スターリー・ナイトメア

作者:小鳥遊彩羽

 ビルの隙間から見上げた空にも、瞬く星が見える。そのことに知らず安堵の気持ちを覚えながら、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) ははあっと、吐き出した白い息で冷えた両手を温める。
「もう……クリスマスだものね」
 慌ただしく過ぎていった一年も、もうすぐ終わる。表通りに出れば、まるで星が降ってきたようなイルミネーションが煌めいて――行き交う人々の瞳もまた、喜びに煌めいていることだろう。
 アリシスフェイルの目的地は、その、イルミネーション煌めく表通り。それこそクリスマスのために必要なものを買うのもいいだろう。それとも、特に目的を定めずただイルミネーションの煌めきを目に焼き付けながら歩くのだって悪くない。そんな風に色々と考えを巡らせながら一歩を踏み出した、その時だった。
「……?」
 違和感は一瞬。
 すぐそこにあるはずの表通りの喧騒が瞬く間に遠ざかってゆくような感覚と同時に、アリシスフェイルは己を取り巻く空気が一変したことを悟った。
「――美味しそうだね、キミ」
「っ、誰……、……?」
 掛けられた声に素早く振り向いたアリシスフェイルだったが、その先にいたものを見て、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「……ええと、――私に声を掛けたのは、あなた?」
「? 僕以外に誰が居るっていうのさ」
 アリシスフェイルの目の前にふわふわと浮かぶもの。それは――。
(「……獏、かしら。……か、可愛い、――いいえ、」)
 白と黒のまるっとした胴体に、金色の瞳の、獏と呼べる生き物だった。
 だが、普通の獏でないことは明白だ。そして、その獏のような生き物から向けられる明確な殺意に、ほんの少しの葛藤を終えたアリシスフェイルが気づかぬ筈はなかった。
「生憎と、あなたに食べさせてあげられるようなものは、何もないのだわ。……あなたが求めているものが、『心』ならば……尚更よ」
 アリシスフェイルはすぐに攻撃に移れるよう、後ろ手に構えながら、油断なくその生き物を――デウスエクスを見つめる。
 獏は金色の瞳をぱちりと瞬かせてから、手にした星屑に光を灯した。
「この僕から、逃げられると思ってるの? ……逃がさないよ。キミの夢がどんなに甘いものか、僕が確かめてあげる」

●スターリー・ナイトメア
「……どう見てもぬいぐるみにしか見えないんだけど、一刻の猶予もないんだ」
 その、ぬいぐるみのようなデウスエクスに、アリシスフェイルが襲われるという予知。
 連絡を取ろうとしたが繋がらず、ゆえに事態は一刻を争うのだとトキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はその場に集ったケルベロス達へ告げた。
「トキサさん、その、敵は……ぬいぐるみにしか見えないというのは……?」
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が焦燥とほんの少しの困惑を滲ませながら首を傾げるのに、トキサはうん、と一つ頷いて。
「見た目はそうなんだけど、っていうかああいうぬいぐるみとかクッションがあったら寧ろ欲しいくらいなんだけど、中身はれっきとしたデウスエクスだ。獏のような姿と、夢を食べるらしいことから、おそらくはドリームイーターと推測できる。アリシス一人でどうにかできるような相手じゃない。けれど、」
 皆の力が合わされば、決して勝てない相手ではないとトキサは続けた。
 アリシスフェイルと件の夢喰いがいるのは、とある街の路地裏だ。表通りはクリスマスシーズンということもあってきらきらとしたイルミネーションの彩りに満ちているものの、路地裏は最低限の街灯しかなく、さらに彼女達以外に人や生き物の気配はない。戦いの妨げになる物は、何ひとつとしてないだろう。
「夢を喰らう、悪夢を見せる……主に心に揺さぶりをかけてくるような、そんな攻撃方法を用いてくると推測される。だから、惑わされないように気をつけてほしい」
 どんなに夢が甘く美しく、手を伸ばしてしまいたくなるようなものであったとしても。
 夢は、夢でしかないのだから。
「――皆、アリシスのこと、頼んだよ」


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)
凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)

■リプレイ

 少年めいた声で囁いた獏のような夢喰いが吐き出したのは、綺羅星を散りばめたような夜色の息吹。
 そこに映った『夢』に、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は唇を噛み締める。
 それはとても優しくて愛おしい、もう二度と取り戻すことの出来ない光景。
 病弱な母と金平糖の小瓶を手に笑い合ったいつかの日。
 父と共に空に煌めく星を辿った夜。受け継がれた沢山の知識と記憶。
 そして、二人は目の前で、また――。

