バイ・バイ・ベイビー

作者:秋月きり

「――っ?」
 炎の尾を見た。彩り豊かな炎色は、確かに赤、黄、緑、青、紫の5つの色をしていた。
(「こんな街中で、炎?」)
 疑問を覚えながらも、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は自身の見た『何か』を追ってしまう。妙な胸騒ぎがした。その炎を自分は知っている。それらに訪れた終焉を自身は知っていた。――その筈なのに。
(「まさか?」)
 気が付けば薄暗い路地に迷い込んでいた。ビル群によって生み出された闇は、夜に於いてなお暗く、しかし、その中で不釣り合いな程明るい存在がいた。
 外見だけを言うならば、体長5メートル程度の提灯鮟鱇と言った処か。深海魚を思わせるぬらりとした表皮は、地上にあっても同じ輝きを宿している。
 そして何より特徴的なのは、頭から生えた発光気管――誘因突起が五股に分かれている事と、それらが赤、黄色、緑、青、紫色の発光を行っている事だ。
 まるで、炎色反応の様な色合いに、ウィゼの顔色が変わる。
「――死神!」
 宙を泳ぐ怪魚など、死神でしかありえなかった。
 ならば、それが意味している事は一つ。
「食ったのか。お姉らを!」
 死したデウスエクスをサルベージするのもまた、死神の所業。そして、自身が蘇らせた存在の力を取り込む事に、何の不思議があろうか。
 戦慄するウィゼに、怪魚は牙を剥く。その様はまさしく。
(「次はあたし、と言いたい様じゃの」)
 自身の得物を引き抜きながら、ウィゼはギリリと歯噛みする。
 仇討ちなどと言うつもりは無い。その資格を自分が有さないの知っている。
 ただ、自身の縁を喰らったこれを放置する訳にいかない。
 責任感だけが、ウィゼの身体を突き動かしていた。

「ウィゼ・ヘキシリエンがデウスエクス――死神からの襲撃を受ける」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)の言葉にヘリポートに集ったケルベロス達――とりわけ、彼の元部下であったグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)がはっと息を飲む。その様子に気付いたのか否か。ザイフリートは自身の言葉の続きを紡ぎ出す。
「ウィゼに連絡を取ろうとしたが、それは叶わなかった。既に交戦中と思われる。救出の為、至急、ヘリオンに乗って欲しい」
 ウィゼを襲った存在は『混濁炎魚ショーラファウダー』。巨大な深海魚型の死神だ。
「ショーラファウダーの能力は炎による攻撃と、噛みつきだ。また、自身が生んだ炎を纏う事で傷を癒す能力も有しているようだ」
 能力は単純そのもの。その分、個々の能力が強力と考えた方が良いだろう。
「また、配下はいないようだ。戦いは単純な力と力のぶつかり合いになるだろう」
 ザイフリートの言葉にグリゼルダはこくりと頷く。しかし、知性の無い下級死神ならいざ知らず、相手は相応の力を有したデウスエクスだ。単純な力押しではケルベロス側の不利だと思う。それを努々、忘れてはならないと自身を戒める。
「やる事はいつもの通りだ。ウィゼを救出し、死神を撃破して欲しい。頼んだぞ」
「はい! 必ず!」
 ザイフリートの依頼を受け、ケルベロス達は意気揚々とヘリオンへ向かう。
 その様子に、ザイフリートは満足げな笑みを浮かべ、鷹揚に頷くのであった。


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
ルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)
セラフィ・コール(姦淫の徒・e29378)

