蘇ったピエロは笑わない

作者:MILLA

●深夜の遊園地
 メリーゴーラウンドの上を怪魚が泳ぎ回る。その軌跡が描き出す魔方陣から召喚されたのはエインヘリアルだった。かつてケルベロスに撃破されたエインヘリアルだった。ピエロのような死化粧を施した不気味な容貌。ただ、死の淵から戻りしピエロは笑わない。
 変異強化の結果だった。その瞳には知性も理性も見えなかったが、全身の筋肉は以前にも増して膨れ上がり――異様な形を成しているほどだった。
 誰もいない夜の遊園地で、蘇った罪人は一人行進を始める。

●予知 
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が緊迫した面持ちで切り出した。
「またも死神の活動が確認されました。といっても、かなり下級の死神で、浮遊する怪魚のような姿をした知性をもたないタイプです。怪魚型死神は、ケルベロスが以前撃破した罪人エインヘリアルを、変異強化した上でサルベージし、周辺住民の虐殺を行ってグラビティ・チェインを補給し、デスバレスへ持ち帰ろうとしているみたいです。市民を守るためにも、死神を撃破し、サルベージされた罪人エインヘリアルに今度こそ引導を渡して欲しいのです」
 セリカは説明を続ける。
「今回、変異強化されて復活した罪人エインヘリアルの名はクラウン。知性を失った状態ではありますが、以前よりはるかに力を増しており、巨大な斧を振り回して攻撃してきます。なお、怪魚型死神は、噛み付くことなどで攻撃してきますが、あまり強くはありません。
 状況についてですが、ケルベロスが駆けつけた時点で、周囲の避難は行われていますが、広範囲の避難を行っては、死神がサルベージする場所や対象が変化して、事件を阻止できなくなるので、戦闘区域外の避難は行われていません。ケルベロスが敗北した場合は、かなりの被害が予測されるので、敗北は許されないでしょう。
 なお、戦況が劣勢になると、下級死神は、サルベージされた罪人エインヘリアルを撤退させようとするようです。撤退を行う際は、下級死神もサルベージされた罪人エインヘリアルも行動ができず、ケルベロスが一方的に攻撃することができます。
 そして、そこが狙いどころでもあります。下級の死神は知能が低い為、自分達が劣勢かどうかの判断がうまくできないようです。つまり、ケルベロス側が、うまく演技すれば、優勢なのに劣勢だと判断したり、劣勢なのに劣勢ではないと判断してしまうということです。これをうまく使えば、より優位に戦闘を行なう事もできるし、ケルベロス側が劣勢に陥った場合でも、敵を撤退させて市民の被害を防ぐ事が出来るでしょう」
 セリカは最後にケルベロス達を激励した。
「蘇ってきても、また撃破するのみです! みなさんの活躍に期待します!」


参加者
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
夜殻・睡(氷葬・e14891)
カレン・ミルニス(憑く家無き泣き女・e40074)
萌葱・菖蒲(月光症候群・e44656)
ウィリアム・ライムリージス(王立海軍の赤き参謀・e45305)
カグヤ・ブリュンヒルデ(黄金の戦乙女・e60880)

■リプレイ

●笑わないピエロの行進
 ぼんやり青白く光る魚に誘われ、死の淵から蘇った罪人は行進を始める。どこに行くのか、わからぬまま、考えぬままに。
「そう、蘇った……のね。なら、もう一度、地獄へ返してあげる……」
 時計塔の上から、かつて葬り去ったエインヘリアルをどことなく憐れむように見下ろし、萌葱・菖蒲(月光症候群・e44656)は手に持ったマグナムを構え、飛び降りた。
 ウィリアム・ライムリージス(王立海軍の赤き参謀・e45305)が頭の裏を掻きながら、ため息をつく。
「まったく、死神勢力は厄介ですね、折角倒したものを再利用するとは……」
「知性も理性もなく蘇らせて戦力として使う。許せませんわね」
 敵とはいえ死者を弄ぶ非道な行為に対する怒りが、カグヤ・ブリュンヒルデ(黄金の戦乙女・e60880)の美しい横顔に滲んだ。その怒りも悲しみもケルベロスには、いや、ケルベロスだからこそ、よくわかる。
「ではそろそろ私たちも行きましょうか、カグヤくん」
「ええ」
 二人は菖蒲の後を追い、時計塔を飛び降りた。
 いずこかを目指し行進を続けるクラウンの前に、ケルベロスたちは降り立つ。
 知性に乏しい魚たちは危機を察し慌てたように周囲を泳ぎ回るが、クラウンは何ら反応を示さない。それどころか、その表情は死者のそれと変わらない。
「あー……やだやだ。笑わない道化なんて職務放棄もいいとこだ」
 そう愚痴をこぼす夜殻・睡(氷葬・e14891)の顔は、敵に劣らず表情が薄い。
「不本意に棺から呼び起こされては、笑えるものも笑えないのでしょうね……」
 カレン・ミルニス(憑く家無き泣き女・e40074)が吐いた白い息が夜に混ざった。葬儀屋であるからこそ、蘇った死者という存在に言い知れぬ感慨を抱いていた。
「死ねなかっタヤツがせっかく死ねタノニ、ナンで起こすノカ! 殺し方が悪かったカ? それナラゴメンナ。今度はちゃんとやルゾ!」
 アリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)が着込んでいたのは、冗談めかした道化の着ぐるみ。哀れなピエロに対して、彼女なりの敬意と、愛をこめて。そんな姿でチェーンソーを構える彼女の無邪気さには、いつでも狂気が付きまとう。子供が意外と残酷であるような、ある種の狂気。
 その狂気にサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は通じるものを感じる。いや、狂気こそがほとんど本能と化している。
「てめえが嗤おうが嗤わなかろうが、どーでもいいわ、ピエロ野郎。ぶっ潰してやるよ」
 殺気を漲らせ、サイガは敵へと歩を進めた。