 雷の力を纏わせた白銀の刃が、夢魔の丸みを帯びた体を滑るように掠める。
「ああ、やっぱり僕の目に狂いはなかったみたいだ」
「――っ、」
 アリシスフェイルの金色の瞳――そこに宿る想いを読み取ったのか、獏は喉の奥を鳴らすように笑った。
「何が、おかしいの」
「おかしくないよ、楽しいんだ。もっと僕にちょうだい、――キミの、夢を」
 獏がさらなる攻撃へ移ろうとした、その直後。
「――くれてなど遣るかよ」
 降り落ちた星屑を弾くように、雷壁が張り巡らされた。
「その心も、夢も、未来も。疾うに売約済みなんでな」
 同時に夢喰いとの間に駆け込んできた霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)の姿に、アリシスフェイルは息を呑む。
「……かなくん、」
「無事か、アリス」
 遥か上空のヘリオンから狙った場所へ確実に着地することは、どれほど鍛錬を重ねていても難しい。ゆえに全速力で駆けつけた奏多は肩で息をしつつも、表情を変えることなくアリシスフェイルの無事を確かめてから夢喰いへと向き直った。
「好き勝手には動かさないわよ、覚悟しておいてちょうだいね?」
 声は朗らかに、されど攻撃は苛烈に。
 神速の突きで夢喰いを穿てば、奔る雷が夜闇を照らす。
「この間は私が助けてもらっちゃったんだもの。だから、今度は私の番よ、アリシス。ずいぶんと温かそうでいい夢を見させてくれそうな相手だけれど……どうやら、そういうわけでも無さそうね?」
 繰空・千歳(すずあめ・e00639)はアリシスフェイルへ微笑みかけると、彼女の盾となるべく一歩踏み出した。酒樽の体を持つミミックの鈴も気合い十分とばかりに、エクトプラズムの酒瓶を手に夢喰いへ殴り掛かる。
「アリシスの夢は君だけのもの。……喰われるなよ」
 二人を繋いだ縁は、千歳の飴屋。アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)はそう告げて地を蹴ると、空で重力を纏い、星となって降り落ちた。
「俺が夢で眠ってしまう前に終わらせよう」
 尾を引く流星の煌めきが、獏の動きを鈍らせる確かな一撃となって刻まれる。
 己自身も、そして彼女以外の仲間達も、夢喰いに夢を奪われてしまわぬよう気をつけなければ――アラドファルはまず己の心に言い聞かせるものの、目の前にいる獏の姿を改めて見やればつい、
(「……あんな抱き枕があったら欲しいな」)
 無意識に過ぎってしまった誘惑に、いかん、と小さく首を横に振った。
 これも敵の作戦かもしれない。ならば尚更誘惑に手を伸ばすわけにはいかないだろう。
「ちょっと、邪魔しないでほしいんだけど」
 次々に戦場へ駆けつけてくるケルベロス達の姿に、獏が不満げな声を漏らしたその時。
「すごーい! 獏さんは初めて見ましたよっ!! こんばんはー!!」
 ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)が、きらきらと瞳を輝かせながら獏へ挨拶した。
「……な、何」
「でも、デウスエクスなのはちょっぴり、いえ、すごーく残念ですっ! 獏さんはジャマーなんですよね? なら、とにかくヒールで相殺ですよーっ!」
 ピリカの邪気のない瞳に、獏はいっそ気圧されたかのような声を返して。そして、当のピリカはそれを気にする様子もなく、行きましょうフィエルテさん! と同じ癒し手として戦場に立つフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)に呼び掛けてから、前衛が受けた傷と穢れの星を洗い流す薬液の雨を降り注がせた。
 箱竜のプリムは、アリシスフェイルへ桜の属性を。フィエルテも確りと頷き、アリシスフェイルの様子を気に掛けながらも今は己の役目を果たすだけと避雷の杖を掲げ、守りをより強固なものにして。
「うわー……本当、見た目はかわいい。敵じゃなければ良かったのになぁ」
 されどそこにいるのがデウスエクスならばどのような姿であっても倒すだけと、スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)は力強く踏み込み、オーラの弾丸を放つ。
「拙者も続くでござるよ、スバル殿! ここで成敗してくれましょうぞ!」
 スバルが放った気咬弾が獏へ喰らいついた直後、勇ましく声を上げながらマーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)が後に続いた。
「アリシス殿の危機と聞いて、馳せ参じた次第でござる! 愛くるしい外見とは裏腹に乙女の夢に舌なめずりしている獏とはなんと破廉恥な!!」
 渾身の叫びと共に、マーシャは縛霊手を嵌めた拳を獏へと叩きつける。すると同時に放射された網状の霊力が、まるでその動きを縛るかのように獏を包み込んだ。
「……何だよ、これ!」
 煩わしそうに身を捩らせる獏の姿を険しく見据えながら、マーシャのナノナノ・剣豪将軍ナノテル様がナノナノばりあを展開させる。
 その時、音もなく一つの影が獏へと迫っていた。
「それにしても悪夢、ね。可愛らしい姿をしているのに、随分と悪趣味なグルメが居たものね」
「――ッ!?」
 同時に夜闇を裂いたのは影の如き斬撃。
「女の子が夜に一人歩きをするものではないわ。こんな風に、性質の悪いのが引っかかるのだから」
 急所を密やかに掻き斬った凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)はアリシスフェイルへ向き直ると、緩やかな弧を描く唇から凡そ戦いの場にはそぐわない柔らかな色の声を紡いだ。

