背合の虚像

作者:黒塚婁

●誓いの樹
 ある公園の中心に、寄り添うように立つふたつの樹がある。
 公園を整備したときにふたつだけ植樹されたのか、あるいはふたつ取り残されたか。その経緯も明らかではないのだが、それは誓いの樹として、人々から親しまれ――殊にこの時期は、仲良く寄り添うその樹の周辺は、恋人たちや家族たちで賑わうようになる。
 そこに空間の歪みがひとつ。
 投げ出されたのは異様の男。三メートルに至る長躯を武具で彩った彼は、ひどく暗い瞳でその睦まじげな樹木を見つめた。
 そして、哮る。
「――ッ!」
 それはとても正気の発声ではなかった。
 言語として置き換えることさえ儘ならぬ、ただの叫び。
 振り上げた星辰の刃は重力を乗せ、周囲に存在する戸惑う人々を斬り刻む。
 庇おうとするもの、逃げようとするもの、ただ悲鳴をあげるもの、全てを肉塊へと変え。彼の剣は平等に――否、無謀にも立ち向かおうとするものに、容赦がなかった。
 そして残された血濡れたエインヘリアルは――寄り添うふたつの樹を無表情に見つめ――暫し立ち尽くしていた。

●討伐依頼
「エインヘリアルによる事件の予知があった」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロス達をゆっくりと一瞥し、告げた。
 この男は過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者――放置するわけにはゆかぬ。
「どれだけ犯罪者がいるんだか」
 ノゼアン・イグレート(地球人の土蔵篭り・en0285)が呆れて言う。
 彼女の言葉に辰砂も異論は無く。
「いずれにせよ、人を殺めることを何とも思わぬ輩だ。増悪や恐怖によって、定命化が遅れるのは周知の事実。即時駆けつける理由は数多ある」
 そう言って、次の説明へと移る。
 今回の敵――名をミスカという。三メートルの体格に、鎧兜を確り身につけた典型的なエインヘリアルの戦士である。
 浮き世に興味をもたぬように虚無を湛え、言葉を殆ど発せぬ。
 過去に相棒を失って以来、自暴自棄に振る舞い、犯罪者へと身を落としたようだ。それはどうやら死別などではなく、裏切りによるものであったらしいが。
「そんな事情はどうでもいい。絶望したからって、人様に迷惑をかけるなってのは……つまり、エインヘリアルの法でも同じなんだからよ」
 ノゼアンの言葉に少し眉を動かし、珍しく意見があうと呟き、辰砂は静かに頷く。
「ただ……その過去というものが関わる特性がひとつある。奴は『相棒』というものに強い執念を持っており――つまり、二人一組の敵に対し、非常に好戦的になる」
 その性質を利用すれば、巧く釣れるだろう。
 淡淡と、彼は言った。
 戦場は公園――ふたつの樹木を中心に、遊歩道のようになっている場所で、この時期にはこの木々を眺めに人々が多くやってきているらしい。
 戦闘に支障は無いが、避難誘導の際には少し注意が必要かもしれない。
「恐らく到着後すぐに戦闘になるだろう――くれぐれも周囲に犠牲の及ばぬよう……必ず、仕留めてこい」
 辰砂は皆を一瞥し告げると、ノゼアンがにやと笑う。
「俺も行く――けど、ま。頼りにしてるぜ」


参加者
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
北郷・千鶴(刀花・e00564)
フィロヴェール・クレーズ(高らかにアイを歌え・e24363)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)
名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)
ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)
不知火・妖華(夕焼けの魔剣・e65242)

