氷と焔の円舞曲

作者:朱乃天

 真冬の夜を彩るイルミネーションの、光に煌めくスケートリンク。
 ここは横浜市みなとみらい。煉瓦造りの建造物が並ぶ一画に、特設されたスケート場。
 連日、多くの家族連れやカップル達で賑わいを見せていて、楽しそうに燥ぐ人々の声が木霊する。
 まだ滑ることに慣れない小さな子供が、つるんと転んで尻餅つくと。隣で子供の父親が、優しく微笑みながら手を差し伸べて。片や若いカップル達は一緒に手を取り合い、仲睦まじそうに二人だけの時間を満喫中だ。
 触れ合う心の温もりに、吹き抜ける冬の夜風の冷たさも、却って心地が好いとさえ。
 大切な人と過ごす平和な時間が流れゆく、しかしそんなささやかな日常すらも打ち砕く、災厄の種が空から突然降りかかる。
 ――飛来してきたそれは巨大な牙だった。
 三つの牙が地面に突き刺さり、鎧兜を纏った竜牙兵に姿を変えて、憩いの時を過ごす人々に向けて剣を抜く。
「グラビティ・チェインを、ワレらにヨコセ」
「オマエたちがムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマへのカテとナルのだ」
 場の様相は一変し、人々は恐怖に怯えて慄いて、会場中から一斉に悲鳴が響き渡る。
 その光景を竜牙兵達は嘲笑い、狩りを愉しむように逃げ惑う人々を斬りつけていく。
 残忍極まりない、無慈悲な殺戮劇に多くの罪なき命が刈り取られ――スケートリンクは血で真っ赤に染まり、物言わぬ肉片と化した人々が無残な姿で横たわっていた――。

「クリスマスが近くなっても竜牙兵はお構いなしね。よもや嫉妬しているわけでもないんでしょうけれど」
 竜牙兵にとってはこちらの都合なんて知ったことではないのだろう。
 この事態を危惧していた鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は、半ば呆れたように軽く溜め息吐いた後、こうなった以上はやるしかないと気を引き締める。
 彼女の言葉に玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)も同意するかのように頷きながら、今回の事件に関する説明に入る。
「竜牙兵達はみなとみならいの赤レンガ倉庫がある手前辺りに落下して、来場している人達に襲い掛かるんだ。そこでキミ達は、現場に急行して敵の凶行を食い止めてほしいんだ」
 もし竜牙兵が出現する前に避難勧告を出してしまうと、相手は出現場所を変えてしまう。
 従って、出現直後のタイミングを見計らって突撃し、そのまま戦闘行為に持ち込むことが必要だ。
 そうすれば竜牙兵はケルベロスの排除を最優先して動くので、一般人の避難は警察などに任せて戦闘だけに専念すれば問題ない。
「今回戦う竜牙兵は全部で三体で、何れもゾディアックソードを装備しているよ」
 竜牙兵は戦闘が始まれば、ケルベロスを倒すことにのみ注力し、不利になっても撤退することなく最後まで戦い続ける覚悟のようである。
 クリスマスムードに包まれつつある街並みを、幸せな日々を送る人達を、その血で穢さぬように敵の野望を阻止してほしい。シュリはそれだけ伝え終えると、ふと思いついたようにケルベロス達に呼びかける。
「折角だからキミ達も、無事に終わったらスケートを楽しんでいったらどうかな?」
 クリスマス仕様に装飾された会場の、光り輝く並木道を通り抜けた先の広場では、大きな樅の木のクリスマスツリーが待っている。更に当日は、特別に仕掛け花火が用意されているらしく。打ち上げられて夜空に咲いた焔の花が、雰囲気を一層盛り上げてくれそうだ。
 眩いばかりのイルミネーションが色鮮やかに映える世界。
 スケートリンクの氷に華やぐ光が降り注ぐ、幻想的な景色の中で華麗に舞えば、まるで妖精になったような気分に浸れることもできるだろう。
「こうした日を大切な人と一緒に過ごせたら、良い思い出にもなりそうですね」
 遍く星と花火とイルミネーションと。数多の光が織り成すロマンチックな世界を想像し、マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)が想いを馳せる。
 この日集った多くの人達に、祝福がどうか舞い降りますように――。