 街灯の光さえも呑み込んでしまいそうな闇が満ちる。
 ケルベロス達は夢喰いを包囲するように立ち回りながら、連携して攻め込んでいく。
「アリシス、助けにきたよ」
 喰霊刀が捕食した魂のエネルギーを分け与え、ノル・キサラギは伴侶であるグレッグ・ロックハートと共に、アリシスフェイルの援護に動く。
 Armento ensium――アリシスフェイルが廃墟の秘密基地に与えた意味は、『刃の群』。
 そこに集う仲間達は皆掛け替えのない家族のように大切で、それを与えてくれたのが他の誰でもない彼女だ。
 加えて、ノルにとっては彼女自身が、ケルベロスになった時からの大切な友人でもある。
 ゆえに守りたい、その一心でノルは自らの力を振るう。
 そんなノルと共に、恩人であり頼もしき友でもあるアリシスフェイルの為、グレッグもまた援護に回る。
 夢を見るならば夜の間に、そしてそれは幸せなものであるべきだろう。
 だからこそ誰も悪夢に惑わされることがないよう、しっかりと支えるという確かな想いをグレッグは左腕を補う静かに揺らめく蒼炎に載せ、仲間達へと託した。
 果たして、『夢』とは一体どんな味がするのだろう。
 大切な人との優しい夢も、無力さを知った苦しい夢も、全て自分のものだから。みすみす食べさせるつもりこそないが、アラドファルは興味を抱きつつ、螺旋を籠めた掌を獏の体へと触れさせた。
 内側から爆ぜる衝撃に獏の体が大きく跳ねる。そこへ、無数の霊体を憑依させたナイフを手に月音が鋭く斬り込んだ。
 注ぎ込まれる毒に、獏の目が見開かれる。直後に吐き出された闇色の靄が、月音を喰らわんと牙を剥く。
「危なっ――!」
 スバルが声を上げると同時、左の機械腕をガトリングガンの形に変えた千歳が、その左腕を盾のように掲げて靄の牙を受け止めていた。
 夢というかたちで命が一気に吸い取られてゆく感覚に、けれど千歳は余裕のある笑みを浮かべて。
「私ね、こう見えて結構頑丈なのよ。まだまだ、やれるけれど……あなたはどうかしら?」
 問う声を置き、答えを待たずに千歳はステップを刻む。美しい舞に応えるよう、戦場に癒しの花弁が降り注いて。
 空を舞う花弁に穢れを祓われながらも、構えたスバルの動きが一瞬止まり、その目が大きく見開かれた。
 視界一杯に映ったのは、赤くて、熱くて、くろいもの。
 それは、かつて幾度もスバルを苦しめたもの。
「……悪夢だったらもう、見飽きてる。何度も、何回も見たことあるよ」
 短く吐き捨て、スバルは自身に襲い掛かった悪夢を払うように力強く踏み込んで。
「だから俺には効かないよ! ――吼えろ、天の狼!!」
 放たれた闘気が狼へと変じ、闇を斬り裂くように獏へと喰らいついた。
「ちぇすとおぉーーっ!」
 続き肉薄したマーシャが裂帛の気合と共に放った斬撃は、美しい軌跡を描いて獏を斬る。
「こんちはーーっ!!」
 ピリカは全身から眩い光を放ち、その輝きで奮戦する仲間達を鼓舞激励する。
 夢喰いの獏を見やりながら、ピリカは思いを巡らせた。
 脳裏に浮かぶのは、最近良く見る甘い夢の光景。山の上のお菓子の家で、いくら食べても太らない夢のお菓子達をプリムと共に好きなだけ味わって過ごす――そんな夢だ。
(「こういう甘くて美味しい夢は、獏さんが食べても美味しいのかなっ?」)
 不意に目が合った獏は、興味を示すような素振りは見せない。甘く美味しく楽しい夢でも、その全てが欲しいものとは限らないようだ。
「……っ、」
 オウガメタルを全身に纏った奏多は、己を取り巻く悪夢の存在を認識する。
 それは、誰も欠けることのなかった日常。
 それは、遠き日に思い描いた未来。
 ――それは、
(「……ああ、本当に」)
 どうしようもなく悪夢で、けれど、奏多はそれがただの夢であることを、疾うの昔に覚めた夢であることを知っていた。
 ゆえに踏み込む足に迷いはなく、奏多は全身を覆うオウガメタルを『鋼の鬼』と化し、繰り出した拳で獏の守りを穿つ。
「……皆、」
 駆けつけて、共に戦ってくれている仲間達。
 皆の支えに、自分はひとりではないのだと思えば、確かな力が湧き上がる。
(「大丈夫、絶対に負けない」)
 だが、その時。星が瞬いたような感覚に、アリシスフェイルは目を瞠った。
 そして、ケルベロス達の猛攻によりモザイクの欠片を散らし始めていた獏が、その金色の瞳に己の姿を映しているのを『視て』しまった。

