松茸祭りに竜牙降る

作者:坂本ピエロギ

 ここは、某県郊外のとある旅館。
 師走を間近に控えたその日、館の庭園に面した座敷では、ささやかな宴が開かれていた。
 宴の主役は、松茸である。
 松茸ご飯。土瓶蒸し。炭火で炙った焼き松茸。立ち上る湯気は香りを帯びて、肉厚な身を噛みしめればジュッと汁が溢れ出る。
 去りゆく秋の名残を惜しむ一時は、のんびりと過ぎていく――はずだった。
 轟音と衝撃が、外の駐車場から響いたのはその時だ。人々の間に動揺が走るのを待たず、派手な音を立てて座敷の戸が吹き飛んだ。
 続いてなだれ込んできたのは、剣を携えた竜牙兵の一団である。
「ククク……地球人ヨ、グラビティ・チェインヲ貰イニ来タゾ!」
「貴様等ノ憎悪ト拒絶、サゾ甘美デアロウナァ!?」
「ドウ料理サレタイカ選ベ! 丸焼キカ、水炊キカ! ハーッハッハ!」
 かくして晩秋の宴席は、阿鼻叫喚の地獄絵図へと塗り替えられていく。

「どうやら、嫌な予感が的中してしまったらしい」
 日月・降夜(アキレス俊足・e18747)はそう言って、憂鬱そうに溜息をついた。
 シーズン最終日の松茸祭りを、竜牙兵が襲う――。
 そんな予知を、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が得たからだ。
「ホント懲りない奴らっすね……んじゃ、時間もないんで始めるっす!」
 ダンテは集合したケルベロスにぺこりと一礼し、依頼の概要を話し始める。
 事件が起こるのは、とある県の郊外にある大きな旅館。竜牙兵達はケルベロスが現地到着する正午頃、館に面した駐車場に出現するという。竜牙兵は人々の命を狙い、そのまま旅館へ侵入しようとするので、彼らが出現した直後にこれを迎撃する形になるだろう。
「竜牙兵が襲撃場所を他所へ変えないよう、避難誘導は現地到着後に行う予定っす。誘導は警察とホゥ・グラップバーン(オウガのパラディオン・en0289)さんが担当するっすから、皆さんは敵の撃破に専念して下さいっす!」
 出現する竜牙兵は総勢5体。全員がゾディアックソードを装備し、前衛と後衛に分かれて攻撃を仕掛けてくるようだ。一旦戦いが始まれば、彼らが撤退することはない。
 それからダンテは細々とした説明を終えると、最後にぽつりと漏らすように言った。
 戦いを無事に終えたら、松茸祭りを楽しんで来るのもアリかもっすね、と。
「そのためにも、竜牙兵を残らずブッ飛ばして下さいっす。じゃ、出発するっすよ!」


参加者
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)

■リプレイ

●一
 青空に爪痕を刻むように、竜牙兵が白い尾を引いて降ってきた。
 避難誘導のアナウンスが流れる松茸祭り会場の旅館。すぐにホゥ・グラップバーンと警察が人々を誘導し、安全な場所へと避難させていく。
「ここは危ないので~焦らず! 急がず! 迅速に避難してくださ~い!」
 火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)は人々に呼びかけを続けながら、竜牙兵の落下した駐車場へと駆けていく。お供に連れるのは、ミミック『タカラバコ』だ。
「まつたけが待っているぞタカラバコちゃん! まつだけに!! ――あっゴメン、やっぱいまのなし!」
 つい言ってみた一言を取り消し、タカラバコと駆け出すひなみく。
 ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)もまた、友人のエリオット・シャルトリューに誘導を任せ、仲間の元へと向かう。
「じゃあ誘導は頼んだよ、リョーシャ」
「任せとけ、ローシャ!」
 立ち上る土煙の向こうには人の形へと姿を変えていく竜牙兵の一団が見えていた。
 一刻の猶予もない。ボクスドラゴン『プラーミァ』を下ろし、白手袋をはめて戦闘準備を整えるロストーク。その横を走る交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)が、前方の敵影に目を凝らして嘆息する。
「いやはや、今回は随分大人数で……まあいい、残らず吹っ飛ばすまでだ」
 麗威の眼が戦鬼の光を帯びた。柔和な雰囲気をまとう彼だが、ひとたび戦闘が始まれば、オウガに恥じない戦いぶりを見せる男である。
「飯の前に竜牙兵ってのは避けられねぇもんなのかねぇ。さて飯を食いに……じゃなかった、ひと仕事っと」
 アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)の呟きに、駆けながら仲間達が同意する。
「毎回毎回、美味そうな催しを見つけちゃあやって来るな。たいした嗅覚だ」
「いいところにやってくるよなぁ、あいつら。師匠と俺が、まとめて料理してやる!」
「そうだな。……あいつら鼻は無いけどな」
 そう言って苦笑するのはチーターのウェアライダー、日月・降夜(アキレス俊足・e18747)。そんな彼を師匠と呼ぶのはスバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)である。
「仕事のついでで松茸が食べられるとは、おいしい話……もとい、油断せずにかからねば」
 涎を拭きつつ眼鏡をついと上げるのは、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)だ。人々の命が、そして松茸がかかった戦い、絶対に負けられない。
「オ前達ノグラビティ・チェインヲヨコセ!」
 人の形へと姿を変え、憎悪と拒絶を捧げよと叫ぶ竜牙兵。
 そんな彼らへロストークと赤煙が言葉を投げる。
「生憎だけど、ここのメニューには憎悪も拒絶も、グラビティチェインもないんだ」
「そういう訳です。私達ケルベロスがお相手しましょう」
「ケルベロス……ククク、ヨイ獲物ガ見ツカッタワ!」
 一斉に向けられる竜牙兵の剣先。フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)は、周囲の避難が完了した事を確かめると、
「皆、よろしく」
 殺界形成で戦場を包み込み、戦闘開始を告げるのだった。

