深淵の虚妄

作者:柚烏

 吐く息は白くひんやりとして、ぴんと張り詰めた冬の空気に溶けていく。
 何かに誘われるように、ゆらりゆらりと――ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)が辿り着いたのは、故郷を偲ばせる深い森。秘密の小路を辿るようにして歩みを進めれば、其処には朽ち果てた洋館が聳えていた。
「……あ」
 ――木々の合間から零れる陽光はまるで、天使の梯子のよう。金色の光が降り注ぐ先に咲く薔薇を見つけたハンナの表情が、ふわりと和らぐかに見えた時。異質な気配を捉えた彼女の瞳が、ふっと細められる。
「ご機嫌よう――フロイライン」
 黒衣を翻す音に、甘い囁きが重なった刹那――ハンナの目の前には忽然と、ひとりの青年が立っていた。それは世界を侵食する闇が、ひとの形を為したかのように見えて。彼の深紅の瞳は陶然と、ハンナを捉えて離さない。
「幾千の昼と夜を越えて、貴女に巡り合えた奇跡に感謝を。この醜く穢れた世界にあって、気高く純粋な魂を持つ乙女よ、さあ――」
 そんな男の口から紡がれたのは、戯曲じみた仰々しいまでの賛美だった。そうして異質な黒を纏う彼は優雅に一礼をし、ハンナに向けて恭しく手を差し伸べる。
「いざ、我が手を。貴女を迎えに来ました――私の花嫁として」
(「……っ」)
 ぼんやりと霞のかかった思考を振り払うように、ハンナはかぶりを振って男との距離を取った。……呑まれてはいけない、と強く思う。目の前の男は呼吸をするように嘘を吐き、さながら甘い毒のように此方の心を惑わしてくるから。
「わたしは……貴方の花嫁なんかじゃ、ない、わ」
「……嗚呼、恥じらう姿もまた愛らしいもの。ならば死神らしく、強引に乙女の魂を奪うと致しましょう」
 ――死神。やはり、目の前の男はデウスエクスか。ハンナが立ち向かおうと武器を構えた所で、彼女の周囲に黒き薔薇が咲き誇る。
「嗚呼、哀れなグレートヒェンよ、貴女の心は粉々に砕け散るだろう! 貴女は何者もその手に抱くことは無く、この私――メフィストのものとなる!」

 大変なんだ、と開口一番にエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は告げた。ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)が、宿敵であろうデウスエクスの襲撃を受けることを予知したのだが、彼女と連絡が取れずにいるのだ、と。
「……事態は一刻を争うから、どうか。彼女が無事なうちに、何とか救援に向かって欲しいんだよ」
 ハンナを狙うのは、『深淵の虚妄 メフィスト』を名乗る死神だ。仰々しい振る舞いを好み、その言葉は嘘で塗り固められたもの――彼は戯れに愛を囁き、ハンナを花嫁と呼び、その魂を奪おうと画策していると言う。
「メフィストは血を媒介とした魔術を使用し、主に此方の精神に作用する術を使ってくるみたい。心を惑わしたり、過去の凄惨な記憶を蘇らせたり……彼の言動も含めて、惑わされないよう気持ちを強く持って戦って」
 心地良い嘘を吐いて獲物を狙う、邪悪な死神が相手となる。彼の名が意味するのは『嘘つき』であり、それはひとりの少女を破滅させた伝承の悪魔の名と、奇しくも一致する。
「……それでもね、少女は大切なひとを最期に救うんだ」
 ――だからどうか皆も、ハンナを救って欲しい。そう言ってエリオットは、白薔薇をそっと己の胸に抱いて頭を下げた。


参加者
ロゼ・アウランジェ(七彩アウラアオイデー・e00275)
ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)
オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)
リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)
月原・煌介(白砂月閃・e09504)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
安藤・洋(エクストラオーディナリィラブ・e24041)

