その刃が奪うもの

作者:ヒサ

 人気のない夜の公園、街灯に照らされたベンチの一つ。
「お弁当良し、お箸良し、お茶良し、手は拭いた綺麗! よし、いただきま──」
 膝の上でまだ温かい弁当の蓋を外そうとした牧野・友枝(抗いの拳・e56541)はしかし、半ばで動きを止めた。
「誰?」
 平和な街の静けさに似つかわしくない異質を感じ取り、光の届かぬ闇へと目を凝らす。弁当を膝から下ろし他の荷物と纏めて座面へ預けて彼女自身は腰を上げ、見据えた闇へ一歩。
「判るか。流石だな、『ケルベロス』」
「……ッ!!」
 応える声。彼女の目が瞠られて、拳がきつく握られる。嘲るに似た不快な声と共に姿を見せたのは、剣を携えた竜牙兵。少女の眉が逆立って、青い瞳に憎悪が燃える。
「アンタ……」
「さあ、収穫の時だ。そのグラビティ・チェイン、頂いて行く」
「ふ……ッざけんな!」
 強い怒りが彼女を焦がす。握り締めた拳が痛む。声が熱を上げて、上手く吐き出せない。
「やっと……、やっと、会えた。アンタは私が殺す! 絶対──殺してやるから!」
 感情が荒れ狂う。御しきれぬほどの波の中、それでもこれだけはと、殺意を言葉に成形して叩きつけた。
(「今度は私が何とかする。絶対、コイツを……この手で!」)

「友枝さんを助けて欲しい」
 彼女の身に危険が迫っているのだと、篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は言った。
 アルバイトを終えての帰り道、友枝にとっては馴染んだ行動、日常のひとときだった筈。時間も場所も判っていて、なのにそれは一体の竜牙兵の介入により、常人ではどうにも出来ない事態となってしまった──ケルベロス達の力が要る。
「現場周りには、彼女達以外には誰も居ない。敵は二本の剣を使って戦うみたい。ただ、短剣には特に気を付けて。それで幻術を扱うようなの」
 相手は、心を揺さぶる幻惑の使い手。彼女の心が蝕まれてしまわぬうちに、皆の手で救い出して欲しいのだと、仁那は依頼した。


参加者
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
アンナ・トーデストリープ(煌剣の門・e24510)
ユリス・ミルククォーツ(蛍火追い・e37164)
犬神・巴(恋愛脳筋お嬢・e41405)
刈安・透希(透音を歌う黒金・e44595)
リアナ・ディミニ(独りじゃない・e44765)
牧野・友枝(抗いの拳・e56541)
不動峰・くくる(零の極地・e58420)

