めがねこわれた

作者:秋月諒

●一瞬の出来事であったとしても
 寝起きが別段悪いわけでも、冬の朝に弱い訳でもない。言ってしまえば『普通』の範疇にあるというのに、その日の自分は思えばちょっと変だったのかもしれない。伸ばした手が棚にぶつかったのも、棚に置きっぱなしにしていた本が落ちたのもーーしかもろくに読み進めた訳でもなかったーー落ちたその本の上に置きっぱなしにしていた眼鏡があったのも。
「ーーあ」
 落ちた眼鏡に気がつかず、ベッドから踏み出してしまったのも。
 思えば全部、なんかちょっと変だったからかもしれない。

●めがねこわれた
「……どちらかと言えばそれって、寝ぼけていたとかいう方ではないでしょうか?」
 たっぷりと間を開けた後に、珍しく渋い顔をしている千鷲にレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言った。間延びした声だけを返す年上の友人は、何やらそこそこにショックだったのか。砂糖たっぷりのカフェオレに口をつけたままの人を置いて、レイリは顔を上げた。
「それはそれとして、実はヒールの依頼が届いているんです」
 福井県のとある商店街だ。秋の終わりから冬の始まりにかけて、イベントを行う予定だったのだがデウスエクスの襲撃を受け、商店街一帯が大きな被害にあってしまった。
「街の人々や工事などで対応はしていますが、このままでは秋が終わるどころでは済まない、年が明けてしまうという話になりまして」
 このままではバザールの為に用意した品も使えなくなってしまうという話になり、ケルベロス達に依頼がきたのだ。
「商店街のヒールを、お願い致します。……それと、無事に終わったらバザールに遊びに行きませんか?」
 商店街の人々からのお誘いなのだと、レイリは言った。
 オータムバザール。
 秋冬もの服に似合う眼鏡類を取り扱う。服を変えるように眼鏡も変えてがキャッチコピーのバザールだという。生産地としてはよく知れた地域特有のイベントだ。伊達眼鏡から通常の眼鏡まで幅広く取り扱う。
「季節のファッションに合わせた眼鏡って感じなので年明けまで引き伸ばしたくないそうです。実のところ、オータムって季節は外れている気がするのですが今、名前を変えてもお客さんも分かりにくくなるだろうという話でそのままだそうです」
「眼鏡のバザール……? 売るって話かな?」
「はい。今の千さんにはもってこいかと」
 スペアがあるから問題ないとはいえ、いつも使っているタイプというのには慣れがあるのだと言っていた千鷲にレイリはそう言って笑みを見せた。
「伊達眼鏡とかもあるので、色々選べると思いますよ」
 眼鏡の生産では知られた地域故のイベントだ。種類も様々。
 品物だけは何とか間にあわせることができたが、バザールの会場が被害を受けたままではイベントは行えない。
「街の人々が安心して冬を迎えて年を越す為にも、皆様の力を貸してください」
 それと良ければお買い物に。
 ファッションでも必要でも。いつもと少し違う視界は如何でしょう?


■リプレイ

●眼鏡を目指して
 淡い光を受けて、通りが形を戻していく。箒を手にした店主が嬉しそうに見上げた空には、鮮やかな虹がかかっていた。

「眼鏡の、あの再起不能になった時の脱力感は、使えない間の不便さにも勝る……と、思う」
「そう、脱力感なんだよねぇ……」
 息をつく千鷲は奏多の言葉に頷いていた。
「視力検査にゃ困らないし、普段も然程不便はしてない……けれど、本の小さな文字だとか、細かなパーツを扱う作業だとか、近頃はどうにも出番が増えて来ていて」
(「老眼では無い。ああ、断じて!」)
 く、と心の中、そう言い切って、奏多は顔をあげた。
「今持ってるのは実用一辺倒なんで、今日ばかりは好みのデザインを探しに」
「成る程。ちょっと遊んだやつでも良いのかもしれないねぇ」
 愛着を目指して? と千鷲は小さく笑った。

 のんびりと市を見て回れば、様々な種類の眼鏡を扱っているのが分かる。スポーツ用のサングラスと通常用の其れ。無難な細身フレームのものと……。
「後は何かお洒落なもの、あるかな?」
「……では、こちらの細身のテンプルの眼鏡など如何でしょうか?」
 銀細工風のフレームには花の細工があしらわれている。
「成る程。流石に片眼鏡はないかな?」
 手にした眼鏡から視線を上げれば、ルーチェの言葉に店主はひどく嬉しそうに頷いた。
「実は、その言葉をお待ちしていたのです」
 そうして出されたのはアジアンテイストの飾りが施された片眼鏡だった。