■リプレイ

●混濁炎魚の咆哮
 炎が燃え盛っていた。その色5色。赤、黄、緑、青、紫の輝きは闇夜を、そしてウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)の表情を照らしていた。
 浮かぶ色は闇よりなお暗く。その理由はひとえに――。
(「おねえ達――」)
 赤のリチウ、黄のナトリ、紫のカリム、緑のカッパー、そして、青のホスフィン。
 目の前の死神が抱く色彩豊かな炎は、炎彩使いと呼ばれる5人組のシャイターン――彼女達の炎ではなかったか。
(「次はあたし、と言いたい様じゃの」)
 提灯鮟鱇を思わせる顔は大きく裂け、鋸のような乱杭歯を覗かせている。強大な体に形成された巨大な口は、人一人を丸呑みにしても足りる大きさで、まして、ドワーフのウィゼの身長であればひとたまりも無いだろう。咀嚼し、飲み込まれる様を想起してしまい、可愛らしい表情が痛々しく歪んだ。
「シャアアアアアア」
 威嚇の声は怪魚から発せられる。
 ウィゼから見れば縁とも呼べる邂逅だが、怪魚から見ればただの偶然なのかもしれない。どのように食らい付くか、考えあぐねていても不思議はなかった。
 しかし、デウスエクスでもなく、一介のケルベロスである彼女の力量は、5人のシャイターンとは比べるまでもない。この睨み合いも一瞬で終わるだろう。
(「あたし一人では返り討ちに遭おうとも……」)
 体勢を低くし、限界まで自身のバネを絞る。
 刹那、炎が煌いた。
 ウィゼの繰り出したそれは炎の蹴りだった。地面と靴との擦過から生まれた炎熱は靴を覆い、蹴打の一撃は怪魚に振り上げられる。
 対して怪魚――混濁炎魚ショーラファウダーは五色の炎を吐き、夜闇を薙ぐ。
 弾けた二者のグラビティは何かに導かれる様にぶつかり、そして、派手な火花を周囲に散らしながら爆発し、消失した。
(「相殺?!」)
 極めて稀に起きるその現象を、ウィゼは知っていた。これもおねえ達――炎彩使い達の導きかと驚愕する。
「おねえ達の魂を解放するのじゃ!」
 自身を奮い立たせる為に上げた鬨の声に、怪魚の瞳は何を映すのか。
 ただ、炎浮かぶ提灯の様な触手の色だけが、その瞳を染めていた。

 ウィゼと混濁炎魚ショーラファウダーの衝突により発生した爆発は、彼女を捜索する9人のケルベロス達にとっても僥倖であった。
「ウィゼちゃん?!」
 草刈り鎌を携えたルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)の声にイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は自身のサーヴァント、相箱のザラキと共にこくりと頷く。ヘリオライダーの言葉通り、既に戦闘は始まっているようだった。
「一刻の猶予も無いのです!」
 明かり片手のヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)の声に、ウイングキャット、ヴィー・エフトが短い鳴き声で応じた。
 相手がオークや竜牙兵、下級死神一体程度であるならばともかく、死神であるデウスエクス一体と、ケルベロス一人とでは戦力に開きがあり過ぎる。ヘリオライダーが彼女達7人に加え、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)を遣わせた事を考えると、その差異が絶望的なのは、痛い程判った。
 光る翼を広げ、夜を飛ぶリューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)もグリゼルダも、獣の俊足に任せて駆けるエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)もルアやヒマラヤンも、小柄な体躯にも関わらず手足を忙しく動かして走る小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)も、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)も、そしてセラフィ・コール(姦淫の徒・e29378)も想いは同じだ。
(「必ず間に合わせる!」)
「そうだよね!」
 グリゼルダの援護に来たユルもまた、同じ思いで走っていた。
 やがて夜の闇が開かれる。それはその路地に炎輝く敵の存在があったが故に。
「――おお、皆来てくれたのか」
 ぱっと顔を輝かせるウィゼは歓喜を口にし、対する死神はしかし、表情を動かさずに唸り声だけを発する。
(「何を思っているのじゃ……?」)
 獲物が増えた歓喜か。獲物に仲間が現れた事による狼狽か。しかし、それを伺う事はウィゼに出来なかった。
 謎多きデウスエクス達の中で、最も謎深き存在であるデウスエクス種族が死神だ。それが何を考えているのか、人の枠から抜け出せないウィゼが推測する事すら、土台無理な話だったのかもしれない。