■リプレイ


「あの時私を殺さなかった事を悔いて死ねッ!!」
 心のままに──言葉と共に。殺意は形を得、闘気が弾と牙を剥く。短剣をかざし身を翻す竜牙兵を追って喰らう気弾に、骨の顔がかたりと笑う。
「なかなかやる」
 敵が携えた短剣の刃そのものが輝く如く、きらめきが生ず。呪いは、記憶の中にこそ。抉るように悪辣な術が、彼女の思い出を揺さぶり弄ばんとする。
「──……っ!」
 褪せなどしない、脳裏に蘇る惨劇の記憶。朱に染まる家、届かなかった手、失われ行く体温、愛しい声が苦痛にひび割れる様まで。
(「忘れた事なんて……だから、私は……っ」)
 再び目の前に繰り返されたかのように、その画は鮮やかに。痛むのが心か体かなんて牧野・友枝(抗いの拳・e56541)にはもう判らない。
 ただ、アレを殺すだけ。あの命で以て、贖わせなくてはならないと、あの日目覚めた力が、それを扱う為に研がれた器が、叫ぶ。
「砕けろ──!」
 地を蹴った。敵の胴を成す骨を打つべく放った拳は、けれど腕に受け流され。だがまだだと彼女は着地より早くに軌道を修正し敵の懐へ、
「待ってください」
 ──突っ込むその寸前。友枝の体は眼前に割り込んだ小さな影に後方へ押され。
「っ、ユリ──」
 存外強いその力と勢いによろめきながらも目を瞠った彼女の足を、黒い流動体が一部を鞭めいてしならせ払った。広がる黒は彼女を柔らかく受け止め、絡め取り、視界に映り込んだ人物を案じるあまりに無謀を為すより早く、引き戻す。
「うふふ、逸らないの。怪我しちゃうわよ?」
 彼女を背後に庇う形になったところでようやく、アンナ・トーデストリープ(煌剣の門・e24510)は彼女を解放し、御する流体を己が鎧の裡へと引っ込めた。
 その間に。友枝が居た場所に入ったユリス・ミルククォーツ(蛍火追い・e37164)は、敵が薙いだ刃による斬撃を受けていた。
「よくもユリスを──!」
 開かれ血を噴く小さな体に義姉は、過ぎる怒りに引き攣れた声を発す。家族を案じてのそれは、けれどそれ以上に、元凶への憎悪に染め抜かれていた。ゆえに、普段の友枝を知る者達は今の彼女のただならぬ様子に表情を引き締める。
「こんなの、痛くない!」
 だからユリスは声を張った。その瞬間を見てこそ居なくとも、彼女の痛みを、ゆえの願いを、知っているからこそ、自分が揺らがず居なくてはと。
「友枝、敵の言葉を聞くな。敵の挑発に乗るな」
 敵の追撃をやり過ごし、仲間と共に布陣しながら、少年は姉の為に微笑んだ。
「お姉ちゃんは仲間の声だけ聴いててください。敵に悲鳴をあげさせるお手伝いをしに来ました」
「友枝殿、今こそ拙者は約束を果たす時でござろう?」
 彼の言葉に不動峰・くくる(零の極地・e58420)も頷いた。両の籠手を合わせ、誓いを遂げる為の力を紡ぐ。
「牧野さん。あなたを苛む災いは、私達が祓います」
「マキのん、私達が一緒に参ります。あなたと共に、往かせてください」
 リアナ・ディミニ(独りじゃない・e44765)が放った治癒の気が、友枝を包む。彼女の心に掛かる負荷、術によるいびつなそれが、和らいだ。
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が彼女の傍へ。敵を屠る暴威となる道とて、一人きりではと。
 それらを受け、友枝が詰めていた息を吐く。過剰な緊張が、正しく緩んだ。
「アイツは私の家族の仇なんだ」
 そうして彼女は、駆けつけた者達へ目を向ける。
「お願い、アイツを倒す為に力を貸して」
 アイツだけは、必ず。そう誓いを口にする彼女は、皆の知る強くまばゆい姿。
「勿論ですとも」
 その為にこそ来たのだと、犬神・巴(恋愛脳筋お嬢・e41405)が目を細めた。同じく刈安・透希(透音を歌う黒金・e44595)は拳を握る。
「護るため、奪わせないため……供を務めさせて貰う」
 頼る言葉を口にしてくれた彼女のために、出来る事を。そう、敵へと向かう七名へ、友枝は感謝を込めて微笑んだ。


