イトの、イト

作者:柊透胡

 大分、年の瀬も近くなった――巷の情勢は慌しい。デウスエクスと唯一渡り合えるケルベロスは、戦いが日常。心休まらぬ日々を送って――。
「くあぁぁぁぁ」
 ……勿論、全員が全員、そんな訳はない。
「オコタは正義! でござるが、うたた寝だと寝た気がしないでござー」
 コキコキと首を鳴らしながら、福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)は買い出しの途中。旅団にしている和屋敷が賑やかなのは嬉しいけれど、気が付けば随分とお茶請けの備蓄が寂しくなっていた。
「そう言えば、あの栗スイーツは絶品でござった……やはりモンブランは王道でござー」
 また美味しい依頼、もとい、楽しいお仕事(あんまり変わってない)はないものか……なんて、考える黄昏刻。
 冬至も近くなれば、日没も早い。日が陰れば気温も下がる――だから、かもしれない。ピンと張り詰めた空気の理由に、気付くのが遅れたのは。
「……っ!?」
 首にチリッと焼け付くような微痛――考えるより速く、身体が反応した。
「あー……そのまま、後1歩進んでたら、楽出来たのに」
 咄嗟にバックステップで飛び退いたユタカに、心底残念そうな声が降る。
「……誰が?」
「俺が」
 廃ビルの屋上に、男はいた。顔の造作は陰になって判然としないが、多分、青年。
「……安く見られたもんだな」
 ユタカの声が剣呑を帯びたのは、男の格好の所為だ。あちこちに部分鎧めいた装飾がジャラジャラしているが、白の軍服。着崩した呈の癖に、軍帽はきっちり目深に被る。
「ケルベロスの眼が、簡単に手に入ると思うなよ!」
 ユタカの戦意に反応して、バトルオーラがゆらりと陽炎う。あたかも、宙を泳ぐ黒い魚の群れのように――ただ1匹の暖色だけが、色艶やかに花を添える。
「……あー。もしかしたら、と思ったけど。やっぱりお前、『犬』だったか」
 げんなりとした風に、男は溜息を吐く。めんどくせぇ、と。
「けど、まあ。それなら、持って帰ってもうるさく言われねぇか」
 音もなく、屋上からアスファルトに――隣の駐車場に降り、男の唇だけがニィと歪む。
「俺、細かい事は嫌い、だからさ。その首から上、貰っていくわ」
「やれるもんなら……っ!」
 空を切る、音さえなかった。仰け反ったユタカすれすれに、微かに煌めく――糸。
「頭って、宝箱だよな」
 怒れる反撃を僅か1歩で凌ぎ、男は他人事のように呟く。
「脳髄は勿論、皮膚、髪、鼻や耳、唇……頭蓋骨だって骨の中じゃ別格だ。かさ張らなくて捨てる所が無いのが良い。喜んでバラしてくれる奴に事欠かない」
 俺は、目玉さえ貰えたらいいし――平板な声音が、薄ら寒い。
「『旦那』は傷1つ無い目玉じゃないとダメなんだ。めんどくせぇけど、操り糸が文句言えねぇわな」
「さっきからごちゃごちゃと!」
 髪を幾筋か斬り飛ばされたのを感じながら、ギラリ、とユタカの双眸が輝く。だが、魔力の爆発を半身でかわし、男はポリポリと頬を掻く。
「あ、うざかったか。わりぃ」
(「こいつ……!」)
 ユタカも忍者ならば、策も見えてこようもの。淡々と耳障りな饒舌のみならず、腰にはためくラップスカートも、これ見よがしのアクセサリーの数々も――総ては、敵の集中力を乱す為の道具。
(「落ち着け、落ち着け……これを凌げば、きっと」)
 唇を噛み、鼻から大きく息を吸う――これも1つの『邂逅』なれば。仲間が来てくれる事を、ユタカは疑っていなかった。

「福富・ユタカさんが、デウスエクスに襲撃されます」
 宿縁の邂逅を告げる時、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)はいつもより早口になる。
「連絡を取ろうとしましたが……やはり音信不通です。急いで救援に向かって下さい」
 ユタカを襲うデウスエクスは、恐らく螺旋忍軍。白い軍服を着崩した青年だ。
「『パラジウム』と、ヘリオンの演算は敵の名を弾き出しました。武器は……例えるなら、ケルベロスチェインよりも細い『糸』です」
 霞の如き微細なる『糸』は使い手の意図するまま、時に刃となって斬り裂き、時に戒めとなって絡め捕る。
「『糸』を張り巡らせた領域に誘い込み、多を相手取るのも得意としています。お気を付け下さい」