●五色の残滓
 五色の炎が燃え盛る。
 混濁炎魚ショーラファウダーの全身を覆ったそれはしかし、怪魚の身体を焼かず、鱗の如く強固な防護片を形成していた。傷つける炎ではなく、癒し強化する炎を纏ったと言う事か。
「全てを終わらせましょう、ウィゼさん!」
 小型治療無人機を召喚するイッパイアッテナの叫びに、ウィゼはこくりと頷く。相箱のザラキの咬撃もまた、主と同じくウィゼの背を押するように、怪魚へ食らい付く。
 元よりそのつもりだ。魂を喰われた5人のおねえ達の無念を晴らし、彼の死神から彼女らの魂を開放する。此度、その為に拳を振るうつもりだった。
「ヴィーくん、行くですよ!」
 無人機の群れに紛れ、一対の猫が疾走る。
 一人はヒマラヤン。妖しく蠢く幻影を纏い、己の妨害能力を高めていく。
 そしてもう一体はヴィー・エフト。彼から投擲された尻尾のリングは混濁炎魚の魚身を切り裂き、ぱっと炎の華を夜に咲かせた。
「おねえ達の魂を返すのじゃ!」
 続くウィゼはガジェットを衝突角の如く変形させ、吶喊。ギュルギュルと螺旋を描くドリルの刃に貫かれ、血肉が舞い散った。
 否、舞い散ったのはショーラファウダーの血肉だけではない。鱗の如く身体を覆う炎もまた、その猛威から逃れる事が出来なかった。
「さっさと終わらせて帰るわよ!」
 その為に迎えに来たんだから、と息巻くリューインは流星と重力の煌きを纏う蹴りを死神に叩き付ける。機動を奪う蹴撃は、宙を泳ぐ死神相手でも健在だ。夜闇に木霊する叫び声はその証左だろう。
 主の奮闘に、ビハインドのアミクスもまた、念動力で応じる。ショーラファウダ―が破壊したと思わしきコンクリート片は、そのまま砲弾宜しく、浮かぶ魚体へと叩き込まれていく。物言わぬアミクスだが、その手応えは、主のリューインに宿った笑顔で容易に推測出来た。
「良く分かりませんが、あの死神はウィゼさんの家族を奪ったと言う事なのですね?」
 防御の構えを取るエニーケの台詞に、ウィゼは表情を曇らせる。
「……違うやもしれんな」
 呟きは力なく形成され、金色の瞳は遥か遠くに向けられていた。
 家族かと言う問いならば、答えは否だ。何れも縁があり、最期を看取る事になった敵でしかない。
 そして、奪ったのかと言えば、それも否だった。彼女達が帯びた任務は地球に住むケルベロスとしては到底許し難い内容で、だから、任務を妨害し、そして5人を討った。
 ならば奪ったのは――。
(「あたし達、なのじゃ」)
 誰かに責められる内容ではない。自身らは正しい事を為し、その結果、炎彩使い達の命を絶つ事になった。そうでなければ地に伏していたのは、そしてこの死神に食われていたのは自分達だったかもしれない。それも判っている。
 それでも――。
「それでも、こんな最後はあんまりやって、おばちゃんもそう思うわ」
 回し蹴りを敢行しながらの真奈の台詞は、ウィゼの想いへの肯定であった。全て判ってる。だから悩まなくていい。小さな体から溢れんばかりの母性は、暗い考えに陥りそうなウィゼの思考を優しく包みこむようであった。
「とっとと倒してあげるから、そこで大人しくしてなっ!」
 今は死神の牙と炎からウィゼを守る方が先決と、ルアは双節根と化した如意棒――マジックステッキで死神の身体を殴打する。何はともあれ無事に帰ってきて欲しい。その想いは彼も周りと変わらない。
「帰ったらディナーの一つも奢って貰うよ」
 くすりと笑うセラフィはバイオレンスギターをかき鳴らし、奮起の歌を奏でる。
 戦いの果てにあるものは帰還だ。必ず帰る。そして今日の苦労を笑い話としてしまう。その為に戦うのだと、小さなサキュバスは艶やかな表情で笑う。
「それじゃあ、これから叩き潰すよ。覚悟してね」
 彼の宣言に返って来たのは、炎の嵐と死神の奏でる咆哮であった。