 紙兵と星辰の護りが展開する。多数で来るならばとばかり敵の長剣が冷気を紡いで白む。氷刃含むそれに自ら身を晒したアンナが友枝を護った。
「うふふ、トドメは友枝、お願いね。……男の骨では楽しめないわ」
 趣味の交じった、けれど仲間への友愛を囁いて、鎧纏う騎士は敵を睨む。
「グランツリッターが一騎『煌剣の門』は、貴様を阻む障害となりましょう」
「大人しゅうなさってくださいませ!」
 鎧の陰から射手達が切り込む。巴が放った蹴りが敵を地へと圧し、死角を舞ったくくるの追撃を誘う。
「氷結粉砕機構稼働──無限氷結の一撃、受けるでござる」
 彼女の左籠手が唸り、透明な刃が生まれた。敵を穿つそれを追ったのは防御崩す星の魔力。軽やかに舞った透希が蹴り放った呪は続く二人のための布石。友枝が撃った気弾が深々と標的へ突き刺さり、ミリムが振るった剣が白炎の尾を引き骨の体を薙いだ。
 害し行く音が夜に響く中。同時に、ぶつかり合い軋む音もまた、聞く者達の耳を塞ぐ。欠けた膚ゆえも、凍える傷ゆえも、抗う敵の斬撃ゆえもあり。アレを木偶と成すには細工が未だ不足。ではあるが、真っ向から砕けとばかりに彼女達は駆け抜ける。誰かが倒れたりしなければそれで良いと圧し砕く。ならばそれを支えんとリアナは彼女らに寄り添う歌を奏でる。皆の様子を見てユリスは、彼女の癒しを補うべく治癒の気を練った。
 そう、想い合い、息を合わせるケルベロス達を見。
「──大切なものを喪う痛みを」
 くつり、敵が嗤う。眼球を持たぬ目が友枝を見──刃を振るう。弟が姉を庇い、姉が弟を案じる声をあげ、少年は炎の夢を見る。喪失の痛みを繰り返し。質量持つ如く色濃い幻惑は、それをこそ目論み響く敵の術ゆえの。
「負け、ない。……ぼくは未だ、生きてる」
 痛めども、姉の為にと耐え忍ぶ。かつて彼女がしてくれたように、己も彼女の為にと彼は。弟の強さを目にして姉もまた、口を引き結び前を見る。
 だが、敵は。彼女の家族を、友を、贄にと狙う。くくるが重ねた雷術にその手を止められる事こそあれど、振るう剣は、ケルベロス達の攻撃を凌ぐ体は、容易くは鈍らぬまま。
「────っ」
 そう刻を重ね。ある時、術を浴びたくくるが息を呑んだ。目を瞠り、喉を押さえるよう手を遣る様は、痛みに呼吸を忘れたかのようにも。案じたリアナの眼差しが憂いに曇る。
「もう暫し耐えてください。すぐに治癒を」
 苦痛を慮りヒールを用いながら、けれど、憧れとも羨みともつかぬ気持ちもごく淡く。
(「不謹慎とは承知ですが、私の過去は……空っぽですから」)
 確かな過去の存在を示すものは、たとえ痛みであっても己が寄る辺となり得るだろう。
「過ぎた事、です……っ、今は、マキのんの敵を殺すのが、最優先ですから……!」
 己を蝕む苦痛に顔を歪めながらも、意志の力で耐えんとするミリムのように。彼女はがむしゃらに剣を振るう。荒い攻撃は、それでも道を拓く助けとなる。
 強く抗う者達に励まされた如く、巴は知らず握り締めていた手を緩めた。銃弾の形をしたペンダントトップが道着の胸元に揺れる。
(「必ずや」)
 誰も喪わせなどしないと、武術家の身が爆ぜ駆ける。前を往く者達に護られて、機をはかる余裕は十分。仲間を狙う敵の剣担う腕を、懐へ潜る如く捌き、隙を作り出す。地面へ獲物の身を引く彼女の頭上から、反撃の剣戟が重く打ち込まれ、その隙に彼女は離脱を。
「うふふ、可愛い女の子を苛める輩を楽には死なせてあげられないわ」
 粉砕でもぬるかろうか、などと笑う鎧騎士の星剣が不穏に瞬く。大振りなアンナの攻撃とて既に届き得るほどには、敵は傷を、呪詛を、その骨身に刻まれていた。透希の拳撃が敵の勢いを削いで、ユリスが注意深く皆の疲弊と負傷を確かめて。皆で一つ一つを着実に重ねて行ったが為に、ケルベロス達は続く戦いに疲れこそ自覚してはいたけれど、未だ誰もが動くに支障など無く。
 誰か一人でも、倒れれば友枝は胸を痛めるだろう。己が事のように嘆くのだろう。そう、彼女を優しい人にしたのはきっとかつて傍に居た家族で、ともすれば揺らぎかねぬ危うさを疵と印したのは眼前の敵だ。
(「深く知らずとも判るほど……だからこそ、退けません」)
 なればこそ、全力で。繋いで、紡いで、決して揺らがず。冬の空を戦意で以て熱す。意志は言葉を成し耳を打ち肉体の在り方をも正す。閉じた門は仲間を護る為にこそ堅牢に刃を弾く。星魔の力は輝き散らし敵の目をも眩ませて、蹴り穿つ足技への防御など許さずに。闇色の剣は神速の連撃で以て緋華を刻み、組まれた両の手が成す巨杭が標的の骨を砕く。
 祭壇抱く細い手が翻り、糸を紡ぐ。きらり、淡い光を弾く弦は獲物捕らえる檻の如く。
 逃がしはしない。何故なら彼女の願いだから。想いは、この場の誰もが同じで。
「ユリス、手を貸して! 全力ぶち込んでやる!」
「はい。痛みも苦しみも、全部乗せて叩き返してあげましょう」
 籠手纏う拳を、友枝が握る。合わせてユリスは、終わりを謳う闘気をその手に集め続いた。揃いのリボンが、跳ねる兎の耳のよう。
「これ以上──」
 微かな足場をされど正しく踏み奏で宙駆ける。身に回る痺れゆえに敵が逸した機を奪う。
「──大切なヤツを奪られて堪るかああああッ!!」
 高温に盛る炎のような。絶対的な死のような。蒼く白く燃える拳撃が二つ。
 その拳が砕くものは、ただ敵の身のみならず。
 痛みも嘆きも傷痕も、温め浄め弔う如く。