●デスパレード
 サイガの発する殺気はあまりにも危険だった。知性に乏しい死神たちがクラウンに攻撃指示を送るほどの。
 夜を裂くような咆哮を轟かせるクラウンの筋肉が歪な形に盛り上がっていく。まるでそれ自体が凶器のような。そうした禍々しい姿にピエロメイクはミスマッチ。まるで殺人兵器に囲まれたバースデーケーキのような。
「笑わないピエロとは笑えないぜ。前世の報いって奴か。今度こそしっかり眠ってもらうぜ!」
 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)は死神たちには目もくれず、剣を手に一直線にクラウンへ突っ込む。振り下ろされた一閃は、しかし、クラウンの左腕がキンと軽くはじいた。
「なにっ?」
 腕が痺れた。まるで鋼鉄に斬ってかかったような感触。とても生身の体とは思えない。これが変異強化の上で蘇ったエインヘリアルの力なのか。
 クラウンは右手でやすやすと自身の体躯ほどもあろうかという巨大な斧を振り回す。その風圧だけで、吹き飛ばされそうだった。
「厄介ですね、ここまで強化されているとなると……。とりあえずは作戦通りに」
 ウィリアムがみんなにそう声をかける。クラウンの足を止めしながら、鬱陶しい死神から始末していく。そうして頃合いを見計らい、クラウンに対して総攻撃をかけるという作戦だった。
「OK、Let’s start death parade!」
 死神目掛け、菖蒲がマグナムを撃ちまくる。無数の弾痕を得て戸惑う死神たちに考える暇を与えずにアリャリァリャが刀を抜いて斬りかかった。
「死神鍋ダナ! 美味ソウに捌イテやるヨ!」
 桜吹雪の彩とも思しき血飛沫が散る。魚を下ろすというよりは滅多斬り。
「どのみち、こんなの食えないな……一応冷凍にしてみるか」
 睡が刀を抜き一閃。凄まじい冷気を放つ一撃が死神を地に叩き落とす。残る二匹は不安そうに周囲を泳ぎ回った。
「チッ、やりすぎちまったか?」
 だが、クラウンが猛威をふるうかぎり、死神たちが撤退を考えることはないだろう。ピエロが一度斧を振りまわせば、暴風が渦巻く。
「な、なんて強い奴なんだ! こんなイカれたピエロ野郎に勝てっこないじゃねぇか! こっちの攻撃が全く通用してないぜ!」
 ウタが唇をかみしめた。敵に撤退させないための演技だが、半ばそうでもない。
「まるでテンペスト……! あなたに似合うレクイエムは……」
 カレンはステルスリーフで防護を展開しつつ、命を弄ばれた哀れなピエロを送るための曲を頭の中で考える。
「しばらくの間なら、ピエロは私が足止めします。その間に、みなさんは死神を頼みましたよ!」
 ウィリアムが飛び出しざまに煙幕を張る。闇の中に白い煙が巻き上がり、クラウンの視界を奪う。小賢しいとばかりにクラウンは斧を振るうが、その背後から何者かの攻撃がある。煙幕にぼんやりと影が立っては消え失せる。相手は複数、潜んでいるらしかった。
「数は力です。ランチェスターの法則というのを、ご存知ですか?」
 煙幕の中、他者を惑わすようなウィリアムの声が響いた。
「今のうちになんとか一匹は仕留めたいものですわね!」
 カグヤが解き放った虹色の紐が死神の一匹を捕縛した。
「どなたか、お願いしますわ!」
 逸早く応じたのは、サイガだった。
「じゃあ、ひとつ」
 垠錆――サイガの拳が死神の腹を抉る。そこから掴み出したのは、はらわたではなく魂。「終わりだ」という呟きとともに魂を握りつぶす。その拳から血飛沫噴き上げ、クラウンへニヤリと笑みを送る。
「拍手のひとつくれえ寄越してみろよ」
 仲間を失い、慌てふためくように泳ぎ回る死神たちだったが、クラウンの全身からは並々ならぬ覇気と殺意が漲っていた。
 敵側に撤退の意志は見えない。戦いはこれからだった。

