夜酔の赤提灯~ドルデンザの誕生日

作者:皆川皐月

 軒先の赤提灯に火が入ったら、祭の合図。
 陽気な声に楽し気な話声。誰も彼もが笑顔で、寒くなった冬を祝いあう。
 都内下町の店々が集まり常は閑散としていたシャッター通りを賑やかす。
 すうっと肌切るような寒空の下、仕切られたアルミの角鍋には丸いはんぺんがぷかりと浮かび、じっくり煮込まれた牛筋はほろほろ。ぷりぷりの練り物にもよく出汁沁みたこれは、下町通り名物のおでん。
 竹串打たれた分厚い豆腐の田楽に味沁み玉こんにゃくの良い香りは胃も心も擽り、細い焼き場の上で忙しなく焼かれている焼鳥は焦げも魅力的。
 隣の店では胡麻入り酢飯を詰めた稲荷寿司と梅染大根で包んだ椿寿司の助六が威勢良い声で売られ、少し離れた向かいの店ではぱちぱち爆ぜる炭火の上に並ぶのは油染み出す小魚の干物にサザエに赤エビ、ズワイガニ。と、木の芽味噌塗ったおにぎりが良い塩梅。
 汁物とて店ごと様々、具沢山の豚汁に始まり旬の大根を細切りにした大根の味噌汁。上品な澄まし汁もあれば、気軽に温まれる出汁バーまで。
 体を温めるなら熱燗も良いが、スパイス効いたホットワインも新世代の風物詩。ほうっと息つく柚子茶と生姜湯は店ごとに甘さが違う。
 ひっそりこっそりスイーツ店連合の軒下には、最新鋭の水を使わない足湯のコーナーが。
 ここはお祭り冬まつり。
 寒いのよいよい、夜宵の佳い。

●頑張るあなたへ慰労の冬を
「以上が、今回ドルデンザさんも含めた皆さんの向っていただく場所になります」
 ぱたりといつものファイルを閉じた漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)が、にっこりと笑ってみせた。
 とてつもなく胃を擽る説明だけだった気がしたらしいドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)が無意識に胃を撫でた後、不思議そうな顔でこそこそ。
「漣白君……あの、ヒール場所の説明は私が来る前に終わっていたのでしょうか」
「ふふ。ですから、皆さんの慰労とドルデンザさんのお誕生日を兼ねて冬のお祭りを楽しんできて下さい」
 改めてはっきりと言われたところで、ドルデンザがそわそわ。
 年甲斐もなく落ち着きの無さを見せたドルデンザに微笑んでいた潤が、ファイルの書類ポケットを開く。細い指が扇のように広げて見せたのは“冬の夜宵祭”のチケットだ。
「冬空の下で温かい物を楽しむのも良いですし、沢山並ぶ屋台の雰囲気を楽しむのも良いと思います」
「は、はい!どうしましょう、どう楽しむのが良いのでしょうか……!」
 どうぞ、と潤が手渡したチケットを宝物のように掲げたドルデンザが破顔して。
 即興の鼻歌が出るほど足取り軽く、向かう先は今宵だけのお祭り。
 冬夜だけの、たのしいお祭り。


■リプレイ

●暖簾の
 大事に抱えた品々を手に散策していた花火が二つの背を見て駆け出した。
「ドルデンザさん、お誕生日おめでとうッス!漣白さんも素敵なお誘いありがとうッス!」
 言葉と共に花火が出したのは、ドルデンザへジャズの楽譜。潤へ木彫りの小鳥のバッジ。受け取った二人が、ありがとうございますと微笑みあった所で海鮮焼きの店へ。
「うわ、すごいッス!二人は何にするッスか?オレ、カニ食べたいッス!」
「私はあの帆立をっ」
「分かりました。ではカニ足を二つと帆立を一枚お願い致します」
 あいよ!と威勢良い声で三人の前に出されたカニと帆立。そして隣のおでん屋から牛筋とはんぺんを買い戻った花火が着席したところで“いただきます!”。寒い中、口が冷えていたからこそ「あつい!」の言葉が三人同時に出てしまう。
 ぷりぷりの繊維質に仄かな塩気のカニは十分旨い。が、隣の酒飲みに倣いカニ味噌を付けた花火とドルデンザは大人の味に顔を見合わせて――……口直しに水を傾けた花火が、大人びた顔でドルデンザを見た。
