罪深き獣のラルゴ

作者:麻人

 冬だというのに、苔むした岩を積み上げたその廃墟には粘ついた嫌な気配の風が淀んでいる。
 いつの間にか追い込まれていた伏見・万(万獣の檻・e02075)は、相手の目的がこの己であると得心して呟いた。
「てめェ……まさか、俺の暴走した時の力が目当てなのか?」
 すると、岩陰でくすりと笑う少年の気配。
「何のことかな? オレはただグラビティ・チェインを少しでも多く得るために行動しているだけさ」
「ちッ、しらばっくれやがって」
 舌打ちして身構える万の眼前に、ぽう、と鳥の形をした幻影が現れた。彼は万めがけて解き放ちながら、好奇心に満ちた声色で叫ぶ。
「でも、せっかくなら見せてもらいたいものだね。お前のバケモノの力をさ!」

 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロスたちに一礼すると、状況の説明に入る。
「伏見・万が螺旋忍軍の少年に襲われるという予知がありました。名前はトーゴ。人気のない廃墟に誘い込み、問答無用で攻撃を仕掛けてくるようです」
 既に万とは連絡がとれず、事態は一刻を争う。
 急ぎ、彼の救援に向かって欲しいのだとセリカは告げた。

 周囲は荒れ果てた街はずれで、二人はちょうど建物の壁だけが僅かに残った廃墟の中心地で対峙している。
 駆けつけた時には既に戦闘は始まっており、開始から1、2分が経った後となるだろう。
「トーゴは手裏剣を使った投擲術の他、鳥のような姿を持ったグラビティを使用するようです。どちらも遠距離攻撃となりますので、後衛の方もお気をつけください。戦闘能力はあまり高くないようですが、相手はデウスエクス。油断は禁物です」
 うまく周囲にある廃墟の壁や柱などを利用すれば、敵に気づかれずに近づくことも可能かもしれない。

「なにしろ、相手は伏見・万さんに気を取られていて周囲への警戒を怠っているようですから……奇襲のような形にできると戦闘を優位にすすめることができるかもしれませんね」
 セリカは再びお辞儀をして、必要なことは全て伝え終えたとばかりに微笑んだ。ご武運を、と涼やかな声がケルベロスたちを送り出す。


参加者
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
シャルロット・フレミス(蒼眼の竜姫・e05104)
草間・影士(焔拳・e05971)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)

