誰か烏の雌雄を知らんや

作者:東公彦

 兆しはあった。しかしそれはあまりに些少で、誰であれ因果を予見することは出来なかったろう。出掛け先で少しばかり無聊であったアルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)は行きつけの店へ向かって歩を進めていた。昼時を過ぎ、通りに人はまばらである。目的の店に着き、木製の片開き扉に手をかけようとしたその時。扉を突き破って浅黒い腕が突き出た。
 腕はアルシエルの首を掴むと、か細いながらも凄まじい力で締め上げた。容易にアルシエルが持ち上げられる、気道が圧迫され息ができない。黒くひずんだ爪が喉に喰いこみ血が腕を伝い女の着物に紅い筋をつくった。
「かはっ――」
 視界がぼやけてくる。アルシエルはどうにか懐から銃を引き抜いて、目の前の女へ向けた。引き金を引き絞り連射すると、ようやく女の腕がはなれる。機に乗じてアルシエルは飛び退き息を深く体の隅々まで行き渡らせる、そして目の前の女をよくよく観察した。この女は何者だ?
 女はアルシエルを、そして銃を、更にはそれが射出した銃弾を順繰りにみやって微笑む。ゆったりとした着物は艶やかな肉体を隠すのではなく、それをより際立たせていた。遊女屋の女主人といった風情のこの女は、後方から這いよってきた巨大な蛇に腰をかけると、もったいぶったように口をひらいた。
「突然のことで驚いたでしょう。けれどね、私はずぅっと前から決めていたの」
「前から? 悪いけど記憶にないね」
「ふふっ、体面を取り繕う必要はないわ。あなたの本性はわかっているのだから。あなたが一人で生きていた頃から、その魂が成熟されるのを待っていたの」
 アルシエルの血がついた指を、蛇がちろりちろりと舐める。女は愛おしそうにそれを見つめ、ウロコだらけの頭を撫でた。
「この子もあなたの魂が食べたくて仕方ないみたい。抵抗は……するだけ無駄よ」
 《御魂喰》赤楝蛇が赤い舌を出した。


「ある通りの一角でアルシエルが敵の攻撃を受けるようです。敵は待ち伏せをしていたようですね、今回の襲撃も入念な準備でなされたのかもしれません……予断を許さない状況でしょう。アルシエルとの連絡がつかない以上、皆さんには迅速に現場へ降下、戦闘に加わって頂きたいと思います」
 常よりも緊迫した口調でイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は語りかけた。
「襲撃の不確定要素を排除するためでしょうか? 敵は何らかの方法で人払いをしたようです。戦闘が想定される地点――つまりアルシエルのいる通りは、普段なら車通りも多いため比較的拓けています。通りの左右には建物が並んでいますが戦闘において邪魔になることはないでしょう。一般の方がいない分、避難に人員を割く必要もありません。いちはやく戦列に参加してください。敵は人蛇一体の攻撃を得意とし主に接近戦において力を発揮するようです、肉弾戦にはご注意を」
「狡猾……嫌な言葉です。具体性に欠けますがなにやら悪い予感がします。どうか僕の懸念を晴らし、アルシエルと共に敵を打倒してください」
 イマジネイターはしずしずと頭を下げた。


参加者
天崎・祇音(霹靂神・e00948)
ノル・キサラギ(銀花・e01639)
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)
安海・藤子(終端の夢・e36211)
