やき鳥が一番。好いとるが故に人は苦しむとよ

作者:ほむらもやし

●予知
 唐津市と伊万里市をつなぐ国道沿いの山中に、うまい鶏を食わせると評判のドライブインがある。
 そのドライブインの近くにある、空き店舗の駐車場に、ビルシャナと信者が集まった。
「やき鳥が一番うまか。これは絶対よ」
 体育会系な雰囲気の容姿のビルシャナが気合いたっぷりに言い放つと、信者となった7名の女の子のから拍手喝采が沸き起こる。
「そうだねー!」
「鳥めしも好いとうばってん、やっぱり二番だね!」
「それじゃあ唐揚げは三番!」
「コケコッコー!!」
「一番うまかとはやき鳥!!」
 拍手をしているのは7人の信者。
 7人とも、なぜか包帯を巻いていたりしていて、とんでもなく顔色が悪い。
「やっぱり佐賀で焼き肉といえば鶏肉やね!」
「うんうん」
 ビルシャナさえ居なければ、ちょっと変わった女の子たちの楽しい集まりだったのに。
 ビルシャナの活動である以上、見過ごすことはできない。

●ヘリポートにて
「やき鳥が一番と説く危険なビルシャナが現れる。至急の対応をお願いする」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、深刻な顔をすると、予知した事件について話しを始めた。
「ちなみに佐賀県では焼き肉と言えば鶏というのは誤報だから本気にしてはいけない。で、分かっている者も多いかも知れないが、初めての方のために繰り返しておくと、信者になった者は説得で正気に戻すことが可能だ」
 ビルシャナの影響下にある信者は10代ぐらいの女の子が7人。
 説得が成功して、信仰から解放された信者はビルシャナとの戦闘になっても、戦いに参加しない。
 通常、説得が上手く行かなければ、説得されなかった者だけが、ビルシャナの配下として戦闘に参加するが、今回のケースでは信者同士の結束が固いため、全員説得されるか、全員説得されないかのどちらかになる可能性が高い。
 配下となった信者はとて脆い。戦闘の勝敗に殆ど影響は与えず、どんな攻撃であっても当たればすぐに死んでしまう。
「本当に信者を助けるつもりなら、説得以外に方法はないとご承知下さい」
 説得は論理的な正しさよりも、心を鷲づかみにするような、インパクトのある言葉や行動が効果的だと言われる。
 信者の信仰が劣っているという先入観を持って、否定的な意見を投げかけて、想定した反応に応じようとしても、まず失敗する。相手が想定と寸分違わぬ反応をするとするなら、それは奇跡かも知れない。
 つまり無数の可能性があり、読み切るのが困難な信者の読み切ろうとするくらいなら、自分が良いと思うことを積極的に、信者と目線の高さを同じにして、ぶつける方が心に響くし、説得力も増すだろう。
「ただ、気持ちが熱くなりすぎたら危ないよ。平手打ちくらい……のつもりでも、暴行を加えたとなれば、ビルシャナも他の信者も黙って見ているだけと言うことはないから。最悪の場合、戦闘になる。戦闘言えば、ビルシャナの攻撃は炎や幻覚を操る感じだね。特に変わったところはないから、装備の間違いとかに気をつけて落ち着いてやれば大丈夫だと思う」
 人数差で優位にあるとは言え、1対1の戦いとなれば、ビルシャナの方が圧倒的に強い。
 伝えているのは戦いに必要な情報だから、対応に手抜かりがあれば、痛打をもらうから、履き違えないように気をつけて。と、ケンジは念を押した。
「やき鳥が一番と思うのは、構いませんが、他のお肉が一番でもよろしいのではないでしょうか?」
 そう言って、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は遠い目をする。
「それに何の一番かもわからないですわね——」
「文脈から言えば食べ物のことと考えるのが自然だけど。必ずしも同じ土俵の上で対決しなくても良いかも知れないよね。ただ信者は全員、年齢が10代の女子だから、そこは気をつけてね」
 そう言って、ケンジは厳しい目で見返す。
 そして危険なビルシャナを倒し、信者たちを助けてくれる、心優しいケルベロスを募り始めた。


参加者
久遠・翔(銀の輪舞・e00222)
久条・蒼真(狐月侍・e00233)
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
岩櫃・風太郎(ウェアライダーのうどん屋・e29164)
エリザベス・ナイツ(スーパーラッキーガール・e45135)
竪山・幹宏(懺悔のおやじ・e68788)

■リプレイ

●狂気を穿て!