(「おねえ達、ですか」)
 悼みの歌を奏でるグリゼルダは、先のウィゼの言葉を想起していた。
 5人の炎彩使いの最期はグリゼルダも聞き及んでいる。内一人はウィゼと共に最期を看取った過去もある。
(「それでも、そんな偶然が起こるのでしょうか……?」)
 ケルベロス達に殺されたデウスエクスの魂を死神達がサルベージし、己の勢力の為に使役している話は知っている。それが顕著な事件に関わった事もある。
 だから、ウィゼの考えは理解できる。ありえない話では無い事は、十二分に理解出来た。
 それでも、偶然が過ぎるのではないか。その想いをグリゼルダは拭い去る事が出来なかった。
「でも、そう言う偶然を宿縁と呼ぶのかもね」
 救国の聖女のエネルギー体を自身らに宿しながら、ユルは微笑む。
「たまたま5色の炎を持っているだけの死神がウィゼくんを襲い、それをウィゼくんが『5人の炎彩使いを食べた敵』と思い込んでいるだけかもしれない。もしくは何者かが裏で糸を引いていて、混濁炎魚ショーラファウダーと言う死神に炎彩使い5人の魂を食べさせ、挙句にウィゼくんを襲撃させたのかもしれない」
 ヘリオライダーの予知に無かった以上、それら全ては推測でしかないと、デジタルの魔術師は断言する。
「だから、この物語はウィゼくんの思う通りで。……それでいいんじゃないかな?」
 デウスエクスが暴れる予兆があり、ケルベロスとしてそれを見過ごす訳に行かない。だから、退治し、平和を取り戻す。
 これはいつもの事をするだけの話だと告げる友人の言葉に、グリゼルダは是と頷く。
 敵対する死神は何も告げない。何も語らない。
 ならば、そこに込められた幾人幾多の想いを汲み取り、最後まで見届ける。それが自分の役割だと、グリゼルダは強く頷く。

