紅葉楼狂恋噺

作者:柚烏

 ――しとしとと降る晩秋の雨に、時折くれないの葉がはらりと混じる。既に紅葉は散りつつあったが、暖かな気候が続いた所為か、その日本庭園に聳える木々は燃えるような紅を――最期の彩を咲かせていた。
 けれど。これで紅葉も見納めだと、吐息を零して景色に魅入るひとびとの前に、鮮やかな朱色の尾を引いて罪人が舞い降りる。
「……ふぅん? 随分としみったれた場所だこと」
 気怠げにそう呟いて、艶やかな着物の裾を払ったのは――花魁を思わせる華美な出で立ちをした、エインヘリアルの女だった。紅で彩られた瞳を不機嫌に眇めて、彼女が睨みつけたのは、嘗ての栄華を偲ばせる遊郭跡。
 けぶる雨の中、朱色の格子窓や欄干が、紅葉を受けてうつくしく佇んでいる。それに見惚れるひとびとが異変に気付いて逃げ出そうとする前に、罪人の手に握られた扇が一閃し――果実のように幾つもの首が落ちた。
「あははは! 陰惨な籠の残骸を愛でるなんて、随分と悪趣味ねぇ? 指切りなんて誓いの代わりに、あたしなら首を斬ってあげるのに!」
 ――静寂の紅に狂乱のいろが混じり、ぐずぐずと赤黒くくすんで、鉄錆の匂いがそこかしこに漂っていく。ひとびとの悲鳴と女の嬌声が響き合い、やがてはそれもふつりと消えた。
「……三千世界の鴉さん。未だ居るんでしょう? あたしが殺してあげる! 全部! ぜんぶぜんぶぜんぶ!」

 エインヘリアルによる、人々の虐殺事件――度々予知されている、この悲劇の先触れを今回掴めたのは、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)の懸念による所が大きい。
「紅葉が降る遊郭跡地に、もしかしたら現れるかも……と思ったのですが」
 悲哀の色を宿した彼女のまなざしが、無意識に左手の指輪に注がれるのを見遣りながら、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は予知の詳細について語り出した。
「出現するエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者のようだね。人格にちょっと……いや、かなり問題があるから、まともな会話は出来ないと思う」
 罪人エインヘリアルは、花魁を思わせる華美な着物に身を包んだ女で、シュウカと名乗っている。手にした扇を自在に操り、獲物の首を刎ねることを至上の悦びとし――狂おしいまでの愛情も共に抱くのだとか。
「……そんな罪人だから、放置してしまえば多くのひとびとの命が無残に奪われる」
 そればかりか恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられる。よってケルベロスの皆には急ぎ現場に向かって貰い、このエインヘリアルの撃破をお願いしたい――エリオットは真剣な表情で一行を見渡した。
「場所は、観光名所にもなっている遊郭跡地になるよ。紅葉が見納めと言うことで、辺りには観光客が居るけれど、避難に関しては事前に警察に通達しているから、皆には戦いに集中して欲しい」
「ああ、最低限のことなら俺が手伝うからよろしくな!」
 其処でひょっこり顔を出した、ヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)は任せろと、安心させるようにリコリスに笑いかける。
「ただ、問題はエインヘリアルの方だよな……。何というか、執念深さのようなものも感じるし、攻撃を引き受けるなら覚悟はしておくべきだな」
 ――例えるなら、煌びやかな遊郭の裏で積み重なっていった、女の情念のような。愛を囁こうものなら、その声帯ごと奪って愛するような相手になる。
(「それは一体、どれ程の想いなのでしょうね……」)
 己の想いを封じ込め続けてきたリコリスは、余りに苛烈な罪人の姿にそっと吐息を零した。愛憎入り混じる享楽の跡地――喜びと哀しみと憎しみと、其処に混じる一途なまでの恋情も。その全てを理解は出来ないかも知れないけど、今は紅葉を愛でる皆の憩いの場所だから、守りたいとただリコリスは思う。
「秋雨降る中、傘を差して最後の紅葉見物と洒落込むのもいいよな。……だから、頑張ろうな」
 ――今を守る、その為に。ヴェヒターのその言葉に、リコリスは頷いて。彼女の銀糸を飾る白の彼岸花が、ふわりと優しく揺れた。