■リプレイ

●死神と花嫁
 光射す冬の森――白薔薇の咲く廃園で、そのふたりは邂逅した。嘗ての故郷を偲ばせる辺りの景色に、過去の記憶がとめどなく溢れてくる中、ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)はゆっくりと、翠緑の瞳を瞬かせて呟く。
「あなた、は……」
 ――ひとりぼっちだった幼い自分を、密かに訪ねてくれた青年。苦手だった魔術や知らない世界の話を、優しく教えてくれた彼はそう、艶やかな黒髪を束ねていて。
(「温和で、潔癖で……まるで、兄のよう、な」)
 ほんの一瞬、目の前に立つ青年にその姿が重なったが――メフィストと名乗る彼の死神は、ただ静かに微笑を湛えたまま、愉しそうにハンナを見つめるのみだ。
「……昔、領地を疫病が襲って……多くの民が、亡くなった、わ」
「ああ、もしかして……その時、大切な方を喪ったのでは? 貴女の愛らしい貌から、陽だまりのような笑顔もまた、失われて――」
「……っ……!?」
 甘く囁かれたその言葉は、刃のようにハンナの心を深く抉った。惑わされるなと己に言い聞かせるが、彼の言うことが真実なのか偽りなのか、既にハンナには分からなくなってしまっている。
 ――そう、大切な存在を騙っているだけだと一蹴出来たのなら、どんなに良かっただろう。悪夢に囚われた彼女の瞳は、ただ呆然と虚空を見つめ――白く細い指先が虚しく空を掻く中で、乙女を死へ誘うかのように黒薔薇が辺りを覆い尽くしていく。
「さあ我が花嫁よ、いざ穢れた現世との決別を――」
「させません」
 と、その時。ハンナの魂を此岸に繋ぎ止めるかのように、凛とした声が響き渡り――直後、近づくもの全てを拒み隔てる、不可視の障壁がふたりの間に姿を現した。
(「……すみやかに、牽制を」)
 踊るように腕を伸ばす、オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)がその繊手を翻すと、硝子の如く砕け散った障壁の破片がメフィスト目掛けて襲い掛かる。
「ハンナちゃんから離れてっ」
「ハンナさん! 助けに来ましたっ」
 更に、息せき切って駆けつけたリィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)とロゼ・アウランジェ(七彩アウラアオイデー・e00275)が、大好きな友人を守ろうと立ち塞がって。にっこりと励ますようなリティア・エルフィウム(白花・e00971)の微笑みに、凍てついたハンナの心が、じんわりと熱を取り戻していった。
「皆……来てくれたの、ね」
「ええ、はんなりんとは何やら因縁のある相手のようですがっ!」
 ボクスドラゴンのエルレに、皆を守るよう言い聞かせつつ、リティアはメフィストの動向を窺う。そう言えば、友人を花嫁呼ばわりしていたようだったな――と呟く祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)は、長い黒髪から覗く瞳に昏い焔を灯しながら、おもむろに懐から藁人形を取り出した。
「……虚しい妄言を吐く者に、ハンナは渡せない」
「そう、結婚は好きな人とするもの。貴方に彼女は渡せません!」
 ――もし彼女が嫁ぐのならばその時は、真実の愛を添えて。満開の笑顔に幸せを乗せて、歌っておくりたいとロゼは思うのだ。しかしそれでも、メフィストは動じない――逆に、其方の方こそハンナの何を知っているのかと、その吸い込まれるような瞳で問いかけてくる。
「……因縁は知らない。でも……ハンナを、信じ抜く……」
 静かな声の中に、確かな芯の熱さを通わせて――月原・煌介(白砂月閃・e09504)はそっと、懐に忍ばせたタロットを指でなぞった。彼女と自分を繋げてくれた、その芳醇な世界に想いを巡らせながら、煌介ははっきりと、己の意志を言葉にする。
「ハンナ……全力で、君の助けになる……」
「勿論、はんなりんのやりたい事が出来るよう、尽力しますよ!」
 努めて明るい調子でリティアが頷くと、リィンハルトも迷い無く、夕暮れの色を閉じこめた瞳でメフィストを睨み返した。
「どんな因縁があるのかは、何も知らない。けど――大事な友達を害するというなら、それは僕にとっても重大な敵だから」
「……リィン。月原卿も、りってぃーも……皆、ありがとう……」
 ――己の全てを打ち明けられないとしても、こうして自分を信じて、助けたいと言ってくれる仲間が居る。震える声で感謝を囁くハンナの隣では、何処か照れ臭そうな様子で、安藤・洋(エクストラオーディナリィラブ・e24041)がぽりぽりと頬を掻いていた。
「ま、敵を倒すっつーだけだ。俺にとっちゃ単純なこったよ。俺にとっちゃな」
 テキトーに気ままにと言って、ぶっきらぼうな調子で振る舞う洋だったが――口には出さないだけで、本心ではハンナを気にしているのだろう。そうでなければ、ここまで急いで駆けつけたりはするまい。
「男女の関係に口入すンなァ野暮ってモンだが、コイツは渡せねェからよ」
 コイツ――と顎をしゃくってハンナを示す洋を見て、メフィストの端正な相貌が微かに歪む。しかし彼は直ぐに、狂気を宿した笑みを浮かべてかぶりを振った。
「ああ……斯様に粗野な男が傍に居るとは、品性に欠けますね。けれど、彼ら全てを殺してしまえば」
 ――ねぇ、と底知れぬ光を宿したメフィストの瞳が、ハンナに訴える。
「貴女は大人しく――そう、人形のようになって、私の手を取ってくれるのでしょうね?」

