今宵、この手にあのひとを

作者:六堂ぱるな

●欲しいものは貴方だけ
 一年の終わりが迫ってきた月の、ある夜のこと。
 鮮やかなイルミネーションに彩られた街のメインストリートからそれて、少し暗い道へふらりと立ち入った。行き交う人の熱気にあてられていたのかもしれない。
 冷たい風をあびて首を竦めた時、目の前に人影がまろび出た。
『ああ、あ、貴方。見つけた、わ』
 しばらく動いていなかったスピーカーからのように、ひどくざらついた声。人影のぎくしゃくと不自然な動きは、操り人形のようで。
 ――何よりもその声が、聞き覚えのあるもので。
 アッシュ・ホールデン(無音・e03495)は己の表情が凍りつくのを止められなかった。
『ねえ、どこへ行って、いたの?』
 言葉は少しずつ滑らかに、声のざらつきも取れていく。ひどく歪だった動きも人間らしさを思いだしたように自由に。見覚えのある角度で首を傾げ、街灯の下へ身を晒したのは。
『ずうっと、そばにいてって言ったじゃ、ない。ずっと、ずっと、ずっと』
「……どうしたんだ、その身体……」
『ずっと、貴方をサガシテ捜してさがして、大変だったのよ』
 壊れたように繰り返す女の目は、アッシュだけを映している。女、というのは正確な表現ではない。肘や膝、肩には金属の関節部品が見えて、幾度となくデウスエクスと対峙していれば嫌でもわかる。あれはダモクレスだ。
 なのに、その顔は、声は、仕草は、見覚えのある女そのもので。
 これは何だ。彼女がダモクレスになったのか、ダモクレスが彼女の顔と声を模しているだけなのか?
『約束したじゃない。したよね。そうでしょ? どこへもいかないで、ね?』
 過去の記憶が鮮明に蘇る。あの日も彼女は包丁を手にして言ったのだ。
「――!」
 名を呼び、こわばった表情のまま跳び退るアッシュへ、女は出刃包丁を振りかざし苦も無く肉薄する。

 今度こそ。
 貴方を殺して私だけのモノにするの。

●狂おしいほどに
 いささか青ざめた顔で、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロスたちを振り返った。
「至急、救援をお願いします。このままではアッシュさんは、一人きりでデウスエクスと戦うことになってしまいます」
 何故かこんな時に限って、アッシュへ連絡を取ろうとしているが繋がらない。無論彼は腕ききのケルベロスだ。それでも、一人きりであしらうには荷が勝ちすぎる敵だった。
 不幸中の幸いと言うべきか、メインストリートから離れていて不自然なほど辺りに人はいない。そして何故かはわからないが、ダモクレス特有の兵装ではなく、持っている包丁でトドメを刺すことにこだわっているようだ。
「相手は女性型のダモクレスで、アッシュさんは彼女を『三笠・繭美』さんと呼びました。実際のところどうなのかはわかりませんが……」
 可愛らしいとすら言えるはずの顔立ちのダモクレスがアッシュを見る目を思い出し、セリカの表情が翳る。
「……並みならぬ執着を感じます。どうぞ充分に警戒なさって下さい」
 あれほどに執着があるなら、他者の介入は怒りを招くに違いない。
 裏通りとあって街灯は少ないが、ケルベロスにとって戦いに支障があるほどではない。彼女はトドメこそ刃物でと思っているようだが、ミサイルやブラスターなどの兵装も活用してくる。
 セリカが全力で向かうから、アッシュが襲われてほんの2、3分で現場に着くはずだ。
「アッシュさん一人で戦わせるわけにはいきません。どうか皆さんの力も合わせて彼女を撃破して、皆さん揃って戻って下さいね」
 ひどく心配そうな顔のセリカに、ケルベロスたちは頷きあって支度を始めたのだった。


参加者
鈴代・瞳李(司獅子・e01586)
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
キアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)
櫂・叔牙(鋼翼朧牙・e25222)
清水・湖満(氷雨・e25983)