 パラジウムは、昏くなりつつある駐車場でユタカと対峙している。周囲は廃ビルが多い所為か元より人気はなく、一般人の避難誘導は不要だ。
「駐車場、と言いましたが、駐車している車もないので、戦闘に支障のない広さはあります。敵はユタカさんの首、というか眼を狙っていますので、速やかに割って入って下さい」
 黄昏刻の戦いとなる。日没も大分早くなり、ビル影は濃い。短期決戦に越した事はないだろう。
「……そう言えば、パラジウムは特段『ケルベロス』に関心は無いようです。しかし『仕事』には忠実で、ユタカさんを『獲物』と定めた以上、救援が現れても逃亡する事はないでしょう」
 つまり、ここでパラジウムを逃せば、ケルベロスを狙って表舞台に再び現れる可能性は、低い。
「何より、福富さんの救援が最優先です。そして必ず、パラジウムの撃破を……健闘を、祈ります」


参加者
福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
ゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880)
サイファ・クロード(零・e06460)
リノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)
アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)
星奈・惺月(星を探す少女・e63281)
アーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469)

■リプレイ

●何か、通り魔的犯行らしい
「……お前ら、ホントに俺の日常を台無しにするのが好きなのな?」
 深呼吸の次は、心底うんざりした呟きだった。
「俺が探してる時は見つからねぇ癖に、俺の事はあっさり見つけやがる」
 福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)が眼球を狙う白軍服の螺旋忍軍と対峙するのも、これで4度目か。2度ある事は3度ある。それも更に上回れば……ユタカのボヤキは真っ当と言えようが。
「……は?」
 敵は、怪訝そうに首を傾げる。
「俺は『1組』ゲットでいいから、わざわざ裏通りに罠張ったってのに。のこのこやって来たの、そっちじゃねぇか」
 青みがかった髪を弄りながら、呆れた口振りだ。
「すっげぇ自意識過剰。『犬』って皆、そうな訳? ……あ、枝毛」
「な……っ!」
 男の声の温度は変わらない。いっそ片手間の侮りに、思わず気色ばむユタカ。明らかに軽んじる様子に自尊心が憤る――。
「詐欺師の声に耳を貸す必要はありません!」
 手が出ようとしたその寸前。耳朶を打った叫びに、辛うじて踏み止まった。
「冷静に、冷静にですよ。ユタカさん!」
「アイカ殿!」
 駐車場に駆け込んできたアイカ・フロール(気の向くままに・e34327)は、ウイングキャットのぽんずと並んで声を張る。
「また現れましたね……ユタカさんもユタカさんのおめめも渡しませんよ!」
「という訳で、今回の1番手はお譲りしましたけど」
 やはりオルトロスのえだまめを伴い、ふらりと姿を現したのは京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)だ。
「ユタカさん、何度私に迷惑掛けたら気が済むんですか」
「……それ、夕雨殿が言う事でござるか」
 『宿縁邂逅』なら似たような経験数の2人。その実、互いに皆勤賞の辺り、宿縁互助会結成の勢いだ。
「そう言えば、ユタカさん。この人と面識は?」
「……た、多分、無い、でござー?」
「じゃあ、名前は?」
「えっと、確か……」
「パラジウム」
「へ?」
「敵の名前。ヘリオライダーから、聞いた」
 ぽそりと補足し、リノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)は敵の真正面でバスターライフルを構える。だが、まだ撃てない……薄笑み浮かべる螺旋忍軍の男――パラジウムは身構えてさえいない。にも拘らず、機先を制する隙が無いのだ。