「気品ある貴方が親しみ易く見えて可愛い! かっこいい! 可愛い!」
 全力でアイヴォリーが見惚れていれば、落ちたのは笑う声で。堪え切れずに吹き出した夜は、眼鏡が必要なのは、君の方かもしれないと呟いて笑いを咬み殺す。
「君も色揃いで、此方を如何?」
 赤いセルフレームは花の透かしが入ったクリアタイプ。うっとりと見惚れる儘の彼女に「でも」と夜は囁き告げた。
「眼鏡を外す楽しみは、俺だけに独占させて」
「ーー」
 にっこりと隠しもせずに告げる下心。ぱち、と瞬いたアイヴォリーの染まる頬に夜は悠然と笑みを浮かべた。
「だってキスをするときには、外さなくてはね?」
「……ずるい、そんなの、眼鏡をかける度に期待してしまいます」
 染まる頬を隠し切れぬ儘、購入を決意した眼鏡に手をかけてアイヴォリーはそう、と夜に告げた。
「貴方のレンズの下の眸を独り占めする権利もわたくしだけの、ものですよ」
 レンズの向こう、その瞳を見据えて告げた。

 淡いピンクの髪を揺らして、振り返る姿に思わず如月は声を上げた。
「あは、凄く似合う! 何時も以上に大人っぽく見えるのよぅ♪」
「せっかく選んでもらったし、あたしのはこれにしようかな。いいの選んでくれてありがとね?」
 如月ちゃんにはフレームのあるのがいいかなって思うんだ。と萌花は慣れた様子で眼鏡を選んでいく。彼女の髪と目の色、それに雰囲気だときっとーー。
「ちょっとしゅっとしたオーバル系のやつであ、これなんてどぉ?」
 差し出したのはさりげなくラメ仕様の濃紺クリアリムの端に星のワンポイントついたもの。
「に、似合うかな?似合ってれば、いいな…?」
「うん、よく似合っててとってもかわいいよ」
 にっこりと笑った萌花に如月は嬉しそうに頷いた。
「ありがと♪ ……一番星な萌花ちゃんの選んだ一番星さんな眼鏡、もっと似合うようになってみせるからっ♪」
 とんとん、と飾りの星に触れて少女は微笑んだ。
「かしこさ需要がたかい」
 思わずサヤが呟く。
「めがねには、かしこいポーズを取りたくなる魔法がかかっているのでしょーか……」
 ヒコもつかさも、別段そゆ印象がないわけではないと思うのですけれど。と零したサヤが一つ二つと提案する。そうして始まったのは眼鏡のファッションショー。
「これはどうだい。ちっとは真面目に見えるか」
 選び取った眼鏡をかけてヒコが振り返れば、じ、と見た後に眼鏡の先輩ことサヤは頷く。彼女自身、普段用のかわいいものをつかさに選んでもらっていた。チョコレート色のまるっこいセルフレームだ。
「ヒコ殿……何だか、知的なのデス。サヤ殿ハ、お可愛らしク……よくお似合いですネ」
「エトヴァの方は古金の縁も似合いそうだな。洒落ている」
「古金の縁……これは良さそうデス」
 ヒコのアドバイスを聞きながら、エトヴァは古金の細い縁のを選び、掛けてみる。
「いかがでショウ?」
「エトヴァはアンティークがよくお似合いですねえ。見慣れないのに馴染むのは、不思議なかんじ」
 目を輝かせ頷いたサヤにエトヴァはひとつ柔く頷いて眼鏡を決める。気に入った逸品を掛けてみせる皆に雰囲気変わるな、と思いながらつかさも気になった眼鏡へと手を伸ばそうとしたのだがーー。
「つかさは黒以外を選べ、黒以外。イメチェンしろ」
「何でバレた……って、イメチェン?」
 思わず苦笑いしながら、仕方ないな、と選んだのは同じ形の色違いの眼鏡。青みがかった銀色のフレームだ。
「どうだ? ちょっとインテリ風味になるか?」
「あぁ」
 笑い頷いたヒコがひょい、とカメラを取り出す。
「選んだ眼鏡を掛けて写真でも撮るか。きっと『いつもと違う』が視えて来るぜ」

