凝集した紅の魔眼に睨まれた者はじわりと動きを止める。
「動かないで、拘束します」
「届け、届け、音にも聞け。癒せ、癒せ、目にも見よ」
 羽根は四つの矢に形を変え、グラビティから成る弓から放たれる。四翼の祝福は確かに捕らわれた女性へと届き、彼女の周辺の植物ごと癒す。
 彼女たちの背面で暁はまんごうちゃんの傷を治療し、周辺に魅惑的な幻影を付与する。
(「俺を助けたって、生きていても……」)
 浮かんだ言葉は飲み込み慣れている。代わりに暁は猫のように口角を上げた。
「ありがとう」
 その横を水無月が駆け抜ける。再び地中に根を広げる攻性植物へと耳をピンと立たせて迷いなく抜刀する。
「させません」
 上段から振り下ろされる一撃は、宵闇に染まる空の下で街灯に照らされ、三日月の残像を見る者の瞼の裏に残す。
 狙い過たず急所を立つ剣筋は、見事に女性を避けて太い根を深々と切り開いた。繋がりを絶たれた末端の根がぐずぐずと萎びる。
 攻性植物の動きをじっと見ていた羽丘が告げる。
「まだ余裕がありそうなの。先にめろちゃんを助けていいかな?」
「ああ、こっちで合わせる。できるね、ノッテ」
 ステラが飛ぶノッテの頭を軽く撫でて応じる。羽丘は片目を瞑ると、指先まで気を配って腕を振り、マジシャンめいた所作でオーラを歌枕へと届けた。
「めろが自分で治しても良かった、けど。それなら遠慮なく……」
 数分の戦いで負傷を蓄積していた歌枕は、オーラを馴染ませるように胸元に手をやった。
 攻性植物の前にサーヴァント達が立ちはだかっている。爪で葉を掻いているまんごうちゃんと、飴型の槌で花を叩いているタカラバコだ。
 歌枕もその攻撃に続き、両手を上にかざして槍を放つ。
「逃がさない」
 槍は一際大きな花を散らし、電流に花弁のひとひらひとひらが輝いて燃えた。パンドラも箱に収まって渦中に飛び込み、苦しみのたうつ茎へと体当たりで応戦して歌枕の腕の中に戻ってくる。
 捕らわれていた女性はほぼ露わになり、攻性植物はもう一枝しか残っていない。それでも敵は、特徴的な葉を鋭く牙のように立ててステラを喰らおうと一息に葉を伸ばした。
 鈍い音と共にフリルが風に飛ぶ。割り込んだタカラバコが、敵の捕食形態の顎に挟まり耐えてみせた。
「すまない! だがこれで……!」
 この好機を逃がす男ではない。邪気を払いながら飛ぶノッテと共に、ステラが颯爽と駆け、見事女性をボロボロの植物の残骸から救い出してみせた。
「虚を突き体を崩すは定石。この手がお前の葉根をもぐ」
 残る一葉にゼノアが闘気を叩きつけ、胞子一つ、根一本残さず脅威は消え去った。

●いつかまた咲く生命
「皆々全て、祓い清めて癒しましょう」
 穏やかな声が戦いの終わりを告げ、意識が浮上する。
 ステラの腕の中で目を覚ました女性が最初に見た物は水無月の舞だった。祓魔癒術が荒れ果てた公園を整える。
 翠緑の恵みによる森の力で女性を癒していた羽丘が、顔をのぞき込んで微笑む。
「私たちはケルベロス! あなたは攻性植物に取り込まれていたのよ。痛む所は無い?」
「そう……なの。痛みは無いわね」
 冬に珍しい瑞々しい葉の香りが、マリーゴールドの香りを払う。
 ぎこちなく微笑み返す女性に、まんごうちゃんは首を傾げた。
「でも、私が助かった所で……」
 女性の小さな呟きに、容態を案じていた暁はぎくりとして息を飲んだ。
 失恋の悲しみに暮れる女性をこのまま置いて行く気は誰にもないが、繊細な話題にどう踏み込んだ物か。
 あえて遠回りをするのが怪盗の技、ステラは女性の背を支えたまま暁を振り向く。
