罪の味に魅せられて

作者:麻香水娜

●罪の魅力
 駅へと続く大通りに面したコンビニの角を入った先には小さな公園があった。
『夜中に食べるカップ麺とはなんと美味いのか!』
 その公園から声が響く。
 声の主は、全身を羽毛に覆われたビルシャナだった。
「お腹が減って眠れない時なんか最高! 割り箸使えば洗い物も出ない!」
 ビルシャナの周囲には8人の男女がその言葉に頷いている。
「つい夜更かししちゃって、こんな時間に食べちゃダメだって思うのに、誘惑に負けちゃう! 美味しい!」
 カップ麺への賛辞が次々と飛び出すと、
『簡単すぐ美味しい! いけないとわかっていながら手を伸ばす背徳感! その罪たるやなんと美味!』
 ビルシャナが声を張り上げ、周囲の者達は歓声を上げた。

●なぜ夜中なのか
「確かに最近のカップ麺は色々な種類がありますし、美味しいとは思うのですが……」
 夜中に食べるのが特に美味しい、と主張するビルシャナが現れるようだ、と祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が説明を始める。
「いつ食べても美味しいものは美味しいと思うが」
 なぜ夜中に限定されるのだろう、とノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)がぼそりと呟いた。
「夜中ですから、寝る前に食べる、という事なのでしょう」
 寝る前に食べると太る、食べた物が消化される前に体が寝てしまうから健康にも良くない。
 やってはいけない事を楽しむ、というのが最大のスパイスになっているのだろう。
「体調管理は自己責任で誰にも迷惑をかけるわけじゃないが……」
「これがエスカレートして事件を起こしては問題ですから」
 事前にそれを阻止して欲しい、と続けた。

 時刻は23時すぎ。
 大通りから1本入ったところにある公園。
 周囲に人はいないが、近くにはコンビニがあり、大通りも通っている。いつ一般人が通りかかるか分からない。人払いの手段があった方が良さそうだ。
「ビルシャナ化してしまった方の言葉には強い説得力があり、このままでは配下になってしまいます」
 インパクトのある主張でビルシャナの主張を覆せば、配下化を防ぐことができるかもしれない。
「配下になってしまうと、サーヴァントのような扱いになって、戦闘に参加します」
 ビルシャナさえ倒せば元に戻るので、救出は可能だが、配下が多いと、それだけ戦闘で不利になると予想される。
「肝心のビルシャナですが──」
 続いてビルシャナの能力を説明した。
「ビルシャナになってしまった方を救う事はできませんが、放置すれば夜中にカップ麺以外を食べる飲食店が襲われかねません。どうか、被害が出る前にビルシャナの撃破をお願い致します」


参加者
七種・酸塊(七色ファイター・e03205)
フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)
月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
 