■リプレイ

●欲するもの
「グラビティチェインが欲しいって? 頼み方がなってねェなァクソガキ」
 廃墟に伏見・万(万獣の檻・e02075)の粋がったような独特の声色が響き渡る。乾いた大地と冷えた冬の冷気。そして、自らの勝利を確信してやまない宿縁の敵――トーゴの薄ら笑いの他には、何もない――否。
 誰もいないと思われていた廃墟の影で、完全に足音を殺した者たちの静かな息遣いがある。
(「いたぞ、あいつだな」」
 廃墟の中心部を囲む石壁の合間から覗く忍軍独特の衣服を見つけ、草間・影士(焔拳・e05971)は小声で囁いた。
(「何を狙っているか知らないが、念入りに場所を選ぶものだ。しかし、伏見に気を取られているという事は好都合でもある。隙をつかせてもらおう」)
(「ですね。何としても万さんをお助けしましょう」)
 と、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)が頷いたその時だ。
 甲高い戦闘音と、敢えて敵の注意を引き付けるかのような万の叫びが響き渡る。
「てめェにやるモンなんざそもそも何もねェけどよ。やれるもんならやってみやがれよ!!」
 ――今です。
 岳が促した。
(「お二人の戦闘音に紛れて近づきましょう」)
(「了解しました」)
 レフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)が軽く顎を引くようにして同意し、光学迷彩のコートを翻したジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)が先陣を切る。一行が突き進む周囲に発生した隠密気流によって、その動きはトーゴからは気づきにくくなっているはずだ。
「ほらほら、せいぜい頑張って逃げ惑うといい!!」
「くッ――」
 万はトーゴの手裏剣を雷刃突で思い切り薙ぎ払った。
(「ここだ」)
 まるで、自分の居場所を『誰か』に伝えるように。
「今だ」
 再び雷を纏った鎖と手裏剣が噛み合おうとした時、まさにそのタイミングを狙っていた影士の合図に合わせる形で割って入った影がある。
「なに!?」
「遅れたかしら……生きてる?」
 それは、流星のように現れたシャルロット・フレミス(蒼眼の竜姫・e05104)の問いかけ。トーゴの胸元は鋭い蹴撃によって裂かれ、突然の奇襲に戸惑いながら後ずさる。
「援軍だと!? いったいどこから――うわあッ!?」
 不意に、万の後ろからその肩を借りて跳躍した小柄な影があった。
「忍者さんが油断しましたね!」
 体をスピンさせながらトーゴに体当たりして愛用の武器――トポという杖の一撃をお見舞いしてみせた岳は、にっこりと微笑んで着地を決める。
「仲間の危機には必ず駆け付ける。それがケルベロスです!」
「何をかっこつけて――」
 鼻で笑い飛ばそうとしたトーゴの頬を今度は囮の弾丸が抉り、血しぶきを迸らせた。
 狙撃手であるリュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)は、初弾を放ってすぐに疾駆。自らを弾丸と代えて跳躍すると、彗星のような煌めきの尾を引きつつトーゴを狙う。
「無事ですか!」
 鉄塊剣の切っ先をひと思いに突き込みながら、二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)が尋ねた。
「見ての通りだ。ピンピンしてらァ」
 同時にレフィナードによるマインドリンクが、力強く笑う万の周囲に盾を形成して傷を綺麗に拭い去る。
「お待たせしました! 全力で支援させていただきます」
 岳が微笑したままファミリアをカードに変えてその力を放つ――宝石は灰簾石。その石言葉は――高貴。
 ちっ、とトーゴが唾を吐くように舌を打った。
「お仲間かい? そんなものがお前にいるとは驚きだね。バケモノのくせに……」
「……バケモノ、ねェ。言ってくれるじゃねェの」
 万の眉間に青筋が立つ。
 自分ひとりの時ならともかく、仲間の前で言われていい気はしない。
(「やっぱり、こいつ……俺が暴走した時の姿を知っていやがる……?」)
 おそらく、気が付かないうちに観測されていたのだろう。だが、そのトーゴにもまさか己の方が援軍の奇襲を受けるとは露ほどにも思っていなかったらしい。
「形勢不利っぽくなりましたけど、逃げなくて良いんですか」
 不敵に挑発する葵に対して、苛立たし気に手裏剣を解き放った。
「黙れよ!」
 だが、その一撃はレフィナードとジュスティシアが重ねて展開した黄金の果実による光壁と星域の加護によって威力を減衰させられてしまう。
「ゲートを失った哀れな螺旋忍軍で年端もいかない少年でも、仲間を傷つけるなら容赦しません」
 ジュスティシアは自らを中心に広がる星域の空に無数の無人機を飛ばして制空権をこちらのものとする。
「万さんにはちょっとした借りがありますしね。そちらの思い通りにはさせませんよ」
「ええ。同じ猟犬の1人として微力ながら助太刀、させて頂きます」
 レフィナードの微笑は味方には頼もしく、敵には容赦のない宣告として機能するかのようだ。トーゴは万を守るように張り巡らされた光の盾と無人機の群れを前にして、機嫌を損ねたように悪態をついた。
「あんまりコケにするなよ……」
「忍なら自分の後にも気を使う事だ。尤も、此処で終わるお前に言っても詮無き事か」
 影士は仕方なさげに呟き、その全身に闘気の炎を纏いながら疾駆。迎撃する鳥の獰猛な爪先も燃え盛る炎に払われて届かない。
「な――」
「恨むなよ」
 影士はトーゴの胸倉を掴み、その片腕に纏う鳳麟仙の炎を叩きつける。掠れた悲鳴が上がり、行き場を無くした巨大な鳥が空中で羽ばたいた。
「貴様ら、よくも――! こうなったら他の奴らもまとめてオレの力にしてやる!」
 トーゴは血を拭い、鬼哭の鳥をケルベロス達目がけてけしかけた。