■リプレイ

●過去からの追手
 身体をかすめる刃を躱して跳び退ると、目の前のアスファルトが砕けてすり鉢状に凹んだ。只の出刃包丁で出来ることと思えないが、武器を包丁で最適化しているのだろうか。
『ね、これで私も貴方とおなじでしょ?』
 冷え切った夜気を裂く刃の鋭さはあの頃とは比べ物にならない。振り切ることすらできず、アッシュ・ホールデン(無音・e03495)は呻きをもらした。
『ねえアッシュ、考え直して。私頑張ったでしょ? これならずっと一緒って約束、守れるでしょ?』
「……人の話聞いてないのも相変わらずだな。言ったはずだ、あんたの望むような形で傍にいてやる事なんて出来ない」
『どうして?』
「何時も一緒にいてくれてお前だけを好きな幻想の俺は、今あんたに刺されて死んだんだとあの時言ったろ」
 幻想、という言葉でスイッチが入ったように、『繭美』の表情は険しく歪む。
『……うそ、ウソ、嘘。貴方に嘘をつかせているのは誰なの? あの女なの?!』
 癇癪を起した子供のように金切り声をあげ、彼女は首をぶんぶんと振った。同時に距離を詰めながら心臓を狙って包丁をふるえるのだから大したものだ。
 言葉は支離滅裂でも心臓を狙う動きに迷いはない。街灯の光を撥ねた刃が迫った。

●救援の手
 刃がアッシュの身体に食い込む、その前に。
「その呪いじみた約束、こちらが上書きしてやろう!」
 間に身を捻じ込んだ鈴代・瞳李(司獅子・e01586)が、パイルバンカーのフレームで刃を跳ね返した。『繭美』がバックステップして目を剥く。
『あ……貴女!!』
 その形相に苦笑をこぼして、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)も肩を竦めた。
「随分ご執心だなぁお嬢サン。しつこい女ってのは醜さ顔に出るヨ?」
『なんですって?!』
 女の顔面へキソラの【残骨】が放った竜砲弾が叩きこまれた。狙い澄ました一撃の重さで吹っ飛ぶ『繭美』へ、櫂・叔牙(鋼翼朧牙・e25222)が穏やかな声をかける。
「自分の世界を、持つ事は……良い事なのですが。貴女の物は『自分だけの世界』だったのですね……」
 叔牙の背中でエネルギー放出フィンが起動。発光とともに生成された活性エネルギーは仲間の前衛たちに力を与えた。全身の賦活を感じながら清水・湖満(氷雨・e25983)が加速する。ビルの壁を蹴って路上へ戻る『繭美』に頭上から炎の尾を引く蹴撃を叩きこみ、アッシュを振り返った。
「アッシュ、初めまして。あなたの助太刀に来たしがないケルベロスです」
「すまん、ありがとな。世話をかけるが手を貸してくれ」
 仲間が来たことを安堵すべきか、申し訳ないと思うべきかという顔でアッシュが頷く。怪我がないかキアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)が確認していると、背後から血を吐くような叫びがあがった。
『アッシュを……人のものに手を出すなんて、この女!』
 瞳李へ掴みかかろうと『繭美』が疾る――その頭上。一瞬昼のように明るくなったのは、魔力集中で生み出された紫電が輝いたからで。凶悪な形相のダモクレスを見下ろし、自身を強化する術式をまとう小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)が吐き捨てる。
「コレが、いわゆるヤンデレ……ってヤツ?」
 あちこち釘が飛び出た愛用の真っ赤なバールを握り、『繭美』の頭を殴り飛ばした。ビルのエントランスに突っ込んだ彼女を追い、追い討ちの殴打を数撃。
 獣のような唸りと共に放たれた腕の一閃を避けて退き、里桜は眉を逆立てた。
「アッシュの気持ちとか無視して、殺して自分のモノにするとか最ッ低じゃん!」
『また女……ガラの悪いこんな女が!』
 喚いた『繭美』が肩のフレームを展開してミサイルを発射した。アッシュに見えない瓦礫の陰からという辺りに顔をしかめつつ、瞳李は完璧にアッシュを庇う。湖満と里桜も被弾し、キアラがケルベロスチェインで陣を敷いた。展開する魔法陣で傷を幾分塞ぐ。
 瓦礫を掻きわけ現れた『繭美』に瞳李はありったけの精神力を動員して、派手な爆発を引き起こした。勢いで再び瓦礫にまみれる『繭美』へ迫り、己の目元に触れたアッシュの指先から淡い青の炎が噴き上がる。
 青い火焔を叩きつけられたダモクレスの顔が歪み、アッシュへ腕を伸ばした。その腕にアンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)は星が落ちるような蹴りを叩き込んで捕縛を防ぐ。
『アッシュ……!』
 吹き飛びながらなお叫びに満ちる執念に、アンゼリカは息をついた。

