温もりとみかんやアイスで脱出を阻む炬燵

作者:天枷由良

●でも出なきゃ死ぬかもしれない
 陰鬱な空の下。鉛色のうねりが岩で弾けて飛沫と化す。
 浜辺だ。また浜辺だ。寒い。海風が肌を裂くように吹き付けてくる。
 だが幸いなことに、浜辺に人はいなかった。
 そりゃそうだ。天候不良の中、こんなところを好き好んで歩くやつなどそうそういない。
 在るのはゴミくらいなもの。疾風に弄ばれるビニール袋や、砕けたビン、流れ着いた木々に――あとはそう、こたつだとか。
 こたつ。コタツ。炬燵。おいおい此処は浜辺なんだろう? 何か間違っちゃいないかい? などとお思いならそれこそ間違い。
 確かにそれは、こたつ。不届き千万の輩が投げ捨てていった、コタツ。
 日本国民が冬場に所望する家具第一位(かもしれない)炬燵。
 残念ながら壊れていて、あとは時と風の過ぎゆくままに朽ちていくばかりの炬燵。
 その炬燵に、ダモクレスが今一度の命を与えた。
 例によって例のごとく。小型ダモクレスがヒールして同化して、あっという間にキリングマシーンの出来上がり。
 が、それは殺人機械であると同時にコタツでもある。
 ではコタツの使命とは何か。
 人を暖めること? いいや違う。それは手段に過ぎない。彼らはその温もりと居心地の良さでもって、人を癒やすのが使命なのだ。多分。
 だからこのコタツダモクレスも、出来るだけ緩慢かつ幸福な死をもたらそうと思案した。
 そして炬燵としての残留思念っぽいものが、五秒位で答えを導き出した。
 即ち、右手にみかん。左手にアイス。
 どちらも本物ではない。なんやかんやで作られた、いかにもそれらしいだけの物品だ。
 食えば死ぬ。ケルベロスならすぐには死なないが……コタツに至れり尽くせりもてなされたなら、死にそうなほど眠くなったりするのだろう。きっと。

●駐機中のヘリオン内にて
「――ということで、このダモクレスを早急に処理してもらいたいのだけれど」
 ほんのりと暖かなヘリオンにて、ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は言った。
「こたつ、こたつね。一度入ったら、なかなか出たくなくなるわよね」
 予知の一端を担ったジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)が、うんうんと頷く。
 話を聞いていたケルベロス達も唸ったり、腕を組んだり、やっぱり頷いたり。
「だって冬だもんね」
 フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)が、何もかもをその一言に押し込めて呟く。
 外は寒そうだ。というか寒かった。だから皆、ヘリオンの中で話を聞いている。
 だがしかし、ケルベロスに冬休みはない。

「敵の出現までに猶予があったから、現場一帯の避難誘導と封鎖は然るべき機関の方々にしてもらいました。皆は現地に到着後、ダモクレスを倒すだけで任務完了よ」
 気軽お手軽。寒空の下で長時間働く心配がなさそうなだけでも朗報だが、それに輪をかけて喜ばしいのが、あまり強そうな敵でないこと。もちろん、ナメてはいけないが。
「敵の攻撃方法は一種。自らの体内に招き入れた後、正体不明のみかんらしきものやアイスらしき何かを食べさせてくるだけよ」
 みかんもどきはみかんの味がするし、アイスっぽいヤツもお好みのフレーバーを出してくれる。ただし口に含めばケルベロスの身体を蝕み、強烈な睡魔を呼び寄せる。
 原理は不明。仕方ない。ダモクレスだもの。デウスエクスだもの。
 とはいえ、その睡魔は断続的なものなので浜辺で熟睡したりはしないし、戦闘に影響もなさそうだとミィルは言う。
「グラビティによるものだから、ヒールによってキュアすることも出来るでしょう。守護星座の陣や紙兵の散布によって、予め対策を講じておくことも出来るでしょう。適切な防具を身に着けていけば回避できる確率も上がるでしょう」
 そうする必要があると思えば、すればよし。
 “敢えてコタツの心地良さに身を任せながら”戦うもよし。
 どのようにして挑むかはケルベロス次第である。
「東京湾を巡る重大な戦いも迫っている中、微妙に緊張感の薄い事件ではあるけれど。こうした事案も人命を脅かすもので、逃さずきっちりと潰していかなければならないわ」
 よろしく頼むわねと一礼して、ミィルは説明を終えた。