●狩るものはどちらか
 大きく嘴を開き、ブラックホールのような黒闇の翼をはためかせる鳥の襲撃から万を守るため、シャルロットは正眼に刀を構えた。
「く……!」
 激しい衝撃に軍服の裾がはためく。
「このッ」
 力ずくで刀を斬り払うと、鳥は中空でホバリングしてからトーゴの元へと帰還していった。流れる血に指を濡らし、腕の傷を抑えるシャルロットへとレフィナードが直ちにマインドリングを飛ばして援護に回る。
(「彼らの因縁などは知らないので安易に口を挟むような真似はできませんが……」)
 不気味に笑うトーゴを見据え、レフィナードは心中にて万の立場を労わった。見知らぬ者につけ狙われ、襲撃される。どのような理由があろうとも気分のよいものではないだろう。
「この! このッ!!」
 トーゴは敵を蹂躙することに悦びを見出すかのように、薄い笑みを浮かべたまま次々と手裏剣を乱舞する。
「危ない!」
 とっさに、葵は後衛を庇うように前へ出た。
 ロギホーンと名付けた斧の側面で手裏剣を受け止めるようにして、何とかその場に踏みとどまる。
「大丈夫でしたか!」
「はい。それにしても、いやらしい攻撃の仕方をしますね」
 ジュスティシアは仲間に盾を付与する手を一旦休め、かつて軍人時代に身に着けた緊急処置の早業で葵の傷口を止血する。
 代わりに前に出たのは、敵の上空から無数の刀を降らせながらそちらを振り返るシャルロットだった。
「大丈夫? 今のうちに態勢を治して」
「私も力を貸します!」
 その時、リュートニアの構えるガジェット――リボルバー式の銃口から白い蒸気が吹き出した。それは熱い蒸気の盾となって、相対するトーゴと葵の間を遮断する。
「ちっ!」
 邪魔だと言わんばかりにトーゴは更なる追い打ちをかけた。
「おッと!」
 だが、俺のことを忘れてくれるなよとばかりに割り込んだのは万である。雷を蓄えた鎖に貫かれ、トーゴの顔が苦痛に歪む。
「くそ」
 思うように戦えない状況にトーゴは苛つき始めていた。
 体が重いのは毒と、服を破られたことによる防御力の低下が大きい。癒す手段を持たないトーゴにとってはいずれもが致命的な負担となり始めていた。
「予定と違うじゃないか……この場所に誘い込んだ時点でオレの勝ちのはずだったのに……!」
「食う側はこっちだ、って事だ。まさか逃げられるとか思ってねェよなァ?」
 ジュスティシアの聖域へと被せるように鎖で魔法陣を描きながら、万は逆にトーゴを追い詰めていく。
「いい気になるなよ、バケモノ風情が」
「黙れつッてんだろうがァ!!」
 否定も肯定もできず、万はこみ上げる怒りを発散するかのように餓えた獣たちを具現化する。百の獣牙。それは己を構成する獣の幻影だ。
「引き裂け、喰らえ、攻め立てろ!」
「ぐ、ああッ――!」
 身体の至る所を屠られて、トーゴは我慢できないように後ずさった。
「駄目ですよ、通せんぼです! 皆さん、絶対に逃がしたらいけません!」
 その拳を灰簾石と化した岳が、トーゴの逃げ場を塞ぐように回り込んでいる。固い拳撃にその身に負った傷を更に広げられたトーゴはもはやなりふり構わず攻撃を仕掛けた。
「くそッ、この! どけよ!!」
「どきません! これが! 万さんが! 私達が! 負けない理由です!」
 それは、己の裡に秘める力に抗い戦い続ける万の、その高貴なる魂への賛歌。
「その通りです。絶対、誰も倒させたりなんかしません」
 頭上から一筋の流星の如く滑空してきたリュートニアの靴先がトーゴの脇腹を抉り、体勢を崩した。
「悪いが、ここまでだ」
 はっとして顔を上げたトーゴの眼前に影士の放った虚無球体が浮かんでいる。ほとんど戦いで傷を受けなかった影士は、余裕をもってその兵器をトーゴへとけしかけた。
「うわあッ――」
 闇に飲み込まれ、悲鳴を上げるトーゴをシャルロットが更に挑発。
「お馬鹿さんこちら、手の鳴る方面へ」
 いつの間にか雷雲が集まっていた空へとシャルロットは二刀を掲げる。ズンッ、と低い轟きがして雷を宿した獲物を一閃させた瞬間、光が弾けた。
「ぐはッ……」
「今です、万さん!」
 蒼き流星の如く降下した岳は、同じく滑り込んだシャルロットと共にトーゴの逃げ場を塞ぎながら叫んだ。
「例えどのようなものでも、その力は万さんご自身のもの。それを奪い模倣しようとは忍軍の性とは言え恥ずかしいですよ! 盗人として生きる日々は今日でお終いです」
 言い放つ岳にトーゴが言い返そうとした時、迫りくる獣の牙に気づいたその瞳が大きく見開かれた。
「これで終いだ。喰わせてもらうぜ」
 仁王立ちした万の呟きがトーゴに届いた次の瞬間、百獣の牙がその身体を屠り、千切り、喰らい尽くしていった。

●裡なる獣
「はー、良かったです、無事で」
 戦いの後、葵は胸を撫で下ろして万の無事を喜んだ。
「廃墟だけど、一応修復しておいた方がいいですよね?」
「そうしましょう」
 リュートニアとレフィナードは頷き、仲間と協力して崩れかけていた残壁を直していく。
「ようやくこれでゆっくりと休めますね」
 祈りを捧げてから、岳は「お疲れさまでした!」と微笑んだ。
「ああ……」
 万は微かにうなずいたきり、黙り込んでいる。
 廃墟に乾いた風が吹き、たった今起きたばかりの事件すら風化させるかのように砂が舞う。万は耳にこびりついたトーゴの言葉を振り払うような仕草で頭をかくと、ゆっくりとその場に背を向けた。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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