「こんにちは今日は寒いね。やき鳥一番って聞こえたけれど、あそこのドライブインのファンなの?」
 今年一番とされる寒気が流れ込む中、天司・桜子(桜花絢爛・e20368)は集まって話している信者に声を掛けた。普通に女の子たちが集まって駄弁っているだけ見えたが、真ん中にはビルシャナがいる。
「ちゃーっす、あんたもか、やき鳥最高っす!」
 気さくに言葉を返してくるのは所謂ヤンキー風の女の子だ。元気で気合いがはいっているが、ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)は、その顔色の悪さを見逃さなかった。
「ずいぶんお顔の色が優れないようね。それに包帯も、そのようなお姿は教祖様の愛の鞭ですか?」
「は? 何をわけの分からないことを言っているの?」
 気遣いからの言葉であったが、信者の一人の嫌厭に触れたらしい。
 非道い表情で睨み付けてくる様子を見て、久遠・翔(銀の輪舞・e00222)は差し出そうとしていた救急箱を背中側に隠す。
「おちつかんか。……これは、メイクじゃけんメイク。いま佐賀で一番流行っとっと、かっこよかろう」
 ヤンキー風の女の子はサキと名乗ると、別の女の子を軽く宥めつつ、もっともらしい理由で応じた。
 それが本当か嘘かを確かめる術は無い。
 ただし偏食とか暴力行為とかを疑って、この話題を引っぱればややこしい状況になることだけは予想できたから、別の話題を続けようととズミネは口を開いた。
「そうそう、私はニンニク、レバー、つくねが大好きです。ニンニクはニンニクだけの串焼きが一押しです」
「よかねぇ。ニンニクといやあ、吉野ヶ里のでかかニンニクは外せんね」
「吉野ヶ里?」
「なん、吉野ヶ里もしらんとね。あんたは佐賀失格!」
 いきなり決めつけられるのをみて、久遠・翔(銀の輪舞・e00222)が抗議の声を上げる。
「あの、別に知らないわけじゃ無くて……やき鳥の話っすよね? 九州で最初なら豚バラじゃないっすか?」
 控えめな態度ながら、久条・蒼真(狐月侍・e00233)も焼き肉には一家言あるようで、強めに持論を展開する。
「やき鳥もいいがそれだけに拘るのはあまりにも勿体ない。他にも美味しく、低カロリーなお肉だってあるんだ」
「なんばいいよっとか。意見すっとか、よか度胸じゃのう!」
 まるで怒っているような物言いだが、喧嘩をしたいわけではないということを、実は佐賀について詳しかったりする、翔はすぐに気づいた。
「そう言えば、佐賀ってこういう口調が普通っすよね」
「え、そうなの? じゃあ私も——」
 起こっているわけじゃない。その情報に背中を押された、湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)は前に出ると、大きく息を吸い込み、正面にヤンキー風の女の子——サキを見据える。
「はぁん、なんかおまえ!」
「いいですか? 鶏肉は美味しい、当たり前です、美味しくない肉なんてありません、しかし! その焼き鳥の肉の間にネギが挟まるだけでまた別の美味しい焼き鳥になります、鶏肉は鶏肉だけで生きるに非ず、鶏肉を生かす食材を蔑ろにして鶏肉のみを至高と判断するのはむしろ鶏肉に対する愛が足りないのではないでしょうか? 鶏も食らう、鶏以外も食らう、すべてを美味しいと感じる心こそ必要なものじゃないですか?」
「うっさいうっさい! 鶏肉がうまかとはあたりまえ! 言われなくても分かっとる。ネギが挟まってもうまかうまか、たしかにうまか。ばってんそれネギマ。マグロでよか。鶏じゃ無くてよかと、鶏じゃ無くてよかと。愛が足りない? 大きなお世話!」
 組み合わせて食べるか、そのままを食べるか、ラップのように長台詞のぶつかり合いがくり広げられる中、一番背の小さな女の子がやたら通る声で空気を破った。
「……煙たいし、あの人たちなに。怖いよ。ぶるぶる」
 小さな指が指し示す先には、バーべーキューセットのようなものを展開した、岩櫃・風太郎(ウェアライダーのうどん屋・e29164)が突っ立っていた。
「おお、ようやく気づかれたでござるか! 初めまして。ドーモ、エイプ・ニンジャです」
 恭しく合唱してから一礼する。柔らかな物腰で満面の笑みを見せると、風太郎はバーベキューコンロの上で焼けたように見える串焼きの一本を手にして、かぶりついて見せた。