参加者
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンエンド・e15685)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
逸見・響(未だ沈まずや・e43374)
錆・ルーヒェン(青錆・e44396)

■リプレイ

 ざざん、ざざんと波が砕ける。ここは砂浜、海のそば。
 冷たく厳しい風にも負けず、九人の戦士が並び立つ。
 対する敵は機械の尖兵。その名もコタツダモクレス。
 さあさ舞台は整った。
 今、激闘の幕が切って落とされる――!!


「こたつーコタツー! 俺はじめてー! ねぇこたつデビューがダモクレスってちょっとスゴくない? 友好的すぎない? やっほーこたつちゃん俺も半分機械だから友達になろーねェ!」
「待つんだよ!!」
 はしゃぐ錆・ルーヒェン(青錆・e44396)を七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンエンド・e15685)が呼び止めた。
 いいぞ、あれは炬燵だがコタツ。ダモクレスだ。まんまと誘惑されてしまうのでなく、さっさと囲って叩いてボッコボコにして片付け――。
「割れたビンとかもあるって言ってたんだよ! そのまま寝転んだらあぶないんだよ!」
 ぶわっさぁ。
 浜辺に広げられるレジャーシート。しまった、君もそちら側か!
「わーぉ、ありがとー!」
 気配り上手に礼を告げ、ルーヒェンは改めてコタツに飛び込む構え。
 ああ、勿論そのついでにさくっと黒鎖の陣を敷いておくのも忘れない。
 そして折よく魔法陣とシートの中心にコタツがやってきた瞬間、ダイブ!
「あー! あったかいよこれー! 俺の脚もすぐにあったまっちゃいそうだよー!」
 もうこのテンションなら温める必要とか無くない?
 なんて、そんなことは誰も言わない。
 そもそも浜辺にコタツとか珍妙極まりない光景だけれど、全ては逸見・響(未だ沈まずや・e43374)の胸中にあるこの言葉を借りてまとめよう。
 ――暖かいなら、まあ良いか!!