●二
「ろくな鼻も舌もない骨に食わせるきのこはないんだ。おとといおいで」
 排除の言葉と共に、ロストークが時空凍結弾を発射した。
 槍斧の穂先から放たれた一射が、後列の竜牙兵を射貫く。息を合わせて吐き出されるのはプラーミァの属性ブレスだ。竜牙兵は浸食する氷に耐え、前列の味方を星座の保護で覆う。
「BS保護……守りを固める気か!」
 スバルは最後尾の1体に狙いを付け、螺旋手裏剣を構える。
「師匠!」
「うむ。行くぞ」
 エネルギー弾を練り上げ、頷く降夜。
 二人がその腕を同時に振るい、傷ついた竜牙兵めがけて攻撃を叩き込む。
 空気を凍らせ飛んでいくスバルの螺旋氷縛波。獲物を追尾し食らいつく降夜の気咬弾。
「ウグワ……ッ!!」
 クラッシャー二人の連携による威力たるや凄まじく、早くも竜牙兵へ深手を負わせた。
 とどめを加えんと、半透明の御業を顕現させるフィーラ。それを妨害するように、前列の竜牙兵が星座のオーラを畳みかけるように飛ばす。
「凍リ付ケ、ケルベロス!」
「させるか……っ!」
 麗威は身を挺してスバルを庇い、縛霊手から散布する紙兵で負傷した味方を包む。
 なおも斬りかかろうとする竜牙兵の前衛を、ひなみくはミミックが投げる偽の宝物で翻弄させながら、爆破スイッチに指をかけた。
「どっ……かーん!!」
 景気の良いかけ声が、前衛をカラフルな煙幕で満たす。メディックたるひなみくの支援は仲間を鼓舞すると同時に、氷をキュアで解かす力をも持っているのだ。
「容赦はいたしません!」
 愚者の黄金に心を奪われた竜牙兵の隊列に、赤煙の御霊殲滅砲が飛ぶ。くす玉の如く巨大な光弾が地面にめり込むように着弾し、竜牙兵の周囲を白一色に染め上げた。
 綻びを見せ始めた敵の隊列に、アベルが『白雪』の狙いを定める。
 ミミックの先制、赤煙の中押し。となれば、ダメ押しは自分の役目だろう。
(「――俺のトコの姫さんはちと気性が荒いが、さて」)
 アベルの『白雪』が、冬のアスファルトに舞い降りた。立て続けに響く竜牙兵達の悲鳴。後に残された氷の椿を眺める間もなく、
「フィーラ」
「まかせて」
 術の完了と同時、半透明の御業が後列の敵を鷲掴みにして、その全身を粉砕した。
「ヤッテクレタナ、ケルベロスメ!!」
「殺セ! 殺セ!!」
 仲間を失い、怒りに駆られた竜牙兵が殺到してくる。付与されたパラライズと氷は、星座の守護によって殆ど解除されたらしく、勢いが衰えた様子は見られない。
 ケルベロスは怯む事無く、正面からそれを受けて立つ。
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 重力を込めた斬撃の嵐から降夜を庇い、ロストークが『Шепот звезд』を発動。命の息吹を拒絶する、極寒のルーン光を帯びた槍斧で竜牙兵の体を刺し貫く。
「ありがとう、ヴィスナー」
 ブレイクから守ってくれた感謝を送り、駆け出す降夜。ひなみくの更なるカラフル煙幕に勇気を貰いながら拳にグラビティを集中させる。守護を剥いでくれた敵には、とっておきのお返しを見舞うとしよう。
 この『曝』で。
「引き剥がす。悪いな」
 振り抜く拳が気穴を捉え、保護もろとも敵の体を吹き飛ばした。宙を舞って叩きつけられ悶絶する竜牙兵。降り注ぐ赤煙の治癒力阻害カプセルをガードし、ふらつく足で立ち上がるその眼前に、
「食らえぇぇぇ!!」
 スバルのエネルギー弾が飛来。竜牙兵は為す術なく、頭を吹き飛ばされて斃れた。
「いい感じのペースだな。皆、どんどん攻撃だ!」
 麗威の紙兵が、勝利の紙吹雪のように舞い散り、ケルベロスの身を守護していく。
 惜しみなく振る舞われる紙兵散布を浴びながら、剣を掲げたアベルがフィーラに言う。
「さぁフィーラ、チャンスだ」
「うん。焼きはらう」
 アベルの長剣が一際まぶしいオーラの輝きを放った。それは竜牙兵にとっては凍結を招く恐怖の光。だが、フィーラにとっては何より頼もしい守護の光だった。
 かざしたフィーラの掌から、ドラゴンの幻影が飛んでいく。炎を帯びた幻影は牙を剥いて竜牙兵の肩をひと噛みで食いちぎった。