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
楪・熾月(想柩・e17223)
櫂・叔牙(鋼翼朧牙・e25222)
ラカ・ファルハート(有閑・e28641)
星野・千鶴(桜星・e58496)

■リプレイ

●雨格子
 晩秋の霧雨にけぶる遊郭跡地に、はらはらと紅葉が落ちて舞う。灰色の視界を過ぎる、その鮮やかな紅が惨劇の予兆にならないように、と――まなじりを決する、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は数多の命を護るべく、相棒と共に戦場へと降り立った。
「さあ。一緒に頑張りましょう、シャティレ」
 相棒――ボクスドラゴンのシャティレに軽く微笑んだ風音の後方では、ヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)が警察と協力して、一般人の避難に当たっている。其方は彼に任せておけば大丈夫だろうと、一行は襲撃者である、罪人エインヘリアルの対処に集中することにした。
(「……受け止められなかった気持ちは、どこへ行くんだろうね」)
 二刀を構え、エインヘリアルの罪人――シュウカを牽制する星野・千鶴(桜星・e58496)の表情は、凪を思わせるように静かであり。一方で、散りゆく秋の名残をただ見つめるラカ・ファルハート(有閑・e28641)は、散り落ちるのは紅葉だけで十分だと、ぽつり呟く。
(「そう、嘗ての想いは、もう届かないから」)
 ――ああ、罪人の行きつく果てを、もし見ることが叶うのであれば。其処には罪を犯した証が――死んだ鴉たちの残骸が、幾つ転がっているのだろう。
「好く気持ちは分からなくもないですが、命を刈り取る事を悦びとするのは、理解に苦しみますね」
 周囲に響く凛然とした声は、風音のものだった。彩りあるこの地を惨劇の場にはさせない、とシュウカに告げる彼女には、哀しみを乗り越えた強い心が宿っているように見えて――それが、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)には、余りにも眩しく映る。
(「愛は、時に人を狂わせる。シュウカ様……彼女にも、狂気に囚われた理由があるのでしょうか」)
 愛情は容易く憎悪へと転じ、その逆も然りだと言う。殺したいほど誰かを愛し抜いて、もはや愛情と殺意の区別がつかなくなってしまったのだとしたら――けれど楪・熾月(想柩・e17223)は、蒼月を思わせる瞳をエインヘリアルに向けて、ゆるりと呟いた。
「遊郭跡に花魁姿の敵、ね。風情とするには、物言いが些か品に欠けるかな」
 ――首を斬り落とすのだと言って、からからと笑う罪人の女。その明け透けの無い態度に、櫂・叔牙(鋼翼朧牙・e25222)も端正な美貌を引き締めて、ゆっくりとかぶりを振る。
「……無論、僕は。首を、進呈する気は。絶無ですが……」
 たどたどしくも有無を言わせぬ口ぶりで、シュウカを拒絶しつつも――期せずして、己と似た名前の相手と相見えることとなった現実に、叔牙は不思議な縁を感じていた。シュクガとシュウカ。ならば相手にはどんな字を充てるのだろうと、とりとめのないことを考えながら。
「不変の誓いと、責任と刑罰。男は頸をきり、女は指をきらるべし……だったか」
 淡々と古書の一節を諳んじるのは、御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)で。その壮絶なまでの、痛みの伴う誓いはもはや、呪いであると――彼は過去のしきたりを思い、そっと吐息を零す。
「……その縛り、解放せねばな」
 ――ああ、景色を灰色に染めてしまう霧雨はまるで、外界を隔てる格子窓のよう。嘗ての遊郭に生きた女たちも、このような想いを抱いていたのだろうか。
(「雨は嫌い、星が見えないから。……悲しいことを、思い出すから」)
 千鶴の瞳に過ぎった情景は、彼女にしか分からないものだ。けれどこの雨もまた、誰かを縛り付ける呪い――そんな、各々が己に向ける感情を面白いと思ったのだろう。シュウカはちろりと舌なめずりをすると、歯応えのある相手を斬り伏せる方が楽しそうだと言って、一行目掛けて扇を振るう。
「叶わぬ約束を結ぶより、切るのは首の方がお好みらしいが」
 不意に吹き付けた突風に、甘ったるい色の髪を攫われそうになりながら――イェロ・カナン(赫・e00116)は鉄塊剣を力任せに振り下ろすと、肉薄したシュウカの耳元にそっと囁きを落とした。
「――物言う花の紅裙たる、きみの御眼鏡に適う人はいたろうかね」
「……あ、は、あはは! 随分粋な誘い文句をくれるのねぇ?」
 ――シュウカの纏う着物は、鮮やかな朱。紅色の裾と芸妓の意を持つ言葉を巧みに添えたイェロに、シュウカはうっとりと応えて、殺したいと無邪気に笑う。
「気に入ったわ、お兄さん。あなたの首を、頂戴?」
 しかし、たった一人を執拗に狙い続ける敵を、好きにさせるつもりはない。美しい虹を描くラカの蹴撃がシュウカに吸い込まれ――彼もまた笑い、戦場に立つ。
「おいで、存分に愉しみたいのなら――俺たちが相手をしよう」