参加者
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
輝島・華(夢見花・e11960)
エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)

■リプレイ


 イルミネーションの眩い光に誘われて、多くの人で賑わう街はクリスマスムード一色で。幸福感に満ちた空気がクリスマス会場を包み込む。
 しかしそうしたお祭りムードに引き寄せられたのか、招かれざる客たる三つの牙が、突然空から降り落ちる。
 聖なる夜の幸せを破る災厄――三体の竜牙兵が星辰の力を宿した剣を振り翳し、人々の命を刈り取ろうとしたその時だった――。
 満天の星が煌めく夜空から、零れる星の欠片が閃を引く――否、それは星ではなくて、ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)の流星の如き飛び蹴りだ。
「そう思い通りにはさせないよ!」
 重力を載せたヴィヴィアンの蹴りが炸裂し、竜牙兵は一旦動きを止めて襲撃者を警戒し始める。
「クリスマスは白と光で彩るのが相場ってもんですよ。赤はサンタクロースとか赤面したカップルで充分です!!」
 朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)は妙に高揚したテンションで、まるでやり場のない怒りをぶつけるように、巨大な鎌を骨の尖兵目掛けて投げ飛ばす。
 勢いつけて投げた環の鎌が、高速回転しながら竜牙兵を斬りつける。そこへ今度は鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)が回り込み、全方位への意識を顕現化させた気を発し、音速の拳を竜牙兵に叩き込む。
「この時期お空からやって来て良いのは、沢山のプレゼントを背負ったサンタさんに限るのよ、なんてね」
 竜牙兵を吹き飛ばし、不敵に微笑みウインクする纏。だがそんな余裕を見せられるのも束の間で、竜牙兵の一体がすぐさま彼女に襲い掛かった。
 振り下ろされる星の刃の斬撃を、ベリザリオ・ヴァルターハイム(愛執の炎・e15705)が竜の翼を翻して翔けながら、縛霊手を盾代わりにして弾いて防ぐ。
「ここは私達ケルベロスに任せて、警察の誘導に従って避難しろ。怪我人や老人、子供に手を貸して一緒に逃げてくれ!」
 ベリザリオが周囲の一般人に避難を呼び掛けながら、脚に力を溜めて身体を捻り、竜の鉤爪の如く鋭い蹴りで骨の尖兵達を薙ぎ払う。
「後のことは大丈夫、おねーさん達に任せといてっ♪」
 恐れ慄く人々を落ち着かせるように、七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)の凛と透き通った声が優しく響く。
 そして竜牙兵に相対し、さくらが手にした銀枝の杖を掲げると。紅水晶の蕾が雷光纏い、弾ける火花が桜花の如く華麗に舞って、奔る紫電が一直線に敵を射る。
「人々の賑わい、平穏、幸福を。あなたたちに穢させるわけにはいきません」
 イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)が険しい顔付きで、冷たく冴えた空気を宿した蒼き残滓を武装化させて、牙の如くに竜牙兵の四肢に喰らいつく。
「こんなに綺麗な景色、楽しむ人が居ないのは寂しいですから。頼もしい皆さんと、幸せな時間を取り戻しますよ」
 イルミネーションで煌めく景色を視界に入れながら、エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)が妖の力を宿した扇を揮って仲間を鼓舞し、破邪の力を付与させる。
「ここに集う人々の幸せも建物も、竜牙兵達に壊させはしません!」
 輝島・華(夢見花・e11960)は決意を込めるように鎖を強く握り締め、地面に広げて描く魔方陣から光が溢れ、仲間に加護の力を齎していく。
 クリスマスを過ごす人の幸せを、その営みをデウスエクス如きに邪魔させはしない。
 聖なる光が灯す特別な夜。ケルベロス達と竜牙兵の戦いが、今ここに火蓋を切って繰り広げられるのだった――。