アンヘル・フィールマン(夢幻泡影・e37284)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)
村崎・優(未熟な妖刀使い・e61387)
エレック・トロン(蒼雷と黄雷を携える械人・e68647)

■リプレイ

 間断ない銃声、薬莢が澄んだ音を響かせる。大きく左方へ回り込み、突き出された貫手を避けるとアルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)は愛銃のトリガーを引き絞った。無防備な御魂喰に巫術で強化された炎弾が着弾し破裂する。次弾を発射する間もなく、アルシエルは横っ飛びに転がった。御魂喰の爪先が幾筋かの髪を切断し過ぎてゆく。
 回転の力そのままに体を捻った回し蹴りが見事に御魂喰の胸を打ったが、相手はよろめくことさえしない。黒爪が颯とはしり、アルシエルの胸元から鮮血が散った。
「うまや。ああ、うまや」
 血を舐めて御魂喰が嗤う。そんな狂気の笑みに誘われたか、遮るように両者の間に鉄塊が突き立った。鉄塊がゆっくりと動き出す。
「敵にもモテモテなんて、人気者はつらいわねぇ」
 礫塵のなか身の丈より遥かに巨大な鉄塊剣を担ぎ上げ、安海・藤子(終端の夢・e36211)も嗤った。仮面を引きちぎる。瞳の奥の炎が燃える。
「が、俺の相手もしてもらいたいもんだなぁ」
 鉄塊剣が爆発的な力で振り下ろされた。地面を噛み砕く鉄塊剣、身をのけぞらせ一撃をかわした御魂喰はすぐさま腕を振り上げ後方より迫る二刀を防いだ。一見して柔そうな腕が、がっしと喰霊刀を受け止める。
「くそっ――」
 村崎・優(未熟な妖刀使い・e61387)は御魂喰へ再び腕を振り上げ――咄嗟、後方へ飛びずさった。一寸遅れて手刀が通り過ぎる。不用意に攻撃をしていれば首が飛んでいただろう、背筋を冷たいものが滴り落ちた。
「こいつ……相打ちを狙って!」
「くふふ、自分の体に自信があるってか」
「ハッハァ! そりゃ上等じゃねぇか!」
 爆ぜ散る雷光を供としてエレック・トロン(蒼雷と黄雷を携える械人・e68647)が大地を蹴る。体ごと腕を引き大振りに一撃を繰り出すが、渾身の一撃でも御魂喰はぴくりともしない。カウンターが来るっ、優が刀を構え、守りを意識していないエレックに駆け寄る。しかして現実は優の思考を超えた。御魂喰の腕が空を切ったのである。エレックは絶妙なタイミングで鬼神角を突出させていた。ゆえ瞬時に敵の間合いから外れたのである。
「何も考えてないように見えて……。いや、獣の勘ってやつか」
 仲間の機転によってアンヘル・フィールマン(夢幻泡影・e37284)はより動きやすくなった。両手に作り上げた光剣、仲間を救うために振りかぶった一太刀を転じ、交差際に敵を強襲する。
「――っ、なんだコイツ」
 巨石を斬りつけたような感触に手が痺れる。鎌のように鋭い足払いを光刃で防ぎ、アンヘルが一旦後退する。入れ替わるようにしてノル・キサラギ(銀花・e01639)が御魂喰を襲った。エアシューズで加速をつけ前のめりに跳ぶ。白色のエアシューズが残像だけをのこすと、それは上空から獲物を狙う白鷲のように御魂喰の眉間を打った。と、不意にノルの体が浮き上がる。額を打ち抜かれながらも御魂喰の腕がしっかとノルの足首を掴まえている。
「あなた達、邪魔よ」
 そのままひと回転し、ノルを投げつけた。猛スピードで迫ってくるノルを受け止めアルシエルが安堵の溜め息をつく。バツ悪げにノルが笑う。つられてアルシエルも微笑した。