 塵も残さず敵の骸が消え、静寂が戻り。友枝は虚脱したかのよう、その場に膝をついた。
「…………私……」
 唇が零した小さな声は、うって変わって弱々しく。
「お父さんの代わりに何とかしたよ。お母さんも、みんなも……。仇、お姉ちゃんが取ったからさ……」
 今、天を仰ぐには、彼女の傷は深過ぎた。肉体では無く、記憶のそれが。遂げた証たる体の疲労に引き摺られるかのよう俯く彼女は、けれどそれでも確かに『姉』で居た。
 頭を撫でてくれる大きな手はもう喪われてしまった。だがユリスの小さな手が、そっと彼女の背中を撫でていた。連なる血の代わりに傷と絆で繋がれた、けれど同じようにかけがえのない家族が、静かに彼女にへ寄り添った。
「もう……誰も、何も。亡くす事は無いよ」
 自らの力で抗い乗り越えて、取り戻し得ぬ者達のために嘆く友を想い、リアナが囁いた。
 今の彼女にはきっと、家族のための時間が必要だ。だから彼女達は多くを語らずただ傍に。祈る如く目を伏せたアンナは、涙に濡れる声を背に聞いた。透希が音を殺して周辺を修復に動くのを巴やくくるが手伝った。その中で友枝の荷物が無事である事が判り、ミリムがほっと笑んだ。

「ごめん。皆、ありがと」
 やがて。涙が涸れた如く掠れた声が、けれど柔らかく、この場の者達の為に紡がれた。赤い目で、それでも微笑む彼女を見、各々に安堵が灯る。
「良かった、友枝」
「は──、っ、ああいえ、失礼致しました」
 短くいたわりを告げる透希の『ともえ』に反応した巴が顔を上げ掛け、気付いて赤面し首を振る。呼ばれる為の名前と、それを口にする仲間と──ささやかな混線を許されるような穏やかな時間。得難く尊いもの達をケルベロス達は、己が力で守り抜いた。柔らかな空気が広がって、噛み締める喜びが今一度感嘆を零す。
「マキのん、お弁当は無事だったよ。お茶と一緒に冷めちゃってたけど……」
「あ、ありがとミリっち。脂固まっちゃうんだよねー……レンジ掛けたいなあ」
 弁当屋のロゴが印刷されたビニール袋が友枝の片手に提げられる。逆の手は、ユリスと結ばれていた。
 であれば家で、と言ったのは誰だったか。皆一緒に、と当たり前のように促したのは。
 家族と客人の為の温かくて大きな家が、友枝達の帰りを待っているのだと。
「みんなの家ですよ」
「明日の為に、今日はもう休まなくてはね」
 穏やかに笑い合って、ケルベロス達は家路につく。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 5/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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