●蘇ったピエロは夢を見るか
 ピエロの虚ろな目がぎらりと光った。
「何……!?」
 巨大な体躯から想像もつかない速さだった。大きく薙ぎ払われた斧での一撃を受け、サイガはまるでぬいぐるみのように簡単に吹き飛んだ。
「速さも以前とは段違い……やっぱり、戦闘能力が、格段にあがっているわ、ね……」
 菖蒲が呟くと、カグヤが凛と敵を見据える。
「せっかく良い葬式で送って貰ったのでしょうに……二度と再び戻れぬよう、もう一度送って差し上げますわ」
 闇夜に光の翼をはばたかせ、クラウンに肉薄、気合一閃ゲシュタルトグレイブを振り抜くが……硬い。間を置かず、アリャリァリャがチェーンソーで突きかかる。
「コッカラがホントのショウタイムってヤツダ。キサマが楽しんでなきゃあウチラも楽しくネーナ?」
 にんまり笑って、無茶苦茶にチェーンソーをぶんまわす。ダメージが通っているかどうかなんて関係ない。楽しめればそれでいい。
 クラウンは大口開いて吼え、大きく飛び上がって大地に斧を叩き落とす! 地割れが起こり、地面が陥没する。
「どんな馬鹿力だよ……!」
 宙に逃れた睡の背後に、死神が待ち構えていた。
「しまっ……! 間に合わない……!」
 死神が口から吐き出した閃光弾を受け、メリーゴーラウンドの屋根に墜落する。
「いっってぇなクソが…!」
 クラウン一人相手にするだけでも厄介なのに、死神のお供が付き纏う。面倒なことこの上ない。
「このままだと押し負けちまうぜっ……」
 ウタが戦慄の表情を浮かべる。演技などするまでもなく、劣勢を強いられる。
 以前のクラウンなら、傷つくケルベロスを見て愉快そうに笑っていただろうが。
「道化なら……笑いなさい。このように……」
 菖蒲は呟き、宙を揉みしだくように指を曲げた。すると、けたたましく笑い声をあげる奇矯な怪物が飛び出し、ピエロに取りつき、より大きな笑い声を上げて自爆。その爆発に乗じ、ウタは鋼の筋肉にも通るようにチェーンソーの刃を立て、これでもかとばかりに斬り刻んだ。
 砂塵が夜風に流れた後、全身血みどろのピエロがそこに立っていた。相当の深手ではあるはずだが、敵の顔には未だ何ら表情は浮かんではいない。
「ちくしょう……」
 ウタが唇をかんだ。
 感情の見えない相手と戦うのはストレスだった。