「えーと。アルシエル、助けにきたよ」
「ああ、よく来てくれたな」
「よォ、大丈夫か? アルシエル。ここはひとまず引き受ける。手当してもらってこいよ」
 前線で光剣を振るいながらアンヘルが叫んだ。するとアルシエルの傷口をよくよく観察していたグレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)がパチリ、指を鳴らした。
「ここにいる誰もがお前を助けに来た。誇っていいことだ」
 薬指に嵌めた銀の指輪が淡い輝きを放つ。力は増幅され盾を顕現し、アルシエルの体へと自然に同化した。これで万全だ、グレッグがひとりごちる。ぐっと体を伸ばし、アルシエルが銃を構える。くつくつ、御魂喰が声をもらした。
「揃いも揃って無駄なことを。わからないの? あなた達の攻撃では私の体に傷一つ付けられない」
「それは短慮だな。まだ一人、残ってんだよ」
 藤子の目は御魂喰を透かし、その背後へと向けられていた。後方からの圧に御魂喰が動き出そうとする。いや、もう遅い。天崎・祇音(霹靂神・e00948)は腰だめに拳を引き、放たれた弓弦のように一挙に突き出した。オウガメタルが数本の刃を形取り、拳を保護すると同時に敵を葬るための牙となる。
「食らうがよいっ」
 祇音の拳が御魂喰にくらいつく。ずるり、重苦しい音と共に御魂喰がよろめいた。
「以前の借りをここでしっかりと返さねばな……!」
 素早くたすき掛けをし、着物の袖口をぐっと縛る。
「祇音っ、退け!」
 幾分も動きやすくなり祇音はステップを踏んだ。黒液の槍が空気を貫き、そのまま御魂喰の胸を突いた。が、その身体に裂傷ひとつ浴びせることは出来ない。本当に頑丈な奴だ。心中悪態をつきながらアルシエルは大きく身を沈めた。頭上を剛腕が通り過ぎて行く。この敵との攻防は一つ々が冷や汗ものである。
 続けざまアルシエルを狙うが、途端に轟音、精確無比な射撃が凶爪を弾いた。壊星の名を冠するドラゴニックハンマーを組み換え、砲撃体勢に移行したノルはホロスコープ越しに御魂喰を捉える。竜砲弾が炸裂する度、空気が震え大地がその身をよじった。やがて舞い上がった粉塵に視界が遮られると、突然に煙を割って砲弾が投げ返された。身構えるノルの脇を通り過ぎ、砲弾はビルの壁、その一端を倒壊させる。晴れた視界のなかで御魂喰ばかりが平然と立っていた。
「本当に無傷って……どうなってるんだろ」
「ならっ」
 藤子が鉄塊剣を曳きながら前進する。剣先が地を撫でるごと盛大に火花を散らし、大きく踏み込んで大剣は振り切られた。刃というには無骨にすぎる刀身が御魂喰の肩を打ちつけると体が一寸ばかりも沈むが、陥没したのは地面だけである。不意に熱いものが込み上げてきて、藤子は血の塊を吐いた。御魂喰の爪先が内臓をかきまわす。致命傷に御魂喰が笑みを深める。しかし笑っていたのは藤子も同じであった。
「二段構えってのはどうだ!」
 藤子は乱暴に敵の乳房を掴み心窩部に地獄の炎で形成した炎弾を叩きこんだ。一撃ならず打ち続けると自らをも焼かんばかりに炎があがる。肉を切らせて骨を断つ、敵に意趣返しをしたわけだが、御魂喰は冷静に腕を引き抜き藤子を殴り飛ばした。地面を転がりながら壁に激突する寸前、グレッグがその華奢な体を受け止める。
「無茶がすぎるな」
 蒼炎を纏わせた左腕を、グレッグは敵と同じように、藤子の腹へと差し入れた。決定的に異なるのは、これが治療行為である点か。色こそ違えど本質は違わない地獄の炎が藤子のえぐられた腹を復元する。炎は血肉、そして何よりも膨大な熱量を藤子に与えた。