■リプレイ

●集
 寄り添うように並ぶ樹木を前に、人々が歩みを緩める。
 広場の中央で伸びやかに腕を伸ばすそれは、確かに仲睦まじさの象徴のようであった。
 それを見上げて、おーと声を上げつつ、名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)が首を傾げる。
「相棒かー。アタシにはそーゆー人いないからよく分かんないんだケド、親友みたいなものかな?」
 その言葉を耳にして彼女が一番初めに連想するのは『ボスたち』の姿だが、何か違うなあ、と彼女は零す。
「おっと、来やがったぜ」
 ノゼアン・イグレート(地球人の土蔵篭り・en0285)が視線だけをそちらに向けた。
 空間が繋がった瞬間を目撃したものが、驚き瞬きする間に――そこには巨躯の戦士が現れていた。
 エインヘリアルはどこか虚ろに視線を彷徨わせていた。
 心は此処に在らず――或いは自暴自棄、という言葉が似合う男の殺意が高まる前に、ケルベロス達は布陣を固める。
「………裏切りか。それは、さぞ痛かったろうな」
 ゼレフ・スティガル(雲・e00179)はそっと零す。
 その心を想像するのは容易い――その、痛みも。
「もし信頼するパートナーに裏切られたら……まあ、闇堕ちしたくなるのも判るけどね」
 ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)は、目を細める。
 同情すべき事情はある。ただしそれは、その瞬間までのこと。
「裏切られたからといって、犯罪を犯していい理由にはならぬ!」
 一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)は熱く声をあげると、仰る通りですと同意し、
「如何なる由があろうとも、他者の絆や心を裂く免罪符には成り得ません」
 きっぱりと言い捨てるは、北郷・千鶴(刀花・e00564)――その瞳は強い光を湛え、真っ直ぐに敵を見据えている。
 傍らでは鈴が、いつでも飛びかかれるという姿勢で構えていた。
「でも、だからこそ止めないと」
 フィロヴェール・クレーズ(高らかにアイを歌え・e24363)は白を見、鞘に収まった愛刀を確りと握る。
 義憤に燃える仲間達を見やりつつ――レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)の胸の裡には、かつての己の姿があった。
(「……考えてみれば、多くの命を刈り取ってきたかつての私も奴と同類か」)
 それが任務であったから、犯罪とならなかっただけ――。
 しかしそんな僅かな思考すら、彼女が表に出すことはない。これより勤めとして、また命を殺める――ただ、今度は多くの命を守るために。
(「――今回が私の初めての、ケルベロスとしての仕事ですか」)
 ふう、小さく息を吐いたのは、不知火・妖華(夕焼けの魔剣・e65242)――これ以上無く高まりつつある、戦いを目前とした緊張感。
 瞬きをひとつ。深海の瞳は迷わず敵を見つめ、白炎のオーラを纏う刀を構える。
「エインヘリアルの好き勝手にはさせませんよ」

●交
 全ては、一瞬の事。エインヘリアル――ミスカが現実を捉えた瞬間、人々の恐怖によるざわめきと動揺が、明らかな擾乱へと向かう気配を見せた。
「大丈夫! わたしたちに任せてちょうだいっ」
 フィロヴェールが声を上げれば、玲衣亜も人々へと声を掛ける。
「ほらほら、ボサっとしないで逃げる逃げる!」
 多少乱暴な物言いでも、好印象を抱かれるのが彼女地球人の特権である。
「腰抜かしてるんじゃねえ! 死ぬか、走るかだ!」
 ――ノゼアンの言葉が同じ力を持っていることにいささか疑問はあるが。更にレッドレーク・レッドレッドがあっちだ、と指し示すことで、人々はそちらへ駆け込んでいく。
 しかし、わざわざミスカが避難完了を待つ理由はない――彼が深く膝を曲げ、剣をその背に隠すような構えを取った。
「命も、絆も、寄り添う木々も、必ずやお守り致します――大切な方と逸れぬ様に、どうか落ち着いて避難下さい」
 重ね、声をかけながらも、千鶴は攻撃の兆候を見せた敵から、目を離さなかった。
 弓のように腕が撓った――認めた瞬間、巨大な剣が光を纏う。
 そこに刻まれるは牡牛のルーン。猛る巨大なオーラへと、臆さず彼女はそのまま踏み込む。動きに合わせ、桜花が絡む漆黒の髪が、さらりと音を立てた。
「如何なる畏れも、鎮めてみせましょう」
 仇敵の剣を彼女らしく擬えば、其れと対照的な性質を宿し――天の霊力を纏い、相手の武器を縛る冴えた剣技は、オーラを切り裂いていく。
 それでも消し飛ばされそうな力の奔流が、ケルベロス達を呑み込む。
 冷気が彼女の着物に霜を走らせるを阻止するは、至近より放たれた別のオーラ。
「易々と断たせはしませぬとも――人々の命も、我らの絆も。確と守り抜いてみせましょう」
 彼女の背を支えるように王生・雪が立っている。
 鈴と絹が競うように、尾に備える数珠を飛ばした。
 陰陽の二人と並び、木々を庇うような位置で耐えきった白が、ゆっくりと構えを変える。
「甘ったれるなよ……その性根、叩き直してやる!」
 リングより具現化した光の剣を掌打の姿勢で叩き込む。
 それを補佐するように、白の影から姿を現した百火が、緑鎖を手に操った礫を撃ち込む。
 戦士はそれを前傾姿勢で迎え撃つ。横薙ぎに構えた刃で、一刀にねじ伏せる。
 回避よりも打ち消しを狙うか、白はそれを確かめながら飛び退く。その足元には、山羊座が輝いていた。
「あなたも、星の剣を持つのね……あなたは、失ってしまったのね」
 フィロヴェールがそっと囁く。
 そこには、僅かながらのシンパシー。白に守られ、戦う星辰の剣振るうものとして。
「おらー相棒だろ、働けー! ――ほーれ、行ってこーい!」
 攻撃を捌き腕を広げたまま無防備なミスカへ、玲衣亜が豪快にハリネズミを投げた。
 ただの生物であればこの無体に耐えられようもないが、ファミリアロッドは何とかきりりと凛々しい顔をして、百倍はあろうかという戦士に衝突した。
 更に、稲妻が迫る。
「我が名はレイリア・スカーレット。兵站と看取りを司る者として、貴様を処分する」
 厳かな宣言と共に、レイリアの槍が巨躯の戦士の足を狙う。
「その動き、封じます……封魔剣!」
 重ね、妖華が剣から糸状の霊気を紡ぎ、拘束を試みる挟撃――ミスカは腕を返して拘束から身を守りつつ、膂力の儘に跳躍した。
 足を切りつける矛先に、一筋の傷を残し。
 否――、
「逃がさない」
「――さあ、」
 口元に余裕の笑みを刻んだゼレフが、それの背へ焔揺蕩う刃を突き立てれば、それの腹へ藤色の瞳を燃やした藤守・景臣が直刃の一振りを突き立てている。
 実直な焔は高く螺旋を描き、凍え往く紅炎は風と踊る――混ざり合う互いの炎に、どちらも何も言わず、ほぼ同じタイミングで飛び退いた。
 それは流石に堪えたらしく、思わずミスカは身を屈める。弾けた鮮血が灼けて煙を立てている――エクスカリバールを握り、それの間近に迫っていたウリルは、この巨躯の男に寂寥を見た。
 裏切りから、犯罪者となり、結果ここでひとり取り残されている――その始まりは、やはり信頼していたものの裏切り。
「自分がもし同じ立場なら……」
 つと想像を馳せ――黒い何かが、脳裡を、躯を蝕んでいくような――歪む感覚を振りほどくように、彼は首を振る。
 全力でバールを振るい、無数の釘で呪いを刻み込む。
 今は目の前の戦いを。ウリルの青い瞳は今は凪ぎ、ただ敵を見据えていた。