●パレードの果てに
 時間が経つにつれ、ケルベロス側の消耗は増していく。クラウンの猛攻に耐えながら、魚たちの相手もしなければならないのだ。じりじり押され、陣形は乱されるも、反撃の糸口が見えてこない。
「かつては……自身の葬式さえ楽しんでいた罪人が……笑わないなんて」
 菖蒲がリボルバーの弾を込めながら、つぶやく。
「いったいどうしたら……彼を安らかに弔ってあげられるのでしょう?」
 カレンは自分に問いかける。葬儀屋として何人もの魂を弔ってきた彼女でさえ、蘇った死者の弔い方はわからなかった。
「アイツは全力でウチらを殺シタガッテイルんだカラ、全力で殺シテやるのが礼儀ダト思うゾ」
 アリャリァリャの言い分に、サイガが血の混ざった唾を吐きながら同意した。
「その通りだぜ。もうゴチャゴチャ考えんな。演技も何も必要ねえ。そんなこと考えながら勝てる相手でもねえ。全力でやって、結果はお愉しみってな!」
 問題は、クラウンを撃破する糸口をどこから掴むか。真正面から無暗に突っ込んでも返り討ちにあうだけ、かといって、虚を突こうにも死神たちが取り巻いている。
「ここはもう一度私に任せてもらいましょうか」
 ウィリアムは不敵な笑みを浮かべ、ぱちんと指を鳴らした。その瞬間、再び辺りが煙幕に包まれる。濃い霧が支配するようだった。この視界の中、敵がケルベロスたちを襲うのは難しいが、条件はケルベロス側も同じ。敵の位置は把握しづらい。どうしますの?とカグヤは振り返るが、ウィリアムの姿は煙の中に溶けていた。
 クラウンは不意に背後から攻撃を受け、疑心暗鬼に陥る。敵の居所が掴めず、数も多く感じる。闇雲に斧を振り回すが。
 そんな折、煙幕の中から一輪の薔薇が飛び、カグヤの足元に刺さった。その意図を彼女はすぐに察する。
「敵はこの向こうですわ!」
 放たれる虹の紐。その一筋の紐が目印となった。
 反撃の時である。
「今解放してやる!」
 ウタが全身から闘気を解き放つ。
「地獄の焔摩と踊ってもらうぜ! 振り抜く軌跡を辿り成すは断罪の炎!」
 振り抜いた剣から放たれた断罪の業火が煙幕を吹き飛ばし、虹の紐で動きを封じられたクラウンに纏わりついた。
 ごうごうと燃え盛るクラウンの頭上で、死神たちが慌てたように泳ぎ回った。
「ははは、騙されましたね? キミ達は既に袋の鼠、多勢に囲まれているんですよ!」
 ウィリアムの策だった。煙幕の中、素早く動き回り、伏兵があるように見せかけた演出。
 睡が迫る。凍鶴を抜き、その太刀が閃いたとき。時さえも凍てつくような刀閃が無防備になったクラウンの脇を斬り裂いた。
 一転、劣勢に追い込まれた状況を打破すべく、魚たちがクラウンの援護に向かうが。
「遅えわタコ」
 サイガが牙を剥く。
 睡が開いた裂傷に鎌を抉り込むように突き立て、掻っ捌く!
「最後に嗤うのは何方か、比べるまでもねえかんな。今までのは、てめえの為の三文芝居だ。ありがたく愉しめ」
 腹から夥しい血飛沫を噴き散らし、クラウンは後じさった……が。
 無表情だったピエロの顔ににやりと笑みが浮かぶ。かつて自身の葬式さえも楽しんだ殺人鬼。再び死の間際に立たされて、闘争本能が蘇ったか。
 カグヤの拘束を断ち切り、全力を込めて斧を振るう。その攻撃をサイガが体を張って受け、笑みを結ぶ。
「そうでなくちゃあな、殺し合いはよ!」
 たがいに楽しむようにガンガン殴り合う最中、自分もまぜろとばかりに真上からチェーンソー突き立て飛来してきた少女アリャリァリャ。
「笑うがイイ笑うがイイ! キサマの得意な貌をやれ!」
 摩り下ろすような一撃によって再び炎に包まれながらも、クラウンは大口開いて笑っていた。
「そう、あなたはみずからの葬式を戦いの中に望むのですね。なら、私はあなたのためにこの歌を送りましょう」
 カレンは歌う。クラウンを弔うための葬送曲。それは勇ましい中にも悲哀が漂うような。流れる旋律と、贈られる言葉は呪力を持ち、クラウンの命の火を鎮めていく……。
 クラウンの膝が折れた時、死神たちはいよいよと見切りをつけ、撤退にかかろうとした。
「あなたもいい加減お眠りなさい!」
 カグヤが死神の一匹を槍で貫いて止めを刺し、
「お前も黙ってろ」
 睡が残る一匹の急所を突き黙らせた。
 もはや身動き一つままならないクラウンの前に立ったのは、菖蒲だった。その額に銃口を押し当てる。
「……It's past your bedtime……」
 クラウンは笑みを絶やさなかった。
 引き金は引かれ、ピエロはその顔のまま、二度目の死を迎えた。

●遊園地での鎮魂歌
「葬儀に関しては、すでに手配済みです」
 遊園地の広場に横たわるクラウンの遺体を前に、カレンが黙祷を捧げた。敵とはいえ、生死を賭して戦った者のために。
「あばよピエロ。今度こそ地球の重力の元で安らかにな」
 ウタがバイオリンを番え、静謐な調べを奏で始めた。
 その鎮魂曲を聴きながら、菖蒲はプラシーボを口に咥え、夜空を見上げた。

作者:MILLA 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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