「……あれが生きているもんの体か?」
 構いもせず藤子がつぶやいた。一方、最前線で敵と向かい合っていたのは優とエレックだ。エレックは勢いに任せ御魂喰に痛打を浴びせかける一方、同じだけの打撃も受けていた。体を動かすたび鋭い痛みがはしる。
 逆に優は慎重に立ち回った。時にエレックへ向かう爪を二刀でいなし逸らしながら、動きの終端で御魂喰を斬りつける。が刃は如何にしても肉へ届かない、超硬度の表皮で阻まれてしまうのである。
 再三にわたり振るい続けたエレックの拳から遂に血潮が吹き出た。
「ハハハァ! すこぶる硬ぇな蛇女!!」
 しかし雷撃は勢いを留めず、エレックは意気揚々と闘う。痛みや苦境は心地いい、闘いのスパイスである。優がコートの襟を掴みエレックを引っ張り倒す。首の薄皮一枚の所で御魂喰の爪が止まった。
「安海さんもトロンさんも好戦的すぎるだろっ」
 常であれば優こそ狂獣のように戦い続けるのだが、先んじて2体もの猛獣がいると、それもやりにくい。とはいえ狩人のように狙い澄ました一撃というのは、感情のままに戦ってきた優にとっての新境地であったかもしれない。周囲に視線を這わせつつ、状況を把握し、優は刀を振るいながら敵の死角へ回り込んだ。
「よい動きじゃっ、村崎殿!」
 懐へ踏み込み、祇音が黒鉄の刀身をそなえた『建御雷神』を抜き打ちにした。純粋な力だけでなく、速さを以て敵を断ち切らんとする一種の洗練された技であったが、優の喰霊刀と同じく刃が肉を喰むことはない。あまりにも手応えがない。
「おぬし……何者じゃ」
「人間の言葉でいう神。あなたと同属よ」
「まがつひの者がよく言うのぉ」
 黒死の爪と黒鉄の刃が打ちあう。と、御魂喰の背後からぬっと首をかまけて大蛇が現れた。牙に毒液を滴らせ祇音に噛みつかんとするが、滑り込むようにアンヘルが間に入り光剣で受け止める。
「なぜアルシエルを狙う!?」
 大蛇の牙をかわし、巨体に巻き付かれぬよう飛び跳ねると、アンヘルが中空にいるまま狙いを定めバスターライフルを掃射する。大蛇は身を縮め御魂喰の側へと引き下がった。御魂喰が光弾をはじく。
「その魂が熟成されたからよ」
「熟成だと? 人を喰い物みたいに!」
 優が二刀を振るい、切り返す。御魂喰が掌をひろげ刀を束ね掴んだ。
「烏が羽を白くしたって白鳥にはなれない。同類の魂は更なる力をくれるのよ」
 祇音と優の刀を振り払い、御魂喰が体を回転させた。ぐるりと黒爪が薙がれる。鉄塊剣を盾のように構え突進した藤子が漆黒の爪先を受け止めた。つば競り合いに両者の力が拮抗する。
「俺とお前から見えるアルシエルは随分違うみたいだな」
「そうみたいね。そして私が真実」
 手を引き鉄塊剣を蹴り上げ、御魂喰が角から雷と炎を放った。雷は近くを、炎は遠きを襲う。押し寄せてきた炎を天使の翼から撃ちだされた光弾が打ち消し、グレッグの隣で大型のバスターライフルを構えたノルはピンポイントで御魂喰の炎を狙い撃った。絶対零度の光線が炎を相殺させる。
「単純じゃねえか! つまりお前を倒せば良い訳だな!!」
 エレックの言葉にアルシエルは心中で頷いた。その通りだ、狙われる理由が俺の過去、その生き方、本質にあるとしても、それを変えることは出来ない。ならば昔じゃなく今だ。独りじゃない、信頼できる誰かがいる今――。
「テメェを全力で叩き潰すだけだ!」
 カードを地面に投げ、周囲に銃弾を撃ち込む。弾痕が光の線で繋がると、幾何学模様を織り込んだ六芒星が浮かび上がる。アルシエルが静々と魔術の構成をはじめた。