 というわけで、ケルベロス達は強制されるまでもなくコタツに入ろうとしていた。
 びっくりだ。多分コタツが一番驚いてる。心無いけど。
 いやだって、一人くらいは「こんな奴と一緒にいられるか! 私は殴らせてもらう!」とかってフラグ立てちゃうものでしょう。それを捕らえて温もりに押し込んで悔しがらせてうひひひ、でしょう。心無いけど。
 ところがだよ。こういう時に一行を嗜めるべき最年長者、つまりはゼレフ・スティガル(雲・e00179)なんかでさえ「まあ何事も挑戦だよね」と潜り込んでしまうのだからどうしようもない(褒め言葉)
 おじさん! よっこいしょって腰落ち着けないでおじさん! ああでも、寒さって堪えますからね。しょうがないね。
 それに寒暖のハイブリット加減が、まるでかまくらのようで。ちょっと楽しい。
「ほら、皆も入るなら早く入ったほうがいいよ」
「そうですねー。自分も自宅警備員として……その炬燵力、気になりますー」
 ゼレフに招かれて熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)がフェードイン。
 その所作には一片の無駄もなし。なるほど自宅警備員。コタツなど潜り慣れているといったところか。
「ああー……うん、炬燵ですなーこれは。紛うことなき炬燵だよー」
「ですって。どうするの?」
 アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)がビハインド“アルベルト”に尋ねた。
 問うたところで、それは主従の従。決定権はアウレリアの方にあるはずだが――あれ? なんかちょっと、アルベルトさんの方が飛び込みたがってません? ねえ?
「……いいわ。でも、お仕事の時間までよ?」
 その言葉に心なしかビクッとしたような銀髪長躯の彼の手を引いて、アウレリアもまた温もりの園に入場。
 絶妙な暖かさが海風を浴びた身に沁みる。しかしビハインドでさえも和ませているようなコタツ、やはり侮れない。
「ボクは負けないんだよ!」
 なんたって無機物と同調することで『鋼の意志』を得たのだから!
 瑪璃瑠は満を持して飛び込む。
 そしてすかさず差し出されたみかんとアイスを前にして。
「ありがとう! いただきます、なんだよー!」
 はい折れた鋼の意志折れた。
 でもちゃんとお礼を言って手を合わせる行儀の良さは素晴らしい。花丸をあげよう。
「……みんな、普通に楽しんじゃってるよね?」
 それなら、ちょっぴり堪能してもいいだろうか。
 ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)もするすると突入開始。
「このみかんとってもみかんなんだよ!」
「じゃあ一つ貰おうかしら。あたし、炬燵の中で食べるみかんって大好きなのよね!」
「それなら――はいどうぞ」
 ダモクレスの配ったみかん(もどき)が、ゼレフの前からジェミの胸元まで机上をころころと渡っていく。……なんかもうただの団欒だ。
 けれど流れに乗り遅れてはいけない。
 乗るしかないこのビッグウェーブに――本当に海も荒れてきたぞ。
 まあそれはいい。何処に飛び込むかと吟味していた響も身の置き場所を定めたようだ。
 一気に滑り込み、うつ伏せになってゴロゴロ。
「さて、できればアイスでも――」
 そこまで言えば何処からか出てくる、カップアイス(もどき)の山。
 バニラチョコキャラメルクッキーラムレーズンチョコミント抹茶まで選り取り見取り。
 その内のひとつを目の前に置いてもらって、備え付けのスプーンで掬って。
 口に運ぶ。甘い冷たい、ああ美味しい。
 ……寝ながら食うなんて行儀が悪い? ははは抜かしおるコタツだぞコタツ。
「なんてこった」
 唸ったのはフィオナ・シェリオール。様々な戦場で先輩ケルベロス達を見てきたが、こんなにふざけた状況は――。
「……あったなぁ、今年だけでも色々と」
「なーにぶつぶつ言ってるのかな?」
 一年を振り返る相棒の肩にぐっと腕を回して、カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)が悪い笑みを浮かべた。
「反省する?」
「ちょっとまだ早いと思う。で、どうするのカッツェさん、これ」
「……いい? フィオナ、よく聞いて」
 ごくり。
「――ここを、反省会会場とする」
「ぶっふぉ」
 まじかよここかよていうか今日まだ何もしてないよ!
 しかしフィオナに異論を挟む余地はないのであった。
 まあ元から挟むつもりもないんだけどね、この娘は。