「オレが宿敵と戦った時……一緒に戦ってもらえて本当に助かりました」
「堂道君……」
 二人の間、周囲の喧騒が遠くなったのは一瞬のこと。次に頭を上げた花火の顔は眩いほどに爽やかで。
「ありがとうございます、そんでこれからもよろしくッス!」
「こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します」
 交わした握手は固く、穏やかな時はのんびりと。
 ゆるゆる歩きはまだ続く。
「うるーさん!プリンのお店は―……まだ見つかってない?えへへ、じゃあ一緒に探そ!」
 紀美の明るい提案に潤は二つ返事。
 あっちの曲がり角を覗いてはこっちの小道を覗きつつ、時に胸いっぱいに香りを吸い込みながら確認する紀美と路地毎の様子に目を凝らす潤の冒険は慎重だ。
「ふんふん、くんくん……むむっ!うるーさん、あっちから甘い香りかも!」
「本当ですか紀美さん、あっ……見てください、さっきあそこで人が曲がりました!」
 今回のお祝い計画の成功を小さな声で話し合っては微笑みあい、大通りのいい香りを思い出しては次の目的地を相談しながら曲がった角は三つ。開けた先には、水色とピンクのストライプ看板にプリンのロゴ入り看板が立っていて。
「やったあ、プリン!」
「プリンです……!」
 顔を輝かせた紀美と潤はハイタッチ。
 硝子越しにプリンと見つめ合いながら、頬寄せた紀美達が厳選して選んだプリンは12月限定の苺とチョコレートとたまごたっぷりの三種のプリン。
 戻るまでが冒険!と意気込んだ二人がお誕生日主に突撃できるかは運次第。
 楽し気に人行き交う中、下から引かれた袖。
「ドルデンザ、お誕生日おめでと、おめでと!」
 伸ばされた細い手に振られるロボット玩具と鈴転がす声にドルデンザの頬が緩む。
「ありがとうございます。キカ君、キキ君」
「寒くなったけど、金魚、元気?きぃんちの子、みんな元気だよ」
 元気で少し大きくなりました!との言葉にマフラー越しにくぐもった笑い零したキカが大きな手を引いた。
「よかった。あのね、きぃ隠れ家のうどん屋さん、見つけたの。一緒にたべよ?」
 寒い中の温かい誘いを断る訳も無く――……暖簾を潜ってカウンター。既に品書きをチェック済みのキカがこそこそ。
「ここ、量が少ないみたい。きぃはきつねと天ぷらのぜいたくうどん、にする」
 “きつね”の言葉にドルデンザが首を傾げれば、お姉さん顔で品書きを指差したキカの“きつねはお揚げ、たぬきは天かすだよ”の説明。
「ではたぬきに天ぷらの、贅沢うどんにしましょう」
 お揃いですねと微笑みあって啜ったうどんは薄黄金の出汁が絡んで身に沁みる。
「あつあつおだしもおいしいね」
「ええ、とても」
 表面はクサク。出汁吸った裏面はとろとろのかき揚げを揃って平らげて息を吐けば竜のよう。寒いけれど温かく温かいけれど寒い不思議体験のデザートには、キカが見つけた一口ドーナツで乾杯を。
 再び戻った大通り。暖簾から覗いた手の先には、スプーキー。
「やぁ、未だ酔い潰れてはいないかい?」
「こんばんは、まだ余裕です」
 強がりかな?まさか。と笑い合えるのは同世代ゆえか。今日は寒いねと言葉を交わし、胃休めにとスプーキーが勧めたのは手始めに鰹節出汁だった。
「昆布も良いけれど、削りたてのかつお節からとったこれが存外シンプルで良くてね」
「出汁と言っても色々あるのですね」
 口に含んだ瞬間のとろりとした芳醇な旨味にドルデンザが目を見開けば、スプーキーが頷いた。趣き深いだろう?と微笑む顔は料理人。
「君はどんな出汁が好みなんだい?」
 好み、と唸った男にスプーキーがあれやこれとシンプルからブレンドまで試させた結果、出たのは“最初のが良かったと思います”なんて回答に喉を鳴らしたのは仕方の無い事。