●バイ・バイ・ベイビー
 夜の闇の中に怪魚の咆哮が響く。否、それは叫びだった。尾を引く声は、自身に纏わりつく不利益を忌避する叫びだった。
 禁癒、炎、石化、麻痺、毒、そして鱗と纏う護身の炎は剥がされ、機動能力を割く攻撃は混濁炎魚ショーラファウダーの身体を切り裂いている。
 ありとあらゆる不利益――厄と迄呼ばれるそれを刻まれた混濁炎魚はのたうち、零れ落ちる血肉を空に散らし、消滅させていく。
 終わりが近い事は誰の目にも明白だった。
 10人と3体。幾多に突き付けられた地獄の番犬の爪と牙は、その命を奪うのに充分な威力を秘めていた。
「ま、あんたも強かったんやで」
 額に浮かぶ汗を拭う真奈は、手の甲でそれを拭うと、荒い息を吐く。
 自分とグリゼルダ、そしてユル。3者で治癒を請け負ったからこそ、ケルベロスの誰も倒れていない。苦戦こそしたものの、誰か倒れると言う辛酸を舐めずに済みそうだ。
「だからもう、終わりにしたるわ。――すべての攻撃はここに戻ってくる。遥か昔の分も含めてな」
 そして弾丸の如きドワーフの身体から発せられた正拳が死神の身体を強襲する。
 拳に宿る色は5色の彩炎。死神の炎すら喰らった降魔の力が一条の熱線となって、混濁炎魚ショーラファウダーを貫いたのだ。
「御託はいいからとっとと死んでくださいな、この野蛮人ども。いいですか? 私は自重しませんわよ」
 エニーケの怒りは面罵となって混濁炎魚ショーラファウダーに叩き付けられる。言葉が通じるのか、はたまた、言葉の意味を理解出来るのかは謎だったが、それでも怯み苦しむ姿を見る限り、彼女が口にした罵倒は、文字通り痛烈に死神を襲ったようだ。
 二者のグラビティを前に、混濁炎魚の身体がぐらりと傾く。
「さあ、レクイエムを奏でよう。二度と黄泉から迷い出る事がないように。死者に相応しいのは眠りだけだ。もう二度と目覚めない、安らかな終焉を上げる」
 セラフィの奏でる歌は鎮魂歌。ブラックスライムが転じた槍と共に紡がれるそれは、死にゆくデウスエクス――死神と、それに取り込まれた哀れな魂に捧げる葬送曲だった。
「いまです! 皆さん!」
 イッパイアッテナの宣言の下、飛び出すのは4つの影だった。
「神々より託されしこの一投、神殺しの一撃を受ける栄誉をあなたに授けましょう。そして真の死をあなたに。……クングニルバスター!!」
 リューインの投擲する槍は裁きの雷光を纏い、死神の身体を貫き、焼き切り。
「いまコロスから逃げんなよ!!」
 飛びつくルアの拳は怒りと共に振り下ろされ、打刻痕を魚体に刻み込んでいく。
「魚には魚を、なのです。行くのですよ! コード=ブルース!」
 ヒマラヤンがグラビティで編み上げるのは、機械式の鮫だった。牙から滴る毒は、治癒を阻害する邪毒。如何なる炎を用いても浄化できない穢れを纏い敢行された噛みつきは、混濁炎魚ショーラファウダーの鱗を切り裂き、身体に食らい付く。
 3者の息の合った連続攻撃に響くのは悲鳴だった。
 だが、それが終局ではなかった。
 雷光と拳、そして牙。その全てを受けきった死神はしかし、這う這うの体を為しながらも、まだ立ち尽くしている。
「終わりを!」
「トドメはウィゼちゃん! やっちゃえ!!」
「頑張ったら飴ちゃん、あげるけんな!」
「いっけーーっ!!」
「ウィゼ、とどめをお願い!」
 そして5者5様の声が響いた。
 それは彼女を支える声援。彼女に向けられた歓声。そして、彼女に込められた期待だった。
 それらを一身に受け、ウィゼのガジェット――アヒルちゃんの目が怪しく輝く!
「アヒルちゃんミサイルが『皆の武術を借りるのじゃ』と言っておるのじゃ」
 それはとあるドリームイーターの名を借りた武術だった。古今東西ありとあらゆる武術に手を染めた宿敵を模した技巧は、恐るべき牙となって混濁炎魚ショーラファウダーに突き刺さった。
 それは穢れの槍だった。それは雷光だった。それは獰猛な拳だった。それは轟く砲弾だった。
 そしてそれは――美しき炎の円舞だった。
 正拳、足刀、裏拳、肘打ち、踵。
 ありとあらゆる連打に叩かれ、潰され、砕け行く混濁炎魚ショーラファウダーはそれでも、己が宿敵を破壊すべく、炎を吐く。
 だが、それでも。
 放たれた決死の一撃はしかし、ウィゼには届かない。
「その為に我々が」
「いたからね!」
 身を挺して彼女を庇ったイッパイアッテナと相箱のザラキ、そしてアミクスの奮闘に主であるリューインが豊かな胸を張る。
「――終わりじゃよ。混濁炎魚ショーラファウダー! おねえ達の魂、開放して貰う!!」
 炎纏う拳は鉤の型を為し、混濁炎魚ショーラファウダーの頭部を抉る。ぐしゃりと何かが潰れた音が、最大限の手応えだった。
 断末魔の叫びが響くと同時に、混濁炎魚ショーラファウダーの身体は無数の粒子となり、消失していく。
 刹那、五色の炎だけがそこに残り、しかし、それも夜の闇に溶ける様、ゆるりと消えていったのだった。

●炎彩の終わりに
「終わったね」
 誰ともなく声が上がる。
 それは勝鬨と言うには脆く、しかし、確かな充実感として、ケルベロス達を包んでいた。
「……これで、全部終わり」
 炎を操る邪霊と、それらに纏わる物語があった。様々な事件が繰り広げられたその物語の終局は、死神の介入による物となったが、混濁炎魚ショーラファウダーの最期を以て、それも全て終わりだ。
 顔を見合わせるケルベロス達は顔を綻ばせ、やがて、微笑みと笑いが周囲を支配していく。
 長きに渡る戦いの終わり。
 それがこの戦いの終結であり、その全てだった。

 そしてウィゼは炎の彩りを失った闇夜を見上げる。
 光を必要としないドワーフの目は、混濁炎魚ショーラファウダーの最期を、そして消え行く炎達を捉え、見送っていた。
(「炎彩使いの皆、今度こそ安らかに眠れることを願っておるのじゃ」)
 それが彼女が抱き、彼女達に捧げる最後の願いだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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