「少し時間がかかる。それまで……任せた!」
「任せた、か。そう言われたらやるしかねェな」
 アンヘルが歌う。一つの声にどこからか旋律が加わり『音楽』となる。愛を唄ったせつないバラードは愛を知る者に勇気を与え、知らぬ者のみを狂わせる。酷い雑音に頭を押さえる御魂喰。
「切り込み隊長はこの俺、雷王エレック様だぁ!!!」
 混沌の水を纏う左腕が大山羊の姿に変化する。右腕から迸った電撃が角に帯電し、エレックは一縷の稲妻のように駆け抜けた。大山羊の蹄が地面を蹴り、突撃する。ずしんと腹に響く衝撃。加え、受けきった御魂喰の体に電撃が奔る。
「妙に匂うと思ったんだ、詰まるとこそっちが本体かぁ!?」
 肋骨のように湾曲し御魂喰を避けて鬼神角が伸びる。数本が大蛇を貫くと、弱弱しい声をあげて大蛇は倒れ伏した。そしてピクリとも動かない。
「貴様ぁ、よくも我が――我が子をっ!」
 御魂喰の目が血ばしり、怒りに燃える。おぞましいまでの殺気が押し寄せるが、御魂喰は無防備なエレックに傷一つ与えることは出来なかった。動こうとした矢先から、その全てが阻害されているからである。
 大型ライフルと轟竜砲。二つの銃器を脳内にリンクさせ、ノルが敵だけでなく味方の動きまでも微細にシュミュレーションする。狙撃という行為にのみ自分の全てを懸ければ可能である離れ業、ごく僅かな予備動作から結末を想定し、通過点に射撃を合わせる。御魂喰は示し合わせた殺陣を演じているような錯覚を覚えた。煩わしい射手へ素早く二本の角を向けるが、雷炎が放たれるよりも速く、二つの腕が角を掴み御魂喰の体を地面へと押し込んだ。
「やらせると思うか? 俺があいつを」
 隻眼の天使が見下す。オウガメタルを甲冑のようにして左半身を包み、グレッグは幾度も拳を振るった。徐々に御魂喰の体が沈み、遂に顔面が地面と衝突する。
 で、あれば。御魂喰の喉を骨が押し上げる。常軌を逸した方法で首を捻りアルシエルへ双角を向けた。
「ガラ空きね」
 双角から雷炎が放たれる。バチリバチリと鳴き声をあげ襲い来る雷撃は――しかしアルシエルに当たることなく巌のような肉体に阻まれた。蓋をあけたミミックが炎を吸い込み、満腹と言わんばかりにゲップをひとつ。
「私とザラキが盾となりましょう!」
 イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)という盾は、そう容易く崩れそうにない。
 他方、グレッグの肩を借りて大きく跳躍した優は、呪詛で幾重にも強化させた喰霊刀を御魂喰の背中に突きたてた。更に半身を捻り蹴りを繰り出すと息を合わせグレッグも御魂喰の顎を膝打ちにした。二つの打撃に御魂喰の体が跳ね上がる。すかさず藤子が飛び込み鉄塊剣を振り薙ぐ。連鎖する攻撃に御魂喰がたたらを踏む。
 と、アンヘルの唄とはまた違う言の葉が紡がれ蒼穹へとのぼった。
「我が言の葉に従い、この場に顕現せよ」
 空気中の水分が氷化し徐々に巨大な氷塊となってゆく。二つの歌を背にうけながら祇音も返歌のように口ずさんだ。
「死して死屍となるも、なお志士たる獅子よ!」
 真紅の勾玉を己の黄玉にはめ込み、一つの陰陽玉とする。
「そは静かなる冴の化身。全てを誘い、静謐の檻へ閉ざせ」
 今度は藤子が口ずさむ。氷塊が蠢き、身をくねらせて幻獣の形を成す。
「我が四肢にその力を宿せ、牙皇・戦神灰塵撃!」
 のけぞった御魂喰の懐に潜り込み、祇音が勾玉に宿る力を解放させた。岩石が覆い灼熱の炎が血となり通うその腕を、みぞおちに叩きこんだ。オオカミの膂力に御魂喰の足が地を擦り後退する。小さな背中が語っていた『自分は乗り越えた、おぬしはどうだ』と。