 ――悪夢が牙を剥く。
 例え、それが夢だとわかっていたとしても。
『それ』が、現実にあったことに、変わりはない。

「っ、アリス……!」
 奏多が彼女の名を呼ぶ。けれど、それは『今』は届かない。
 寝所で血の海に沈む母は既に事切れて。
 炎に包まれた屋敷は、音を立てて崩れ落ちてゆく。
 目の前で刀に貫かれた父は、鮮血を吐き出しながら逃げろと告げた。
 その言葉にアリシスフェイルは首を横に振り、
「お母さま! ――お父さま!!」
 血を吐く様に、発狂した様に、ただただ泣き叫ぶ――。

「――ほら、しっかり!」
 獏の視線を遮るように、顔中を涙で濡らしたアリシスフェイルの前に千歳が立つ。ガトリングガンの機械腕は眼前に、そして、空いた右手を千歳はアリシスフェイルへそっと触れさせて。
「全部夢よ、悪い夢。だからね、目をしっかり開けて、前を見てちょうだい」
「……千歳、っ、」
 そうして広げる、飴の華傘。中空に咲き誇る甘くやさしい飴色の華が、アリシスフェイルの心を現実へ引き戻す。
「――響いて、届いて、」
 楪・熾月が齎すのはあたたかくも穏やかな絆の癒し。
 シャーマンズゴーストのロティも、彼女の為に一心に祈る。
「大丈夫だよ、アリシス。君を悪夢に奪わせたりしない」
 宿敵と独り相対したあの日。駆けつけてくれた彼女の想いや差し伸べてくれた手のぬくもりは、戦いの中で熾月を支える確かな力となった。
 だから今度は、自分達が彼女の力になる番。
 その想いに、心に、アリシスフェイルはうん、と頷く。
 大丈夫、ちゃんと届いていると。
「どうか今、この場に立つ自分を見失わないでくれ、アリシス」
 そう声を掛け、アラドファルは光り輝くルーンの呪力を纏わせた斧で夢喰いを断つ。
「そんなにアリシスを苦しめるんだったら、もう容赦はしないよ!」」
 疾く、鋭く、軽やかに地を蹴って、スバルは理力を籠めた星を蹴り込んだ。
「見るなら拙者の大河ドラマもびっくりな、浪漫溢れる冒険活劇ドリームを見るでござるよ! ほら! ほらー!」
 獏の気を逸らそうと身振り手振りも交えてアピールしつつ、マーシャは兎らしい跳躍力で距離を詰め、無数の霊体を憑依させた得物で獏を斬る。
 戦場に降る優しい雨の雫はピリカが降らせているものだ。そして、フィエルテも生命を賦活する力をアリシスフェイルへと託す。
 もしその心が悪夢に囚われたままだったなら、眠り姫へのキスの代わりに、頬を音が出る程に強く叩いてでも目を覚まさせるつもりでいたけれど。
 その必要がなくなったことに内心安堵しつつ、研ぎ澄まされたナイフを構えた月音の瞳に映ったものも――やはり、悪夢の断片だった。
 ありふれた、ささやかな日常が崩壊してゆく音。
 教会で共に育った家族である孤児達の泣き顔と、今まさに無法者に穢されようとしている姉の姿。
 そして、ゆっくりと自分に手を伸ばす男の手。
「――見たわね?」
 やがて誰も居なくなった、焼け落ちた教会の風景越しに、月音は神すらも射殺さんばかりの瞳で夢喰いを見た。
「……お前は殺すわ」
 刃よりも鋭く冷えた声は、まるで呪詛そのもの。
 だが、この悪夢に終わりを齎すのは己ではないと月音は知っていた。
 ゆえに閃かせたナイフの刀身は、斬るではなくそこに『悪夢』を映す。
「――っ、嫌いだ、お前は嫌いだ!」
 視えたものに心を乱した獏の全身から吹き出した悪夢の帳が降り落ちる。
 アリシスフェイルにも注がれようとしたそれを払いながら、奏多は銀色の糸を編み上げた。
「大丈夫。此処が、今だ。――アリス」
 己自身にも言い聞かせるように奏多は紡ぐ。そして自分も仲間達も変わらず彼女の側に、――此処にいると伝えるように。