 かくして全員が炬燵に収まり、浜辺には平和が訪れた。
「アイスおいしーねー、でっかいの抱えて食べたくなっちゃうねー!」
 チョコ味をぱくぱくと食べ進めながら、ルーヒェンは時折「ンひひ」と笑う。
 彼元来の気質を差し置いても少々やべぇ絵面だ。美味しくて気持ちいいヤツをバッチリキメてると言えばあらぬ誤解さえ生むだろうが、しかし現状を表すならそんな見出しで良いと思われるし、気になるようなら一言“合法アイス”と書き足しておこう。
「下が砂地で柔らかいってのが……案外……」
 騒がしいレプリカントとは対照的に、ゼレフはふわあと大欠伸。
 まだ何も口にしていないのに、すぐ眠くなってしまうのは暖かさのせい。
 ……本当か? 加齢と共に寝入るのが早くなるとか言うアレじゃないのか?
 などとおじさんばかりを煽るのは止めにしよう。皆、歳はとる。
「これケルベロス専用癒しマシンとして活用できないかな。どう思う、フィオナ君……」
「ぐぅ」
「おや」
 もうお眠のようだ。
 ゼレフは突っ伏した少女を眺め、自身も同じように倒れ込み。
 日々の疲れを押し込めた溜息を一つして、理性の箍をちょっと緩めた。
 緩んだとも言う。この天板の、ほんのりとした温かさが堪らない。
 そして眠い。眠くなってきたんだからもうアイスとか食べてもいいよね。
「というわけで貰うね」
 カップの山を崩して、ゼレフは思う。
 すごい全然溶けてない不思議――ではなく。ああ、冬の贅沢だなあ、と。
 そこに追い打ちをかけるマッサージサービス。
 これがまた、ツボをよく心得ている。
 肩のね、この凝ったところをね、ああもう何でも良いや。
「よーし……いい子……だ……」
 それきり、ぐでーんと垂れたゼレフは何も喋らなくなった。
 大変だ。起こさないと。
「「廻れ、廻れ、夢現よ……」」
 瑪璃瑠が真面目な術で回復を――。
「……うん、明らかに今は夢が強いんだよ!?」
「ボクたちみんな夢心地なんだよー」
 しようと試みるも、いざ緋眼のメリーと金眼のリルに分かれてみれば、リルの方までもが早くも眠たげ。
 仕方ない。ぬくぬく温まった瑪璃瑠がメリーとリルであって、メリーとリルは瑪璃瑠なのだから。……なんだか余計に眠くなりそうな話ですね。はい。
「籠もり心地は十分だから、あとは烏龍茶とピザと伸び切った猫が欲しいところですなー」
 此方もぐぐっと強めの肩揉みでスマホやパソコンの長時間使用による疲れを癒やしつつ、まりるは思い切ったサービス拡大を要求した。
 コタツのあちこちから出ている手が一瞬止まる。それらは四方八方にうねって……やがて落ち込むようにしゅんと垂れた。
 途端、コタツ全体がガタガタ言い始める。
「ヨシヨシ、おとなしくねー」
 すかさず半機半人のルーヒェンがコタツの脚をさすさすと撫でて宥めた。
 もしや能力を超えたサービスの提供に挑もうとしてバグりかけたのか……或いは、まりるが寝返りついでにこそっと突き立てておいたナイフが存外良い所に入っていたか。
 何にしても無理はさせるもんじゃないですね。人間も機械も。
「だから――この人は揉まなくていいのよ」
 負荷を下げる為、ではなく。
 単に「旦那の世話は私が焼くものなんです!」という、儚げな美しさの外見からは想像し難い独占欲を滲ませるアウレリアは、下半身が無いにも関わらずこたつむり化しているアルベルトの肩に手を添えて、ぎゅっぎゅっと押した。
 此処に義妹と猫×3と犬×2が居たら、もう自宅と同じなのだが――。
「むぃー☆」
 傍らではライオンラビットが鳴いて、もそもそと炬燵の中へ。
 動物変身した瑪璃瑠である。炬燵で丸くなるのは何も猫の特権ではない。
 兎だって丸くなっていい。兎だって潜ってもいい。可愛い。
「一度入ったら出てこないのよね、皆」
「そりゃあ、こんなに気持ちいいんだからしょうがないわよ」
 犬猫でも兎でもレプリカントでも一緒だ。
 アウレリアのご家族と潜り兎に同意を捧げて、ジェミもより深くまで入り込む。
 それを追ってきたコタツアームが肩を揉み始めた時には「はぁん……♪」などと普段上げないような声が漏れたが、身体を預ければこそばゆさよりも心地良さの方が上回る。
 これはいい。健康美と強さの源たるハードなトレーニングで凝り固まった筋肉も、マシュマロくらいにまで柔らかくされてしまいそうだ。
「あー……だめー……もう、出たくなーい」
「むしろ出なくてもいいのでは……」
 アイスを食べ終えた響も完全脱力状態に移行。
 とりあえずヒールドローンとか飛ばしたような気もするが、アレ無人機だしほっといても適当にやってくれるだろう。うん。
「だから……あと、ごふ、ん……」
 うとうと、すぅ。微睡む響は、夢の国の門前へと立った。
 その先では仲間達が手を振っている。一足早く眠りについた仲間達が――。
「ちょっと!」
 どいつもこいつも寝落ちが早すぎる!
 カッツェは自身を控えめに一喝して、すやすやフィオナの足を蹴りつける。
 その度に花びらのオーラが舞ったが布団の中なので見えやしない。
 ともかく起きろ起きろ起きろ――起きないっ! なんだもう熟睡か!
 これは反省だ猛反省だ。けどちょっと息が切れたので、雷を落とす前に小休止。
「あ、カッツェはもう貰ったから。それはフィオナにあげてね」
 ダモクレスが差し出す物を受け取った体でスルーして、自前のアイスを召し上がる。
 美味い。甘い。甘い物は心を穏やかにしてくれるね。別に極度の甘党ではないけれど。
 そして少し落ち着いたら悪戯心が芽を出した。
 隣の無防備な娘に何ぞやらかしてやろう。
 さて――じゃあまず、手始めにいつも被っている帽子でも取って。
「ぶっふぉ」
 カッツェは噴き出した。
 帽子の下にはやたら元気なアホ毛が跳ねていた。
「……くっ、くくくっ……」
 そうかそうか。だからこんなものをいつも被っていやがったのか。
 とりあえず写真に収めとこ。ぽちり。
 あとは……そうだな、何にしても起こしてからだろう。
「フィオナ反省」
「はいっ!」
 やっぱりコレが一番効くらしい。まるで猿回しだ。
 目覚めた少女を見てまた笑うと、カッツェは地獄への招待状を握らせる。
 長方形をしたそれは――所謂あれだ。ドミノだ。……マジか。