●虚妄の罠
 周囲に咲く薔薇を傷つけないよう、そしてメフィストを逃さないよう――被害を抑えて敵を包囲するように、煌介たちは布陣を行う。万が一を考えてのことだが、恐らく死神はハンナを諦めはしないだろうと、リィンハルトには予感があった。だから――。
(「そう、きっとみんな想いは同じ。全力でハンナちゃんの力になりたいって思ってるから」)
 ――滑る剣先が描くのは、守護星座の聖域。その輝きは、リィンハルトの蒼く色づく白髪のひかりと混ざり合い、仲間たちに加護を齎していく。
「何としてでも、はんなりんと……そして皆も無事でいられるようにしますよ!」
 相手が惑わしの術に長けるのであれば、此方も万全の対策で迎え撃つ――その決意を胸に抱き、リティアは黄金の果実を実らせて聖なる光を放ち、更にイミナが紙兵を舞わせて満遍なく耐性を行き渡らせていった。
「……嘘で人の心を弄ぶなんて。貴方がピノキオだったなら、お鼻は天を裂くほど伸びていたでしょうね」
 ひとつ嘘をつけば、その嘘を隠す為またひとつ嘘を重ねていき、本当の自分が見えなくなった木偶人形――そんな歌を思い浮かべながら、流星の如くロゼは身を踊らせ、死神目掛けて蹴りを叩き込む。オペレッタもまた、足取りを鈍らせようと竜砲弾を撃ち出し、其処へ煌介が卓越した技量での一撃を喰らわせ、氷の呪縛で包み込んでいった。
(「敵の言動に惑わぬ様……注意しなければ……」)
 勇ましく大鎌を操るハンナに合わせ、洋も大剣を振り回して、とっておきの一撃をメフィストに叩きつけようとするが――そのダメージ重視の一発狙いは、単調な太刀筋が災いして躱されてしまう。
「……嗚呼、何から何まで美しくありませんね」
「うるせェ、こうなったら後は、ぶっ倒れるまで前に出てくだけだ」
 頭ワリーからよ、と自嘲気味に笑う洋だが、やるからには徹底的にやらせて貰うと闘志を燃やしていた。そんな彼の態度を不快に思ったのか、メフィストは攻撃の矛先を洋にも向けるようになり――冬の森には黒薔薇の芳香とむせ返るような血の匂いが満ちて、此方の心を侵そうと牙を剥く。
(「……それでも、彼を厭わず……蔑まずに……」)
 只、凛とメフィストと瞳を合わせる煌介は、彼の嘘の先の虚実を見抜く様にして、金色の梟を呼び戦場を舞わせていった。降り注ぐ羽毛の雪が、仲間たちに祝福を与える中――最優先で催眠の浄化を終えたリティアは、前衛の狙いを更に研ぎ澄ますべく、白き光と清浄な風で辺りを包み込む。
「……此方を見ろ。……お前が黒薔薇ならワタシは黒百合。……花言葉は、呪いだ」
 幾世代にも渡る呪いの結晶――鬼気迫るほどに凄絶な美貌を晒して、イミナが告げた。ビハインドの蝕影鬼も心霊現象を引き起こして援護を行い、念を籠めた物品が飛び交う戦場を、ハンナが一気に駆け抜けていく。
(「十年経っても呑み込めていない……でも、これはきっと……わたしの、役目」)
 ――突然、自分の前から姿を消した青年。その直後に領地に蔓延した病。後になって父親から聞かされたことは、真実であると思ったけれど。それでも彼自身の口から聞きたかった。
「皆を……母を屠ったのは、ほんとうに、あなたなの?」
「ふふ、あははは……! 『嘘つき』が真実を語ると、本気で思っているのですか? 貴女の望む答えなら、幾らでも囁いてあげますが――」
 ハンナの繰り出した虚の刃を弾き返し、メフィストは其処で己の血を媒介に、深紅の結界を形成して嗤う。
「――もう少し、貴女の大切なお仲間のことを、気に掛けてあげては如何です?」
 彼の言う通り、見れば仲間たちはトラウマに苛まれ、其々が痛ましい記憶と向き合っているようだった。過去はとうに壊れて、己の心もこれ以上壊れようは無いと言っていたイミナも、その痛みから逃れる術は無く――一方の煌介には、嘗て救えなかった者の冷ややかな手が忍び寄っていた。
(「愛される事も厭われる事もなく、ただ存在していただけの人形。……それがかつての私」)
 ――それは色彩を知らぬ、無色の娘だった頃のロゼの記憶。独りぼっちで名前もなくて、誰かの代わりとして生まれた道具のような存在で――過去の記憶は身を苛むまでの孤独を、まざまざとロゼに蘇らせる。
(「ああ、あれは――」)
 オペレッタの脳裏に過ぎるのは、打ち捨てられ動かない少女達の残骸。失った筈の記憶は、しかし瞬間ばらばらと罅割れて――顔を上げたオペレッタのまなざしには、水晶の如く澄んだ輝きが宿っていた。
「誰も、何も――手折らせません。散らせません」
 そう、この戦場――『ステージ』のカーテンコールは、未だこれからなのだ。いつか胸に飾ったような、白薔薇の蕾がはらりと綻び、零れる花弁は光を連れて戦場を舞い上がる。
「そのために『これ』は、在りますから」
 それは間違いなく、オペレッタ自身が望んで決めたこと。少女の手足を結んでいたリボンは、いつの間にかほどけていて――舞い踊る花弁は優しく、其々の抱えていたトラウマを拭い去っていった。
(「……そう、私に名をくれて、愛を教えてくれた人がいた」)
 ――やがて孤独の中でロゼは、優しい月光のように自分を包んで愛してくれた人の存在を思い出す。
 嘘でもいいから愛されたいと、願った時もあったけど――それは違ったのだ。嘘偽りない愛を識らないなんて悲しいこと。愛はかけがえのないものだと、ロゼは知っているから。
「だから……どうか、虚妄の嘘で、穢さないで」