●三
 ケルベロスの猛攻を受けた竜牙兵は、早くも3体にまで数を減らした。
 態勢を立て直すべく、守護星座で回復を図る竜牙兵。しかし、攻撃に優れるポジションで発動する星座の守護は、彼らの傷を塞ぐにはあまりに心許ない。
 そんな彼らとは正反対にケルベロスの攻撃は更に苛烈さを増していく。ロストークの撃つ時空凍結弾を浴びて、竜牙兵の骨が凍った白樺のように弾けた。
「師匠、お先っ!」
「分かった、任せるぞ」
 クラッシャーであるスバルと降夜の連係攻撃は凄まじいの一言に尽きた。スバルの旋刃脚が薙ぎ払われるたび、竜牙兵の体は亀裂で覆われていく。
「コノッ――」
「隙ありだ」
 反撃に出ようと剣をふりかざしたところを、降夜の気咬弾がカーブを描いて命中。直撃を受けた竜牙兵が胴から上を失い、コギトエルゴスムとなって砕け散る。
 頭数を2体まで減らし、完全に主導権を奪われた竜牙兵。そんな彼らをケルベロスは微塵の油断も見せずに追い込んでいく。
「熱いのは一瞬です、ご安心を」
 赤煙のドラゴンブレスが赤い針と化し、ロストークと麗威の背中のツボを心地よく刺激、覆い被さる氷を溶かしていく。
「さて、そろそろ決着かね」
 じわじわと体力を削った竜牙兵の隊列めがけて、テイルスイングの一閃をみまうアベル。回避を失った竜牙兵の胸に、ひなみくのホーミングアローが直撃。
「嗚呼、もう……止められない」
 膝をつく竜牙兵を狙い定めた麗威は、赤熱を帯びた雷を拳に込めて、正拳を突いた。
 断末魔の悲鳴ごと吹き飛ぶ竜牙兵。最後の1体をフィーラは半透明の御業で束縛すると、
「……みんな、チャンス」
 竜牙兵はなおも星座の守護で抵抗を試みるが、ケルベロス全員の集中攻撃など、とうてい捌ききれる火力ではない。
 全身に砲火を浴びて、あえなく仲間の後を追う竜牙兵。
 避難警報が解除され、松茸祭りが再開されたのは、それから程なくの事だった。