●覚
 ケルベロス達の攻撃をミスカは思いの外、正面から受け止めた。
 極力樹から引き離そうと考えていたウリルの予想を――良い意味で裏切って、戦士は愚直に追いかけてきた。
 鈴が飛来し爪を立て、絹が風を送るに合わせ、凍てつく氷雪の霊力を乗せた太刀を滑らせるは雪。巻き起こる吹雪に紛れ、空の霊気を纏う千鶴の剣が鋭くそれの腕を捉える。
 ゼレフがただ穿つ為のナイフを振るう。前のめりに、歪んだ刃を走らせた男の背を、軽やかに景臣が蹴って、ミスカの頭上まで飛来する。
 金髪の女は、へえ、と零す。
「何だ、アイツ元気そうじゃん」
「ちょっと……部下を見守りに来たんじゃないの」
 銀髪の女は狙撃者仕様のハンマーを構えて、困ったように笑む。
 二人は少し離れた位置で、ミスカの動きを注意深く観察していた。人や、樹へ、その攻撃が向かわぬように。
 さて問題の部下はというと――。
「相棒でしょ? 頑張れるよねー? もう一回!」
 型はそっくりそのまま、されど今度は違う力を以て、玲衣亜はハリネズミを投擲する。
 その肩口に流星の煌めき、そのまま鋭く斬り込んだのはウリル。
 攻撃を引きつけるものたちが作る隙へ、彼らは次々に仕掛けていく――。
 ノゼアンから魂のエネルギーを受け取ったレイリアが、ローラーダッシュで加速し、炎を巻き上げ距離を詰める。彼女を退けるように戦士が振り下ろした刃を、
「この礫を、食らいなさい!」
 妖華が放った礫が弾いて僅かに逸らす。
 炎が舐める戦場の中心で、牡牛座が輝く。幽鬼のようにのっそりと、ミスラは身を起こす。
 彼は仕掛ける時の気合いの発声や、叫びを除いて意味ある言葉は放たぬが、状況を正しく判断して行動した。
 その剣、その動き。確かに複数のケルベロス達と渡り合う――実力者と呼ぶに相応しいものであった。
 だが――。
 土埃が起こった、そう思った瞬間に、重力の力を宿した剛刀が白に迫っていた。
 彼は素早く一歩踏み込み掌打で合わせる。それは相手の軸をずらして、自らのダメージを弱める回避の一手――ミスカはそれを認識すると、前に進む力を踏みとどまることで押さえ、歪曲する軌道を垂直に変え、加速させた。
 電光石火の如き一撃は苛烈であった――しかし無理に態勢を変えたために、大きすぎる隙は隠せない。
 白の傷はフィロヴェールがすぐに光の盾を施し、彼は次の攻撃に向け、距離をとる。
 百火の心霊現象は空を掻いたが、間隙与えず仕掛けながら――技倆に対して不可解な隙について、千鶴は不意に得心した。
 ――本来は、そこを誰かが補っていたのでございましょう。
 奇しくも、言葉を必要とせず互いを守り、攻め込める彼女達の呼吸と、ミスカの仕掛けるタイミングはとても似ていた。
 それはゼレフも感じ取っている。共に似たような得物で戦うものが持つ呼吸――それを未だこの男は残している。
 それは未練と呼ぶものではないか。彼は銀の瞳を細めた。
「ああ――存外、人間臭いんだな」