「仕事中に悪いな。でも、彼女を渡すワケにはいかないんでね」
 弛緩と緊迫、相反する空気の只中で敢えて気軽に声を掛け、サイファ・クロード(零・e06460)もユタカとパラジウムの間に割り込む。
「けど、これはボーナスチャンスかもよ。全員倒せば、お目目はアンタの総取りだ……どーするよ、頑張っちゃう?」
「頑張らないし、そもそもいらない」
 即答だった。続々と現れるケルベロス達を見やる敵の表情は、変わりない。
「不足は論外、過剰も減点、納品数は正確に。お前、もしかして社会経験ない?」
「う、うっせーよ! ばーか!」
 ケルベロスとして歴戦ながら、だからこそお金も時間も足りないドタバタ医学生――サイファ・クロード23歳。
「敵の策に……。乗っちゃ……めっ」
「べ、別に動揺してないし……!」
 星奈・惺月(星を探す少女・e63281)に窘められ、サイファはむぅっと唇を尖らせる。敬愛する義父への誓いを茶化された気がして、何とも腹立たしかった。
(「ユタカのピンチ……見逃せない」)
 ご立腹は惺月も同じく。大切な友人を狙われては、さざ波立たぬ表情の内で戦意が込み上げる。
(「これからも……いっしょに過ごせるように……」)
「ふむ、居合わせたのも何かの縁。全員揃って無事帰還する為、尽力するとしよう」
 何か色々賑やかになってきた所で、ゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880)がシリアスに軌道修正。賑やかなのは寧ろ好きだが、今は目の前に敵がいるし。
「人の眼を集めるなんて―――なんてまあ、悪趣味な奴らも居たものね」
 カツリ、と靴音を鳴らし、凛然と現れたのはアーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469)。白雪の髪を揺らし氷水の双眸を細める淑女から、空気が清冽に張り詰めていくよう。
「残念だけれど、ユタカの目も、彼女自身も渡しはしないわ……あら、この台詞。フロールに先を越されてしまっていたわね」
「す、すみません」
 クスリと笑むクール・ビューティにほんわり娘が思わず謝り、凍てた空気がほんの少し緩むのも束の間。
「なんなら力尽くで奪ってみせることね。黙ってやられるほど、わたし達はヤワではないけれど」
「ははっ。面白いな、お前ら」
 乾いた笑い声を上げるパラジウム。だが、ケルベロス達が集まるまで牽制でも攻撃が無かったのは、恐らくリノンが仕掛けられなかったのと同じ理由――ケルベロスも確実に強くなっている。
「これで全員集合か? なら、改めて……仕事の時間、だな」

●パラジウム
 ――――!!
 違和感すら感じなかった。突如、爆ぜるように上がる血飛沫。咄嗟に動けたアーデルハイトは、ユタカを庇った袖がズタズタに引き裂かれたのを目の当たりにする。
(「何処から、糸が……」)
 思わず、息を呑むユタカ。立ち尽くしたままのパラジウムが、どうやって糸を巡らせたのか。だが、この男と対峙して、どれだけ時間が経っているか。
(「最初から、誘い込まれていた訳か……」)
 早速香炉を取り出しながら、ゼルガディスは確信する。この駐車場自体が、既に屠殺領域と。張り巡らされた『糸』は繰り手の意図に沿い、自在に敵を殺傷するだろう。
「巡り廻れ、癒しの力。捉え捕らえよ、敵方の姿」
 ともあれ、まずはヒールが最優先。癒しの力と集中力を高める香りを巡らせるゼルガディス。
「さすがに厄介な敵だこと。けれど、圧倒されるばかりではないのよ」
 慌てず騒がず、オウガ粒子を放出するアーデルハイト。スナイパー2人の超感覚が覚醒するまで、繰り返す心算だ。
「本気を見せるときです、ぽんず。皆さんをしっかりもっふり守ってくださいね」
 清浄の翼を広げてやる気一杯のぽんずに声を掛け、アイカは改めて風の精霊に喚び掛ける。
「風よ、私の声が聞こえますか」
 吹き寄せられた優風は仲間を包み込み、邪気を祓い続けるだろう。
「俺は、花人。糸如きで、散らせるものなら!」
 重なるヒールに感謝しながら、ユタカは狙い澄ました轟竜砲をぶっ放す。
「まぁ、結果オーライだ。お前らの言う『旦那』の悪趣味に感謝しとくぜ……今だけ、な」
「ユタカ?」