「なあなあ万里、俺の恋バナ聞いてくれよ。好きな人ができてもうちの姉ちゃんに全部ブレイクされてたんだ! 俺が内緒だよ、って話しても全部俺の好きな人に話しちゃうんだよな……。あれ、結構へこんだよ、ほんと……」
 暁は目を見開いた後、口元にやった手の陰で噴き出した。
「お姉ちゃんに話すステラくんもダメじゃん!」
 少年達の軽口に雰囲気がほぐれ、足元でノッテが大あくびをする。
 その勢いに乗って女性の正面に屈んだのは火倶利だった。
「あのね、わたしも彼氏とお別れしたの」
 唇の前に人差し指を立て、至極真面目に切り出す。
「今はまだ、生きてて良かったとは思えないけど、お友達や仲間がいるから……。いつかそう思える日が来るんじゃないかなって、わたしはそう信じてる。あなたにも、そう信じて欲しい。あなたの世界には、誰がいる?」
 言い終えた途端に横から、タカラバコがぐりぐりと頭(蓋)を押し付けて来る。自分がいるよと言いたげだ。
「私の世界、か。……ふふ、彼ばっかりだったな」
 空しく笑う女性の眼前に、お菓子と一緒に描かれた火倶利のカードが差し出された。
「何かあったら呼んで? あなたのお友達になってもいいかな……?」
「え、これって……」
 両手で受け取りながら戸惑う女性に、意を決して朝倉が話しかける。
「あの、余計なお世話だったかもしれませんが……」
 内気な少女の控えめな声音は、戦闘時の冷静さと異なる響きで心を伝える。
「それでも、やっぱり、私は貴女に生きて欲しいと思うんです。……火倶利さんは友達だから、友達の友達になりますし」
 次第に声が小さくなりながらも、懸命さは確かに届いた。女性の瞳から涙が溢れ、零れる。だが今は孤独ではない。
 公園の治癒を終えた水無月がハンカチをそっと頬に当てる。
「ご無事で、良かった……」
 彼女の優しさに甘え、女性は顔を隠してひとしきり涙する。
 暁もその光景に、自分の中の痛みが少し癒えるような心地がした。生きていなければ、大切な人たちと出会えなかったのだから。無意識に水無月を見ていると、歌枕がくすんと小さく笑う気配がした。
「生きていれば、貴女の好きな彼をもう一度追う事も新しい恋を探す事も出来るわ。どうするかは、貴女次第だけどね」
 歌うような抑揚で語り、腕の中のパンドラを撫でる。
「だって、マリーゴールドには『生きる』って花言葉もあるのですもの」
「そうなのか?」
 腕を組んで皆の話を聞いていたゼノアが感心し、一言だけ続けた。
「……生きているから生きる。それではいかんのか。その先にまた違う幸せとて、存在していように」
 数々の死線を超え、生き延びる事、命を繋ぐ事の難しさを知る男はそれだけ告げる。
 ステラは大きく頷いた。
「深い傷を負った後に、良く頑張ったね。君の痛みを全て分かってあげることはできないけれど……。ああ、少しでも君の先行きに幸せがあるように祈るよ。マリーゴールドには『真心』という花言葉だってある。君の心を捧げるに値する人が、きっと見つかる」
 鼻声でありがとうと、どうにか言った女性が再び立ち上がるまで、8人は代わるがわる話したり、冗談を言ったりして付き合った。黄昏はとっくに過ぎ、街灯が夜の公園を照らす。
 羽丘は皆を見回し目を細める。
(「頼もしいみんなと一緒で、あの人を無事に助けられて、……よかった♪」)
 仲間への尊敬と信頼を新たにし、冬の空に星が輝いた。

作者:件夏生 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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