●盲目の妄執
 足を殺し爪牙を折る。手堅い戦術をとるケルベロスたちに対し、妄執のまま動く『繭美』が優位を取れるはずがない。5分と経たずにダモクレスは傷とあらゆる状態異常にまみれていった。
「さーて、どっこまで増えるかなー……なんて、ね!」
 里桜の攻撃は苛烈を極めた。残虐な形に変形したナイフが『繭美』に回復が難しい傷を刻みつけていく。真っ直ぐな彼女には、このダモクレスの思考が我慢ならなかった。
「なんかムカつくから、ブッ壊れる瞬間までとことん邪魔してやる……!」
『何なの貴女! 私のアッシュを知らないくせに!!』
「俺も知らんけどな。約束も、『あんたの俺』も」
 ここまで話がかみ合わないと疲労がかさむ。げんなりした顔のアッシュから邪竜の麻痺毒を含んだ紫炎が躍り出た。妄念に憑かれたダモクレスの体とて蝕んでいくだろうが、瞳李は苛立ちを禁じ得ない。
「またお前は私に邪魔されるんだな。覚えているだろう、あの時もお前からアッシュを奪った女だ」
 余裕の笑みで言い放てば『繭美』は憤怒の形相で向き直った。そのど真ん中、鳩尾あたりに渾身の回し蹴りを叩きこんでやる。確かな手応えを感じはしたが、バネ仕掛けの人形のように跳ねた『繭美』は瞳李の頭を鷲掴みにした。
 勢いのままアスファルトへ叩きつけられた――瞬間、記憶の底からトラウマが引きずりだされてくる。
「執着、なあ。追うモンが見えんくなったら終いだろうに」
 呟いたキソラがアスファルトを蹴った。身軽に『繭美』の頭上に舞うと、ルーンアックスを頭蓋へ思い切り叩きつけた。ダモクレスの絞めつける手が外れ、苦痛と悲鳴を堪え瞳李が跳び退く。
 『繭美』を引き離すべく、アンゼリカはドラゴニックハンマーを砲撃形態へ変えた。
「女ならではの独占欲は、理解はできる。だが人を捨てた君にかける情けはないな」
 少年めいた性格はしていても、アンゼリカとて女には違いない。
「恋はするのもではなく、落ちるもの。そして恋した相手の全てが欲しくなるとはいったものだ、けれど」
『そう、そうよ。私たちは相思――』
 砲弾は吼える『繭美』の足をしたたかに直撃し、半回転して吹っ飛ぶ彼女へアンゼリカは残りの言葉を継ぐ。
「……想いは必ずしも届くものではないよ」
「ええ。世界は……貴女だけの為の物では、ありませんし。アッシュさんも、貴女だけの物では……ありませんよ」
 語りかけつつ、叔牙も理力を凝らせたオーラを女の背中から思い切り蹴りこんだ。もう彼女に届かないのだとしても、誰かを愛していればこそ言わねばならない。
 この場の誰とも親交のない湖満すら、アッシュを助けにきた仲間の暖かさと声が届かない敵のありように吐息しか出てこなかった。
「色々な想いがあるかもしれへん、でも倒すしかないんだね……さ、やるよ」
 最後は己に言い聞かせる。エアシューズで疾走するとヒールが火を噴き、炎の弧を描きながら跳ね起きた『繭美』の側頭部へ蹴りを叩き込んだ。
 うめき声をあげてまだ立ち上がる彼女へ、キアラは黙っていられず声をかける。
「夢に酔っていてもその身体はツライでしょう? もう眠ってもいいんですよ。私達が終わらせて差しあげます」
『イヤよ、アッシュとこれで一緒だもの!』
 返ってきた絶叫に目を伏せた。
 亡き父が弟のように可愛がっていたアッシュを叔父とも思っている。彼の憂いを除き、瞳李と幸せになって貰いたいという一念で来た。オウガ粒子を前衛の仲間へ拡散して傷を塞ぎつつ、彼らの感覚を研ぎ澄ます。
「清算したつもりの過去に、こうして再度迫られる事になるとはなぁ……」
 重いため息をついてアッシュが唸った。どこまでいっても彼女が追っているのは、自分の姿をした彼女の理想。理想は所詮虚像だと言うのに。
 人外になってまで彼の日常を破壊しに現れた『繭美』に、瞳李は心底腹が立っていた。
「今回もお前に勝機は微塵もなければ、お前にくれてやるモノは一つもないぞ」
『この、女あ!』
 挑発を真に受けた『繭美』が再び瞳李へ照準を定める。