「改めて――ドルデンザ、誕生日おめでとう。……君のこと、ドルって愛称で呼んでもいいかな?」
 酒は入っちゃいないが宴の勢いで問うたスプーキーがちらりと隣を窺えば、見開いた緑目が瞬くこと三度。“勿論です”と照れと微笑みで歪な赤ら顔が少し面白かったのは、スプーキーだけの秘密。
 吹き荒ぶ寒風も何のその。
 一番端の水の無い足湯を楽しむ公明とドルデンザは朗らかであった。
 慣れた手つきで公明が急須から湯を注げば、湯呑底の柚子茶のもとが柔らかく解けていく。お返しにとドルデンザが湯を注ぎ返せば公明の湯呑で咲いた柚子茶花。
「地球の暮らしは如何でしたか、ドルデンザさん」
「驚きばかりです。地球は沢山の物事に溢れていますね」
 話が弾み弾んで、公明から贈られた“世界絶景&名店百選”は即読み込まれることとなる。
 公明が丁寧に付箋付けしたページを捲っては土地の良さを語り合っていたらふと、ページの合間に差し込まれたのは真っ赤な紅葉。
 温石に口手前まで浸かったハコさんの物らしいそれに、いいんですか?とそっと問う公明と驚き顔のドルデンザへ、ハコさんが示したエクストプラズムの輪が全ての答え。
 和気藹々と穏やかに。

●華やぐ夜
 片や夜を溶かしたようなつかさと片や洒落着物に袖を通したヒコは【花喰鳥】の常連と店主。そんな二人と共におでんを突いたドルデンザの瞳が瞬いた。
「誕生日目出とう。ほら、此奴は祝いの品の――……箸だ」
「お箸……!ありがとうございます、疎影君」
 贈り主同様に品の良い箸は、提灯火の下できらきらと輝くよう。宝物のようにそっと両手で受け取ったドルデンザを見たつかさが自身の手を見た。思案して、ふと。
「あー……ドルデンザはおめでとうな?今度、誕生日とか関係なく飲みに行こう」
「ありがとうございます。いいんですか、藤守君」
 パッと瞳輝かされれば、どちらが年上だなどと細事に見えて。じゃあ景気良く、献杯!と小さな音立てぶつかったグラスと猪口が細やかに。
 大根に舌鼓したヒコが出汁を熱燗で流し込み、無言で蒟蒻を食んだつかさの目が輝いた。
 次は焼鳥か甘味かと話しながら、進む酒も肴も気分が良い。
 日頃の賜物から得た成果に各々胸を張る【=&,】の面々の表情も手元も輝いていた。
「……お前さんら、ちゃっかりしてんなあ」
 目が遠い眠堂の様子に焦り一番に口火を切ったのは千鶴。
「えっと、丸ごとおでんのお店見つけたの!あ、あと美味しそうな海鮮ラーメン!」
「千鶴さんとラーメンにイカを乗せたら美味しいのではとお話していたのと、路地裏にお汁粉のお店が有るとか」
 シィラの言葉に力強く頷く千鶴に眠堂が顎を擦りつつ地図に丸。実地調査ですとシィラが買ったチーズとオリーブのピンチョスを一つ含みつつ思う。一杯欲しいと思ったところで声を上げたのは玉蒟蒻と熱燗のカップを抱えたウーリ。
「実地調査とリサーチから甲羅器にしたカニ味噌グラタンのお店見つけたん」
「ウーリさんすごい!カニ味噌!」
 カニ香しくチーズとろとろ香ばしい――は、もはや魔境の呪文。冷えた口を温めるのに皆で玉蒟蒻を分け合ったところで、ニッと笑ったのはエトヴィン。
「なんと、俺がお肉の匂いを辿って見つけたのは――……焼きたてシャーピンのお店だ!」
「アツアツシャーピン食いたい!」
 空腹極まりカッと眠堂の目が見開かれて出た本音。シャーピン!シャーピン!と巻き起こったコールに、エトヴィンがどうどうと手を振って。
「ちょっと素手で持てないくらいのアッツアツだけど、いける?」
 いいともー!とオーディエンスも腹の虫も最高潮。そして、よし、と手を打った眠堂が地図を閉じ一言。
「全部回るか」
 選べないのなんて話を聞いていた時から分かっていたけれど。つい嬉しくなるのは皆同じ。
「やったー!」
「楽しみですね」
「ミンミン偉い!よーし、いっぱい食べるぞー!」