●幻燈の夢
 続くリィンハルトも、舞いと共に光の花弁を降らせ――勢いを取り戻した一行は次々に反撃へと移っていく。
(「振り返らなくていい、前だけ見ててくれていいから」)
 そっとハンナの背を押せたならとリィンハルトは願い、煌介はタロットを手繰り啓示を得ようと動いた。運命の輪は御せずとも――ハンナの今を示すアルカナが木漏れ日の中に浮かび上がり、煌介は静かに溜息を零す。
「……杯の女王の溢るる水を受け、今こそ巡る……。想いのままに……ハンナ」
 ――高らかに響き渡るのはロゼの謳う鎮魂歌。運命の糸を断ち斬るかの如く、光輝く鎌刃が振り下ろされると、洋も彼が言う所の『良く解らんモン』――漆黒の魔力弾を放ち、メフィストを悪夢へと誘っていった。
「ったく、あんまりナメたこと抜かすンじゃねェぞ。あー……コイツは俺のモンだからな」
 ハンナの方をちらりと見つめ、一瞬デレた素振りを見せる洋。振られたな、とイミナはメフィストにぽつりと呟き、呪力を籠めた杭を振りかぶる。
「……愛の言葉は相手の心を縛る呪いだが、拒絶されたならばそこで終えねば、己を蝕む事となる」
 身を以て、確かめるといい――吐き捨てたイミナの弔杭が贄の四肢を穿ったが、死神は尚もハンナへの執着を見せていた。全てを奪ってやるのだと呻く彼へ、オペレッタの構える主砲が火を噴いて――彼女はその一撃と共に、はっきりと否定の言葉を突き付ける。
「いいえ、いいえ。アナタは何も奪えません」
「はんなりん、今ですっ!」
 膝をつき、苦悶の表情を見せるメフィストに、終わりの時が近いのだと悟った皆は、決着をつけて欲しいと攻撃の手を止め――ハンナに最後を託すことにした。リティア達が見守る中でゆっくりと、ハンナは白翼を羽ばたかせて聖魔術を行使する。
「……ほんとうのあなたとか、真意とか……関係、なくて」
 ――メフィストが誘われるのは、氷輪の幻燈世界。天界に咲く百合の毒が、永遠に覚めることの無い夢を運んでくる中で、過ぎる走馬燈は救いなのか――或いは絶望なのか。
「ただ、あなたとの日々は……あなたのくれた、ものは……わたしにとって、すべて真実、だから」