●朽ち果てて
 ダモクレスの指が瞳李を掴み損ねる。既に足は彼女の思い通りには動いていない。苛立ちに眉を吊り上げる『繭美』の攻撃を避けた瞳李は、反撃の蹴りを首に見舞う。
『……!』
 真正面から咽喉に踵を叩きこまれダモクレスは声を失った。発声器官が壊れたようだ。それでも退かない『繭美』の眼前に湖満が飛び込む。
「邪魔。退いて」
 発動の言葉と同時、己への負荷も構わず、湖満は瞬時に腕を凍りつかせて渾身の一撃を捻じこんだ。打撃は重く、体を蝕む氷は内部まで侵食する。
「咆えろ――礫嵐ノ噪音」
 キソラが白い髪を乱して喚ぶのは風だ。人ならば恐怖や不安を呼ぶ風は礫を孕んで渦をまき、ダモクレスに身動きすら許さず唸りをあげる。無理に前へ進もうとした『繭美』の足に亀裂が走り、遂に右足が機能を止めた。
 ところどころ皮膚の下から金属光沢の見える体をアッシュのナイフが切り裂く。漆黒の刃のナイフが翻るたびに「血染めの舞踏」の名に恥じぬ血が舞った。ぐらり傾く女と視線を合わせ、瞳李は瞬間的に意識を集中。焦点のダモクレスが大爆発に巻き込まれる。
「ブッ壊す!」
 尚も瞳李へ近づこうとする『繭美』の背後へ回り、【死中求活】を振りかぶった里桜が渾身のフルスイングを食らわせた。
 もう彼女の攻撃が仲間に命中するとは思えない。キアラは鎮魂歌を歌い始めた。
「癒し、清めよ。鎮めの焔よ」
 紡がれる歌声が皓い焔へと変わり、『繭美』の体を焼き焦がしていく。苦痛に身をよじる女の死角に回りこむ叔牙の背で、フィンが排熱の為に淡く色づいていた。
「愛するとは、相手の心を奪い取り。自分の心を、与える物ですが……自分の理想を。一方的に、押しつけるのは……違うと思います」
 螺旋の力を込めた拳は背を打ち抜き内部を破壊する。哀れとは思いながらも、アンゼリカは踏み込んだ。
「見たまえ、我が光は、敵対する者を焼くのみではない!」
 放つ光はあらゆるものに畏怖と衝撃をもたらす。狂乱のままに暴れ続けたダモクレスの駆動系に、凍れる光は致命的なダメージを与えた。悲鳴を上げることもできない体が路上に崩れ落ちる。