「グギギッ……メザワリなケルベロスドモ! マズはキサマらからコロしてヤロウ!」
 一般人の虐殺を妨害されて、竜牙兵はケルベロス達に敵意の目を向ける。
 構えた剣が星座のオーラを纏って、振り抜く刃は獅子の形を成して番犬達に飛び掛かる。
 竜牙兵の放った凍えるような斬撃が、ケルベロス達を震え上がらせ体躯を刻む。しかし回復役のさくらが、すかさず癒しの力を行使する。
「わたし1人では無理でも、“わたし達”ならきっと大丈夫……広がれ、星翼!」
 星の光がきらりと闇を照らして降り注ぐ。さくらが白黒斑の翼を広げると、溢れるオーラが仲間を包み、優しい光が傷を瞬く間に治療する。
「今度はこっちの番ですね。やられた分はお返しです!」
 環が腕に装着させた鉄杭に、雪さえ退く凍気を纏わせ打ち込む一撃は、竜牙兵の脾腹を貫き抉り、廻る冷気が敵の身体を蝕んでいく。
「この美しくも素敵なクリスマスの情景を、貴様らなどに汚されてなるものか!」
 ベリザリオが口から地獄の紫炎を吐き散らし、声を張り上げながら拳を叩きつけ、その威力の凄まじさに竜牙兵の鎧までもが粉砕されてしまう。
「イルヴァちゃん。ちょっとわたしの気紛れに付き合って頂戴」
「ええ……。この『冬』は、あなたの戦いに寄り添いましょう」
 纏とイルヴァが互いに目配せ交わし、敵に反撃の隙を与えるまいと、息を合わせて同時に動く。
 背中を預けられる大切な友が傍にいてくれるから、と。イルヴァが聖なる棍に思いを込めて念じると、棒が真っ直ぐ伸びて敵を捉え、深雪のように真白に耀く先端で、竜牙兵の腹を突き上げる。
 次いで纏が、翠雨宿らす艶めく棍を、空に祈りを捧げるように振り被り。雷鳴轟くような高火力の一撃を、竜牙兵の脳天目掛けて打ち下ろす。
「私も援護します!」
 後方からは、マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)が二丁のライフル銃を乱射させ、相手を攪乱させて援護射撃する。
「全ての運命を壊しましょう。この手で未来を掴み取る為に――」
 戦場の張り詰めた空気の中に、エレオスが清廉なる声を響かせながら、魔力を込めた歌を高らかに歌う。
 絶望が定められていた未来。しかしその運命を希望の色に塗り替えるべく、エレオスの澄んだ綺麗な声色が、竜牙兵の刃を錆付かせて劣化させていく。
「――さあ、よく狙って。逃がしませんの!」
 華が掌に魔力を注ぎ込み、色とりどりの花弁を作り出す。生成された花弁の群れは、華の差し出す手から風に乗って舞い、大きな渦を巻き、刃の嵐となって竜牙兵を斬り刻む。
「さあご覧あれ、今宵のショーはとっておき。夢とロマンのファンタジー」
 消耗著しい手負いの骸骨兵に最期の餞を。ヴィヴィアンがイルミネーションの光に照らされながら、披露するのは一夜限りの華麗なショータイム。
 心弾むような明るくポップな行進曲に乗り、地面を滑るようにエアシューズを走らせる。すると描く軌道から、キラキラ輝く星が光と共に飛び交って、竜牙兵の心を釘付けにする。
「――奇跡をあなたに、届けましょう」
 華やかに魅せる色鮮やかなる幻影は、敵の魂までもを虜にし――ショーが終わると同時に光が消えて、竜牙兵の命の炎も潰えてその場に崩れ落ちてしまう。