「うまい! これぞ肉を串に刺して火で炙り、ワンハンドでかぶりつく醍醐味。大は小を兼ねる、というでござろう? よいか、焼き鳥とBBQ(※barbeque/ここでは屋外での焼肉パーティの意)には共通点が数多く存在するのでござる」
 風太郎は自信たっぷりにに言い放ち、具材は佐賀牛・群馬産豚肉&ソーセージ・群馬産の野菜類・マシュマロと、自分が考え得る良い物を揃えたと胸を張る。
「おいしくなあれおいしくなあれおいしくなあれぇぇっ!!」
 その一方、満身の力を込めて武具特徴を発動するのは、エリザベス・ナイツ(スーパーラッキーガール・e45135)であった。
 実際のところ、炙ったぐらいでは肉の中までは火が通らない。肉の生焼けが原因でお腹を壊したら元も子も無いし、野外で調理した料理は何かと不都合が生じがちだ。エリザベスのフォローがあってこそうまいバーベキューが用意できたと言えるだろう。
「だがしかし! BBQの方がやき鳥よりも量を多く食べられる! あとリア充っぽいしSNS映えも良いでござる! つまりBBQは、やき鳥の上位互換で候! おぬしらもBBQで佐賀牛を喰らうべし!」
 だがネガティブな常識を吹き飛ばすような風太郎の言葉に触発された、黒い服を着た信者の女の子の一人がバーベキューコンロを目がけて走り出そうとしている。それを別の信者が2人がかりで制止している。
「もえちゃんだめー! あれは余所のおうちのお肉だから、食べちゃだめなの!!」
「ぐるるるる 食べちゃだめ?」
「遠慮はいらないでござる。唐突でござるが、よく聞け! ここをBBQ会場とする!」
 一方的に話を進める風太郎に信者の女の子たちは強い警戒心を抱く。
「こいつぜってーあやしか。あたしらに肉食わせてなんかメリットあるんか?」
 サキが困惑した表情で視線を移すと、酔っ払った様な足取りの、竪山・幹宏(懺悔のおやじ・e68788)が、ビルシャナに絡んでいた。
「なっ! あんた、なんばしよっと?!」
 あまりにわけの分からないことが続くものだから、信者たちはうやむやのうちにひとりまたひとりと正気を取り戻して、現時点では7人全員が正気に戻っている。しかしビルシャナがデウスエクスだと理解していないのか、他の理由なのかは分からないが、女の子たちは自主的に避難をしようとはしない。
 そして誰も説明をしてくれないので、存在が空気状態になっていた、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)が前に出る。
「説明が遅れましたが、私たちはケルベロスで、とある筋よりあなた方が、ビルシャナと呼ばれる鳥人間型デウスエクスに洗脳されているという情報を得て、お助けに参った次第ですの」
「えーっ! あの鶏、ドライブインの新しいマスコットじゃなかとね」
「あーっ! そっか、そういえば、あそこのドライブイン入り口のところにおっきい鶏さんのキャラいるよね」
 とても納得したように桜子が言うと、ヤンキー風の女の子——サキがハイタッチを求めてくる。
「そうそう、それ!!」
 突然に打ち解けた様子の2人に、すぐには何が起こったのかを理解できず、信者の女の子たちは大きく開いた目をぱちくりさせる。
「ビルシャナだかなんだかわからんばってん、悪かやつじゃなかみたいやし、見逃してくれんね?」
「うーん。それは」
 当然倒す。とは言いにくそうな、桜子に代わってナオミが誤解が無い様に言う。
「だめです。必ず倒さなければいけません。でなければ恐ろしいことが起こりますから」
「めんどくさかね、あたしらがいやだって言うたらどぎゃんすっと?」
 菩薩累乗会。あの大事件からまだ8ヶ月ほどしか経っていない。無限に信者を増やし増殖し続けるビルシャナの可能性を思えば、決して見過ごすことはできない。
「遺憾ですが、命に関わることになると思います」
「いやだよ、私たち、まだしたいことがある」
「ちっ、言うてみただけ。おそろしかおばさんやね。そんなことせんから安心しな」
 視線を移せば、幹宏もすっかりビルシャナと打ち解けて仲良くなっているように見えるが、彼もまた当然、ビルシャナを殺さなければいけないということは分かっているはずだ。
「やき鳥最高だよな! 話してたら俺も食いたくなってきた。でもさ、鳥がやき鳥くってるってのは少しおかしな姿だな!」