 ダモクレスは惨憺たる有様だった。脚の駆動系は軒並み破壊され、肩を砕かれて腕も上がらない。それでもやまない妄執と怨嗟のこもった視線のおぞましさ。
「悔いはない? それなら、最期をお願い」
 湖満の言葉に応じて一歩進み出たアッシュは、諭すように語りかけた。
「大事なもんを傷付ける奴にかけてやる情けは、生憎もう持ち合せがねぇんだよ。だから此処で……さよならだ」
 【夜鴉】の刃を突きつける。けれど『繭美』の顔の狂気じみた歓喜に気づいた瞳李は、アッシュを制した。途端に怒りで『繭美』の表情が歪む。
「本物でも偽物でも。お前に、これ以上やるものは何もない」
 アッシュの心に、この女を殺したという疵もつけさせたりしない。
 白藤の地で、私が守るからと約束したのだから。
 パイルバンカーを起動して杭に凍気をまとわせると、瞳李はひと息に打ちこんだ。そこだけを見れば生身のような『繭美』の胸の真ん中に大穴が穿たれる。

 怨念こもる表情のまま、ダモクレスは完全停止した。
 動きを止めた『繭美』の体から炎があがる。彼女自身の魂を焼き焦がしたように今度は身を焼き尽くし、跡形もなくこの世から消えてなくなっていった。

●手にしたもの
 周辺のビルは一部崩落していて、瓦礫をキソラとアンゼリカでひとまず歩道まで押し戻しておいた。
 叔牙と瞳李の治療を終えたキアラは目を閉じ、次は幸せになれるよう、執着を捨てて眠れますよう、と繭美を想って祈りを捧げている。『繭美』の体が在ったところに一輪の白菊を供えた叔牙も、瞑目して合掌した。
「彼女は、自分の世界から。出る事が出来なくて……誰とも、同じ世界を見る事が……出来なかったのかも、知れませんね」
 そこから先は、口にはしなかったけれど。
(「だから、その可能性が些少でもある人に。執着したのかも知れない」)
 世界を交換して、共感し合える相手が居る自分は幸運なのだろう、と叔牙は思う。見ている世界は人それぞれで、だからこそそれぞれが大切なのだけれど。
「……出会いの分だけ別れがある、それがこの世の理念ね」
 呟いた湖満も頭を垂れて十字を切ると、皆に幸あれと祈った。アッシュを救いにきたこの場の誰の志も尊いものだ。
 一瞬だけ目を伏せたアッシュは黙祷したようにも見えて、瞳李は口を噤んでいた。切り替えを済ませたように彼がいつものような声を仲間にかける。
「さて、帰るとしますか。そうそう、面倒掛けた分、せめて飲み物くらいは奢らせてもらわねぇとなぁ」
「あ、アッシュ! それならブラックコーヒー、ゴチになりまーす! 温かいの!」
 明るい里桜の声が重苦しい空気を吹き飛ばす。付近に自販機はないようだから、表通りまで戻る必要がありそうだ。
「ねぇねぇ、鈴代やキアラも一緒に飲もうよー!」
 声を弾ませる里桜に瞳李が頷き、キアラがにこやかな笑顔で首を傾げた。
「アッシュさんが奢ってくれるんですか? そう言う優しい所が女性に好かれるんでしょうね」
「いやそういうんじゃなくてな?」
「じゃあ高いコーヒーでも奢ってもらおうか」
 ぱっと明るく言い放つ瞳李にアッシュが苦笑する。それを眺めていたキソラは思わず吹き出した。彼が、彼の大事な人達が傷付かなければ、それが一番だと思っていた。
「いやー、じゃあ遠慮なく奢ってもらおうかネ」
「うむ。ごちそうしてくれるなら、喜んで」
 同じく二人を眺めていたアンゼリカも微笑んで頷く。想いは必ずしも相手に届くものではない。我が最愛の人は、私の告白を受け入れてくれたけれど。
(「私は恵まれたものだよ。私の心は、我が姫から動くことは、けしてない」)
 立ちあがった叔牙はアッシュに目だけで促され、微笑んで返答した。
「それなら……ミルクティーを」
「よし、んじゃ買いにいくか」
 いつもの様子のアッシュが表通りへ向かって歩き出す。里桜に引っ張られていく瞳李やキアラを眺め、エリスさんに手土産を買っていこう、と思いつつ叔牙も後に続いた。

 あのひとと離れたくない。あのひとを渡したくない。あのひとを誰にも見せたくない。
 ――そんなさびしい女が眠りについた、寒い夜の話。

作者:六堂ぱるな 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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