●四
 案内された座敷は、中庭の紅葉が一望できる席だった。
「皆、お疲れさん! ……にしても、綺麗な眺めだな」
 仕事を終えてやって来たエリオットは、庭園の木々を見て口笛を吹いた。修復も終わり、祭りが始まるとあって、すっかり上機嫌のようだ。
(「リョーシャ、喜んでくれて良かった」)
 思わずロストークは、そんな事を考える。
 もっとも上機嫌なのは自分も同じ。松茸につられて参加したのはここだけの秘密だ。
「あっ、ヒナキ! こっちこっち!」
 廊下で手を振るスバルの方へとやって来たのは、神楽・ヒナキである。集まった仲間達にぺこりと頭を下げる少女の姿は、日本人形のような可愛らしさを感じさせた。
 程なくしてホゥも合流し、座敷の火鉢に火が灯されると、寛いだ空気が座を満たす。
 そして――。
「お、秋の王様のお出ましだな」
 スタッフが配る姿焼き用の松茸が入った蓋付の箱を、アベルはそっと受け取った。
 モノの重さと大きさは、日本酒の入った小ぶりの徳利くらい――彼はそう見積もる。実は水に沈みそうなほど重く、恐らく傘は開いていない。極上の一品に違いなかった。
「わああああああタカラバコちゃん……! タカラバコちゃん凄いね……!」
 蓋を開けたひなみくはミミックを抱えてキラキラと目を輝かせた。桧葉を座布団にゴロリと鎮座する松茸は、まさしくアベルの見立て通り。
 虫食いひとつない表面は丁寧に拭き清められ、石突きを除いた付け根には十字の切込みが入れてある。焼けた後は、ここを割いて食べるのだろう。秋を凝縮したような風雅な香りは間違いなく国産のそれだ。そうそうお目にかかれない立派な松茸だった。
「これが、これがまつたけだぞタカラバコちゃん! よく目に焼き付けるんだよ……!!」
 ミミックが垂らすエクトプラズムを拭い、自分の涎も拭い、ひなみくの手が忙しく動く。
「ほらローシャ。これ」
「いい香りだね。焼いたらどんな味なのかな」
 ロストークもまた、エリオットの差し出す松茸の香りに頬を緩める。
 何かの茸に似ている、ではない。この香りは松茸にしかないものだ。そして往々にして、そうした食材との出会いは忘れがたい思い出となって心に残る。
(「たしか松茸の花言葉は――『控えめ』だったっけ」)
 およそ花言葉とは縁のない雅な芳香を楽しみながら、ロストークは密かに胸を躍らせた。友や仲間と過ごす宴の一時は、きっと最高の味わいと思い出を彼に約束することだろう。
「ふむ。そろそろ炭も温まって来たようですな」
 赤煙がそう言って焼き網を被せると、ケルベロス達は恭しく松茸へと手を伸ばす。
 さあ、楽しい宴の始まりだ。