●殺愛
 此方の面々には、サーヴァントを従えているものが多く、いざ戦いが始まれば戦場はかなり賑やかだ。広範囲では減衰も起きるだろうが、それも良し悪し――ならば人数の多さを強みにして戦おうと、千鶴たちは思う。
「こっちだよ、籠の鳥さん」
 靴音高く空を舞う少女は、軽やかな蹴りを繰り出しエインヘリアルを翻弄していって。彼女ばかりに引き付けはさせまいと、更に風音が虹の軌跡と共に、しなやかな脚を振り下ろした。
(「この景色を守る為にも、私に出来る事を……」)
 祈るリコリスの装甲から放たれた、光輝く粒子は仲間たちの感覚を研ぎ澄まし――その加護を得た叔牙が、星の煌めきを蹴り込んで敵の守りを削いでいく。
「……『効率』と『粋』の、両立は。難しそうですけど、ね」
 その間にもラカは黒鎖で守護の魔法陣を描き、前衛の守りを固めており――其処に、避難活動を終えたヴェヒターも合流し、更に黒鎖の陣を堅固なものへとしていった。
「結構、付与を重ねるには骨が折れそうだけど……そこは気合で何とか!」
 ――つい根性論を展開しそうになるヴェヒターを援護するように紫水晶の盾が展開され、前線の仲間たちを護ってくれる。其処へ、多節鞭の如く伸ばされたシュウカの扇が襲い掛かるが――減衰もあって、幸い状態異常の脅威は抑えられていた。
「でも、相手の火力は元々が大きいから、楽観視はできないね」
 それに、広範囲の回復にも影響が出てしまうからと、熾月は戦況を分析しつつ。それでも癒しに矜持を持つ者として、ひとりずつ確り回復を行おうと誓う。シャーマンズゴーストのロティも主と共に祈りを捧げ、癒しの力が追いつかない場所の立て直しを図っていった。
「……空木、俺達も行くぞ」
 一方で、素っ気ない口ぶりで攻撃の合図を送る蓮だが、固い絆で結ばれたオルトロスの空木は、主の誠実さをきちんと汲み取っているようだ。退魔の刃で、空木がエインヘリアルに斬り込んだ直後――研ぎ澄まされた蓮の精神力は、一気に標的の肉体を爆発させる。
「まだ。まだまだ、これから……!」
 更にリコリスの翳す刀身に映る、惨劇の鏡像に翻弄されるシュウカであったが、それでも殺したいと願う相手――イェロ目掛けて扇を放った。護りが打ち消された所への、強烈な一撃となる筈だったそれは、しかし割って入ったラカによって防がれる。
「炎え爆ぜる程の烈しさがお望みなら、くれてやる。その果てには此の首迄も」
 ――白い指先でそっと、己の首筋をなぞり。決して離さないと言うように、ラカは黒鎖でぎりぎりとシュウカを締め上げつつ、凄絶な微笑みを浮かべだ。
「……おまえのものだよ、シュウカ」
「素敵、ねぇ?」
 殺し、愛そうとするふたりが刃を交わす間にも、側面からはすかさず、叔牙や千鶴が攻撃を当てていき――ときおり九尾の扇が齎す氷結は、熾月と風音によって祓われていく。
(「大切なものを奪っていった、氷は苦手……ですが」)
 それでも、仲間を同じ目に遭わせたくないと言う一心で、風音は戦場を舞い――降り注ぐ光の花弁が、優しく仲間たちを癒していった。
「狂うほどの恋なら、身を焦がしてみるのも好い」
 誘うような、甘ったるい猫撫で声はイェロのもの。エインヘリアルの女との距離はもう、吐息が触れ合って互いの鼓動も聞こえそうなほどだ。
「――だけど、俺のは少し熱いかも」
 肌が灼けつき、鼓動が高鳴ると思った刹那――鈍色の銃口が雨の中に煌めいて、それは文字通りに標的の心臓を射抜いていた。シュウカの胸元から鮮やかな紅が散っていく中で、蓮は訥々と彼女に向けて言葉を紡ぐ。
「……執念や憎悪に捕らわれるな。恨みつらみは忘れ消える事を勧める」
 でないと――蓮の背後に揺らめく影が、その時赤黒い鬼となって剛腕を振るった。古書に宿る思念を降ろし、具現化されたそれは、風雷と共に獲物を引き裂いていく。
「鬼に喰われるぞ……」