「いや、だって。眼鏡なしのみかげさん新鮮だし!」
「私の顔? 普段余り外さないからな……」
 さらりと告げたひとに渡された眼鏡を素直に受け取って、言われたままにかける。すっかり気が逸れていたからか、鏡を見て漸くその丸みのある形に気がついた。
「あっ、優しい感じでよく似合うよ……」
「オーバルっていうんだね。悪くないかも?」
 ぱち、と小さく瞬いた涼香に鏡越し、壬蔭が小さく笑みを零す。すっかり手に戻った眼鏡に彼の瞳は隠れて、レンズ越しに見る慣れた姿で小さく首を傾げられる。
「私はどういう感じがいいかな?」
「みかげさんの眼鏡は……いつもシャープな感じだから、これは? ウェリントンタイプ」
「ウェリントンタイプかイメージチェンジになるな……。では、ブラックセルフレームに薄いブルーレンズと言う組み合わせでオーダーしようと思うのだが、どうかな?」
 彼女の選んでくれた眼鏡をかけながら、鏡を見ればいつもと少し違う自分と出会う。
「わあ、さすが眼鏡上級者。格好良さそうな選択!」
 早く見てみたいな、と言う涼香に頷いて笑った。

 サングラスにスポーツタイプ。細かな装飾の目立つ眼鏡や実用的な品と、バザールで取り扱われている眼鏡は様々だ。
「うん、これかな」
 ヨアケと一緒に、店を見て回っていた夕はクリスマスっぽい深い緑色のセルフレームを選んでいた。大人可愛いピンクゴールドのフレームや上下で色が違う面白いフレームとも迷ったけど、今日はこれに。
「ふふ、ヨアケにも、よく似合うね。お揃い」
 お揃いの眼鏡をそっとあてて、視線を合わせて夕は小さく笑う。右に左に、ヨアケと一緒に歩いて行けば色んな目をや色んな眼鏡をかけた人が見られる。
「ヨアケ……きっと天国もこんなとこなんだろうね」
 眼鏡フェチの私は、幸せです。

「実はどれが良いか悩んでまして」
「レイリだったら、金線と鼈甲風のクラシックのやこっくり美味しそうなチョコレートブラウン。温かみあるのが似合いそう」
 フレームは、とアラタは丸みのあるものを手に取る。
「色々試しにかけてみよう!」
「ありがとうございます。アラタ様。えっとどう、でしょう?」
 ひとつ付けてみれば、ぱちと瞬く金の瞳。アラタのもみてみて! と彼女のかけた眼鏡はとってもクールだ。
「すごい、かっこいいです!」
「そうか」
 良かったと笑ったアラタがふと、凄いな、と呟く。
「アラタ様?」
「三芝が調子悪いのちゃんと気付いた。アラタはそういうの下手かもだ……でも、力になれたらなって思う」
 三芝、いい奴だしな、というアラタにレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は頷いた。
「きっと大丈夫ですよ」
 それに私はアラタ様に気がついて貰えましたから。湖の日を思い出してレイリはアラタに微笑んだ。
「どうせだったら千さんに眼鏡ファッションショーをしてもらいましょう。アラタ様」

「……透かしの入った眼鏡? すごい、今はこういうデザインのもあるんだ。ツルも変わっているし……こういうお洒落の仕方もあるんだね」
 感嘆した様子で見るアンセルムに、こくり、と環は頷いた。
「シンプルと見せかけて遊び心たっぷりなんて、眼鏡、恐るべし……!」
 二人選んだ伊達眼鏡で世界はぐっと変わりそうだ。白い指先がひとつ、ふたつとフレームを辿り、アンセルムは丸みを帯びたひとつの前で止まる。
「今流行りの眼鏡だと……丸眼鏡? こういうのデザインだと、柔らかい顔立ちの人の方が似合いそうだけど……」
 かちゃり、とかけてアンセルムは傍を見た。
「どうかな。ボクの顔に合ってる?」
「アンちゃんの丸眼鏡……流行先取りしている感が凄い。一気にお洒落さんじゃないですか……! 今度それかけて遊び行きましょう!!」
 目を輝かせて告げる環にぱち、と一つ瞬いてアンセルムは笑った。
「これを掛けてお出かけか……普段と違う自分がお出かけしているみたいで、何だか面白そうだね?」