●わくらば
 気がつけば戦士の兜は吹き飛び、鎧は半壊していた。肌は朱と土で汚れ、満身創痍と称するが相応しい有様であった。
 それでも見下ろす殺意は変わらず――強くなった節さえある。
「……いつまでも、戦っているわけにはいかないからね――畳み掛けよう」
 ウリルが声をあげると、応、と声をあげたのは白であった。
「フィロ、往こう……合わせて!」
「任せて白くん。きみと一緒に!」
 少女はを『おまもりのうた』を歌い、白の傷を癒やし、更に不浄から守る。そして傷の癒えた少年は、フィロヴェールの盾として拳を振るう。
 戦士は剣を横に構える――拳が、鋼を撃つ。ミシリと鈍い音がするが、小さな亀裂を走らせたのは、剣。
 硬直状態の二者の頭上、左右から二匹の猫が駆けつけ、リングを放つ。
「道も、心も――我らは決して違えない。何一つ、引き裂く事は許しませぬ」
 白が退くのと同時に男が放った旋風を呼ぶような剛剣の薙ぎを低く躱し、千鶴の剣が凛と輝く。
 だが先んじたのは、柔らかに弧を描いた雪の剣筋。戦士の足を容赦なく切り裂き、ふわりと着物を翻す。
 ひとたび彼女の後ろに回っていた千鶴は大きく鋒を振り上げた姿勢で、最後の一歩を踏み込んだ。
「狂える魂に送るは一つ――静かなる眠りを」
 重力を宿した実直な一太刀は、鎧と加護を破壊する。
「遠隔爆破よ……吹き飛びなさい!」
 集中を高めた妖華が、命じると同時、ミスカの足元が突如爆発する。
 機を逸して、蹈鞴を踏む――今だ、とぐったりしているハリネズミを放り投げ、玲衣亜は地を蹴った。
 不可視の虚無球体がそれの片足を喰らう。差し向けたウリルの横を彼女は駆け抜け、バランスを崩した男へと、地獄の炎を纏わせた如意棒が、風きり唸る。
「最後に見せてやろう。あいつが欲しかったものを。いや――きっと今も」
「……ええ、見せてあげましょう。それが彼に、僕達が出来る唯一です」
 背中合わせに囁き、ひとたび、視線が交差させ。
 それを契機に、景臣が踏み込み――その実直な刃を捌こうと腕を上げたミスカの懐深く、彼の翻る羽織を奪い、変り身、突如と前に出たゼレフは舌を出す。
 振りかぶっていた随が弧を描く。グラビティ・チェインを破壊力に変えた一撃は、それの守りごと、鎧を破壊した。
 目配せひとつで結果に至る連携を繋げるそんな二人を見やり、ミスカは虚ろな瞳を僅かに細めた。
 彼らは『互いの剣の届く位置に在ろう』と誓い――其れは、互いの危機を救うためだけではなく。
 そして戻れぬ道へと踏み外した時は、其の手で、とまで。
「裏切りとて同じ事。引っくるめての信頼……ってね」
「たとえ裏切られようがぶん殴っても目を覚まさせる――その覚悟がなければ相棒等務まりませんから」
 飄然としたゼレフの言葉に、冴え冴えとした景臣の言葉。
 二人を見据えた戦士の瞳に――僅かな感情の色が走ったか。然し、その背には既に死が迫っていた。
「……哀れな男だ。その生、今此処で終わらせよう」
 レイリアは憐憫を以て囁く。その真摯な表情は変わらぬまま、瞳に僅かな影が落ち――直ぐに、消えた。
「――貴様を、冥府へ送ってやろう」
 宣告と同時、翼が氷の結晶状に変化し――より鮮やかに紅く輝く。それは強い魔力の奔流。
 彼女の手に作られるは、冥府深層の冷気を纏った氷槍。
「……裏切りか。それに対する絶望だけは、理解出来る」
 裏切られた――そう考えて、私はあの男を殺したのだから。
 僅かに浮上した感傷を振り切るように、彼女は踏み込み、氷槍を放つ。
 それは美しい軌跡を描き、槍はミスカの胸を深々と貫いた。