 ケルベロス達は最初の一体目を難なく撃破。この勢いで残りの二体も倒すべく、手数を重ねて更に苛烈に攻め立てる。
「私が爪弾く苦痛に悶えろ――」
 ベリザリオの心の裡に燻る怨嗟の炎が、呼気と一緒に彼の口から溢れ出る。そして大きく息を吸い込み、咆哮するかのように紫炎を噴射。猛る地獄の炎は熱く烈しく竜牙兵を灼き払い、全身が爛れるような苦痛に竜牙兵は身悶える。
「グハァッ!? オ……オノレ、ケルベロス! コレでもクラえッ!!」
 蹌踉めきながらも必死に堪える竜牙兵。戦況的に不利でも抗うことしか彼らに生きる術はない。玉砕覚悟で突撃し、星の魔力を宿した剣が光り輝くと、竜牙兵は渾身の力で超重力の斬撃を放つ。
「そうはさせません!」
 その直後、環が咄嗟に割り込み、闘気を纏った身体で竜牙兵の刃を受け止める。だが完全には防ぎ切れず、圧し掛かる痛みに環は顔を歪めながら耐え凌ぐ。
「……このくらい何ともありません。ここからは、気合い入れていきますよ!」
 闘気を癒しの気に変換させて、自らの体内に衝撃を送り込んで傷を吹き飛ばす。
 己を奮い立たせるように負傷を治し、環は身構えながら竜牙兵を眼光鋭く睨め付ける。
「さあて。人の恋路を邪魔するような無粋な連中は、とっとと退場してもらおうかしら」
 さくらがオラトリオの力で魔力を集めて圧縮させる。そうして精製された弾丸は、時間を凍結させる力を宿し、竜牙兵に向けて撃ち放つ。
「忌まわしき邪悪な尖兵共よ。その身を以て、聖なる力に打ち震えなさい」
 歌を紡ぎ続けるエレオスが、音を一層高く上げ、奏でる調べは奇蹟を願う禁忌の呪歌だ。その荘厳なる外典の福音は、竜牙兵を見えない力で縛り付け、畏れを心に抱かせ刻み込む。
「ブルーム、行きますよ!」
 華が花咲く箒のライドキャリバーに跨って、疾走しながら炎を帯びて竜牙兵に猛突進。
 衝撃で撥ね飛ばしたところに、ふわふわした毛並みの箱竜・エアリーが、もう一体の竜牙兵に体当たり。更にヴィヴィアンが全速力で駆けながら、オウガメタルのルーチェを纏って鋼鉄化した拳を捻じ込んだ。
「このまま一気に仕留めるよ!」
 二体の竜牙兵が倒れ込む、この好機を逃しはしないと、ヴィヴィアンの声を合図に、纏とイルヴァが止めを刺すべく勝負を賭ける。
「――見惚れて一瞬、刹那の痛み。首を洗って待ってなさい」
 さぁさお手を拝借と、纏が手拍子しながらリズムを刻む。
 とんとんととんとステップ踏んで、たんたんたたんとクラップ鳴らし。音と音とが重なり合い、唇に紅を一塗り粧い薄ら笑えば、拍子の音が大きく爆ぜて――七八九で、ゴトリと骸が転がり落ちた。
「――討ち果たすは闇をこそ。凍て尽くすは影をこそ」
 淡い水色のポニーテールを靡かせながら、イルヴァが音を立てずに距離を詰め、竜牙兵の胸を指先でなぞるように静かに触れる。
「亡空の落涙、朔夜の蒼刃。疾く奔り、鋭く穿て!」
 死点に宛がう指が瞬時に氷の刃を生み出して。冬の夜空を駆けるが如く、刃が蒼く烈しく煌めき放ち、竜牙兵の心窩を貫き穿つ。
 そして凍える痛みを伴いながら、竜牙兵は硝子細工のように砕け散り――その痕跡を露も残すことなく、この戦いに終止符を打ったのだ。