「気に入ったものは見つかりそうですか?」
「悩んでいるところ、って感じかなぁ」
 考えるように息をつく彼に一つ気掛かりがあったのだ。
(「私邸で使っていたなら壊れた眼鏡に想い入れはないだろうか」)
 過日の返礼には不足だが世話心が動いて差し出口を挟む。
「……プラスチックは、メタルより工程が難しいそうですが、修理が出来ない訳では無いそうですよ」
「修理……?」
 ぱち、と瞬いた千鷲に律は頷いた。
「幸いにも産地、望むのであれば購入の際に腕の良い修理屋の紹介も頼んでは」
 壊れたことに罪はない。記憶も眼鏡も戻せないという事実は寒々しいが、それでも継ぐことは出来る。有形無形。手放さない限り、失うことはない。
「成る程……そう言う手もあったか」
 考えるように千鷲は眼鏡に手をあてた。新しいのは良いが微妙に感覚が違う気がしていたのだ。
「その案、もらうことにするよ。ありがとう」
 律君のアドバイス、面白いなぁ。と千鷲は笑う。自分では想像もしなかったものなのだから。

 薄いレンズの向こう、知った瞳が隠れていた。
「身綺麗にして異性に声を掛ければナンパの成功率も幾らか上がるだろうさ」
「……最近はそれほど遊んでねえさ。失踪してる間に縁も切れちまったらしい。お前もし今夜ヒマなら――否、やっぱいいわ」
「そうか、それは御愁傷様」
 途切れた言葉の続きを乞うほど初心ではないがーー。
(「何故だろうな。以前ほど気軽に遊び相手を買って出る事が出来なくなってしまった」)
 その理由も見失った侭、ケイトは小さく目を伏せる。そっちはないのか、とふいに投げられた声に首を傾ぐ。
「欲しい眼鏡。高級ブランド品とかでなければ付合いの礼に買ってやってもいいぞ」
「私か? そうだな。サングラスの一つでも新調しておくか」
 ほっそりとした指先が、サングラスをひとつ拾い上げる。
「瞳のラインが透けず隠れる物がいい。目は口ほどに物を言うらしいので」
「……」
 逆だろ、と勲は内心呟いた。
(「コイツは目力が強すぎるから、硝子一枚でも隔てる物がないとうっかり余計な物まで掬われそうになる」)

「サイガ君眼鏡かけるの?」
「おまじない程度のやつだけどな」
 クリーナーを手に、まじまじと見てくる千鷲にサイガは笑った。
「すげぇ顔」
「いや、だってインテリサイガ君?」
「なんですかね寝起きで眼鏡踏んだ三芝クン」
「……今、反論するには自分の失態が大きすぎる」
 新しい眼鏡を受け取れば、ほう、と息がひとつ。重々しく落ちたそれに何を言う訳でなく「眠りが浅いんじゃあねえの」と声を投げた。
「ダンジョン行こーぜ、ほらその新入りの強度テストも兼ねて」
「強度テスト?」
 思わず声を上げた千鷲に、サイガは笑った。
「次壊れたらそうね、俺直々にイチオシいいこを紹介したろう」
 自信ありげに指振り、早速引っ張って歩き始める。
「サイガ君、一推しの所かぁ。良さそうだね」
 先を行く背に手にふと今朝の事を思い出す。
(「僕はあいつの夢を見たのか」)
 夢の中ですら見ることの無かった姿。親友の夢を見たのだとそう、今になって思った。

「お花さんの飾りがついたのもいいと思うし……普段と違うのもいいな、きっと可愛い」
「!」
 ねぇあれは? と指差すミュゲにレイヴンは笑みを零す。さすがはバザールか。ミュゲに合うサイズのものも沢山用意されていた。
「じゃぁこの花と、星の飾りがついたものを……。俺のもファッション用の伊達眼鏡でも買って帰ろうか」
 折角だし、と息をついたところで、お気に入りのひとつを決めたミュゲがぱっと顔を輝かせ、しゅたたとひとつを指差す。
「……ミュゲ、流石にお前のとお揃いは駄目だからな?」
 だめ? と言いたげな視線に、う、と呻く。
「俺にはちょっとファンシー過ぎるから、ほんと、うん……わかった、それも買おうか」
「♪」
 バンザーイ!と言いたげな顔文字で飛び跳ねるミュゲに、また笑った。