 ――はんりょ? ってなあに?
 ――大きくなればわかりますよ。未来の貴女が清らかな女性であったなら、お迎えに上がりましょう。
 ――ふぅん……わかったわ。

「……は、はは。貴女は、残酷な方ですね。『嘘つき』である私を、『真実』だと仰られますか」
 断片のように再生されていく、誰かの会話。それに耳を傾けるメフィストの瞼が、ゆっくりと落ちていき――『嘘つき』である己の存在を、貴女は自分で否定してしまったのだと、彼は自嘲気味に笑って言う。
「ならば、何物でもなくなった私は……もう、消えるしかないのでしょう」
 ――まるで、陽光に溶けるように。最初から其処には誰もいなかったかのように、止めを刺されたメフィストは、静かに消滅していった。
「それでも、わたし……やっぱり、ありがとうって、いうわ」
 肩を震わせながら宿敵の最期を看取るハンナをそっと、月光を思わせる煌介の言葉が包み込んでいく。
「ああ……君の想いが、彼の真実だから……」

「ァー、まァ、お疲れさん」
 その後、洋の腕に縋りついたハンナは暫く咽び泣いていたが、洋は何も聞かずただ黙って彼女を受け入れた。俺も疲れたから、ちょい休憩するわ――そう言ったのは彼なりの不器用な優しさだろう。
「ま、泣きたきゃ泣いてろ。泣くなたァ言わねェぜ」
 ――そんな中、ひとり思考するのはオペレッタ。ハンナに差し伸べられた手を思えば、とくりとココロにエラーが生じる。それが羨望と言うものであると、彼女は未だ知らないけれど――やがてロゼの明るい声が、一行を現実へと引き戻していった。
「おかえりなさい、さぁ、帰ろ!」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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