 戸惑いを覗かせるサイファ。ユタカとは顔見知り程度だが、特徴的な話し方と穏やかな雰囲気に好感を抱いていた――こんなに荒ぶ、彼女なんて知らない。
「問題ない……ユタカは、ユタカ」
 一撃離脱。スターゲイザーを放ち、すぐさま飛び退いた惺月は青年とすれ違い様に囁く。
「必ず、助けよう……?」
「……ああ、そうだな!」
 ストンと腑に落ちた心地で、サイファは笑みを浮かべる。
「もう大丈夫だよ。オレは、ほら、玄人だから」
 決め台詞を口にして、グラビティが操るのは敵を取り巻く空気の粘度――溺れて。もがいて。オレを見て。
「生憎、野郎に見惚れる趣味はねぇ」
「……同じく」
 敵の憎まれ口に淡々と応じたリノンより、射出されるフロストレーザー。すぐさま簒奪者の鎌「χαροσ・μαυρο・χερι」を構え、次の手に備える。
 リノン自身、ユタカとの縁はかつて共に戦った1度きり。だが、助力の理由には十分だ。
「全力で行くといい」
 そして、惺月も応援歌を歌う。Star Light――惺月から友達への贈り物。
 ――あなたの心に夜明けがくるね。その時わたしは消えてしまうけど、もう大丈夫だよ……あなたの進む道は新たな光りで輝いているから♪
 激励に不敵な笑みで応え、ユタカは更なる足止めを重ねるべくグラビティを振るう。
「……『氷』、か」
 達人の一撃、アイスエイジインパクト――ユタカの攻撃は、確実にパラジウムを凍らせていく。だが、その呟きとて冷ややかに。
「そう言えば、いたな……俺より小器用に氷のメスを使った奴。猿真似は所詮、猿真似だけど」
「……っ!」
「さぁ、頑張ってちょうだい。まだまだ戦えるわ、そうでしょう?」
 表情を強張らせたユタカの前に、すかさずアーデルハイトのマインドシールド。
「困った捻くれ振り。でも、ある意味判り易いわ……ジャマーだもの」
「敵まで褒めるたぁ、お優しい事で」
 グラビティ飛び交う中、散発的な舌戦がチリチリと。気咬弾を放ち、夕雨は小さく頷く。
「黙って聞いていれば……面白いですね、中々センスがあります」
「余裕……で、ござ?」
 何処か取って付けた語尾に苦笑し、肩越しに振り返る。
「どうせ今日が最期の人です。皆で優しく許してあげたらいいではないですか?」
 負けず劣らずの毒舌にも、パラジウムは何処吹く風だ。
(「ああ、やっぱり」)
 夕雨は確信する。興味ない相手の囀り程、取るに足らぬものはない――それは、パラジウムも同じ。だから、相手を針突く言動が『平然と』出来るのだ。
「……あー、なるほど」
「何ですか、その同類憐れむ眼差しは。少なくとも感性豊かな私は、今日死ぬ相手とそんな楽しい一時を過ごしてしまったら……死んだ時に悲しくて泣いてしまいますからね」
 淡々とした声音、けれど、地獄棚引く逆の瞳が笑むように細められた。明確に違うのは、彼女には命懸けで守りたいものがある事――納得を浮かべたユタカの空気が見る見る和らいでいく。
「前も身体の一部を欲しがるヤツと戦ったけど、なんで欲しいんだろ……臓器移植の為ってワケでもなさそうだし?」
 毒気抜かれたユタカから気を逸らさせるように、独り言にしては大きな声。サイファはヒラヒラと手を振り螺旋氷縛波を放つ。
「あ、答えなくていいよ。気分悪くなりそうだ」
「じゃ、思い付く限り想像して気持ち悪くなれば良いんじゃね? どーせ、定命の常識の埒外だし?」
「はは、そんなやっすい挑発に乗るかっての!」
 更に敵の悪意を削ぐように、小さな礫が飛来した。

●糸に異図なく意図も無し
 カツン、カツンとアスファルトを跳ね、転がるのは眼球――を模した石玉。だが、敵に一顧だにされず、投げた張本人は肩を竦める。
「流石に気付かぬ程バカではないか」
「眼球はすっごいナイーブなんだよ。そんな粗雑に扱う馬鹿は……ああ、射抜かれた自分の目玉食った奴がいたっけ?」
「まあ、目玉のひとつやふたつくらい、くれてやるのに問題はない」
 ゼルガディス自身、既に地獄で右腕を補う。補うまで、死ぬ程痛いだろうはさて置いて。
「が、タダでという程安くもない……そちらの目玉を逆に頂くのもまた一興だろうか?」
「えーへ?」
「……あれば、の話だがな」
 よく見れば軍帽の下、サングラスを掛けていると知れた。表情を読ませぬ為か、或いは。
「試してどうぞ? ……出来るもんなら」
 ――――!