「おー!」
 祭の夜は始まったばかり。
 【箱庭】の面々はそれぞれの歩幅で夜を行く。
 気分良さ気に頭にカニの甲羅を乗せたさゆりと共に、両手一杯焼きガニと焼きおにぎりを抱えたチヨの目が瞬く。捉えたのは赤提灯に湯気棚引く店先の、見慣れた細い背中。そうっと肩口から覗き込む――と、同時に聞こえたのは聞き慣れた声。
「めろ、俺。玉子、たまご食いたい」
「あっ、チヨくんだけずるい!あたしも玉子がいいなあ」
「あら、チヨちゃんは玉子好きなの?春乃ちゃんも?ふふ、めろも大好き」
 微笑んだめろが多めに入れてくださいなといえば、はいよ!と威勢の良い声が返ってくる。と、春乃の腕の中からごろごろと喉を鳴らしたみーちゃんが。
「んみゃ、んーんみゃっ」
 ご主人春乃の腕をふみふみ。めろの腕におでこをごしごし。曰くつみれをご所望とのことで、熱すぎない火通し済みのを入れてもらったところで、めろが振り返る。
「パンドラ、どれがいい?」
 ――その頃、パンドラは少し離れたドーナツ屋の前で万里の腕をぎゅっと抱きしめていた。
「なあに、パンドラ。ドーナツ欲しいの?よし、買おうか」
「るる、るるりる」
 きゃいきゃいと喜ぶパンドラが鈴のような声で歌った時、聴こえたのは複数の足音と。
「居た!もう、勝手に離れちゃ駄目だよ」
 んもう、と主人たるめろが叱るや、パンドラは頬を膨らましてぎゅうっと万里の腕を抱きしめる。おやおや、と万里がホットワインを傾け肩竦めた所で丁度全員が集合した。
 両手に餃子!と力強いロゴ入りの袋抱えたサイファと未だ脂爆ぜる音立てる唐揚げを抱えたユアが元気よく手を振った。と、万里から香った濃い葡萄の香りに興味津々のユアが小首を傾げ。
「わ、万里さんのそれって……ホットワイン!ねね、それおいしいの?」
「ユアちゃんホットワイン挑戦するなんて、大人!えっとね、生姜湯の甘いのと辛いのと柚子茶、サイファさんの甘酒も買ってきたよ!」
「お、ユアちゃん飲んでみる?どーぞ。熱いから気を付けて。じゃあ春乃ちゃんには今度アルコール飛ばしたの作ろうか」
 万里の言葉にわーい!やったー!と喜ぶユアと春乃の傍らでは、蟹の甲羅をさゆりがめろに自慢し、春乃から甘酒を受け取ったサイファがありがと!と微笑み包みを開く。
「へへ、並んでる時からすっげえいい匂いでさ!赤いのがにんにく入り、緑のが無しな!」
「そんなに、あったのか……くそ、見つかんなかったぞ。カニ、カニと交換しておくれ」
「カニ!チヨ、玄人的な餃子とカニ交換しよ!」
 わいわいがやがや夜はまだまだ続いて行く。

●醍醐味
「じゃクィル、30分後にここ集合な。遅れる時は――」
「連絡すること、ですね。ヒノトくんこそ忘れないでくださいね?」
 分かってるって!と笑ったヒノトとクィルが左右へ別れた。
 横切ろうとした三毛猫の知的な緑目に釣られて路地を行くヒノトは不思議と期待に溢れる一方、歩き始めて暫ししてから鼻を擽る深く甘い香りを頼りにクィルは足音潜めて道を選んだ。
 そうしてヒノトは小さな木箱を。クィルは経木の包みを手に時間ピッタリ。せーのっ!と開きあった包みは、まるで星を集めた様な金平糖と未だに湯気立つかりんとう饅頭。
「ク、クィルもしかしてこれ、かりんとう饅頭……!しかも揚げたてじゃん!」
「ヒノトくん、これは金平糖……?す、すごい。僕こんなお店全然気付かなかったよ」
 わぁっと沸いた二人の頬も鼻先も真っ赤。
 ぷっと噴き出したのはどちらが先だったか知れないが、引き分けと笑いあって茶屋を目指す足を踏み出したのは二人同時であった。
 震えるシズネの耳と上気したラウルの頬撫でた香ばしさ。
 焼き網の上で踊るアワビにイカ。醤油とバターに染まる帆立と脂が爆ぜる干物。
 そうしてメインは―――。
「アチッ、アッチッチ!」
「うわ、あっつい」
 二人揃って一番に手にしたズワイガニ!