 そのドミノ倒しがフィオナの敗北で終わった頃。
 ぴぴぴぴぴっと、まりるやアウレリアの元からアラーム音が鳴り響いた。
 至極単純で無機質な合図。
 けれど夢の終わりはいつだって素っ気ないもの。
 さあ、ぼちぼち現実と戦わなければならない時間だ。
「みんな、起きようー」
 少々間延びした声を上げつつ、ゼレフが薬液の雨を降らせる。
 それだけで綺麗さっぱり目覚めバッチリとまではいかないが、しかし特に眠そうな幾人かの瞼は開いた。
「ほら……時間よ、アルベルト」
 ただ一人、目元の状態が分からない旦那をアウレリアは揺さぶり。
 揺さぶり、揺さぶり。ゆさ、ゆさ、ゆさゆさゆさ――。
「……ちょっと、いい加減にしてちょうだい」
 この人、いやビハインドは自分に金縛りでもかけているのか。
 ならば実力行使しかない。昔のように。
 アウレリアは如意棒を主婦の布団叩きよろしく振り回してから、続けざまおみ足で思いっきり蹴り上げた。
 ……ああいや、アルベルトを、ではない。
 コタツの方だ。
「こたつちゃんが空飛んでるー!」
 ケタケタ笑うルーヒェンのメンタルは箸が転んでもおかしい年頃と同じくらいのようだが、しかしケルベロスとしての実力は義務教育なぞとっくに超えたもの。
 ごめんねー! とは言いながらも必殺光線が空を裂く。さらに少し項垂れたアルベルトが、そこらに散らばったアイスやみかんを念で次々に飛ばしてぶつければ、おまけでフィオナのバールがこつんと当たった。
 さて、下からの攻撃が十分行き届いたら今度は上からだ。
「不精に亘る勿かりしか……」
 と、唱え始めた響はまだ随分うつらうつらしている。
 そのせいか、天頂に精製された氷柱はキレもなければコントロールも甘め。それでも物量というパワーで押し切って、あちこちを貫かれた炬燵は砂上へと戻ってきた。
 ボロボロだ。温かなもてなしを受けた後では物悲しい。
「……でも、やらなければならないの!」
 ジェミが涙を拭った拳を叩き込む。
 背筋をはじめ、鍛え上げられた各筋肉を総動員しての一撃は音速をも超えた。
 衝撃に天板が割れる。だがそれでも、コタツはまだ動く。
 ならばと瑪璃瑠が掴みかかって、布団部分をびりびりと引き裂いた。
 溢れた綿に振れる度、何だか力が漲ってくる。
 それがまたちょっと楽しく、そして虚しい。
「ありがとうと、お疲れ様と。それから、おやすみなさいなんだよ」
 優しい声色で瑪璃瑠は言う。永遠の別れは、確かにもうすぐ其処。
 その導きにしては乱暴だが、まりるが改造スマートフォンの角で思いっきり殴りつける。壊れかけた機械にはそうすべしと――出来る限り斜め四十五度の角度でやるべしと、この国では古来より言い伝えられている、とかなんとか。
 それはさておき、カッツェの大鎌も四十五度角で入る。鋭い刃と降魔の力はスクラップ寸前のコタツを食い千切るようにして、とうとう今際の際まで追い詰めた。
 名残惜しげに見やっていたゼレフの刃から、炎が逆巻いてコタツを包む。
「……もし、次があるのなら」
 その時は最新型に生まれてくるといい。
 出来れば、最期まで大切にしてくれる人の元に。
「バイバイ」
 ルーヒェンでさえも軽薄さを少し抑えて呟く。
 そしてケルベロス達が見守る前で、炬燵は静かに燃え尽きていった。