■リプレイ

●夜中のカップ麺には危険がいっぱい
 予め、既にコンビニにいた客には公園には近づかないように話し、店員には新たな客が来たら同じ事を伝えてくれと頼んできたケルベロス達は、公園にビルシャナの姿を見つけて気を引き締める。
『夜中に食べるならカップ麺!』
「おー!」
「寒い夜中にあったかいの最高!」
 ビルシャナの高らかな声に信者達が歓声を上げていた。
「お夜食にラーメンは割と定番だけれど……」
 アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)の静かな声が冷たい空気の中に響く。
「別にカップ麺に限らなくても良いでしょう? 電子レンジで温めて調理するタイプのものにはカレーやパスタをはじめ、数えきれない程の種類があるけれど、洗い物が出ないのはこれらも同じ」
 お湯を湧かす手間がないぶん此方の方が楽とも言えるわね、と静かに語りかけた。
『コスパを考えろ! カップ麺は安い! そして何か月も保存しておけるのだ! ふと何か食べたくなった時の為に常備しておける! 素晴らしい!』
 それもありだよな、と考え始めた信者達に、ビルシャナが一喝して動揺を鎮める。
「そうね。でも、コストパフォーマンスを考えたらカップ麺では足りないのではないかしら?」
 大食いの夫と義妹の為に、お夜食のラーメンは袋ラーメン派だったわ、と続けた。
「しかも、激辛ってついてるカップ麺でも辛さが足りないし……袋ラーメンで自分好みの味に調整した方が美味しいわ」
 これなんかね、と、コンビニで湯を入れてもらった激辛カップ麺を取り出す。
「俺、その激辛麺好き!」
 男性信者が近づくと、それを渡した。
「…………ッ!? 水!!」
 一口すすった男性信者がカップ麺を隣にいた男性信者に渡して口元を抑えてどこかへ走っていく。
「ね? 物足りないでしょう? 一味唐辛子が少ししか残ってなくてあんまり入れられなかったのよ」
 激辛麺が好きだという男性でさえ、悶絶しながら水を求めて走り去った。恐らく、一味唐辛子が大量に入れられていたのだろう。
 カップ麺を渡された信者は真っ赤なスープと走り去った男の背を交互に見、
「ヒッ!?」
 正気に戻ったらしく、ビルシャナの姿を見て逃げ出していった。
「まーうまいよなカップ麺、たまに食べると特に」
 2人の信者に逃げられ、悔しそうに顔を歪めるビルシャナに七種・酸塊(七色ファイター・e03205)が声をかける。
『おー! お前はわかるか! あの美味さ!』
 今度の声は敵ではなく、新たな同士が増えたのだと、鳥の翼のようになった両腕を広げた。
「でもな、寝る前に食べると太るぜ」
 苦笑しながら付け加える。
『その分、翌日に動くのだ! エスカレーターやエレベーターではなく階段を使う! 逆にいつもより健康になるのだ!』
 食べたら動けばいい、意識して動くからいつもより健康的、とビルシャナが羽毛を撒き散らしながら熱弁した。
 信者達もビルシャナの言葉に深く頷く。
「え~と……あれだ。あと、塩分と脂肪分過多で肌荒れもするんじゃねえか」
 その言葉に女性信者達に動揺の色が浮かんだ。
「体型や肌ケアは1日怠ると治すのに3日かかるって言うよな」
 やたらと実感の籠った言葉。酸塊は稽古の日々を思い出しているのだろう。
「……綺麗なあなた達の美しさが、こんなことで消えるなんて……僕は嫌だな」
 女性信者達がざわつく中、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が、ラブフェロモンを使いながら女性達を見つめた。
「う、美しいだなんて……」
「2回食べたら1週間、3回食べたら10日だ。リカバリーにな。そんな手間のかかることしたいのか?」
 女性信者達がノチユに目を奪われていると、酸塊の現実的な言葉が響く。
「夜の誘惑を我慢できたあなた達は、今よりもっと綺麗になるよ」
 トドメと言わんばかりに、ノチユがにっこり微笑んだ。
「い、1週間……」
「が、我慢します!」
「……キャー!!」
 酸塊の言葉に青ざめ、ノチユの微笑にハートを撃ち抜かれた3人の女性信者達が我に返る。そして、ビルシャナの姿を見て悲鳴を上げて逃げて行った。

●食べ物の話はお腹が空くよ!
「あとは、ほら、脳梗塞に糖尿病……早死にしたいなら止めないけど……夜中のカップ麺が死因だなんて」
『ええい! 毎食カップ麺で引きこもっていたらそんな事もあろうが、必ず早死にするわけではないわ! そんな事より食べたいのに我慢する方が体に悪い!!』
 ノチユが残る3人の信者に語り掛け出すと、これ以上信者を減らされてたまるものかとビルシャナが言葉を遮る。
『食べてはいけない、でも少しだけなら! 偶にだったら! そう自分に言い訳して食べた時の美味さ! 至福!!』
 更にダメ押しが追加された。
「カップ麺は背徳感足りなくない?」
 そこへ、月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)の明るい声が響く。
「ここはハンバーガーでしょ! あとポテトとジュース!」
 ガサっと手に持っていたいくつもの袋を掲げた。
 袋から漂うハンバーガーやポテトの匂いに、残った信者達の腹の虫が鳴き出す。
「お湯を沸かす時間も、3分、5分待つ必要もない。お箸はいらないから包み紙を捨てればいいだけ」
 コンビニのハンバーガーもいいけど、24時間営業のチェーン店がおすすめ、と袋からまだ湯気の立つハンバーガーを1つ取り出して食べ始めた。
「ん、いい匂いがするの」
 公園の周りにキープアウトテープを貼りながら一般人がいないか見てきたフォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)が、美味しそうな匂いにつられるように合流する。
「はい」
 京華が袋からハンバーガーを取り出してフォンに渡した。
「ん、ありがとうなの」
 嬉しそうに笑顔を広げると、包みを剥いて頬張る。
「ん、おいしいの。クルルにもあげるの」
 一口ちぎって、ボクスドラゴンのクルルに差し出すと、クルルも嬉しそうに食べた。
 残った信者達は、京華とフォン、そしてクルルが美味しそうにハンバーガーを食べる姿に、釘付けになる。
「まだ沢山あるんだけど……食べたい人ー!」
「1つくれ!」
「俺にも!」
「俺も!」
 京華が他の袋を高々と掲げながら呼びかけると、残る3人の信者達が殺到した。