●双
「ヒールは……このくらいで大丈夫そうだな」
 ウリルが身を起こして、頷いた。
 勿論、広場は無傷とは言えぬ状態ではあったが、比べ、双樹はその殆どが無事で――ケルベロス達が如何にそれを大事に戦ったかが窺える。
「良かった……」
 仕事が終わったこと、皆が無事だったこと――妖華はほっとしたように息を吐く。その横を、レイリアが擦り抜けていく。
「では、私は警察に報告してこよう」
 言うなり、光の翼を広げると彼女はさっと飛び立った――耳朶を揺らす、石の存在を感じながら。

 見上げた樹は幻想的な輝きひとつ帯びていない――だが、その素朴な佇まいこそ、皆が愛しているものだった。
 きっといずれ一緒に滅びる。そんな日まで寄り添う双樹――。
 そっと触れる手に白は少し驚くも、それがフィロヴェールのものなら、拒む理由はない。握り返された温もりに、笑顔を浮かべた彼女に、彼も力を抜いて笑みを返す。
 微笑ましい二人の姿を見守りつつ――レッドレークはゴーグルの下、目を細めた。
(「もし自分の片割れとも言うべき大切な存在と、不本意に別れることになれば、果たして正気を保っていられるだろうか――」)
「……自信はないな。終わりが救いになる事も、あるのかも知れない……」
 あの男はこれで苦しい生を終え――次へ向かうことができるようになった、だろうか。
 そんな感傷を噛みしめつつ、レッドレークはノゼアンへ問い掛ける。
「ノゼアンには『相棒』と呼べる存在はいるか?」
 携えている喰霊刀以外で――彼が付け足すに、彼女は眉を上げる。
「こいつ以外で? 今のトコ、いねえな」
 皮肉げに唇を歪ませた彼女に、
「ならば、いつかできるとよいな!」
 言って一人高らかに笑い出した彼へ――調子が狂うな、とノゼアンは頭を掻くのだった。

 二人の姿を認めるなり、あ、ボスだーと駆け寄ってきた玲衣亜に、二人は相好を崩す。
「ねーねー。もし相棒に何かあったら、って考えるとちょっとはアイツの気持ち分かるの?」
 玲衣亜の問いかけはいつでもストレートだ。
「さぁな。案外すぐ忘れるかもしれん。まぁ通夜と葬式には顔を出すかね」
「そうですね、香典くらいは多めに包む。といった感じです」
 煙草を咥え腕組むボスに、こめかみに細い指をあて小首を傾げる相棒と。
 二人の答えに、何ソレ、と玲衣亜は笑う。
「全然意味分かんねー。ウケるんだけどー」
 ――この二人、絶対揃って地獄まで仕事しにいくんじゃね、とか考えながら。

 そっと、木の肌に触れる――粗いが、柔らかな温かさをもつ幹に、無事守れたことを案じ、景臣は小さく息を吐く。
「――これからも宜しく頼むよ」
 後ろから聞こえた声に僅かに振り返ると、声の主――ゼレフは今のは、樹にだよ、と先程の彼に倣うように、双樹を仰いでいた。
「……おやおや。分かり切った事も言葉にされるととても嬉しいものですよ?」
「言うまでもないだろう」
 視線はそのまま、突き出された拳――喉鳴らし景臣は応じ、拳を合わせる。
 相棒の形はそれぞれに。
 幼い頃より共にあり、これからもずっと共にあるだろう人と同じ場所を見て、千鶴が祈る。
「――私達も末永く、この木々の様に在れますよう」
「願わくはいつまでも、貴方と共に」
 深く深く――雪も頷く。
 じゃれ合う鈴と絹の姿に、二人は微笑み合うのだった。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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