●秋果
 射抜かれ引き裂かれてもなお、シュウカは最期まで舞い続けようと扇を振るう。しかし、その狙いは標的が多過ぎて上手く定まらず、加えて蓄積されたトラウマが幾度となく彼女の精神を蝕んでいた。
「ああ、あたしの元から去っていくのならいっそ、殺してやりたかった! 憎い、憎いのに好きで、離れたくないから――!」
 ――だから、繋ぎ止めたくて殺すのを止められなかったのか。否、と熾月はかぶりを振って、降り注ぐ光の矢で受けた仲間たちの傷を懸命に癒す。
(「死なせない、斃れさせない……」)
 そう、その力が有る今こそ、絶対に。一方で、回復に奔走するボクスドラゴン達は、何処か微笑ましい。ラカの連れたクールなどらさんと、ツンと澄ましたイェロの白縹へ、もっとご主人を労わってとシャティレがお願いしている――そんな光景を、風音は優しく見つめていて。今こうして此処に在ることを嬉しく思ったから、彼女は真っ直ぐにシュウカ目掛けて光の剣を振り下ろした。
「……私は、愛情を注ぎたい方とは、生きて共に歩みたいですから」
「さて、そろそろ……終幕と、参りましょうか……!」
 其処へ叔牙が、超硬化させた腕で抜き手を放ち――一点に収束された力は易々と、シュウカの胴を貫いて内部を破壊する。
「恋は狂気と云う――若しそうならば、おまえ程似合う女も居ないのかもな」
 そして、冴えわたる二刀でシュウカと渡り合う千鶴を、杲灯で援護するのはラカ。不意に己の腰に下がる、鎖で戒められた二刀の重みを感じつつも、それを振り切ってラカは告げる。
「此処に落つるは此の骸のみ。……終幕だ」
 ――ね、恋の噺、しようか。好きな人がいるの?
 手加減も何も無く、月の弧を描く斬撃を繰り出した千鶴は、そっと――止めを刺し、もはや死を待つのみとなったシュウカだけに聞こえるように――彼女の執着を受け止めるように囁いて、くしゃりと笑う。
「私もいるよ。きっと叶わない恋だけど、この片恋は置いて行かないって決めたんだ」
 いつか全てに置いて行かれても――その千鶴の告白に、シュウカが何を思ったかは分からなかったけれど。イェロの見守る先でシュウカは、まるで熟した果実が落ちるように、ふつりとこと切れて消滅していった。
(「きみは誰と朝寝を共にしたかったんだろう。ひとり眠らせてしまうのは偲びないけど」)
 もう鴉を殺す必要も無く、罪を重ねることも無い。だから千鶴は最後に一言、ぽつりと呟いた。
「……頑張ったね、おやすみ」