 戦闘を無事に終え、損傷個所をヒールで修復させて、更に幻想的になったクリスマス会場で、ケルベロス達はそれぞれのひと時を過ごすのだった。
 イルミネーションの明かりは環にとって余りに眩しくて。折角のクリスマスなのに今年も一人なんだと、途方に暮れていると不意に話しかけてくる声がする。
「良かったら、私と一緒に見て回りませんか?」
 マリステラが誘うのは、華やかな屋台が並ぶクリスマスマーケット。
 どうせ過ごすなら、誰かと一緒の方が寂しくないに決まってる。環は嬉しそうに頷いて、マリステラと屋台巡りに繰り出した。
 そこでは本場のドイツ料理が味わえて、中でもお薦めなのは肉料理のシュニッツェル。
 二人は飲食スペースに腰を下ろし、空を彩る花火と料理を満喫していった。

 寒空の下で煌めく光に、行き交う人の笑顔が眩く映る。
 平穏な時間が取り戻せたと、目を細めるヴェルトゥの耳に届いてきたのは、嬉しそうに弾んだ友の声だった。
「ヴェル、とっても綺麗ですね……!」
 お伽話の世界のようなクリスマス会場の光景に、エレオスが子供みたいに燥いで目を輝かせ、自然と手を伸ばして繋ぎ合う。
 それならもっと近くに見に行こうかと。繋いだその手は引かれるが侭、二人が向かった先には大きなクリスマスツリーが待っていた。
 ツリーの前で足を止め、佇むように眺めていると、打ち上げられた焔の華がツリーの頭の上と重なって。
 ヴェルトゥの夜を溶かした紺色の髪が、冬の澄んだ空気によく映えて。光を浴びて輝くその美しさにエレオスは、無邪気に微笑み浮かべて彼から伝わる肌の温もりに寄り添った。
 共に歩む世界は色鮮やかに。今までも、そしてこれからも。繋いだ手と手に願いを込めて――二人で重ねた思い出は、全て宝物になるだろう。

「誘われて来たのはいいですが……ヴァルター、あなた滑れなかったのですか」
 一緒にスケートしようと言った相手が滑れなかったことを知り、織櫻は呆れたように溜め息吐いて、金髪のドラゴニアンの青年に冷ややかな視線を投げかける。
 その視線の先の対象であるベリザリオは悪びれた素振りもなく、織櫻を逃さないよう尻尾を彼の足に巻き付けていた。
「そもそも氷の上を滑るより、飛んだ方が早かったからな」
 別にくっついていたいとか、そんな思いは微塵もないと言い張るベリザリオ。
 やれやれと肩を竦めて閉口するしかない織櫻に、折角だから楽しもうとベリザリオは開き直ったように一押しすれば。
 彼の揺るがぬ姿勢に織櫻も遂に観念し、滑る感覚に慣れる為、まずはゆっくり引かれるところから、と手を差し伸べるのだった。

 人生で初めてのスケート体験に、華は緊張しつつもチラリと郁の方を見て。信頼できる人が傍にいてくれることが、何より心強かった。
 どうか見ていて下さいね、と華が頼めば、久々だから覚束無いかもなどと、謙遜気味に郁が応えて。まずはお手本代わりに滑る郁の動きを、華は見様見真似で、時折彼に手を引かれながら、初スケートを楽しんだ。
 星と花火が彩るリンクを滑る少女の姿は、妖精みたいに可憐で幻想的で、彼女を見守る郁も思わず顔が綻んでしまう。
「……と、そろそろ休憩も取らないとな。温かい飲み物でも、奢らせてくれると嬉しいな」
 爽やかな笑顔を向ける青年に、華は少し恐縮気味に遠慮はするが、でも折角の好意だからと最後は嬉しそうに満面の笑みを覗かせる。
「今日は来て下さってありがとうございました。とても楽しかったです」
 夜の世界を照らすイルミネーションに、二人は暫し見惚れながら温かい飲み物に身も心も癒されるのだった。