●五
 炭が爆ぜ、焼けた松茸の香りが漂うにつれ、皆の言葉は次第に減っていく。
 やがてその身から、仄かに甘い汁がしたたり出せば食べ頃だ。薄絹を裂くような儚い音と共に、断面からぷわっと湯気が立ち上る。
 その香気には、食の細いフィーラも食欲をそそられたようだ。
「まつたけ、はじめて食べるから、すごくたのしみ」
 小さく声を弾ませるフィーラに、アベルは微笑んだ。
「ああ……こいつは旨そうだ。フィーラ、シェアするか?」
「うん……する」
 漆塗りの椀によそったご飯を受け取り、こくりと頷くフィーラ。炊いた米の隙間から頭を出した松茸は、小ぶりだが分厚く香りも豊か。姿焼きとはまた異なった趣がある。
 姿焼きの匂いがいよいよ濃く漂うと、ひなみくは辛抱できないと言った表情で、
「よし、これだけ焼けば大丈夫だよね! いっただきまーす!」
「では……いただきます」
 ひなみくが、降夜が、姿焼きを丁寧に割いて、熱々の欠片を口へと運ぶ。
 香りを存分に堪能しつつ、醤油を垂らして一口。
 柚子を絞って一口、塩をつけ、また一口――。
「……熱い!!! 流石焼きたて!! 美味しい!!」
「うむ。目が覚めるような香りだ」
「たいへん美味です。ご馳走を皆で食べるのも良いものですな」
 噛みしめるように松茸の味を堪能する降夜。隣では赤煙が土瓶蒸しに舌鼓を打っている。散らしたミツバの下では、熱い出汁の旨みを吸った松茸が肉厚のハモと一緒に、自分達へ伸びてくる箸を今か今かと待っている。
「さて……もう良い頃ですか」
 麗威が火鉢の灰から取り出したのは、和紙に包んだ松茸の蒸し焼き。軽く灰を払い、湯気と共に現れた松茸の凝縮された風味を、紅葉の眺めと共に堪能する。
「たまには、こうした羽休めも良いものですね」
「実に。季節が巡れど、戦いは終わらず……焦らず、一つひとつこなしていきましょう」
 紅葉舞い散る秋の終わりを眺め、美味しい料理で仲間と談笑し、宴の席にゆったりとした時間が流れる。
「あっフィーラちゃん! へーい彼女ー姿焼き食べてかない?」
「ありがとう。じゃあフィーラのも、どうぞ」
 フィーラは松茸の天ぷらと交換した姿焼きを、ついばむように口へ運んだ。
 キラキラ輝くフィーラの目。揚げて、蒸して、焼いて……料理次第で、松茸は全く違う顔を見せてくれる。
「……おいしい」
「良かったな。俺の料理もまだあるから、遠慮すんなよ」
 吸い物の香りを楽しみながらアベルはニコリと笑った。
「うん……!」
 フィーラは彼とシェアした皿を、蜜柑の房をひとつひとつ食べるように、大事に味わう。そんな彼女を見ていると、アベルもまた満たされた思いになる。
「中々の収穫だったな。天ぷら、茶碗蒸し、すき焼き、それから……」
 集めたレパートリーを指折り数えるアベル。色々と応用が利きそうな料理が多いのは収穫だった。今度機会があれば是非腕を振るうとしよう。
「いただきまーす! 美味しそう!」
 いっぽうスバルは先程から、汗をかきつつ土瓶蒸しを頬張っていた。
 そんな彼の隣で、ご飯をもくもく食べるヒナキ。刻み菜と混ざった松茸はちょうど白菜の茎くらいの厚さに切ってある。香りもさることながら、歯応えも実に良い。うまいうまいと箸を進めるスバルの笑顔を見れば、その味わいも一入だ。
「スバルは相変わらず花より団子というか……食欲旺盛ですね」
「ごちそうさま! ……んー、いつも食べてるキノコの方が好きかも?」
 体を動かしたせいもあり、空腹だったのだろう。
 猪口に注いだ出し汁を飲み干すと、スバルはそう言ってヒナキをチラリと見た。
「ほら、この前ヒナキが作ってくれたやつ、あれ美味しかったからまた食べたいな」
「煮物、ですか? それは、嬉しいですけど」
 まんざらでもない表情で箸を置くヒナキ。
 食後のお茶でも注ごうかと思っていると、スバルが横から耳打ちする。
「ヒナキ。ちょっといいか? 紹介したい人がいるんだ」
「紹介……ですか?」
「うん。師匠ー!」
 スバルはヒナキを連れて、降夜の席へと挨拶に行く。
「師匠、こっちがヒナキ……で、ヒナキ、この人が師匠。超強いんだよ!」
「神楽です。いつもスバルがお世話になってます」
「こちらこそ初めまして。日月だ、よろしくな」
 降夜にとって、スバルは弟子というより弟分に近い存在。その彼がヒナキを紹介する姿はまるで息子が相手を紹介するような光景に見え、感慨深さと共に微笑が浮かぶ。
 隣のロストークはと言うと、えびす顔で焼き松茸を噛みしめるエリオットへ、
「ね、分け合いっこしないかい?」
 土瓶蒸しとのシェアを申し出た。
「いいねぇ」
 快諾し、裂いた焼き松茸を差し出すエリオット。ロストークもまた、熱々の松茸とハモを器によそい、すだちと一緒に渡す。少し濃い目の出し汁に酸味のアクセントが心地よい。
「これは、いいね……」
 姿焼きの味に、ロストークはしばし言葉を失った。ほんの少し顎に力を入れると滲み出てくる汁には優しい甘さがあり、それが茸の香りを何倍も鮮烈にする。
 興味もなさそうに目を細め、襟巻のように丸くなるプラーミァに微笑を送り、紅葉の散る庭を眺めるロストーク。そこには祭りを楽しむ人々の笑顔が、彼らの守った平和があった。
「ご馳走様でした」
 今年の秋もじきに終わり、暫くすれば街は冬の装いに包まれるだろう。
 そこで自分達を待つのはきっと、新しい敵だ。
(「いつか戦いが終わって、この平穏が世界中に来ますように」)
 秋の最後の一時を、ロストークと仲間達は心ゆくまで楽しむのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。