「レイリくん、見っけ」
 カミュはレイリへと平たい箱を渡した。中身は茶・白と茶の縞模様等、8種類の片眼鏡。普通の眼鏡と違うのはチョコレートの甘い香り。
「わぁ……チョコレート、ですか?」
 ぱち、と瞬いたレイリにカミュは頷いた。秋冬とはいえ昼は溶けるから、バザーの終盤のみ販売される数量限定のモノクルチョコだ。
「眼鏡が壊れた千鷲には申し訳ないけど」
 包み紙から自分のを取り出し、ぱくり、と一口。
「さあ、レイリくんもどうぞ。あと、どっちを飲む?」
「わぁ……すごいです。ありがとうございます。えっと、ではお紅茶を」

「普通にお洒落メガネかと思ってたんだけど」
 ヤンの眼鏡を新調するため見立ててやるよとドヤ顔をすればまさかの事実発覚。思わずまじまじと見た先、まだ、というならまだなのか。あれこれと手にとりヤンに掛けていけば始まるのは眼鏡ファッションショー。
「なあ。ヤンこれは? サングラスだけど」
 差し出してかけさせて、そうしてじっと顔を覗き込み。
「……いや似合いすぎるというか、お勤めご苦労さんです兄貴」
「……おい、ヤーさんにするな」
 眉を寄せた先、見つけたサングラスを一つとって、ヤンは染の顔に当ててみせる。
「お前もこのサングラスでいい感じに右腕感が出るぞ」
「どうだ、右腕っぽいか?」
 受け取った先、笑う染と二人して眼鏡選びはあと少し続く。

「眼鏡を変えてみれば、ボクも少しは強そうに…! 見えるといいなあ…」
 目的は強い鹵獲術士らしく見える眼鏡を探すこと。歩き出して見てまわってーー多分そこまでは良かったのだけど。
(「あれ? 強い鹵獲術士らしい眼鏡ってどんな感じだろう?」)
 フレームも様々。レンズは普通のじゃないと見えづらいだろう。
「あの、ロッキーはどう思いますか?」
 一緒になって首を傾げる姿にうーん、と悩んで丹色は息を吸った。こうなったら試着というのを試すしか無い。
「すす、すみません…、ちょ、ちょっと掛けてみてもいいですか…?」
 勇気を出して声をかけた先、店員は微笑んで頷いた。
「はい。どうぞ、全てお試しできますので!」
 お気に入りの一つが見つかるまで、あと少し。

「レンズに色とか付けてみたら? 暗めの……うわ。肩ぶつかったら怖そうなお兄さんみたい。次!」
「一言多いんだよお前は」
 小突くエリアスに一つ笑って、面白いかなと次に麗威が選んだのは2019の文字の眼鏡。
「もう平成も終わりますね。ってバカ!」
「ふ、ははは!」
「なんなんだよ、ふざけた眼鏡はよ」
「笑う門には福来る、ってな」
 思わず吹き出した麗威に眉を寄せ、あのなと上げた声はひょい、と最後に選ばれたお洒落な眼鏡に食い尽くされる。ボストン型の眼鏡だ。
「……これ本当に似合うのかぁ?」
「ゴールドのメタルフレームってところがお洒落だろ?」
 流石はお洒落な相方だ。
 しっくり来たと笑う彼に、エリアスもつられて笑った。
「ん、いいな。コレにする、選んでくれてサンキューな」

「やはり愛用者の意見が一番だな」
 尤も君を誘った理由は、そんな安いものではないが……、と航は紡ぐことの無い言葉を裡にしまう。
「どれ、では君のおすすめにしよう。……似合っているかな」
「……ああ、やっぱり。よくお似合いですよ」
 お墨付きも得られたところで、購入を決めてしまえばクラウディオへの誘いが口をついた。
「クーも新しい眼鏡を見たらどうだ?」
「……え? 私のですか?」
「ほら、この細身のシルバーフレームなんかはフォーマルスーツにはよく合う。君のような整った繊細さと華奢な身であれば特に……おっと」
 小さく瞬いたクラウディオの前、饒舌に語る航がはたと我に返る。
「またついトータルで考えてしまったな。職業病だ」
「全く……貴方の眼鏡を選ぶのが目的でしたのに」
 職業病ですね。
「まぁいいでしょう」
 クラウディオは小さく息をつく。どうだ? と誘う声に頷いて「少し」と薄く口を開く。
「試してみましょうか。尤も、貴方が選んで下さったものに間違いないでしょうけど」
 腐れ縁の先。仕立て屋である航の見立てはクラウディオの知るものなのだから。

 ひとつふたつ、彩りを選んで。レンズ越しに世界を変えて。ほんの少し違う自分に出会う旅はあと少しだけ、続く。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月24日
難度:易しい
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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