「ははは、やき鳥が一番やけん。細かことは、気にしたらいかんよ」
「まったくだな。話がわかるじゃねえか」
 言葉ではどんなことでも言えるが、言った通りの未来があるとは限らない。少なくともこのビルシャナと共にやき鳥を頬張り、酒を酌み交わす機会は永遠にやってこないだろう。
 そして戦いのお膳立ては着実に進んでいる。
「そういうわけですから、お引き取り願いますわ」
「もうよか、わかったけん、あんたらの好きにすればよか……ばってん」
「ご協力感謝いたしますわ」
 突き放すように言うナオミのほうを、不満そうに睨み付けたサキは後ろを振り向く。そして自分の仲間たちと共にドライブインのある方向に歩き出した。

●傷無き人生を目指すのは愚か
 かくして7人の信者が、ガードレールの外側、歩道を兼ねた路側帯に避難したのを確認すると、ズミネは癒力を孕んだスイーツへの幸せなイメージを展開し始める。
「おいしー♪♪ これこれー♪」
 寒風の吹きすさぶ殺風景な山中にあって、このあたりだけが、地面も木々も、全てがスイーツで出来ているような、飢えの無い幸せな風景に見えてくる。
 付与されたBS耐性、それを開戦の号砲として、エリザベスは得物を掲げた。
「降り注げ、厄災の星たちよ!」
 直後、集約されたグラビティが見せる隕石群の如きものが、頭上からビルシャナに降り注ぐ。
 続いて慎重に開戦の機をうかがっていた蒼真の集中した意識がビルシャナを大爆発で包み込む。
 思いもしなかった連続攻撃。ビルシャナの悲鳴が響く中、ずっと絡んでいた幹宏もビルシャナに別れを告げて、意識を戦闘に切り替えた。
「信者たちにとっては、良いビルシャナだったのかも知れないが、あんたは生かしておけない」
 踵を踏み込んで後ろに跳びながらバールのようなもの、すなわちエクスカリバールを投げつける。
 高い放物線を描いて飛翔したエクスカリバールは吸い込まれる様にして、ビルシャナの頭に突き刺さり。世闇に浮かぶ燐光の如くに赤い血を噴出させる。
「ひどか。みんなおいを殺すためのうそやったとね。ひどか、そうやってビルシャナばいっぱいを殺したとね」
 殺されて堪るか。
 やき鳥が一番だと世に広めるんだ。右腕を大きく突き上げる動きに続いて、威嚇する鶏が大きく羽を開く様なバックイメージと共に虹色の炎の渦が巻き起こる。文字と音、味と舌触り、匂い、光と色と映像……人間の持つありとあらゆる感覚に向かって莫大な量の『やき鳥一番』のイメージが流れ込んでくる。
「くっ、駄目っす。これはたまんねえっす——」
 威力では劣るが、その催眠の効果はお昼前、風太郎のバーベキューを口にしなかった者たちに覿面だった。
 家族や親しい者と一緒に炬燵にはいって食事をするような幸せな感覚に陥って、このビルシャナはいいやつだ。助けてあげたい気持ちが胸に満ちてくる。
 前衛に立つ翔や桜子、エリザベス、幹宏の表情が急速に穏やかになって行く様を見て、ズミネはゴーストヒールを発動する。大地に染みついた数え切れない程の惨劇の記憶から集められた魔力がダメージへの癒やしと共に幸せな催眠のイメージを瞬く間に霧散させる。
 正気を取り戻した桜子とビルシャナに狙いを定める刹那、美緒の撃ち放った竜砲弾は弓なりの軌跡を描いて飛翔し、ビルシャナの胸元を直撃して大爆発を起こした。
 信者からの信仰を失ったビルシャナは、これほどまでに脆くなるものかと感じさせる程に戦いはケルベロスたちに優勢に傾く。
 風太郎の繰り出す、半透明の「御業」から射出される無数の炎弾が土砂降りの雨の如くにビルシャナに降り注ぎ、その身体を幾重にも橙色の炎で包み込み、燃え上がらせる。
「自分がやき鳥になる気分はどうだ?」
 ふと脳裏に浮かんだ言葉が口をつく蒼真、次の瞬間、繰り出した電光石火の蹴撃が強かに急所を貫いた。
 ほんの少し戦っただけなのに、ビルシャナはもうズタボロだった。
 胸元の何かを飲み下し、前衛に向かって幻影を放つが、それが作り出すトラウマ程度では戦況を覆すほどの力は無く、それどころかすぐに繰り出される二つ重ねのキュアによってその殆どを削りとられてしまう。
「最後まで油断せずに行かないとね」
 エリザベスは手元に生み出した、虚無球体を鋭い腕の一振りで投げ放った。それは身を守ろうとして前に広げたビルシャナの羽根を円弧の形状に穿ち、身体の左側の肉を大きく抉り取った。