 真っ赤な殻を手に、渡された指示書き通りに鋏でぱちぱち。被膜に似た関節部分を切り離し足の殻を回しせば出でた美しい身を二人が勢いよく頬張ったのは同時。
「うっまい!」
「~~~っ、美味しい!幸せ!」
 口に入れた瞬間解れる身の繊維が感じられたのは一瞬のこと。食んだ瞬間弾けて蕩けたのは二人とも同じで。
「ラウルっラウルっ、あのデカいほたて……!」
「シズネ、カニ味噌と茹でガニもあるみたいだよ」
 ほんとか!と喜んだシズネに優しく細まったラウルの双眸。
 次はどうしようと迷うこともまた、冬の寒夜を楽しむ秘訣。
 憧れの赤提灯の下には美味しさに溢れていた。
 愛しい人と猪口を傾けられないなんてとアイヴォリーが思ったのは、先程まで。
「……おいっしい!」
 湯気さえ飲まんとしたアイヴォリーが零した溜息は喜びそのもの。崩れる直前まで煮込まれた牛筋がとろとろの極上。鍋底で色変わるほど煮られたちくわぶなど言葉にし難い。そうして、そんな風にひどく幸せそうなアイヴォリーと旨いおでんを肴に二本目の徳利に手を伸ばした時、可愛らしく小首傾げた恋人が鍋前の店主を見た。
「注文良いでしょうか?玉子とがんも、つみれと……あっタコも」
「あ、ああ……へい、おまちどおっ」
 店主が戸惑うこのおかわり、実は五度目である。毎度三種以上の盛る具材は別段小さいわけではないはずだが。
「美味しい……!」
 しみじみと堪能するアイヴォリーの、本当に細い娘のどこに消えるのかと店主どころか並んで飲んでいた酒飲みですら様子を伺い始めた時、唇に人差し指添えた夜が“大丈夫ですよ”とウインク一つした時、外から聞こえた調子のよい声。
 背の暖簾をちょいと捲れば、夜の見慣れた流れ角のオウガの姿。
 席を詰めて招いて、祝杯は佳き宵の中で。
 おでんを冬の醍醐味と言ったのは誰だったか。
「えーっと、生ビールとー……麗威はどうする?」
「おでん種類多いな……あ、俺は熱燗」
 届いたところで一足早い忘年会だから、乾杯!なんて言っていたのは最初までだった。
 寒風の中歩いてきた所為であつあつのおでんが歯にも口にも染みたのも、同じく初めのうち。段々と体も温まり、回るアルコールに気分が上がる。旨味の強いおでんにも、段々とからしを付けながら楽しみ始めれば酒も肴も進みが早い。
「……すまん、こっから酒はちょっと薄く――」
「はぁい、大丈夫ですよー」
 空いた二合徳利が一、二、三――……を越えたところでエリアスが店員にそっと耳打ち。すれば相手の方が余程手慣れているのか、軽やかな返事が返ってきた。と、脱いだ上着も外した眼鏡も全てエリアスに預けていた麗威の目が据わり。
「あーすっげえ楽しいー……んんー?おいエリアスぅ、全然ビールすすんでねぇ!」
「ん?おお、ったく悪酔いすんなって言っただろ。大体なぁ……」
 とエリアスが麗威を見ればお小言を気にした風もなく、にへりと柔らかく笑って言うのだ。
「あと一合と、大根追加していい?」
「……一合だけな」
 親父、熱燗一合と大根に生一丁!と明るい麗威の声が店に木霊した。
 あんなに幸せそうな顔をされれば鬼も形無し。温くなったジョッキを呷り空にする。
 だが、賑わうもまた良し。
「―――だからナザク、大丈夫。私のポジションスナイパーだから」
「えっミリにゃん、さっき“あーん”しくれるって……いや待てなんか知ってるのと違うぞ」
「ははは、お二人とも仲良しですね?私はくらっしゃーですよ」
 未成年のミリムが傾けていたのはジョッキの烏龍茶、のはず。エキサイティンだよ!と右手の箸には湯気立つ蒟蒻。それなりに仲良くしていたし、いつかの日に猫舌申告した覚えのあるナザクは戦慄した。あーんでエキサイティンって何だ――と。助けを求めようにも先客だった隣のドルデンザはご機嫌だ。
 勝負するしかないと、己の中のケルベロスが言う。ディフェンダーだし大丈夫。ケルベロスだし大丈夫。なんかもう正直スナイパーもディフェンダーも気休めレベルなのでは?と思わなくも無いが、首を振って払拭したところで――。
「第1ターンはあつあつコンニャクをシューット!超エキサイッ……アッツァ!」
「~~っ、あっふ、あふい、あふいっ、けど、うまい゛……!」
「う゛っ、お、おいひいでふへ……!」
 三人涙目だった。
 初手のミリムは玉蒟蒻。返し手でナザクが小丸はんぺん。酔い打ちにドルデンザの小がんもどき。
 噛まねばならぬ熱さに味沁みの追随、最も罪深きは熱々出汁内包がんも。三人同じタイミングでガッと呷ったキン冷えのお茶と冷や酒をおかわりしたのは仕方が無い。

 どんちゃん響いた宴の音、月も傾きよく笑う。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月19日
難度:易しい
参加:28人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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