「こいつが量産された方がよっぽど危なかったんじゃないかなぁ……」
「……そうね。苦戦はしなかったけれど、でも強敵だったわね」
「本当に、恐ろしい相手だったわ……」
 カッツェにアウレリア、そしてジェミが口々に言う。
 確かに、これが大量生産された暁には人類なぞ堕ちるとこまで堕とされるに違いない。
 予知で捉え、撃破できてよかった。
 そう、よかった――はずなのだが。
「無人の浜辺……現実……寒っ」
「目が冴えていい……とばかりも言えないね」
 まりるがそわそわと身体を揺らし、うんと伸びをした響も自らを抱き竦めるように擦る。
 先程までの温もりが消えた今、ケルベロス達を弄ぶのは大荒れの海から吹き付ける冷たい風だ。このままでは風邪を引いてしまう。
「さっとゴミ拾いして帰ろう」
 響の提案に従い、ケルベロス達はきびきびと働く。
 とはいえ、あのみかんもアイスもグラビティの一種。本体が消えた今となっては、欠片も見当たらない。
 あるのは僅かばかり燃え残った部品程度だ。
「優しくしてくれてありがとーねー」
 残骸とも呼べない程度のものからネジを一個摘んで、ルーヒェンは砂浜の端に埋めた。
 ――こたつちゃん、此処に眠る。

「よし帰りましょう自分は早く帰って本物の炬燵に潜りたいですー」
「そうね! あたしも帰りに炬燵を買うと決めたわ!」
 寒さのせいか幾分早口なまりるに返して、ジェミは「どんな炬燵がいいかしらー♪」と足取り軽く砂浜を去る。
 彼女がホームセンターの店員に「いやぁそんな特殊機能満載の炬燵はちょっと……」などと困惑した顔で返されるのは、また別の話。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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