●終紅葉
 戦いの跡を手分けして修復してから、一行は其々に紅葉見物へと繰り出していく。今年はこれで見納めとなるだろうから、秋の終わりを見届けよう――シャティレと並んで歩く風音は、移ろう季節を肌で感じつつ、嘗てのひとびとに想いを巡らせていた。
(「この紅葉も、皆さんの心を癒していたのでしょうか」)
 ――一方で、紅葉の景色を写真に収めているのは叔牙だ。戦いで火照った肌を冷ます雨を心地よく感じながら、彼は紅葉に映える銀の髪の持ち主を想う。
「……お揃いの格好でこうして歩くの、初めてだよね」
 そして、熾月はリィンハルトと一緒に、対の浴衣で傘を差して庭園の散策を楽しんでいた。雨雫が跳ねない程度にくるくる傘を回しつつ――紅葉に映えるなあと、ちょっぴりリィンハルトの方を見たりもする。
「うん、お揃いって何か嬉しいよね」
 そんな熾月の肩にはファミリアのぴよがいて、傘の中にはロティもお邪魔している。綺麗だなあ――と整えられた庭園を歩くリィンハルトは、ちょっぴり懐かしさを感じているようだったが、こんな熾月のお誘いに負けてしまったようだ。
「どんな和菓子があるんだろうね。気になるから食べに行かない?」
 戦いを労ったリコリスは、ヴェヒターを紅葉見物へと誘い、取り留めの無い話をしつつ庭園を回る。遊郭跡地には、当時の建物も遺っており――それを眺めるリコリスは、無意識の内に両親のことを思い出していた。
 ――妻が居ながら母を愛し、手放せなかった父。騙され、自身を責めながら――それでも父を愛した母。罪の意識で心を病んだ末に、母は亡くなって。その時に聞いた父の慟哭を、リコリスは未だ覚えている。
(「恐らく、あの時から少しずつ父も、狂っていったのでしょう」)
 ――だからあの人は、私を。追憶に沈むリコリスを、ヴェヒターはただ黙って見守っていた。己の肩が濡れているのにも気づかず、此方に差し出してくれている傘を見上げて、リコリスはそっと彼に向けて微笑みかける。
「……少し冷えましたし、お茶でも飲んで、温まりに行きましょうか」
 と、そんな庭園近くの茶屋では、蓮と志苑がのんびり寛いでいた。冷えた身体に、温かいお茶と甘い和菓子がじんわり染み渡る中――ふたりは景色を見渡せる椅子に腰かけて、今年最後の紅葉を見物する。
「紅が鮮やかだ、これが散れば冬だな」
「はい、そうですね。季節の移り変わりは少し名残惜しいですけど」
 ――秋が一番好きだと呟く志苑は、紅と黄の景色はこの時期だけのものだし、秋の澄んだ空気は外へ出かけたくなるのだと続けた。
「それに、少し冷たい空気はこうして、暖かさをより感じる事が出来ますから」
「そうか。ああ、寒くはないか」
 此方の様子を気遣ってくれる連に、湯飲みを両の手で包み込む志苑は、大丈夫ですよと頷いて微笑む。
「貴方の傍は、とても暖かいです」
「……そう、か……?」
 まさかそんな風に返されると思っていなかった蓮は、そっぽを向いてしまったが――これは、少し熱を感じた頬を誤魔化す為のものだ。
「また、こうしてご一緒出来ましたら」
「ああ……約束しよう。何処へなりと」
 ――傘も差さずに、ふらり当て所なく彷徨う様に、ラカは紅葉の隙間を縫って歩く。最後だからこそ尚いとおしく、ならば飽く迄存分に、と。
(「――今だけ、捕まっていておくれな」)
 手を伸ばせばひとひらの葉がかさりと触れて、ラカは暫し秋の名残に浸る。そんな彼の視界にふと、降りしきる霧雨の中に佇む、千鶴の姿が飛び込んで来た。
(「……綺麗だけど、やっぱり雨は嫌い」)
 傘も差さずにぼんやりと景色を見つめる千鶴の隣に、そろりと近づいたラカは――何も言わず、ただ並んで雨に打たれて。
(「そうね、偶にはこうしているのも、いいかもしれない」)
 雨の匂いは独特で好き、とイェロは思う。今は草木の匂いも混じっていて、音を聴いていればどこか落ち着く。
「秋雨の紅も良いもんだ。な、白縹」
 そんな相棒の小竜はと言えば、そっぽを向いて無視を決め込んでいたのだが――確りと紅葉は楽しんでいる様子だった。
「さて、鮮やかな紅葉の一枚でも連れて帰ろうか」
 ああ、妓楼と言えば、桜の季節にも任務で向かったことがあったか。当時を懐かしみつつ写真を撮っていたイェロは、やがて手を止めると、エインヘリアルの墓標となった庭園を見渡す。
(「壊してでも欲しいもの、殺してでも手に入れたいひと」)
 力尽くで奪い取るなんてあってはならないけど、そういう気持ちは分からなくも――続けようとしたイェロの言葉にその時不意に、鴉の鳴き声が重なった。
「……おやすみ」
 ――やがて彼らの鳴き声は、天照らす太陽を連れてくるのだろう。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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