 そう嘯きながら、パラジウムの標的はあくまでもユタカ――二刀流に構えるハンマーを振り抜こうとして、ビクリと止まる。
「チィッ!」
 操り糸で生じた刹那を逃さず、狙い澄ました氷鎚をかわしてのけた。やはり、ジャマーの厄は重い。
「サイファさん、お願いします!」
「任された!」
 だが、役割分担こそケルベロスの真骨頂。アイカに頷き、サキュバスの青年は癒しの霧を放つ。桃色の帳は厄を鮮やかに掃っていく。
 重なる厄は確かに脅威。だが、ケルベロスは圧倒的な手数を誇る。ユタカに攻撃が集中するのも、却って幸いした。2人と2体もの盾が庇い立て、ヒールが飛び交う間にも、確実に火力が敵を穿っていく。
「あーあ。この体たらく、『旦那』が怖いな。こうなりゃ――」
「お前の舌には、もう踊らされませぬ」
 パラジウムの呟きを遮り、ユタカははっきりと言い放つ――常と変わらぬとぼけた口調で。
「拙者には、頼もしい仲間がいます故……後お前より、もっと性格の悪い奴も傍におりまするし」
「そんな褒めないで下さいよ、私はシャイなんです」
 テレテレと身を捩らせながら夕雨がフォーチュンスターを蹴り込めば、その軌跡を追ってえだまめの神剣も閃いて。
「好機、ね」
 アーデルハイトの怜悧な観察眼は唇を歪めた敵の表情も見逃さず、ケルベロスの攻撃が殺到する!
「影よ」
 徹頭徹尾、淡々とグラビティを操るリノンより、魔物を象るシルエットが伸びる。サタナス・ズレパニ・レモス・テーレウシス――これも又、『とある魔術師』から教わった魔法の1つ。
「まだ仕事終わってないじゃんよ。アンタの怖ぁい『旦那』にどーやって申し開きするのさ」
 憎まれ口を叩き、サイファは釘を生やしたエクスカリバールを頭目掛けてフルスイングする。
(「それにしても目玉を集めるとは、観賞用にしても悪趣味な『旦那』だな……実用だと、妖怪百目にでもなりたいのだろうか?」)
 思考は取り留めなく、剣筋は真っ直ぐに。初めて、攻撃に転じたゼルガディスの絶空斬が奔る。
(「ひたすら、びしびし……」)
 全身オウガメタルに覆われた惺月の鋼拳は、一気に肉薄するや強かに長躯を打ち据える。
「我らが父なる海淵の神よ。わたしのこの手に、力を」
 数多の足止めの末、アーデルハイトのアギールの槍は見事、唸り上げてパラジウムを貫く。
「止めは……ユタカの手で」
「ええ、あなたとこの者の宿縁は、あなたの手で仕留めるのよ」
 だが、先んじて鳴く微かな風切り音――霞刃の射線を遮ったぽんずの茶毛が散る。
「ぽんず!」
 盾たるを全うした愛し仔に負けじと、アイカは禁断にして完全なるスコアを紐解く。
(「私も、最後まで出来る事を全力で」)
 懸命なる祈りは幸運を引き寄せ、ユタカの脳髄を賦活させた。
「ユタカさん! 今です!」
「かたじけない、でござ」
 ユタカが握るのは、凍刃の結晶――思い残す、『彼』のよすが。
「……っ」
 その冷気は凄まじく、ユタカ自身の手をも傷付ける。未だに認められていないような気がして、複雑な心境を覚えた。
(「けど、今も長兄が『ここ』にいるような……まあ、拙者なんかに使われて、あの世でキレてるかもしれませぬな」)
「パラジウム、お前に長兄の事を1つ教えてやりまする。長兄の氷はな……狙った獲物を、逃がさねぇよ」
 迸る冷気は敵の足元で氷と化し、ビキビキと音立てて成長していく。
「この期に及んでも……そのよく回るお口は、きっと『旦那』に繋がる情報1つも零しちゃくれねぇんだろうな」
 だから聞かない。代わりに、決意を囁く――誓うように、呪うように。
「俺は自分の力で、お前らの組織を見つけ出す……それがあの時、俺ができなかった長兄へのケジメだ」
「拘るねぇ……片想いは身を亡ぼすぜ?」
 既に首の下まで氷に覆われながら、男は小さく唇を動かす。
 ――糸に異図なく意図も無し。
「何を」
「所詮、忍びは『影っぺら』。誰あろうと、な」
 最期まで唇に薄笑みを刷いたまま、パラジウムは氷の結晶と化し――粉々に砕け散った。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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