●残るはビルシャナだけだ!
『お、おのれ……貴様らー!!』
 全ての信者を奪われ、頭から湯気を出しそうな形相になったビルシャナが、バサっと翼を広げると、京華目掛けて熱湯が放たれる。
「っ……!!」
 まずい、と顔の前で両腕を交差した京華だったが、いつまで経っても衝撃が訪れない。腕を外して恐る恐る確認すると、目の前には水浸しになった体から湯気を立てているクルルがいた。
「ありがとね」
 京華がクルルに笑いかけると、ぶるぶるっと体を震わせ、水気を飛ばしてから笑顔を返す。
「ん、クルルえらいの。わたしも頑張るの」
 サーヴァントの頑張りに自分も負けてられないと、フォンがノチユにルナティックヒールをぶつけて凶暴性を高めると、クルルが封印箱に入って体当たりした。
「インスタントにビルシャナ化する方が多すぎではないかしら」
 困ったものね、とアウレリアは、ビハインドのアルベルトに目配せすると高く飛び上がる。ビルシャナの頭に急降下蹴りを浴びせると、アルベルトがポルターガイストで周辺の小石をぶつけた。
「まったく……やっちゃいけないことをやることが良いっていうのは、自分に酔ってるだけなんじゃないか?」
 物憂げな表情で軽く息をついたノチユは、月光斬で的確に脚の急所を斬り裂く。
「夜にお腹が空いたらホットミルクを飲んで紛らわせればいいじゃないか。体もあったまるし、よく眠れる」
「でも、お腹空いたらなんか食べたくなっちゃうんだよね」
 酸塊は軽く嘆息しながら前衛に紙兵をばら撒いて守護させ、京華は苦笑しながら同じく前衛にメタリックバーストで超感覚を覚醒させると、傷を癒されたクルルは嬉しそうに尻尾を振って2人に感謝を示した。
『カップ麺がいいのだ! 貴様らもその良さを知るがいい!』
 ビルシャナは何かをぶつぶつと唱えだすとよくわからない文字のような形を取ったいくつもの光がアウレリアの周りに纏わりつく。
「……っ」
 苦し気に頭を抱えたアウレリアは、何度も頭を振って、朦朧とする意識をはっきりさせようとした。
 すかさずフォンが紙兵をばら撒いてアウレリアの傷を癒しながら意識を鮮明にさせ、クルルに残っていた熱湯の熱も取り去る。すると、完全にダメージの消えたクルルが感謝のひと鳴きをしてブレスを吐き出した。
「助かったわ」
 アウレリアが髪をかき上げながらすっきりした表情で微笑むと、血襖斬りでビルシャナの血を浴び、残っていた傷を塞ぐ。次の瞬間にはアルベルトが金縛りにして動きを止めた。更にノチユがスターゲイザーで重力の錘をつけて動きを制限。
「残像が見えるほど遅くねえッ!」
 酸塊が思い切り踏み込で翼をバサッとはばたかせると、猛スピードでビルシャナに突っ込んで体当たりする。
「鉄拳制裁!」
 よろめいたビルシャナに、京華の全力を込めた拳骨が撃ち込まれた。
『く、くそ………………美味い!』
 吹っ飛ばされて公園の滑り台に背中から激突したビルシャナは、カップ麺を取り出して一気にかき込み、傷を癒す。
 クルルが箱に入ってタックルすると、フォンは酸塊にマインドシールドの防護をつけた。
「弱点は……そこね。遠慮なく突かせてもらうわ」
「鶏ガラも出ないんだから死ね」
 アウレリアから正確無比に狙いすまされた弾丸が放たれ、ビルシャナの傷口を抉ると、体勢を低くしたノチユから半ば強引にも見える強烈な足払いで背中から倒れさせられる。
『──!?』
 大きく目を見開いて声にならない悲鳴を上げたビルシャナは、パァッと光に包まれ、羽毛を撒き散らし──あとには何も残っていなかった。

●お疲れ様会
「信者は全員逃げてくれたし……直していくかね」
「ん、公園壊れてたら遊びに来た子が、ガッカリするの」
 酸塊が周囲を見渡し、戦闘の余波で傷つく公園内を見渡し呟くと、フォンも頷いてヒールに取り掛かる。
「そうね。それに破片とか危ないものね」
 遊具が直っても、破片で怪我をしたら大変だと、アウレリアが照明で地面を照らしながら破片を拾い出し、ノチユも腰につけていたLEDランタンを手に持って地面を見て回った。
「よし! 大体片付いたかな! じゃ、まだ残ってるハンバーガー皆で食べよう!」
 自分の周りのヒールが終わり、周囲を見渡した京華が明るい声を上げる。
「どうせなら飲み物があった方がいいよな。もう安全だって言いながら何か買ってくるぜ」
「あ、僕も買い物するから行くよ」
 酸塊とノチユがコンビニに向かうと、残った3人はベンチに腰かける。

 暫くすると2人がコンビニの袋を提げて戻ってきた。
 そこには、ベンチにハンバーガーやポテトが広げられている。
 それぞれに飲みものが配られると、
「それじゃ! お疲れ様!」
「お疲れ様」
 楽し気な声が夜空に響いた。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月21日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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