 二年振りのスケート体験に、ヴィヴィアンは不安な顔を覗かせながらもリンクの上を滑り出す。
 きっとそのうち身体が思い出してくれるかも。などと考えて、次第に慣れて調子が出てきて、今度はターンを決めてみようと踏み込んだ時――バランス崩してふらつく彼女を、鬼人が背中を支えて抱き留める。
 大丈夫か? と心配そうに訊ねてくる彼に、ヴィヴィアンは仄かに顔を赤らめ照れ臭そうに、ありがとう、とお礼を言う。
 彼女のはにかむ仕草が愛おしく、鬼人はそのまま支えた身体を抱き締めて、耳元でそっと誓いの言葉を囁いた。
「俺は、こうやって、ずっと、ヴィヴィアンと生きて行きたい」
 今みたいに転びそうになっても、お互いを支えながら、たまに怒って、最後に笑って――そうやって一緒に家族として暮らしたい。
 真剣な表情で語る鬼人に、二十歳を迎えたばかりの乙女は凭れるように寄り添って、こういうのが家族なんだね、と。幸せな未来を思い描いた。

 スケートなら修行の旅をしていた頃に教わったことがある。ヴァルカンが過去を思い返して懐かしみ、得意げに語りながら最愛の妻の方へと視線を向ける。
 お手並み拝見だと彼に煽られて、さくらは張り合う気持ちが先に立ち。だったらわたしの華麗な滑りに腰を抜かすといいわ、なんて大口叩いてみたものの。経験少なく慣れない滑りに、足が縺れて転びそうになってしまう。
 ヴァルカンはやれやれと苦笑しつつも、すぐにさくらに救いの手を差し伸べて。そのまま引き寄せ、くるりと回転しながら彼女の身体を抱き上げる。
「我が姫、しばし私に身を委ねていただきましょう……なんてな」
 気分はまるで王子様。愛する夫の言動に、姫たる妻は一瞬呆気に取られて目を丸くして。しかし次の瞬間、にっこり笑みを漏らして見つめ合う。
「ね、もう一回やって? わたしの王子様」
 そう言って彼の首へと手を回し、互いに顔を近付けながら、優しく甘い口付けを――。
 冷えた唇を温めるように重なり合う、二人の影を夜空に咲いた花火が色鮮やかに彩った。

 銀盤の上で二人が思い出すのは、互いに初めて出逢った時のことだった。
 昔の難儀な鳥のコトが頭を過っただけさと、ダレンが軽口叩けば、思ったことは同じだったと纏も妙に可笑しくなって、くすりと笑んだ。
 お手をどうぞと、ダレンが傅くように差し出すその手を、纏が恭しく掌添えて一礼し。
 特別扱いだなんて調子に乗ってしまうわよ、と悪戯っぽく告げる彼女の顔は愉しげで。
 冬の催し物に華やぐ空気に絆されて、今日という日を特別な一夜にするのも悪くはない。
「ってなワケだ。エスコート致しますよ、お嬢サマ?」
 そんな風に気取った台詞を言えるのも、相手が愛しい彼女だからこそ。
「……ねぇわたし、あの一頭高いツリーの下で花火が上る頃、口付けをして欲しいわ」
 だからどうか連れて行って下さるかしら? 纏はとろりと酔わせる鈍色の瞳で、懇願するかのように彼を見る。
 花火が上がり、人々の視線が空へ向く頃――二人は月の光に照らされながら唇重ね、蕩けるようなロマンチックな世界に心行くまで酔い痴れた。

 大切な人と過ごすひと時は、誰しも幸せそうな笑顔になれる。
 凍てつくような冬の寒さも、人々が寄り添い合って、互いの温もり確かめ合えば、それが絆となって結ばれる。
 その身に”冬”の加護を宿した少女は、この幸福に満ちた光景を、平穏を取り戻した営みを紅玉色の瞳に焼き付けて。
 白い安堵の息を吐きながら、満天の星が遍く夜空を見上げて心の中で一人願う。
 この幸せが、いつまでもずっと続きますように――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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