「その憂い晴れるその時まで……」
 祇音の技に呼応するように藤子が詠い終えた。龍となった氷塊は蒼天へと昇り、急降下して御魂喰に襲いかかる。爪牙がえぐり、尾で打ちつけ、逆鱗が肉を削る。荒れ狂う氷龍が御魂喰に喰らいつき、猛進。家屋に激突し完全に崩壊させた。
 それでも御魂喰は立ち上がった。体の隅々まで毛細血管の如く張り巡らせた魔力回路、古の魔術の成せる業である。が、
「乗り越えるのは、さしずめ俺の過去ってやつか」
 アルシエルの頭上には燦々ともう一つの太陽が輝いていた。
「46億年も絶えず炎をあげてきた星の化身だ。テメェを灼き尽くすには十分だろう」
 アルシエルが引き金を引いた。
 フレアをあげる黒球が遮る全てを瞬時に消し去りながら一直線に御魂喰に迫る。避けることは能わない。両手を広げ光球を受け止める御魂喰。だが既にその体は完璧なものではなかった。度重なるケルベロス達の攻撃で、僅かに体表の一部が欠けている。たったそれだけの傷であっても玉たるを得ないのである。緻密な魔術回路の不全、途方もない熱量に御魂喰の体は耐えられない。
「ああっ、消える。消えるのは嫌だ……嫌だぁぁぁっ!」
 褐色の肌がひび割れ、瓦解してゆく。黒き太陽が収縮し消える頃には御魂喰の全てが炭化し消滅していた。そしてまたアルシエルも姿を消していた。


 ずるり。薄汚れた路地裏の水たまりを這って『御魂喰赤楝蛇』が逃げる。誤算である、敵は――予想以上に強力だった。魔術で相当に強化したとはいえ人間という不完全な木偶人形の限界。まさかここまで力を消耗するとは。
 だが、まだだ。再び闇に潜り機を待つ、その時こそ極上の魂を……。
「なぁ、待てよ」
 狭まった壁に男の声が反響した。咄嗟、赤楝蛇は牙を剥き振り返る。そこには白銀の拳銃を構えたアルシエルが佇んでいた。
「やっぱり本体はそっちだったか。エレックが口にした時は心底慌てただろ? 名演技だったが……結局は無駄だったな」
 舌をチロチロと出し威嚇する赤楝蛇を アルシエルは薄く笑った。
「なぜわかるってか。テメェが言ったんだ『同類』だってな。だから、わかったのかもな」
 赤楝蛇は一言も発さない。アルシエルの一挙一動を見張り、その隙を狙う。それ以外の全てを放棄しているようであった。対して、アルシエルは語りかけながらも微塵も揺らがない。
「番犬の牙とテメェの毒牙、どっちが速いか……見物だな」


「あっ、アルシエル! どうかしたの?」
 ようやくアルシエルを見つけたノルが言うと、アルシエルは軽く首を振った。
「何でもないよ」
 相伴していたグレッグが体をずらし路地裏を覗く。と、路地裏の中で銀の銃弾だけが鈍い輝きを放っていた。
「……そうか」
 グレッグがほんの少しだけ口元をほころばせた。仲間達の元へ帰り、アルシエルがぼそり呟く。
「大したお礼じゃないけど。珈琲くらいは奢ろっかな」
「おっ、いっちょまえなこと言うじゃねぇか」
 アンヘルが爪先を伸ばしアルシエルの頭を掴むとわしわしと撫ぜた。はにかむような笑顔を浮かべながらアルシエルは集まった面々を見て思った。いつか心のままに彼らと話せる日が来るだろう。例え、白い烏であっても。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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