 白い羽毛が散る中、両膝をついたビルシャナの巨体は自重を支えきれずに、文字通り崩れ落ちる。
 それでもまだ、ビルシャナは生きていた。
「もうわかったっすから、これで終わりにさせて欲しいっす」
 ビルシャナとの間合いをひと跳びで詰めた翔は姉の形見でもあるドラゴニックハンマー、星華のメイスを振り上げ、そのヘッドの重量に己の思いの全てを乗せて振り下ろす。
 瞬間、厚い硝子を砕く様な澄んだ高い音が響き渡って、束の間時間がスローモーションとなって流れるように見えた。次の瞬間、返り血に視界が赤く塗られる。
 断末魔の叫びを上げたビルシャナは事切れて、ピクリとも動かなくなった。
「これで終わりっすか……」
「そうみたいね」
 風に飛ばされる砂の如くに光の粒を散らしながらビルシャナの遺体は急速に小さくなって行く。
 消え入るような翔の呟きに、桜子はま魔導書『桜花術書』を閉じながら小さな声で応じた。

●春は彼方
 戦いの被害が無いかの確認という名目で、近くのドライブインを訪ねたケルベロスは信者だった女の子たちと再会を果たした。
「あんなことの後にどうかしてる。って、思うかもしれないけど、差し支えなかったら、いっしょにお食事しない?」
「よかよ。気にしてないって言えばうそになっけど、悪気がなかともわかる、あんたらの仕事ってやつだろ」
 美緒の言葉にラップ勝負を繰り広げたサキが笑顔ではあるが複雑さを孕んだ表情で応じると、「私も良いと思う」などと言いながら、別の女の子たちも次々と、賛成の挙手をする。
 かくして、ドライブインまでやってきたケルベロスたちと、もと信者の女の子たちとの交流が始まった。
「せっかくの機会だから、色々食べてみたいな。やき鳥だけじゃなくて」
 蒼真の言葉に、「そうっすよねー」などと応じながら、翔は初めてとは思えない手際のよさで注文をする。
「今日は俺がごちそうするっす、お嬢さま方も、遠慮はいらないっすよ」
 相変わらず、血の気の引いたような顔色はしているが、タダ飯に歓喜する様子を見る限りは元気そうで、ビルシャナに何かをされたわけでは無いことは翔にもズミネにも理解できた。
「しかし、あそこから、このドライブインまで本当に近い。ですよね」」
 入り口の所には巨大な鶏の像が立っていることも分かった。
 もしあのままビルシャナを好きにさせていたら、たちまち大量の信者を獲得していたかも知れない。そう考えると、早い段階で撃破できたのは正に僥倖だった。
「おっ焼けてきた。脂が滴り落ちてパリッとしてきたら食べどきばい」
 やき鳥と言えば、串に刺さったものが出てくると思ったら、このドライブインでは鶏肉のぶつ切りが出てくる。炬燵の上に用意された網の上で焼いて食べろということだ。
 なお生肉を箸で直接触れてはいけない。焼き上がったものを食べるとき以外は専用のトングを使って下さいと細かい注意も徹底されている。
 伊万里産の取れたてのアスパラやタマネギ、新鮮な有田鶏が、じゅうじゅうと音を立てながら焼けている最中だ。そのまま食べても充分に旨いが、表面をパリッとさせればさらに味の奥行きが増すだろう。
「パリッと焼くのはドラ鳥ならではっすよね」
「それに炬燵というのもいいものよね。あ、鳥ラーメンなんてあるのね」
 ラーメンを見つけた美緒がうれしそうに注文する。
 凍てつくような師走の午後、助けられた女の子たちとケルベロスたちが足を入れる、炬燵の中はどこまでも、そしていつまでも、暖かいような気がした。
「ところで貴女たち、まるで佐賀県のご当地アイドルとか目指しているような感じよね?」
「あはははは、なんばいいよっと——でもやるとするなら、全国制覇ばめざさんとね」
 桜子の問いかけに、頭の後ろを掻きながらサキは応じつつも、気合いの入った眼差しを返してくる。
「なら、あたしらはアイドル、あんたらはケルベロスを頑張れ!」
 言葉は曖昧で、何が本当にするかは、受け手次第になりがちだが、何かを成し遂げたならそれは紛れもない事実になる。
 谷を吹き抜ける風はどんどん冷たくなって行く。しかし落葉した木々の中にはもう翌年の若葉が宿っている。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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