 銀糸が織りなす蝶はアリシスフェイルの元へ馳せ、癒しと浄化の力を託して虚空に解けていく。
「夢が欲しけりゃお前こそ、覚めぬ眠りに墜ちるといい」
 己の力と祈りをアリシスフェイルへ託し、奏多は夢喰いへ吐き捨てる。
「さあ、食いしん坊な夢喰いに仕置きの時間だ」
 眠れる程度の痛みだから。そう唱え、アラドファルは『星』を落とした。一つ、二つと空に焦がれた星の足音が、光る点と線となって浮かび上がり結ばれる。
「……、――皆、ありがとう」
 皆の手が、言葉があるから。ひとりではどうにもならなくとも、皆がいてくれるから。
 アリシスフェイルは腕で涙を拭い、真っ直ぐに獏を見据えた。
「もう、無いのよ。あの家も、皆も、お父さまも、お母さまも、どれだけ幸せな思い出でも、もう帰ってこないの」
 滅ぼすべき敵を捉えて離さない、アリシスフェイルの金色の瞳。そこに灯るものを見た獏が、震えながら息を呑む。
「あ……、っ……」
 けれども、もう夢喰いに逃れる術はなかった。
「見た目に反してとんだ性悪ね。これ以上、踏み躙らないで!!」
 吹く風が氷を孕んで駆け抜けていく。アリシスフェイルは終わりを齎す為の術を紡ぎ上げながら、夢喰いの元へ踏み出した。
「鉛から天石に至り、情に餓えた獣よ喰い破れ――」
 黒と灰の紋章が滲み、右腕が霜に覆われて、そこから膨れ上がった冷気が氷霧の狼となって現れた。
「寂寞敷きて氷り花、悔恨滲みて冱てる霧、心は永劫充たされる事無く――寂寥の凍咬!!」
 冬の気配纏う獣と共に、アリシスフェイルは鬼気迫る顔で夢喰いへと突っ込んでいく。
 氷狼が喰らいついた痕に残された『凍え』が、夢喰いの魂諸共噛み砕いて。
 やがて後には何も残さずに、モザイクの欠片は宙に消えていった。

「……俺、嫌な夢なら結構見た方だと思うけど、それでも夢は嫌いじゃないよ。だって、現実にはもう会えない人でも夢の中なら会えるじゃん」
 起きてから夢だとわかると、少し悲しくなってしまうけれど。スバルはほんの少しだけ寂しげにそう零してから、いつものようににっこりと笑う。
「祝勝会は、旅団に帰ってからしましょうね」
 戦いの場に残された痕跡を皆で癒した後、月音は微笑んでそう告げ、その場を後にした。
 ここから先は、誰も踏み込んではいけない二人だけの時間と、そう思ってのこと。
 きっと何事もなかったかのようにクリスマスが始まるのだろう。それこそ、夢だったみたいに。
 結局、甘い夢とはどんな甘さなのだろうかと、帰り際に聖夜の飾りを眺めながらアラドファルは思う。
 ショートケーキ味だったらいいな――とは、心の片隅でこっそり思うだけにしておいた。
 お疲れ様と労って、千歳はアリシスフェイルの掌に飴玉を一つ、そっと落とした。
「疲れたときには甘いものがいちばんよ。……と、ああ。いいところは彼氏にとっておかなくっちゃあ、ね」
 そう言って奏多へ微笑みかける千歳を見ながら、アリシスフェイルも思わず笑みを零した。

「……俺達も帰るか、アリス」
 結局、この場所は誰にも譲る気などないのだ。奏多は己が胸裡に灯した確かな想いを飲み込んで、アリシスフェイルへそっと手を差し伸べた。
「うん、……かなくん、あのね、」
 話したいことも、伝えたいことも、沢山ある。
 ぎゅっと手を握り返し、二人はゆっくりと――家へ続く道を、歩き出した。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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